2019年6月9日日曜日

富士精工営業秘密流出事件の判決

先日、富士精工の営業秘密を漏えいさせたとして、不正競争防止法違反の刑事事件の被告である中国人に対する一審判決が出ました。

・営業秘密持ち出し中国人実刑判決(NHK NEWS WEB)
・データをメモリーに… 工具メーカーの営業秘密持ち出しの男に実刑判決 名古屋地裁(メーテレ)
・メーカーから営業秘密のデータ不正に持ち出す 中国人の男に実刑判決「転職活動という身勝手な理由」(東海テレビニュース)
・メーカーから営業秘密のデータ不正に持ち出す 中国人の男に実刑判決「転職活動という身勝手な理由」(FNN PRIME)

判決は、懲役1年2カ月・罰金30万円というものです。執行猶予はついていません。


まだ、一審判決であり、控訴するでしょうから確定判決はどうなるか分かりませんが、執行猶予がつかない実刑判決は不正競争防止法違反の営業秘密侵害事件では重い判決ではないかと思います。

私が知る限り、一審判決で施行猶予なしの実刑判決となった事件はこれを含めて4件です。そのうち2つは東芝半導体製造方法流出事件(確定判決 懲役5年)、ベネッセ顧客情報流出事件(確定判決 懲役2年6ヶ月)です。

もう一つは、信用金庫の元従業員が顧客情報を漏えいした事件(信用金庫顧客情報流出事件 名古屋地裁平成28年7月19日刑事第1部判決)です。この事件は、当時、ほとんど報道されていなかったようですが、名古屋地裁の一審判決ではを懲役1年6月及び罰金150万円とされています。
なお、この事件は控訴されており、執行猶予4年となっています。そして、執行猶予となった理由は以下のようなもののようです。

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被告人は,原判決後,弁護人を通じて同信用金庫との間で被害弁償の交渉をさらに継続し,同信用金庫側から,被害金の一部として合意成立後2週間以内に被告人が800万円を支払うこと,今後更に生じた損害についても被告人が支払義務を負うことなどを内容とする合意書案を提示され,これに応じる意向を示しており,既に上記金額を自ら準備して弁護人に預けていることが認められる。前記の保護法益にも鑑みれば,原審において準備されていた金額を相当上回る金額が,同信用金庫に対して支払われることがほぼ確実な状況に至っていることは,本件の量刑に少なからず影響を与えるものといえる。・・・その他,被告人が,実刑を科された原判決後,直接同信用金庫に謝罪に赴き,その場で被害状況の説明を受けて,自らの罪の深さを一層実感したなどと述べて反省を深めていることも認められる。原判決時までに明らかになった事情に,これら事情をも併せ考慮すると,原判決が懲役刑について実刑とした点は,現時点では重過ぎるに至ったと考えられ,被告人に対して,相応の刑期の懲役刑を言い渡すと共に,刑の執行猶予を付して社会内で更生する機会を与えるのが相当である
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このように、信用金庫顧客情報流出事件では、一審判決後に被害金の一部を被告人が支払う等したことが、執行猶予が付いた理由のようです。もし、被告人に資力がなく、被害金を弁済できなかった場合には執行猶予が付かなかったのかもしれません。


ここで、富士精工営業秘密流出事件では、上記FNN PRIME等の報道によると判決では「転職活動という身勝手な理由で、USBメモリも見つかっておらず情報が流出している可能性がある。」と指摘されたようです。

執行猶予がつかなかった理由は、USBメモリが見つかっていないことにあるのかもしれません。上記指摘にもあるようにUSBメモリが見つかっていないことは、営業秘密が流出して他社に使用され、その結果、富士精工が多大なる損害を被る可能性があると考えられます(USBメモリが見つかったとしてもコピーされていれば他社使用の可能性は残ると思いますが。)。

もし、一審判決で執行猶予がつかなかった理由がそうであれば、被告が控訴してもUSBメモリが見つからないことには、一審判決が覆らないのかもしれません。 なお、刑事事件では、営業秘密をコピーしたハードディスクを没収とする判決もでているものがあり、このような判断は営業秘密の流出事件としては当然のこととも思われます。

さらに、昨今、営業秘密の重要性がさらに認識されており、平成27年に不正競争防止法において刑事罰も改正されたことに鑑み、厳罰化の流れが生じ始めているのかもしれません。

なお、この富士精工営業秘密流出事件は、被告が逮捕されたときにはネット記事で多くの報道がなされたと思いますが、本判決の記事は逮捕時に比べて少ない気がします。
営業秘密の侵害は、国籍にかかわらず日本において転職する際に十分に気を付ける必要があります。営業秘密に対する知識が不十分であり、転職時における自身の行動によっては誰もが犯罪者になり、刑務所に行く可能性があることなのですが・・・。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年6月5日水曜日

