2017年8月7日月曜日

営業秘密における民事訴訟と刑事訴訟との関係

前回のブログでも書いたように、最近では営業秘密の漏えい元企業が刑事訴訟の後に民事訴訟を起こすという流れがあります。

逆の場合は少ないかと思いますが、例えば東芝とSKハイニックスとの間で起きた半導体製造方法の漏えい事件は、東芝がSKハイニックスに対して民事訴訟を起こした後に、情報漏えいした者(犯人)を刑事告訴しているかと思います。

刑事訴訟の後に民事訴訟を起こした事件として下記のものがあります。
日本ペイント事件
 日本ペイントの営業秘密(塗料「水性エンケース」の情報をUSBに複製)を持ち出したとして平成28年2月16日逮捕

自動包装機械事件
 原告会社の元従業員4人が競合他社へ営業秘密(自動包装機の設計図)を持ち出して転職。営業秘密の漏えい事件で初めて被告会社に刑事罰が科された事件
 被告人4名、懲役1年2ヶ月~2年6ヶ月(執行猶予3年又は4年)、罰金60万円~100 
 被告会社 罰金1400万円(横浜地判平成28.1.29)

エディオン営業秘密事件
 原告会社(エディオン)の元部長(被告)が転職先の上新電機に営業秘密(リフォームに関する商品仕入れ原価や粗利のデータ等)を漏えい。
 懲役2年(執行猶予3年)、罰金100万円(大阪地判平成27.11.13)



このように、刑事告訴と民事訴訟をセットにするパターンが増えた背景には、転職に伴い営業秘密を漏えいする事件が増加したからではないでしょうか。
刑事告訴されて有罪が確定した事件の一覧を参照すると、以前は売却する目的で顧客情報や技術情報を持ち出しした事件が多かったようですが、近年は転職に伴い営業秘密を転職先に持ち出す時間の割合が増加していると思います。
営業秘密の売却では、売却先が名簿業者であったりすると、そもそも名簿業者の企業規模も小さく、既に存在しなくなっている場合もあったでしょうから、高額な損害賠償の請求や営業秘密の使用の差し止めにあまり意味がないと思われます。
一方で、転職先企業に営業秘密を漏えいさせた場合は、その転職先企業で営業秘密を使用することも想定され、かつ高額な損害賠償に対する支払能力もあるでしょう。
こういう背景から、刑事告訴と民事訴訟とがセットになるパターンが増えたとも考えられます。

また、前回のブログでは刑事告訴を先に行うメリットとして、漏えい元企業のメリットについて述べましたが、刑事告訴を先に行うメリットは、転職者等を介して営業秘密が意図せずに流入した企業にもあると考えられます。

例えば、日産自動車の元従業員が日産自動車の営業秘密を転職先であるいすゞ自動車に持ち込んだ例があります。
この場合、いすゞ自動車は、日産自動車の営業秘密を使用したと疑われる立場にあります。
しかしながら、刑事事件の取り調べの過程において、いすゞ自動車において営業秘密の使用はなかったことが分かったようです。

参照記事:http://www.asahi.com/articles/ASJB0513VJB0ULOB015.html

刑事事件においてそのような判断がなされたのであれば、日産自動車もいすゞ自動車に対して民事訴訟を提起する可能性は相当低いでしょう。
もし、日産自動車が民事訴訟を先に提起した場合、いすゞ自動車は日産自動車の元従業員と共に被告の立場として自らの潔白を立証する必要があったでしょう。
すなわち、先に日産自動車が先に刑事告訴をし、それが確定したとしたことにより、いすゞ自動車は民事訴訟において被告となることを回避できたとも考えられます。
このように、営業秘密が意図せずに流入した企業は、刑事事件となった場合には、自らの潔白を証明するためにも、警察に対しては協力的な態度で臨むに限ると思われます。

