2018年3月19日月曜日

他社の特許出願に対する情報提供について

たまには弁理士らしい話題を。
しかし、営業秘密とまでいかなくても、企業が秘密にしたい情報に関することも少々絡んでいます。

特許出願の制度として、他者の特許出願に係る発明が新規性・進歩性を有していないなどについての情報を特許庁へ提供する、いわゆる「情報提供」があります。
特許庁のホームページを参照すると、情報提供件数は年間7千件前後で推移しており、情報提供を受けた案件の73%において、情報提供された文献等を拒絶理由通知中で引用文献等として利用しているとのことです。
また、情報提供は匿名で行うことができるので、特許出願人は誰が情報提供を行ったのか分かりません。
このように、情報提供を行う者(企業)にとって、匿名で他社の特許出願が権利化されることを阻止することができるので、メリットが大きいかと思えます。

しかし、私の経験からすると、情報提供は、情報提供を行う企業にとってやはりリスクを負うものであると考えます。
情報提供を行う企業は、なぜ情報提供を行うのでしょうか?その理由は、情報提供の対象とする特許出願を権利化させたくないためです。
では、なぜ権利化させたくないのでしょうか?その理由の一つは、自社でも同様の技術を実施したい、若しくは既に実施しており、もし、当該特許出願が権利化された場合、自社によるこの実施が侵害になる可能性が高いというものがあります。

ということは、情報提供をされた特許出願の出願人は、自身の特許出願を意識している他社の存在を知ることになり、さらに、意識している理由として他社が当該特許出願に係る技術(発明)を実施予定又は既に実施していると推測することになります。

このような自社が他社の特許を侵害する可能性がある技術を実施又は実施する可能性があることは、他社に知られたくない秘密情報ではないでしょうか?




そして、情報提供を受けた特許出願人が行うことの一つとして、分割出願を行う可能性があります。当該特許出願が特許査定となっても、分割出願を行うことにより、当該特許出願に基づく異なる特許の取得を試みることになります。

こうなると、情報提供を行った企業は、当該分割出願に対しても情報提供を行う必要性に迫られるのではないでしょうか?そして、情報提供がされた場合、当該分割出願の出願人は、自社の特許出願を非常に意識している他社の存在の認識をさらに強く持つことになります。
そして、分割出願に対しても情報提供がされた場合には、当該分割出願の出願人はさらに分割出願をする可能性が高いでしょう。情報提供がされた出願人は、分割出願を行うことへの抵抗は小さいかと思います。逆に、自身の特許出願から複数の特許、しかも他社に対して抑制力となり得る可能性が高い特許を取得する機会となるので、喜んで分割出願を行う可能性が高いかと思います。
もし、自社の特許出願に対して情報提供を受けても何もしていなかった企業は、ぜひ分割出願を行うことをお勧めします。一方、私がお勧めしないことは、情報提供に対して上申書を提出することです。上申書の提出により、その後、禁反言の証拠にされる可能性や他社に特許取得を阻むヒントを与える可能性があるからです。もし、情報提供が行われても、それを審査官が採用しなかったら無意味ですし・・・。

これに対して、情報提供を行った企業は、分割出願の度に情報提供を行うのでしょうか?おそらく、どこかの時点であきらめる可能性が高いかと思いますが、場合によっては情報提供すべき資料の中に、通常では入手し難いような情報、例えばその情報を入手し得る企業を強く示唆する情報、換言すると、情報提供を行った企業を想起させるような情報を出してしまう可能性があります。
こうなってしまうと、特許出願人は、情報提供を行った企業を予測することになり、侵害されているか否かを調査し易くなります。

このような事態、すなわち分割出願によって他社に取得されたくない特許が複数取得される事態や、情報提供を自社が行ったことを想起される事態に陥らないように、情報提供を行う際には十分気を付ける必要があります。

ちなみに、分割出願を行わせないためには、情報提供ではなく特許査定後の異議申し立てにより特許取得を阻止する方が良いのではないかと思います。異議申し立ては匿名ですし、異議申し立て後には分割出願ができないためです。しかしながら、異議申し立てが認められない場合には、無効審判しか手立てがないというリスクも生じ得ますので、どのような制度を用いて他社の特許取得を阻むかは判断が難しいと思います。

