2025年5月6日火曜日

令和6年の営業秘密侵害事犯の検挙状況

先日、警察庁生活安全局 生活経済対策管理官 編の「令和6年における生活経済事犯の検挙状況等について」が公表されました。
これには、商標権侵害事犯、著作権侵害事犯、不正競争防止法違反等の知的財産権侵害事犯も含む生活経済事犯の令和6年(2024年)の検挙状況等がまとめられています。

令和6年における営業秘密侵害事犯の検挙事件件数は、下記のグラフのように、令和4年をピークとすると昨年の令和5年よりもさらに少なくなっており、減少傾向にあるようにも思えます。


一方で、相談受理件数はどうでしょうか?
相談受理件数は下記グラフのように過去最多の79件となっていおり、増加傾向が維持されているように思えます。
このように、検挙事件数と相談受理件数の推移が近年では異なる傾向となっています。「令和6年における生活経済事犯の検挙状況等について」には、この理由について特段の言及はありませんが、これはどう考えるべきでしょうか?

想像でしかありませんが、この理由は警察における営業秘密の理解が深まってきた可能性が考えられます。すなわち、本来であれば営業秘密侵害として検挙するべきでない場合であっても検挙していた事件が近年になって減ってきているのかもしれません。検挙に対する起訴率が分かれば、本当にそうであるのかわかるのかもしれませんが、現状ではこの起訴率を知る術はないようです。

なお、検挙人数等は下記のとおりです。毎年のように、法人も検挙されています。
弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年4月23日水曜日

判例紹介:民事訴訟における営業秘密の不正な持ち出しの有無判断

営業秘密保有者から示された者による営業秘密の不正な持ち出しについて、刑事罰を課すためには「領得」(不法な取得)の要件が明示されています(不競法第21条第2項)。一方で、民事的責任を課すための不正競争の定義である第2条第1項第4号~10号では「領得」の要件は明示されていません。
今回紹介する判例(大阪地裁令和7年1月27日判決 事件番号:令5(ワ)9115号)は、「領得」の要件が明示されていない民事訴訟において被告が営業秘密を不正に持ち出したか否かについて判断したものです。

本事件は、障害児通所支援事業等を行う原告の元従業員であった被告が発達障害の生徒を対象とする塾サービスを開始し、その際に原告の営業秘密である顧客情報を使用したというものです。なお、この他にも原告は被告による競業避止義務違反等も主張しています。

まず、原告は被告による営業秘密(本件情報)の不正使用を以下のように主張しています。
6 争点6(本件情報が営業秘密であって、被告らがこれを不正に持ち出し使用したか)について
 【原告の主張】
(1) 本件情報の秘密管理性
原告は、雇用契約書上、本件情報のような顧客情報について退職後も含めた守秘義務を負わせ、就業規則67条においても、正当な理由なく開示したり、利用目的の範囲を超えて使用したりすることを禁止していた。また、原告は、このような本件情報について、原告が用意した鍵付きの書庫で保管し、持出しを禁止し、その旨、従業員に指示していた。さらに、放課後等デイサービスの従業員又は管理者は、法令上、正当な理由なく、業務上知り得た障害児又はその家族の秘密を漏らしてはならないことが定められている。
よって、本件情報は営業秘密に該当するものとして管理されていた。
(2) 被告らによる使用等
被告らは、最終の出勤日であった令和4年7月31日に、本件情報を持ち出し、これを用いて原告を利用する児童又はその保護者に対し、被告事業へ転塾するよう働きかけるなど、不正の利益を得る目的で本件情報を持ち出し、使用した。
一方で、被告は下記のように本件情報の持ち出しを否定しており、原告から転塾した児童に対しても本件情報の使用を否定しています。
【被告らの主張】
(1) 本件情報の秘密管理性を争う。
原告は、本件情報やこれに関連する書面の作成の有無や保管方法に加え、個別支援計画書の保管場所、現金の保管場所等の日常的な業務体制すら把握しておらず、原告は、本件情報を秘密として管理していなかった。
(2) 被告らは、本件情報を使用していない。
被告らは、本件情報を持ち出していないし、これを被告事業のために使用もしていない。被告事業の塾に転塾した児童もいるが、これは、いずれも、自らの意思によるものや、通学の便宜等を踏まえてのものであり、被告らが本件情報を使用して勧誘等をしたからではない。

