2021年11月7日日曜日

自社による技術情報の秘匿化と他社による特許出願

技術情報を秘匿化することは、当該技術情報を他社に知られるないという大きなメリットがあります。
しかしながら、技術情報を秘匿化すると、当該技術情報と同じ技術を独自開発した他社によって特許出願される可能性があります。この可能性が一体どの程度のものであるかは、定かではありませんが、確かにその可能性はあるでしょう。

もし、自社で営業秘密とした技術情報が他社によって特許出願されると、まず公開公報の発行によって非公知性が失われるので、当該技術情報は営業秘密ではなくなります。これは、技術情報を秘匿化した意味が根底から失われます。

さらに、他社によって特許権が取得されてしまうと、当該技術情報を自社で使用(実施)すると他社の特許権の侵害になりますので、使用できなくなります。すなわち、営業秘密としていた技術情報を自社製品に使用しているものの、当該技術情報に係る発明の特許権を他社が取得すると、この自社製品は製造・販売できないこととなります。このため、多くの企業は少なくとも自社製品に使用する技術情報(発明)について特許出願、すなわち自社実施のための出願を行います。

なお、上記のような他社特許権の侵害に自社が陥ったとしても、特許法には先使用権(特許法79条)の規定があります。このためこの先使用権の要件を満たしている場合、自社は通常実施権を有していることとなり、所定の範囲内で実施が可能となりますので、必ずしも自社製品の製造・販売を停止しなくてもよい可能性があります。


一方で、自社実施のための出願は、安心感や保険のために必要かと思いますが、本来であれば秘匿したい技術情報をこのために特許出願するか否かはよく考えるべきであると個人的には思います。

まず、①特許出願したからと言って、さらには特許権を取得したからといって、必ずしも他社の特許権を侵害していないことにはなりません。
当然、自社の特許出願前に同じ技術が特許出願や権利化される場合もあります。さらには、自社で取得した特許権に係る発明が他社の特許権に係る発明を利用している場合もあります。この場合には、自社の特許権に係る発明を実施すると他社の特許権を侵害することになります。
このことから、特許出願をしたからといって、当該特許出願に係る発明を安心して実施できるとは限りません。特許出願前に先行特許調査を行って他社の特許権の有無を調べることで、このような事態を回避できる可能性があります。
なお、既に他社によって特許出願されている技術は、自社で秘密管理していても非公知性を失っているために営業秘密とはなり得ません。このため、自社開発技術を秘匿化する場合にも、不必要な秘密管理措置を防ぐ目的でも先行特許調査をするべきであると考えます。

さらに、②本当に同じ技術を他社が特許出願する可能性があるのか?ということも熟考えする必要があるでしょう。
例えば、自社の技術力が他社よりも高く、自社製品のリバースエンジニアリングによっても知られる可能性が低いにもかかわらず、秘匿化したい技術情報を安心感を得るために特許出願すると、他社は当該技術情報を知ることとなり、他社の技術力アップに貢献してしまう可能性もあります。このような場合に、自社実施のための特許出願は極力行わないほうが良いかと思います。
また、自社の工場内でしか使用しない技術や、自社製品に特有の技術で他社が当該技術を使用する可能性が相当低いような技術を特許出願することも考えものです。このような技術を特許出願することは単に技術の開示にしかすぎない可能性が高いためです。

しかしながら、特許出願によって一定の安心感を得られることも事実かと思います。
そこで、安心感を得るために特許出願しても、他社が自社の技術に追いつかないという確信がある場合には、公開公報の発行日前、具体的には公報発行の準備がなされる前である出願から1年3ヶ月より少し前に出願の取り下げを行うという方法があります。そして、取り下げの直後に再び出願します。一方、他社が自社の技術に追いつく可能性を感じた場合には、出願を取り下げずに特許権の取得を目指します。
これは、何れ特許出願を行うことを考えると、取り下げ→再出願毎に要する費用も特許庁費用で1万5千円(事務所費用も安いでしょう。)であり、繰り返し取り下げと再出願を行ったとしてもコスト的には問題ないかと思います。一方で、他社の技術動向の見極めが必要であるため、知財部としては難しい判断を要します。
なお、特許出願しても公開されるまでは、自社で当該技術情報を秘密管理することはいうまでもありません。

