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2022年2月14日月曜日

三菱電機 CC-Linkの普及から考える知財戦略(2)

前回概要を紹介した三菱電機によるCC-LInkの普及を知財戦略カスケードダウンに当てはめます。なお、知財戦略カスケードダウンへの当てはめは、「三菱電機のオープン&クローズ戦略における秘密情報管理について」、「三菱電機のオープン・クローズ戦略」、「三菱電機技報 知財活動の変遷と将来展望」を参考に筆者が独自に考えたものであり、三菱電機の戦略そのものではありません。

今回参照した「三菱電機技報 知財活動の変遷と将来展望」には、CC-Linkの知財戦略に関して下記の記載があります。
①国際規格化した伝送経路上に載る情報に関する特許を規格特許として無償開放する。
②規格化しない機器内部の制御に関する特許は周辺特許としてCC-Link協会加入パートナーにだけ開放する。
③高付加価値製品の製造に必要な差別化技術を他社に解放せずに技術の保護を図り、シーケンサなどのコントローラビジネスで高いをシェアを維持する。

上記資料を参考にして、CC-Linkに対する事業目的・戦略・戦術を下記のように考えます。

<事業目的>
  CC-Linkを世界で使われる地位に高め、自社のFA事業をグローバルに展開
<事業戦略>
  自社開発のCC-Linkを普及させ、他社に市場参入を促してCC-Linkの市場を拡大
<事業戦術> 
 (1)CC-Linkを標準化
 (2)CC-Link技術を実施するパートナーを獲得(CC-Link協会の設立)
 (3)ブラックボックス化する技術によって他社製品との差別化

ここで、事業戦術として、CC-Linkの標準化やパートナーの獲得があります。標準化やパートナーの獲得は、市場の拡大を目的としたものであり、直接的な利益を得ることができる事業戦術ではありません。この事業戦術は、CC-Linkの技術の非独占により達成できます。
一方で、技術のブラックボックスによる差別化は、自社製品を他社製品よりも優れたものとするための事業戦術であり、シェアの拡大、すなわち直接的な利益に寄与するものです。この事業戦術は、特許化や秘匿化による技術の独占により達成するものです。
まさに、これがオープン・クローズ戦略なのですが、オープンにする技術とクローズにする技術とを見極めなければなりません。また、クローズにするのであれば、特許化する技術と秘匿化する技術との見極めも必要でしょう。

なお、上記資料から、三菱電機はCC-Linkの技術要素を下記の3つに分けていることが分かります。すなわち、三菱電機はCC-Linkに関する技術をこの3つの技術要素に分け、各々に対して公知化、特許化、秘匿化を選択し、オープン・クローズ戦略を実行しました。
 ①インターフェイス技術
 ②付加価値技術
 ③内部コア技術


次に、オープン戦略の知財目的、知財戦略、知財戦術を考えます。

まずは、事業戦術である「CC-Linkの標準化」に対応する知財目的・戦術・戦略です。
<知財目的>
  CC-Linkの標準化
<知財戦略>
  標準化の対象となる技術の特許を取得し、規格特許として無償開放
<知財戦術>
  伝送経路上に載る情報に関する技術(インターフェイス技術)の特許を取得

知財目的である「CC-Linkの標準化」を達成するために、標準化の対象となる技術の特許取得を知財戦略とします。無償開放するのであれば、コストを要する特許取得は不要とも考えられますが、もし他社に当該技術の特許を取得されると、当該技術を自社主導で標準化できなくなります。また、自社で特許を取得することで、標準化できなかった場合には技術を独占するという方針転換も可能となるでしょう。このため、標準化という目的のために特許取得を行うという、知財戦略・戦術となります。

次に、事業戦術である「CC-Link技術を実施するパートナーを獲得」に対応する知財目的・戦略・戦術です。
<知財目的>
  CC-Link技術を実施するパートナーを獲得
<知財戦略>
  パートナーにのみ公開する技術(付加価値技術)の特許取得し、CC-Link協会への他社の加入促進
<知財戦術>
  規格化しない機器内部の制御に関する特許は周辺特許として取得

標準化によりある程度の技術は無償開放されます。このため「パートナーの獲得」という知財目的を達成するためには、パートナーとなることにメリットを感じる技術をさらに公開する必要があるでしょう。そのために付加価値技術を特許取得し、それをパートナーに公開するということを知財戦略とします。
そこで、知財戦術として、付加価値技術として、規格化しない機器内部の制御に関する特許の取得を行います。機器内部の制御に関する技術は、特許出願しなければ公知とならない可能性が高いため、他社との差別化に寄与すると思われます。だからこそ、パートナーの獲得に寄与する技術と言えるでしょう。また、CC-Link協会へ加入していない他社が当該特許技術を実施した場合には侵害となるため、このような他社の排除にもつながります。

次に、事業戦術である「ブラックボックス化する技術によって他社製品との差別化」に対応する知財目的・戦略・戦術です。
<知財目的>
  他社製品との差別化
<知財戦略>
  高付加価値技術の独占
<知財戦術>
  使い易さや高信頼化等の付加価値技術を特許化
  マスタ/スレーブ局の制御等の内部コア技術を秘匿化

「他社製品との差別化」を知財目的とした知財戦略・戦術は分かり易いかと思います。
自社製品と他社製品とを差別化する技術を独占することで、シャアを拡大して利益を得ます。CC-Linkは情報伝送に関する技術であるため、製品のリバースエンジニアリングでは当該技術を知り得ることは難しいでしょう。一方、近い将来に他社も想到する可能性のある技術も存在します。従って、他社が想到する可能性のある技術を特許化し、そうでない技術は秘匿化することで、自社製品と他社製品とを知財で差別化することが考えられます。

このように、CC-Linkを例に、事業目的・戦略・戦術を明確にし、事業戦術毎に知財目的・戦略・戦術を立案する知財戦略カスケードダウンに当てはめました。これにより、事業戦略に基づいて知財戦略を立案することで、自社開発技術の権利化、秘匿化、又は自由技術化を適切に選択できることを理解できるかと思います。また、適切に選択できないと、事業戦略を達成できないこととなります。このため、事業戦略を十二分に理解したうえで、知財戦略を立案することが非常に重要となります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年2月6日日曜日

三菱電機 CC-Linkの普及から考える知財戦略(1)

オープンな産業用ネットワークとして三菱電機が開発したCC-Linkというものが広く普及しているようです。
このCC-Linkの普及のためにCC-Link協会が発足しており、そこにはCC-Linkを「オープンフィールドネットワークCC-Linkファミリー」と題して以下のように紹介しています。
❝1990年代に入り、工場の自動化への要求の高まりと、生産ラインの複雑化に伴い、様々な機器をつなぐための産業用ネットワークに対する需要が生まれました。そこで誕生したのが「CC-Link」であり、以後CC-Linkファミリーは3段階の進化を遂げてきました。2000年に「第1世代」としてシリアル通信ベースの「CC-Link」、また2008年には「第2世代」として業界1GbpsEthernetベースの「CC-Link IE」を仕様公開し、データ量の飛躍的な向上とフィールドレベルからコントローラレベルまでの適用領域拡大を実現しました。さらに市場からのスマート工場への要求の高まりに伴い、2018年には「第3世代」として、世界に先駆けてTSN(Time-Sensitive Networking)を採用した「CC-Link IE TSN」を仕様公開しました。❞
また、CC-Link協会の「国際標準化規格への対応」に記載されているように、CC-Linkは国際標準であるISO規格、IEC規格、又JIS規格等、様々な規格が認められており、標準化されています。
そして、企業がCC-Link協会にレギュラー会員以上で入会すると、パートナー会員規約にあるように、CC-Linkを使用した製品を開発、製造及び販売する権利を有することとなります。
❝「一般社団法人CC-Link協会」パートナー会員規約
1.規約の適用範囲及び変更
(1) 本規約は、会員が協会より「CC-Link ファミリー」技術(本規約第6条に定義されます。)を入手し、当該「CC-Link ファミリー」技術を使用する場合、又は当該「CC-Link ファミリー」技術を用いた「CC-Link ファミリー」の接続製品、開発ツール、推奨配線部品及び/又はツール(以下、これらを「対象製品」と称します。)を開発、製造、販売及び/又は使用する場合に適用されます。本規約では、「CC-Link IE」、「CC-LInk」、「CC-Link/Lt」、「 CC-Link Safety」を併せて「CC-Link ファミリー」と称します。・・・

6.会員が有する権利及び会員脱退後も継続して有する権利
(1) レギュラー会員以上(レギュラー、エグゼクティブ、ボード)の会員は、本条第2項乃至第5項の権利を行使して対象製品を階春、製造及び販売する権利を有します。
(2) 会員は、協会が会員向けに作成した『CC-Link ファミリー」仕様書』といいます。)の提供を、協会から無償で受ける権利を有します。
(3) 会員は、仕様書及び仕様書に関わる関連技術情報(・・・)を、本規約の条件に従って使用する権利(レジスタード会員においては、仕様書の供給を無償で受ける権利)を有します。なお、この権利には、会員から第三者への再使用許諾は含まれません。
・・・
(5) レギュラー会員以上の会員は、協会が製作する「CC-Link ファミリー」に関わるからログ、インターネットホームページ等に、事故が開発、製造及び又は販売する対象製品の名称や使用を無償で掲載できます。ただし、掲載の方法、範囲、期間等については協会の規定に従うものとします。
・・・❞
この規約には、会員はCC-Linkファミリー技術を用いた製品を販売する場合にはコンフォーマンステスト(適合性試験)を受けなければならないと定められています。このコンフォーマンステストは、CC-Linkを普及させるにあたり、会員企業が製造販売するCC-Link製品の信頼性の確保、すなわちCC-Linkのブランド維持のために必要なことでしょう。
❝7.会員が負うべき義務
(3) コンフォーマンステスト試験
① 会員は、「CC-Link ファミリー」技術を用いた「CC-Link ファミリー」接続製品及び/又は開発ツールを開発した場合、販売等により第三者による使用を開始する前に、協会が実施するコンフォーマンステストを受験し合格しなければなりません。
・・・❞
なお、CC-Link協会に入会するためには、法人であり、年会費等が必要になります。年会費はレギュラー会員で10万円、エグゼクティブ会員で20万円、ボード会員で100万円以上であり、それぞれの会員において年会費が高いほど、一製品当たりのコンフォーマンステスト料は安く又は無料となるので、CC-Linkファミリー技術を用いた製品を販売する法人にとってはさほど高い年会費ではないと思えます。


