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2019年7月25日木曜日

プログラムのリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の主張

技術情報を営業秘密とした場合において、製品をリバースエンジニアリングすることによって当該営業秘密の非公知性は喪失すると判断される可能性があります。
なお、リバースエンジニアリングによる非公知性の喪失が主張された裁判例としては、機械構造や合金の組成等があります。

プログラム(ソースコード)を営業秘密とした場合におけるその非公知性の判断において、プログラムのリバースエンジニアリングによって非公知性が喪失する可能性は多いにあると思いますが、そのような主張を被告が行った裁判例は私が知る限りありません。

ここで、プログラムは、下記のように著作権によっても保護されるものであり、営業秘密の侵害訴訟において著作権侵害の主張もされる場合があります。

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著作権法第2条第1項12の2
プログラム 電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいう。
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このため、プログラムについてリバースエンジニアリングによる非公知性の喪失の主張が行われない理由の一つとして、当該プログラムに対してリバースエンジニアリングが可能であるとして営業秘密とは認められないと裁判所が判断したとしても、著作権侵害に該当する可能性が高くなるためではないかと考えられます。

すなわち、被告側が原告のプログラムはリバースエンジニアリングによって公知となっていると主張すると、原告側によってリバースエンジニアリングによって当該プログラムの内容を被告が知ったことにより、これに依拠して当該プログラムを被告が複製等したのではないかと主張される可能性があるかと思います。

また、製品によっては、購入者によるプログラムのリバースエンジニアリングを禁止する旨を契約により求める場合もあります。
このような場合において、もし、被告がリバースエンジニアリングによる非公知性喪失を主張した場合には、契約不履行に該当する可能性が考えられます。
なお、このような契約は、当該プログラムの秘密管理性に対して認められやすくなる影響を与えるのではないかと考えます。

このように、営業秘密侵害事件において、プログラムのリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の主張は他の不法行為を自認しかねない可能性を含み得るために、被告としては行い難いのではないかと考えます。
果たして、この考えが正しいのか知るためにも、プログラムのリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の主張を行った裁判例が表れて欲しいのですが・・・。


弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年7月12日金曜日

ー判例紹介ー 営業秘密の知得ルートと不法行為との関係

前回紹介したニット製品事件(大阪地裁平成30年6月21日判決(平30(ネ)1745号))の続きです。前回は、営業秘密ではないとされた情報を他者が使用した場合に、一般不法行為と判断され得るかについて述べましたが、今回は営業秘密の知得ルートについてです。

なお、本事件は、ニット製品の卸売業者である原告会社がニット製品の製造販売業者である被告に対し訴訟を提起した事件(本訴事件)の反訴事件です。このため、被告が営業秘密の保有者であり、原告が被告の営業秘密を使用したとされる立場にあります。
そして、本事件は、被告から開示されたニット製品の製造方法(被告の営業秘密)を、原告が利用して下請けにニット製品を製造させたことが不正行為であると被告が主張しています。

ここで、被告が営業秘密であると主張する本件製造方法の情報は、下記①~③に大別できると裁判所は判断しています。
①使用する抄繊糸に関する情報
②編み方・洗い方・染め方といった具体的な製造工程に関する情報
③製造された製品の取扱方法に関する情報

このうち、①使用する抄繊糸に関する情報は、さらに下記のように細分化できると判断されています。
・「1 原糸」の「(1)メーカー」,「(2)商品名」,「(3)性能」
・「2 組成内容等」
・「3 撚糸」の「(1)撚糸企業」, 「(2)撚糸方法」,「(3)撚糸構成」
・「4 効果」

そして、裁判所は「1原糸」の「(3) 性能」、「2組成内容等」(原糸を除く)及び「4 効果」の情報について、被告が製造した和紙混ニット製品の商品下げ札に表示されている組成内容及び性能であるとして、非公知性を欠くと判断しました。
また、「3撚糸」の「(2) 撚糸方法」及び「(3) 撚糸構成」の情報のうち、「(2) 撚糸方法」の情報について、裁判所は、一般的な撚糸の方法であるところ、撚糸企業において被告が製造した和紙混ニット製品を分析すれば、その製品が「(2) 撚糸方法」の撚糸方法により、「(3) 撚糸構成」の撚糸構成をとったものであることが判明すると認められる(証人被告専務41ページ)ため、非公知性を欠くと判断しました。

次に、「1原糸」の「(1) メーカー」及び「(2) 商品名」並びに「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」の情報についてです。
まず、当事者間に争いのない事実として、下記①、②があります。
①原告会社が下請けに製造させた和紙混ニット製品には、同情報のうち「1原糸」の「(1) メーカー」製の「(2) 商品名」のものを用いて「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」が撚糸したものが使用されていること。
②和紙糸を調達したのが、被告が上記和紙糸を開発する際に「1原糸」の「(1) メーカー」製の「(2) 商品名」の存在を教えたP4が取締役を務めるイシハラであること。

また、イシハラのP4は、和紙糸が「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」が撚糸したものであるという情報も知っていたと認められ、原告会社が下請けに製造させた和紙混ニット製品に用いた糸はイシハラに調達を依頼したものであると認められています。

このような事実から裁判所は下記のように判断しました。
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原告会社が下請けに製造させた和紙混ニット製品に,イシハラが調達した「1原糸」の「(1) メーカー」製の「(2) 商品名」のものを用いて「3撚糸」の「(1) 撚糸企業」が撚糸したものが使用されているからといって,原告会社において,被告から示された上記情報が使用されたとは認められない。したがって,仮に,上記情報に営業秘密該当性が認められたとしても,その不正使用行為があったとは認められない。
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本事件の原告会社、被告、イシハラ、原告会社の下請けにおける情報や和紙糸の流れを図案化すると下記のようになります。
図のように、イシハラから原告会社と被告とに同じ情報が渡されています。そして、原告会社は、和紙糸をイシハラを通じて下請けに供給し、この和紙糸を使用して下請けにニット製品を製造させています。
従って、被告が営業秘密と主張する情報は、原告会社も被告以外から知得しており、このことをもって裁判所は「原告会社において,被告から示された上記情報が使用されたとは認められない。」と判断しています。

以上のことから、他者の営業秘密を当該他社から開示されたとしても、別のルートで同じ情報を知得した場合には、当該情報を使用しても不競法違反とはならないという理解になるでしょう。

ここで、本事件では営業秘密を被告から原告企業へ開示するにあたり、秘密保持契約(NDA)を締結していた事実は認められませんでした。

営業秘密を他者に開示する場合には秘密保持契約は必須ですが、秘密保持契約は何のために行うのでしょうか?
当然、その目的は、営業秘密を第三者に開示したり、目的外使用を防ぐことにありますが、秘密保持の対象が何であるかを明確にすることで、事後の紛争を回避することにあるかと思います。

ここで、一般的な秘密保持契約では、秘密保持の対象外として下記のような条項を設けるかと思います。

① 開示を受けたときに既に保有していた情報
② 開示を受けた後、秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報
③ 開示を受けた後、相手方から開示を受けた情報に関係なく独自に取得し、又は創出した 情報
④ 開示を受けたときに既に公知であった情報
⑤ 開示を受けた後、自己の責めに帰し得ない事由により公知となった情報

参考:秘密情報の保護ハンドブック 参考資料2 各種契約書等の参考例

本事件では、被告が営業秘密であると主張する情報を、被告も原告会社も同一人物(同一会社)から取得していたようですので、上記例外の①又は②、③に該当するのではないでしょうか?
もし、適切な秘密保持契約を互いに締結していたならば、当該営業秘密が秘密保持の対象外であることが互いに理解でき、不要の争い(訴訟)を避けれたのではないかと思います。
弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年6月5日水曜日

ー判例紹介ー 営業秘密(技術情報)の一部に公知の情報が含まれている場合

営業秘密の三要件である非公知性、これは顧客情報や他社との取引情報等の営業情報を営業秘密とする場合に考慮する程度は低いでしょう。顧客情報や他社との取引情報等は自社でのみ管理するものであり、秘密管理性が満たされていれば通常、社外で公知となっている可能性はほぼないと考えられるからです。

しかしながら、技術情報を営業秘密とする場合には全く異なります。例えば特許公開公報では相当数の技術情報が公知となっています。また、その他の様々な文献でも技術情報は公知となっています。
このため、自社で管理している技術情報の秘密管理性が満たされている場合であっても、当該技術情報の非公知性が満たされているとは限りません。

また、自社開発の技術といってもその内容は公知の情報も多く含まれています。公知情報の組み合わせが新しかったり、当該技術を構成する情報の一部に非公知の情報が含まれるといった感じです。新しい技術といっても、当該技術を構成する情報が全て非公知のものはこの世に存在しないといっても過言ではないでしょう。

では、公知の情報“も”含まれる技術情報が非公知となるボーダーはどのようなものでしょうか?そのような視点で今回紹介する裁判例は、クロス下地コーナー材事件(平成30年 4月11日 福井地裁 平26(ワ)140号)です。

本事件は、原告が被告会社との間で基本契約を締結し、建築資材であるクロス下地コーナー材の製造を委託していたという経緯があります。そして、被告会社は、かつて原告から上記基本契約に基づき開示を受け、又は原告の従業員からその守秘義務に違反するなどして開示を受けた原告の営業秘密に当たる技術情報等を用いて、同契約終了後、図利目的で、原告の製品と形状の類似した本件被告製品を製造等したというものです。

原告は、プラスチック製のコーナー材を製造するための金型、サイジング等の製造装置を開発・設計・製作しており、それらを稼動させて製品を製造するためのノウハウたる技術情報を有している企業です。そして、原告製品に係る技術情報である本件技術情報は、製品ごとに作成される成型指導書に記載されており、成形指導書は、金型図面及びサイジング図面とともに、原告の技術部事務所内のロッカー内に保管されていたと原告は主張しています。
そして、原告は、コーナー材の製造において金型及びサイジングは本件技術情報と密接不可分のものであり、原告において金型図面やサイジング図面及びそれらの電子データは秘密として管理されていたことを考慮すると、原告の元従業員らが上記金型図面等を不正に持ち出し、守秘義務に違反するなどして、これを被告会社に開示したものと考えられると主張しています。



