2017年12月28日木曜日

不競法2条1項8号に関する興味深い判例

地裁の判決であるものの、不正競争防止法第2条第1項第8号に関する興味深い判決があります。

なお、不競法2条1項8号は下記のような条文です。
「その営業秘密について不正開示行為(・・・)であること若しくはその営業秘密について不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為」

ここで、興味深い判決とは、東京地裁平成29年7月12日判決の営業秘密使用差止等請求事件です。

この事件は、被告が原告の営業秘密である本件情報につき、不正開示行為であること若しくは同行為が介在したことを重大な過失により知らないで取得し、使用するなどしたので、被告の上記行為は、不競法2条1項8号所定の不正競争に該当するとして、同法3条1項に基づく本件情報の使用及び開示の差止め、同条2項に基づく本件情報が記録された文書及び記録媒体の廃棄、並びに同法14条に基づく謝罪広告の掲載を求める事案です。

本件情報である本件文書1,2は、各丁に「CONFIDENTIAL」との記載があり、原告製品の中国での販売について代理店契約を締結していた台湾企業に対し、中国企業である●●向けの資料とし、原告が電子データをメールで送信しています。
そして原告と台湾企業との代理店契約には秘密保持条項が設けられており、さらに、原告は、本件各文書の開示に先立ち、台湾企業及び中国企業との間でも秘密保持契約を締結していました。

なお、被告は、平成27年に原告製品の製造、販売等をすることが被告の特許権の侵害に当たるとして、原告を相手方とする2件の特許権侵害訴訟を提起し、仮処分命令申立てをし、原告製品の動作、構造等を特定する証拠又は疎明資料として、本件各文書を裁判所に提出しています。

そして、原告は、「本件各文書を秘密保持契約を締結した取引先にしか開示していないから、これらを被告が取得する過程で、守秘義務違反による不正開示行為が介在したことは明らかであるところ、被告は原告と競業関係にあり、自社での営業秘密管理体制に照らし、また,本件各文書のConfidentialの記載から、本件各文書の取得時に不正開示行為を認識することは容易であったはずであるから、被告には,不競法2条1項8号所定の重大な過失があり、同号所定の不正競争が認められる」と主張しています。

要するに、原告は台湾企業及び中国企業に対して「CONFIDENTIAL」との記載がある本件文書を秘密保持契約を締結して開示したにもかかわらず、特許権侵害訴訟の証拠として被告が本件文書を提出したので、被告による本件文書の取得・使用は不競法2条1項8号違反であると主張しているようです。

被告が取得した本件文書を特許権侵害訴訟の証拠として提出することが営業秘密の使用にあたるか否かはさておき、本件文書は「CONFIDENTIAL」との記載があり、通常では手に入らないと思われる競合他社の情報であるため、被告による本件文書の取得は、「不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、」に該当すると考えることは当然であるととも考えられます。


では、裁判所の判断はどうだったのでしょうか?

まず、裁判所は結論として、「被告が本件各文書を取得する過程で不正開示行為が介在したと仮定したとしても,以下のとおり,被告が不正開示行為であること又は不正開示行為が介在したことを重大な過失により知らないで本件各文書を取得したと認めることはできないから,被告に不競法2条1項8号所定の不正競争は認められない。」としています。
このように今回の事件では、被告による原告の本件文書の取得は「不正開示行為が介在したと仮定したとしても」不正競争は認められないとのことです。
この判決は、すごく重要な判決だと私は思います(地裁ですが)。

そして、この主な理由は以下のような通りです。下線は筆者が付しています。
「(1)・・・本件文書1は,原告製品の製品概要,仕様等が記載された16丁の書面であり,また,本件文書2は,表紙はなく,原告製品の露光に関する内容(光源の配置,露光量に関するシミュレーション等)が記載された4丁の書面であって,いずれも原告が中国企業に対して原告製品を販売する目的で台湾の代理店及び中国企業に提供したものと認められる。また,その内容も,被告が自社の製品に取入れるなどした場合に原告に深刻な不利益を生じさせるようなものであるとは認められない。そして,被告は,原告の競合企業であり,同様の営業活動を行っていたものであるから,被告が営業活動の中で原告が営業している製品の情報を得ることは当然に考えられるのであり,その一環として,本件各文書を取得することは不自然とはいえず,被告が通常の営業活動の中で取得することは十分に考えられるものである(なお,原告は,競合他社の情報について開示を受けること自体が異常事態であり,競争者が少ない光配向装置メーカーの業界では殊更異常と認識すべきであるとも主張するが,競争者が少ないからこそ,他社の製品に関する情報に接する機会が多いという側面も考えられるのであるから,原告の上記主張は,直ちには採用することができない。
(2)また,原告と被告が競業関係にあるとしても,原告が取引先との間で本件各文書に関する秘密保持契約を締結したか否か,本件各文書に記載された内容が取引先の守秘義務の対象に含まれるか否かについて,被告が直ちに認識できたとは認められないし,本件各文書のConfidentialの記載をもって,直ちに契約上の守秘義務の対象文書であることが示されているものともいえない。

この判決で私が重要と思う個所に下線を付したのですが、重要なことは要するに、
(1)競合企業の営業秘密と思われる情報を取得することは不自然ではなく、通常の営業活動中で取得することが十分に考えられる。
(2)「CONFIDENTIAL」との記載があるからといって、それが直ちに守秘義務の対象文書であることが示されているものとはいえない。
ということでしょうか?