このように、CC-Link協会に入会した企業は、比較的低額と思える年会費等を支払えば、CC-Linkファミリー仕様書を入手でき、CC-Linkファミリー技術を用いた製品を製造、販売することが可能となります。
2021年12月末現在ではパートナー会員は4035社であり、現在も国内外で新規パートナーが増えており、このCC-Linkは国内だけでなく海外にも広く普及していることが分かります。

一方で、三菱電機の立場からすると、元々自社で独自開発した技術を標準化し、CC-Link協会に入会した他社に教示するという行為は、三菱電機にとって競合他社を育てることになります。そうすると、CC-Linkは産業用ネットワークとして普及するでしょうが、三菱電機としてはCC-Linkを独自技術として守る場合に比べて、収益を挙げることに工夫が必要となるかと思えます。

そこで、三菱電機はCC-Linkを普及するにあたり、事業戦略(知財戦略)としてオープン・クローズ戦略を用いました。参照資料である「三菱電機のオープン&クローズ戦略における秘密情報管理について」と「三菱電機のオープン・クローズ戦略」にはCC-Linkに対するオープン・クローズ戦略が以下のように記載されています。
1)インターフェースに絞ったオープン化(パートナ獲得手段)
 ・CC-Link製品開発に必要なインターフェース技術に絞って公開
 ・標準必須特許として権利化(必要最小限、無償開放)
2)コア技術のブラックボックス化(他社差別化手段)
 ・使い易さや高信頼化等、付加価値技術を周辺特許として権利化
 ・マスタ/スレーブ局の制御等、内部コア技術は非公開
上記のように、CC-Linkの普及のために、オープン化する技術とクローズ化する技術がその目的に沿って明確に分けられています。

オープン化の目的はパートナ獲得であり、これがCC-Linkの普及を促します。実際にオープンにする技術はCC-Link協会に入会することで会員が入手する仕様書に記載されています。この仕様書で開示される技術には、三菱電機の特許権に係る技術も含まれていると考えられますが、これも無償開放としています。しかしながら、もしCC-Link協会の非会員がCC-Linkに係る技術を実施して製品の製造販売等を行った場合には、三菱電機は当該特許権を行使して侵害訴訟を提起するのでしょう。これにより、CC-Link協会の会員を守ることにもなり、かつCC-Linkのブランド維持にも貢献できます。

一方で、クローズ化の目的は自社製品の他社差別化であり、これにより三菱電機はCC-Linkから収益をあげます。換言すると、CC-Linkファミリー技術の全てが仕様書に記載されているわけではなく、最新の技術は三菱電機が特許権又は営業秘密としてクローズ化しているということになります。
また、CC-Lnk協会に入会したとしても、仕様書に記載されていない技術を実施し、当該技術が三菱電機の特許権の技術的範囲であれば、特許権侵害となります。
このクローズ化した技術によって、三菱電機はCC-Lnk製品に関して他社と差別化して収益を得ることとなります。なお、CC-Linkは三菱電機が開発した技術であることから、他社に比べてCC-Linkに精通しており、技術的に優位性を保ち続けることは他社に比べて相対的に容易ではないかと思います。そうすると、三菱電機は他社に比べて優位性の高い製品を製造・販売し、収益を保ち続けることができるかと思われます。

このように、三菱電機は営利目的を有する企業であるため、自社開発技術を普及させるだけでなく、その普及に伴い収益を挙げなければなりません。そのためにオープン・クローズ戦略を用いています。このため、どの様な技術をオープン化又はクローズ化するのか、どの様な技術を特許化又は秘匿化するのか、特許化の目的はオープン化又はクローズ化なのか?これを見極める必要があります。

ここで、上記参照資料の「三菱電機のオープン&クローズ戦略における秘密情報管理について」には、以下のような記載があります。
❝オープン技術とクローズ技術は近接している     
⇒ 事業戦略に基づく、両技術の明確な区分けが必要❞
上記のことを見誤ると、技術を普及させることができず収益も挙げることができない状態に陥ったり、技術は普及したものの収益を挙げることができない、とのような事態に陥りかねません。また、特許を取得したものの、その特許を何のために取得したのかが誰にも分からないということにもなります。

次回は、三菱電機によるCC-LInkの普及を知財戦略カスケードダウンに当てはめます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年1月11日火曜日

CPコードとQRコードから考える知財戦略(その2)

今回は、CPコードとQRコードとの戦略の違いについて検討します。

まず、下記図は自由技術化、特許化、及び秘匿化に対する発明の独占度、発明の普及貢献度、及び他社に対する差別化貢献度の関係を示した図です。
特許化は、ライセンスの有無、ライセンスの有償又は無償によって、発明の独占度、普及貢献度、差別化貢献度をコントロールすることができます。これは、発明を特許化することのメリットであり、事業に特許を生かすために必要な認識であると考えます。


ここで、CPコードとQRコードは共に情報をコードに変換してこのコードを物品に貼り付ける等して利用するという技術であり、商品というよりもサービスという側面が強いビジネスになります。
このため、やはり多くの人(物品)に利用されなければビジネスとして成立しないようにも思え、特許権のライセンスによってコードを普及させるという点ではCPコード、QRコード共に同様の戦略でした。もし、コードの特許権をライセンスしないと、新規技術であるコードの独占性は保たれるものの、普及を期待することは難しいでしょう。特にCPコードに関しては権利者の企業規模が大きくないため、他社による市場参入を促す必要性が高かったと思います。

このようにCPコードとQRコードは、特許権のライセンスを事業に利用したものの、そのライセンスの程度が異なっていました。
QRコードはコードそのものの使用については無償ライセンスとする一方、CPコードは有償ライセンスとしたようです。上記図にあるように、特許権の無償ライセンスは普及貢献度がより高いものの特許権による収益は得られません。一方で、有償ライセンスは収益を得ることができるものの、普及貢献度が無償ライセンスよりも低くなります。

QRコード、CPコードは共に物品に貼り付けて使用等されるものです。このようなコードのライセンシーは、多数のコードを生成して利用することが想定され、コードの数とラインセス料とが比例関係にあるとライセンシーはコードの利用を躊躇する要因となるでしょう。すなわち、CPコードにおいて特許権の有償ライセンスという選択は、CPコードを普及させるという目的にとっては中途半端な選択であったと思えます。その結果、優れたコードであるにもかかわらず、CPコードは十分に普及しなかったとも考えられます。
そうすると、デンソーのように、無償ライセンスすることでCPコードの利用企業をより多くすることがより好ましいかったのでしょう。すなわち、コードそのものからの収益は期待せずに、読取装置で収益を挙げるというデンソーの戦略が正解であったと思えます。

このように、事業戦略・戦術を立案する上でその戦略・戦術が誤っていると、これに基づく知財戦略・戦術も誤ったものになります。CPコードの例のように、広く普及を促すべき発明に対して特許権の有償ライセンスは誤った選択だったのでしょう。実際、CPコードの事業会社はある段階でこの事実に気が付いたのかもしれません。
そうであれば、CPコードを無償ライセンスとし、読取装置のみによって収益を挙げるとのように、事業戦略(事業戦術)を変更するべきだったのでしょう。これにより、CPコードを無償ライセンスとすることでCPコードからの収益は失われますが、CPコードが広く普及することが期待でき、普及の拡大に伴う読取装置の販売又はライセンシーの拡大によって失われた収益以上の収益を得られる可能性が高かったのではないでしょうか。

知財視点からの戦略変更を知財戦略カスケードダウンで図示すると下記図のようになります。事業戦略・戦術が期待した目標を達成できない場合には、知財の視点から事業戦略・戦術の見直しを促す又は新たな事業戦略・戦術を提案することは当然行うべきでしょう。
上記図は、知財から技術へのフィードバックを含むことで、下記の三位一体を実現することとなります。

ここで、知財戦略カスケードダウンでは知財は事業に基づくという考えの元で成り立ちます。一方で、上記三位一体の図では、事業、研究開発、及び知財が独立性を保ち、各々が主体性を有しつつも、関連し合うという理想的な形態とも思えますが、”知財は事業に基づく”という考えは特段含まれていません。そうすると、知財(知財部)の立ち位置(拠り所)が明確でなく、単に研究開発の成果である発明を特許出願等をするという”特許部”になる可能性があります。そこには、事業の概念は深く入り込まないでしょう。

このため、”知財は事業に基づく”という考えを三位一体に含むのであれば、下記図のように修正が必要と考えます。


この修正図では、事業に知財を取り込むことで、”知財は事業に基づく”ということを表しています。そして、実際の企業組織も同様にすることが考えられます。多くの企業では、知財部が独立した組織であったり、研究開発部の下位組織となっている場合が多いかと思います。しかしながら、上記修正三位一体ではこのような組織ではなく、事業部の下位組織として知財を位置付けます。例えば、事業部知財課とのようにです。
これにより、事業戦略・戦術の立案と共に知財戦略・戦術が立案し易くなります。すなわち、知財を事業の下部組織とすることで、知財は事業計画をリアルタイムで入手し、それに基づいた知財戦略・戦術を立案しつつ、事業計画にフィードバック等を行い、より収益性を高まるための事業戦略・戦術と共に知財戦略・戦術を同時に立案することとなります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年1月4日火曜日

CPコードとQRコードから考える知財戦略(その1)

QRコードよりも前にCPコードという2次元コードが日本で開発され、これに関連する特許権も取得されていました。QRコードの特許出願は1994年ですが、CPコードは1987年です。CPコードの概要はウィキペディアに記載されており、QRコードと同様に四角形状の表示エリヤに白と黒との2値信号マークが記録されており、このCPコードを読取装置で読み取るものです。

参考

CPコードは、QRコードと同様にCPコードそのもの(識別コード紙)と読取装置(識別コード読取装置)の特許権が取得されています。おそらく、CPコードの基本特許は下記の2つかと思います。ちなみに、特許第2533439の識別コード紙は株式会社デンソーによって異議申立がされており、複数回の補正が行われて維持決定がされています。なお、CPコードに関すると思われる特許出願は、20年以上前に出願されており、それらの特許権は既に消滅しています。

