2024年2月28日水曜日

回転寿司チェーン店事件のはま寿司及び元部長に対する刑事事件判決

かっぱ寿司の前社長が前職であるはま寿司の営業秘密を不正に持ち出した事件について、カッパ社及びその社員(元商品部長)も刑事告訴されていましたが、これに対して地裁判決が先日ありました。


カッパ社に対しては罰金3000万円、元商品部長に対しては懲役2年6月(執行猶予4年)、罰金100万円という判決となっています。前社長に対しては、既に判決が出ており、懲役3年(執行猶予4年)、罰金200万円です。前社長の刑事罰は確定しているようですが、カッパ社と元商品部長に関しては控訴するかもしれません。

なお、転職者の前職企業の営業秘密が持ち込まれて使用等した企業(被告企業)に刑事罰が適用された事件は過去にもありました(自動包装機械事件)。この自動包装機械事件では、被告企業は1400万円の罰金刑となっています。


一方で、転職者の前職企業の営業秘密が持ち込まれた被告企業の社員が刑事罰を受けた事件は、私が知る限り初めての事件です。
本事件では、元商品部長が被告となっており、この元商品部長は、はま寿司から転職してきた前社長の指示に従い、はま寿司の営業秘密を使用等したとのことです。
確かに、元商品部長は、はま寿司の営業秘密であることを知って不正使用したのでしょうから刑事罰の対象となるでしょう。しかしながら、元商品部長は前社長の指示で不正使用を行っており、これを拒むと社内での立場が悪くなることは想像に難くはありません。そうすると、元商品部長による営業秘密の不正使用の是非について考えさせられます。

そもそも社員がこのような事態に陥ることは、企業として絶対に防がないといけないことだと思います。その意味でも、元商品部長が営業秘密の不正使用を行うという選択をしたことに対して、カッパ社にも責任があると思えます。

今後、転職はより一般的になり、他社の営業秘密が自社へ不正に持ち込まれる可能性は益々高くなります。
そして、転職者が上司となる可能性もあり、本事件のように上司が前職企業の営業秘密を持ち込む可能性もあるでしょう。また、転職してきた部下や同僚となった者が前職企業の営業秘密を不正に持ち込む可能性もあるでしょう。仮に、転職者によって開示された営業秘密を社員がそれと知って不正使用すると、本事件のようにこの社員が刑事責任を負うこととなります。

このような事態を防ぐためにも、企業は転職者を介した他社の営業秘密の流入を食い止め、仮に他社の営業秘密が流入したとしても社員がそれを使用しないようにしなければなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2024年2月20日火曜日

判例紹介:原告が被告を特許侵害で提訴、被告は原告が被告の営業秘密を特許化したとして反訴

今回紹介する裁判例(東京地裁令和5年3月7日 事件番号:令3(ワ)26762号)は、今後も起こりそうな事件です。
この裁判の概要としては、まず、原告(個人)が被告(三菱ケミカル株式会社、三菱ケミカルインフラテック株式会社)に対して特許権侵害(特許第6350985号)で提訴(本訴)したものの、被告が本件特許は原告の冒認出願によりされたとして反訴しました。

本事件の原告(特許権者(出願人)と発明者は同一の個人)は、昭和39年から平成12年1月15日まで、被告企業である三菱ケミカル(社名変更前の三菱レイヨン時に日東化学を承継)において勤務しており、中央研究所の研究部長を務めていたとのことです。そして原告は、退職から14年後の平成26年7月2日に本件特許の出願を行い、平成30年6月15日に設定登録を受けています。

