2025年11月16日日曜日

引っ越しに関する顧客リストを同業の転職先企業に持ち出した刑事事件

先日、引っ越しに関する顧客リストを同業の転職先企業に持ち出したとして、4人も逮捕され、転職先企業も書類送検されたという事件がありました。 営業秘密侵害の刑事事件において、一度に4人が逮捕される事件はあまり多くないかと思われます。

この事件は、転職先企業の代表者が被害企業の元社員に対して、営業秘密である顧客リストの不正な持ち出しを指示し、この元社員が転職先企業に転職したというものです。
そして、持ち出した顧客リストを転職先企業内で開示し、使用していたようです。


顧客リストは、被害企業内においてパソコン画面に表示された顧客リストをスマートフォンで撮影して持ち出したとのことです。このような持ち出し方法は、顧客リストを不正に持ち出したことを検知されないためとも考えられます。
なお、カメラで撮影して営業秘密を不正に取得することは、営業秘密を不正に複製して持ち出すことであり、今回逮捕されたように当然違法行為です。

また、逮捕された社長の他の3人は被害企業の元従業員であり、一人は顧客情報を不正に持ち出した者のようですが、残りの2人はどのような理由で逮捕されたのかは報道からはよく分かりませんでした。
仮に転職先企業内で顧客リストを不正に使用等したという理由なのであれば、この事件も回転寿司チェーン店事件における元部長と同じ状態なのかもしれません。

なお、逮捕されたとしても不起訴となる可能性も高いので、この事件の詳細は今後分からないかもしれません。しかしながら、不起訴となっても、既に氏名が報道されている者もいます。
このようなことを防ぐためにも、営業秘密侵害は、犯罪であることはもっと広く認識されるべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年10月30日木曜日

フランチャイズ契約をした被告が自身で取得した顧客情報の取り扱いについて

今回紹介する事件(東京地裁令和7年3月14日 事件番号:令3(ワ)18742号 ・ 令4(ワ)9207号)は、学習塾のフランチャイズを展開するマスターフランチャイザーである原告が、同フランチャイズのエリアフランチャイザーである被告に対してフランチャイズ契約の解除後における商標権侵害等を主張した事件です。この原告の主張の中に、顧客に係る氏名等の情報(本件顧客情報)に対する使用の差止と廃棄も含まれています。

まず、本件顧客情報は、原告が取得したものではなく、被告が取得した生徒等の個人情報です。そして、フランチャイズ契約(本件契約)には、下記のような条項があります。
第28条(個人情報管理)
4.乙及び丙は、生徒等の個人情報の取得を必要な範囲内で適切かつ公正な手段により行うものとし、前項の利用目的の達成に必要な範囲内でのみ利用する。
原告は、この条項に基づいて被告に対して本件顧客情報の使用の差止を求めました。
これに対して、裁判所は下記のように判断しています。
本件契約第28条4項は、被告明光らが取得した生徒等の個人情報について、「前項(学習支援サービスの提供、明光義塾の運営)の利用目的の達成に必要な範囲内でのみ利用する。」とされ、同条11項において、「本条で定める被告明光らの個人情報管理義務は、本件契約の終了又は解除後も有効とする。」と規定されているから、被告明光らは、明光義塾の運営以外に生徒等の個人情報を利用することはできないと解される。そして、本件顧客情報は、いずれも、同条3項の生徒等の個人情報に該当するとところ、被告明光らは、本件解除により明光義塾のエリアフランチャイザー及びフランチャイジーの地位を喪失しており、明光義塾に係る事業を継続することはできないから、上記生徒等の個人情報を用いて連絡をすることはできない。
したがって、不競法に基づく請求の成否について検討するまでもなく、原告の被告明光らに対する本件顧客情報の使用の差止請求は理由がある。
このような判断は、契約に基づいた妥当な判断かと思います。

さらに、原告は、本件顧客情報の破棄も求めています。使用の差止と共には破棄も求めることは当然のことでしょう。ここで、原告は、本件契約の第27条等に基づいて破棄をもとめています。
第27条(守秘義務)
1.乙及び丙は、甲に対し、下記事項について義務を負う。
(1)乙及び丙は、本契約によって知り得て甲の事業上の秘密(以下「秘密情報」という。)及び甲の不利益となる事項、情報を第三者に漏らしてはならない。
これに対して裁判所は以下のように判断しています。
原告は、被告明光らは、本件契約第27条、第28条及び第46条により、本件顧客情報を廃棄する義務があると主張する。しかし、本件契約第27条1項は、被告明光らが本件契約によって知り得た原告の事業上の秘密を「秘密情報」と定義しているところ、本件顧客情報は、本件契約第28条3項のとおり、被告明光らが生徒等から取得するものであるから、そもそも本件契約上の「秘密情報」に該当するものとはいえない。また、同条は、生徒等の個人情報の目的外利用を禁止しているものの、当該情報の破棄について定めておらず、本件契約第46条1項も、フランチャイズ展開に使用した資料及び書類を原告に返還する旨定めているものの、本件顧客情報が上記フランチャイズ展開に使用した資料及び書類に含まれるかは明らかでない上、同条項も、原告への返還義務を規定しているにすぎず、廃棄について定めたものとはいえない。以上によれば、本件契約に基づき、本件顧客情報の廃棄を求めることはできない。
このように裁判所は、本件顧客情報は被告が取得したものであり、そのような情報の破棄について契約では定められていないとしています。あくまで、被告が漏らしてはならない情報は、本件契約上は原告から取得した情報であるということのようです。