<CPコード> 
【特許番号】第2533439号
【発明の名称】識別コ―ド紙
【分割の表示】特願昭62-173352の分割
【出願日】昭和62年(1987)7月11日
【請求項1】(訂正後)四角形状の表示エリヤに、N個(N≧8)の単位データエリアを形成し、各単位データエリアに2値信号マークを記録して表示エリヤ全体で2N個の情報を記録する識別コード紙において、
X軸基線と該X軸基線の一端である原点にその一端が連続するY軸基線とを設け、前記X軸基線と前記Y軸基線を二辺とする直角四辺形により前記表示エリヤの範囲を区画し、
前記表示エリヤの外側で、かつ前記原点の対角位置に所定の辺長さを有する直角四辺形状の補助マークを設けるとともに、前記X軸基線の他端に前記補助マークの辺に近似する長さの延長X軸基線を、前記Y軸基線の他端に前記補助マークの辺に近似する長さの延長Y軸基線をそれぞれ付加し、前記補助マークのそれぞれの辺と前記延長X軸基線および前記延長Y軸基線とによりその範囲が区画される補助表示エリヤを前記表示エリヤに隣接して設けたことを特徴とする識別コード紙。
<読取装置>
【公告番号】特公平8-21054
【発明の名称】識別コード読取装置
【出願日】昭和62年(1987)9月17日
【特許請求の範囲】
【請求項1】四角形状の表示エリヤを有し該表示エリヤが2n〔n≧4〕個に分割されて単位データエリヤが形成され該単位データエリヤに2値信号マークが記録されている識別コード紙を情報記録媒体として使用し、該識別コード紙に記録されている2値信号マークをセンサーで判読しマイコンで演算処理し出力装置で識別コードの内容を表示する識別コード読取装置において;
識別コード紙は、その四角形状の表示エリヤの隣接する二辺を特定するためのX軸基線とY軸基線とを有するものを使用し、
識別コード紙に記録されている前記X軸基線とY軸基線とを検出して表示エリヤの位置および範囲を決定して表示エリヤを特定するための、表示エリヤ決定手段11と、
前記表示エリヤ決定手段11により決定された表示エリヤを2n〔n≧4〕個に分割するための小区分決定手段12と;
各小区分に記録されている2値コードマークによる検出信号が設定値の範囲内で存在するか否かを判別する2値信号有無判別手段14と;
を含むことを特徴とする識別コード読取装置。

CPコードの特許出願人は主に帝菱産業株式会社(その後倒産)であり、発明者である吉田博一氏が設立した日本IDテック株式会社(その後倒産)が事業展開していたようです。なお、帝菱産業株式会社が倒産後には、株式会社システムステージが引き継ぎ特許権者となったようです。
CPコードに関して知り得る資料は少ないのですが、ウィキペディアの記事を信じると、国内だけでなく海外でもその技術開発が行われ、当時は注目された技術だったようです。株式会社システムステージのホームページによると"通産省よりCPコードによる特定新規事業実施計画について特定新規事業としての認定を受ける。"ともあります。

このようなことから、CPコードは当時普及していたバーコードに比べてより多くの情報量を扱える識別コードとして高いポテンシャルを有しており、広く普及していたら後発であるQRコードは現在のようには普及していなかった可能もあるでしょう。
しかし、残念ながらCPコードは広く普及していません。現在CPコードを取り扱っている企業をインターネットでざっと調べたところ、株式会社システムステージともう一社であり、東芝テック株式会社製のラベルプリンタの対応する二次元コードにCPコードが含まれているものの、知名度も普及率も低い二次元コードといえるでしょう。

なぜQRコードとCPコードとでは、このように普及に大きな違いが出たのでしょうか?QRコードはデンソーという一部上場の大企業が事業展開した一方、CPコードは小規模な企業(いまでいうベンチャー企業?)が事業展開しており、企業規模が普及の違いに大きく影響したことは否めません。
また、QRコードもCPコードも共にコードと読取装置とのように2つの態様で特許権を取得し、他者にライセンスしましたが、そのライセンスのやり方が違っていたようです。このような知財戦略の違いも普及に影響を与えたと考えられます。



QRコードに関しては、コードを無償ライセンスすることで広く利用可能とし、読取装置に関しては有償ライセンスする一方で、画像認識技術は秘匿化することで自社(デンソー)製の読取装置と他社製の読取装置とを差別化し、読取装置から収益を得るという戦略を取りました。

一方でCPコードに関しては、”江藤学 著「規格に組み込まれた特許の役割」国際ビジネス研究学会年報2008年”に記載されているように有償ライセンスとしていたようです。
❝これに対し、世界で最初に開発された二次元コードである日本のID テック社のCP CODEは、日米欧の特許を押さえた上で有償ライセンスとして事業展開を図ったため、これが普及の足かせとなり、普及が進まなかった。❞
上記論文では、CPコードは有償ライセンスが普及の足かせとなったと結論付けています。そこで、有償ライセンスがCPコードの普及に適さなかった理由について検討します。

まず、CPコードについて知財戦略カスケードダウンに当てはめます。
CPコードの事業について資料が少ないために想像の部分が多くなりますが、実際に実行した特許権の有償ライセンスを知財戦術とし、この知財戦術に至るために逆算的に知財戦略→知財目的=事業戦術→事業戦略→事業目的を考えました。
<事業目的>
  CPコードの普及。
<事業戦略>
  自社だけでは市場を形成できないため、他社に市場参入を促して市場の拡大。
<事業戦術> 
 (1)他社へのライセンスにより収益を得る。
 (2)自社でのCPコード生成サービス、読取装置の製造販売。

<知財目的>
  他社へライセンスし、ライセンスしていない者を市場から排除。
<知財戦略>
  CPコードと読取装置の特許出願。
<知財戦術>
  CPコードと読取装置の特許権を他社に有償ライセンス。

CPコードの事業目的を”CPコードの普及”としています。やはり、新たに利用される2次元コードとなるためには、多くの人(企業)にCPコードを利用して貰う必要があるでしょう。そして、権利者の企業規模が大きくないため、事業戦略は他社にもCPコードの市場参入を促すというものであり、これを実行するための事業戦術は他社へのライセンスであり、このライセンスにより収益も得るとしています。この事業戦術を実現するために、コード及び読取装置に関する特許権を取得し、特許権に基づく有償ライセンスを他社に許諾します。

QRコードの成功という一種の正解を鑑みると、上述のようにCPコードの有償ライセンスが適切ではなかったという結論になるのですが、なぜ有償ライセンスが適切ではなかったのでしょうか?そして、適切でなかったのであれば、どうするべきだったのでしょうか?
次回では、それを知財視点から検討します。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年12月22日水曜日

窃盗罪と営業秘密不正取得の違い

窃盗罪と営業秘密不正取得とは、どのように違うのでしょうか。まず、窃盗罪は刑法235条において下記のように規定されています。
第235条
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
誰でも容易に理解できる内容であり、他人の財物を窃取したら刑事罰の対象となります。
しかしながら、営業秘密の不正取得は窃盗罪の対象にならない場合がほとんどです。その場合とは、営業秘密である情報(紙媒体、デジタルデータ)をコピーしたり、デジタルデータをメール等で送信したりする場合です。このような場合は、他人の財物である営業秘密はその他人の元にそのままあるので、窃取したことにはなりません。

ここで、不正競争防止法における営業秘密に関する規定の変遷について簡単に説明します。
営業秘密に係る不正行為については、平成2年法改正により初めて民事的保護が規定されました。その後、平成15年法改正によって営業秘密の刑事的保護が規定され、平成17年法改正によって営業秘密の刑事的保護が強化されました。その後、複数回の法改正によって、刑罰が引き上げられる等の営業秘密の保護強化がなされました。
このように、営業秘密は民事的な保護が不正競争防止法において平成2年に規定され、刑事的保護に至っては平成15年法改正によって初めて規定されました。このように、営業秘密は、特許権等の他の知的財産権に関する規定に比べて、近年になってようやく保護規定が整備されています。

なお、平成15年の法改正前は、営業秘密それ自体を直接保護する刑事規定は存在しておらず、営業秘密の不正取得及び開示等については、窃盗・業務上横領・背任等の規定が適用されていました。すなわち、営業秘密の不正取得は、窃盗等の規定では対応できないため、不正競争防止法において新たに規定されたものです。

営業秘密の不正取得に対する刑罰は不正競争防止法の第21条において下記のように規定されています。
第21条 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、詐欺等行為(人を欺き、人に暴行を加え、又は人を脅迫する行為をいう。次号において同じ。)又は管理侵害行為(財物の窃取、施設への侵入、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成十一年法律第百二十八号)第二条第四項に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の営業秘密保有者の管理を害する行為をいう。次号において同じ。)により、営業秘密を取得した者
二 詐欺等行為又は管理侵害行為により取得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、使用し、又は開示した者
三 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得した者
 イ 営業秘密記録媒体等(営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体をいう。以下この号において同じ。)又は営業秘密が化体された物件を横領すること。
 ロ 営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成すること。
 ハ 営業秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装すること。
・・・

上記は一部であり、第九項まで続きます。一見して、営業秘密不正取得で刑事告訴するには面倒な印象があります。しかしながら、営業秘密の不正取得者と営業秘密保有者との関係性から、どの項を適用すればよいのか自ずと明確になるでしょう。


営業秘密について厄介な事項は、下記の不正競争防止法2条6項に規定されているる秘密管理性、有用性、非公知性(営業秘密の3要件)の認定です。

2条6項
この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。
この3要件を全て満たさない情報は営業秘密と認定はされません。特に、裁判において秘密管理性を満たしていないとしてその営業秘密性が否定される場合が多数あります。このため、自社の情報が持ち出されたとしても、当該情報が秘密管理性の要件を満たしていない場合には営業秘密の不正取得で刑事又は民事で訴えることができません。

一方で、持ち出された情報がデジタルデータ等ではなく紙媒体のような”物品”の場合には、上記3要件の判断が不要な窃盗罪が適用できます。実際に下記ニュースにあるように最近でも顧客情報の持ち出しに対して窃盗罪で逮捕された事例があります。