このように、技術情報の営業秘密化は他社に特許権を取得されるリスク(秘匿化リスク)があり、特許出願は他社に技術を知られるリスク(公開リスク)があります。一方で、営業秘密化は他社に技術を知られないというメリットがあり、特許出願には独占排他権を得ることができるというメリットがあります。
営業秘密化と特許化とのメリット、デメリットを見極めて、自社の事業の利益を最大化することができる方策を立案することが知財活動の本質の一つでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年10月24日日曜日

オープン・クローズ戦略の”コア領域”について

知財戦略の一つにオープン・クローズ戦略があり、知財においてこの概念は広く使われています。

しかしながら、オープン・クローズ戦略は法的な定義があるわけでもなく、人によってはその解釈が若干異なる可能性があります。その一つに、”オープン”と”クローズ”の意味があります。

上記図では、"オープン"を自由技術化や標準化、他社へのライセンス等としており、自社開発技術を他社も使用可能とするものとしています。一方、"クローズ"を自社開発技術の秘匿化や権利化による占有としています。
すなわち、上記図では、自社開発技術を他社にも使用可能とすることを"オープン"とし、自社だけで独占することを"クローズ"としています。

他方で、これとは違う解釈もあります。それは、技術情報の開示の視点によるオープン、クローズの解釈です。すなわち、特許等のように技術を開示する場合を"オープン"とし、秘匿化のように技術を開示しない場合を"クローズ"とします。

このように、オープン、クローズには2種類の解釈があります。しかしながら、オープン・クローズ戦略の解釈としては、上記図のように自社開発技術を他社にも使用可能とすることをオープンとし、自社だけで独占することをクローズとする解釈が主流かと思います。

また、オープン・クローズ戦略を実行する上でコア領域(コア技術)の見極めが必要となります。では、コア領域とはどのような概念でしょうか?

ここで、QRコード技術を例にコア領域を考えてみたいと思います。

上記note記事では、QRコード技術を「QRコードそのもの」(以下単に「QRコード」といいます。)と「読取装置」とに分けて考えています。QRコード技術は、QRコードと読取装置の2つがないと意味を成さないでしょう。そして、これら2つはデンソーによって新しく開発された技術要素です。
そうすると、QRコード技術のコア領域はQRコードと読取装置の2つであるとも思えます。また、QRコードはそれまで普及していたバーコード(1次元コード)に対して記録できる情報量が多くできる2次元コードであり、その読取装置はQRコードという技術がなければ生み出されなかった付随的な技術である、とのように考えると、コア領域はQRコードのみである考える人もいるでしょう。逆に、読取装置のみをコア領域と考える人は少数派でしょう。

しかしながら、QRコードの知財戦略において、デンソーはQRコードの特許権を取得していますが、それを無償ラインセンスして誰でも使用可能としています。すなわち、QRコードはオープンにされています。一方、読取装置は特許権の有償ラインセンス及び秘匿化されています。すなわち、読取装置はクローズにされています。
このことから、QRコードの知財戦略では、QRコードを非コア領域とする一方で、読取装置をコア領域としています。

この違いはどこから来るものでしょうか?
それは視点の違いです。
QRコード技術を技術的側面からみると、少なくともQRコード(及び読取装置)がコア領域と特定されるでしょう。一方、QRコード技術を事業的側面からみると、読取装置のみがコア領域と特定されるのです。

上記の図が記載されている経済産業省 2013年版ものづくり白書 第1部 ものづくり基盤技術の現状と課題 p.107  には以下のような記載があります。
❝知財マネジメントの基本は、知的財産の公開、秘匿、権利化を使い分ける「オープン・クローズ戦略」である。オープン・クローズ戦略とは、これらの知的財産のうち、どの部分を秘匿または特許などによる独占的排他権を実施(クローズ化)し、どの部分を他社に公開またはライセンスするか(オープン化)を、自社利益拡大のために検討・選択することである(図132-4)。アップル・インテル・ボッシュなどの欧米企業は、オープン・クローズ戦略を駆使し、オープン化により製品を広く普及させる仕組みを作ることに加え、自社のコア技術(差別化部分)をクローズ化することで、製品市場の拡大と競争力の確保を同時に実現することを図っている(図132-5)。❞