さらに、原告は不競法2条1項7号又は同項14号に定める不正競争に該当するとして、本件顧客情報の廃棄を求めました。しかしながら、これらの不正競争は、営業秘密を保持する事業者から当該営業秘密を示された場合に成立するものであり、本件顧客情報は被告らが取得して原告に提供したものであり、原告から示された場合に該当しないことは明らかであるとして、原告の主張を認めませんでした。

原告側とすれば顧客情報の使用の差し止めが認められるのであれば、顧客情報の破棄も認められるかとも思うのですが、このように契約の内容に従って破棄は認められませんでした。一方で、被告側とすれば、自社で取得した顧客情報であるにも関わらず、原告との契約が終了すると共に使用できなくなることは不本意でしょう。
このようなことを鑑みると、様々な可能性を考慮に入れて契約は締結するべきであることを再認識する必要があるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年10月19日日曜日

自社製品の市場、自社の立ち位置、技術内容等に応じた特許化又は秘匿化の選択

自社技術を特許出願する目的として、主に二つがあると考えます。
一つは、市場を独占する目的、もう一つは他社製品との差別化を行う目的です。

市場を独占するのであれば、自社のみで需要を賄う必要があります。独占を意識できる市場は新規な市場の場合が多く、新規な市場に適合する技術は特許権しかも、誰もが実施する可能性のある基本特許を取得できる可能性があります。

ここで、当該市場へ参入する企業が自社だけであり、自社の規模が当該市場に比べて十分に大きい、又は自社の規模は大きくないけれど当該市場が小さく需要を賄えるのであれば、自社だけで市場を独占することも可能でしょう。
一方で、当該市場に魅力を感じる他社が存在する場合には特許権により排除することも考えられますが、当該特許権の技術範囲に含まれない異なる技術で当該市場に参入する可能性もあります。
これはある意味で好ましいことでもあり、他社が市場に参入する余地があれば、供給よりも需要が大きいので市場そのものがより大きくなる可能性があります。そうすると、自社のシェアは小さくなるものの、市場が大きくなることで自社の売り上げは大きくなる可能性があります。

しかしながら、自社の特許権の技術範囲に含まれない技術を他社が実施することで市場が大きくなると、自社の特許権はあまり意味をなさない可能性があります。仮に、他社の技術が自社の技術よりも優れていた場合には、自社が当該市場からの撤退という事態になるかもしれません。


では、特許の視点からはどのような対応が考えられるでしょうか。
自社が当該市場に適合した基本特許を有しているのであれば、この基本特許を他社にライセンスして実施してもらうことが考えられます。ライセンスは有償よりも無償の方が参入企業が多くなるので好ましいでしょう。これにより、他社の技術が台頭する可能性が低くなり、かつ自社開発の技術が当該市場で主流となり得るので、自社は技術的優位に立てる可能性が高いでしょう。

無償ライセンスであるならば、特許を取得する必要が無いと考えるかもしません。しかしながら、仮に無償ライセンスを受けた他社が自社に対して他社特許権の行使を行った場合には、この無償ライセンスした特許権に基づいて権利行使を行うことができます(予めそのような契約にします。)。いわば、この無償ライセンスは半強制的なクロスライセンスでもあります。
また、市場が幾つかの分野に細分化でき、自社だけでは全ての分野への参照が難しい場合もあるでしょう。そのような場合には、分野毎、換言すると当該技術の用途毎に特許権を取得します。当該技術に新規性・進歩性があれば用途毎の特許を取得することは難しくありません。そして、自社が実施しない分野(用途)に対しては、他社に対して有償ライセンスを行います。

このようにして、新規な市場において自社技術を広め、他社参入を促すことでより市場を大きくすることも考えられます。また、市場に広まる技術は、自社技術であるため、自社が技術的に優位となる可能性が高く、常に他社製品よりも優れた製品を出すことも可能となりやすいでしょう。

しかしながら、このようになると市場の独占ではないので、自社製品は他社製品との差別化を行う必要があります。

自社が開発した差別化技術が自社製品の外観やUIから容易に判別できる場合には、特許を取得した方がよいでしょう。差別化技術の権利化には、特許だけでなく、実用新案や意匠も有効な場合があります。また、自社製品のリバースエンジニアリングによって容易に知得できる差別化技術も権利化が好ましいかと思います。

一方で、差別化技術が自社製品から知得される可能性が低いのであれば、ノウハウ(営業秘密)とすることも考慮する必要があるでしょう。秘匿化できる差別化技術を特許出願すると、当該差別化技術を他社が認識し、特許権の技術範囲に含まれない類似技術を実施する可能性があるためです。そうなった場合、自社の差別化技術によって他社製品との差別化ができなくなる可能性があります。

なお、秘匿化できる技術は製品の製造方法等の工場内でしか実施しないような技術です。このような技術は、自社で特許権を取得しても他社の侵害を容易に発見できず、自社の技術漏えいとなるだけの可能性も高いでしょう。また、自社製品で使用されている複雑な処理内容等も他社の侵害発見が容易ではない場合があるので、特許権を有効に利用できないかもしれません。

一方で、差別化技術を秘匿化した場合、他社が同じ技術を実施していてもそれが他社が独自に開発した技術であれば、何ら権利行使はできません。また、他社が当該差別化技術を独自開発して権利化してしまったら、実質的に他社特許の権利侵害になります。この場合、自社は先使用権を有しているでしょうし、やはり他社も自社による権利侵害を認識できないでしょうが、万が一のことを考えると気持ちのいいものではありません。

このように、自社開発技術の特許出願又は秘匿化は、自社製品の市場、自社の立ち位置、技術内容等に基づいて選択する必要があります。そして、この選択の目的は、自社利益の最大化にあります。
この視点が欠落すると、単に意味もなく特許出願又は秘匿化するだけであり、その結果、自社に損害を与える可能性すらあると考えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信