上記(2)が特に重要かと思います。確かに「CONFIDENTIAL」や「社外秘」というような記載をその重要度にかかわらず企業は付けたがるかと思います。そのため、このような記載のみをもってして、他社の営業秘密とすることはできないとする判断は妥当かと思います。
そして、(1)のように、そのような競合他社の情報を入手することは十分に考えられることです。

そうすると、原告は、被告の行為が不競法2条1項8号に該当することを主張するのであれば、「不正開示行為が介在したこと」を立証しなければならないということでしょう。

ここで、営業秘密に関する訴訟の場合、多くは不競法2条1項7号と共に8号に該当することを原告は主張します。例えば、原告の元従業員が被告企業に転職し、その被告企業で元従業員が営業秘密を開示し、被告企業がその営業秘密を使用するといった場合です。
この様な場合は、営業秘密の流出ルートが明確であるため、不競法2条1項8号における「不正開示行為が介在したこと」の立証は説明するまでもなく容易でしょう。
しかしながら、営業秘密の流出ルートが分からない場合、原告にとって「不正開示行為が介在したこと」の立証は非常に難しいのではないでしょうか?
そうすると、他社が自社で営業秘密管理されていた情報を取得したという事実のみをもって訴訟を提起すること困難かと思います。

以上、上記判決から理解されることは、「CONFIDENTIAL」等の記載があり、他社の営業秘密と思われる情報を取得したからといって、それのみをもって即、不競法違反となる可能性は低い可能性が有るということです。

しかしながら、やはりこのような他社情報の取り扱いには注意するべきでしょう。
競合他社の営業秘密の取得が「不正開示行為が介在したこと」を立証する人物が現れるかもしれません。
例えば、当該他社に転職した自社の元従業員が証人になるかもしれません。
現在の雇用の流動性を鑑みると十分に考えられることかと思います。
そのような場合、不競法2条1項8号のみの営業秘密の不正取得・使用が立証さfれてしまうかもしれません。

なお、上記判決において、下線を付した「その内容も,被告が自社の製品に取入れるなどした場合に原告に深刻な不利益を生じさせるようなものであるとは認められない。」との判断は重要なのかもしれませんが、私にはどのように解釈すればよいか今一つよくわかりません。
これは、暗に本件文書の有用性がない又は低いと裁判所は判断しているのでしょうか?そうであるならば、本件文書は営業秘密でないとの判断になるかとも思いますが・・・。

2017年12月25日月曜日

営業秘密と秘密保持契約(秘密保持義務)その2

前回のブログでは、原告が被告に攪拌造粒機の主要部分の製造を委託し、その図面等に関して秘密保持契約を原告と被告との間で締結していたものの、裁判所は、攪拌造粒機がリバースエンジニアリング可能であることを理由に図面は非公知性を満たさずに営業秘密性を否定し、さらに、秘密保持契約の内容からして「秘密保持義務の対象」=「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」とも判断し、当該図面は秘密保持義務の対象でもないと判断したことを紹介しました。

ここで、本事件における秘密保持の条項(下記第35条)は、表現に微差があるものの、秘密保持義務の対象から除外する情報を定めた項目も含めて一般的なものと思われます。

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「第35条(秘密保持)
1)乙は,この基本契約ならびに個別契約の遂行上知り得た甲の技術上および業務上の秘密(以下,機密事項という。)を第三者に開示し,または漏洩してはならない。但し,次の各号のいずれかに該当するものは,この限りではない。
〔1〕乙が甲から開示を受けた際,既に乙が自ら所有していたもの。
〔2〕乙が甲から開示を受けた際,既に公知公用であったもの
〔3〕乙が甲から開示を受けた後に,甲乙それぞれの責によらないで公知または公用になったもの。
〔4〕乙が正当な権限を有する第三者から秘密保持の義務を伴わず入手したもの。
乙は,機密事項を甲より見積作成・委託・注文を受けた本業務遂行の目的のみに使用し,これ以外の目的には一切使用しない
(略)
乙は機密事項‥(略)‥を厳に秘密に保持し,本業務の遂行中はもとより,その完成後も甲の文章による承諾を得た者以外には,一切これを提供あるいは開示しない。
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そうすると、本事件のように、秘密保持契約を締結しても、実質的に意味をなさない契約も多数存在する可能性があるのではないでしょうか?
そうであるならば、上記のような一般的と思われる秘密保持の条項は見直す必要があるかと思います。しかしながら、一般的とされている条項そのものを修正するには抵抗を感じるとも思われます。


そこで、秘密保持契約に対して例外の例外を設けることが考えられます。すなわち、「秘密保持義務の対象から除外する情報」の例外です。
具体的には、本事件では、販売された攪拌粒製造機がリバースエンジニアリング可能であることをもって非公知性が失われているとされているため、秘密保持契約では例外の例外として、製品を特定して(本事件の例では攪拌流製造機)「製造販売した製品をリバースエンジニアリングすることで得られる情報は公知公用の情報とはみなさない。」とのような項目を設けることが考えられます。
また、秘密保持義務の対象を具体的に特定し(本事件の例では図面)、かつそれに対して、「製造販売した製品がリバースエンジニアリングされたとしても、図面に記載の情報が公知公用の情報となったとはみなさない」することも考えられます。


このように、本事件から学べることは、リバースエンジニアリングによって当該情報の営業秘密性どころか、秘密保持契約すら有効でないと裁判所が判断する可能性があるということです。
他社と秘密保持契約を締結する企業は、秘密保持契約に関係する製品等が公知となる可能性を十分に考慮し、秘密保持契約を結ぶ必要があるかと思います。
すくなくとも、「秘密保持義務の対象」=「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」と判断されるような秘密保持契約は結ばないことを心掛け、「秘密保持義務の対象」>「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」と判断可能な秘密保持契約にする必要があります。

