2019年12月5日木曜日

営業秘密に関する従業員(発明者)との秘密保持契約

従業員が発明を創出した場合には、企業は特許出願を検討するかと思います。
一方で、特許出願は特許化の有無にかかわらず公開されるため、発明の内容によっては秘密管理を行うことで秘匿化を選択する企業も多いでしょう。

ここで、発明者が創出した発明を営業秘密とした場合、その帰属が問題になります。
まだ、明確にはなっていませんが、もし、発明者が自身が創出した発明に係る営業秘密を持ち出して他社に転職した場合等であっても、この行為は不正競争防止法2条1項7号違反にはならない可能性があります。

また、当該発明を使用等した転職先企業に対して不正競争防止法2条1項8号又は9号違反の責を負わせるためには、上記発明者による転職先企業への発明の開示が「秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為」等でなければなりません。

発明者による転職先企業への発明の開示等を確実に「秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為」するためには、当該発明者と発明者の所属企業との間で秘密保持契約を結ぶことが好ましいでしょう。

また、多くの就業規則において秘密保持の条項が設けられています。このため、この就業規則によって従業員は秘密保持義務が存在し、2条1項8号等でいうところの「秘密を守る法律上の義務」を有しているとも解されます。


しかしながら、就業規則による秘密保持義務は退職した従業員に対して、どの程度有効なのでしょうか?

就業規則における一般的な秘密保持の条項は下記のようなものかと思います。
「会社の内外を問わず、在職中、又は退職若しくは解雇によりその資格を失った後も、 会社の秘密情報を、不正に開示したり、不正に使用したりしないこと。」
参考:経済産業省 秘密情報の保護ハンドブック 「参考資料2 各種契約書等の参考例」 

このような就業規則における秘密保持の条項において、一般的には、下記のような例外規定は設けられません。
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① 開示を受けたときに既に保有していた情報
② 開示を受けた後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報
③ 開示を受けた後、相手方から開示を受けた情報に関係なく独自に取得し、又は創出し た情報
④ 開示を受けたときに既に公知であった情報
⑤ 開示を受けた後、自己の責めに帰し得ない事由により公知となった情報
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このため、就業規則における秘密保持義務は包括的であり、非常に広範囲な情報、換言すれば、既に公知となっている情報や、従業員が企業から示される前から知っていた情報であってもその対象となり得てしまうでしょう。
また、就業規則における秘密保持条項では、取引先等と締結されるような一般的な秘密保持契約で設けられている有効期限の条項もないでしょう。このため、発明者は、発明を行った企業を退職した後に、いつまで秘密保持義務があるのか定かではありません。
このようなことから、営業秘密とした発明を創出した発明者に対して、就業規則における秘密保持条項が「秘密を守る法律上の義務」としての機能を果たすのか個人的には疑問を感じます。

そのようなこともあり、発明者が自身の発明が企業にとって営業秘密であることを確実に認識させるためには、個別に秘密保持契約を結ぶことがより好ましいと考えられます。
この際、秘密保持の対象となる発明(技術情報)の内容を明確に特定し、上記例外規定も設けるべきでしょう。

また、当該秘密保持契約の有効期限は無期限としても良いかもしれません。
一般的には、リバースエンジニアイング等によって当該情報が公知化(陳腐化)する時期を考慮して、有効期限を定めるべきとの考えも多いようです。しかしながら、有効期限を定めると、有効期限が経過した時点から当該情報を自由に開示、使用してよいことになります。
これでは、これでは企業側に不利益が生じる可能性があるので、秘密保持義務を無期限とする方が当然好ましいでしょう。一方で、秘密保持義務を無期限とするような契約は無効とされるリスクもあるようです。
しかしながら、有効期限を定めないことに合理的な理由があればその契約は認められるのではないでしょうか。すなわち、企業は発明に相当する営業秘密に関しては、その重要性から無期限に渡って秘密とすることに合理的な理由があると考えられ、さらに、上記のような例外規定を定めることで、秘密保持義務が失われる場合を明確に規定することで、有効期限を定めないことに対する合理性をさらに高めるとも考えられます。

さらに、企業と従業員との間の力関係に基づいて、従業員に無理やり秘密保持契約を結ばせたと解釈させることを防止するためにも、秘匿化する発明であっても、企業は発明者に対して報奨金等のインセンティブを与えるべきかと思います。

なお、秘密保持契約を従業員の退職時に結ぶという考えもあるかと思いますが、退職時に秘密保持契約の締結を企業側が申し出ても、必ずしも従業員が秘密保持契約に応じるとも限りません。そういったことを回避するためにも、企業が従業員にインセンティブを与える際に秘密保持契約の締結をセットとすることで、秘密保持契約の締結がスムーズに進むのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年11月28日木曜日

11/25に開催した弁理士会の営業秘密研修を終えて。

先日、日本弁理士会関東会主催の弁理士向けの研修会「技術情報を不正競争防止法の営業秘密とした民事訴訟における裁判所の種々の判断」を行いました。
多くの方にご聴講いただきありがとうございました。

研修の時間は2時間であり、最後のほうは少々駆け足ぎみで終わりましたが、営業秘密として重要な要素である三要件(秘密管理性、有用性、非公知性)については、技術情報を営業秘密とする視点から可能な限りの説明はできたのではないかと思います。

また、研修後に数名の方から質問も頂きました。
やはり、研修後に質問していただくと、こちらも勉強になるので大変うれしいです。
中には、私と同様の疑問をお持ちの方もいらっしゃり、そのような疑問が営業秘密管理における不明瞭な点として再認識できます。

