2025年11月30日日曜日

判例紹介:念書(契約書)に基づく秘密情報の廃棄や使用の制限について

秘密保持契約等を交わして自社の秘密情報を他社に開示することは一般的に行われており、開示した秘密情報の取り扱いに関して争って訴訟となる場合もあります。今回はそのような民事訴訟(新潟地裁令和 5年 9月28日 事件番号:令2(ワ)87号)を紹介します。

本事件は、使用済み紙おむつの燃料化事業に関し地方公共団体である被告との間で意見や情報の交換等を行っていた原告が、被告との間で交わした秘密保持に関する念書に基づき、本件情報を廃棄又は削除すること、被告において使用しないこと及び第三者へ開示し提供しないこと等を求めたものです。

まず、地方公共団体である被告は平成26年頃から使用済み紙おむつの燃料化について、実験を行うなどして事業化を検討し、平成29年11月15日以降、原告との間で燃料化事業について意見交換や情報共有等を行い、原告と被告は平成30年9月頃、平成29年11月15日付けにして本件念書を締結し、原告は本件情報を被告に開示しました。
その後、被告は公募による随意契約に基づき外部の事業者に委託して、燃料化事業の実証事業を行うこととし、令和元年5月、運営事業者の公募を開始して原告や他の事業者から応募を受けました。その結果、同年7月、運営事業者を社会福祉法人十日町福祉会に決定し、原告は落選することとなり、被告は、その後に十日町福祉会との間で随意契約の方法により、本件事業の運営に係る契約を締結しました。

このような経緯があり、原告は被告に対して開示した本件情報を本件念書に基づいて廃棄や本件情報を使用しないこと等を請求しました。

裁判所は原告が被告に開示した本件情報に対して、本件念書が適用される情報であるかを検討しています。
本件情報は、以下のものです。
ア 燃料化装置(SFD)に関する情報のうち、紙おむつ燃料化処理の作業手順
イ 燃料化装置(SFD)に関する情報のうち、紙おむつ燃料化処理に必要なガスの使用量 ウ 紙おむつ木くず混合ペレット製造に関する情報のうち、その製造の手順
エ 紙おむつ木くず混合ペレット製造に関する情報のうち、その成分分析
オ 紙おむつ木くず混合ペレット製造に関する情報のうち、破砕機の追加使用
カ 紙おむつ木くず混合ペレットに関する情報のうち、木くず混合ペレットの燃焼実験の結果とペレットの燃殻、排気ガスの成分分析及び燃え殻の成分分析データ
キ 紙おむつ木くず混合ペレットに関する情報のうちペレットサイズ
ク 使用済み紙おむつリサイクル施設の環境調査に係る燃料化装置による臭い等の情報

このうち、アとウは、原告が補助金事業の成果として平成30年3月頃に環境省に報告したもので、公刊されている書籍にも同様の作業手順が記載されているから、被告が原告から開示を受けた平成29年11月15日より後に、被告の責によらずに公知となったものであるため、被告は当該情報につき本件念書に基づく義務を負わない、とされました。

オは、被告が燃料化装置のメーカーから提供された資料にも、同様の様子が写真により記載されているから(乙61〔10頁〕)、開示を受けた時点で既に被告が保有していた情報であるため、被告は当該情報につき本件念書に基づく義務を負わない、とされました。

キは、木質ペレットのサイズはISO規格に定められている範囲であり、紙おむつを利用したペレットとの関係でも、ペレット成形機を製造している事業者において平成23年頃から6mmのサイズで紙おむつペレットを製造するための部品を製造しており、原告に特殊な技術ではなく開示を受けた時点で既に公知であった情報であるとして、被告は当該情報につき本件念書に基づく義務を負わない、とされました。