2018年3月15日木曜日

技術情報を営業秘密とした場合の有用性判断 まとめ

過去数回にわたって、技術情報を営業秘密とした場合における裁判所の有用性判断についての判例を紹介しました。
今回は現時点でのまとめを。

過去のブログ記事
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その1
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その2
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その4
・技術情報を営業秘密とした場合に有用性が有るとされた判例


まず、有用性の判断について、田村義之 著, 不正競争法概説〔第2版〕(2003 有斐閣)には「秘密管理体制を突破しようとする者はその秘密に価値があると信じているがためにそのような行為に及ぶのである。いずれにせよ秘密管理網を突破する行為が奨励されてしかるべきではないのであるから、このような行為が行われているのに、それほど有用な情報ではないという理由で、法的保護を否定する必要はないであろう。」と記載されており、私はこの田村先生の考えが最も納得できます。

しかしながら、この書籍は2003年に発行のものであり、営業秘密に関する書籍としては少々古く、その後、裁判によって有用性の判断が幾つもなされています。
そして、上記ブログ記事で紹介したように、技術情報を営業秘密とした場合には「優れた作用効果」が無い等のように、あたかも特許の進歩性と同様の判断がなされていると思われる判決もあります。

すなわち、裁判における有用性の判断としては、「それほど有用な情報ではないという理由で、法的保護を否定する必要はないであろう。」ということはなく、特に技術情報に関しては作用効果を奏するものでなければ、有用性が認められない可能性があります。


ここで、技術情報を営業秘密とした場合に有用性が否定されるパターンは、複数あると思われます。

〇パターン1
発熱セメント体事件(大阪地裁平成20年11月4日判決)における「本件情報1は,炭素を均一に混合するという点を除いて,乙23公報により平成15年10月当時において既に公知であったものであり,炭素を均一に混合するという点についても,有用な技術情報とはいい難いことからすれば,不正競争防止法2条6項にいう「事業活動に有用な技術上の情報であって,公然と知られていないもの」ということはできず,同項にいう「営業秘密」に該当するとは認められない」との判断や、接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決)「原告アルゴリズムの内容の多くは,一般に知られた方法やそれに基づき容易に想起し得るもの,あるいは,格別の技術的な意義を有するとはいえない情報から構成されているといわざるを得ない」との判断のように、特許公報等の公知の技術情報と比較してその有用性を否定するパターンです。
まさに、特許における進歩性の判断と同様の判断基準との考えられます。
なお、このパターンは、営業秘密の非公知性の判断とされる場合もあるようです。

〇パターン2
営業秘密と主張する技術情報の特定が不十分である場合には有用性が認められにくいとも思われます。当たり前かもしれませんが・・・。
例えば、小型USBフラッシュメモリ事件(知財高裁平成23年11月28日判決)では「控訴人が提供したとするLEDの搭載の可否,搭載位置,光線の方向及びLEDの実装に関する情報は,被控訴人から提案された選択肢及び条件を満たすために適宜控訴人において部品や搭載位置を選択したものであって,その内容は,当業者が通常の創意工夫の範囲内で検討する設計的事項にすぎないものと認められる」(下線は筆者による。)と裁判所は判断すると共に、「「そうした寸法・形状での小型化を達成する部品配列・回路構成等との関係でもそれら各要素が両立する事実及びその方法を伝える情報として,全てが組み合わさ」った情報とはどのような情報なのか不明であり,営業秘密としての特定性を欠くといわざるを得ない。」とも述べています。

また、発熱セメント体事件でも、「乙23発明において,セメントに炭素を混合することが開示されている以上,炭素を混合するに当たり,偏りのないよう均一に混合するというのは,当業者であれば通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項にすぎない。また,上記相違点に係る情報には炭素を均一に混合するための特別な方法が具体的に開示されているわけでもない。したがって,単に均一に混合するという上記相違点に係る情報は,それだけでは到底技術的に有用な情報とは認め難い。」と判断されています。

さらに、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)では「原告ら代表者は,陳述書(甲20)において,本件合金の有用性を説明するが,本件合金がその説明に係る効果を有することは,客観的に確認されるべきものであり,関係者の陳述のみによって直ちにそれを認めることはできない。」と判断されています。このように、裁判所は 営業秘密とする技術情報の効果は客観的に確認されるべきものであるとしています。