一方、被告は、本件技術情報のうち、●●●はサイジングの冷却機能を維持するために当然に行われることであるから、いずれも非公知性はないと主張しました。 これに対して、裁判所は以下のように判断しています。

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確かに,証拠(乙18~22,31,36,38,39)によれば,被告らの指摘する技術情報は,当該情報を独立に取り出して一般的な技術情報として見た場合,それ自体としては,市販されている書籍等から知り得るものであると認められる。
しかしながら,前記(1)に認定したとおり,原告の成形指導書には,原料名,製造装置の図面,●●●製品ごとに具体的な数値や内容が記載されているところ,このような個別具体的な情報が書籍等から一般に知り得るものと認めるに足りる証拠はない上に,これらの複数の情報が全体として一つの製造ノウハウを形成しているといえることは既に説示したとおりであるから,部分的に見れば書籍等から知り得る技術情報が含まれているとしても,そのことをもって直ちに非公知性が否定されるものではない。
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このように、裁判所は被告の主張である原告の成型指導書には部分的に書籍等から知り得る情報が含まれていると認めています。
しかしながら、裁判所は、以下の2点から非公知性が否定されるものではないと判断しました。
⓵●●●製品ごとに具体的な数値や内容が記載されているところ,このような個別具体的な情報が書籍等から一般に知り得るものではないこと。
⓶複数の情報が全体として一つの製造ノウハウを形成していること。

この判決から、例え、営業秘密に公知技術が一部含まれているとしても、それをもって非公知性が否定されるものではないことが分かります。
 特に、私が注目したいことは、上記⓶です。このように公知となっている情報であっても、複数の情報が全体として一つの製造ノウハウを形成している場合には、非公知性は失われないとする判断は非常に重要だと考えます。

なお、この「複数の情報が全体として一つの製造ノウハウを形成している」ということは、営業秘密の有用性の判断にも密接に関連していると考えます。
ここで、本事件において裁判所は有用性について以下の様に判断しています。

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本件コーナー材のような異形押出成形法による製品の製造は,難度の高い技術を要し,同製品のメーカーは独自に成形ノウハウを見いだしており,成形指導書に記載される製造に必要な装置や運転条件その他の各種情報は有機的に関連・連動し全体として一つの製造ノウハウを形成しているといえるところ,本件技術情報は,製品ごとに製造方法に関する特徴的な部分を抽出・整理したものということができるから,全体として,原告におけるコーナー材の製造販売の事業活動に有用な技術上の情報であると推認するのが相当である。
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このように、原告の製造ノウハウは他にない独自の成形ノウハウであるからこそ、原告における事業活動に有用であると裁判所は判断しています。
すなわち、複数の情報の集合が営業秘密であると原告が主張しても、その集合に独自のノウハウというものがないのであれば、営業秘密としての有用性が否定して営業秘密としては認められないことになるでしょう。

もし、原告が主張する複数の情報の集合の有用性を裁判所が認めない場合には、原告はその集まりが独自のノウハウを示すものであり、全体として原告自身の事業活動に有用であることを客観的に示す必要があります。


弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年5月29日水曜日

ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とする場合の効果の主張

今回は、技術情報を営業秘密として主張したものの、予測される効果を超える効果が確認できないとされて非公知性が否定された事件について紹介します。なお、この事件では、原告は複数の情報の組み合わせが営業秘密であると主張しています。

この事件は、平成30年3月29日判決の高性能多核種除去設備事件(東京地裁 平成26年(ワ)29490号)です。

本事件は、原告が東京電力福島第一原発において高性能多核種除去設備による放射性物質汚染水浄化事業に従事している被告に対し、〔1〕被告は原告との間のパートナーシップ契約に基づき、福島第一原発における放射能汚染水からの多核種除去に関する事業について原告と共同して従事すべき義務を負っているにもかかわらず、同義務に違反し、原告を関与させずに高性能多核種除去設備に係る事業を受注し、同事業に従事しているほか、上記パートナーシップ契約に違反して第三者から技術情報を受領したり、上記パートナーシップ契約又は原告若しくはその関連会社との間の秘密保持契約に違反して原告の秘密を第三者に開示したりしたなどと主張したものです。
そして、原告は、被告に対して、上記事業において原告から開示された営業秘密を不正に使用し、また、当該営業秘密を第三者に対して不正に開示したと主張しました。

このように、原告と被告は、パートナーの関係にあったようです。

そして原告は、RINXモデル及びそれを構成する際に依拠した各種技術情報であり,Purolite Core Technologyと総称されている技術情報が原告情報であり、営業秘密であると主張しています。

そして、この営業秘密は、福島第一原発の汚染水対策として行う事業において整備の対象となる高性能多核種除去設備である「高性能ALPS」の設計に被告が使用したと原告は主張しました。
ここで、裁判所はこの営業秘密の3要件のうち非公知性についてのみ判断し、「本件訴訟において情報として特定されている情報は,いずれも,平成23年9月までに公然と知られていた情報であった。」と判断すると共に、各情報の組み合わせについて下記のように判断しました。

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上記各情報は,汚染水処理における各種の考慮要素に関わるものであって,汚染水処理において,当然に各情報を組み合わせて使用するものであり,それらを組み合わせて使用することに困難があるとは認められない。また,上記各情報を組み合わせたことによって,組合せによって予測される効果を超える効果が出る場合には,その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない情報であるとされることがあるとしても,上記各情報の組合せについて上記のような効果を認めるに足りる証拠はない。したがって,これらの情報を組み合せた情報が公然と知られていなかった情報であるとはいえない。
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さらに、原告は下記の〔1〕、〔2〕のことから原告情報は非公知性の要件を満たすと主張しました。
 〔1〕原告情報の各技術要素が個々としては公知であったとしても,福島第一原発における多核種除去の目的を達成するためのまとまった解決策として有機的に機能する各技術要素の組合せや集積が公知であったことはない。
 〔2〕試行錯誤を経れば入手することができる技術情報であっても,入手するにはそれ相応の労力,費用,時間がかかる等の事情があり,当該情報に財産的価値が認められる場合には非公知というべきであり,被告は,原告情報を使用することにより,技術情報の収集や選別,分析等に係る労力等を大幅に節約することができた。

しかしながら、この主張に対しても裁判所は「これらの情報を組み合わせることにより予測される効果を超える効果が生じるものであることを認めるに足りる証拠はないから,これらの情報を組み合わせた情報が公然と知られていなかった情報であるとはいえない。」と判断しました。

このような判断は、他の裁判例でも見られるものです。すなわち、営業秘密とする技術情報に対して、原告主張の効果は客観的に判断できなければならないというものです。例えば下記の記事で紹介している裁判例でも同様の判断がなされています。なお、裁判例によっては、このような優れた効果の判断を非公知性ではなく有用性として判断しているものもあります。

過去ブログ記事
技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3

一方で、本事件では裁判所は、公知の情報であっても「組合せによって予測される効果を超える効果が出る場合には、その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない情報であるとされることがある」とも判示しています。
これは技術情報を営業秘密とする場合に、重要な知見であると思われます。公知の情報の組み合わせは、一見、営業秘密となり得ないとも考えがちです。特に技術に詳しい人ならそのように考える傾向が強いかもしれません。また、このような組み合わせは特許化し難いものです。
しかしながら、この組み合わせの効果が予測を超えるものであり、その効果を客観的に示めすことができるのであれば、営業秘密として管理すべき情報であると考えるべきかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年2月21日木曜日

ー判例紹介ー 営業秘密性が否定されたアルゴリズムに基づくソースコードの営業秘密性

アルゴリズムは、コンピュータによる処理手順を示したものであり、例えばフローチャート等によって表現されます。そして、ソースコードは、アルゴリズムに基づいて記述されます。このため、営業秘密性が否定されたアルゴリズムに基づいて作成されたソースコードは営業秘密性、特に非公知性を有するのでしょうか。

これを判示したものとして、知財高裁平成28年4月27日判決の接触角計算プログラム事件が挙げられるかと思います。本事件は、ソースコードと共にアルゴリズムも原告保有の営業秘密であるとしてその被告による不正使用を争った事件です。このブログでも何度か紹介したものです。

本事件において原告(被控訴人)は、原告の元従業員等であった被告(控訴人X)等が被告会社(控訴人ニック)を設立し、原告ソースコード及び原告ソースコードに記述された原告アルゴリズムを不正使用して被告旧接触角計算(液滴法)プログラム(以下「被告旧プログラム」ともいう。)と被告新接触角計算(液滴法)プログラム(以下「被告新プログラム」ともいう。)を作成したと主張しました。

ここで原告アルゴリズムは、表紙に「CONFIDENTIAL」と記載され,全頁の上部には「【社外秘】」と記載されたハンドブック(以下「本件ハンドブック」という。)に記載されているか,あるいは,記載されている事項から容易に導き出すことができる事項であると裁判所によって認定されています。

しかしながら、裁判所は「本件ハンドブックは,被控訴人の研究開発部開発課が,営業担当者向けに,顧客へのソフトウエアの説明に役立てるため,携帯用として作成したものであること,接触角の解析方法として,θ/2法や接線法は,公知の原理であるところ,被控訴人においては,画像処理パラメータを公開することにより,試料に合わせた最適な画像処理を顧客に見つけてもらうという方針を取っていたことが認められ,これらの事実に照らせば,プログラムのソースコードの記述を離れた原告アルゴリズム自体が,被控訴人において,秘密として管理されていたものということはできない。」として原告アルゴリズムの秘密管理性を認めませんでした。

また、裁判所は「原告アルゴリズムの内容の多くは,一般に知られた方法やそれに基づき容易に想起し得るもの,あるいは,格別の技術的な意義を有するとはいえない情報から構成されているといわざるを得ないことに加え,一部ノウハウといい得る情報が含まれているとしても,(略),原告アルゴリズムを,営業担当者向けに,顧客へのソフトウエアの説明に役立てるため携帯用として作成した本件ハンドブックに記載していたのであるから,被控訴人の営業担当者がその顧客に説明したことによって,公知のものとなっていたと推認することができる。」として原告アルゴリズムの非公知性も認めませんでした。