本事件において被告は、以下のように、本件特許発明は日東化学の従業員が完成させた本件硬化剤発明とが同一であるとして、本件特許発明は特許を受ける権利を有しない者による出願であるとして反訴を行っています。
ア 本件特許発明は、日東化学の従業員であったBⅰ及びCⅰが平成3年10月に完成させたものである。
すなわち、Bⅰ及びCⅰは、GS硬化剤の開発に関し、平成3年10月度月報において、「エヌタイトGS」という銘柄の処方(以下、同処方により特定される硬化剤に係る発明を「本件硬化剤発明」という。)を完成させた。本件特許発明と本件硬化剤発明とは、一部の構成要件において形式的な相違があるものの、これらは、以下のとおり、いずれも実質的な相違点ではなく、両発明の同一性を損なうものではない。
・・・
イ 原告は、日東化学の研究所において、Bⅰ及びCⅰの上司に当たる地位にあり、両名が完成させた本件特許発明を同人らから直接又はその他の日東化学の書類や従業員を介して知得したにすぎず、本件特許発明の発明者ではない。そして、Bⅰ及びCⅰが完成させた本件特許発明に関する特許を受ける権利は、本件職務発明取扱規程に従って日東化学に承継されたのであり、原告がこれを譲り受けたことはない。
ウ 仮に本件特許発明と本件硬化剤発明が同一でないとしても、本件硬化剤発明をその範囲に含む本件特許発明は、本件硬化剤発明に関する日東化学の営業秘密(●(省略)●)を利用した発明であることは明らかである。これに対し、原告は、日東化学従業員として、就業規則及び本件誓約書に基づき、日東化学及び三菱レイヨンの営業秘密を退職後も自己の目的に利用したり第三者に開示したりしてはならない義務を負っていた。そのような原告が、被告らに権利を行使する目的で本件特許発明について特許出願をし、本件特許権を取得したことは、就業規則及び本件誓約書において禁じられた「自己の目的」への利用そのものである上、特許出願に伴う公開を通じた第三者への開示にも該当する。
このように、本件特許発明が本件硬化剤発明に関する日東化学の営業秘密を利用してされたものである以上、原告は、本件特許発明について、特許を受ける権利を有しない。また、原告の秘密保持義務違反によってされた利用発明である本件特許発明についての特許を受ける権利は、条理上、本件硬化剤発明に関する営業秘密の保有者であった日東化学、ひいてはその権利義務を承継した被告三菱ケミカルに帰属するというべきである。


しかしながら裁判所は、原告の本件特許発明と被告の営業秘密(本件硬化剤発明)とを対比してこれらが同一でないとしたうえで、本件特許は冒認出願ではない、として被告の主張を認めませんでした。

なお、被告は、原告が日東化学の研究所において、本件硬化剤発明を完成させたBⅰ及びCⅰの上司に当たる地位にあり、両名が完成させた本件硬化剤発明と同一の本件特許発明を知得したにすぎないと主張したものの、裁判所は、これも下記のように認めませんでした。
・・・原告は、遅くとも平成3年初め頃以降、日東化学の中央研究所の研究部長を務めており(前提事実(1)ア)、平成3年4月度月報及び同年10月度月報には、原告の姓を示す「Aⅰ」との印が押されていることが認められる(乙12、22)。そうすると、原告は、平成3年当時、Bⅰらによる本件硬化剤発明に係る報告内容を把握し得る立場にあったとはいえるが、本件硬化剤発明は、複数の含有物を異なる割合で混合するというものであるから、上記各月報を一瞥しただけでその内容を完全に記憶することは必ずしも容易ではないと考えられる。そして、本件証拠上、原告が、上記各月報を具体的にどのような態様で閲読したのかは明らかでなく、Bⅰらによる研究内容をどの程度具体的に把握していたのかも明らかではない。
したがって、原告が本件特許発明をBⅰらから知得したと認めることはできない。
また、被告は、本件特許発明は本件硬化剤発明に関する日東化学の営業秘密を利用した発明であるから、原告は本件特許発明について特許を受ける権利を有しないとも主張しました。しかしながら、裁判所はこの主張も以下のように認めませんでした。
・・・原告は、従前、日東化学及び三菱レイヨンにおいて、地盤安定化剤、床用石膏プラスター組成物の研究開発に携わっており、その過程で、自らが発明者又は研究従事者として、①珪酸ソーダ水溶液からなるA液と、石灰、Ⅱ型無水石膏及び界面活性剤の混合物の水性スラリーからなるB液とを混合した薬液を地盤中に注入して硬化させる地盤安定化法(甲17)、②フッ酸副生無水石膏に、苛性カリ(水酸化カリウム)、苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)、消石灰、炭酸カルシウム等のアルカリ性物質を添加して中和すること(乙48、49)、③●(省略)●といった、本件特許発明を構成する具体的な技術事項を把握するに至っていたと認められる。
しかし、上記①及び②に係る技術事項は、特許公報等により公開されているものであるし、本件証拠上、本件特許発明を構成するその余の技術事項が日東化学及び三菱レイヨンの営業秘密に属するものと認めることができないから、原告が、三菱レイヨンを退職した後に、公知の刊行物等を参照しつつ、日東化学及び三菱レイヨンの営業秘密に属しない技術事項を組み合わせるなどして本件特許発明を着想し、それを具体化して本件特許発明を完成することができたとしても、直ちに不自然であるとはいえない。
なお、原告による特許権侵害という主張は、被告の製品(GS硬化剤等)は本件特許の技術的範囲に属さないとして認められませんでした。このように、原告による本訴、被告による反訴は共に棄却されました。