このパターン2は、営業秘密とする技術が上位概念である場合に、生じやすいかもしれません。また、特定が比較的難しい化学系の技術の場合にも生じやすいかもしれません。


一方で、接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決)における原告ソースコード、婦人靴木型事件(東京地裁平成29年2月9日判決)における靴の木型、PCプラント事件(知財高裁平成23年9月27日判決)や半導体封止機械装置事件(福岡地裁平成14年12月24日判決)のように特定の装置の図面のように、営業秘密とする技術情報が明確に特定できている場合はその有用性が認められ易いとも思われます。

以上のことから、技術情報を営業秘密とする場合の有用性に関する留意事項は、「公知技術に比べて優れた作用効果を客観的に確認できる程度に明確となるように、営業秘密とする技術情報を特定する。」ということでしょうか。
これは当たり前のこととも思われますが、実際には有用性が認められない判決が多数あるので、このことを意識しなければ裁判で勝てる営業秘密管理とはならないのかと思います。

ここで、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)で裁判所は「原告らは,本件合金の成分及び配合比率を容易に分析できたとしても,特殊な技術がなければ本件合金と同じ合金を製造することは不可能であるから,本件合金は保護されるべき技術上の秘密に該当する旨主張する。しかし,その場合には,営業秘密として保護されるべきは製造方法であって,容易に分析できる合金組成ではないから,原告らの上記主張は採用できない(なお,前記のとおり原告らは,本件で本件合金の製造方法は営業秘密として主張しない旨を明らかにしている。)。」と判断しています。
上記下線は、営業秘密として特定される技術情報に対して、非常に重要な示唆であると思われます。営業秘密とする技術情報の特定が誤っていたら、本来、不正競争防止法で守られるべき情報が守られないことになります。
従って、どの技術情報を営業秘密として管理し、その技術情報は客観的に作用効果を確認できるものであるかを十分に検討する必要があるかと思います。

2018年3月11日日曜日

フューチャー営業秘密流出事件

先日、IT系コンサルティング会社であるフューチャーアーキテクトの元執行役員が、同業他社であるベイカレントコンサルティングに営業秘密を漏えいしたとして逮捕されました。

この事件は、営業秘密の不正使用が不正競争防止法違反であるとして、2017年8月にフューチャーがベイカレントに対して民事訴訟を起こしています。
この民事訴訟について気になっていたのですが、刑事告訴により元執行役員が逮捕に至ったようです。
近年の事件では刑事告訴の後に民事訴訟という流れの割合が多いのですが(件数は少ないですが)、本事件に関しては逆ですね。

この事件では、持ち出された営業秘密は報道によると顧客向けの金融システム提案書や見積書、従業員名簿のようです。
また、営業秘密を持ち出した容疑者は、当該営業秘密に係る情報は自身が作成したため、フューチャーの営業秘密という認識ではない、とのように容疑を否認しているということです。
さらに、容疑者は、営業秘密の流出元であるフューチャーアーキテクトと共にベイカレントと共に雇用契約を結んでいたとのことです。



ここで、この事件は下記のように営業秘密管理に関する幾つかの課題を含んでいると考えられます。
(1)役員による営業秘密の漏えい
役員は、一般的に、多くの営業秘密に対するアクセス権限を有しています。そして、役員も転職又は独立により、他社へ移動することは多々あります。実際、役員による営業秘密の流出は多々起きています。
さらに、役員には就業規則は適用されません。このため、役員も適用対象とする秘密管理規定を設けている企業も多々あります。
 参考過去ブログ:役員による営業秘密の漏洩

(2)営業秘密の作成者による漏えい
営業秘密とする情報は、そもそも誰に帰属しているのかという問題です。原始的な帰属先は当該情報を秘密管理している会社でしょうか?それとも当該情報の作成者でしょうか?
営業秘密の作成者でもない者が、会社が秘密管理している営業秘密を漏えいした場合には、このような問題は生じません。しかしながら、当該情報を作成した者が、自ら漏えいさせた場合にはこの問題が生じる可能性があります。
この問題は、特許の帰属と同様かと思われます。今現在では営業秘密の帰属について争われた判例は存在しませんが、今後、営業秘密の帰属について争いになる裁判が生じるかと思います。
 参考過去ブログ:営業秘密の帰属について「示された」とは?