一方で、本事件のように自社の秘密情報を製造委託先に開示する必要がある場合、そもそも、自社製品の製造委託先を一社にせずに、例えば、部品毎に分けて複数社で製造させ、一つの外注先に自社製品の情報が集中しないようにする必要があるかと思います。

原告も、例えば、攪拌造粒機の容器、蓋、メインブレード、クロススクリュー及びそれらの周辺装置を複数社に分けて製造委託しておけば、今回のような事態には陥らなかったと思います。また、部品は製造委託するものの、最終組み立ては自社で行う等してもよかったのではないでしょうか。

自社製品の情報を守るために、また、本事件のように製造委託先がその後競合他社とならないように、このような措置を取っている企業は多いかと思います。
製造委託先を一社にする場合に比べて、管理コスト等は増加するかと思いますが、より確実に自社情報を守るためには必要な措置かと思いまます。


以上の様に、企業は自社の秘密情報を他者に開示する場合は、その秘密情報が当該他社に意図しない形で使用されないように、また、使用された場合にその使用に対する責任を問えるように十分な対策を立てる必要があるかと思います。
そういった意味で、本事件は非常に参考になるのではないでしょうか。

2017年12月21日木曜日

営業秘密と秘密保持契約(秘密保持義務)その1

自社の営業秘密を他社に開示する場合、当然、秘密保持契約を結ぶことになるかと思います。
ここで、自社が営業秘密であると考える情報をどこまで秘密保持契約で守ることができるのでしょうか?さらに、秘密保持契約を結んだとしても、当該他社の経済活動をどこまで制限できるのでしょうか?
すなわち、秘密保持契約はどこまで有効なのでしょうか?最近よく分からなくなります。
ちなみに、私は秘密保持契約に関する業務の経験はないので、教科書的な知識しか持ち合わせておりません。実務経験に乏しいため分からないのかもしれませんが・・・。

関連するブログ記事:営業秘密と共に秘密保持義務も認められなかった事例

今回は、上記ブログ記事でも紹介した判例(攪拌造粒機事件:大阪地裁平成24年12月6日判決)をもとに秘密保持契約(秘密保持義務)について考えてみました。

この事件は、以下のような経緯がある事件です。なお、下線は私が付したものです。

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原告は、昭和54年ころから、被告に対し、原告が開発し、現在も製造、販売を続けている攪拌造粒機の主要部分(容器、蓋、メインブレード、クロススクリュー及びそれらの周辺装置)の製作を委託し、このような原告製品の製作委託関係は長らく続き、平成16年7月1日以降は本件基本契約下で継続していたが、平成21年8月31日をもって原告と被告との取引関係は終了した。
被告は、原告製品の製作を委託されていた期間中、原告が作成した原告製品に係る設計図面(以下「原告製品図面」という。)の開示を受け、これに基づいて原告製品を製造していた。
その後、被告は、平成21年9月30日、フロイント産業株式会社(以下「フロイント」という。)から、攪拌造粒機の製造委託を受けた。被告は、この製造委託のもと、別紙物件目録1記載の攪拌造粒機(以下「被告製品」という。)のうち、GM-MULTI(10/25/50)及びGM-10の試作品を製作してフロイントに納品し、フロイントは、平成22年6月30日から同年7月2日まで東京ビックサイトで開催された展示会において、上記試作品を出展した。
被告は、その後、フロイントからの委託を受けて被告製品を製造することとなったが、答弁書作成時(平成23年5月10日)までの間、フロイントは、平成23年4月に被告から納入を受けたGM-25を1台販売したのみである。
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要するに、原告は被告に攪拌造粒機の主要部分の製造を委託していたが、原告と被告との取引関係が終了した後、被告は独自に攪拌造粒機の製造・販売を開始し、原告にとって競合他社になったようです。
このことは原告にとってみたら、被告に攪拌造粒機の製造を長年委託し、その製造ノウハウを被告が得た後に被告が競合他社になったのですから、釈然としない思いはあるでしょう。気持ちはわかりますし、このような事例は多々あることかと思います。

なお、上記「本件基本契約」には、以下のような秘密保持の条項があります。
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「第35条(秘密保持)
1)乙は,この基本契約ならびに個別契約の遂行上知り得た甲の技術上および業務上の秘密(以下,機密事項という。)を第三者に開示し,または漏洩してはならない。但し,次の各号のいずれかに該当するものは,この限りではない。
〔1〕乙が甲から開示を受けた際,既に乙が自ら所有していたもの。
〔2〕乙が甲から開示を受けた際,既に公知公用であったもの
〔3〕乙が甲から開示を受けた後に,甲乙それぞれの責によらないで公知または公用になったもの。
〔4〕乙が正当な権限を有する第三者から秘密保持の義務を伴わず入手したもの。
乙は,機密事項を甲より見積作成・委託・注文を受けた本業務遂行の目的のみに使用し,これ以外の目的には一切使用しない
(略)
乙は機密事項‥(略)‥を厳に秘密に保持し,本業務の遂行中はもとより,その完成後も甲の文章による承諾を得た者以外には,一切これを提供あるいは開示しない。
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ちなみに、この事件は、不正競争防止法2条1項7号の不正競争行為だけでなく、被告製品又はその構成部品を製造,販売することに対する特許権侵害、原告製品図面に係る複製権又は翻案権の侵害でも訴えていますが、その全てが認められていません。


