2020年8月8日土曜日

判例紹介:契約書に秘密保持の条項が設けられていても、秘密管理性が認められなかった裁判例

契約書の秘密保持条項が営業秘密で言うところの秘密管理性の認定に大きく寄与しますが、今回紹介する裁判例(東京地裁令和2年1月15日判決  事件番号:平28(ワ)35760号 ・ 平29(ワ)7234号)は、秘密保持条項を有する契約によっても秘密管理性が認められなかった事例です。

本事件は、被告らが原告を退職した際に原告から持ち出したパソコン内に保存されている資料(原告がいうところの営業秘密)を使用し、被告会社の代表取締役又は従業員として被告会社の業務を行い、原告の営業上の利益を侵害している、と原告が主張したものです。典型的な営業秘密侵害のパターンですね。 
なお、原告が営業秘密であると主張する情報(本件各情報)は、「原告において過去に実施した企画又はイベントの成果物(企画書,シナリオ等),顧客からの受注金額,外注業者への手配金額,粗利並びに顧客及び外注先の担当従業員の連絡先」です。 

そして、原告は、被告らが原告に在籍中に秘密保持条項等が記載された書面を原告に提出したことにより、原告と被告らそれぞれとの間において秘密保持等契約が成立し、本書面の第3条には原告の「取引先や仕入先および資料」は全て原告に帰属する旨を定めている、と主張しています。さらに、本件パソコンには,パスワードが設定されており,第三者が本件パソコン内のデータを自由に閲覧することはできないし、原告の電子メールサーバーもパスワードで保護されており、原告代表者以外の者がこれを閲覧することはできないため、以上のことから、本件各情報は秘密として管理されていると主張しています。


これに対して裁判所は、以下のように判断しています。
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本件各情報のうち原告の顧客及び外注先といった取引先の担当従業員の連絡先については,・・・これらの取引先の住所や電話番号と一緒に,お歳暮,お中元,年賀状等の送付先として管理されるとともに,原告代表者及び被告Y2らは,いずれも自身が契約を締結して使用している携帯電話に,これら取引先の担当従業員の連絡先を登録し,これを業務に利用していたことが認められる。そうすると,原告において,その取引先の担当従業員の連絡先につき,秘密管理措置が施されていたとは認め難い。
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さらに、裁判所は以下のようにも判断しています。
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別紙契約書書式第3条には,原告が「過去に取引をしたことがある取引先や仕入先および資料」が全て原告に帰属する旨記載されているところ,前記(2)のとおり,原告において,その取引先や過去の取引等に関する情報につき,十分な秘密管理措置を執っていたものとは認め難く,また,別紙契約書書式の全ての記載に照らしても,上記「資料」が具体的に何を指すのかは明らかでないといわざるを得ないことに照らせば,別紙契約書書式に上記のような定めが置かれていることをもって,本件各情報につき,原告の秘密管理意思(特定の情報を秘密として管理しようとする意思)が具体的状況に応じた秘密管理措置によって原告の従業員等(被告Y2ら)に明確に示されていたということはできないし,原告の従業員等(被告Y2ら)においてそのような原告の秘密管理意思を容易に認識できる状況にあったものということもできないものというべきである。
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なお、裁判所は、秘密管理性の定義として、「本件各情報が不正競争防止法2条6項にいう「営業秘密」に当たるというためには,原告が本件各情報を秘密情報であると主観的に認識しているだけでは足りず,原告の秘密管理意思(特定の情報を秘密として管理しようとする意思)が,具体的状況に応じた秘密管理措置によって原告の従業員等に明確に示され,原告の従業員等においてそのような原告の秘密管理意思を容易に認識できる必要があるものと解するのが相当である。」としています。

すなわち、本事件では、いくら原告が被告との間で、秘密保持条項を有する契約を結んだとしても、秘密管理の実態がなく、原告の秘密管理意思が従業員等に明確に示されていなければ、秘密管理性は認められません。
また、秘密保持の対象が「資料」のように包括的な表現となっていると、秘密保持の対象も不明瞭であり、これも原告の秘密管理意思が従業員等に明確に示されていないことになります。

