2023年6月19日月曜日

営業秘密侵害はどこから刑事的責任を負うのか。

前回のブログでは、営業秘密に関する民事的責任として、営業秘密を不正に持ち出しただけでは使用や開示を行わないと損害賠償責任は負わない可能性が高いものの、当該営業秘密の使用や開示をしてはならないという差止請求の対象になる可能性があることを書きました。

では、営業秘密に関する刑事的責任はどうでしょうか。民事的責任と同様に使用や開示を行わない限り責任は生じないのでしょうか。
ここで、には営業秘密の刑事的責任について規定されてる不正競争防止法第21条1項1号~4号は以下の通りです。
第二十一条 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、詐欺等行為(人を欺き、人に暴行を加え、又は人を脅迫する行為をいう。次号において同じ。)又は管理侵害行為(財物の窃取、施設への侵入、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成十一年法律第百二十八号)第二条第四項に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の営業秘密保有者の管理を害する行為をいう。次号において同じ。)により、営業秘密を取得した者
二 詐欺等行為又は管理侵害行為により取得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、使用し、又は開示した者
三 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得した者
イ 営業秘密記録媒体等(営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体をいう。以下この号において同じ。)又は営業秘密が化体された物件を横領すること。
ロ 営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成すること。
ハ 営業秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装すること。
四 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、その営業秘密の管理に係る任務に背いて前号イからハまでに掲げる方法により領得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、使用し、又は開示した者
・・・
不競法第21条3項,4項は、正当に営業秘密を示された者(企業から業務遂行のために営業秘密を渡された者)が営業秘密侵害罪に問われる場合が規定されています。すなわち、この規定は、転職者が前職企業の営業秘密を持ち出した場合に適用される可能性があります。
具体的には、3項には不正の利益を得る目的や損害を与える目的(図利加害目的)で営業秘密を領得した場合が営業秘密侵害罪であるとされ、その領得には横領や複製の作成、消去したように見せる、ことであると規定されています。
また、4項には領得した営業秘密を図利加害目的的で使用又は開示することが、営業秘密侵害罪であると規定されています。

このように、営業秘密の刑事的責任では図利加害目的のある「領得」と「使用又は開示」とが明確に分かれており、営業秘密保有者に図利加害目的で領得(持ち出)しただけでも刑事罰を受ける可能性があります。


実際にこのような事例は多々あり、最高裁まで争った事件(最高裁平成30年12月3日 事件番号:平30(あ)582号)もあります。この事件は、日産の元従業員が他の自動車メーカーへ転職するにあたって、日産の営業秘密を持ち出した事件であり、他の自動車メーカーへの当該営業秘密の開示は認められなかった事件です。
具体的には、被告人は、転職が決まった後に多量の営業秘密(データファイル)を私物のハードディスクに複製しています。この行為について、裁判所は以下のように判断し、「不正の利益を得る目的」があったとして、懲役1年(執行猶予3年)の刑となっています。
❝・・・被告人は,勤務先を退職し同業他社へ転職する直前に,勤務先の営業秘密である前記1の各データファイルを私物のハードディスクに複製しているところ,当該複製は勤務先の業務遂行の目的によるものではなく,その他の正当な目的の存在をうかがわせる事情もないなどの本件事実関係によれば,当該複製が被告人自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できるから,被告人には法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があったといえる。❞
このように、転職前に正当な目的無く営業秘密を持ち出すと転職先で開示又は使用するという図利加害目的である判断され、刑事罰を受ける可能性があります。

さらに、不正競争防止法第21条1項7号には下記のように、不正に開示された営業秘密を他者が使用又は開示することが営業秘密侵害であると規定されています。
七 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、第二号若しくは前三号の罪又は第三項第二号の罪(第二号及び前三号の罪に当たる開示に係る部分に限る。)に当たる開示によって営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示した者
すなわち、営業秘密を前職企業から不正に持ち出した転職者(転入者)が、前職企業等の他社の営業秘密を転職先で開示し、この情報が他社の営業秘密であるとの認識のもとで転職先企業の従業員が使用等すると、当該従業員も刑事罰を受ける可能性があります。