一方、イ、エ、カ、クについては、非公知の情報であるとして、被告は、当該情報につき本件念書に基づく義務を負う、とされました。


次に、原告による「本件情報の廃棄又は削除についての請求」に対して裁判所は以下のように判断しました。
本件念書は、その有効期間は実験の目的が完了するまでの期間とし(本件念書8条本文)、ただし、その失効後も、情報の使用目的等に関する規定(本件念書3条から5条まで)は有効に存続するものと定めるところ(本件念書8条ただし書き)、廃棄や削除に係る義務(本件念書6条)は、上記期間の終了後にも存続するものとして挙げられていないから、上記期間の終了後には存続しないと解される。
そして、本件念書について、令和元年7月12日に有効期間が終了したことは、原告が(本件情報を使用しないことについての請求に関し)自認するとおりであって、同日に本件念書の有効期間が終了した以上、廃棄や削除に係る義務は消滅したものというべきであるから、本件情報を廃棄又は削除することについての請求は理由がない。
このように、裁判所は、本件情報の廃棄又は削除に対して本件念書では本件念書の有効期間が終了した後にも有効に存続するという定めには含まれないとして、認めませんでした。本件念書の有効期限が過ぎたのであれば、本件情報は廃棄等されて当然のようにも思えてしまいますが、念書にそのような記載がないのであれば、廃棄等の請求は認められないこととなります。

また原告による「本件情報を使用しないことについての請求」に対して裁判所は以下のように判断しました。
本件念書は、被告において、原告から開示される使用済み紙おむつ燃料化事業における紙おむつ混合ペレットの成形実験及び燃焼実験に関する秘密情報を「本事業」の目的のためにのみ使用するものとし、他の目的に使用しないことに同意する旨を定め(3条)、「本事業」については、「使用済み紙おむつ燃料化事業」をいうものであって(本件念書の前文〔甲7〕)、その文言上、原告が被告から受託する業務に限定されていない上、本件念書は、被告が原告から開示を受けた情報等を利用して紙おむつ燃料化事業を行うために締結されたものであること(認定事実(4)ウ)に鑑みると、被告の行う紙おむつ燃料化事業のために原告から開示を受けた情報を利用することは、「他の目的」に該当しないというべきである。
そして、被告において、紙おむつ燃料化事業のほかに上記(1)ケの情報を利用していることを認めるに足りる証拠はないから、原告において、当該情報を使用しないよう求めることはできないというべきである。
本来原告は「原告が受託する使用済み紙おむつ燃料化事業」にのみ本件情報を使用することを目的として、本件念書を交わしたのだと思います。しかしながら、本件念書にはそのように記載されていなかったために、原告が他の事業者と共に「使用済み紙おむつ燃料化事業」のために本件情報を使用(利用)することができるようです。

また、原告は「本件情報を第三者に開示しないこと」(差止め)も求めていましたが、被告が当該情報を現に第三者に開示しているとか、第三者に開示するおそれがあると認めるに足りる証拠もないとして認められませんでした。なお、「現に開示・漏示がされ、又はそのおそれがあるかどうかを問わずに一律に差止めをすることができる旨の明示的な定めもないことからすれば」とも裁判所は述べていることから、このような定めが念書でされていれば、無条件に差止めができる可能性があるようです。

このように、秘密情報の開示先との間で交わす秘密保持契約書(念書)は秘密情報を開示する目的から様々なことを想定して定める必要があります。そうしないと、思わぬところで足をすくわれる可能性があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年11月23日日曜日

報道に用いられる営業秘密の違法性

ニデック株式会社は営業秘密を持ち出した元社員とこの営業秘密を使用してトラブルを東洋経済オンラインで報じた東洋経済新聞社に対して、民事訴訟を起こしていいましたが、本事件の地裁判決が出ました。
・ニデック元社員に賠償命令、営業秘密を記者へ提供で 東京地裁(日本経済新聞)
・ニデック元社員に損害賠償命令 営業秘密を記者へ提供(47NEWS)
・営業秘密を東洋経済記者に提供 ニデック元社員に275万円賠償命令(朝日新聞)

この判決によると、ニデックの元社員は、ニデックの稟議書等の営業秘密を不正に持ち出したとして、約270万円の損害賠償が命じられました。一方で、東洋経済新聞社は「資料は元社員が自発的に提供したもので、取材の過程で違法行為はなかった」(朝日新聞)として、責任を負わないとのことです。

ここで、不正競争防止法で規定されている違法行為を見てみます。
ニデックの元社員による違法行為は、おそらく不正競争防止法第2条第1項第7号ではないかと思います。(又は2条1項4号かもしれません。)
不正競争防止法第2条第1項第7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
この条文では、営業秘密そのものを取得する行為は違法ではないものの、不正の利益を得る目的や会社に損害を加える目的で使用や開示する行為が違法とされています。
東洋経済新聞社が報道目的で元社員から当該営業秘密を入手したようなの、東洋経済新聞社から元社員へ金銭の受け渡し(不正の利益を得る目的)があったとは考えにくいでしょう。そうすると、元社員が東洋経済新聞社にニデックの営業秘密を渡した(開示した)行為は、「ニデックに損害を加える目的」であったと判断されたのかと思います。日本経済新聞では「杉浦正樹裁判長は、元社員が正当な権限がなく資料を持ち出し、記事が掲載されたことでニデックは取引先や投資家の信頼が損なわれたと指摘。」とのように報道されています。