上記事件では、元社員が顧客リスト(おそらく紙媒体)の窃盗したとあり、この顧客リストは一般的には営業秘密であるのだと思います。しかしながら、三要件を満たす必要がある営業秘密不正取得で刑事告訴するよりも、より立証が容易な窃盗罪で刑事告訴したのだと思います。

ここで、窃盗罪の刑事罰は”10年以下の懲役又は50万円以下の罰金”です。一方で、営業秘密不正取得は、”十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金”です。この2つは、懲役刑の上限は同じですが、罰金刑の上限は大きな差があります。
営業秘密不正取得では、多くの場合、懲役刑には執行猶予が付きますが、罰金は数十万円から200万円ぐらいとなります。すなわち、営業秘密不正取得によって刑事罰を受けると窃盗罪の罰金の上限を超える罰金刑が課される可能性が高いことになります。このため、営業秘密不正取得として刑事告訴されるよりも、窃盗罪で刑事告訴される方が被告人にとっては自ずと刑が軽くなり、ラッキーということになります。
このような状況は果たして良いのかという疑問が少なからず生じます。

なお、顧客情報等の営業情報は、その秘密管理性が認められると有用性及び非公知性も認められる可能性が高いです。その理由は、顧客情報は一般的に公開するものではないためです。
一方で、技術情報に関してはその秘密管理性が認められたとしても、有用性や非公知性は認められない可能性があります。この理由は、非常に多数の技術情報が特許公開公報等や論文等で既に公開されており、既知の技術情報に基づいて秘匿化している技術情報の有用性や非公知性が否定される可能性があるためです。
このように、技術情報は営業情報に比べて、営業秘密性のハードルがより高くなります。

以上のことからも、不正競争防止法で規定されている営業秘密をより使い易くするためには、この営業秘密の3要件の認定ハードルをより低くする必要があるのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年12月12日日曜日

発明の経済的効果 発明の普及と発明による他社との差別化

新規な発明を行うと、それをどのように管理(知的財産管理)するのかを選択する必要があります。知的財産管理としては、自由技術化、特許化(権利化)、又は秘匿化の何れしかないでしょう。
ここで、知的財産管理は、発明の独占度のコントロールであるとも考えられます。それを示した図が下記です。


この図にあるように、秘匿化は発明を公開しないので発明を自社で実質的に独占する行為であり(排他権はない)、発明の独占度は100%となります。秘匿化した発明を相手方と秘密保持契約を締結してライセンスすることもできますが、自社による独占度は高い状態が保たれます。
また、特許化は特許権者が絶対的独占権を有します。絶対的独占権とは、客観的内容を同じくするものに対して排他的に支配できる権利です(特許庁ホームページ)。特許権は、他社へのライセンスの有無により、この絶対的独占権をコントロールすることが可能です。例えば、ライセンスを一切しないのであれば独占度は100%です。一方で、ライセンスを無償で誰にでも行うとすれば独占度は0%です。なお、特許権は、基本的に、出願から20年後に誰でも実施可能な自由技術となります。
自由技術化は、何らかの形で発明を公開し、誰もが自由に実施可能とするものであり、独占度は0%です。

ここで、発明の経済的効果として、事業利益の視点からは以下の2つを挙げることができるでしょう。
①製品をより魅力的なものとし、市場を大きくすること。
②他社製品と差別化すること。
この2つを発明の普及貢献度と他社に対する差別化貢献度とのように考え、上記図に当てはめると以下のように考えることができるでしょう。


まずは、発明の普及貢献度について考えます。
秘匿化は発明を公開しない行為なので、その発明の存在そのものが知られることはありません。このため、秘匿化によってその発明が普及することは考え難く、秘匿化による発明の普及貢献度は低くなります。
特許化は発明が公開されるので、発明の内容は万人が知るところとなるものの、特許化された発明はライセンスされない限り他社は実施できません。このため特許化は他者にライセンスをしないと発明の普及貢献度は低いようにも思えます。しかしながら、発明を特許出願すると公開されるので、その内容は万人が知るところとなり、改良発明を行なったり、当該発明の権利範囲に含まれない別の発明を行う者もいるでしょう。そうすると、発明を特許出願するだけで、ある程度高い普及貢献度を有していると思われます。また、特許化しても、特許権者が誰にでも無償ライセンスをすることでも、当該発明の普及貢献度は高くなります。
自由技術化は、誰もが自由に実施可能であるため、発明の普及貢献度は当然高くなります。

次に、他社に対する差別化貢献度はどうでしょうか。これは発明の普及度貢献度と真逆になると考えられます。
発明を自由技術化すると当該発明は誰もが自由に実施できるため、他社に対する差別化貢献度は当然低くなります。
特許化した技術は、上記のように、有償又は無償のライセンスの有無により、差別化貢献度をコントロールできるでしょう。すなわち、特許権を誰にでも無償ライセンスをしたら差別化貢献度は低くなる一方、誰にもライセンスしなければ差別化貢献度は高くなります。
そして、秘匿化した技術は他社が実施できません。このため、秘匿化した技術は、差別化貢献度は最も高くなると考えられます。秘匿化した発明をライセンスしたとしても、当該発明は公開されないので、ライセンスした場合でも差別化貢献度は高いままでしょう。

このように、発明の自由技術化、特許化、又は秘匿化によって、当該発明の独占度は異なり、これに伴い、発明の普及貢献度、他社に対する差別化貢献度も異なります。そして、発明の独占度と差別化貢献度は正の相関がある一方、発明の独占度と普及貢献度は負の相関があり、発明の普及貢献度と差別化貢献度とはトレードオフの関係があるでしょう。

ここで、特許化は、秘匿化と自由技術化に比べて、ライセンスの有無によってその独占度をコントロールし易いという特徴があります。上述のように、ライセンスしなければ独占度は100%であり、誰にでも無償でライセンスすれば独占度は0%です。これは、秘匿化及び自由技術化にはない特徴であり、メリットといえるでしょう。一方で自由技術化は他者へのライセンスという概念が当てはまりません。このため、自由技術化は実質的に独占度は0%であり、これを選択すると独占度のコントロールは不可能となります。秘匿化は他者へのライセンスが可能ですが、ライセンスしても発明そのものは秘匿化されたままですので独占度は高い状態であり、誰にでも無償でライセンスするという概念もありえないでしょう。

以上のように、発明を用いた製品をより多く販売するために市場を大きくしたいと考えた場合、当該発明を自由技術化したり、特許権を取得したとしても他者にライセンスすることで、当該発明を他社にも実施してもらうことが考えられます。これは当該発明が魅力的なものであれば、市場拡大の効果はより大きくなるでしょう。
しかしながら、発明を自由技術化等するだけでは、自社製品は他社製品と差別化し難く、自社製品の売り上げが伸びない、とのような事態に陥る可能性があります。そのリスクを考えると、発明を秘匿化又は権利化しても他者にライセンス化せず、自社だけで発明を実施することが考えられます。これにより、消費者に対して自社製品を購入する動機付けとなります。ところが、自社だけによる発明の実施では、市場が大きくならずに売り上げが伸びない可能性があります。当該発明が今までにないような新たな市場を生み出すものであり、自社がその市場を十分に成長させるほどの規模(実力)がない場合には、良い製品であるものの、思ったほど売り上げが伸びない、となるかもしれません。

このため、発明に対して、秘匿化、権利化、又は自由技術化を選択する場合には、上記のような市場予測(事業予測)を立て、当該発明の経済的効果を何とするかを明確にするべきでしょう。経済的効果とは、当該発明を普及させて市場規模を大きくするのか、他社製品との差別化に用いるのかということです。
市場に投入する製品に用いられる発明は、ほとんどの場合において一つではなく、複数の発明が用いられます。このため、発明毎の経済的効果を見極め、その経済的効果を発揮するように発明毎に秘匿化、特許化、自由技術化を選択するべきです。
すなわち、例えば、ある発明は自由技術化又は権利化しても広くライセンスする、として発明を普及させて市場を拡大させるという経済的効果を発揮させることを目的とし、他の発明では秘匿化又は権利化してもライセンスしない、として他社製品との差別化という発明の経済的効果を発揮させることを目的とするのです。
このように、製品に用いられる複数の発明を適切に知的財産管理することで、市場を拡大しつつ、製品を他社と差別化して自社製品の利益を最大化することが最も好ましい知財戦略と言えるでしょう。

参照:江藤 学 著 標準化ビジネス戦略大全 p.317
❝秘匿化、特許化、開放化を活用して、技術の独占度をコントロールし、その製品から得られる利益を最大化する事がビジネスの基本である。❞

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年11月14日日曜日

営業秘密と特許の先使用権

営業秘密と特許の先使用権とはセットで語られることがあります。
それは、前回のブログ記事で述べたように、自社開発の技術を営業秘密とすると他社が同じ技術を開発して特許権を取得する可能性があるためです。このような場合、他社の特許出願時に当該技術を実施等していたら先使用権を主張でき、その実施を継続できる可能性があるためです。

ここで、先使用権は特許法79条に下記のように規定されています。
❝(先使用による通常実施権)
第七十九条 特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する。❞
特許法79条にあるように、先使用権を有するためには、❝特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者❞という要件を満たす必要があります。しかしながら、自社が他社の特許権について先使用権を有していると考えていても、この要件を満たしていることの証明に苦慮する企業は多いようです。
先使用権の主張を行う場合における他社の特許出願は既に数年~十数年前の場合であり、現時点において、そのときに当該事業又は事業の準備を行っていたかを証明する資料が自社内で散逸したり、失われている場合もあるためです。

そしてこの先使用権と営業秘密との関係についてですが、発明を秘匿化した場合に秘密管理措置が上記要件を満たす証拠となり得るのではないかと考える人もいるかもしれません。
しかし、発明に対する秘密管理措置と上記要件とは基本的に何ら関係はありません。
まず、発明が完成してそれを秘匿化するタイミングは、当該発明の実施又は実施の準備を始めたタイミングよりも数か月から数年前になるでしょう。このように、一般的に発明の秘匿化のタイミングと事業の開始又は準備のタイミングは異なります。