どの企業でも秘密としている情報は少なからずあり、情報の秘匿化の重要性は多かれ少なかれ感じていることと思います。
しかしながら特許等に比べて、営業秘密はその詳細は未だ広く認識されているとは言い難いということが現状だと思っています。また、そもそも営業秘密が知的財産であるという認識でない人も多いのではないでしょうか。

さらに、技術系の企業においては、特許出願しない発明(公開しない技術情報)もあり、そのような技術情報の確実な管理は必要不可欠です。
一方で、秘匿化している技術情報をビジネス戦略上、他社に開示する場合もあるでしょう。さらには、他社や大学等の公的な研究機関と共同開発を行った結果、新たに創出される技術情報もあるでしょう。
このような場合に、秘密管理(秘密保持契約等)をどのように行うべきかを課題に感じている企業もあるかと思います。

そして、今後問題として生じると思われる営業秘密の帰属、特に秘匿化された職務発明は会社帰属なのか、従業員帰属なのか?不正競争防止法2条1項7号、及び8,9号をどのように解釈するべきか。

このようなことも、今後、まとめていく必要を感じています。

またどこからかお声がかかれば、このような研修を行えればと思います。


http://www.営業秘密ラボ.com/
弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年11月21日木曜日

ー判例紹介ー 特許権のライセンスとノウハウ開示

特許権者が他者に実施許諾する場合、当該特許公報に記載の内容だけでは実施が難しい場合には、実施に必要なノウハウもライセンシーに開示します。
実施許諾した特許権が存続期間満了等により消滅した場合には、ライセンス契約も終了するわけですが、開示したノウハウはどうなるのでしょうか?

そのようなことを争った事件が、大阪地裁令和元年10月3日判決(平28(ワ)3928号9)です。

本事件は、川鉄電設(訴外)が被告らと締結したトランス事業に係る特許権のライセンスに関する基本契約についての契約上の地位を川鉄電設から原告が承継しました。そして、原告は、被告らの債務不履行を理由に本件各基本契約を解除したとして、被告らに対して各基本契約解除前に発生していたロイヤルティ支払義務の履行と、被告らが各基本契約の解除後においても原告から被告らに対して開示した本件技術情報を使用して変圧器を製造、販売していることは不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為に当たるとして、被告らの製品の製造、販売の差止め及び廃棄を求めたものです。

本事件において原告は「本件各特許権はその内容が公知になったとしても,それだけでは実用に耐えるトランスを設計・製造することができない「ノウハウの主要部以外の部分」を特許化したものであり、本件各基本契約は特許化されずに秘匿された、トランスを設計・製造するために必須のノウハウを対象とするノウハウ実施許諾契約である。」と主張しています。
そのうえで、原告は「本件各基本契約はノウハウライセンス契約であり,ランニングロイヤルティ等はノウハウの使用許諾の対価であって,本件各特許権の消滅によっては影響されない。」と主張しました。

これに対して、裁判所は「本件各基本契約の中心となるのは本件各特許権の実施許諾であり、本件技術情報の提供はこれに付随するものというべきであるから,ランニングロイヤルティの支払も本件各特許権の実施許諾に対する対価と位置づけられるべきであり、これを本件技術情報の提供に対する対価と考えることはできない。」とのように判断しました。
そして、裁判所は「被告らの原告に対する本件各基本契約に基づくロイヤルティの支払義務は,本件各特許権が消滅した平成27年3月31日をもって消滅したと解すべきであり,同年4月1日以降に被告らがWBトランスを製造,販売したことに対するランニングロイヤルティの支払請求は,理由がないというべきである。」と判断しました。


なお、上記のような結論が得られているものの、本件各基本契約には、被告らの債務不履行による解約の場合を含め、契約終了後は本件技術情報を使用してはならず、WBトランスを製造、販売してはならない旨の条項が存在することもあり、裁判所は「被告らがWBトランスを製造,販売することは不正競争行為に当たるか。」についても判断しています。

これに対して、裁判所は、本件技術情報は一定の有用性を有していると認めているものの(秘密管理性については、明示するまでもなく当該基本契約に基づいて認められると思われます。)、非公知性について「本件技術情報のうち,川鉄電設及び原告が作成したパンフレット(甲57,乙3)に記載されている数値は,当初から営業秘密性がないものと認められるし,既に検討したとおり,被告らが製造したWBトランスが市場に出回った後は,リバースエンジニアリングにより取得し得る数値については,公知になったというべきである。」として認めておりません。

これをもって裁判所は「本件技術情報は,前記パンフレットの記載により,あるいは被告らがWBトランスを製造,販売したことによって公知となっており,営業秘密性は失われているというべきであるから,本件基本契約が終了(原告の主張では平成27年11月26日)した後にWBトランスを製造,販売することが,営業秘密の使用にあたるとする原告の主張は採用できず,不正競争行為に当たるとしてその差止め等を求める原告の請求は理由がない。」と判断しました。

このような裁判所の判断は、妥当なものであると考えられます。
すなわち、特許権をライセンスすると共にノウハウも開示する場合には、ノウハウに対して秘密保持義務を課したとしても特許権の消滅に伴い、当該ノウハウも自由に使用可能となる可能性を考慮する必要があるでしょう。
特に、当該ノウハウを使用した製品がリバースエンジニアリングされることによって、当該ノウハウの非公知性が失われるような可能性がある場合には要注意です。


弁理士による営業秘密関連情報の発信