上記記載のように、他社と差別化できる部分をコア技術とします。この差別化部分とは、すなわち、自社が利益を挙げることが可能な技術です。換言すると、利益を上げることができない技術は技術的に優れていても、コア技術とはなりえません。

一方で、QRコードからも収益を得るという事業戦略(戦術)もあり得ます。具体的には、QRコードの特許権に基づいて、QRコードの使用を自社又は有償のライセンシーに限定するというものです。こうすると、QRコードはクローズ化された技術、すなわち、コア技術となります。このように、事業戦略によって、オープン・クローズ戦略で言うところのコア技術及び非コア技術は変化するでしょう。

以上説明したように、オープン・クローズ戦略では、事業を理解して上でその事業において利益を上げることができる技術をクローズとしなければなりません。事業によっては、オープン化を行わない場合もあるでしょう。一方で、事業としてオープン化だけを行うことは基本的にあり得ないと考えられません。上述のように、オープン化した技術からは利益を得られないためです。
このため、技術をオープンにする場合にはクローズ化させる技術もセットになるべきです。もし、事業戦略(戦術)から導き出された知財戦略(戦術)が技術のオープン化だけになる場合は、その知財戦略が誤っているか、そもそもの事業戦略が誤っている可能性があるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年10月3日日曜日

知財戦略カスケードダウンから三位一体へ (その2)

前回のブログでは、知財戦略カスケードダウンにおいて知財部から事業部又は技研究開発部へフィードバックや提案を行うことで、三位一体を実現する例を示しました。
知財部からフィードバックや提案を行う場合とはどのような場合でしょうか?それは様々な場合があると思いますが、前回のブログでは自社の秘匿化技術が他社でも独自開発されそうな状況になった場合を例に挙げました。
この他にも、ビジネスに必要とする特許権等の権利取得の可否もそれに含まれるでしょう。そのような例を以前、知財戦略カスケードダウンに当てはめたQRコードの例を参照して考えてみたいと思います。

参考ブログ記事:

まず、QRコードの事業目的、戦略、戦術は下記でした。
事業目的:
  QRコードを世界中に普及させる
事業戦略:
  誰もが自由に安心して使えるようにすると共に、早期にQR市場を形成させる
事業戦術:
 (1)業界標準を取得し、業界からISOの規格化を要請してもらう。
 (2)誰もが自由に安心して使える環境作り
 (3)事業収益は慣れ親しんだ読取装置・サービスをQR市場に提供

そして、QRコードは技術要素として「QRコードそのもの」と「読取装置」に分けることができます。
「QRコードそのもの」の知財目的、戦略、戦術は下記でした。
知財目的:
  誰もが自由に安心して使える環境作り
知財戦略:
 (1)利用者にはQRコードをオープンにする。
 (2)QRコードの模倣品や不正用途を排除する 。
知財戦術:
  QRコードの特許権取得

このように、QRコードのビジネスには、QRコードそのものの特許権の取得が必要になります。実際にデンソーはQRコードの特許権を取得しています。
❝特許第2938338号
(出願日:平成6年(1994)3月14日 登録日:平成11年(1999)6月11日)
【請求項1】  二進コードで表されるデータをセル化して、二次元のマトリックス上にパターンとして配置した二次元コードにおいて、前記マトリックス内の、少なくとも2個所の所定位置に、各々中心をあらゆる角度で横切る走査線において同じ周波数成分比が得られるパターンの位置決め用シンボルを配置したことを特徴とする二次元コード。❞
また、Wikipediaを参照すると、1997年10月にAIM International規格、1998年3月にJEIDA規格、1999年1月にJISのJIS X 0510、2000年6月にISO規格のISO/IEC 18004となっています。以上のように、実際のQRコードに関しては特許権の権利取得や規格化も順調に行われたのでしょう。