また、自社の発明をわざわざ秘密管理するのであるから、それは事業の準備に相当するのではないか、と考える人もいるかもしれません。ここで、事業の準備とはどのようなものであるかは、ウォーキングビーム事件最高裁判決で下記のように判示されています。
❝法七九条にいう発明の実施である『事業の準備』とは、特許出願に係る発明の内容を知らないでこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者が、その発明につき、いまだ事業の実施の段階には至らないものの、即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されていることを意味すると解するのが相当である❞(下線は筆者による)
上記のように、「事業の準備」とは、いまだ事業の実施の段階には至らないものの、「即時実施の意図を有しており」かつ「その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されている」ことをいいます。本判決では、見積仕様書及び設計図の提出が、即時実施の意図を有し、それが客観的に認識される態様、程度であるとして、事業の準備と判断しています。

このように、事業の準備は「即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識され」なければならず、発明を単に秘匿化するという行為は、それを持って即時実施の意図とは認められない可能性が相当高いと思われます。
なお、秘匿化した図面に発明の内容が化体されており、当該図面を事業に用いる予定であれば、それを持って事業の準備であるとも考えられますが、その場合は秘匿の有無は先使用権の発生とは関係ありません。

以上のようにに、特許法の規定からして発明を秘匿化したからといって、当該発明に対する先使用権が発生するものではありません。従って、発明を秘匿化した場合には、別途先使用権主張ができるように、関連する資料の保存・収集を行う必要があります。


また、発明を秘匿化した企業の中には、他社の特許権を侵害した場合に先使用権の主張ができるように、当該発明を用いた事業又は事業の準備をしたことを証明する資料を予め公正証書として保管することを行っています。

では、このような公正証書の作成は営業秘密の秘密管理措置にもなり得るのでしょうか?
公正証書は資料等を封筒に入れて閉じて確定日付印を押します。これにより、その中身は開封しない限り分からず、”秘密”の状態にあるとも言えます。
しかしながら、個人的には、このような公正証書が秘密管理措置となる可能性は低いと考えます。その理由として、秘密管理性要件の主旨は以下のように考えられているためです。
❝秘密管理性要件の趣旨は、企業が秘密として管理しようとする対象(情報の範囲)が従業員等に対して明確化されることによって、従業員等の予見可能性、ひいては、経済活動の安定性を確保することにある。❞(経済産業省発行 営業秘密管理指針) 
上記のように、先使用権の証拠としての公正証書は、封によって閉じられているためその中身が分かりません。また、こうような公正証書は、企業の知財部で管理・保管されるでしょうから、一般の従業員はその存在すら知らないでしょう。
そうすると、当該公正証書では、企業が秘密として管理しようとする対象が従業員に対して明確化されているとは言い難いでしょう。このため、当該公正証書に発明の内容があったとしても、当該発明に対する秘密管理措置とはなり得ないと思われます。

以上のように、発明を営業秘密としたからといって、先使用権の主張が可能となるわけではありません。先使用権を主張するためには、それを満たすための証拠が必要であり、それがなければ先使用権の主張ができません。また、先使用権主張の準備は秘密管理措置とはなり得ないと思われます。
このため、発明を特許出願しない場合には、まず、当該発明を秘密管理し、当該発明を使用した事業の準備を開始すると共に、万が一の場合に先使用権主張ができるように準備を行うことが最も望ましいでしょう。
このように、発明を営業秘密とすることと先使用権主張の準備とは別物であることを正しく認識し、万が一に備えるべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年10月3日日曜日

知財戦略カスケードダウンから三位一体へ (その2)

前回のブログでは、知財戦略カスケードダウンにおいて知財部から事業部又は技研究開発部へフィードバックや提案を行うことで、三位一体を実現する例を示しました。
知財部からフィードバックや提案を行う場合とはどのような場合でしょうか?それは様々な場合があると思いますが、前回のブログでは自社の秘匿化技術が他社でも独自開発されそうな状況になった場合を例に挙げました。
この他にも、ビジネスに必要とする特許権等の権利取得の可否もそれに含まれるでしょう。そのような例を以前、知財戦略カスケードダウンに当てはめたQRコードの例を参照して考えてみたいと思います。

参考ブログ記事:

まず、QRコードの事業目的、戦略、戦術は下記でした。
事業目的:
  QRコードを世界中に普及させる
事業戦略:
  誰もが自由に安心して使えるようにすると共に、早期にQR市場を形成させる
事業戦術:
 (1)業界標準を取得し、業界からISOの規格化を要請してもらう。
 (2)誰もが自由に安心して使える環境作り
 (3)事業収益は慣れ親しんだ読取装置・サービスをQR市場に提供

そして、QRコードは技術要素として「QRコードそのもの」と「読取装置」に分けることができます。
「QRコードそのもの」の知財目的、戦略、戦術は下記でした。
知財目的:
  誰もが自由に安心して使える環境作り
知財戦略:
 (1)利用者にはQRコードをオープンにする。
 (2)QRコードの模倣品や不正用途を排除する 。
知財戦術:
  QRコードの特許権取得

このように、QRコードのビジネスには、QRコードそのものの特許権の取得が必要になります。実際にデンソーはQRコードの特許権を取得しています。
❝特許第2938338号
(出願日:平成6年(1994)3月14日 登録日:平成11年(1999)6月11日)
【請求項1】  二進コードで表されるデータをセル化して、二次元のマトリックス上にパターンとして配置した二次元コードにおいて、前記マトリックス内の、少なくとも2個所の所定位置に、各々中心をあらゆる角度で横切る走査線において同じ周波数成分比が得られるパターンの位置決め用シンボルを配置したことを特徴とする二次元コード。❞
また、Wikipediaを参照すると、1997年10月にAIM International規格、1998年3月にJEIDA規格、1999年1月にJISのJIS X 0510、2000年6月にISO規格のISO/IEC 18004となっています。以上のように、実際のQRコードに関しては特許権の権利取得や規格化も順調に行われたのでしょう。

一方で、出願日から登録まで5年以上を要しており、QRコードの開発から事業に至るまで比較的余裕を持って行われたのかなとも思えます。QRコードの開発が現在から30年近く前であり、ビジネススピードの感覚も現在に比べて緩やかであったのかもしれません。
現在では、新規の事業であり速いビジネススピードを求められたら、特許出願から特許権取得までに5年もかけていられないでしょう。

仮に権利取得が新規事業の前提となっているのであれば、事業の開始は特許権の取得如何によって左右されるかもしれません。そして、技術開発から事業開始までのスピードを求められていたら、特許権の取得までに数年単位をかけることはできないでしょう。特許権を取得する業務はまさに知財部の業務です。研究開発部でもなく、ましてや事業部でもありません。
もし、研究開発部が当該事業に用いる技術開発が終了した時点で発明届け出を知財部に提出すると共に、「半年後には市場にリリースすることが事業部との間で決まっている。それまでに特許権を取得してほしい。」といわれたらどうでしょう?
急いで特許事務所に明細書作成依頼を出して、現時点から出願まで1ヶ月とし、早期審査請求により特許庁から特許査定通知がでるまで出願から2~3ヶ月、上手く権利化できても現時点から3~4ヶ月です。もし拒絶理由があると、さらに特許査定までの期間を要するため、半年後のリリースには間に合わないでしょう。このような状況になると、知財部としてはもっと早く発明届け出を出して欲しかったとなるでしょう。しかしながら、このような状態に陥る知財部があるとすると、この原因は知財部の姿勢が「待ち」であるためとも考えられます。

ここで、知財戦略カスケードダウンでは知財部が事業に基づいて知財目的・戦略・戦術を立案するものです。このため、知財部は事業に関する情報を積極的に取得する必要があります。このため、例えば、知財部が事業部等に出向き、今後の事業計画や現在の事業動向等の情報を取得し、知財部でこれに応じた知財目的・戦略・戦術を立案します。これが知財戦略カスケードダウンの肝でもあります。

事業部からの情報収集の過程で新規事業の情報も知財部は取得するでしょう。その場合、知財部は、当該新規事業に用いる開発段階の技術情報を研究開発部から取得する必要性に気が付くはずです。そうすると、その後に実行するべきことは容易に理解できます。
新規事業に用いる技術開発の動向をウォッチし、製品に用いる状態にまで開発が進むのを待つことなく、特許として出願できる状態(実施可能要件を満たす状態)にまで開発が進んだときに特許出願を行なえばよいのです(秘匿化を選択するのであれば、早期に適切な秘密管理を行います)。

このように、知財戦略カスケードダウンの考え方によると、知財部が事業を理解することによって、知財部が自発的に技術からも情報を取得し、特許出願等を行うことになります。その結果、特許取得が待ちの状態とはならないため、事業のスピード感にも合わせた権利取得等が可能となります。また、拒絶によって権利取得できない場合、その対応策を講じる時間的余裕も出てくるでしょう。
QRコードの例において、仮にQRコードそのものの特許が取れないとしても、他社の特許権を侵害していないという確証があれば事業を予定通り行い、特許権による権利行使はできないものの、QRコードを不正使用している他社に対しては商標権による権利行使を行うという知財戦術を立案することもできるでしょう。

さらに、権利取得の過程で、新規事業に使用する技術の特許権を他社が既に取得していことに気が付くかもしれません。そのような場合には、事業部及び研究開発部に他社特許権の侵害リスクを伝え、事業の戦略又は戦術の見直し、研究開発部には他社特許の回避策の検討を促すこともできます。また、他社の特許権の譲渡又はライセンス取得の可否、無効理由の検討等も行えるでしょう。

このように、知財部が事業を理解して自発的に行動することで、事業及び研究開発にフィードバックや提案を行なえます。その結果、三位一体が実現できると考えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年9月26日日曜日

知財戦略カスケードダウンから三位一体へ (その1)

前回のブログ記事では、秘匿化している生産方法について他社の技術動向(特許出願動向)によっては権利化に移行することも検討することを述べました。
生産ノウハウをライセンスしている状況において、他社の技術がこの生産ノウハウのレベルに達して他社によって特許取得される可能性が生じた場合に、この生産ノウハウを秘匿化から自社による権利化へ移行するという例です。