この7号が適用された事件としては、東京高裁令和 4年2月17日(事件番号:令3(う)1407号)があります。この事件は、a社の取締役であった被告人Y1がa社の営業秘密である測定治具等の設計図面を領得して、中国会社の代表者である被告人Y2に開示して被告人Y2はこれを使用したというものです。
判決は、被告人Y2が懲役1年及び罰金60万円、被告人Y1が懲役1年4か月及び罰金80万円となっており、共に執行猶予はありません。

このように、営業秘密を領得しただけでも刑事罰が課される可能性があり、さらに、領得した者から開示された営業秘密を使用等した者も刑事罰を受ける可能性があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年6月7日水曜日

営業秘密侵害はどこから民事的責任を負うのか。

営業秘密の侵害、特に転職時に前職企業の営業秘密を持ち出した場合には、どこから法的責任を問われるのでしょうか。
まず、民事的責任についてですが、不正競争防止法第2条第1項第7号には以下のように規定されています。
不正競争防止法 第2条第1項第7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
上記規定によると、営業秘密を不正に持ち出したとしても、それを使用や開示しなければ民事的には責任を負わないようにも思えます。

一方で、営業秘密を持ち出された被侵害者は、下記のように差止請求権と共に損害賠償が認められています。すなわち、営業秘密の侵害者は、民事的責任として、損害賠償と差し止めを負うことになります。
不正競争防止法 第3条(差止請求権)
不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
不正競争防止法 第4条(損害賠償)
故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、第十五条の規定により同条に規定する権利が消滅した後にその営業秘密又は限定提供データを使用する行為によって生じた損害については、この限りでない。
上記規定によると、損害賠償は❝他人の営業上の利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する❞とあります。従って、仮に転職者が前職企業の営業秘密を不正に持ち出しても前職企業に損害が生じていない場合には、転職者は損害賠償の責任はないということになります。損害の発生は、例えば、不正に持ち出された営業秘密が使用されることで生じると考えられますので、上記の第2条第1項第7号からも想像しやすいと思えます。

一方、差止請求は❝不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者❞に認められています。すなわち、差止請求権は損害の発生とは関係なく、しかも❝侵害されるおそれ❞がある場合に生じることになります。
この❝侵害されるおそれ❞とはどのような状態をいうのでしょうか。不正に持ち出した営業秘密を使用や開示した状態も含まれることは理解できますが、果たしてそのような状態だけでしょうか。


ここで、参考になる裁判例がアルミナ繊維事件(大阪地裁平成29年10月19日判決 事件番号:平成27年(ワ)第4169号)です。
本事件は、原告が元従業員であった被告に対し、被告は原告から示されていたアルミナ繊維に関する技術情報等を持ち出し、これを転職先の競業会社で開示又は使用するおそれがあると主張したものです。本事件の被告は、原告の元従業員のみであり、転職先である競業会社は被告とされていません。なお、元従業員が当該技術情報を転職先に使用又は開示したという事実は確認されていません。

これに対して裁判所は下記のような理由から原告の差止請求を認めました。
❝被告は,双和化成への転職を視野に入れ,これら本件電子データを双和化成に持ち込んで使用するための準備行為として,原告に隠れて,それら電子データを本件USBメモリ及び本件外付けHDDに複製保存したものと優に推認され,また双和化成においても,そのことの認識がありながら原告を懲戒解雇されて間もない被告との一定の関係を持つようになったことも推認されるから,被告は,原告から示された本件電子データを原告の社外に持ち出した上,少なくとも,これを双和化成に開示し,さらには使用するおそれが十分あると認められる。❞
また、本事件の原告は、被告に対して損害賠償として弁護士費用1,200万円を請求しましたが、判決では弁護士費用相当の損害額として500万円が認められています。
このように、営業秘密を不正に持ち出した後の状況にもよるかと思いますが、営業秘密を不正に持ち出したことをもって、❝侵害されるおそれ❞があるとして差止請求が認められ、その弁護士費用相当の損害賠償が認められる可能性があります。

なお、被告の転職先企業は本事件では被告とされていませんが、本事件に先立ち証拠保全を受けています。証拠保全の目的は、被告の転職先企業で営業秘密の使用又は開示が行われたことを示す証拠を得ることでしょうが、本事件の判決文を見る限り、そのような事実はなかったようです。しかしながら、被告の転職先企業は実際に証拠保全を受けたことには変わりはないため、被告の転職先企業も、被告による前職企業の営業秘密の持ち出し行為に対して、少なからず影響を受けたことになります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2023年5月30日火曜日

