2020年5月1日金曜日

営業秘密侵害の検挙件数統計データ

警察庁生活安全局 生活経済対策管理官から「令和元年における生活経済事犯の検挙状況等について」が今年の3月に発表されていましたので、その中から営業秘密に関連するものを紹介します。

この営業秘密侵害事犯の検挙事件数の推移のグラフから分かるように、営業秘密に関する刑事事件は、統計を取り始めた平成25年から右肩上がりとなっています。

令和元年では平成25年に比べて4倍になっていますが、これは昨今の人材の流動化に伴い、営業秘密侵害が増えた可能性もあるかと思いますが、民事訴訟件数がこれほどの増加率ではないように思えますので、被害企業が積極的に刑事事件化を選択しているということではないでしょうか。

例えば、転職の際に営業秘密を持ち出した元従業員に民事訴訟を提起したとしても、その立証が大変であったり、実質的な損害が生じていなかったりすると損害額が低額であり、民事訴訟を行う金銭的なメリットは低いと判断される可能性もあるかと思います。
そうすると、民事訴訟を起こすメリットは差し止めとなりますが、実際には警告書を転職先企業に送付すれば、多くの場合は民事訴訟を提起するまでもなく転職先は使用しないでしょう。
しかしながら、それだけでは営業秘密侵害の抑止効果としては薄いかもしれないので、刑事事件化して抑止効果を高めようとする企業もあるかと思います。

一方で、このグラフは検挙件数であるため、起訴に至った件数は分かりません。まれに不起訴となった事件が報道される場合がありますが、多くの事件は不起訴となった場合にはそのことが報道されていないようです。
今後、起訴された件数や、不起訴となった理由も知ることができればと思います(不起訴理由を知ることは相当困難なようですが)。

上のグラフは、営業秘密侵害事犯の相談受理件数の推移です。
平成29年が突出していますが、こちらも、基本的に右肩上がりです。
相談件数の約半分が検挙に至っているという感じでしょうか?

こちらの表からは、具体的な検挙人員や検挙法人数が分かります。
ここで、検挙法人数は平成27,28年では各々4法人ですが、他の年は0です。
これは、民事訴訟においては多くの場合、元従業員の転職先企業も被告となっていることを鑑みると、少ない数かと思います。
営業秘密の被害企業にとっても、他の法人に対して刑事責任までも問うということは、心理的負担が大きいということでしょうか。

なお、検挙事件件数は近年20件前後のようですが、実際に報道されている件数は、この半分から1/3以下のように思えます。
このため、意識して報道を確認しないと、営業秘密の刑事事件について起きていることも知られないかもしれません。実際、弁理士であっても、営業秘密侵害が刑事事件になっていることを知らない人もいるようです。

しかしながら、営業秘密侵害事件の検挙件数は確実に増えており、その多くの人は普通に会社勤めをしていた人たちでしょうから、自身の人生を誤らないためにも、営業秘密の漏えいは刑事事件ともなり得る行為であることを全員が知るべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年4月24日金曜日

特許-研究開発費の推移グラフ(更新)

このブログの統計資料として挙げている日本国内の特許ー研究開発費の推移グラフの令和元年(2019年)の特許出願件数について更新しました。

皆さんご存じの通り、日本国内の特許出願件数は右肩下がりです。
令和元年の出願件数は、は前年(平成30年、2018年)よりも約6、000件少ない、約308、000件でした。
そして、コロナウィルスの影響により、年間の日本特許出願件数が30万件を下回ることも確定でしょう。

コロナウィルスによる経済的な打撃はリーマンショック以上といわれています。
特許出願件数に与えるリーマンショックの影響は、平成20年と平成21年の差から分かります。平成20年には391、000件であった出願件数が、平成21年では約349,000件まで減少しています。約11%の減少です。

コロナウィルスによる経済活動の縮小が何時まで続くかは誰にもわかりませんが、リーマンショックによる減少幅を参考にすると、今年は270,000件程度まで国内の特許出願件数が減少するかもしれませんね。

当然、日本の企業等における研究開発費も減少するでしょう。
しかしながら、今年又は来年にはコロナウィルスも撃退され、景気も回復し、企業の研究開発費も上昇に転じるでしょう。
ところが、リーマンショック以降を見ると、研究開発費は戻ったにもかかわらず、特許出願件数は戻るどころか右肩下がりです。
この理由は、特に大企業においてリーマンショックによるコスト削減の一環として特許出願数の削減が行われたわけですが、結局、特許出願は“コスト”の側面が大きく、目に見えるリターンが得られ難いため、リーマンショック前の出願件数に戻すという意識が全体として働かなかったのではないかと思います。
すなわち、特許出願を多量に行っていた企業の一部は、リーマンショックによって特許出願というコストの削減に成功したとも思えます。
これと同じことが再び起こるかもしれません。つまり、コロナウィルス撃退後も特許出願件数は上昇せずに、右肩下がりを続けるということです。