本事件に対する裁判所による営業秘密性の判断ですが、裁判所は、まず、非公知性を判断しています。

すなわち、原告は、原告製品図面に記載された原告主張ノウハウが、営業秘密に該当する旨主張しました。
しかし、裁判所は、「原告主張ノウハウは、別紙ノウハウ一覧表記載のとおり、いずれも原告製品の形状・寸法・構造に関する事項で、原告製品の現物から実測可能なものばかりである。そして、このような形状・寸法・構造を備えた原告製品は、被告がフロイントから攪拌造粒機の製造委託を受けた平成21年9月30日よりも前から、顧客に特段の守秘義務を課すことなく、長期間にわたって販売されており,さらには中古市場でも流通している(乙3,乙5の1~3,乙7)。そのため,原告主張ノウハウは,被告がフロイントからの製造委託を受ける前から,いずれも公然と知られていたというべきであり、「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)には該当しないといえる。」 とし、非公知性を否定しています。
ちなみに、裁判所は「原告主張ノウハウは、いずれも原告製品の形状・寸法・構造に帰するものばかりであり、それらを知るために特別の技術等が必要とされるわけでもないのであるから、原告製品が守秘義務を課すことなく顧客に販売され、市場に流通したことをもって、公知になったと見るほかない。」とも言及しています。
このように、裁判所は、原告製品は所謂リバースエンジニアリンが可能であることを理由に、原告製品図面を営業秘密とは認めないことになりました。

では、秘密保持義務違反はどうでしょうか?

これについて、裁判所は以下のようにして秘密保持義務違反を否定しています。
本条における秘密保持義務の対象については、公知のものが明示で除外されている(本件基本契約35条1項〔2〕及び〔3〕)。そして、被告は、原告の「技術上および業務上の秘密」(本件基本契約35条1項本文)について秘密保持義務を負うと規定されているが,その文言に加え、被告の負う秘密保持義務が本件基本契約期間中のみならず、契約終了後5年間継続すること(本件基本契約47条2項)に照らせば、原告が秘密とするものを一律に対象とするものではなく、不正競争防止法における営業秘密の定義(同法2条6項)と同様、原告が秘密管理しており、かつ、生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な情報を意味するものと解するのが相当である。 このように本件基本契約上の秘密保持義務についても、非公知で有用性のある情報のみが対象といえるため、前記4で論じたことがそのまま当てはまるところ、被告に上記秘密保持義務違反は認められないというべきであり、原告の上記主張は採用できない。」と判断しています。
すなわち、裁判所は、本事件において「秘密保持義務の対象」=「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」と判断しているようです。


ここで、私が疑問に思うことは、秘密保持義務の対象は「非公知で有用性のある情報のみ」であるため、原告製品が守秘義務を課すことなく顧客に販売されていることを理由として、原告製品図面は秘密保持義務の対象ですらない、と裁判所が判断していることです。

すなわち、顧客に守秘義務を課すことなく流通させた製品の図面に記載されたノウハウは、営業秘密性がないどころか、秘密保持義務の対象にすらならない可能性があるということでしょうか?(本事件では営業秘密を図面であると主張せずに、図面に記載されたノウハウとしていることが少々気に掛かりますが・・・。)
また、その製品が中古市場で流通するようなものであるならば、たとえ顧客に守秘義務を課したとしてもやはり非公知性は失われることになるので、守秘義務にどこまで意味があるものか分かりません。守秘義務を課した顧客が製品を中古市場に売ったとして、顧客に対して守秘義務違反をどこまで追求できるでしょうか?

このように、上記事件から読み取れる私の解釈が正しければ、 リバースエンジニアリングが可能な機械部品のような製品の図面(図面に記載されたノウハウ)はそもそも秘密として守れない可能性が高いということでしょうか?なんだか釈然としません。

確かに、リバースエンジニアリングが可能であることを理由に営業秘密としての非公知性が否定された判決はこの事件の他にもありますが、秘密保持義務の対象にすらならないとする裁判所の判断は果たして正しいのでしょうか?

このような裁判所の判断が趨勢であるならば、製品の製造委託のために他社へ図面を開示する場合にその図面に対する秘密保持契約を結んだとしても、市場に流通している製品であるならば、その秘密保持契約は意味をなさず、当該他社はその図面を用いて自由に当該製品を自由に製造販売することができる可能性があるということでしょうか?


そもそも、裁判所による「原告が秘密とするものを一律に対象とするものではなく、不正競争防止法における営業秘密の定義(同法2条6項)と同様、原告が秘密管理しており、かつ、生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な情報を意味するものと解するのが相当である。」との判断、すなわち、「秘密保持義務の対象」=「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」との判断は妥当なものなのでしょうか?

一般的に、不正競争防止法で定義されている営業秘密は、法的な定義のない機密事項や企業秘密といったものに比べて狭い概念のものです。
この原告は、被告との間で秘密保持契約を結ぶにあたり、その対象が「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」のものという認識があったのでしょうか?おそらくそこまでの認識はなかったと思います。また、被告も同様ではないでしょうか?
そうであるならば、裁判所は、秘密保持義務の対象を「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」のものよりも広く解釈し、そのうえで、被告の行為が秘密保持義務違反であったか否かを判断しても良かったのではないかと思います。

とはいうものの、秘密保持の条項(上記「第35条」)を素直に解釈すると、「秘密保持義務の対象」=「不正競争防止法における営業秘密の定義と同様」との裁判所の判断も当然のこととも思われます。

では、どうすればいいのでしょうか?

