2020年4月11日土曜日

会社等の組織としての営業秘密侵害

営業秘密侵害の典型例として、顧客情報や技術情報を転職時に持ち出すパターンや、顧客情報等を他社に販売するために持ち出すパターンがあります。
このうち、顧客情報の販売目的は近年減少傾向にある一方、転職時に営業秘密を持ち出すパターンが多くなっていると感じます。

さらに、営業秘密侵害が組織的(複数人の関与)に行われる場合が散見されます。
具体的には、自動包装機械事件があります。 この事件は、被害企業の元従業員4人が競合他社へ営業秘密(自動包装機の設計図)を持ち出して転職したものであり、転職先の競合他社も組織的に関与したとして、1,400万円の罰金刑となっています。

また、NEXCO中日本入札情報漏洩事件は、NEXCO中日本の業務委託先の社員が、NEXCO中日本が発注した2件の工事の設計金額に関する情報を特定の工事会社に漏えいし、この工事会社が当該2件の工事を落札したというものであり、この業務委託先の社員と工事会社の役員が罰金100万円の略式命令を受けています。

さらに、先日、N国党の党首が起訴された事件は、NHKの徴収員の端末装置の画面に表示された顧客名簿を撮影することで当該顧客名簿を不正取得したというものですが、この党首と共に徴収員も当該顧客名簿を不正に開示したとして起訴されています。これも組織的な営業秘密侵害事件といえるでしょう。

このように、もしかしたら、一昔前は見逃されていた可能性もある行為(特に自動包装機械事件やNEXCO中日本入札情報漏洩事件)も、営業秘密侵害という刑事事件に発展する可能性が高くなっていると思われます。


ここで、今後起きそうな組織的ともいえる事件は、転職の採用面接時に起こり得ることです。すなわち、転職者希望者に対して在籍中の企業(又は退職した企業)の営業秘密を面接時に聞き出す行為です。

例えば、面接担当者が転職希望者に対して内定を期待させつつ営業秘密を聞き出す等したものの、結局、内定を出さずに不採用とした場合には、この面接担当者が不競法2条1項4号で民事的責任を、21条1項1号で刑事的責任を負う可能性があるかもしれません。
そして、このような行為は面接を行った企業の責任も問われる可能性も当然あるでしょう。
このような事件は未だ日本ではありませんが、韓国企業間の営業秘密侵害事件では面接時に技術情報を聞き出そうとしたという主張がなされているものもあります。

このように、今後、日本でも雇用の流動性が確実に高まるなか、採用面接時にしてよい質問には十分に配慮する必要があるでしょう。
特に、技術者の採用に当たっては開発部門等の社員が面接担当者となる可能性も高く、そのような面接担当者が転職希望者に対して技術的な質問を行い、不必要に転職希望者の現所属企業の営業秘密を聞き出す可能性も十分に考えられます。
また、当該営業秘密を聞き出した後に、自社製品の開発業務に使用しないとも限りません。
そして、当該転職希望者を採用せず、当該転職希望者もその後転職しないままとなった場合、何かしらの理由により、採用面接時に営業秘密を聞き出されたことを所属企業に話すかもしれません。その結果、この所属企業が面接を行った企業に対して、何らかなアクションを起こす可能性も考えられます。

今後このような事件が起きないとも限りません。このため、企業は、面接担当者に他社の営業秘密を聞き出すような質問等を行うことがないように、十分に注意を促すべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年4月3日金曜日

日本ペイントデータ流出事件(刑事事件)の地裁判決

以前から気になっていた事件である日本ペイントデータ流出事件の地裁判決がでました。
判決では、被告に対して懲役2年6月、執行猶予3年、罰金120万円の有罪判決でした。被告側は控訴するとのことですので、これで確定ではありません。


本事件は、日本ペイントの元執行役員が菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの塗料の原料や配合等を示す情報を持ち出し、菊水化学で開示・使用したとする事件です。日本ペイントはこの元執行役員を刑事告訴(2016年)し、菊水化学と元執行役員に対して民事訴訟を提起(2017年)しています。

この刑事事件では、被告である元執行役員は、無罪を争っていました。報道からは、おそらく秘密管理性、有用性、非公知性の全てを争っていたと思われます。また、菊水化学も被告側の立場にたっていたようです。民事訴訟でも争っているので、当然のことかと思います。


ここで、秘密管理性の有無については判断が比較的容易かと思われ、起訴されているのでこれを被告側が覆すことは難しいのではないかと思います。

一方、有用性と非公知性はどうでしょうか。これらは完全に技術論になるかと思います。
この点、毎日新聞の上記記事では裁判所が「特許公報や分析で原料や配合量を特定することは容易ではない」と判断したとあります。
また、同様に日経新聞の上記記事では「弁護側はこれまでの公判で、データが特許公報に記載されている公知の事実だったと主張。」や「検察側は「特許公報を読んでも具体的な配合の情報までは特定できない」と反論。」とあります。
被告は特許公報等によって有用性や非公知性を否定する主張を行ったようです。