これら原告と被告との主張に対して、裁判所は以下のように判断しています。
5 争点6(本件情報が営業秘密であって、被告らがこれを不正に持ち出し使用したか)について
本件情報が営業秘密(不正競争防止法2条6項)に当たるかどうかはともかく、本件において、被告らが本件情報を持ち出したことを認めるに足りる証拠はない。
原告は、被告らの最終出勤日の時点で、本件情報が見当たらなかったことや、原告を利用した児童の一部が被告事業に通塾したこと等を指摘するが、本件情報が見当たらなかったと認めるに足りる証拠はないし(むしろ、真実そうであるなら原告の管理不十分というほかない。)、マーブル北野田校を利用した児童の一部が被告事業に通塾したことは、被告らが当該児童と面識があることからすると本件情報の持出しに関わらず生じ得ることであって、本件情報の持出しや利用を推認させることにはならない。
以上の次第で、争点6に関する原告の主張は理由がない。
本裁判において原告は、被告が本件情報を不正に持ち出したこと、被告が本件情報を不正に使用したことを客観的に証明できていないことから、上記の裁判所の判断は妥当であると思われます。

この事件から理解できることは、自社の営業秘密等の秘密管理措置を適切に行う必要があることです。何時誰が当該営業秘密にアクセスしたかが明確に分かるように営業秘密は管理されなければなりません。
例えば、デジタルデータ化した営業秘密をサーバに保管してアクセスログを管理する、紙媒体であれば鍵付きのキャビネット等に保管して施錠管理して閲覧する場合には記帳する等です。
しかしながら、本事件において原告はこのような秘密管理措置を行っていなかったようです。

一方で、不正に持ち出した手法等が必ずしも明確でなくても、不正使用を証明できれば民事的責任を問うことが可能かもしれません。
例えば営業秘密が顧客情報の場合、退職者(転職者等)が顧客情報に記載されている多数の顧客に対して直接営業を行った場合等です。このような場合、例えば転職者の人的な繋がりを超えた多数の顧客に対して、退職者が営業を行ったことが証明できれば、当該顧客情報の不正使用が推認される可能性があります。具体的には、顧客情報の保有企業に対して「退職者から営業電話等があった。」とのように複数の顧客から問い合わせがあった場合には不正使用が推認される可能性があります。

本事件において仮に被告が顧客情報である本件情報を不正に持ち出して使用したのであれば、原告の顧客である児童や保護者からこのような問い合わせがなされたでしょう。しかしながら、そのような事実も主張されていないことからも、被告による本件情報の不正使用はなかったと思われます。

なお、本事件は、被告らが原告在職中に被告事業のウェブサイトを開設する等の準備行為を行い、有給休暇期間中に被告事業の開始に至っていることから、少なくとも雇用契約において信義則上負う競業避止義務には違反したと、裁判所は判断し、原告には1万7160円の損害が生じたことを認めています。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年4月14日月曜日

転職者による前職の営業秘密の流入防止と流入時の対応

営業秘密のリスクとして流出リスクと流入リスクがあります。流出リスクと流入リスクは共に転職者によってもたらされる可能性があります。
すなわち、流出リスクは、自社からの転職者(退職者)が他社への転職時に自社の営業秘密を不正に持ち出すことであり、流入リスクは、自社への転職者(転入者)が前職の営業秘密を不正に持ち込むことです。

ここで、営業秘密の流入リスクの対策として、自社への転職者に対して前職の営業秘密を満ち込まないことの誓約書(不正流入防止誓約書)を求める企業も少なからずあるようです。
この誓約書を拒む転職者は存在するとは考え難く、全ての転職者がサインをするでしょう。そして、仮に既に前職の営業秘密を不正に持ち出した転職者に対しては、当該営業秘密を自社へ持ち込むことを躊躇させることになるかと思います。しかしながら、この誓約書にサインしたとしても、前職の営業秘密を自社に不正に持ち込む転職者が存在する可能性があります。そして、実際に当該転職者が前職の営業秘密を自社に持ち込んでしまったら、どうするべきでしょうか。