これは、三方一選択の継時変化に相当します。
上記図では、事業に応じて秘匿化、権利化、自由技術化を変化させることを記載していますが、事業に限らず、外部環境に応じて変化させることもあるでしょう。外部環境とは上述のような他社の技術動向です。
この他社の技術動向は事業部よりも知財部又は技術部の方が把握し易いでしょう。もっというと、知財部が自社の秘匿化技術を把握することで、当該秘匿化技術の関連技術に対してて他社による特許出願の有無を定期的に調査するという作業を行うべきかと思います。
特に、ライセンスのように直接的に利益を生み出している秘匿化技術に対しては、他社の技術動向は当該利益に与える影響が甚大です。当該秘匿化技術と同じ技術を他社が権利化すると、当該ライセンスは意味を成さなくなる可能性があります。そうであれば、このような秘匿化技術に対してはより積極的に他社の技術動向、特に他社の特許出願動向を把握する必要があるかと思います。

このため他社の技術動向に応じて、例えば秘匿化から特許化に経時変化させると、これに応じて事業形態も変える必要が生じる可能性があります。このような場合は、知財部から事業部へ他社の技術動向及びそれに伴う発明の形態変化、すなわち事業形態の変化の必要性を提案しなければなりません。
これを示した知財戦略カスケードダウンが下記図です。

上記図では、知財から事業へ向かった矢印が存在します。この矢印は知財部から事業部へのフィードバックや提案となります。
上述の秘匿化技術のライセンスの例では、この知財部からの提案により、事業部は当該ラインセンスの見直しをする必要があります。例えば、秘匿化から権利化へ移行したほうが良いのか?移行するのであればライセンス契約はどのように改定するのか?また、権利化するのであれば、秘匿化技術のうちどこまでを開示するのか?開示せずに秘匿化を保てる技術情報は存在するのか?様々なことを検討する必要があるでしょう。この検討には当然、知財部も加わることになるでしょう。
さらに、知財部から研究開発部へも他社の技術動向をフィードバックします。また、他社の技術動向から新たな技術的課題が得られたら、その提案を知財部から技術開発部へ行ってもよいでしょう。
まさに、これは事業、研究開発、知財が相互に連携し合った三位一体となります。

このように、知財戦略カスケードダウンという取り組みを知財部が行うこと、すなわち知財が事業を理解して発明に対して三方一選択を行うことで、知財から事業又は知財から研究開発へ適切な提案又はフィードバックを行うことが可能となり、その結果、三位一体を実現することが可能となるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年9月20日月曜日

生産ノウハウのライセンスから考える知財戦略

製品の生産方法について特許出願している企業もあるかと思いますが、生産方法は工場等の自社内でのみ実施するものであり、外部にその技術が知られることはないので秘匿化している企業も多いかと思います。
一方で、生産方法を他社にライセンスするのであれば、秘匿化と特許化どちらがよいでしょうか?

そのような事例を知財戦略カスケードダウンに当てはめてみました。
事例として参考にしたのは、特許庁発行の「経営における知的財産戦略事例集」のジーンテクノサイエンス社の事例(p.40)です。ジーンテクノサイエンス社は、現在はキッズウェル・バイオ株式会社に社名を変更しており、事例集によると下記のように紹介されています。
❝北海道大学発のバイオ系のスタートアップである。バイオ新薬・バイオ後発品(バイオシミラー)の開発を行い、再生医療分野を中心とした新規バイオ事業の立ち上げにも注力している。❞
そして、事例集における戦略の要諦には以下のようにあり、結論から言うと、同社は生産ノウハウを秘匿化しています。
❝自社に充分なノウハウがあるバイオシミラー事業に関しては、競争力の源泉である製造ノウハウの部分を徹底的にブラックボックス化して、社外で容易に模倣できないないようにしている。具体的には、ノウハウの利用者(製造委託先)に依頼する際には製造工程を切り分け、委託先が製造工程の一部しか見えないようにしている。また、同社はバイオシミラーの一部の生産ノウハウを、製造委託先以外にもライセンスすることで、知的財産を軸とした収益を計上できている。❞
なお、私はバイオ関係の技術知識は皆無であり、バイオシミラーも初めて知ったのですが、同社のホームページによるとバイオシミラーとは下記のもののようです。
❝バイオ医薬品の新薬(先発品)と同じ効果効能・安全性を国によって保証された薬をバイオシミラーと呼びます。❞
また、同社はプロテインエンジニアリングを用いてバイオ医薬品を製造しているとのことですが、プロテインエンジニアリングは同社のホームページで下記のように説明されています。
❝プロテインエンジニアリングとは、私たちの体内で重要な役割を果たす酵素や抗体などの天然のタンパク質に、新たな機能を付加したり、タンパク質自体の機能を向上させた新しいタンパク質を人工的に作る方法です。❞
以上のようなことを踏まえて、同社ホームページの「事業内容」及び「特長・強み」も参照して、同社の生産方法について知財戦略カスケードダウンに当てはめます。


同社の事業目的、事業戦略、事業戦術を下記のように抽出しました。

事業目的:
プロテインエンジニアリングによって、従来のバイオ医薬品よりも治療効果や持続性、安全性の高い、改良型バイオ医薬品の開発

事業戦略:
バイオ新薬の後続品(ジェネリック)であるバイオシミラーの開発でより多くの患者様に安価で高品質な医療を届ける。

事業戦術:
①開発した薬品の製造販売
②製薬企業とのアライアンス
③製造設備を持たない
④生産ノウハウをライセンス

事業目的と事業戦略はホームページの「事業内容」から抽出しています。
事業戦術のうち「②製薬企業とのアライアンス」はホームページの「ハイブリッド事業体制」から抽出し、「③製造設備を持たない」はホームページの「バーチャル型事業開発・プロジェクトマネージメント力」から抽出しています。
また、「①薬品の製造販売」と「④生産ノウハウのライセンス」は、同社の収益にかかわる要素であり、これは事業戦術に当然含まれるかと思います。

次に、バイオシミラーの技術要素を生産方法として、これの知財目的、戦略、戦術を下記のように考えました。完成品である薬品も技術要素の一つですが、今回は薬品については省略します。なお、同社は、発明の名称に”抗体”を含む特許出願を複数行っていることから、薬品については特許取得を知財戦術としているかと思います。

知財目的:
製造設備を持たず、生産ノウハウのライセンスによる収益確保のための知財保護

知財戦略:
自社開発プロテインエンジニアリングの長期的かつより確実な模倣の防止
→生産方法の秘匿化

知財戦術:
①生産方法の秘匿化
②製造工程の切り分けによる生産方法全体の漏えい防止

知財戦略としては、長期的かつより確実な模倣の防止するために生産方法の秘匿化を選択しています。この理由は、同社の選択が秘匿化であるという実体に合わせたものですが、製薬において生産方法は重要であり、ライセンスにより収益の源泉ともなりえるため、出願から20年で自由技術となる特許よりも秘匿化を選択する方が事業を守れると考えたためです。
また、生産方法の知財戦術は、知財戦略を踏襲して秘匿化としています(生産方法の具体的な内容は当然分からないためでもあります。)。
さらに、自社で製造設備を持たないことから、薬品の製造を他社に依頼しないといけません。このとき、一社に全ての工程を依頼するとこの依頼先から生産方法が漏えいする可能性があります。そこで、②のように製造工程を複数の企業に切り分けて依頼することも知財戦術として選択すべき事項でしょう。

ここで、生産方法を秘匿化することは常とう手段とも思えますが、「生産ノウハウのライセンスによる収益確保」という知財目的を達成するためには、生産方法の特許化も検討する必要があります。
一般的にライセンシーとしては、秘匿化された技術よりも、特許化された技術の方が安定しており、好ましいと考える場合も多いのではないでしょうか。確かにノウハウを秘匿化し続け、他社も実施できなければ、当該ノウハウを半永久的に独占できるので、メリットは大きいです。
一方で、秘匿化技術は、他社が権利を取得する可能性もあり、もしそうなると秘匿化技術のライセンシーは特許権侵害となる可能性があります。そのようなリスクを考慮に入れると、ライセンシーは特許化された技術をライセンスしてもらうほうが安心感があるでしょう。その結果、秘匿化よりも特許化した方がライセンシーの数も増え、ライセンスによる事業収益も多くなるかもしれません。
一方で、ライセンサーとしては、特許化は技術を公開することになりますし、出願から20年後には存続期間満了のために特許権が失われ、ライセンシーが競合他社になる可能性もあります。その結果、特許権満了後には、収益が一気に悪化する可能性もあります。

このように、秘匿化のメリット・デメリットと特許化のメリット・デメリットを考慮して、他社へのライセンスも収益とするための生産方法を秘匿化又は特許化を選択する必要があります。
この選択を行うための判断材料としては、開発した生産方法と同じ技術を他社が想到する可能性や、他社が生産方法に関連する技術について特許出願して程度、というような他社の動向も考慮に入れることになるでしょう。

これに関して、例えば、プロテインエンジニアリングとの文言を含む日本の特許公報は、最初の公報が1987年に発行されてから160件程度しかなく(2021年と2020年は1件、2019年は7件、件、2018年と2017年は6件)であることから、プロテインエンジニアリングの技術分野の特許は少ないとの判断ができるのかもしれません。
一方、バイオシミラーとの文言を含む日本の特許公報は、最初の公報が2009年に発行されてから489件であり、2021年は17件、2020年は26件ですが、2019年は121件、2018年は112件とのように、バイオシミラーの特許出願は必ずしも少なくないのかもしれません。

なお、上記件数は、プロテインエンジニアリングやバイオシミラーの特許出願状況をざっくりと知るために出した数字ですが、これらの文言が含まれているに過ぎない公報の件数なので直接的にはこれらに関係ないかもしれませんし、同意義で異なる文言が使われている他の特許公報もあるでしょう。このため、秘匿化又は特許化の選択のための参考程度にはなるでしょうが、より詳細にはFIやFターム等の特許分類を参考にしなければなりません。また、国外の特許出願状況や、特許出願されていない技術も多数あるでしょうから論文やその他の情報を集め、自社の技術水準を的確に判断する必要があるでしょう。
おそらく、同社は、上記のようなことを総合的に判断したうえで、ライセンスする生産ノウハウに対して特許化よりも秘匿化を選択したと想像します。

しかしながら、秘匿化している生産方法と同様の技術を他社が現在は開発できていないとしても、他社の特許出願動向やその他の情報に基づいて、今後、同様の技術を開発する可能性が生じれば、秘匿化から特許化に移行するべきかもしれません。もし、そのような選択を行う場合には、事業戦術である「④生産ノウハウをライセンス」についてもライセンシーとの契約の見直し(秘匿化技術から特許技術に基づくライセンスへの移行)、さらにはライセンスビジネスによる収益の見直しといったことも必要になるでしょう。