ここで、営業秘密の刑事事件において、技術情報を営業秘密とした場合の有用性や非公知性を本格的に争った事件はこれ以外にないかもしれません。そういった意味でもこの判決には非常に興味があります。
果たして、裁判所の判断に民事事件とは異なる部分があるのか否か、また、被告側はどのような論理展開を行ったのか等、参考になることは多いかと思います。

特に、特許公報に基づいて被告側はその営業秘密性を否定しています。民事事件でも特許公報に基づいて営業秘密性を否定する主張はさほど多くはありません。

また、毎日新聞の記事では、「特許公報や分析」で原料や配合量を特定することは容易ではないとあります。この点に関して、日経新聞では裁判所の判断が多少詳細に「特許公報などから原料をすべて特定するには相当な労力と時間が必要」とのように記載されています。この日経新聞の記事からすると、被告は原告製品のリバースエンジニアリングによってその非公知性を否定したのかもしれません。もしそうだとすると、用いた分析方法についても被告側は主張しているはずです。

本事件の判決文が公開されれば被告側がどのような主張を行い、それに対して検察がどのような反論を行い、裁判所がどのように判断したかは判決文を見るまで詳細には分かりません。
刑事事件の判決文は、営業秘密侵害事件であっても公開されないものもあるようです。
しかしながら、本事件は今後も非常に参考になる判決であろうと思われますので、ぜひ公開されてほしいところです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年3月26日木曜日

知財管理誌に掲載された寄稿文のpdfデータ

先月の知財管理誌に寄稿した「技術情報が有する効果に基づく裁判所の営業秘密性判断」のpdfデータへのリンクを設定しました。
知財管理誌のpdfデータは、知財協の会員の方しかホームページから見ることはできませんが、知財協の会員以外の方で興味がある方は上記リンクからアクセスしてください。

この寄稿文では、従来技術に対して優れた効果等を有しない技術情報は、営業秘密としての有用性(又は非公知性)を有しない場合について述べています。
実際、このような裁判例が散見されるためにこの寄稿文を書いたのですが、個人的にはこのような裁判所の判断には疑問を感じています。

企業から情報が不法に持ち出された場合には、その営業秘密性は非公知性を重視すべきであって、有用性や秘密管理性は厳密に判断するべきではないと私は思います。
企業から情報が不法に持ち出されたということは、当該情報を持ち出した人物はこの情報に価値があると考えていることに他なりません。もし、価値がないのであれば、持ち出す必要は無いからです。
にもかかわらず、秘密管理性や有用性を厳密に判断することにより、不正に情報を持ち出し、さらには持ち出した情報を使用しても、不法行為とはならない可能性が高くなります。

例えば、非公知の技術情報であれば、技術情報ということのみで有用性を認めても良いのではないでしょうか。また、非公知と言うことで秘密管理性も認めてよいのではと思います。
さらに、顧客情報や医療カルテ等、個人情報に類する情報や、取引先の情報等、社会通念上、企業において秘密としていると思われる営業情報も、その秘密管理性を厳しく判断する必要はなく、その情報をもって経済的な有用性も有していると判断されてもよいのではないでしょうか?

一方で、公知となっている情報であれば、そもそも誰でも入手可能な情報であるので、当該情報を持ち出したとしても不法行為とはならないという判断は妥当であると考えます。

とは言っても、営業秘密侵害は民事的責任のみならず、刑事的責任も問われるものであるため、営業秘密の3要件の判断を甘くすると、より多くの人が罪に問われることにもなり得るでしょう。このため、裁判所は営業秘密の3要件をある程度厳密に判断しているのではないかとも思います。


今回の寄稿文によって、技術情報を営業秘密とする場合における、秘密管理性、有用性、非公知性に関する留意すべきことを、私なりにそれぞれまとめることができたと考えています。
しかしながら、3要件に対する裁判所の判断は今後変わってくるかもしれません。それはより厳密に判断するのか、甘く判断するのかは分かりませんが。このため、裁判例のウォッチングは重要な作業かと思います。

また、今年の9月末ぐらいに大阪で営業秘密に関する研修を行う予定です。
この研修は弁理士以外の方も参加可能です。
内容は、昨年の11月に弁理士会で行った研修内容+αです。
研修日が近くなったら、またアナウンスします。
もし最悪、コロナの影響が長引けば、キャンセルになるかもしれませんが・・・。

弁理士による営業秘密関連情報の発信