一方、原告アルゴリズムとは異なる管理を行っていた原告ソースコードに対して、裁判所は次のように判断してその営業秘密性を認めていました。

すなわち裁判所は「原告プログラムが完成した平成21年7月当時,開発を担当するプログラマの使用するパソコンにはパスワードの設定がされ,また,被控訴人は,完成したプログラムのソースコードを研究開発部のネットワーク共有フォルダ「RandD_HDD」サーバの「SOFT_Source」フォルダに保管し,当該フォルダをパスワード管理した上で,アクセス権者を限定するとともに,従業員に対し,上記管理体制を周知し,不正利用した場合にはフォルダへのアクセスの履歴(ログ)が残るので,どのパソコンからアクセスしたかを特定可能である旨注意喚起するなどしていたことに照らすと,原告ソースコードは,被控訴人において,秘密として管理されていたものというべきである。」として秘密管理性を認め、また、「原告プログラムは,理化学機器の開発,製造及び販売等を業とする被控訴人にとって,その売上げの大きな部分を占める接触角計に用いる専用のソフトウェアであるから,そのソースコードは,被控訴人の事業活動に有用な技術上の情報であり,また,公然と知られてないものである」として有用性及び非公知性を認めました。

このように、本事件では、原告アルゴリズムはその営業秘密性を認められなかったものの、原告アルゴリズムを記述した原告ソースコードの営業秘密性は認められました。
すなわち、下位概念であるソースコードが適切に秘密管理等されていたならば、その上位概念であるアルゴリズムの営業秘密性の有無にかかわりなく、その営業秘密性は認められることを示唆していると思われます。

また、本事件で注目すべきことは、原告アルゴリズムと原告ソースコードが別々に管理されていたということです。もし、原告ソースコードが原告アルゴリズムと同様に本件ハンドブックに記載されていたら(ソースコードをハンドブックに記載することはあまり考えられませんが。)、原告ソースコードの秘密管理性も認められず、原告ソースコードの営業秘密性は裁判において否定されたかもしれません。
このように、関連する技術に関する複数の技術情報は、管理の手間は増加するかもしれませんが、一つにまとめて管理するよりも別々に管理する方が不測の事態を避けるためにも良いかと思われます。


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年2月7日木曜日

営業秘密管理指針の改訂版が公開されました。リバースエンジニアリングの視点から

営業秘密管理指針が本年度の不正競争防止法のデータ利活用に関する改正を受けて改訂され、それが先月、経済産業省のホームページで公開されました。

営業秘密管理指針(最終改訂:平成31年1月23日)

改訂個所はあまり多くありませんが今回の改訂では非公知性の説明に、自社製品のリバースエンジニアリングによる非公知性喪失に関する記載が裁判例と共に追加されています。

自社製品のリバースエンジニアリングによる非公知性喪失は、技術情報を営業秘密理とするうえで非常に重要な事項であると私自身も考えており、このことが営業秘密管理指針に追加されたことは好ましいことだと思います。

しかしながら、個人的にはもう少し記載内容を充実させてもよかったかもしれません。
技術情報を営業秘密として管理するか否かの判断は、この自社製品のリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の可能性の有無が重要な判断材料となるためです。
もし、自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性が喪失する技術情報であれば、当該技術情報を秘密管理していても、裁判において営業秘密とは認められません。



このような技術情報をどのように“知財”として管理するのか?

裁判所が営業秘密として認めないからと言って、当該技術情報の秘密管理に意味がないわけではありません。
秘密管理している技術情報であれば、たとえ営業秘密と認められなくても、企業の意に反して当該技術情報を漏えいさせた従業員や取引会社等に対して、秘密保持義務違反の民事責任を問うことが可能かもしれません。

また、当該技術情報に対して特許、実用新案、又は意匠といった権利取得を行うという選択肢もあります。
営業秘密とすることを検討している場合には、公開を前提とした上記出願は行わないという決定を一旦したのかと思いますが、自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性が喪失するのであれば、権利取得のための出願も再考する必要があるでしょう。

自社製品のリバースエンジニアリングによる非公知性の喪失について詳しく知りたい方は、私の下記寄稿をご参考にしてください。
知財管理誌への寄稿は近年の判例をまとめたものであり、詳しく解説していますが、少々長くなっています。一方、弁理士会のコラムは、これを短くしたものであり、知財管理誌に比べて読みやすいかと思います。

「リバースエンジニアリングによる営業秘密の非公知性判断と自社製品の営業秘密管理の考察」知財管理誌
「自社製品に対するリバースエンジニアリングと営業秘密との関係 」弁理士会ホームページ  営業秘密に関するコラム

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年1月18日金曜日

ー判例紹介ー 技術的に特徴のないプログラムの営業秘密性

技術的に特徴のないプログラム(ソースコード)は、営業秘密として認められるのでしょうか?
すなわち技術的に特徴のないソースコードは、既知のソースコードの組み合わせであり、非公知性や有用性がないと解釈できるかもしれません。

このようなことに対して判断が行われた裁判例として、Full Function事件(大阪地裁平成25年7月16日 平成23年(ワ)第8221号)があります。
この事件は、原告の元従業員であった被告P1及び被告P2が原告の営業秘密である本件ソースコード等を被告会社に対し開示し、被告会社が製造するソフトウェアの開発に使用等したと原告が主張した事件です。
この事件において、原告が開発して販売しているソフトウェア(原告ソフトウェア)は、原告が購入したエコー・システム社の販売管理ソフトウェアであって、ソースコードを開示して販売される「エコー・システム」に原告独自に機能を追加して顧客に応じてカスタマイズをしたものであり、開発環境及び実行環境としてマジックソフトウェア・ジャパン社のdbMagic(以下「dbMagic」という。)を使用するものであす。そして、dbMagicで使用可能な原告ソフトウェアのソースコードが、原告が営業秘密であると主張している本件ソースコードです。

このような事実のうえで原告は、本件ソースコードの非公知性に対して次のように主張しました。
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(ア)公知情報の組合せであっても,当該組合せが知られておらず,財産的価値を有する場合は,非公知性がある。
(イ)本件ソースコードは,市販のエコー・システム(甲22)のソースコードを基に作られているが,以下のとおり,非公知性がある。
a 原告ソフトウェアは,エコー・システムにはない生産管理に関する機能等も有するなどエコー・システムよりも機能が追加されている。本件ソースコードのうち,上記追加機能に対応する部分は,それ自体非公知である。
b また,本件ソースコードは,エコー・システムのソースコードを長期間にわたりカスタマイズしたもので,全体が非公知である。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

一方、被告は「本件ソースコードは,エコー・システムのソースコードを基に,顧客に応じてカスタマイズされたものである。」として非公知性がないことを主張しました。


これに対して裁判所は「一般に,このようなシステムにおいては,個々のデータ項目,そのレイアウト,処理手順等の設計事項は,その対象とする企業の業務フローや,公知の会計上の準則等に依拠して決定されるものであるから,機能や処理手順に,製品毎の顕著な差が生ずるものとは考えられない。そして,機能や仕様が共通する以上,実装についても,そのソフトウェアでしか実現していない特殊な機能ないし特徴的な処理であれば格別,そうでない一般的な実装の形態は当業者にとって周知であるものが多く,表現の幅にも限りがあると解されるから,おのずと似通うものとならざるを得ないと考えられる。原告自身も,原告ソフトウェアに他社製品にないような特有の機能ないし利点があることを格別主張立証していない。」とのように述べており、原告ソースコードの非公知性が低いような心証であることをうかがわせています。
しかしながら、これに続いて裁判所は「イ そうすると,原告主張の本件ソースコードが秘密管理性を有するとしても,その非公知性が肯定され,営業秘密として保護される対象となるのは,現実のコードそのものに限られるというべきである。ウ そうすると,本件ソースコードは,上記趣旨及び限度において,営業秘密該当性を肯定すべきものである。」とのように判断し、原告主張の本件ソースコードの非公知性を肯定しました。
これは原告による「本件ソースコードは,・・・全体が非公知である。」との主張を認めたものと思われます。
このように、複数の公知のコードが組み合わされたソースコードであっても、全体として公知でなければ、営業秘密としての非公知性は認められると考えられます。

では、このような全体として非公知であるとして営業秘密性が認められたソースコードに対する不正使用の範囲はどのようなものでしょうか。
本事件において、被告による不正使用について原告は「ア 被告P2は,被告ソフトウェアの開発に当たって,本件ソースコード(プログラミングの設定画面)を参照し,原告ソフトウェアのテーブル定義,パラメータの設定,そこで行われているプログラムの処理等の仕様書記載情報を読み取り,当該情報を基に,被告ムーブの担当者にVB2008によるプログラミングを指示して,被告ソフトウェアを開発した。」と主張しました。

しかしながら裁判所は、「本件において営業秘密として保護されるのは,本件ソースコードそれ自体であるから,例えば,これをそのまま複製した場合や,異なる環境に移植する場合に逐一翻訳したような場合などが「使用」に該当するものというべきである。原告が主張する使用とは,ソースコードの記述そのものとは異なる抽象化,一般化された情報の使用をいうものにすぎず,不正競争防止法2条1項7号にいう「使用」には該当しないと言わざるを得ない。」とのように判断し、被告による不正使用については認めませんでした。
このように、全体として非公知であるとして営業秘密性が認められたソースコードに対する不正使用の範囲は非常に狭く、具体的には「そのまま複製した場合や,異なる環境に移植する場合に逐一翻訳したような場合」に限られると解されます。このような不正使用の範囲はプログラムに対する著作権侵害と同様の範囲とも考えられます。

すなわち、ソースコードを営業秘密として管理するにあたり、当該ソースコードの技術的な特徴の有無を判断し、当該ソースコードの不正使用の範囲がどの程度となり得るのかも理解することが望ましいと思われます。また、ソースコードに技術的な特徴があるのであれば、当該ソースコードのアルゴリズムも営業秘密として管理するべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年12月13日木曜日

弁理士会ホームページにコラムが掲載されました。

弁理士会のホームページには「営業秘密に関するコラム」があります。
ここで、私の記事「自社製品に対するリバースエンジニアリングと営業秘密との関係 」が掲載されました。