(3)副業・兼業による営業秘密の漏えい
最近、従業員の副業・兼業を容認する流れが生じています。本事件は、営業秘密の流出元であるフューチャーは、ベイカレントによる容疑者の二重雇用を容認していたわけでは無いようですが、企業が副業等を容認するとリアルタイムで秘密情報が他社へ流出する可能性があります。副業を容認するのであれば、この対策は十分に取る必要があります。
また、「(2)営業秘密の作成者による漏えい」の問題がより顕在化するかもしれません。すなわち、「自身が作成した情報は自身の物」という認識の従業者が副業をしていると、当該情報が副業先にも流れ、さらには、どの企業の情報であるかも不明確になるかもしれません。
 参考過去ブログ:モデル就業規則の見直し 副業容認と営業秘密

(4)株価への影響
上記(1)~(3)は営業秘密を管理する企業の課題ですが、(4)に関しては他社の営業秘密が流入した企業の問題です。
これは、企業の不祥事と考えると営業秘密の漏えいに限ったことではありませんが、他社の営業秘密が自社に流入した結果、民事訴訟や刑事訴訟に発展すると、自社の株価にも大きな影響を与える可能性があります。自社の株価が下がるということは、言うまでもなく、自社の価値が下がるということ、そして信用も失われるということです。
特に、新興市場に上場しているような規模が相対的に小さい企業の方が株価に与える影響が大きいかもしれません。
実際、ベイカレントがフューチャーから民事訴訟を提起された際には、ベイカレントの株価はストップ安になっています。さらに、今回の逮捕報道があった翌日9日のベイカレントの株価は、前日終値3,300円であったものが終値では3,105円( -5.91%)まで下がっています。なお、9日は日経平均は若干上がっています(+0.47%)。このため、ベイカレントの大きな下げは、逮捕報道の影響でしょう。
 参考過去ブログ:営業秘密の不正取得と株価との関係

また、民事訴訟によって営業秘密の不正取得が認められ、実際に営業秘密の漏えい先企業が他社の営業秘密を使用していた場合、その使用を止める必要があります。そうすると、最悪の場合、当該用秘密を使用していた事業そのものの停止にまで追い込まれる可能性があります。

以上ように、営業秘密の漏えいと一言で言っても、多くの問題・課題があります。今回の事件でも企業が考慮するべきことは複数あります。しかしながら、それができていない企業がほとんどであるかと思います。
今後、雇用の流動化がさらに進むことは確実であることを考えると、営業秘密の流出・流入防止は、企業の経営上重要な課題の一つであることに疑いの余地はないかと思われます。

2018年3月8日木曜日

技術情報を営業秘密とした場合に有用性が有るとされた判例

前回までのブログでは「優れた作用効果」が無い等により営業秘密の有用性を否定した判例を紹介しましたが、今回は有用性があると判断された判例を紹介します。

過去のブログ記事
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その1
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その2
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その4

有用性についてそれを認める場合、裁判所の判断理由は以下のようにあっさりしています。

例えば、PCプラント事件(知財高裁平成23年9月27日判決)では下記のように裁判所は判断しています。下記の「前記(1)の認定事実」とは「営業秘密性に関する認定事実」であり、「ア.PC樹脂の製造技術等」や「イ.本件図面図表の管理状況」です。
「ア 有用性及び非公知性
前記(1)の認定事実によれば,本件図面図表に記載された本件情報は,原告及び出光石化が独自に開発したPC樹脂の製造技術に基づいて設計された,出光石化千葉工場第1PCプラントのP&ID,PFD及び機器図に係る情報であって,同PCプラントの具体的な設計情報であり,同PCプラントの運転,管理等にも不可欠な技術情報であるから,原告及び承継前の出光石化のPC樹脂の製造事業に「有用な技術上の情報」であることは明らかである。」
なお、本事件において被告は本件情報について、秘密管理性について否定する主張を行いましたが、有用性及び非公知性を否定する主張はしていません。

また、接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決)では下記のように裁判所は判断しています。
「(イ)有用性,非公知性
原告プログラムは,理化学機器の開発,製造及び販売等を業とする被控訴人にとって,その売上げの大きな部分を占める接触角計に用いる専用のソフトウエアであるから,そのソースコードは,被控訴人の事業活動に有用な技術上の情報であり,また,公然と知られてないものである。」
なお、本事件において被告は原告プログラムについて、秘密管理性及び非公知性について否定する主張を行いましたが、有用性を否定する主張はしていません。