2017年12月18日月曜日

佐賀銀行事件の刑事事件判決

佐賀銀行から営業秘密である顧客情報が元行員によって流出された事件がありました。

ブログ
佐賀銀行の営業秘密流出事件
過去の営業秘密流出事件 <佐川銀行営業秘密流出事件(2016年)>

ニュース
2017年10月16日 毎日新聞「佐賀銀侵入:共謀の元行員に懲役6年 福岡地裁判決」
2017年10月16日 産経WEST「佐賀銀行の元行員に懲役6年 支店の現金窃盗事件で共犯者に情報提供、福岡地裁判決」

この事件において営業秘密を流出させた元行員の刑事事件判決が10月16日に言い渡されました。
判決は懲役6年でした。
営業秘密の流出も関係する刑事事件としては、最も重い判決かと思います。

しかしながら、上記ブログ記事等をご覧いただければ分かるように、そもそもこの事件は、いわゆる営業秘密流出事件とは少々異なっており、窃盗団が絡んだ事件でした。
このため、量刑の理由が下記のように多岐に渡っており、懲役6年というのも、当然、営業秘密の流出だけのものではないと考えられえます。

(量刑の理由)
〔1〕同銀行の顧客名簿を第三者に不正に交付し(第1【不正競争防止法違反】)
〔2〕共犯者と共謀し,金庫破りの目的で勤務先の銀行の支店に侵入し(第2【建造物侵入】)
〔3〕顧客から預かった現金を横領し(第3【横領】)
〔4〕共犯者と共謀し,社員寮の同僚の部屋から別の支店の鍵等を盗み(第4【住居侵入,窃盗】)
〔5〕それらを利用して同支店に侵入して現金を盗んだ(第5【建造物侵入,窃盗】)


判決文では「量刑を検討する上で中心となる〔5〕の建造物侵入,窃盗は,もとより被害額が5430万円と相当に高額な重大事案である。」と述べられています。なお、営業秘密に関しては「〔1〕の不正競争防止法違反も,被害銀行で最も厳格に管理されていた顧客情報のうち,預金額が1億円以上の顧客らの情報を〔2〕と〔5〕の共犯者に流出させており,悪用の危険性は高かったといえる。現に預金を引上げた顧客もいる。」と述べられています。

ここで、佐賀銀行事件における営業秘密の流出は、営業秘密の売買を目的としたり、転職に伴い営業秘密を持ち出すといった経済犯罪的なものではなく、窃盗に使用する目的であり、その目的がより凶悪犯罪に近いものかと思います。
すなわち、営業秘密の流出は、要件を満たせば当たり前かと思いますが、このような凶悪犯罪にも適用されるような行為であるということでしょう。

一方で、逆のパターンもあるかもしれません。
例えば、前職企業で返還義務のある営業秘密とされる社内資料を借りていたにもかかわらず、転職の際にそれを返還することなく、転職先企業に持ち込むんだような場合、窃盗罪でも刑事告訴される可能性もあるのではないでしょうか?

今回の事件から学べることは、このような事件でも不競法が適用されたことによって、営業秘密の流出が増々犯罪行為として認識され易くなるということかもしれません。
例えば、社内セミナー等において、営業秘密の流出が窃盗団のような犯罪にも要件を満たせば適用されるような行為であることを説明することで、従業員の方に営業秘密を流出させることが犯罪であることをより強く認識してもらえるかもしれません。

2017年12月15日金曜日

営業秘密保護や先使用権証明のための文書管理システムとは?

しばらく前に、ある企業の文書管理システムのセミナーに行きました。
営業秘密保護や先使用権証明に関する技術の知見を得ることがセミナー参加の主たる目的です。

営業秘密保護や先使用権証明のためには、書類の電子化やサーバ管理といった技術的な要素も重要になるかと思います。
いかにして書類を効率良く管理し、かつ企業秘密(営業秘密)を守るか?

参加させて頂いたセミナーは、セミナー主催企業の製品紹介ですが、文章電子化システムの技術動向を知らない私にとってはかなり参考になりました。
そして、その製品を実際に操作させて頂いたのですが、直感的に使い易いなという印象。
良くできている文書管理システムだと思いました。

で、肝心の営業秘密保護や先使用権証明のための技術としてどのようなものがあるのか?ということですが。

先使用権証明のために利用できる機能として(セミナーではそのような直接的な説明はありませんでしたが。)、やはりタイムスタンプ機能ですね。オプションでしたが。
文書データにタイムスタンプを押す設定をしているフォルダにデータを入れると、ユーザが意識することなく自動でタイムスタンプを押してくれるようです。

また、読み取った文書データから自動で日付を読み取り、日付毎のフォルダに自動で割り振ってくれる機能もあります。
この機能は、先使用権証明というよりも文書管理機能としての側面が強いものですが、先使用権証明のためには、他社の特許出願の日が基準となりますから、先使用権を主張しなければならない事態に陥った場合に、必要な書類を効率良く見つけ出すためには重要な機能かもしれません。
しかし、当たり前ですが、書類に日付が入っていることが前提ですね。
書類に日付が入っているのであれば、先使用権証明のためのタイムスタンプは大きな意味を持たないような気もします。

一方で、先使用権証明のためならば、日付毎ではなく技術毎に必要書類を管理する方が良いのでしょうか?しかしながら、侵害を疑われる技術を想定することは略不可能ですよね。先使用権証明のために書類をまとめ確定日付を付与したとしても、その書類を使うことは無く、実質的に無駄な作業になるという意見も聞きます。


次は、企業秘密(営業秘密)の保護に関する機能として良いと思った機能です。

一つは、アクセス権限のないフォルダやデータを画面上に表示させない機能。
私が知らなかっただけで、この機能は一般的なのでしょうか。
すごく単純な管理システムでしたら、単にフォルダ等にアクセス制限をするだけですが、それではフォルダ名等からその内容が推察される可能性があります。
勘のいい人ならば、そのフォルダにどのような情報が入っているのか分かるでしょうし、アクセス制限がされていることによってそれが重要な情報であることも分かってしまいます。
アクセス権限がない人には、“当該情報の存在すら知られない”ことは重要かと思います。