このリバースエンジニアリングによる技術情報の公知化は、本ブログでも度々取り上げていますが、 私が参加している弁理士会の技術保護テキスト作成委員会の活動として執筆したものです。

技術情報を秘匿化又は特許化するときの判断基準の一つとして、自社製品のリバースエンジニアリングによる当該技術情報が公知性がありますが、この記事では、どのような技術情報がリバースエンジニアリングによって非公知と判断されるのかを裁判例を挙げて検討しています。

ちなみに、近々、営業秘密管理指針が一部改訂されます。現在、パブリックコメントの募集中です。
この改訂は本年度の不競法の改正に伴うものですが、「4.非公知性の考え方」に、リバースエンジニアリングによる技術情報の公知化についても「公開情報や一般に入手可能な商品等から容易に推測・分析されない」とのように裁判例も挙げて追加されています。
これにより、リバースエンジニアリングと営業秘密との関係が再認識及び広く知られるようになるかと思います。

ご興味のある方は、ぜひご覧ください。




弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年9月19日水曜日

ー判例紹介ー 生春巻き製造機事件 事業協力期待先へのノウハウ開示

今回紹介する裁判例は、生春巻き製造機事件(知財高裁平成30年11月2日判決平成30年(ネ)第1317号 大阪地裁平成30年4月24日判決平成29年(ワ)第1443号)です。

本事件の被告会社は、取引先(訴外)から生春巻きを製造するよう求められました。そこで、被告会社は、原告会社に対して生春巻きの製造工場の見学を依頼しました。
これを受け、原告会社は、生春巻きの製造工程を見学させ、製造方法を説明し、工場内の写真撮影も許可しました。

その後、原告会社は、被告会社が九州における原告会社の協力工場として取引をすることに向けての話を進めようとしましたが、被告会社は、原告会社の提案する内容での契約に応じませんでした。被告会社はその後、直ちに取引先の求めで生春巻きを製造することをしませんでしたが、しばらく後に、生春巻きを製造し、関西圏の大手スーパーに卸しました。

本事件において原告会社は、生春巻きを大量に安定的に生産するためライン上で全工程を行うとともに、通常は水で戻すライスペーパーを、状況に応じた適切な温度の湯で戻すという生春巻きの製造方法が営業秘密であり、当該営業秘密を被告会社が不正取得等した主張しています。


これに対して、裁判所は以下のように判断し、その営業秘密性を否定しました。


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原告は,被告が協力工場となることを見学の条件とし,被告がこれを承諾したように主張するが,原告代表者の陳述書には,工場見学前に協力工場になることの条件を承諾した旨の記載がないだけでなく、「私はもうすっかり協力工場になってくれるものと信じていました。」との記載があり,結局,協力工場になることが確定的でない状態で原告工場の見学をさせたことを自認する内容になっている。なお,その後,被告代表者は,協力工場となることに対して積極的方向で回答をしたことは優に認められるが,それをもって事業者間での法的拘束力のある合意と評価できない。
〔1〕見学で得られる技術情報について秘密管理に関する合意は原告と被告間でなされなかったばかりか,原告代表者からその旨の求めもなされなかったこと,〔2〕原告のウェブサイトには,原告工場内で商品を生産している状況を説明している写真が掲載されており,その中には生春巻きをラインで製造している様子が分かる写真も含まれている。原告において,その主張に係る営業秘密の管理が十分なされていなかったことが推認できる。
---------------------------

すなわち、裁判所は上記〔1〕,〔2〕に基づいて原告が開示したノウハウの秘密管理性を否定しています。また、〔2〕に関しては非公知性も失われていることを示しています。

この判例は、原告会社が流通若しくは新市場におけるイノベーションを他社に求めた結果生じたことといえるでしょう。また、原告会社は被告会社に対してオープンイノベーションを期待したとも考えられます。

本判例のように自社のノウハウを他社に開示する場合、下記のことが重要です。
(1)協力関係の可能性を見極めてから自社ノウハウを開示。
(2)他社に自社ノウハウを開示する場合には確実に秘密保持契約を締結。

上記(1),(2)は言うまでもなく、当たり前のことかとも思われます。
しかしながら、提携期待先に対して前のめりになりすぎると、秘密保持契約を締結することなく必要以上にノウハウを開示する可能性が考えらえます。
また、ノウハウ開示は一人でも可能であり、権限を持っている立場の人物が行うことができます。すなわち、ノウハウ秘匿に対する認識が低い人物が、不適切に他社にノウハウ開示を行ってしまえば、取り返しのつかないことになりえます。

また、本判例からは、以下のことも秘密管理には重要であることを示唆しています。
(3)自社のノウハウ開示状態の把握、開示状態は適正か?
現在、自社のノウハウはホームページ等で簡単に開示できます。これは自社の技術力をアピールするうえで重要な起業活動でしょう。しかしながら、一体どのような情報を何時どこで開示しているかを正確に認識しなければなりません。
これができていれば、ノウハウを開示しているにもかかわらず当該ノウハウは営業秘密であると誤った主張に基づく訴訟を回避できるはずです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年9月6日木曜日

営業秘密と先使用権主張の準備 その2

前回のブログ記事「営業秘密と先使用権主張の準備 その1」の続きです。

前回では、営業秘密の非公知性喪失の有無の確認を先使用権主張の準備に利用することに触れました。

まず、営業秘密の非公知性喪失の有無の確認とはなんでしょうか?

参考ブログ記事:ー判例から考えるー 技術情報を営業秘密管理する場合にも先行技術調査が必要?

上記参考ブログでも記載したように、営業秘密化する技術情報と公知技術とを混在させて秘密管理してしまうと、営業秘密化する技術情報の秘密管理性までもが否定される場合があります。一種の秘密管理の形骸化でしょうか。
このため、特に重要な営業秘密に関しては、営業秘密管理している間は定期的に特許文献調査等を行い、当該技術情報の非公知性喪失の有無を確認するべきと考えます。
もし、当該技術情報の非公知性が喪失した場合には、他の営業秘密の秘密管理性に影響を与えないように、秘密管理を解除するというような措置をとるべきでしょう。

このような非公知性喪失の有無の確認を定期的に確認すると、自社で営業秘密管理している技術情報と同様の技術を他社が特許出願していることを発見する可能性があります。
この場合、先使用権主張の準備を行うことが、営業秘密の非公知性喪失の有無の確認を先使用権主張の準備に利用するということです。
これにより、無駄な先使用権主張の準備は回避できるかと思います。

図案化すると下記のような感じです。



1.開発した技術の先行技術文献調査(検索式の作成)
2.先行技術が無い場合に技術情報を特許出願又は秘匿化の決定 
3.秘匿化した技術情報のうち、少なくとも実施又は実施の準備をしている技術情報を定期的(半年や1年毎)に他社特許調査(検索式の利用)
4.他社の特許出願を発見した場合に、先使用権主張の準備
5.当該他社の特許出願の審査状況をウォッチ

このような手法をとることで、先使用権主張の準備を行う対象となる技術情報は、実際に他社が特許出願した技術のみとなります。
なお、この手法は、既に他社特許出願の特許公開公報が発行されたのちに、他社特許出願のタイミングまで遡って先使用権主張の準備を行うものです。このため、収集すべき証拠資料が既に失われていることを危惧される方もいるかもしれません。
しかしながら、他社特許出願の確認を半年に一度行うのであれば、最長でも2年前に出願された他社特許出願を発見することになり、他社特許出願のタイミングからさほど時間は経過していないと考えられます。もし、2年前の証拠資料が失われているとしたら、それは自社の文書管理に問題があると考えられ、営業秘密管理以前の問題でしょう。

上記例では、他社の特許出願を確認したタイミングで先使用権主張の準備を行うものですが、当該特許出願が自社の営業秘密と同様の技術範囲で特許権を取得するとは限りません。
このため、他社の特許権取得を確認したタイミングで先使用権主張の準備を行ってもいいかもしれません。これにより、より無駄のない先使用権主張の準備が可能となります。その一方で、この場合は、他社が特許出願したタイミングまで遡って証拠資料を見つけだし、先使用権主張の準備を行う必要があります。すなわち、他社の特許出願タイミングから数年~10年以上経過したのちに先使用権主張の準備を行う可能性があります。このため、証拠資料が破棄されている等のリスクも生じ易くなることに留意する必要があります。

また、定期的に特許調査を行うことは大変ではないかと思う人もいるかと思いますが、果たしてそうでしょうか?
対象となる営業秘密は実際に自社で実施又は実施の準備をしている技術情報です。
このような技術情報は一社当たりどの程度あるでしょうか?
中小企業であればさほど多くはないかもしれませんし、企業規模が大きくなれば当然対象となる営業秘密は多くなりますが、その分、知財部員も多くなります。
さらに、上記「1」において適切な検索式を作成しておけば、前回の調査期間と今回の調査期間との差分を確認するだけでいいのです。このため、半年おき又は一年おきに確認したとしても実際に目を通す必要のある他社特許の件数は、一回の調査当たり数件から十数件程度かもしれません。この程度の特許調査であれば、半日もあれば完了しますので、さほどの手間ではないかと思います。

以上説明したように、先使用権主張の準備を営業秘密の非公知性喪失の有無の確認とセットで行うことにより、より無駄のない先使用権主張の準備が可能になると考えます。


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年9月4日火曜日

営業秘密と先使用権主張の準備 その1

営業秘密と先使用権はよくセットにされて語られます。

技術情報を営業秘密化(秘匿化)する場合には当然特許出願を行わないので、当該技術に関して他社に特許権を取得される可能性が生じます。したがって、技術情報の営業秘密化にとって先使用権について意識することは当然でしょう。

ここで、先使用権の主張を行う場合とは、自社が他社の特許権を侵害している場合です。侵害していないのであれば、先使用権の主張を行う場面はありません。
すなわち、先使用権の主張を行う状況とは、他社の特許権を実際に侵害している状況であり、非常に良くない状況です。