一方で、出願日から登録まで5年以上を要しており、QRコードの開発から事業に至るまで比較的余裕を持って行われたのかなとも思えます。QRコードの開発が現在から30年近く前であり、ビジネススピードの感覚も現在に比べて緩やかであったのかもしれません。
現在では、新規の事業であり速いビジネススピードを求められたら、特許出願から特許権取得までに5年もかけていられないでしょう。

仮に権利取得が新規事業の前提となっているのであれば、事業の開始は特許権の取得如何によって左右されるかもしれません。そして、技術開発から事業開始までのスピードを求められていたら、特許権の取得までに数年単位をかけることはできないでしょう。特許権を取得する業務はまさに知財部の業務です。研究開発部でもなく、ましてや事業部でもありません。
もし、研究開発部が当該事業に用いる技術開発が終了した時点で発明届け出を知財部に提出すると共に、「半年後には市場にリリースすることが事業部との間で決まっている。それまでに特許権を取得してほしい。」といわれたらどうでしょう?
急いで特許事務所に明細書作成依頼を出して、現時点から出願まで1ヶ月とし、早期審査請求により特許庁から特許査定通知がでるまで出願から2~3ヶ月、上手く権利化できても現時点から3~4ヶ月です。もし拒絶理由があると、さらに特許査定までの期間を要するため、半年後のリリースには間に合わないでしょう。このような状況になると、知財部としてはもっと早く発明届け出を出して欲しかったとなるでしょう。しかしながら、このような状態に陥る知財部があるとすると、この原因は知財部の姿勢が「待ち」であるためとも考えられます。

ここで、知財戦略カスケードダウンでは知財部が事業に基づいて知財目的・戦略・戦術を立案するものです。このため、知財部は事業に関する情報を積極的に取得する必要があります。このため、例えば、知財部が事業部等に出向き、今後の事業計画や現在の事業動向等の情報を取得し、知財部でこれに応じた知財目的・戦略・戦術を立案します。これが知財戦略カスケードダウンの肝でもあります。

事業部からの情報収集の過程で新規事業の情報も知財部は取得するでしょう。その場合、知財部は、当該新規事業に用いる開発段階の技術情報を研究開発部から取得する必要性に気が付くはずです。そうすると、その後に実行するべきことは容易に理解できます。
新規事業に用いる技術開発の動向をウォッチし、製品に用いる状態にまで開発が進むのを待つことなく、特許として出願できる状態(実施可能要件を満たす状態)にまで開発が進んだときに特許出願を行なえばよいのです(秘匿化を選択するのであれば、早期に適切な秘密管理を行います)。

このように、知財戦略カスケードダウンの考え方によると、知財部が事業を理解することによって、知財部が自発的に技術からも情報を取得し、特許出願等を行うことになります。その結果、特許取得が待ちの状態とはならないため、事業のスピード感にも合わせた権利取得等が可能となります。また、拒絶によって権利取得できない場合、その対応策を講じる時間的余裕も出てくるでしょう。
QRコードの例において、仮にQRコードそのものの特許が取れないとしても、他社の特許権を侵害していないという確証があれば事業を予定通り行い、特許権による権利行使はできないものの、QRコードを不正使用している他社に対しては商標権による権利行使を行うという知財戦術を立案することもできるでしょう。

さらに、権利取得の過程で、新規事業に使用する技術の特許権を他社が既に取得していことに気が付くかもしれません。そのような場合には、事業部及び研究開発部に他社特許権の侵害リスクを伝え、事業の戦略又は戦術の見直し、研究開発部には他社特許の回避策の検討を促すこともできます。また、他社の特許権の譲渡又はライセンス取得の可否、無効理由の検討等も行えるでしょう。

このように、知財部が事業を理解して自発的に行動することで、事業及び研究開発にフィードバックや提案を行なえます。その結果、三位一体が実現できると考えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信