また、一つのデータの内容の一部にアクセス制限をかけることができる機能もありました。
具体的には、文書データの内容の一部にマスキングを行い、アクセス権限がない人には見れないようにする機能です。これは良い機能だと感じました。
一つのデータの中にも必要以上に閲覧させたくない情報が含まれる場合は多々あるかと思います。
この様な場合、閲覧させたくない情報にマスキングを行い、アクセス権限がある人のみがマスクしていないデータの閲覧が可能になります。

私が体験させて頂いたシステムは、アクセスログ管理がもう少し充実している方が好ましいと感じました。
何時どのユーザがどのフォルダやデータにアクセスしたのか、アクセスの頻度は通常と同じか、多量にデータをダウンロードしていないか、等が簡易に監視・報知する機能が充実しているといいですね。

ここで、このセミナーに参加して思ったこと、それは、「文書データ管理の機能も充実し、企業秘密保護の機能も充実しているシステムって無いのではないか?」ということ。
当たり前ですが、メーカーが得意とする分野に機能の充実度が偏るかと思います。
文章データ管理、企業秘密保護の両方が得意なメーカーってあるのでしょうか?

しかしながら、今後、書類のデジタルデータ化が一層促進され、それに伴い、企業秘密保護も重要度も増々高まると思います。
そうすると、文章データ管理機能、企業秘密保護機能の両方が充実したシステムも必然的に開発、販売されることになるかと思います。

今度は展示会等に行って様々な企業の文書管理システムに関する情報収集をしても面白いかもしれません。

2017年12月12日火曜日

特許権侵害と営業秘密の漏えいにおける個人の責任の違い

不正の目的で営業秘密を流出させ、その営業秘密を流出先企業が使用した場合、その営業秘密を流出させた個人も責任を問われる場合が多々あります。
これは、営業秘密が技術情報である場合、特許権侵害と比較するとかなり異なることです。

例えば、転職者が前職企業の営業秘密を持ち出し、転職先企業で開示し、転職先企業がこの営業秘密を使用した場合、この転職者は民事的責任及び刑事的責任を問われる可能性があります。民事的責任としては、転職先企業と共に営業秘密を流出させた個人が高額(数千万円から億単位)な損害賠償を請求される可能性もあります。また、これとは別に刑事告訴された場合、実刑となる可能性もあります。

一方、転職者が前職企業が権利者である特許権を転職先企業に教え、転職先企業がこの特許技術を使用しても、この転職者は民事的責任及び刑事的責任を問われる可能性はほぼないでしょう。
まれに、特許権侵害においても個人が被告となり損害賠償請求の対象とされる場合があるようですが、そのような場合は侵害行為を行った企業の代表取締役であったり、個人事業主である場合のようです。
そして、特許権侵害においては、刑事事件になることはまずありません。


特許権侵害が刑事事件とならない理由は、特許制度に無効審判があるためのようです。すなわち、特許権の侵害があっても、無効審判によって当該特許権が無効となった場合、その侵害行為=侵害事件そのものがなかったことになるので、警察が特許権の侵害を刑事事件として取り扱い難いということのようです。
一方、営業秘密に関しては、漏洩された情報が営業秘密の3要件を満たしている場合には、その事実がその後覆る可能性は低いと考えられ、そもそも営業秘密の領得等の行為が窃盗等に類する犯罪行為であるため、警察も刑事事件として取り扱い易いようです。

このように、例えば同じ技術を営業秘密とした場合と特許権とした場合とでは、その侵害が生じた際における個人の責任が全く異なります。

そもそも、特許権侵害は、当該特許権の内容を個人が他社に教えることはそもそも違法ではなく、特許権の侵害行為は個人だけで行う場合が少なく、企業として行う場合がほとんどです。一方、営業秘密の漏洩は、当該営業秘密を個人が他社に教えることも違法であり、秘密管理がなされているために、その漏洩を行った個人が特定されるからでしょう。営業秘密を漏えいさせた個人を特定できたのであれば、被害企業がその個人に法的責任を負わせることは当然のことと思われます。

以上のように、特許権侵害で個人、特に一会社員の責任が追及される可能性はほとんどないと考えられる一方、営業秘密の漏えいに関しては個人の責任が追及される可能性があります。
もし、営業秘密の漏えいの法的責任を特許権侵害と同じように考えている人がいたら、要注意です。

2017年12月8日金曜日

タイムスタンプの導入施策から考えるルール作り

近年、特許における先使用権や営業秘密に対する日付証明のためにタイムスタンプの導入が進められています。

技術情報を営業秘密とすることと、先使用権は関連していると考えられています。
技術を営業秘密とすると、当然、特許出願を行わないのですから、自社で営業秘密とした技術が他社によって特許権として取得される可能性があります。
そして営業秘密とした技術を自社実施した結果、この他社から特許権の侵害といわれる可能性があり、実際に侵害行為に該当するのであれば、その抗弁として先使用権の主張を行うことが考えられます。

ここで、過去のブログ記事「タイムスタンプを使う目的 」でも書いたように、個人的には、先使用権の日付証明のためにタイムスタンプを用いることは、その手間や管理コストを考えると費用対効果的にどうなのか?とも思っていたりもします。

上記のことは私個人の考えであり、必ずしも正しいとは思っていません。
今後、先使用権が争点になるような特許権侵害訴訟等において、タイムスタンプの有効性が認められたらこの考えを180°改めることになりますし、できるのであれば、タイムスタンプによる日付証明は行ったほうが良いでしょう。