では、先使用権とは具体的に何でしょうか。
先使用権は特許法第79条に規定されている通常実施権のことです。
先使用権は、他者がした特許出願の時点で、その特許出願に係る発明の実施である事業やその事業の準備をしていた者に認められる権利(無償の通常実施権)です。すなわち、当該技術に関する特許権は、他社が所有し、自社は所有していません。
例えば、実施している製造方法等を特許出願せずに秘匿化した後に、当該製造方法に係る発明の特許権を他者に取得されるとこの特許権の侵害となります。しかしながら、先使用権の主張が認められれば、例外的に他社の特許権に係る発明を無償で実施可能となります。

先使用権の主張を行うためには、先使用権を有することを示す客観的な証拠が必要です。
先使用権の証拠資料は、自社実施又はその準備が他社の特許出願前であることを、客観的に証明するものです。このため各証拠資料には、日付の記載が必要不可欠です。

証拠資料としては例えば下記のようなものがあります。
・研究開発段階、発明の完成段階
 研究ノート、技術成果報告書、設計図、仕様書
・事業化に向けた準備が決定された段階
 社内の事業化決 定会議の議事録や事業開始決定書等
・事業の準備段階   
 設計図、仕様書、 見積書、請求書、納品書、帳簿類等
・事業の開始及びその後の段階
 製品の試作品、 製造年月日や製品番号、仕様書、設計図、カタログ、パンフレット、 商品取扱説明書及び 製品自体等

参考:特許庁ホームページ 先使用権制度について

そして、技術情報を営業秘密化し、かつそれを実施する場合には先使用権主張の準備を行いましょう、という流れがあり、企業の知財部も先使用権主張の準備を実際に行っているところが少なからずあるようです。

先使用権主張の準備とは、具体的には以下のような感じでしょうか。


まず、自社で技術開発を行う過程で、選考技術調査を行うことで他社特許出願の有無を調べます。その結果、他社特許出願がない場合には、開発した技術情報の特許出願又は秘匿化の判断が行われるでしょう。
当該技術について秘匿化を決定し、その後、当該技術の実施の準備を開始すると先使用権主張の準備のための証拠集めを行います。さらに、実施が開始されるとそれに応じて証拠集めを行うでしょう。
証拠収集が完了するとこれらの証拠をファイルにし、公証役場で確定日付を得、万が一のためにこのファイルを保管します。

ここで、上記のような先使用権主張の準備の問題点としては、技術情報の実施又は実施の準備を開始した時点で先使用権主張の準備をすると、未だ存在しない他社出願を想定したものになります。このため、もし他社が当該技術にかかる特許出願を行わない場合には、先使用権主張の準備は無駄になります。

そこで、営業秘密の管理、ここでは営業秘密の非公知性喪失の有無の確認を用いることで、無駄のない先使用権主張の準備が行えると考えます。
詳細は次回に。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年7月19日木曜日

ー判例紹介ー ストロープワッフル事件 その2 ビジネスモデルを営業秘密とすること

前回の「-判例紹介- ストロープワッフル事件 その1」の続きです。
今回の記事は少々長いと思われる方もいらっしょあるかもしれませんが、この裁判例は「知的財産とは何か?」そのようなことを考えさせられる判例かと思われます。

この事件(東京地裁平成25年3月25日判決)において、原告は「被告らにおいて,オランダの伝統菓子であるストロープワッフルに関して原告らの考案したビジネスモデル等の営業上のノウハウを無断で使用して上記ワッフルの販売等をし,これにより原告らに損害を与えた」と主張しています。
確かに、前回のブログでも経緯を記載したように、被告は原告のビジネスモデルを参考にしてストロープワッフルの実演販売を開始したと思われます。


今回のブログでは本事件における裁判所の判断を具体的に説明します。

上記原告の主張に対して裁判所は、原告会社が提案したビジネスモデルに対して一定の独自性を認めました。
そのうえで、裁判所は「本件ノウハウ等については,被告らとの関係において,原告らの主張するようなビジネスモデル等としての権利性を認めることはできない。」と判断しています。


具体的には、裁判所はまず「原告らの主張するビジネスモデルは,オランダで昔から受け継がれているストロープワッフルの屋台,店頭での製造販売方法であること,オランダ本場のストロープワッフルを焼きたてで提供するという販売形態自体も,平成21年4月当時,既に神戸在住のオランダ人が店舗を構えて行っていたことがうかがわれるところであって,生地,シロップ等の原材料の取扱方法,使用量等についても,オランダにおける伝統的な製法に基づくものといわざるを得ないものであり,」とのように本件ノウハウの非公知性を否定しています。


裁判所はこれに続いて「また,被告P2及び被告P3が,平成21年8月頃,オランダに現地調査に行った際にも,一定のノウハウを習得していることが認められる。」とのように認定し、「そうすると,オランダで一般的に行われている製造・販売方法について,日本において事業として展開することに一定の独自性があるとしても,ビジネスとしてのアイデアの域を超えるものではなく,それ自体が類似の製造・販売方法を実施することを許さないような形態のものであるとはいい難い。」と判断しています。


さらに裁判所は「原告らは,被告P2及び被告P3との提携のための協議を打ち切った後,他の会社等との間でストロープワッフルの実演販売についての協議を行ったものの,合意に至って事業が展開されるには至らなかったことが認められるところであり,被告P2も原告らのビジネスモデルについて,実現可能性に疑問を呈していること(乙3,被告P2本人)などに照らすと,ビジネスモデルとして有効性があると認めるに足りないといわざるを得ず,本件ノウハウ等に従うことによって均質な製造販売と収益性のある店舗の開設及び運営が可能となるとする原告らの主張も採用することができない。」と判断しています。

この裁判所の判断は、営業秘密の有用性の判断に該当するかと思われます。そして、この裁判所の判断で興味深いところは、上記下線のように“原告主張の本件ノウハウはビジネスモデルとして有効ではない”と認定しているところです。
営業秘密の有用性の判断(本事件では本件ノウハウを営業秘密とは明言していません。)として、このように“ビジネスとしての成否”を基準とした判断は多くないと思われます。

このように、裁判所は、原告主張の本件ノウハウについて一定の独自性を認めましたが、有用性及び非公知性は認めていないと解されます。
すなわち、本件ノウハウは独自なものではあるが、知的財産として保護するには相当ではないと判断していると思われます。
これは知的財産を考えるうえで、重要なことでしょう。「独自のアイデア≠保護価値のあるもの」ではないということです。
「独自のアイデア=保護価値のあるもの」とするためには、独自のアイデアにさらに“何か”を付加しなければなりません。その判断基準が不正競争防止法の営業秘密では有用性及び非公知性であり、特許では新規性及び進歩性になります。

ちなみに、特許においてもビジネスでの成功は進歩性の判断に影響を及ぼします。
具体的には、特許・実用新案審査基準の第2節進歩性の末尾に以下の基準が記載されているように、商業的成功を進歩性を肯定する事情としています。


―――――――――――――――――――――
審査官は、商業的成功、長い間その実現が望まれていたこと等の事情を、進歩性が肯定される方向に働く事情があることを推認するのに役立つ二次的な指標として参酌することができる。ただし、審査官は、出願人の主張、立証 により、この事情が請求項に係る発明の技術的特徴に基づくものであり、販売技術、宣伝等、それ以外の原因に基づくものではないとの心証を得た場合に限って、この参酌をすることができる。
―――――――――――――――――――――

さらに、原告会社は、被告会社等との間で本件ノウハウ等に関する秘密保持の合意が成立したとも主張しました。
これに対して裁判所は「原告P1が,プランタン銀座との交渉において,プランタン銀座の担当者に対して本件機密保持同意書を交付し,原告会社が提案した情報はいずれも原告会社の機密情報であり,原告会社の同意なく使用してはならないこと等を説明したこと,その際,被告P2及び被告P3も同席していたことが認められるものの,原告P1が,被告アチムないし被告P3,被告P2との協議の中で,同被告らに対して本件機密保持同意書を交付ないし説明したことや,同被告らがこれを了承したことを認めるに足りる証拠はなく,原告会社と同被告らとの間で,上記合意が成立したと認めることはできない。」と判断し、原告が主張する被告との秘密保持の合意、すなわち秘密管理性も否定しました。

ここで、重要と思われることは、取引において秘密保持はその対象者と確実に合意しなければならないということです。
確かに被告は、プランタン銀座の担当者と原告との間で交わされた秘密保持合意の場に同席したのであるから、被告も本件ノウハウに対する原告の秘密管理意思を認識し得たとも考えられます。
一方で、原告はプランタン銀座との間で秘密保持合意を行ったにもかかわらず、被告との間では秘密保持合意を行いませんでした。そうすると、原告は、被告に対しては本件ノウハウを秘密とする意思はなかったとも考えられます。
このような曖昧な状態を回避するためにも、秘密保持契約はその対象者との間で確実に行う必要があります。

以上のように、本事件はビジネスモデルを営業秘密管理する場合における秘密管理性、有用性、非公知性の判断について色々参考になる事件かと思います。

なお、このようなビジネスモデルを特許等で守ることができないかを弁理士としては考えたいところです。
しかしながら、製造方法については裁判所が「生地,シロップ等の原材料の取扱方法,使用量等についても,オランダにおける伝統的な製法に基づくものといわざるを得ない」と判断しています。このことから、当該製造方法は特許でいうところの新規性・進歩性が無いと考えられ、製造方法の特許化は難しいと考えられます。

そうすると、ストロープワッフルの実演販売に用いるマークを作り、当該マークを商標登録することでブランドとして当該ビジネスを守ることも検討する余地があるかと思います。しかしながら、そもそも本事件では判決文を読む限り、原告のビジネスモデルが有効でないようですので、ブランド化云々以前の問題であるとも思えます。

思うに、原告はストロープワッフルの実演販売に係るビジネスモデルを被告に開示したタイミングが早すぎたのではないでしょうか?
どの様な経緯で原告と被告とがビジネス提携契約の交渉に至ったのか不明ですが、原告はストロープワッフルの実演販売に係るビジネスモデルを構築し、当該ビジネスモデルにある程度の目途が立った時点で被告と交渉し、秘密保持契約を締結するべきだったのではないかと思います。
それにより、例え被告が当該ビジネスモデルと同様の事業を勝手に行ったとしても、当該ビジネスモデルが営業秘密として認められた可能性があったのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年7月12日木曜日