特許出願を行わないとすると、どうしても技術情報の秘匿化に進むのではないかと思ってしまいます。一方で、どのような技術を特許出願とするのかという選択も重要となるでしょう。すなわち、特許出願と秘匿化との正しい選択がより求められるのではないでしょうか?もしかしたら、コロナウィルスを切っ掛けにそのような考えが急激に進むかもしれません。


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年4月18日土曜日

ー判例紹介ー 新日鉄営業秘密流出事件の知財高裁判決

新日鉄(現日本製鉄)からの電磁鋼板に関する技術情報の流出事件の知財高裁判決(知財高裁令和2年1月31日判決 令和元年(ネ)10044号)です。

本事件は、地裁判決において、電磁鋼板の技術情報を韓国のPOSCOに不正に開示したとして、新日鉄の元従業員に対する約10億円の損害賠償請求が認められた事件です。
結論から言いますと、元従業員による控訴は棄却されました。

知財高裁の判決文は地裁もそうでしたが黒塗り箇所が非常に多く、詳細な内容は判然としませんが、控訴人である元従業員の主な主張としては、控訴人は電磁鋼板の技術情報を漏えいしていないというものと、技術情報が非公知性を有していないということのようです。

まず、元従業員が漏えいそのものをしていないという主張については、元従業員が様々な証拠をあげたようですが(黒塗りが多く詳細は不明です。)、裁判所はそれを認めませんでした。
なお、少々参考になるかなと思われることとしては、下記のような裁判所の判断がありました。
「控訴人が挙げるA作成の陳述書(乙4,12),B作成の陳述書(乙5)及びC作成の陳述書(乙6)中には,控訴人が本件技術情報のPOSCOへの不正開示行為を行っているところを見たことはない旨などが記載されているが,他方で,控訴人が本件技術情報の不正開示行為を行った事実を否定する具体的な事情の記載はないから,上記各陳述書は●●●●●●●●●●●●●●●●を揺るがすものではない。」
詳細は不明ですが、おそらく控訴人は、元同僚と思われるA,Bによる「控訴人が本件技術情報のPOSCOへの不正開示行為を行っているところを見たことはない」との趣旨が記載された陳述書も提出したようです。しかしながら、流石にこれだけでは、原判決を覆すことはできず、裁判所は「控訴人が本件技術情報の不正開示行為を行った事実を否定する具体的な事情の記載はない」として控訴人の主張を認めませんでした。



一方、電磁鋼板の技術情報に対する非公知性喪失の主張ですが、控訴人は多くの公知文献を挙げて非公知性の主張を行いました。これは、特許でいうところの新規性の争いと同様でしょうが、やはり黒塗りの箇所がほとんどであり、当然ながら電磁鋼板の技術情報の詳細もわからないため、裁判所の判断の適否を検討することもできません。

そのような中でも裁判所は、下記のようにも判断しています。
「本件技術情報は,電磁鋼板の生産現場で採用されている具体的条件を含むものであり,乙11記載の公知文献等に記載されている研究開発段階の製造条件とは,技術的位置付けが異なる。また,乙11記載の公知文献等に記載されている製造条件は,文献毎にばらつきがあったり,一定の数値範囲を記載するにとどまるものである。そして,電磁鋼板は多段階工程で製造され,高品質の電磁鋼板を製造するためには,各工程の最適条件の組合せが必要とされるのであって,一工程の一条件のみでは高品質の電磁鋼板を製造することはできない
したがって,乙11記載の公知文献等に本件技術情報の具体的な条件を含む記載があるというだけでは,生産現場で実際に採用されている具体的な条件を推知することはできず,非公知性は失われていないというべきである。 」

上記のうち「技術的位置付けが異なる」とは具体的にどのようなことであるかは不明ですが、想像するに乙11の公知文献には、電磁鋼板の製造条件と同様の条件が記載されていおり、その当該条件が乙11と電磁鋼板の製造とでは作用効果が異なるということなのかもしれません。
また、「乙11記載の公知文献等に記載されている製造条件は,文献毎にばらつきがあったり,一定の数値範囲を記載するにとどまるものである。・・・高品質の電磁鋼板を製造するためには,各工程の最適条件の組合せが必要とされるのであって,一工程の一条件のみでは高品質の電磁鋼板を製造することはできない。」との裁判所の判断からは、公知文献に一部の条件が記載されているとしても、「最適条件の組合せ」の非公知性を否定するものではないということが分かります。当然といえば、それまでですが、営業秘密の非公知性を否定するのであれば、全く同一の情報が記載されている公知文献等が必要でしょう。

本事件は、知財業界でもよく知られた事件でありますが、黒塗り箇所が非常に多く内容が判然としません。営業秘密侵害事件なので、必然的に黒塗り部分が多くなるのは必然ですが、非公知性や有用性に対しては裁判所がどのような技術的な判断をしたのかをやはり知りたいところです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信