とはいうものの、私はタイムスタンプの導入サービスを行っている企業のセミナーに何度か行っています。

そのセミナーで、「タイムスタンプを導入しようとした場合に実際にタイムスタンプを押す作業を行うことになる現場の方々からの反発は無いか?」という質問をしたことがあります。
その答えは、予想通り反発があるそうです。そして、その反発に対しては「説明」して納得してもらうこととのことでした。

そりゃ、毎回書類にタイムスタンプを押すことになる特に技術系の方は面倒ですよね。
作成した書類等をタイムスタンプを押すための所定のフォルダに入れるだけかもしれませんが、それを毎回行う、そして行ったか否かの確認も行う、会社によってはタイムスタンプを押した書類の報告も行う?
そもそもタイムスタンプを押すタイミングは何時?どの書類にタイムスタンプを押すの?タイムスタンプを押す場合に上長の許可が必要?報告が必要?
導入する方は良いかもしれませんが、実際に作業を行う方は大変。
新たなルールに則って新たな作業を進めなければなりません。
しかも、「先使用権」という聞き慣れない、意味も良く分からないことのために??

ここで、営業秘密についてある企業の方とお話しさせていただいたときに、営業秘密の視点での情報管理等についてその方が「新たなルール作りが必要だね」との趣旨をおっしゃいました。
このとき、私は「新たなルール」という意識はなかったんですね。

我々のような知財を仕事にしている者にとっては、営業秘密に関する施策やタイムスタンプに関する施策は「新たなルール」という意識は低いかもしれません。どちらかというと実施して当然のこととも思えます。
しかしながら、知財に詳しくない従業員の方にとっては、自分の業績として認められるようなことでもなく、事務仕事が増えるだけ。面白いことでもありません。
特に、知財に関しては中間部門であり、会社にとっても直接的には利益を生み出し難いものですしね。

タイムスタンプの導入や営業秘密に関する施策等、新たなルールを作る場合に、それを従業員の皆さんにあまり意識させずに実現する良い方法があればいいのですが・・・。

2017年12月6日水曜日

営業秘密の要件まとめ

営業秘密の3要件(秘密管理性、有用性、非公知性)のまとめページを作りました。

営業秘密管理指針に沿ってまとめたものであり、個人的見解については記載していません。

経営情報であるならば、秘密管理性を満たしていれば、営業秘密の要件を満たすことは比較的簡単かと思います。

技術情報はどうでしょうか?
秘密管理性を満たしたとしても、有用性や非公知性で争いになるかもしれません。
さらに、技術情報の場合は、その帰属についても争いになる可能性が有るかと思います。


2017年12月4日月曜日

厚生労働省「派遣元事業者のための就業規則の作成の ポイント」から気づくこと

就業規則について調べていたら、下記のような
派遣元事業者のための就業規則の作成の ポイント - 厚生労働省
というものを見つけました。
これには、「守秘義務、機密情報保持」という項目があり、詳しく解説されています。

ここで、ベネッセの事件のように、派遣社員が営業秘密を漏えいさせたことがあります。
派遣先企業は、このようなことを防止するためにも派遣社員との間で守秘義務契約等を結ぼうとすることがあります。
しかしながら、上記資料の18ページに「機密情報保持契約は、基本的に、派遣先と派遣元事業者の間、及び派遣元事業者と 派遣労働者の間で取り交わされるものです。」とあるように、基本的に派遣先と派遣社員との間で交わされるものではないようです。

このため、この資料では、派遣元事業者の就業規則における守秘義務等の例として、以下のように記されています。

(守秘義務)
第○条 派遣スタッフは、業務上知り得た秘密を他に漏らしてはならない。また、雇用契約終了後についても同様とする。

(機密情報保持)
第○条 派遣スタッフは、会社及び派遣先事業者等に関する情報の管理に十分注意を払うとともに、自らの業務に関係のない情報を不当に取得してはならない。
2 派遣スタッフは、退職に際して、自らが管理していた会社及び派遣先事業者等に関 するデータ・情報書類等を速やかに返却しなければならない。

(守秘義務)
第○条 派遣スタッフは、業務上知り得た情報や、取引先、顧客その他の関係者、会社・ 派遣先の役員・従業員等の個人情報を正当な理由なく開示したり、利用目的を超えて取扱い、又は、漏洩してはならない。会社を退職した場合においても同様とする。
2 派遣スタッフは、会社の定めた規則を遵守しなければならない。
3 会社は、必要に応じて、会社の機密情報にかかる秘密保持に関する誓約書を提出させることがある。
4 会社の業務の範囲に属する事項について、著作・講演・執筆などを行う場合は、あ らかじめ会社の許可を受けなければならない。
5 会社の機密情報とは次のものをいう。
1)会社が業務上保有している顧客の個人情報(メールアドレス、氏名、住所、電話番号等)
2)会社の取引先に関する情報(取引先会社名、住所、担当者名、取引商品等)
3)会社の企画及び商品内容に関する情報(進行中の企画内容、システムの仕様等)
4)会社の財務及び人事に関する情報
5)会社との事業提携に関する情報(提携先会社名、住所、条件等)
6)子会社及び関連会社に関する上記各号の事項  
7)その他、会社が機密保持を必要として指定した情報


ここで、前回のブログ「モデル就業規則の見直し 副業容認と営業秘密 」でも紹介した厚生労働省:モデル就業規則には、機密情報(秘密情報、営業秘密)に関する規定として、「懲戒事由」に「 正当な理由なく会社の業務上重要な秘密を外部に漏洩して会社に損害を与え、又は業務の正常な運営を阻害したとき。」と記載されているだけであり、この派遣元事業者のための就業規則の作成の ポイントほど詳しくは記載されていません。
この違いは、この2つの就業規則を作った担当者の違いもあるのでしょうが、派遣社員が派遣先の機密情報を取り扱う可能性を考え、より詳細に作り込まれていると考えられます。

しかしながら、会社の機密情報(営業秘密)を漏えいしてはいけないことは、派遣社員であろうと従業員であろうと同じです。
そのため、派遣元事業者のための就業規則の作成の ポイントにおける守秘義務、機密情報保持の項目は、派遣事業者でない企業の就業規則においても非常に参考になるものではないでしょうか?