ー判例紹介ー ストロープワッフル事件 その1 ビジネスモデルを営業秘密とすること

今回はビジネスモデルに関する営業秘密の判例について紹介します。

この事件は、東京地裁平成25年3月25日判決の事件であり、原告は「被告らにおいて,オランダの伝統菓子であるストロープワッフルに関して原告らの考案したビジネスモデル等の営業上のノウハウを無断で使用して上記ワッフルの販売等をし,これにより原告らに損害を与えた」と主張したものです。

この事件は、上述のように新規なビジネスモデルを他者に開示したことによって生じた事件であり、この他者が当該ビジネスモデルと同様のビジネスを始めました。
このような事件は、多々ありそうな事件であり、また、どのような理由でどのような判決となるのか興味深いものだと思います。

事件の経緯は大まかには下記のとおりです。
①原告会社は、オランダの伝統的な焼き菓子であるストロープワッフル(薄地の2枚のワッフルの間にシロップを挟んだもの)を日本で販売することを企画。
②原告会社は、平成21年3月25日、被告会社Aとの間でフランチャイズシステムにより、ストロープワッフルの実演販売等を行う店舗を展開することを内容とするスイーツビジネス提携契約(以下「本件契約」という。)に関する協議を開始。
③原告会社は、同年7月6日、被告会社Aに対して本件契約に関する協議を終了する旨通知。
④被告会社O(平成21年8月20日設立)は、同年9月頃、株式会社Iとの間でストロープワッフルの販売に関する契約を締結。同年9月30日から同年11月3日まで、株式会社Iの新宿本店にストロープワッフルの実演販売を行う店舗を設置してその販売を行った。その後、被告Oは、ストロープワッフルの実演販売を行う店舗を設置してその販売を行った。

被告会社Oは、オランダのスイーツ輸入、製造、販売等を目的として、被告会社Aの代表取締役であった被告P3が代表取締役となって設立した会社です。

上記①から④の経緯からすると、被告会社は原告会社のストロープワッフルに関する本件ノウハウを知ったうえで、ストロープワッフルの製造販売を開始したと考えられます。
これは、原告にとってみると本件ノウハウの不正使用であると考えても当然かと思います。


ここで、裁判所の判断について先に結論を書きます。
なお、本事件は、原告も本事件のノウハウを営業秘密と明言していないせいか、裁判所も営業秘密の3要件(秘密管理性、有用性、非公知性)とは明示して判断を行っていませんが、実質的には3要件の判断をしていると思われます。

まず、裁判所は、原告会社が提案したビジネスモデルに対して一定の独自性を認めました。

しかし、裁判所は「ビジネスとしてのアイデアの域を超えるものではなく、それ自体が類似の製造・販売方法を実施することを許さないような形態のものであるとはいい難い」と判断しました。これは営業秘密でいうところの非公知性又は有用性の判断かと思われます。

また、裁判所は、被告の主張等を勘案して、ビジネスモデルとして有効性があると認めるに足りないと判断しています。これは営業秘密でいうところの有用性の判断かと思われます。

さらに、原告会社は、平成21年3月頃から、被告会社A、被告P2及び被告P3に対し、日本での事業展開に必要なストロープワッフルに関する全ての情報を説明し、その際に機密情報を開示し、使用を試み,利益を享受しないことに同意する旨の機密保持同意書(以下「本件機密保持同意書」という。)を示したと主張しました。
これに対し裁判所は、原告会社と被告会社A等との間における機密保持の同意についても認めませんでした。これは営業秘密でいうところの秘密管理性の判断かと思います。

このように、原告会社の主張はすべて認められなかったのですが、裁判所におけるこれらの判断は営業秘密と判断されるビジネスモデルを営業秘密として管理するにあたり基準となり得るものかもしれません。
裁判所の判断の具体的な内容は次回に。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年4月11日水曜日

ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合におけるリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の判断

技術情報を営業秘密とする場合に留意する必要がある事項として、自社製品がリバースエンジニアリングされることで、当該営業秘密の非公知性が失われる場合があることです。

営業秘密における非公知性の判断時は、損害賠償請求については不正行為が行われた時点であり、差止請求については口頭弁論終結時です。このため、技術情報を営業秘密として管理しても、その後、当該技術情報を使用した自社製品が販売等され、当該自社製品がリバースエンジニアリングされることで非公知性が失われる可能性が生じます。このようなことは、出願時を新規性の判断時期とする特許とは大きな違いです。

下記表は、私が調べたリバースエンジニアリングによって非公知性が失われたか否かの判断がなされた判例の一覧です。下記判例の中には”リバースエンジニアリング”という文言が判決文の中には表れていないものの、実質的にリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の有無の判断を行ったと考えられる判例が含まれています。


上記表から分かるように、近年においてリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の有無が判断された判決が増えています。

なお、リバースエンジニアリングによる非公知性喪失の有無については、被告がリバースエンジニアリングによって原告が主張する営業秘密の非公知性が失われているとの主張が行われたときにのみ裁判所が判断します。従って、近年において被告によるこのような主張が増加していることになります。

ここで、リバースエンジニアリングによって当該技術情報を取得可能であれば、全て非公知性を失うかというとそういうわけではありません。セラミックコンデンサー事件では「専門家により、多額の費用をかけ、長期間にわたって分析することが必要」なものはリバースエンジニアリングが可能であったとしても非公知性は失われないとしています。

一方、光通風雨戸事件は、一審ではリバースエンジニアリングによっても非公知性は失われていないとされたものの、二審では覆り、非公知性が失われたと判断されました。具体的には、二審において裁判所は「本件情報1に係る図面(甲15〔1〕~〔8〕の8枚)は,光通風雨戸のスラットA及びB,上下レール枠,下レール枠,縦枠並びにカマチAないしCの各部材の形状について0.1ミリ単位でその寸法を特定するなどしたものであり,なるほどそれ自体精密なものではあるが,これは,ノギスなどの一般的な技術的手段を用いれば光通風雨戸の製品自体から再製することが容易なものである。」や「一般的な技術的手段を用いれば光通風雨戸の製品自体から再製することが容易なもの」とし、非公知性を失っていると判断しています。

上記二つの判例は、リバースエンジニアリングによる非公知性喪失の有無において代表的なものです。

そして、これらの判断基準からすると、リバースエンジニアリングによって非公知性が失われていると判断され易いものは、表からも分かるように機械構造のような測定が可能なもののようです。

このように、技術情報について営業秘密とする場合には、当該技術情報が使用された自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性が失われるか否かについて留意する必要があるかと思います。

http://www.営業秘密ラボ.com/
弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年4月9日月曜日

ー判例から考えるー 技術情報を営業秘密管理する場合にも先行技術調査が必要?

営業秘密の要件の一つに非公知性があります。
非公知性は、不正競争防止法2条6項でいうところの「公然と知られていないこと」であり、公知の情報はたとえ秘密管理していても営業秘密とは認められず、不競法による保護を受けることはできません。

ここで、技術情報は、特許出願公報等により膨大な量の情報がすでに公知となっています。このため、裁判において、原告が秘密管理している技術情報の非公知性又は有用性が公知技術に基づいて否定され、その結果、当該技術情報の営業秘密性が否定される場合があります。

・参考過去ブログ記事:技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その4

また、接触角計算プログラム事件 (知財高裁平成28年4月27日,一審:東京地裁平成26年4月24日判決等)では、「CONFIDENTIAL」等の記載を行っていた情報(本件ハンドブック)に含まれる情報(原告アルゴリズム)であっても、「本件ハンドブックは,被控訴人の研究開発部開発課が,営業担当者向けに,顧客へのソフトウエアの説明に役立てるため,携帯用として作成したものであること,接触角の解析方法として,θ/2法や接線法は,公知の原理であるところ,被控訴人においては,画像処理パラメータを公開することにより,試料に合わせた最適な画像処理を顧客に見つけてもらうという方針を取っていたことが認められ,これらの事実に照らせば,プログラムのソースコードの記述を離れた原告アルゴリズム自体が,被控訴人において,秘密として管理されていたものということはできない。」とのように裁判所で判断され、原告が営業秘密と主張する技術情報(原告アルゴリズム)が記載されている情報(本件ハンドブック)に公知技術が含まれているために、当該技術情報の秘密管理性までも否定されています。
なお、接触角計算プログラム事件では、秘密管理していたソースコードについては、有用性及び非公知性も認められています。

・参考過去ブログ記事:技術情報を営業秘密とする場合に留意したい秘密管理措置


このように、技術情報を営業秘密とする場合には、当該技術情報が公知であるか否かの判断、すなわち先行技術調査が必要であるかと思います。
また、接触角計算プログラム事件のように、公知技術と営業秘密化する技術情報を混在させて秘密管理することで、営業秘密化する技術情報の秘密管理性までもが否定される場合があることに留意が必要です。

そして、技術情報の営業秘密化にあたって行う先行技術調査は、特許出願における先行技術調査よりも重要かもしれません。
特許出願では、特許請求の範囲が公知技術と同じであっても、すなわち特許庁の審査において新規性がないと判断されても、その後補正を行うことによって新規性を有するものにできます。
しかしながら、技術情報を営業秘密とした場合には、裁判の過程で補正という制度はありません。すなわち、原告が営業秘密であると主張する技術情報に公知技術が含まれることを理由に裁判所で営業秘密性が否定されたとしても、公知技術が含まれないように、営業秘密であると主張する技術情報を補正することはできません。
従って、技術情報を営業秘密化する場合には、当該技術情報が非公知であるか否かの判断が重要となると考えられます。

今までは秘密管理性が裁判で争われるケースが多かったものの、企業も営業秘密に関する理解を深めることで秘密管理性に満たすように技術情報を管理するでしょうから、秘密管理性について裁判所で争われるケースは減ると思います。
その結果、今後は技術情報について特に非公知性や有用性について争われるケースが多くなるのではないかと思います。このため、万が一、裁判となった場合に勝訴できるように、非公知性や有用性についても十分に満たした形で技術情報を秘密管理する必要があるでしょう。

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2018年4月5日木曜日

ー判例から考えるー どのような技術情報を営業秘密とできるのか?