判例紹介:有用性は誰にとって有用なのか

営業秘密の三要件として秘密管理性、有用性、非公知性があります。この有用性について、誰にとって有用であるかを争った裁判例(5G情報漏洩事件(東京地裁令和4年12月9日 事件番号:令3(特わ)129号))を紹介します。
本事件は、刑事事件であり、被告がA社から転職するにあたり、A社の営業秘密を不正に持ち出して同業他社であるB社に就職したというものであり、被告は懲役2年(執行猶予4年)及び罰金100万円となっています。なお、被告が持ち出した営業秘密である本件ファイル①は下記のものです。
❝本件ファイル①は、全国各地約16万箇所のAの基地局の位置情報(緯度・経度)、各基地局で使用されている周波数帯、各基地局に至る回線の種別及び回線の月額料金等の情報、マイグレーションに関する検討結果のほか、4Gから5Gへの切り換えに係る対応を計画していた基地局の情報を一覧表形式で取りまとめたエクセルファイル❞
上記営業秘密に対して弁護人は、下記のようにして本件ファイル①の有用性を否定しています。
❝弁護人は、携帯電話事業者が抱える事情等は様々で、これを反映して各社が整備しているネットワークの構成や無線機器等も異なり、5G化対応に係る計画も異なることから、他社がAの基地局や周波数帯に係る情報及び5G化に係る情報を流用して自社の通信サービスを向上させることはできないこと、Aのマイグレーションの検討状況は、Aのネットワーク構成や契約状況を前提とするもので、他社の事業活動に何ら役立つものではないことなどから、本件ファイル①に含まれる情報は他社には利用価値がなく、有用性は認められないなどと主張する。❞
すなわち、弁護人は、本件ファイル①は被告の元勤務先であるA社の事業活動でしか役立たないものであるから、有用性はないと主張しています。


これに対して、裁判所は下記のように判断しています。
❝しかし、当該情報が、営業秘密保有企業の事業活動に使用・利用されているのであれば、基本的に営業秘密としての保護の必要性を肯定でき、当該情報が反社会的な行為に係る情報であり保護の相当性を欠くような場合でない限り、有用性の要件は充足されるものと考えられるのであって、この点は当該情報を取得した者がそれを有効に活用できるかどうかにより左右されない。その意味で、本件ファイル①の有用性に関し、それに含まれる情報が他の携帯電話事業者の事業活動に役立つものではないことを理由に有用性を否定する弁護人の主張には、当を得ないものがある。❞
このような裁判所の判断は当然のものでしょう。特に❝当該情報を取得した者がそれを有効に活用できるかどうかにより左右されない。❞という点に言及した判断は今までには無かったと思われます。なお、本事件は、他の営業秘密もありますが、これに対しても同様の判断がなされています。

本事件と同様の主張をした被告が事件として、宅配ボックス事件((横浜地裁令和3年7月7日判決 事件番号:平30(わ)1931号 ・ 平31(わ)57号))があります。
この事件は、原告が被告から宅配ボックスの開発・製造の委託を受けたものの、被告が本件新製品の製造を原告に発注するのを取りやめ、原告の営業秘密である本件データを使用して被告製品を製造・譲渡したというものであり、原告が勝訴しています。

宅配ボックス事件において、被告は❝本件データは,本来であれば被告製品の基となることが予定されていたものであるから,原告の事業活動において有用な情報であるとはいえない❞とのように主張しました。これに対して、裁判所は被告の主張を認めずに、当該営業秘密の有用性を認める判断を行いました。

このように、5G情報漏洩事件では、営業秘密保有企業の事業活動でしか用いないので有用性はない、と主張した一方で、宅配ボックス事件では、被告企業の事業活動でしか用いないので有用性はない、と主張したことになり、夫々の被告は同様の主張を異なる視点から行っているものの、裁判所はこれらの主張を認めませんでした。
したがって、営業秘密とされる情報の有用性を否定するために、当該情報が特定の企業でのみ使用されるといった主張を行っても、その主張が認められる可能性は相当に低いと思われます。そもそも、営業秘密を不正に持ち出した者は、当該情報が有用であると認識しているので持ち出しているのでしょうから、このような主張が認めらないことは当然とも思えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信