2022年6月14日火曜日

オープン・クローズ戦略におけるオープン化の成功要因 その1

今まで、知財戦略としてのオープン・クローズ戦略について、下記のようにいくつか事例を検討してきました。
(1)QRコード
(2)CC-Link
(3)光触媒
(4)冷媒R32

オープン・クローズ戦略におけるオープン化の目的は、自社開発技術を普及させることで事業を拡大するというものです。このような目的を達成するためには、そもそも他社に自社開発技術を使用して貰わなければなりません。
このためには、自社開発技術が魅力的、換言すると他社が利益を得ることができなければなりません。しかも比較的容易にです。
では、上記のオープンクローズ戦略では具体的にどのようにしたのでしょうか。

まず、QRコードですが、QRコードそのものは無償開放されました。しかしながら、QRコードを無償開放しても、他社はQRコードからどのようにビジネス展開をして利益を挙げることができるのでしょうか?QRコードは各種サービスの利便性等を向上させることはできても、QRコードそのものから利益を得るためには、相当の工夫が必要に思えます。

そのためか、デンソーはQRコードを無償開放するだけでなく、QRコードの読取装置の特許を有償ライセンスしました。QRコードが無償開放され、広く使用されることになれば、当然、読取装置の需要も増加します。そうすると、他社は有償ライセンスであっても、読取装置の製造販売に関するビジネスモデルを構築し易くなります。

QRコードの普及は、この読取装置の有償ライセンスも大きく貢献していたのではないかと思います。もし、QRコードそのものを無償開放したとしても読取装置をデンソーが独占し、他社を排除していたら、いくらQRコードが普及しても、利益を得る企業がデンソーだけになるでしょう。そうなれば、他社はQRコードの特許を回避しつつ、新たな二次元コードを開発して普及を図るかもしれません。そうすると、相対的にQRコードの普及率は低下するでしょう。
なお、デンソーは読取装置において他社と差別化するための技術を特許化又は秘匿化し、これにより自社の利益を挙げています。

このように、デンソーは自社だけでなく、他社も利益を挙げることが可能なように特許の無償開放と有償ライセンスを組み合わせて開放しています。


一方で、QRコードよりも以前に開発された二次元コードとして、CPコードがあります。しかしながら、CPコードは評価されたようですが、広く普及するには至りませんでした。このCPコードもCPコードそのものと読取装置を特許化し、オープン・クローズ戦略を選択しています。しかしながら、それは有償ライセンスによるものでした。
CPコードに関する資料が少ないため、どのような特許を有償ライセンスしていたかは定かではありません。もし、CPコードそのものも有償ライセンスの対象としていたら、上述のようにCPコードそのもので利益を挙げることは難しく、これが普及を阻害したのかもしれません。

次に、CC-Linkのオープンクローズ戦略についてです。
CC-Linkは、三菱電機が開発したオープンな産業用ネットワークであり、マスタ局とスレーブ局とがオープンフィールドネットワークであるフィールドバスで接続され、マスタ局とスレーブ局との間でデータ通信を行うものです。
CC-LinkとQRコードは技術分野が全く異なります。しかしながら、CC-Linkのオープン・クローズ戦略とQRコードのオープンクローズ戦略は非常に似通っていると考えます。

このようなフィールドバスの仕様やフレームワークは、産業用ネットワークにおいては製品そのものではなく、これらそのものから収益を挙げることは難しいでしょう。
そうであれば、これらに関する特許権を無償開放や規格化によりオープン化することは、三菱電機にとってもリスクが小さく、かつ自社のCC-Linkを普及させるために有効と考えられます。

そして、三菱電機はCC-Link協会を通じてパートナー企業を集め、パートナー企業はCC-Linkファミリー仕様書を入手でき、CC-Linkファミリー技術を用いた製品(マスタ局やスレーブ局)を製造、販売することが可能となります。これは、パートナー企業にとって、CC-Linkに関するビジネスを容易とします。一方で、三菱電機は、他社との差別化技術については特許権や秘匿化によりクローズ化し、それにより収益を挙げる等しています。
また、三菱電機はCC-Link協会を通じて仲間づくりを行っています。これにより、CC-Linkは、産業用ネットワークの競合に対して対抗し、一定のシェアを確立することができるようになります。

このように、QRコードとCC-Linkは同様のオープン・クローズ戦略を行っていることが分かります。すなわち、利益を挙げにくいものの技術的にコアとなる、QRコードやフィールドバスの仕様といった”フォーマット”を自由技術化し、このフォーマットを用いる製品(読取装置、マスタ局やスレーブ局)を他社が製造販売可能とする環境を作り、自社で製造販売する製品に対しては特許権等のクローズ化した技術で他社との差別化を行っています。

また、技術分野は異なるもののQRコードやCC-Linkと同様のオープン・クローズ戦略を採用したものにAdobeのPDFがあります。
Adobeは、他社がPDF作成ソフトを開発可能とするために、一部の特許権を無償開放し、PDF仕様書を公開しました(現在では規格になっています)。これは、PDFというフォーマットの無償開放とPDF作成ソフトを開発するための技術の公開となります。
一方で、Adobeは、自社の優位性を保つために、PDF作成ソフトの開発に対して「仕様書に準拠しなければならない」という条件を設けることで、開放しない特許権等も用いて他社が独自技術を開発することを禁じました。

このように、オープン・クローズ戦略の一態様としては、利益を直接的に挙げにくいフォーマット技術(普及の足掛かりとなる技術)と他社が利益を挙げやすい一部技術をオープン化することで、自社開発技術の普及を図り、その一方で、他社との差別化が可能であり利益に直結する技術をクローズ化するというフォーマットビジネス戦略があることが理解できるかと思います。
次回に続きます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年6月6日月曜日