本ブログでも度々書いていますが、営業秘密(不正競争防止法2条6項)はそれが何であるか明確に特定される必要があります。
もし、営業秘密が特定されていないと訴訟を提起しても、裁判所において秘密管理性、有用性、及び非公知性の判断がなされないまま棄却されてしまします。
当然のことかと思われますが、このような判決は相当数存在します。
そもそも、技術情報が特定できなければ、それを秘密管理することもできないはずです。

営業秘密とされる情報は、どのような情報であればよいのでしょうか?
技術情報は例えば、生産方法、設計図、実験データ等が営業秘密となり得、営業情報は例えば、顧客名簿、販売マニュアル、仕入れ先リスト等が営業秘密となり得ます。

なお、技術者が雇用中に習得したものの、他の企業に勤務していても得られたであろう一般的知識や技能は、従業員の職業選択の自由を不当に制限することにもなり得ることから営業秘密とはなり得ません。

そして、営業秘密とされた情報は、一般的に、デジタルデータや紙媒体等に化体されるかと思われます。


では、営業秘密として特定される情報はデジタルデータや紙媒体でなければならないのでしょうか?決してそのようなことはなく、営業秘密とされる情報が化体したものとして、デジタルデータや紙媒体以外の物も裁判所は認めています。

例えば、生産菌製造ノウハウ事件(東京地裁平成22年4月28日判決)では、コエンザイムQ10の生産菌に対して、それ自体が原告において秘密として管理されていた原告のコエンザイムQ10の製造に有用な技術上の情報であって、公然と知られていないものと認められるから、原告が保有する「営業秘密」に当たるものと認められると判断しています。
また、婦人靴木型事件(東京地裁平成29年2月9日判決)では、婦人靴の木型(本件オリジナル木型)に化体された靴の設計情報(形状・寸法)が営業秘密として認められています。

このように、特に技術情報に関しては、紙媒体やデジタルデータだけでなく、具体的な“物”を営業秘密としてもよいのです。

しかしながら、どのような情報を営業秘密として管理するかの選択は非常に重要です。

ここで、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)で裁判所は「原告らは,本件合金の成分及び配合比率を容易に分析できたとしても,特殊な技術がなければ本件合金と同じ合金を製造することは不可能であるから,本件合金は保護されるべき技術上の秘密に該当する旨主張する。しかし,その場合には,営業秘密として保護されるべきは製造方法であって,容易に分析できる合金組成ではないから,原告らの上記主張は採用できない(なお,前記のとおり原告らは,本件で本件合金の製造方法は営業秘密として主張しない旨を明らかにしている。)。」(下線は筆者による)と判断しています。

錫合金組成事件では、錫合金(本件合金)の成分及び配合比率が営業秘密であると原告は主張していました。しかしながら、本件合金の成分及び配合比率は本件合金を使用した錫製品からリバースエンジニアリング可能であり、これにより非公知性を失っていると裁判所は判断しています。
すなわち、リバースエンジニアリングによって公知となる情報を秘密管理しても、営業秘密としては認められません。
そして、裁判所は「営業秘密として保護されるべきは製造方法であって,容易に分析できる合金組成ではない」との述べています。このことからすると、もし、製造方法を営業秘密としていたら、原告は勝訴した可能性もあったのではないでしょうか?ちなみに、本判決文では、原告が製造方法は営業秘密として主張していない、との文言が念を押すように複数個所に見られます。

特許出願では技術を多面的に見て様々な態様での特許取得を目指します。技術情報を営業秘密とする場合も同様であり、技術を多面的に見てどのような態様の技術情報を営業秘密として管理するのかを判断する必要があります。その判断を誤ると、裁判において勝てる営業秘密とはなり得ません。

また、リバースエンジニアリングによって公知となる技術は、営業秘密となり得ません。
であるならば、そのような技術を守りたいのであれば特許出願や意匠出願を行うべきでしょう。

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2018年3月1日木曜日

特許の判定制度に対する法改正

ここのところ、技術情報を営業秘密とした場合における有用性判断に対する判例紹介ばかりなのでちょっと違う話題を。

昨日「不正競争防止法等の一部を改正する法律案」が閣議決定されました」との発表が経済産業省からありました。
この法改正の一番の目玉は、データの不正取得を不正競争と位置付けたことですね。

で、先日、特許庁から発表された「第四次産業革命等への対応のための知的財産制度の見直しについて」の中の「6. 判定における営業秘密の保護」という項目にある判定請求についても法改正がされるようです。

ここで、本項目には「他方で、特許発明の技術的範囲につき特許庁に見解を求めることができる判定制度(特許法第 71 条)については、営業秘密が記載された書類であっても、閲覧等は制限されていない。」とさらっと書いてあります。
そうだったんですね。私は判定に閲覧制限がないことを知りませんでした。
いままで一度の判定請求を行ったことが無く、このことにを気に留めたことがありませんでした。
そして、上記項目では「判定に関する書類に営業秘密が記載されている場合には、当事者の申出 により、当該の書類の閲覧等を制限するべきである。 」と今更ながら提言していました。

本改正案では、これに関して、(証明等の請求)第百八十六条が改正されます。 
第百八十六条は、「何人も、特許庁長官に対し、特許に関し、証明、書類の謄本若しくは抄本の交付、書類の閲覧若しくは謄写又は特許原簿のうち磁気テープをもつて調製した部分に記録されている事項を記載した書類の交付を請求することができる。ただし、次に掲げる書類については、特許庁長官が秘密を保持する必要があると認めるときは、この限りでない。」というもので、新たにこの二号に下記条文が新設されます。
判定に係る書類であつて、当事者から当該当事者の保有する営業秘密が記載された旨の申出があつたもの。


で、このような閲覧制限に対して営業秘密に関係する判例が既にあります。
それは、二重打刻鍵事件(東京地裁平成27年8月27日判決)であり、民事訴訟において閲覧制限の制度があるにもかかわらず、その制度を利用しなかったことが営業秘密の非公知性の判断に影響を与えたものです。

本判決では、裁判所は原告が主張する鍵情報の秘密管理性を認めない理由の一つとして「原告が,平成26年7月30日に本件訴訟を提起した後,口頭弁論の終結日(平成27年5月28日)に至るまで,本件鍵情報と同一内容が記載された訴状別紙「営業秘密目録」記載1につき,民事訴訟法92条1項2号に基づく閲覧等制限の申立てさえせず,その結果,約10か月間にわたって,本件鍵情報が何人も自由に閲覧できる状態に置かれていたこと(同法91条1項参照)も併せ考慮すれば,本件鍵情報に営業秘密性(非公知性,秘密管理性)があると認めることはできない。」と判断しています。
この判決は、原告は営業秘密の証拠については少なくとも閲覧制限を積極的に行う等しないと、秘密管理性と共に非公知性が認められなくなる可能性があることを示しています。

上記判決は、特許庁による判定制度にもそのまま当てはまるのではないでしょうか?
すなわち、特許庁の判定制度を利用し、判定に関する書類に営業秘密が記載されているにもかかわらず、閲覧制限の申し立てをしなかった場合には、当該営業秘密に関する非公知性及び秘密管理性があると認められなくなるということです。
このことは、判定請求を行うときに必ず意識しないといけないことですね。

しかしながら、特許庁ともあろう行政機関が、その利用者に対して多大なるリスクを負わせる可能性が有る制度をそのまま放置していたことにビックリです。
裏を返すと、今までいかに営業秘密がないがしろにされていたか、そして、今になって営業秘密の重要性について気が付いたかということかと思います。

2018年2月22日木曜日

技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その2

前回のブログ記事に引き続き「優れた作用効果」が無い等により営業秘密の有用性を否定した判例を紹介します。

2件目は接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決)です。
これも高裁まで争われた事件であり、近年の判決でもあるので、注意するべきものかと思います。
なお、裁判所において、非公知性の判断で有用性のような判断を行う場合があるようです。本判決もそのような判断がなされていますが、ここでは有用性の判断として取り扱います。


本事件は、原告(被控訴人)の従業員であった被告X(控訴人X)が、業務上の機密を保持すべき義務に違反して、被控訴人の機密である原告ソースコードや原告アルゴリズムを被告(控訴人)ニックに開示、漏洩したものです。
本事件では、原告ソースコードと原告アルゴリズムのうち、原告ソースコードについては営業秘密性が認められましたが、原告アルゴリズムは営業秘密性が認められませんでした。

原告は、この原告アルゴリズムの有用性について次のように主張しています。
「原告アルゴリズムも,接触角計測機器の精度の向上を実現するため,被控訴人が長年の試行錯誤の上に確立したノウハウであって,原告各製品の製造,販売に不可欠な技術情報であるから,これらは,被控訴人の事業活動に有用な技術情報である。一般に,画像解析のためのプログラム制作に当たっては,画像の輪郭をどのような方法で検出するか,測定結果の正確性をどのように担保,検証するか,測定解析スピードを可能な限りアップさせるにはどうしたらよいかなど,複数の視点から,開発機器の特殊性を踏まえ,繰り返し実験を行うなど試行錯誤の末,適切なアルゴリズムを確立する必要がある。かかるアルゴリズム(例えば2値化のアルゴリズム)の善し悪しによって,製品の測定精度が大きく左右されるから,原告アルゴリズム自体が被控訴人にとって貴重な知的財産であるということができる。」


そして、この原告アルゴリズムに対して、裁判所は「原告アルゴリズムの内容は,本件ハンドブックに記載されているか,あるいは,記載されている事項から容易に導き出すことができる事項である。」と判断しています。
この本件ハンドブックは、原告の研究開発部開発課が営業担当者向けに作成したものであり、その冒頭「はじめに」には、「この資料は主にお客様と接することの多い営業担当向けに、測定解析統合システムソフトウェアFAMASの概念から機能概要までをまとめたものです。取扱説明書に記述されている内容もありますが、中には当社のノウハウ的な要素も含まれていますので、この資料は「社外秘」とさせていただきます。出張の際などにいつもお持ちいただくことで何かのお役に立てれば幸いです。~研究開発部 開発課 X~」と記載されており、表紙中央部には,「CONFIDENTIAL」と大きく印字されており、各ページの上部欄外には「【社外秘】」と小さく印字されています。
このように、原告アルゴリズムが記載されているとされる本件ハンドブックは、一見、秘密管理がされているようにも思えます。