このように技術を秘匿化する場合には、当該技術を取り巻く事業環境や他社の技術力等を注視して必要に応じて権利化へ移行するというような対応を取れるようにすることも考慮に入れるべきかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年8月9日月曜日

色々雑多に

今回は営業秘密について雑多に書こうかと思います。

(1)大阪発明協会での講演が終了しました。
8/6(金)に大阪発明協会での「技術情報を営業秘密として守るための事例研究と知財戦略」と題したオンラインによる講演を行いました。参加していただいた方々、3時間の長い時間でしたがありがとうございました。
大阪発明協会での講演は去年に引き続き2回目です。毎年このような機会を頂けることは非常にうれしいです。
今年は知財戦略カスケードダウンについてもお話しさせていただきました。来年はもしコロナが収束傾向にありオフラインでの公演が可能ならば、知財戦略に絡んだ課題・ディスカッションを参加者の方々に行ってもらえればと思っていたりもします。

(2)平成27年の法改正による追加された海外重罰の影響?
営業秘密に関する刑事事件について、もしかしたら厳罰化の傾向にあるのかもしれません。
営業秘密侵害事件のほとんどは、被告に対して執行猶予が付きます(営業秘密を用いた詐欺事件等は別ですが)。
しかしながら、下記表のように東芝半導体製造技術漏洩事件やベネッセ個人情報流出事件のように営業秘密保有企業の損害が莫大となった場合には執行猶予がつかない実刑判決となった例もあります。
ところが、富士精工営業秘密流出事件やNISSHAスマホ情報漏洩事件は、東芝やベネッセほどの損害が出ていないにも関わらず、執行猶予がつかない実刑判決となっています。この理由はもしかしたら、営業秘密の漏えい先が海外(中国)だからかもしれません。
平成27年の不正競争防止法改正では、海外へ営業秘密を漏えいした場合には罰金が三千万円以下(国内ならば二千万円)とする海外重罰の規定が新たに設けられました(法人は10億円)。下記表から分かるように、この三千万円や10億円といった高額な罰金となった例はありません。
一方で、平成27年以降、上述のように、海外へ営業秘密を漏えいさせた場合に執行猶予がつかない実刑判決となる例が2つほどあります。執行猶予が使いない判決が共に中国への流出であったことは偶然でしょうか?これは、海外重罰の規定が設けられた影響なのかもしれません。
ちなみに、8月18日には積水化学の元社員が中国企業に営業秘密を漏えいした事件の地裁判決が言い渡されます。検察は懲役2年を求刑していますが、果たして執行猶予は付くのでしょうか?


(3)営業秘密の民事訴訟で初めて最高裁まで争われた?
今まで、営業秘密の民事訴訟で最高裁まで争った裁判はなかったのですが、最近になって最高裁まで争った裁判「令和2年11月19日 最高裁第一小法廷 令2(オ)923号」がありました。なお、この判決は、上告棄却となっています。
この判決における営業秘密は技術情報であり、被告会社による営業秘密不正利用及び営業誹謗行為によって原告製品の売り上げ減少したとして、個人の被告と被告会社が連帯して3億2560万円の損害賠償が認定されています。
一審判決は本ブログでも紹介しています。

(4)データ管理の再委託先である中国企業からの情報漏えい
先日、村田製作所から委託を受けた日本IBMの再委託先の中国法人社員によって村田製作所の情報が持ち出されたとの報道がありました。このような懸念は以前からあり、それが現実のものとして表面化したということでしょう。

海外企業にデータ管理を委託又は再委託している企業も少なからずあることでしょう。そういった企業にとっては気になるニュースかと思います。
また、中国法人の社員が漏えいさせたようであり、おそらく情報漏えいは中国国内で行われたのでしょう。この事件について、村田製作所は刑事又は民事で事件化するとの報道は見受けられませんが、もし営業秘密侵害で事件化しようとしたら、日本の不競法は適用できず、中国の法律が適用されるのでしょう。
大企業にとっては海外で訴訟することはさほどハードルは高くないかもしれませんが、中小企業であったらどうでしょうか?費用対効果を考えると、難しいかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年7月25日日曜日

特許出願件数と企業の研究開発費の推移

先日、特許庁から「特許行政年次報告書2021年版」が発表されました。
それによると、2020年の特許出願件数は288,472件であり、2019年の307,969件に比べて2万件弱減少しています。これはコロナ禍の影響であると思われ、特許出願をコストと考える側面も大きい現状では特許出願件数が減少することは容易に予想できたことです。

ここで下記のグラフは、近年における国内の特許出願件数と企業の研究開発費の推移を示したものです。

このように、国内の特許出願件数は、2001年をピークに減少傾向を示しており、2009年にはリーマンショックの影響により大きく減少し、2020年は上記のようにコロナ禍の影響により30万件を切ることとなりました。
日本企業の研究開発費もリーマンショックによりいったんは減少しましたが、2018年にはリーマンショックを超える金額にまで回復しています。しかしながら、日本企業の研究開発費も2020年には一時的には減少しているのでしょう。
研究開発費の減少は一時的なものになると思われますが、特許出願件数はどうでしょうか?2021年以降には回復するのでしょうか?

一方で、PCT国際出願件数は、2020年は前年に比べて減少しているものの国内の特許出願件数とは異なる動向を示しています。
下記グラフは、研究開発費、特許出願件数、PCT国際出願件数の1995年を基準とした増減率を示したグラフです。
このように、PCT国際出願件数は研究開発費や特許出願件数の増減とは関係なく、右肩上がりの増加傾向にあります。これは、そもそもPCT国際出願件数が少なかったという理由が大きいのかもしれませんが、国内の特許出願件数と比べて逆の増減を示していることは面白いかと思います。

ここで、国内の特許出願件数の減少をもってして、近年の日本の技術力が低下しているということを主張する人がいるようですが、もしそうであるならばPCT国際出願件数の増加はどのように考えるのでしょうか?本当に日本の技術力が低下しているのであれば、PCT国際出願件数が増加傾向とはなり得ないでしょう。

国内の特許出願件数が減少する一方でPCT国際出願件数が増加する理由は、やはり、国内の特許出願を行うか否かの精査が行われているからだと思います。すなわち、本当に必要な特許出願を行うという傾向の表れではないでしょうか?そこには、コスト意識もあるでしょうし、秘匿化の意識もあるでしょう。
一方で、PCT国際出願にかかる費用は国内の特許出願の比ではありません。このため、よりコスト意識は強くなるはずにもかかわらず増加傾向にあるということは、それだけ価値(技術的又はビジネス的な価値)のある発明が創出されていることを示唆しているとも考えられます。
とはいえ、特許出願はコストやその他の要因により行うか否かが決定されるので、特許出願件数によって日本の技術力を語ることは無意味ではないかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年6月27日日曜日

QRコードの普及から考える知財戦略(4 最終回)

前回のQRコードの普及から考える知財戦略(3)の続きです。


前回まではQRコードの知財戦略を知財戦略カスケードダウンに当てはめましたが、今回はQRコードの信頼性維持のための技術的側面からのブランド戦略について説明します。

QRコードは「誰もが自由に安心して使えるようにする」という事業戦術のもと普及が行われました。しかしながら、もしQRコードの信頼性が低いと「誰もが安心して使える」ものとはなりません。そこで、この「誰もが安心して使える」ものにするために、デンソーは「QRコード」の商標権を取得するだけでなく、技術的側面からもブランド維持を行っています。

そのうちの一つが、QRコードそのものの特許を取得してそれをオープンにする一方で、模倣品や不正用途を行う者に対しては権利行使を行うという方針です。デンソーは実際に一件の警告を行ったことがあるとのことです(参考:QRコードの普及から考える知財戦略(2))。
これにより、信頼性を損ねるような形でQRコードを使用する者を排除し、QRコードの信頼性を保つことができます。


また、デンソーは読取装置に関しても特許権を取得し、ライセンスを与えることにより他社による読取装置の製造販売を可能としています。そして、下記のように(論文のp.27 「議論3 ブランド化について」読取装置に関しても信頼性を損ねる製品が市場に出回ることを防止することを行っています。
もし、デンソーウェーブ以外の製品性能が悪いとQRコードの優れた特徴が発揮できません。そこで、運用に支障を与えない性能や品質が最低限に確保できるよう、読み取り、印字のノウハウ開示をしました。
特許公報に記載されている技術だけでは、製品を製造できず、特許公報に記載されていないノウハウも重要であることはよく知られています。デンソーはそのようなノウハウもライセンス先に提供し、最低限の製品性能を発揮できるように手助けしているようです。デンソー自身も読取装置を販売しているにもかかわらずです。
下手をしたら、ライセンス先企業の読取装置にシェアを奪われる可能性のある行為とも思えます。しかしながら、デンソーは、他社との差別化を図れる画像認識技術については秘匿化することで、自社の読取装置の市場優位性を高めています。

さらに、論文のp.22の左欄「3.4 事業化のシナリオ」には以下のような記載があります。
また、QRコードを進化させる技術とノウハウを活用してユーザの用途開発をサポートすることにより、いち早く市場ニーズを把握でき、競合他社より優位に立てることもできた。
まさに、QRコードの開発企業として、常に他社よりも先に立ち、それを優位性として事業収益に貢献させるということでしょう。
このことは、知財とは直接的には関係ないようにも思えますし、そもそもの開発元であるということを鑑みれば当然の戦略とも思えます。しかしながら、QRコードに関してデンソーは特許権を他社に対する優位性を保つという位置付けとしていないからこそ、どこに自社の優位性を見出すかということを考える強い動機付けになるとも思えます。

以上のように、QRコードの知財戦略について考えてみました。
デンソーの行った知財戦略は、単にQRコード及びその読取装置の特許を取得したというものではありません。事業を意識して特許化又は秘匿化をする技術を選択しています。さらに、特許化しても一部はオープンにしたり、ライセンスしたりし、ライセンス先にはノウハウの開示も行っています。
その結果、事業目的である「QRコードを普及させる」を達成できたことを疑う余地はないでしょう。
まさに、事業と知財との連携が成功した事例かと思います。

