2025年9月12日金曜日

IPAの「企業における営業秘密管理に関する実態調査2024」について

IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)から「企業における営業秘密管理に関する実態調査2024」報告書が発表されました。前回の実態調査は2020年でしたので、4年ぶりの報告書です。

特に私が注目している調査結果は、営業秘密の漏えいルートです。これにより、どのようなルートで営業秘密が漏えいしているのかを端的に理解できます。


営業秘密の漏えいには、主に以下の3パターンがあると思います。
パターン1:不注意等による営業秘密の漏えい
パターン2:権限のない者による漏えい
パターン3:権限のある者による図利加害目的による漏えい

パターン1は、営業秘密の漏えいに違いありませんが、不正競争防止法やその他の法律で違法とされていることではありません。
パターン2は、不競法の2条1項4号違反等にもなりますが、不正アクセス等に該当するものであり、不競法よりも他の法律に違反する行為と捉えられ易いです。
パターン3は、例えば転職時や独立時に前職企業に営業秘密を持ち出すといった行為であり、不競法2条1項7号等に違反すると考えられます。まさに、いわゆる営業秘密侵害(営業秘密領得)がこのパターン3に該当すると考えます。

パターン3にあたるものは、上図において「現職従業員等(派遣社員含む)による金銭目的等の具体的な動機をもった漏えい」、「中途退職者(役員・正規社員)による漏えい」、「契約満了後又は中途退職した契約社員・派遣社員等による漏えい」、「定年退職者による漏えい」でしょう。
なお、前回調査から数倍以上で増加している漏えいルートもありますが、実際にこれほど増加しているのかは少々疑問です。近年、より営業秘密の漏えいについて企業の意識も高くなっているので、前回調査では漏えいしているにもかかわらず企業が検知できなかったものの、今回調査では漏えいを検知できているような場合もあるでしょう。このような理由により、今回調査では、営業秘密の漏えいが一見多くなっているように見えるのかもしれません。

一方で「中途退職者(役員・正規社員)による漏えい」は前回調査よりも約半分程度になっています。前回調査から減少している漏えいルートは、実質的にこれだけであることも少々興味深いです。もしかすると、前回調査からの4年間に、転職時等における営業秘密の不正な持ち出しは違法であることを各企業が社員教育したことにより、「中途退職者(役員・正規社員)による漏えい」が減ったのかもしれません。

また、下記図は営業秘密の侵害行為への対応を示した図です。


この図から明確なことは、「具体的な対応は何もしなかった」が約1/4に減少していることです。その一方で当然ながら、各種対応が増加しています。特に、「警告文書を送付した」、「民事訴訟を提起した(仮処分命令の申立てを含む)」、「懲戒解雇とした」、「刑事告訴した」が大幅に増加しているようです。これは前回調査にくらべて、企業が営業秘密侵害に対してより厳しい対応を行っていることを示していると思います。

なお、「民事訴訟を提起した(仮処分命令の申立てを含む)」が約4倍に増加しています。しかしながら、判決が出された民事訴訟の数は、この4年間で増加しているとも感じられず、到底4倍にもなっているとは思えません。このため、民事訴訟が提起されても実際に判決がだされる割合は少なく、そのほとんどが和解や取り下げとなっているのではないかと思われます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年8月29日金曜日

判例紹介:古い判決での有用性判断

少々古い営業秘密侵害の訴訟での有用性についての裁判所の判断を紹介します。
この事件は、名古屋地裁平成20年3月13日判決(事件番号:平17(ワ)3846号)です。

本事件は、ロボットシステムにつき我が国有数のシェアを有する会社が原告であり、被告らは原告の元従業員等です。
そして、原告は、過去に受注したロボットシステムの部品構成や仕入額等が記録されたプライスリスト、バリ取りツール図面やCADデータ等の設計図が原告の営業秘密であり、被告らがこの営業秘密を不正に取得し、不正に使用したとして、被告や被告会社に損害賠償を等を求めました。