まず、前提として、他社の営業秘密を不正に使用等することは違法行為(犯罪)であるということを自社の従業員や経営層が認識する必要があります。仮にこのような認識が無い場合に、転職者が前職の営業秘密を自社内で不正に開示すると、それが自社内で拡散し、使用されることになるでしょう。その結果、自社が営業秘密侵害により民事的責任又は刑事的責任を負うだけでなく、それを使用した従業員も民事的責任又は刑事的責任を負いかねません。
一方で、自社の従業員や経営層が上記の認識を持っていれば、他社営業秘密の拡散等を防止できるでしょう。

具体的には、転職者から他社営業秘密を開示された従業員は、速やかに上司等に報告します。このとき、上司等にメールでその内容を報告したり、他社営業秘密であるデータをメールに添付することは避けるべきでしょう。
その理由は、そのような行為が意図せず自社内での当該他社営業秘密の拡散を招くためです。もし、cc等で複数人にメールを送ることを常としている従業員である場合、一度のメールで複数人に拡散させる可能性もあります。
このため、他社営業秘密を開示された従業員等は口頭で上司等に報告するべきでしょう。また、報告を受けた上司等は、営業秘密の担当部署に速やかに報告します。この担当部署は、法務部又は知的財産部となるかと思います。


そして、担当部署は、報告した従業員及び転職者から他社営業秘密を受け取り、厳重にアクセス管理されたサーバ等に保管します。当該他社営業秘密が紙媒体等でしたら、キャビネット等に鍵をかけて保管します。さらに、従業員がメールで他社営業秘密を受け取っていた場合には、当該メールを担当部署立ち合いのもとで削除します。これにより、自社内で他社営業秘密が拡散することを防止します。

そして、転職者が持ち込んだ他社営業秘密が真に営業秘密であるかの判断を行う必要があります。
具体的には、他社営業秘密と考えられる情報が非公知性を満たしているかを判断します。仮に転職者が持ち込んだ情報が公知である場合には、営業秘密ではないので自社でも自由に使うことができます。また、公知である場合には、転職者による当該情報の持ち込みは誓約書に反する行為ではないので(必ずしも望ましい行為ではないですが)、処罰の対象とはならないでしょう。
この判断は、自社内で行うのではなく、特許事務所や法律事務所に依頼するべきでしょう。仮に自社内で判断を行った結果、それが非公知性を満たしていたら、当該他社営業秘密の内容を詳細に知る者が自社内に存在することになります。その場合、他社営業秘密の保有企業から当該他社営業秘密の不正開示や不正使用の疑いを掛けられかねません。
なお、転職者が「当該情報は前職で秘密管理されていなかったので、営業秘密ではない」と主張する可能性もあります。しかしながら、この主張が真実であるか否かを客観的に調べる術はありません。このため、このような転職者の主張を真に受けてはいけません。営業秘密であるか否かは、客観的な判断が可能である非公知性の有無で判断する必要があります。

一方で、転職者が持ち込んだ情報が真に非公知、すなわち真に営業秘密である場合には、誓約書に反したとして当該転職者を解雇等します。また、転職者の前職は、既に当該営業秘密が不正に持ち出されたことを検知している可能性もあります。このため自社がこの不正な持ち出しに関与しておらず、自社内での不使用等を主張するためにも、前職に対して通知することの検討も必要でしょう。

他社営業秘密の不正使用は刑事的責任も負う可能性がある犯罪であるため、万が一自社に他社営業秘密が不正に持ち込まれた場合には、このように細心の注意を払って対応するべきです。
このためにも、自社の従業員に対して、営業秘密の不正流出はもちろん、不正使用等も違法行為であることを周知し、かつ他社営業秘密が不正流入した場合の対応策も事前に準備する必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信