一方で、東洋経済新聞社は営業秘密の二次転得者であり、元社員が不競法第2条第1項第7号違反であれば、東洋経済新聞社は不競法第2条第1項第8号に該当する可能性があります。
不正競争防止法第2条第1項第8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
東洋経済新聞社は、元社員から稟議書を渡されており、通常であれば稟議書は会社の営業秘密であると推察できますから、営業秘密不正開示行為であることを知って稟議書を取得したと考えられえます。そして、それを東洋経済オンラインで報じることで使用しています。
このような行為は、不競法第2条第1項第8号に違反しているように思えます。

一方で、不正競争防止法は、「不正競争」の防止を通じて「事業者間の公正な競争を確保する」ことを法目的としています。そうすると、そもそも報道目的での営業秘密の使用等は不正競争ではないため、不正競争防止法違反となるような行為でもないと考えられます。
不正競争防止法第1条
この法律は、事業者間の公正な競争及びこれに関する国際約束の的確な実施を確保するため、不正競争の防止及び不正競争に係る損害賠償に関する措置等を講じ、もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
このように、同じ営業秘密であっても不正使用や不正開示の目的が異なることにより、違法性が異なったのかと思います。
しかしながら個人的にはこのような裁判所の判断に釈然としないものがあります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年11月16日日曜日

引っ越しに関する顧客リストを同業の転職先企業に持ち出した刑事事件

先日、引っ越しに関する顧客リストを同業の転職先企業に持ち出したとして、4人も逮捕され、転職先企業も書類送検されたという事件がありました。 営業秘密侵害の刑事事件において、一度に4人が逮捕される事件はあまり多くないかと思われます。

この事件は、転職先企業の代表者が被害企業の元社員に対して、営業秘密である顧客リストの不正な持ち出しを指示し、この元社員が転職先企業に転職したというものです。
そして、持ち出した顧客リストを転職先企業内で開示し、使用していたようです。


顧客リストは、被害企業内においてパソコン画面に表示された顧客リストをスマートフォンで撮影して持ち出したとのことです。このような持ち出し方法は、顧客リストを不正に持ち出したことを検知されないためとも考えられます。
なお、カメラで撮影して営業秘密を不正に取得することは、営業秘密を不正に複製して持ち出すことであり、今回逮捕されたように当然違法行為です。

また、逮捕された社長の他の3人は被害企業の元従業員であり、一人は顧客情報を不正に持ち出した者のようですが、残りの2人はどのような理由で逮捕されたのかは報道からはよく分かりませんでした。
仮に転職先企業内で顧客リストを不正に使用等したという理由なのであれば、この事件も回転寿司チェーン店事件における元部長と同じ状態なのかもしれません。

なお、逮捕されたとしても不起訴となる可能性も高いので、この事件の詳細は今後分からないかもしれません。しかしながら、不起訴となっても、既に氏名が報道されている者もいます。
このようなことを防ぐためにも、営業秘密侵害は、犯罪であることはもっと広く認識されるべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年10月30日木曜日

フランチャイズ契約をした被告が自身で取得した顧客情報の取り扱いについて

今回紹介する事件(東京地裁令和7年3月14日 事件番号:令3(ワ)18742号 ・ 令4(ワ)9207号)は、学習塾のフランチャイズを展開するマスターフランチャイザーである原告が、同フランチャイズのエリアフランチャイザーである被告に対してフランチャイズ契約の解除後における商標権侵害等を主張した事件です。この原告の主張の中に、顧客に係る氏名等の情報(本件顧客情報)に対する使用の差止と廃棄も含まれています。