ー判例紹介ー 営業秘密(技術情報)の一部に公知の情報が含まれている場合

営業秘密の三要件である非公知性、これは顧客情報や他社との取引情報等の営業情報を営業秘密とする場合に考慮する程度は低いでしょう。顧客情報や他社との取引情報等は自社でのみ管理するものであり、秘密管理性が満たされていれば通常、社外で公知となっている可能性はほぼないと考えられるからです。

しかしながら、技術情報を営業秘密とする場合には全く異なります。例えば特許公開公報では相当数の技術情報が公知となっています。また、その他の様々な文献でも技術情報は公知となっています。
このため、自社で管理している技術情報の秘密管理性が満たされている場合であっても、当該技術情報の非公知性が満たされているとは限りません。

また、自社開発の技術といってもその内容は公知の情報も多く含まれています。公知情報の組み合わせが新しかったり、当該技術を構成する情報の一部に非公知の情報が含まれるといった感じです。新しい技術といっても、当該技術を構成する情報が全て非公知のものはこの世に存在しないといっても過言ではないでしょう。

では、公知の情報“も”含まれる技術情報が非公知となるボーダーはどのようなものでしょうか?そのような視点で今回紹介する裁判例は、クロス下地コーナー材事件(平成30年 4月11日 福井地裁 平26(ワ)140号)です。

本事件は、原告が被告会社との間で基本契約を締結し、建築資材であるクロス下地コーナー材の製造を委託していたという経緯があります。そして、被告会社は、かつて原告から上記基本契約に基づき開示を受け、又は原告の従業員からその守秘義務に違反するなどして開示を受けた原告の営業秘密に当たる技術情報等を用いて、同契約終了後、図利目的で、原告の製品と形状の類似した本件被告製品を製造等したというものです。

原告は、プラスチック製のコーナー材を製造するための金型、サイジング等の製造装置を開発・設計・製作しており、それらを稼動させて製品を製造するためのノウハウたる技術情報を有している企業です。そして、原告製品に係る技術情報である本件技術情報は、製品ごとに作成される成型指導書に記載されており、成形指導書は、金型図面及びサイジング図面とともに、原告の技術部事務所内のロッカー内に保管されていたと原告は主張しています。
そして、原告は、コーナー材の製造において金型及びサイジングは本件技術情報と密接不可分のものであり、原告において金型図面やサイジング図面及びそれらの電子データは秘密として管理されていたことを考慮すると、原告の元従業員らが上記金型図面等を不正に持ち出し、守秘義務に違反するなどして、これを被告会社に開示したものと考えられると主張しています。



一方、被告は、本件技術情報のうち、●●●はサイジングの冷却機能を維持するために当然に行われることであるから、いずれも非公知性はないと主張しました。 これに対して、裁判所は以下のように判断しています。

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確かに,証拠(乙18~22,31,36,38,39)によれば,被告らの指摘する技術情報は,当該情報を独立に取り出して一般的な技術情報として見た場合,それ自体としては,市販されている書籍等から知り得るものであると認められる。
しかしながら,前記(1)に認定したとおり,原告の成形指導書には,原料名,製造装置の図面,●●●製品ごとに具体的な数値や内容が記載されているところ,このような個別具体的な情報が書籍等から一般に知り得るものと認めるに足りる証拠はない上に,これらの複数の情報が全体として一つの製造ノウハウを形成しているといえることは既に説示したとおりであるから,部分的に見れば書籍等から知り得る技術情報が含まれているとしても,そのことをもって直ちに非公知性が否定されるものではない。
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このように、裁判所は被告の主張である原告の成型指導書には部分的に書籍等から知り得る情報が含まれていると認めています。
しかしながら、裁判所は、以下の2点から非公知性が否定されるものではないと判断しました。
⓵●●●製品ごとに具体的な数値や内容が記載されているところ,このような個別具体的な情報が書籍等から一般に知り得るものではないこと。
⓶複数の情報が全体として一つの製造ノウハウを形成していること。

この判決から、例え、営業秘密に公知技術が一部含まれているとしても、それをもって非公知性が否定されるものではないことが分かります。
 特に、私が注目したいことは、上記⓶です。このように公知となっている情報であっても、複数の情報が全体として一つの製造ノウハウを形成している場合には、非公知性は失われないとする判断は非常に重要だと考えます。

なお、この「複数の情報が全体として一つの製造ノウハウを形成している」ということは、営業秘密の有用性の判断にも密接に関連していると考えます。
ここで、本事件において裁判所は有用性について以下の様に判断しています。

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本件コーナー材のような異形押出成形法による製品の製造は,難度の高い技術を要し,同製品のメーカーは独自に成形ノウハウを見いだしており,成形指導書に記載される製造に必要な装置や運転条件その他の各種情報は有機的に関連・連動し全体として一つの製造ノウハウを形成しているといえるところ,本件技術情報は,製品ごとに製造方法に関する特徴的な部分を抽出・整理したものということができるから,全体として,原告におけるコーナー材の製造販売の事業活動に有用な技術上の情報であると推認するのが相当である。
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このように、原告の製造ノウハウは他にない独自の成形ノウハウであるからこそ、原告における事業活動に有用であると裁判所は判断しています。
すなわち、複数の情報の集合が営業秘密であると原告が主張しても、その集合に独自のノウハウというものがないのであれば、営業秘密としての有用性が否定して営業秘密としては認められないことになるでしょう。