このように、前職企業を退職した従業員が、転職先等で前職企業における職務内容と同様の発明を行うことは当然あり得ることだと思います(本事件では特許権の権利者と発明者とが同一の個人であるため、原告が他企業に転職していないのかもしれませんが)。
そうすると、本事件のように前職企業は、転職した発明者が自社の営業秘密を持ち出して転職先で特許出願をしたのではないかという疑念が生じさせる可能性あるでしょう。特に特許出願の発明者は明確であるため、自社の元従業員が転職先企業で特許出願をしたか否かが容易に判断でき、かつ特許出願に係る技術内容が元従業員の職務内容と同様であるかも容易に判断できます。

すなわち、転職先企業は、転職してきた者(転入者)が前職企業の営業秘密に基づいて特許出願をしたのではないかと疑念を持たれる立場となります。万が一、前職企業の営業秘密に基づいて特許出願をしたとなれば、転職先企業による営業秘密侵害であり、民事的、刑事的責任を負う可能性が生じます。
転職先企業では、このような事態に陥ることは避けなければなりません。このため、転職先企業(の知財部)は、発明がどのようにしてなされたかの確認が必要となるでしょう。例えば、発明の着想から具体化までに至る資料(研究ノート)を確認し、当該発明が自社においてなされたことを確認することが必要です。特に、転入間もない従業員に対しては、前職企業の営業秘密が混在していないことを十分に確認するべきでしょう。
また、万が一、本事件のように前職企業から発明の成立過程について疑念を持たれた場合に反論できるように研究ノート等や各種データを保存する必要があるでしょう。

なお、不正競争防止法第6条では具体的態様の明示義務として、以下のように規定されています。
第六条 不正競争による営業上の利益の侵害に係る訴訟において、不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがあると主張する者が侵害の行為を組成したものとして主張する物又は方法の具体的態様を否認するときは、相手方は、自己の行為の具体的態様を明らかにしなければならない。ただし、相手方において明らかにすることができない相当の理由があるときは、この限りでない。
この規定によると、例えば、営業秘密の不正使用が疑われる製品や物の製造方法等において、営業秘密保有者は当該製品や製造方法等の具体的態様を明らかにすることを求めることができます。これにより、当該製品や製造方法等に自社の営業秘密が使用されているか否かが明確になることが期待されます。一方で、この規定は物や方法を対象としており、特許に係る発明の成立過程等を明らかにすることを求めることはできないと解されます。
しかしながら、上記のように、自社からの転職者が転職先等で自社の営業秘密を使用して特許出願等を行う可能性があることを鑑みると、特許に係る発明の成立過程を明らかにすることを求める規定が設けられても良いのではないかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2024年2月13日火曜日

判例紹介:高裁で無罪判決となった営業秘密侵害事件(刑事事件)その2

前回のブログ記事で紹介した高裁で無罪判決となった事件(札幌地裁令和5年3月17日判決 事件番号:令3(わ)915号)、札幌高裁令和5年7月6日判決(事件番号:令5(う)74号))の続きです。

この事件では、地裁において肯定したものの高裁では否定された秘密管理措置が複数あります。前回のブログでは、本件情報(販売先、販売商品、販売金額等の履歴が記録された得意先電子元)を管理する△△システムのIDやパスワードを、地裁では本件情報に対する秘密管理措置として認めたものの、高裁ではそれを認めなかったということを解説しました。

上記の他にも△△システムの画面には「出力データの取扱注意事項」と題する警告画面が表示されており、本事件ではこの警告画面の表示も秘密管理措置となり得るのかが争点となっています。なお、警告画面の表示は以下のようなものであり、「同意します」と記載されたボタンを押下しなければ、情報を出力できない仕組みになっていたようです。
株式会社eが提供するデータの利用範囲は、データ入手元から使用を認められている範囲に制限され、貴社内における経営分析等、通常業務の範囲内に制限されます。したがって、第三者へのデータ提供等は『契約違反』に該当します。
以下の制約事項を遵守することに同意しますか。 
1.貴社内における通常業務の範囲を超えて利用しないものとします。 
2.第三者に開示しないのはもちろんのこと、目的を果たすために必要最低限の役員及び従業員以外には開示しないものとします。
「警告画面」の表示に対して被告の弁護人は以下のようにa社(被害企業)とe社(△△システムのメーカー)との秘密保持契約を示していると主張しました。
前記警告画面の文言と、a社とe社の間で締結された秘密保持等確認書の文言において、第三者へのデータ提供等は「契約違反」に該当するとされており、a社とe社の間の契約を念頭に置いていると考えられること、テキスト形式で出力され、データの加工が可能になる場合に限って前記警告画面が表示される仕組みになっていることなどを理由として、e社がa社の従業員に対して、e社の「秘密情報」の不正使用等を禁止したものと解釈すべきという。
一方で、「警告画面」の表示に対して地裁は以下のように判断し、弁護人の主張を認めませんでした。
得意先電子元帳の情報を出力する際の仕組みについて検討すると、前記前提事実のとおり、出力する際には警告画面が表示され、「制約事項」に同意するかどうかの確認が求められていた。このことは、アクセスする従業員に対し、△△システムの情報の中でも、本件情報を含む得意先電子元帳の情報が、特に厳重に管理されるべき秘密であることを認識させるものであったといえる。