まず、本件顧客情報は、原告が取得したものではなく、被告が取得した生徒等の個人情報です。そして、フランチャイズ契約(本件契約)には、下記のような条項があります。
第28条(個人情報管理)
4.乙及び丙は、生徒等の個人情報の取得を必要な範囲内で適切かつ公正な手段により行うものとし、前項の利用目的の達成に必要な範囲内でのみ利用する。
原告は、この条項に基づいて被告に対して本件顧客情報の使用の差止を求めました。
これに対して、裁判所は下記のように判断しています。
本件契約第28条4項は、被告明光らが取得した生徒等の個人情報について、「前項(学習支援サービスの提供、明光義塾の運営)の利用目的の達成に必要な範囲内でのみ利用する。」とされ、同条11項において、「本条で定める被告明光らの個人情報管理義務は、本件契約の終了又は解除後も有効とする。」と規定されているから、被告明光らは、明光義塾の運営以外に生徒等の個人情報を利用することはできないと解される。そして、本件顧客情報は、いずれも、同条3項の生徒等の個人情報に該当するとところ、被告明光らは、本件解除により明光義塾のエリアフランチャイザー及びフランチャイジーの地位を喪失しており、明光義塾に係る事業を継続することはできないから、上記生徒等の個人情報を用いて連絡をすることはできない。
したがって、不競法に基づく請求の成否について検討するまでもなく、原告の被告明光らに対する本件顧客情報の使用の差止請求は理由がある。
このような判断は、契約に基づいた妥当な判断かと思います。

さらに、原告は、本件顧客情報の破棄も求めています。使用の差止と共には破棄も求めることは当然のことでしょう。ここで、原告は、本件契約の第27条等に基づいて破棄をもとめています。
第27条(守秘義務)
1.乙及び丙は、甲に対し、下記事項について義務を負う。
(1)乙及び丙は、本契約によって知り得て甲の事業上の秘密(以下「秘密情報」という。)及び甲の不利益となる事項、情報を第三者に漏らしてはならない。
これに対して裁判所は以下のように判断しています。
原告は、被告明光らは、本件契約第27条、第28条及び第46条により、本件顧客情報を廃棄する義務があると主張する。しかし、本件契約第27条1項は、被告明光らが本件契約によって知り得た原告の事業上の秘密を「秘密情報」と定義しているところ、本件顧客情報は、本件契約第28条3項のとおり、被告明光らが生徒等から取得するものであるから、そもそも本件契約上の「秘密情報」に該当するものとはいえない。また、同条は、生徒等の個人情報の目的外利用を禁止しているものの、当該情報の破棄について定めておらず、本件契約第46条1項も、フランチャイズ展開に使用した資料及び書類を原告に返還する旨定めているものの、本件顧客情報が上記フランチャイズ展開に使用した資料及び書類に含まれるかは明らかでない上、同条項も、原告への返還義務を規定しているにすぎず、廃棄について定めたものとはいえない。以上によれば、本件契約に基づき、本件顧客情報の廃棄を求めることはできない。
このように裁判所は、本件顧客情報は被告が取得したものであり、そのような情報の破棄について契約では定められていないとしています。あくまで、被告が漏らしてはならない情報は、本件契約上は原告から取得した情報であるということのようです。

さらに、原告は不競法2条1項7号又は同項14号に定める不正競争に該当するとして、本件顧客情報の廃棄を求めました。しかしながら、これらの不正競争は、営業秘密を保持する事業者から当該営業秘密を示された場合に成立するものであり、本件顧客情報は被告らが取得して原告に提供したものであり、原告から示された場合に該当しないことは明らかであるとして、原告の主張を認めませんでした。

原告側とすれば顧客情報の使用の差し止めが認められるのであれば、顧客情報の破棄も認められるかとも思うのですが、このように契約の内容に従って破棄は認められませんでした。一方で、被告側とすれば、自社で取得した顧客情報であるにも関わらず、原告との契約が終了すると共に使用できなくなることは不本意でしょう。
このようなことを鑑みると、様々な可能性を考慮に入れて契約は締結するべきであることを再認識する必要があるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年10月19日日曜日

自社製品の市場、自社の立ち位置、技術内容等に応じた特許化又は秘匿化の選択

自社技術を特許出願する目的として、主に二つがあると考えます。
一つは、市場を独占する目的、もう一つは他社製品との差別化を行う目的です。

市場を独占するのであれば、自社のみで需要を賄う必要があります。独占を意識できる市場は新規な市場の場合が多く、新規な市場に適合する技術は特許権しかも、誰もが実施する可能性のある基本特許を取得できる可能性があります。