また、「弊社には秘密にする情報はないですよ。」と考えている方も居るかと思います。
果たしてそうでしょうか?上記例示のように、秘密情報と考え得るべき情報は種々あるかと思います。

私は秘密情報が全くない企業は存在し得ないと考えます。就業規則を見直すことによって、自社の秘密情報が何であるかを考えるきっかけにもなるのではないでしょうか。

2017年12月1日金曜日

モデル就業規則の見直し 副業容認と営業秘密

先日、厚生労働省がモデル就業規則を見直すとの報道がありました。
副業を容認するように就業規則を見直すというものです。
厚生労働省:第4回柔軟な働き方に関する検討会
副業・兼業の推進に関するガイドライン骨子(案)

ところで、私は、モデル就業規則というものがあることを初めて知りました。
多くの中小企業がこのモデル就業規則を参考に、自社の就業規則を定めているようで、モデル就業規則の見直しは影響が大きいようです。
厚生労働省:モデル就業規則について

ここで、副業・兼業の推進に関するガイドライン骨子(案) には、副業の容認に関して、労働者や企業に対するメリット・留意点として下記のように記載されています。

【労働者】
メリット:
① 離職せずとも別の仕事に就くことが可能となり、労働者が主体的にキャリアを 形成することができる。
② 本業の安定した所得を活かして、自分がやりたいことに挑戦でき、自己実現を 追求することができる。
③ 所得が増加する。
④ 働きながら、将来の起業・転職に向けた準備ができる。
留意点:
① 就業時間が長くなる可能性があるため、労働者自身による就業時間や健康の管 理も一定程度必要である。
② 職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務を意識することが必要である。

【企業】
メリット:
① 労働者が社内では得られない知識・スキルを獲得することができる。
② 優秀な人材の獲得・流出の防止ができ、競争力が向上する。
③ 労働者が社外から新たな知識・情報や人脈を入れることで、事業機会の拡大に つながる。
留意点:
① 必要な就業時間の把握・管理や健康管理への対応、労働者の職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務をどう確保するかという懸念への対応が必要である。

上記のうち、【労働者】及び【企業】の何れにとっても、留意点に「秘密保持義務」や「競業避止義務」が含まれています。
これらを留意点としている理由は、自社の秘密情報が副業先に流出すること等を懸念してのことであることは明白です。


ここで、副業容認において、自社の秘密情報が流出することを懸念することは当然のことですが、逆に副業先の秘密情報が流入することも懸念する必要があるかと思います。

これは、転職者から前職企業の秘密情報が転職先企業に流入することと同様のことかと思いますが、違う点は、自社の秘密情報が副業先に流出することと同時に副業先の秘密情報が自社に流入することです。

容易に想像できることかと思いますが、秘密情報を副業先に流出させる人は、そもそも情報の取り扱いを軽んじている可能性が高く、秘密情報の副業先への流出と同時に副業先の秘密情報を自社に流入させる可能性もあります。もしかすると、気を利かせて?さらに言うなれば、本人は善意のつもりで両方の会社に敢えて情報を流出・流入させる可能性があります。

他社の営業秘密が流入すると、過去のブログ記事「営業秘密の流入リスク」でも述べたように、営業秘密の不正使用等が疑われる可能性があります。また、自社の情報と他社の情報が混在し、分離できない事態に陥るととてもやっかいです。

さらに、現役従業員を介した副業先への情報の流出、副業先からの情報の流入が一度生じると、その従業員は自社で就労し続けているため、この情報流出・流入が継続して、リアルタイムで行われ続ける可能性が有ります。
これは、転職者を介した情報流出・流入とは異なる状態です。転職者を介した情報流出・流入は、過去の情報が流出・流入するものであり、リアルタイムの情報ではありません。そういう意味では、リアルタイムの情報よりもその価値は劣るとも言えます。
しかしながら、現役従業員を介した情報流出・流入は、リアルタイムの情報であるため、その価値はより高いものとなり、自社に与える影響は相対的に大きくなると思われます。

ここで、モデル就業規則の「(懲戒の事由)第62条」には、「2 労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。」において「⑭正当な理由なく会社の業務上重要な秘密を外部に漏洩して会社に損害を与え、又は業務の正常な運営を阻害したとき」とあります。
この条項は、当然、副業容認した場合にも適用されるかと思いますが、さらに、副業による他社の秘密情報の流入懸念があることを鑑みると、新たな規則として「正当な理由なく他社の業務上重要な秘密を会社に流入させて会社に損害を与え、又は業務の正常な運営を阻害したとき」とのように、副業先の秘密情報を自社に流入させることを禁止する規則を設けるべきかと思います。
なお、会社側は就業規則にこのような規則を設けたことで満足するのではなく、特に副業を行う従業員に副業先への秘密情報の流出禁止と共に、副業先の秘密情報の流入禁止を十分に説明する必要があるかと思います。

モデル就業規則の見直しによって作成される新たなモデル就業規則では、「秘密保持義務」に対して、どのような規定がなされるのか、それともこの点に関しては何ら変わらないのか、とても興味があるところです。