ここで、原告は、プライスリストには以下のような理由によって有用性があると主張しました。
プライスリストは,原告の製造するロボットシステムの商品別の付加部品リストで,過去25年間に受注,製造,販売した具体的な物件ごとに作成されており,経費項目分類,品名,部品番号,メーカー,材質,型式,数量,発注先,納入日,金額が記載されている(甲7はそのひな形である。)。
本件プライスリストには,本件各製品番号のロボットシステムにつきユニット別の構成部品のメーカー,品番,仕入先,価格が明示されており,特に,多数使用されている市販の汎用部品については,多種の中から実績のある最適のものが選択されて掲載されている。したがって,同業他社は,本件プライスリストの内容を知れば,上記ロボットシステムの基本的構造,部品構成,部品の仕入価格や仕入先が分かり,原告製品と同水準のロボットシステムを,原告製品よりも安い製造原価で製造できることになる上,その見積り,受注に当たっては,原告より優位に立つことにも貢献する。

一方で、被告らは、プライスリストに対して有用性はないと主張しています。


これらに対して、裁判所は以下のように判断しています。
(イ) 原告は,本件プライスリストにより,原告のロボットシステムの基本的構造が分かると主張するが,本件プライスリストからは外注部品がどのような部品であるかは分からないし,また,用いられた汎用部品及び外注部品が分かったとしても,その情報のみからロボットシステムの基本的構造が分かるとは認められない。
(ウ) また,原告は,本件プライスリストにより,ロボットシステムの見積り,受注に当たって原告より優位に立つことができると主張する。
しかし,本件プライスリストは,汎用部品及び外注品の仕入価格が記載されているにすぎないものであって,見積額は,仕入価格のみならず,市場における類似商品の価格状況,当該販売先との取引経緯及び将来の販売見込み等の具体的な諸事情を基にして算定されるものであるから,本件プライスリストに係る情報を入手したとしても,そのことから直ちに原告の見積額を一定の精度をもって推知できることにはならない。原告のSI事業部の営業課長を勤めた経験を持つT(昭和11年▲月▲日生。)は,証人尋問において,N及びMの見積書を作成する際,従前の見積書を参考にしたこと,本件訴訟のためにプライスリストを印刷してもらったほかは,自分自身であるいは他の従業員に依頼してプライスリストを印刷したことはない旨述べているのであって,原告の社内においても,見積書を作成する際にプライスリストの情報が有用なものとして用いられていなかったものと認めるのが相当である。
したがって,本件プライスリストにより,ロボットシステムの見積り,受注に当たって原告より優位に立つことができるとは直ちに認められない。
このように、裁判所は、原告が主張するプライスリストの有用性を否定しました。
しかしながら、裁判所は、原告の主張を否定したものの、下記のように、プライスリストの有用性そのものは認めています。
(ア)・・・同業他社が本件プライスリストを見れば,本件各製品番号のロボットシステムについて,その構成ユニット別に,どのような市販部品(汎用部品)が使用されたか,その仕入先及び仕入単価が分かり,また,外注部品(特製部品,特注部品)についても,本件プライスリスト上に記録された「品名/部品番号」によってはそれがどのような部品であるかが分からないとしても,どの外注先から仕入れているものであるかが分かるから,これらの情報は,ロボットシステムを設計,製造,販売する同業他社にとって,汎用部品及びその仕入先,外注部品の外注先を選択する上において,また,当該仕入先,外注先との価格交渉をする上において,有益な情報であると認められる。・・・
(エ) 以上によれば,本件プライスリストは,同業他社が,本件各製品番号のロボットシステムと同種のロボットシステムを設計,製造するに当たり,その汎用部品及びその仕入先,外注部品の外注先を選択する上において,また,当該仕入先及び外注先との価格交渉をする上において,有用性があるものと認められる。
このように、裁判所は有用性に対する原告の主張は否定しているものの、プライスリストの有用性について認めています。

一般的に、プライスリスト等の営業情報(技術情報ではない経営に関する情報)は有用性や非公知性が認められ易い情報です。このため、営業秘密保有者はプライスリスト等の営業情報の有用性について、詳細な主張は必要ないと考えます。具体的には、‟本情報は、経営上有用な情報である。”との程度で十分ではないかと思います。