また、婦人靴木型事件(東京地裁平成29年2月9日判決)では下記のように裁判所は判断しています。本事件では、靴の設計情報を含む木型を営業秘密であると原告は主張してます。また、下記の「前記1(1)」とは原告の業務及び木型の管理等の状況に関する事実です。
「前記1(1)で認定した事実によると,本件設計情報については,コンフォートシューズの製造に有用なものであることは明らかであるから,本件設計情報は,生産方法その他の事業活動に有用な技術上の情報であったということができる。」
なお、本事件において被告は「木型の作成自体は容易に行うことができる以上,木型に基づき靴を大量生産できるとする点は,有用性の根拠とならないし,他に,本件設計情報に有用性があるとする根拠はない。」と主張していましたが、認められませんでした。

さらに、半導体封止機械装置事件(福岡地裁平成14年12月24日判決)では、 原告が営業秘密とする設計図に対して、被告は上記3件に比べてそれなりに有用性を否定する主張をしているものの、下記のようにその主張を否定して有用性を認めています。
「本件営業秘密は,原告××の長年の技術的な蓄積の成果であることは容易に推認でき,顧客から詳細な仕様を指定されることがあったとしても,なお原告××が試行錯誤を繰り返して得られたノウハウの集積であると評価できる。しかも,後記認定のとおり,被告○○が本件営業秘密を不正に取得・使用している事実からすると,半導体全自動封止機械装置,封止用金型及びコンバージョンの生産,販売及び研究開発並びに原告××の経営効率に役立つ価値を持つ情報すなわち有用な情報であると認められ,これを覆すに足りる証拠はない。  被告○○は,別紙営業秘密目録2第一三項の「油路の配置,油路の口径違い」に関し,プランジャーの油圧フローティングのオリジナルを現在のアピックヤマダ,当時のヤマダ製作所が,1982年頃から採用し,原告××が採用したのは,その後2,3年後であること,現在,住友,シンガポールのASAなどもプランジャーブロックにおいて油圧を使用している旨主張するところ,半導体全自動封止機械装置という複雑な機械の設計図にあっては,その一部に公知技術が使われていたとしても,必要な動作,機能を持たせるため,部品には試行錯誤,実験等が繰り返されてできあがった寸法や角度といったものが集約されているものであって,これが技術ノウハウとして秘密管理されていれば営業秘密として不正競争防止法上の保護対象となるものであり,被告○○主張の事実が認められたとしても,そのことによって,不正競争防止法2条4項の営業秘密に当たらないといえるものではなく,まして営業秘密として特定していないということもできない。」

以上のように、今回は営業秘密としての有用性が認められた技術情報について紹介しました。
有用性が認められた事件では、認められなかった事件に比べて、設計図やソースコードのように営業秘密とする技術情報が明確に特定されているかと思います。
また、明確に特定できている技術情報は、特許的な考えでいうところの最も下位概念にあたるものであり、特許公報等にも記載されていない内容かと思います。そのため、被告は有用性又は非公知性を否定するために、公知の情報等を証拠として提出することが困難であったと考えられます。

一方で、有用性が認められなかった事件では、原告が営業秘密と主張する情報が明確でない場合が多いと思えます。 営業秘密とする技術情報が明確でないために、原告もその有用性について十分に説明できず、裁判所はその有用性を否定せざる負えないのかもしれません。

2018年3月5日月曜日

技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その4

前回のブログ記事に引き続き「優れた作用効果」が無い等により営業秘密の有用性を否定した判例を紹介します。

過去のブログ記事
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その1
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その2
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3

4件目は発熱セメント体事件(大阪地裁平成20年11月4日判決)です。
この事件では、被告らの代表者であるYが平成15年10月ころに、原告が電気技師として雇用していたP2を石巻まで呼ぶなどして同人から本件各情報を聞き出し、Yは原告が同年12月15日にP2を技術指導として被告高橋屋根工業株式会社に出張させた際にも、P2から本件各情報を聞き出したというものです。 そして、P2は原告の従業員として本件各情報を外部に漏洩しない義務を負う立場であったにもかかわらず、被告らに対し本件各情報(発熱セメント体に係る本件情報1~7)を不正に開示したと原告は主張しています。