2017年8月3日木曜日

日本ペイントが菊水化学に対して民事訴訟を提訴

先月、営業秘密の漏えいに関して日本ペイントが菊水化学で民事訴訟を提訴したようです。
日本ペイントのプレスリリース
産経ニュース

この事件は、日本ペイントの元執行役員が菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの営業秘密を持ち出し、菊水化学で開示・使用したというものです。
この元執行役員は既に逮捕・起訴されています。
産経ニュースを参照すると、日本ペイントは菊水化学と元執行役員に対して約9億6000万円の損害賠償と12製品の製造・販売の差し止めを求めているようです。

ちなみに、このニュースが報じられたのは7月15日(土)であり、週明けの株式市場において菊水化学の株価は前日終値447円であったものが435円に下がっています。下落率は大きくないもののこの日の出来高は42,300であり、7月14日の出来高が12,100であることやその前後日の出来高を鑑みると、この報道が悪材料として株価にも影響を及ぼしているとも考えられます。
・菊水化学の株価時系列
なお、菊水化学に転職した元執行役員が逮捕されたとの報道がされたときは、菊水化学の株価は前日460円(2016年2月16日)であったものが当日405円(2016年2月17日)とのように12%も下落しており、株価にもかなりの影響を与えています。


このように、最近の営業秘密関連の訴訟の特徴の一つに、営業秘密を漏えいさせた者(犯人)を刑事告訴した後に、その犯人と共に営業秘密を使用した者(転職先企業)に対して民事訴訟を行う、という傾向があります。
これは、請求人(営業秘密の漏えい元企業)にとって、営業秘密の漏えいの立証を警察側が行ってくれるというメリットがあると思われます。すなわち、刑事訴訟において営業秘密の漏えいの事実及び犯人が確定(ほぼ確定)すると、民事訴訟ではその争いを略行うことなく、損害賠償請求や差止請求の争いのみとなることが期待できます。
特に、営業秘密の訴訟では、秘密管理性、有用性、非公知性の有無が大きな論点になりますが、刑事手続きの段階でそれが認められているので、漏えい元企業は民事訴訟に関して時間及び費用の大幅な削減が期待できると思われます。
これは、漏えい元企業にとって大きなメリットであると考えられ、営業秘密の漏えい元が刑事告訴も行う場合には、刑事訴訟の次に民事訴訟という流れができつつあると思われます。

2017年7月31日月曜日

データ利活用の促進に向けた不競法改正案

このブログでは、営業秘密と共にデータの利活用についても追いかけようと思っています。
以前に、このブログではこれに関するものとして下記にの記事を載せています。
ビッグデータと営業秘密
第四次産業革命を視野に入れた不正競争防止法に関する検討
やはり、ビッグデータや第四次産業革命に興味があるせいか、本ブログでもアクセス数の多い記事です(本ブログの全アクセス数はまだまだ少ないですが・・・)。

そして、経済産業省において「産業構造審議会 知的財産分科会 不正競争防止小委員会(第1回)」なるものが開催され、7月27日付けで経済産業省のホームページに資料が開示されています。
この委員会は、「資料4-1 不正競争防止小委員会の設置について」に「営業秘密の保護・活用に関する小委員会」を廃止 し、知的財産分科会の下に新たに設置されたものとあります。
そして、この小委員会の目的は、法改正に向けた詳細な制度設計を進めることにあり、下記の点を検討事項として挙げています。
(1)データの不正取得等の禁止
(2)データに施される暗号化技術等の保護強化
(3)技術的な営業秘密の保護のための政令整備(政令事項)


ここで、どのような侵害事例を対象としているのかが、参考資料 データ侵害の事例(データ利活用 ヒアリング調査)にまとめられています。
この侵害事例を参照すると、所謂ビッグデータのみを対象としているわけではないようです。

そして、「行為規制の前提となるデータの要件」が「資料7 データ利活用の促進に向けた制度について(行為規制の前提となるデータの要件に係る検討)」で検討されています。
 この要件として管理、有用性、投資、オープンデータ、データ量等が検討されています。
このデータの要件は、営業秘密の3要件(秘密管理性、有用性、非公知性)のように程対象となるデータがなんであるかを定めるものであるので、最も注視するべきことだと思われます。

今後も、このデータ保護に関する不競法改正案について追いかけてみようと思います。

2017年7月27日木曜日

タイムスタンプを使う目的

最近タイムスタンプの利用促進が図られているようです。
INPITでもタイムスタンプ保管サービスが開始されています。

タイムスタンプの活用事例として度々挙げられていることは、「先使用権の確保」です。
これについて、私は「先使用権の確保」を目的としたタイムスタンプの利用には少々懐疑的です。
当然、これを目的としてタイムスタンプを利用する企業はあるとは思いますが、多数派になるでしょうか?