このように、必ずしも、契約又は就業規則等に秘密保持条項や秘密管理規定が設けられているとしても、実態が伴っていなければ、秘密管理性は認められないという認識が企業には重要です。
弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年7月30日木曜日

判例紹介:営業秘密(技術情報)の特定について

本ブログでは、度々、営業秘密はまずその特定が重要であることを述べてきました。
特に、技術情報を営業秘密とする場合において、当該技術情報が特定されていないと、秘密管理性、有用性、非公知性の判断が裁判所が行うことなく、原告(営業秘密が侵害されたと主張する者)が敗訴する場合が散見されます。

今回紹介する裁判例(大阪地裁令和2年3月26日判決 平30(ワ)6183号 ・ 平30(ワ)9966号)もそのようなものです。


本事件は、原告は被告との間でOEM販売契約を結んでいましたが、原告は被告に対して同契約の解除に伴う原状回復請求権に基づき、支払い済み代金の一部の返還等を求めたものです。これに対し、被告は反訴として特許権の侵害や不競法に基づく損害賠償を求めました。すなわち、本事件は、被告が原告による営業秘密の不正使用等を主張しています。


被告は、自身の保有する営業秘密として「本件OEM契約では,「製品に関する技術情報」についての秘密保持が規定され,第三者への秘密漏洩を禁止し(16条),被告の同意なき成分分析も禁止されている(15条)。セルフィールの成分,成分の含有割合及びそのバランス(ただし,本件特許の特許公報記載のものを除く。)は上記情報に当たる。」とのように主張しています。


なお、セルフィールは、天然土壌由来の無機化合物(鉄化合物,アルミニウム化合物,カリウム化合物,チタン化合物)を含有する無色透明・無臭の水溶液です。
そして、原告は、被告から本件OEM契約に基づきセルフィールを購入し、これを繊維関連の顧客に原液のまま販売したり、繊維に加工するために必要な調合を施した水溶液を販売したり、セルフィールを使用して原告が加工した繊維製品を第三者に販売したりしていたようです。



このような被告の営業秘密に対する主張に対して、裁判所は以下のように判断しています。
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被告は,営業秘密の内容として,本件特許の特許公報記載のものを除くセルフィールの成分,成分の含有割合及びそのバランスであると主張するものの,その具体的内容は明らかにしない。この程度の特定では,当該情報の有用性その他「営業秘密」の要件の有無や,当該情報と原告が取得等したとされる情報との同一性等を判断することは不可能又は著しく困難である。その意味で,被告の主張は,不正取得等されたという情報の特定の点で十分とはいえない。したがって,被告主張の情報が営業秘密に該当するとは認められない。
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被告としては、特許公報にセルフィールの成分が公開されているため、セルフィールの成分が営業秘密であると主張しても、非公知性を満たさないと判断されるであろうから、「特許公報記載のものを除く」セルフィールの成分が営業秘密であると主張したのだと思われます。
このような主張は、やや苦し紛れにも思えますが、やはりこの程度の主張では営業秘密の具体的内容は明らかにされていない、との裁判所の判断は妥当であると思われます。

この裁判例のように、営業秘密はその具体的な内容は特定されなければなりません。換言すると、具体的な内容が特定されていない情報は、営業秘密とはなり得ません。
情報を営業秘密とする場合には、このことを常に念頭に置き、当該情報の具体的な内容が特定できているかを意識する必要があるでしょう。
弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年7月28日火曜日

9月の大阪発明協会主催の営業秘密研修会はウェブ形式になりました。開催日10月9日

既に告知していた9月11日に開催予定でした営業秘密研修会はいったん中止となりました。
この新型コロナが再び広まりつつある状況下では致し方ないですね。

とはいえ、既に数名の参加申し込みがあったようです。
この状況下でも私の研修会に興味を持ち、参加申し込みをしてくださった方、企業様もいらっしゃたことはうれしい次第です。

しかしながら、10月9日にウェブ形式での開催となりました。
関西方面以外の方の参加も可能になるのかな?
もしより多くの方の参加があれば、結果オーライでしょうか。


弁理士による営業秘密関連情報の発信