一方で、知財が事業を理解していなかったらどうなっていたでしょうか?知財が事業を理解していなかったとしても、QRコードの新規性・進歩性には関係がないため、特許権は取得できます。すなわち、知財単体としてはある意味で成功でしょう。
しかしながら、QRコードの特許権をオープン化やライセンス等せずに、第三者に対して警告等の権利行使を行ったとしたら、QRコードは広く普及せずに、事業目的を達成することはなかったでしょう。
これでは、知財としては成功であるものの、事業としては失敗ということになります。知財は事業を成功させるためにあるものですから、もしそのような結果になってしまったら知財の意味がありません。知財は事業を成功に導くものであり、事業無くして知財はあり得ないと考えます。

このように、デンソーのQRコードの知財戦略は、事業を成功させるための知財の役割を理解するための好例であると思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年6月20日日曜日

QRコードの普及から考える知財戦略(3)


前回は「QRコードそのもの」の知財戦略を知財戦略カスケードダウンに当てはめて解説しました。今回はQRコードの「読取装置」の知財戦略を自在戦略カスケードダウンに当てはめて解説します。

前々回のQRコードの普及から考える知財戦略(1)において、事業戦術を下記の3つとしました。
(1)業界標準を取得し、業界からISOの規格化を要請してもらう
(2)誰もが自由に安心して使える環境作り
(3)事業収益は慣れ親しんだ読取装置・サービスをQR市場に提供

このうち、(3)がQRコードの読取装置を知財とする場合に考慮にすべき事業戦術であると考えます。すなわち、読取装置に対する知財目的は「QR市場に提供することで事業収益を得る」ことになります。
このように、デンソーは、QRコードそのものを無償で誰でも使用できる環境を作る一方で、その読取装置に関しては無償とはせずに、デンソーが有償で提供することで収益を挙げるという事業戦術を立案しました。

では、この知財目的を達成するための知財戦略をどのようになるでしょうか。
上記論文における「3.4 事業化のシナリオ」のp.22には下記のように記載されています。
事業収益は慣れ親しんだ読取装置・サービスをQR市場に提供することにし、QRコードの読み取り装置をクローズにした。
事業収益を得るためには、やはり、QRコードのように読取装置の技術をオープンにすることはできません。 他社が同様の読取装置の製造販売を行い、その結果、QRコードが普及したとしてもデンソーは十分な利益を挙げることができない可能性があるためです。
そうすると、「読取装置の技術をクローズとする」これが読取装置の知財戦略となるでしょう。

技術情報のクローズ化、これは二通りのやり方があります。
特許化と秘匿化です。読取装置の技術と一言で言っても、様々なものが有ります。どのようの技術を特許化又は秘匿化するのか、この選択が知財戦術となります。

これに関連して、上記論文における「3.4 事業化のシナリオ」のp.22には下記のように記載されています。
読み取り装置の核となる画像認識技術は特許出願せずに秘匿化し、それ以外の読み取り装置に関しては特許を取得してライセンス提供する方針を採った。
このことから、知財戦術として下記の2つが選択されたことが分かります。
(1)読取装置の画像認識技術は秘匿化
(2)画像認識技術以外はラインセンスを目的とした特許出願

このように、デンソーは読取装置の技術を見極め、かつ収益の源泉を想定して、技術ごとに権利化、秘匿化を選択しました。特に読取装置の技術は、プログラムに関するものであり、他社によりリバースエンジニアリングが難しいので秘匿化には大きな意味があります。

ここで、プログラムであっても自社で開発した新規技術の多くを特許化するという方法を選択する企業があります。そのときの知財担当者は、特許化したところで他社による侵害発見が困難であることを認識しています。しかしながら、他社に同じ技術を特許化されると困るという理由で特許出願します。その結果、単に自社開発技術を公開しているに過ぎない場合も多いでしょう。
一方で、QRコードの読取装置に関して、デンソーは事業の収益を挙げることを目的として、技術内容に応じて特許化と秘匿化とを選択しており、正に事業を意識した知財といえるでしょう。

また、面白いことに、デンソーは特許化した技術はライセンスするという戦術を選択しています。QRコードそのもを無償としているのであれば、読取装置は自社のみが市場に提供することでより多くの収益を挙げることを選択しそうなものです。

しかしながら、デンソーは読取装置の特許をライセンスしています。なぜでしょうか?
ここからは想像なのですが、読取装置をデンソーのみが製造販売するという市場を形成してしまうと、他社はQRコード市場で収益を挙げることができません。
そこで、QRコードのような2次元コードの優位性を認識した他社は、QRコードとは異なる独自の二次元コードを開発する可能性があると思われます。そうすると、2次元コードの市場がQRコードと他のコードに分裂し、結果的にQRコードの市場が十分に拡大しないということをデンソーは懸念したのではないでしょうか?
一方で、読取装置の特許をライセンスすることで、他社もQRコードの読取装置を製造販売して収益を挙げることができます。そうすると、他社はQRコードとは異なる2次元コードを開発するよりも、デンソーからライセンスを受けることでQRコードの市場に参入する方が低いリスクで収益を挙げることができます。
この結果、2次元コード=QRコードという市場が確立し、QRコードはより普及の度合いを高めることができ、結果的に、デンソーは読取装置による収益増を得られるという、事業戦略だったのではないでしょうか?

また、デンソーは画像認識技術を特許化、すなわちライセンスの対象とせずに秘匿化しています。この画像認識技術は、デンソーが他社に比べて優位性を保つことができる技術という位置付けでしょう。
すなわち、特許化した読取装置の技術は、QRコードを読み取るための最低限の技術であり、ライセンスを受けた他社はデンソーの読取装置よりも優れた読取装置を製造販売することは難しいでしょう。
そうすると、より精度高くQRコードを読み取りたい顧客企業はデンソー製の読取装置を選択することになります。この結果、デンソー製の読取装置は他社製の読取装置と差別化でき、収益にも貢献するのでしょう。

このように、デンソーは、QRコードの読取装置に関して、特許化、秘匿化を巧みに選択し、かつ他社へのライセンスにより読取装置で得られる利益の最大化を図ったと考えられます。

次回は、QRコードのブランドを守るための戦略や、その後の戦略について述べます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年6月13日日曜日

QRコードの普及から考える知財戦略(2)


前回述べたように、QRコードは読取装置によって読み取られるものであるため、技術要素としては「QRコード」と「読取装置」とのように2つがあります。
今回は、技術要素としての「QRコード」を知財戦略カスケードダウンにあてはめ、「QRコード」の知財目的・戦略・戦術について述べます。
前回のQRコードの普及から考える知財戦略(1)において、事業戦術を下記の3つとしました。
(1)業界標準を取得し、業界からISOの規格化を要請してもらう
(2)誰もが自由に安心して使える環境作り
(3)事業収益は慣れ親しんだ読取装置・サービスをQR市場に提供

このうち、(2)がQRコードを知財とする場合に考慮にすべき事業戦術であると考えます。すなわち、QRコードに対する知財目的は「誰もが自由に安心して使える環境作り」を達成することと考えられます。

では、この知財目的を達成するための知財戦略をどのようになるでしょうか。
上記論文における「3.3 普及のシナリオ」のp.22には下記のように記載されています。
誰もが自由に安心して使える環境作りで、上記以外にQRコードの特許を以下のように活用した。QRコードの利用者には特許権利をオープンにし、QRコードの模倣品や不正用途に関しては特許権利を行使して、市場から排除する方針を採った。
上記記載には、QRコードの特許権取得までが記載されていますが、これは後述する知財戦術にあたると考えます。知財戦術として特許権の取得するに至る考えが知財戦略であり、上記記載からは知財戦略として下記の2点が考えられます。

(1)利用者にはQRコードをオープンにする。
(2)QRコードの模倣品や不正用途を排除する 。

これにより、知財目的である「誰もが自由に安心して使える環境作り」を達成することとなります。なお上記(1)と(2)は一見して相反するものとも思えますが、これを達成するための具体的な方策がQRコードに対する知財戦術となり、既に述べているように「QRコードの特許権取得」となります。

ここでQRコードの特許権取得は、「QRコードをオープンにする」という知財戦略からすると、特許出願に対する労力や費用、さらに特許権の維持コストを鑑みるとデンソーにとっては無駄なようにも思えます。単に技術をオープンにするのであれば、特許権取得は不要であり、かつ技術をオープンにするだけでは当該技術から直接的な収益を挙げることはできないためです。
しかしながら、上記論文の記載の続きには下記のように記載されています。
また、特許権を取得したことで、他の特許侵害で訴えられない証明となり、ユーザが自由に安心して使える環境を提供した。
このように、デンソーが特許権を取得し、かつその使用をオープンとすることでユーザは安心してQRコードを使用することができるようになります。ある意味で、デンソーがユーザを守ることとなり、QRコードの特許権取得は「誰もが自由に安心して使える環境作り」という知財目的の達成に寄与します。

さらに、QRコードの模倣品や不正用途に対しては、特許権を行使することで排除することが可能となります。これは、知財戦略の「(2)QRコードの模倣品や不正用途を排除する 。」を達成することとなります。このようなデンソーによる特許権行使は、QRコードを正しく利用しているユーザにとっても、より安心感のある情報コードという信頼を守ることとなります。このことは、まさにQRコードのブランドを守ることになるでしょう。

なお、上記論文のp.27の議論2に下記記載があり、デンソーは実際に特許権を用いてQRコードの模倣品排除を行っていたようです。
模倣品や不正用途を発見した場合は、当社の特許権利を侵害していると警告し、警告しても止めなければ権利行使することにしていました。これまでに、模倣品で1件だけ警告したことがあります。
以上説明したように、デンソーはQRコードの特許権を取得しました。しかしながら、特許権取得の目的が明確であるため、権利行使を行う相手も明確となっています。もし、特許権取得の目的が明確になっていなかったら、又は特許権取得の目的を理解していなかったQRコードの普及はどうなっていたでしょうか?
同じ特許権の取得であっても、その目的が明確になっている場合とそうでない場合には、その事業が全く異なる結果になるかもしれません。

次回は、QRコードの事業で利益を得るための知財戦略、すなわち知財戦略カスケードダウンにおける「読取装置」の知財目的・戦略・戦術について解説します。

弁理士による営業秘密関連情報の発信