そもそも、先使用権の主張はタイムスタンプが開発される前から行われ、タイムスタンプを用いなくても認められています。
より具体的には、先使用権は「その発明である事業をしている者又はその事業の準備をしている者」に認められるものです。すなわち、既に事業を行っていたり、その準備を行っているので、社内外でこれに関して日付のある書類等が多くあるはずです。
そのような書類が先使用権を主張するための証拠となり得るわけで、そのような書類に新たにタイムスタンプを押す作業を行うことで、裁判において先使用権が更に認められやすくなるのでしょうか?
しかも、他社に特許権の侵害だと訴訟を提起され、かつ先使用権の主張を行う、という実際には可能性がとても低いであろうレアケースに対応するために、コストや手間をかけて、膨大な書類にタイムスタンプを押すことの費用対効果は如何ほどでしょうか?
そこまでするのであれば、自社が実施し他社に特許を取られたら困る技術を積極的に特許出願する方が、他社特許の侵害回避に対する費用対効果が高いとも思えます。

実際、タイムスタンプではないですが、先使用権を主張する証拠になり得るものを予め準備し、公証役場で確定日付を押してもらう作業を行うケースもあるようですが、結局、どの技術が特許権の侵害とされるか予想困難であり、ほとんど意味をなさないようです。

また、タイムスタンプを押すことでそのデータがその後改竄されていないことも証明できますが、裁判において、被告(侵害者)が提出した証拠が改竄されていることを主張立証する立場にある者は原告(特許権者)です。先使用権を主張する被告(侵害者)が証拠の改竄を行っていなければ、タイムスタンプを押していようが押していまいが、当然、その事実は変わらないはずであり、もし原告が証拠の改竄を主張したとしてもそれは言いがかりであり、裁判所は認めないでしょう。

ちなみに、「タイムスタンプ 先使用権 特許」で判例検索を行いましたが、この検索結果は「1件」であり、しかも商標に関するものでした。すなわち、先使用権の主張においてタイムスタンプを利用した証拠が提出された事件は確認できませんでした。




では、営業秘密の管理にタイムスタンプを利用できる場面はないでしょうか。
INPITのホームページにも営業秘密の管理にタイムスタンプを利用する事例が挙げられていますが、より具体的な場面を考えてみたいと思います。

例えば、新規の事業を行う場合等であって、その事業に関する経験等を有する転職者を新たに採用すると、この転職者から意図せずに他社(転職者の元勤務先)の営業秘密が流入し、自社の情報と混ざる、所謂コンタミが生じる可能性があります。
コンタミが生じると、最悪の場合、自社が有する情報が独自の情報なのか他社の営業秘密なのか判別が困難になるかもしれません。

このようなことを防止するために、タイムスタンプが有効ではないかと考えます。
例えば、新規事業に関する資料等に常にタイムスタンプを押していれば、それが作成された時期が客観的に証明できます。そして、転職者がたとえ他社の営業秘密を持ち込んだとしても、転職者が来る前から他社の営業秘密と同じ情報を既に自社が有していれば、タイムスタンプによって証明が容易になると考えられます。

このように、新規事業の立ち上げ、これに伴う転職者の雇用、このような場合にタイムスタンプを利用することで、他社から営業秘密の流入や使用を疑われても対応できる可能性が拡がると考えます。
すなわち、「新規事業の立ち上げ+転職者の雇用」というようなケースの場合に、社内資料にタイムスタンプを押すわけです。このようなケースはさほど多くないとも思いますので、タイムスタンプを押す労力やコストもさほど高くならないのではないでしょうか。