しかしながら高裁はこのような地裁の判断を否定し、以下のように警告画面を秘密管理措置として認めませんでした。この高裁の判断は、弁護人の主張と同様であると思われます。
・・・警告文の主語は、「株式会社eが提供するデータの利用範囲は」となっており、第三者への情報提供等の制限の対象は、△△システムを提供するe社が提供するファイルレイアウト等の秘密情報と解するのが文面上自然であるし、文末が「第三者へのデータ提供等は『契約違反』に該当します。」となっており、ここでいう「契約」は、e社とa社との間の契約を指すとみるのが自然である上、警告画面末尾には、「※詳細については、締結致しました『秘密保持等確認書』をご確認ください。」と付記されていることから、a社からe社に提出された「秘密保持等確認書」(原審甲31添付資料4)をみてみると、その1条2項1号において、第三者への情報提供等が制限される秘密情報の範囲から、a社が△△システムの使用を通じて自ら入力・作成・登録等した純粋な同社固有のデータを明確に除外しており、これに該当する同社固有のデータであると解される本件情報は、前記警告画面が第三者への情報提供等を制限する対象とはなっていないものと認められる。したがって、前記警告画面の趣旨は、所論がいうようにe社のファイルレイアウトなどの秘密情報を保持するところにあるものと解されるから、これをもって、a社自身の秘密管理意思の現れとみることはできないといわざるを得ない。前記警告画面の趣旨がこのように解される以上、確かに、原判決のいうように、同警告画面を見たa社従業員が、本件情報を含め得意先電子元帳機能から出力しようとしている情報を社外の者に漏洩することが禁じられている旨の警告と誤解する場合があることは想像するに難くないところではあるが、そうだかからといって、上記結論を左右するものではない。
このように高裁は「誤解」が生じる可能性があることを認めつつも、警告画面の内容を文字通りに解釈し、本件情報に対する秘密管理措置とは認めませんでした。このような高裁の判断は、秘密保持の対象となる情報が何であるかを厳密に判断した結果であり、妥当なものであると思われます。

なお、本事件において高裁は、被害企業であるa社が各従業員の入社時に誓約書を提出させていることも秘密管理意思の根拠として考え得る、とのように指摘しています。この誓約書について地裁では指摘していないものの、高裁では以下のように誓約書に基づく秘密管理性も否定しています。また、就業規則における秘密管理の規定についても、高裁は下記のように秘密管理措置とは認めていません。
・・・現に被告人Y1がa社に対し提出した平成24年6月6日付誓約書には「貴社の諸規則や命令を必ず遵守します。」「貴社の利害に関する機密、取引先の内情等は一切他言いたしません。」(原審甲21)、被告人Y2がa社に対し提出した平成5年3月21日付誓約書にも「貴社の諸規則や命令を必ず遵守致します。」「貴社の利害に関する機密、取引先の内情等は一切他言致しません。」(原審甲23)との記載が認められる。しかしながら、これらによっても本件情報が上記誓約書における守秘義務の対象か否かその範囲は客観的に明らかになってはおらず、これらをもってa社が、本件情報について秘密として管理する意思を表示していたと認めることは困難である。
さらに、a社の就業規則においては、その9条において、「(27) 会社内外を問わず、在籍中又は退職後においても、会社、取引先等の秘密、機密性のある情報、顧客情報、企画案、ノウハウ、データ、ID、パスワードおよび会社の不利益となる事項を第三者に開示、漏洩、提供しないこと。また、コピー等をして社外に持ち出さない事。」(原審甲4)との規定があり、この点に照らすと、本件情報が社外への持ち出しを禁止されるいずれかの情報に当たると解されるところであるが、a社の従業員に対する就業規則の周知等の手続が適正になされていたかについては疑義が残るところであるし、その他、a社において、営業秘密の取扱いについて、従業員に注意喚起をしていたような事情もうかがえないことにも照らせば、この点をもって秘密管理措置が十分であったということもできない。
以上のように、本事件は、本件情報の有用性及び非公知性、被告人による本件情報も持ち出しも認められているものの、本件情報の秘密管理性は認められず、高裁において被告人は無罪となっています。
一方で、本件情報に対して適切な秘密管理措置さえ行われていれば、被告人は有罪となった事件であると思われます。適切な秘密管理措置とは、決して難しいことではなく、例えば、△△システムを用いて本件情報を表示する際に、本件情報が営業秘密であることを明確に認識させる表示を行う、とのようなことで足り得るものだったと考えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信