しかしながら、裁判所は「本件ハンドブックは,被控訴人の研究開発部開発課が,営業担当者向けに,顧客へのソフトウエアの説明に役立てるため,携帯用として作成したものであること,接触角の解析方法として,θ/2法や接線法は,公知の原理であるところ,被控訴人においては,画像処理パラメータを公開することにより,試料に合わせた最適な画像処理を顧客に見つけてもらうという方針を取っていたことが認められ,これらの事実に照らせば,プログラムのソースコードの記述を離れた原告アルゴリズム自体が,被控訴人において,秘密として管理されていたものということはできない。」として、その秘密管理性を否定しています。

そして、裁判所は、原告接触角計算(液滴法)プログラムにおける具体的な手順(アルゴリズム)について、(a)閾値自動計算(b)針先検出(c)液滴検出(d)端点検出(e)頂点検出(f)θ/2法計算(g)接線法用3点検出(h)接線法計算のように項目分けし、その技術内容を検討したうえで、それぞれについて「一般的」であるとし、「特別なものでない」として非公知性(有用性)を認めませんでした。

そして、裁判所は非公知性について最終的に以下のように判断しています。
「原告アルゴリズムの内容の多くは,一般に知られた方法やそれに基づき容易に想起し得るもの,あるいは,格別の技術的な意義を有するとはいえない情報から構成されているといわざるを得ないことに加え,一部ノウハウといい得る情報が含まれているとしても,そもそも,前記(ア)bのとおり,被控訴人は画像処理パラメータを公開することにより,試料に合わせた最適な画像処理を顧客に見つけてもらうという方針を取っており,原告アルゴリズムを,営業担当者向けに,顧客へのソフトウエアの説明に役立てるため携帯用として作成した本件ハンドブックに記載していたのであるから,被控訴人の営業担当者がその顧客に説明したことによって,公知のものとなっていたと推認することができる。」
上記下線部分は、特許の審査における進歩性のような判断と同様であると思われます。

しかしながら、本判決において疑問に感じることは、各項目の技術について一般的(公知)であるとしているものの、その根拠となる文献等は挙げていなことです。
また、(a)閾値自動計算(b)針先検出(c)液滴検出(d)端点検出(e)頂点検出(f)θ/2法計算(g)接線法用3点検出(h)接線法計算の組み合わせにより、原告アルゴリズムは構成されていると思われますが、この組み合わせについて裁判所は特に言及していないように思えます。
この事件が、仮に特許の審査であるならば、進歩性を主張するうえで、上記組み合わせが容易でないこと等を主張するかと思いますが・・・。
原告も原告アルゴリズムの有用性について「一般に,画像解析のためのプログラム制作に当たっては,画像の輪郭をどのような方法で検出するか,測定結果の正確性をどのように担保,検証するか,測定解析スピードを可能な限りアップさせるにはどうしたらよいかなど,複数の視点から,開発機器の特殊性を踏まえ,繰り返し実験を行うなど試行錯誤の末,適切なアルゴリズムを確立する必要がある。」とのように述べていますし・・・。

ちなみに、営業秘密管理指針には「「営業秘密」とは、様々な知見を組み合わせて一つの情報を構成 していることが通常であるが、ある情報の断片が様々な刊行物に掲載され ており、その断片を集めてきた場合、当該営業秘密たる情報に近い情報が 再構成され得るからといって、そのことをもって直ちに非公知性が否定さ れるわけではない。なぜなら、その断片に反する情報等も複数あり得る中、 どの情報をどう組み合わせるかといったこと自体に有用性があり営業秘 密たり得るからである。複数の情報の総体としての情報については、組み 合わせの容易性、取得に要する時間や資金等のコスト等を考慮し、保有者 の管理下以外で一般的に入手できるかどうかによって判断することになる。 」ともありますが、本判決では原告アルゴリズムについて上記下線ほどの検討はなされていないと思われます。

この事件では、技術情報の営業秘密の有用性及び非公知性に対する裁判所の判断について、感覚的なものが先行しているのかなと感じます。非公知性をいうのであれば、文献等が挙げられるべきではないでしょうか?

また、原告が営業秘密と主張する技術情報が、公知の情報の組み合わせであっても、非公知性又は有用性の検討は丹念に行われるべきでないでしょうか?
例えば、営業秘密であっても、顧客情報は複数の顧客の氏名や連絡先等の組み合わせによって、その有用性や非公知性が認められていると思われます。しかしながら、今や、多くの人や企業の連絡先等はどこかで公知となっているのではないでしょうか?

このようなことを鑑みると、本事件の原告アルゴリズムに対する有用性(非公知性)の判断は厳しいものではないかと思います。

2018年1月19日金曜日

営業秘密の非公知性と特許の新規性との違い

営業秘密の3要件のうちの一つである非公知性、これは秘密管理性と比べてもあまり議論がなされていないかと思います。
特に、営業秘密が経営情報である場合、例えば顧客情報等は議論するまでもなく非公知性の要件を満たす可能性が高いからでしょう。

一方、営業秘密が技術情報の場合はどうでしょうか?
特許公報やその他の文献等で様々な技術情報が公知となっており、企業が秘密管理している技術情報であっても非公知性を満たさない可能性が有ります。
特に、秘密管理している技術情報が、上位概念のものである場合にはなおさらです。

ここで、営業秘密管理指針における非公知性の説明を紹介します。
営業秘密管理指針では「「非公知性」が認められるためには、一般的には知られておらず、又は容易に知ることができないことが必要である。 」とされています。

また、営業秘密管理指針では、特許の新規性との違いとして「営業秘密における非公知性要件は、発明の新規性の判断における「公然知られた発明」(特許法第29条)の解釈と一致するわけではない。特許法 の解釈では、特定の者しか当該情報を知らない場合であっても当該者に守秘義務がない場合は特許法上の公知となりうるが、営業秘密における非公 知性では、特定の者が事実上秘密を維持していれば、なお非公知と考える ことができる場合がある。」としています。

さらに、営業秘密管理指針では「当該情報が実は外国の刊行物に過去に記載されていたような状況 であっても、当該情報の管理地においてその事実が知られておらず、その 取得に時間的・資金的に相当のコストを要する場合には、非公知性はなお認められうる。」とも記載されています。

以上のように営業秘密管理指針の記載からは、営業秘密の非公知性は特許の新規性に比べて判断要件が若干緩いとも考えられます。

しかしながら、営業秘密の非公知性と特許の新規性とにおいて根本的な違いがあります。
それは、その判断基準時です。

特許の新規性は特許法第29条第1項第1号にあるように「特許出願時」が新規性の判断基準時になります。すなわち、特許出願後に公知となった情報に基づいて、特許出願に係る発明が拒絶されることはありません。

では、営業秘密の非公知性に関してはどうでしょうか?
営業秘密の3要件は、不正競争防止法第2条第6項に規定されていますが、その判断基準時は特に定められておりません。
では、非公知性の判断基準時は何時なのでしょうか?
当該情報の秘密管理を開始した時でしょうか。

ここで、経済産業省知的財産政策室 編著「逐条解説 不正競争防止法 平成15年改訂版」の31ページには、「「公然と知られていない」状態の判断時点は、損害賠償請求については、不正行為が行われた時点である。しかし、差止請求については、・・・口頭弁論終結時に非公知性が失われていれば認められない」との記載があります。
すなわち、営業秘密の非公知性の判断基準時は、当該情報の秘密管理を開始した時ではなく、秘密管理を開始した後でも当該情報と同じ情報が公になれば、当該情報は非公知性を失うことになります。これは、特許の新規性とは全く異なる判断基準です。
このことは、特許を主として業務を行っている方は気を付ける必要があるかと思います。


具体的には何に気を付けるか、ということですが、特に自社製品です。
すなわち、過去のブログでも記載していますが、自社製品をリバースエンジニアリングすることで当該情報を取得可能な場合には、非公知性が失われることになります。

過去のブログ記事
営業秘密の3要件 非公知性 -リバースエンジニアリング-
営業秘密の3要件 非公知性 -リバースエンジニアリング- その2

ここで、リバースエンジニアリングが可能なものであれば、どのような製品でも非公知性が失われるわけではなく、「一般的な技術的手段を用いれば容易に製品自体から得られるような情報」は非公知性を失った情報であるようです。

例えば、機械構造等がそれにあたるかと思います。

このリバースエンジニアリングによって非公知性を失う可能性を考えると、そもそも営業秘密として管理することに適さない技術情報が存在することになります。

すなわち、自社製品を販売することによって得られる上述のような「一般的な技術的手段を用いれば容易に製品自体から得られるような情報」は営業秘密として管理しても、リバースエンジニアリングによって非公知性を失っていると裁判で判断される可能性があります。
現代では、例えば3Dスキャンが可能となり、また様々な分析手法が広く行われています。このため、自社の技術情報を営業秘密として管理するのであれば、自社製品が販売されることによって当該技術情報の非公知性が失われる可能性について検討する必要があります。

すなわち、自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性が失われる技術情報に関しては、特許権や意匠権等の取得を検討するべきでしょう。また、そのような権利取得が難しい技術であるならば、製品のブランド力をより向上させる等の知財戦略を行ってもよいかと思います。

このように、開発した技術について、公開されることを理由に特許出願を行わないとの判断を行ったとしても、自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性を失うようであれば、特許出願等の他の知財戦略を練る判断があって然るべきだと考えます。


2017年12月6日水曜日

営業秘密の要件まとめ

営業秘密の3要件(秘密管理性、有用性、非公知性)のまとめページを作りました。

営業秘密管理指針に沿ってまとめたものであり、個人的見解については記載していません。

経営情報であるならば、秘密管理性を満たしていれば、営業秘密の要件を満たすことは比較的簡単かと思います。

技術情報はどうでしょうか?
秘密管理性を満たしたとしても、有用性や非公知性で争いになるかもしれません。
さらに、技術情報の場合は、その帰属についても争いになる可能性が有るかと思います。