ここで、当該市場へ参入する企業が自社だけであり、自社の規模が当該市場に比べて十分に大きい、又は自社の規模は大きくないけれど当該市場が小さく需要を賄えるのであれば、自社だけで市場を独占することも可能でしょう。
一方で、当該市場に魅力を感じる他社が存在する場合には特許権により排除することも考えられますが、当該特許権の技術範囲に含まれない異なる技術で当該市場に参入する可能性もあります。
これはある意味で好ましいことでもあり、他社が市場に参入する余地があれば、供給よりも需要が大きいので市場そのものがより大きくなる可能性があります。そうすると、自社のシェアは小さくなるものの、市場が大きくなることで自社の売り上げは大きくなる可能性があります。

しかしながら、自社の特許権の技術範囲に含まれない技術を他社が実施することで市場が大きくなると、自社の特許権はあまり意味をなさない可能性があります。仮に、他社の技術が自社の技術よりも優れていた場合には、自社が当該市場からの撤退という事態になるかもしれません。


では、特許の視点からはどのような対応が考えられるでしょうか。
自社が当該市場に適合した基本特許を有しているのであれば、この基本特許を他社にライセンスして実施してもらうことが考えられます。ライセンスは有償よりも無償の方が参入企業が多くなるので好ましいでしょう。これにより、他社の技術が台頭する可能性が低くなり、かつ自社開発の技術が当該市場で主流となり得るので、自社は技術的優位に立てる可能性が高いでしょう。

無償ライセンスであるならば、特許を取得する必要が無いと考えるかもしません。しかしながら、仮に無償ライセンスを受けた他社が自社に対して他社特許権の行使を行った場合には、この無償ライセンスした特許権に基づいて権利行使を行うことができます(予めそのような契約にします。)。いわば、この無償ライセンスは半強制的なクロスライセンスでもあります。
また、市場が幾つかの分野に細分化でき、自社だけでは全ての分野への参照が難しい場合もあるでしょう。そのような場合には、分野毎、換言すると当該技術の用途毎に特許権を取得します。当該技術に新規性・進歩性があれば用途毎の特許を取得することは難しくありません。そして、自社が実施しない分野(用途)に対しては、他社に対して有償ライセンスを行います。

このようにして、新規な市場において自社技術を広め、他社参入を促すことでより市場を大きくすることも考えられます。また、市場に広まる技術は、自社技術であるため、自社が技術的に優位となる可能性が高く、常に他社製品よりも優れた製品を出すことも可能となりやすいでしょう。

しかしながら、このようになると市場の独占ではないので、自社製品は他社製品との差別化を行う必要があります。

自社が開発した差別化技術が自社製品の外観やUIから容易に判別できる場合には、特許を取得した方がよいでしょう。差別化技術の権利化には、特許だけでなく、実用新案や意匠も有効な場合があります。また、自社製品のリバースエンジニアリングによって容易に知得できる差別化技術も権利化が好ましいかと思います。

一方で、差別化技術が自社製品から知得される可能性が低いのであれば、ノウハウ(営業秘密)とすることも考慮する必要があるでしょう。秘匿化できる差別化技術を特許出願すると、当該差別化技術を他社が認識し、特許権の技術範囲に含まれない類似技術を実施する可能性があるためです。そうなった場合、自社の差別化技術によって他社製品との差別化ができなくなる可能性があります。

なお、秘匿化できる技術は製品の製造方法等の工場内でしか実施しないような技術です。このような技術は、自社で特許権を取得しても他社の侵害を容易に発見できず、自社の技術漏えいとなるだけの可能性も高いでしょう。また、自社製品で使用されている複雑な処理内容等も他社の侵害発見が容易ではない場合があるので、特許権を有効に利用できないかもしれません。

一方で、差別化技術を秘匿化した場合、他社が同じ技術を実施していてもそれが他社が独自に開発した技術であれば、何ら権利行使はできません。また、他社が当該差別化技術を独自開発して権利化してしまったら、実質的に他社特許の権利侵害になります。この場合、自社は先使用権を有しているでしょうし、やはり他社も自社による権利侵害を認識できないでしょうが、万が一のことを考えると気持ちのいいものではありません。

このように、自社開発技術の特許出願又は秘匿化は、自社製品の市場、自社の立ち位置、技術内容等に基づいて選択する必要があります。そして、この選択の目的は、自社利益の最大化にあります。
この視点が欠落すると、単に意味もなく特許出願又は秘匿化するだけであり、その結果、自社に損害を与える可能性すらあると考えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信