そして、本件情報1に対して裁判所は「本件情報1は,炭素を均一に混合するという点を除いて,乙23公報により平成15年10月当時において既に公知であったものであり,炭素を均一に混合するという点についても,有用な技術情報とはいい難いことからすれば,不正競争防止法2条6項にいう「事業活動に有用な技術上の情報であって,公然と知られていないもの」ということはできず,同項にいう「営業秘密」に該当するとは認められない」とのようにその有用性、非公知性を否定しています。
この乙23公報は、特開2000-110106号公報(公開日:平成12年4月18日)であり、出願人は原告とは異なる者です。 なお、乙23公報の発明の名称は融雪道路および融雪道路用構造材です。


上記のように裁判所は、「炭素を均一に混合するという点を除いて」とのように本件情報1と乙23公報との相違点を認めています。しかしながら、この相違点については下記のようにして有用性がないと判断しています。
「原告は,発熱部は炭素を所定割合均一に混合しているので,遠赤外線を放射し,その遠赤外線は表面層を通過して雪を溶かしやすくすると主張する。しかしながら,炭素を均一に混合していることと,遠赤外線を放射することを因果的に裏付ける証拠はない。また,仮にこのような効果があるとしても,乙23発明において,セメントに炭素を混合することが開示されている以上,炭素を混合するに当たり,偏りのないよう均一に混合するというのは,当業者であれば通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項にすぎない。また,上記相違点に係る情報には炭素を均一に混合するための特別な方法が具体的に開示されているわけでもない。したがって,単に均一に混合するという上記相違点に係る情報は,それだけでは到底技術的に有用な情報とは認め難い。」
上記判断は、特許でいうところの進歩性の判断に類するとも思われます。一方で、原告による本件情報1の作用効果の説明が裁判において不十分であったために、このような判断になったとも考えられます。
何れにせよ、本事件では、被告が特許公報を用いて原告が営業秘密とする技術情報の有用性、非公知性を否定しています。
すなわち、技術情報を営業秘密とする場合には、特許公報に記載の技術と対比して有用性、非公知性を主張できるものである必要があります。

また、他の本件情報2~7に対してもその有用性を裁判所は否定しています。全てをここで記載するのも煩雑ですので、これらのうち代表的と思われるものを記載します。
「(4)本件情報5の営業秘密該当性  
原告は,「融雪板が4個の端子を有するのがよいこと」(本件情報5)をもって「営業秘密」に該当すると主張し,その有用性として,実用的に複数の融雪板を並置することができると主張する。しかし,端子の数を4個にすることと融雪板を並置できることとの関連性は不明であり,他に端子の数を4個にすることによる特段の作用効果は主張されていない。そもそも,端子を何個にするかは,融雪板をどの程度の大きさにするのかとの関係において,当業者の通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択される設計的事項にすぎないというべきである。
・・・
(5)本件情報6の営業秘密該当性  
原告は,「融雪板の適切な具体的な寸法が,一辺が約30cmがよいこと」をもって「営業秘密」に該当すると主張し,その有用性として,ハンドリングしやすい実用的な融雪板とすることができると主張する。しかし,融雪板をどのような寸法にするかは,まさに当業者の通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択される設計的事項にすぎないというべきであり,一辺が30cmであることについて,特段の作用効果も認められない。
・・・
本件各情報を全体としてみても、上記のとおりそれぞれ公知か又は有用性を欠く情報を単に寄せ集めただけのものであり,これらの情報が組み合わせられることにより予測外の特別に優れた作用効果を奏するとも認められない(そのような主張立証もない。)。したがって,本件各情報が全体としてみた場合に独自の有用性があるものとして営業秘密性が肯定されるものでもないというべきである。 」

このように、本事件において裁判所は、原告が営業秘密として主張する技術情報に対して、特許公報を引例としてその有用性や非公知性を否定しています。当然とも思われますが、このことは重要な知見であるとも考えられます。
すなわち、裁判所における有用性や非公知性の判断に特許公報が影響を与えるということです。特許公報は、膨大な数存在し、そこから多種多様な技術情報が公知となっており、日々その数を増しています。したがって、技術情報を営業秘密とする場合には、一般的に知られている情報だけでなく、特許公報を検索して公知となっているか否か、また、有用性を主張できるほどの作用効果があるか否かを判断する必要があると考えられます。

また、裁判所は、特に引例を挙げることものなく、「当業者の通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択される設計的事項にすぎない」や「予測外の特別に優れた作用効果を奏するとも認められない」としてその有用性や非公知性を否定しています。これは果たして適切なのでしょうか?
一方で、原告も、当該技術情報の作用効果を十分に説明できなかったようであり、そのことが裁判所の判断に与えているようです。