もし、原告が主張する複数の情報の集合の有用性を裁判所が認めない場合には、原告はその集まりが独自のノウハウを示すものであり、全体として原告自身の事業活動に有用であることを客観的に示す必要があります。


弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年5月29日水曜日

ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とする場合の効果の主張

今回は、技術情報を営業秘密として主張したものの、予測される効果を超える効果が確認できないとされて非公知性が否定された事件について紹介します。なお、この事件では、原告は複数の情報の組み合わせが営業秘密であると主張しています。

この事件は、平成30年3月29日判決の高性能多核種除去設備事件(東京地裁 平成26年(ワ)29490号)です。

本事件は、原告が東京電力福島第一原発において高性能多核種除去設備による放射性物質汚染水浄化事業に従事している被告に対し、〔1〕被告は原告との間のパートナーシップ契約に基づき、福島第一原発における放射能汚染水からの多核種除去に関する事業について原告と共同して従事すべき義務を負っているにもかかわらず、同義務に違反し、原告を関与させずに高性能多核種除去設備に係る事業を受注し、同事業に従事しているほか、上記パートナーシップ契約に違反して第三者から技術情報を受領したり、上記パートナーシップ契約又は原告若しくはその関連会社との間の秘密保持契約に違反して原告の秘密を第三者に開示したりしたなどと主張したものです。
そして、原告は、被告に対して、上記事業において原告から開示された営業秘密を不正に使用し、また、当該営業秘密を第三者に対して不正に開示したと主張しました。

このように、原告と被告は、パートナーの関係にあったようです。

そして原告は、RINXモデル及びそれを構成する際に依拠した各種技術情報であり,Purolite Core Technologyと総称されている技術情報が原告情報であり、営業秘密であると主張しています。

そして、この営業秘密は、福島第一原発の汚染水対策として行う事業において整備の対象となる高性能多核種除去設備である「高性能ALPS」の設計に被告が使用したと原告は主張しました。
ここで、裁判所はこの営業秘密の3要件のうち非公知性についてのみ判断し、「本件訴訟において情報として特定されている情報は,いずれも,平成23年9月までに公然と知られていた情報であった。」と判断すると共に、各情報の組み合わせについて下記のように判断しました。

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上記各情報は,汚染水処理における各種の考慮要素に関わるものであって,汚染水処理において,当然に各情報を組み合わせて使用するものであり,それらを組み合わせて使用することに困難があるとは認められない。また,上記各情報を組み合わせたことによって,組合せによって予測される効果を超える効果が出る場合には,その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない情報であるとされることがあるとしても,上記各情報の組合せについて上記のような効果を認めるに足りる証拠はない。したがって,これらの情報を組み合せた情報が公然と知られていなかった情報であるとはいえない。
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さらに、原告は下記の〔1〕、〔2〕のことから原告情報は非公知性の要件を満たすと主張しました。
 〔1〕原告情報の各技術要素が個々としては公知であったとしても,福島第一原発における多核種除去の目的を達成するためのまとまった解決策として有機的に機能する各技術要素の組合せや集積が公知であったことはない。
 〔2〕試行錯誤を経れば入手することができる技術情報であっても,入手するにはそれ相応の労力,費用,時間がかかる等の事情があり,当該情報に財産的価値が認められる場合には非公知というべきであり,被告は,原告情報を使用することにより,技術情報の収集や選別,分析等に係る労力等を大幅に節約することができた。

しかしながら、この主張に対しても裁判所は「これらの情報を組み合わせることにより予測される効果を超える効果が生じるものであることを認めるに足りる証拠はないから,これらの情報を組み合わせた情報が公然と知られていなかった情報であるとはいえない。」と判断しました。

このような判断は、他の裁判例でも見られるものです。すなわち、営業秘密とする技術情報に対して、原告主張の効果は客観的に判断できなければならないというものです。例えば下記の記事で紹介している裁判例でも同様の判断がなされています。なお、裁判例によっては、このような優れた効果の判断を非公知性ではなく有用性として判断しているものもあります。

過去ブログ記事
技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3

一方で、本事件では裁判所は、公知の情報であっても「組合せによって予測される効果を超える効果が出る場合には、その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない情報であるとされることがある」とも判示しています。
これは技術情報を営業秘密とする場合に、重要な知見であると思われます。公知の情報の組み合わせは、一見、営業秘密となり得ないとも考えがちです。特に技術に詳しい人ならそのように考える傾向が強いかもしれません。また、このような組み合わせは特許化し難いものです。
しかしながら、この組み合わせの効果が予測を超えるものであり、その効果を客観的に示めすことができるのであれば、営業秘密として管理すべき情報であると考えるべきかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信