本事件は、平成17年に提起されたものであり、このころは営業秘密に関する判例も多くはない頃であったため、原告は有用性に関する主張を詳細に行ったのだと思います。一方で、現在では、判例も多くなってきており、上記のように有用性は認められ易い要件であり、このような詳細な説明は不要であると考えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年8月21日木曜日

判例紹介:転職後における元同僚を介した前職企業の営業秘密の不正取得

転職に伴う営業秘密の不正な持ち出しの態様としては、以下の2パターンがあるともいえます。
①転職者自身が持ち出すパターン。
②転職後に元同僚等を介しての不正取得するパターン。

①のパターンは全ての責任を転職者自身が負うことになりますが、②のパターンは元同僚も何かしらの責任を負う可能性があります。

東京地裁令和6年8月20日判決(事件番号:令5(特わ)2117号)の刑事事件の被告は②のパターンで前職企業の営業秘密を不正に取得しています。なお、この事件の被告は、商社である兼松から同業他社である双日に転職した際に兼松の営業秘密を持ち出したものであり、懲役2年(執行猶予4年)、罰金100万円との判決を受けています。

被告がどのようにして前職企業の営業秘密を不正に取得していたかが判決文から分かります。
令和4年7月16日午後7時27分頃から同日午後9時31分頃までの間、東京都江東区〈以下省略〉被告人方において、自己の携帯電話機から、アプリケーションソフト「LINE」を使用して、当時のa株式会社従業員Aに対し、近日中にドイツ連邦共和国への出張が予定されており、同社在籍時に作成した同国出張の際の会食場所やホテルをリストアップした資料が必要である旨の内容虚偽のメッセージを送信して、同社が管理する営業秘密が保存されたサーバーコンピューターへのアクセスが可能なAが使用するアカウント情報等を教えてほしい旨依頼し、その旨誤信した同人に、同アカウント情報等を前記LINEを使用して被告人に送信させ、・・・
このように、被告は「LINE」を介して元同僚から元同僚のアカウント情報を取得しています。そして被告は「サーバーコンピューターに保存されていたa株式会社の営業秘密である取引台帳、開発提案書及び採算表の各ファイルデータ合計3点」を不正に取得しています。
すなわち、被告は、元同僚をだましてアカウント情報を取得したことになります。


この点、裁判所も以下のように判断しています。
本件営業秘密に係る各ファイルデータが保存されたフォルダを含む数百個のフォルダを逐一選択してダウンロードしたものであり、・・・、被告人は、ダウンロードしたファイルデータの中に本件営業秘密が含まれていることを当然認識していたと認められ、犯意も強いというべきである。被告人が本件営業秘密を不正取得した目的は証拠上明確ではないが、少なくとも海外出張先の会食場所等の情報や転職先で作成する資料のひな型として利用することなどのみを目的としていたとは考えられず、・・・
アカウント情報を被告に伝えた元同僚は、刑事的責任を問われていません。しかしながら、この元同僚は、自社のサーバーへのアカウント情報を社外に開示しており、このような行為は一般的な企業であれば就業規則違反等となるでしょう。そうすると、この元同僚は社内で何かしらの処分を受けている可能性が相当高いと考えられます。

また、被告は、前職企業では秘密保持誓約を交わし、転職先においても前職企業の営業秘密を持ち込まない旨の誓約書を交わしていたようです。それにもかかわらず、このような行為を行っているということは、よほど営業秘密に関する意識が乏しかったのでしょう。

転職者によるこのような犯罪を防ぐためにも、転職者を迎え入れる企業は転職者に対して前職企業の営業秘密を転職時及び転職後も持ち込まないように十分に注意喚起及び説明を行う必要があります。
なお、転職者が前職企業の営業秘密を持ち込むタイミングは転職間もないタイミングです。この事件でも、転職先に入社した日は令和4年7月1日であり、アカウント情報を聞き出した時期は令和4年7月16日です。
このことからも、転職者に対する上記の注意喚起及び説明は、転職後すぐに行う必要があることがわかります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信