判例紹介:特許における公然実施と秘密保持との関係

今回は、特許権の侵害訴訟において、秘密保持義務の有無が争点の一つとなった裁判例(東京地裁令和3年10月29日 平31(ワ)7038号・平31(ワ)9618号)について紹介します。

本事件において、原告が被告に侵害されたとする特許権は、特許第5697067号(グラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材)の特許に係る特許権1、及び特許第5688669号(グラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材,これを含有するグラフェン分散液及びグラフェン複合体並びにこれを製造する方法)の特許に係る特許権2です。

特許権1の請求項1は下記の通りです。
❝【請求項1】
  菱面晶系黒鉛層(3R)と六方晶系黒鉛層(2H)とを有し、前記菱面晶系黒鉛層(3R)と前記六方晶系黒鉛層(2H)とのX線回折法による次の(式1)により定義される割合Rate(3R)が31%以上であることを特徴とするグラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材。
  Rate(3R)=P3/(P3+P4)×100・・・・(式1)
  ここで、
  P3は菱面晶系黒鉛層(3R)のX線回折法による(101)面のピーク強度
  P4は六方晶系黒鉛層(2H)のX線回折法による(101)面のピーク強度
である。❞
特許権2の請求項1は下記の通りです。
❝【請求項1】
  菱面晶系黒鉛層(3R)と六方晶系黒鉛層(2H)とを有し、前記菱面晶系黒鉛層(3R)と前記六方晶系黒鉛層(2H)とのX線回折法による次の(式1)により定義される割合Rate(3R)が40%以上であることを特徴とするグラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材。
  Rate(3R)=P3/(P3+P4)×100・・・・(式1)
  ここで、
  P3は菱面晶系黒鉛層(3R)のX線回折法による(101)面のピーク強度
  P4は六方晶系黒鉛層(2H)のX線回折法による(101)面のピーク強度
である。❞
上記請求項からも分かるように、本件発明は素材に関する発明であり、発明を実施した製品が販売等されても、一見して当該製品が各特許権に係る発明を実施したものであるか否かの判断が難しいものです。

そして裁判所は、被告の製品は本各発明の技術的範囲に属すると判断しています。
しかしながら、被告は、本件特許出願前から現在と同一の被告製品を製造販売しているから、本件各発明が公然実施されていたと主張しています。

これに対して、原告は下記のように主張しています。
❝ ア 公然実施の成立要件について
 公然実施とは,発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいう。したがって,明示的な秘密保持契約(秘密保持条項)がある場合はもちろんのこと,黙示ないし信義則上の秘密保持義務がある場合や,工場内等の狭い領域でしか認識できない場合には,公然実施は成立しない。
 また,実施品を外から見たり入手したりしても,発明の内容を知り得ない場合には,公然実施に該当しない。例えば,発明の実施品が市場において販売されたものの,実施品を分析してその構成ないし組成を知り得ない場合には公然実施には当たらない。
  イ 秘密保持義務について
 被告各製品などの黒鉛粉末製品は,いずれも企業同士で取引されるものであり,一般消費者に販売されるような市販品ではない。企業同士の取引では,通常,秘密保持契約を締結するか,基本契約等において秘密保持条項が設けられることは,周知の事実である。そして,原材料は製造業において営業秘密そのものであり,黒鉛製品のような原材料の売買契約等においては秘密保持条項が設けられている(甲A82)。取引当事者双方がこれにつき秘密保持義務を負わない場面は通常は想定できない。
 実際,原告と日本黒鉛工業が平成25年10月31日に締結した機密保持契約(甲A95)では,「受領者は,開示者の書面による承諾を事前に得ることなく,機密情報を分析または解析してはならない。また,機密情報の分析結果および解析結果も機密情報として取り扱うものとする。」(4条)と定められており,リバースエンジニアリングが禁じられていた。また,被告らは,本件訴訟において,多くの主張書面や書証の一部について,営業秘密であることを理由に閲覧等制限の申立てをしている。
 そうすると,被告ら,日本黒鉛ら及び中越黒鉛が本件特許出願前に本件各発明を実施した製品を製造販売していたとしても,取引の相手方は秘密保持義務を負っていたから,本件各発明が公然と実施されたとはいえない。
  ウ 本件各発明の実施能力について
 取引の相手方は,たとえ被告らから黒鉛製品を入手したとしても,X線回折法による測定及び解析を行わなければ,Rate(3R)を内容とする本件各発明の内容を知り得ないから,公然実施が成立するためには,X線回折法による測定及び解析ができる者でなければならない。
 しかし,企業が費用や労力,時間をかけてまで外部の専門機関に測定及び解析を依頼するには,相応の必要性の説明の下,社内の相応の決裁を受ける必要があり,そのような手続を経ることなく依頼することはないから,専門機関にX線回折法による測定及び解析を依頼する具体的可能性はなかったというべきである。
 したがって,第三者が被告ら,日本黒鉛ら及び中越黒鉛から本件各発明を実施した製品を取得したとしても,当該第三者は,本件各発明の構成ないし組成を知り得なかったから,本件各発明が公然と実施されたとはいえない。❞

しかしながら、裁判所はこのような原告の主張をいずれも認めませんでした。
まず、裁判所は、公然実施の判断基準を下記のように述べています。
❝ア 判断基準について
  法29条1項2号にいう「公然実施」とは,発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいい,本件各発明のような物の発明の場合には,商品が不特定多数の者に販売され,かつ,当業者がその商品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん,外部からそれを知ることができなくても,当業者がその商品を通常の方法で分解,分析することによって知ることができる場合も公然実施となると解するのが相当である。❞
そして、原告が主張する「実施品を分析してその構成ないし組成を知り得ない場合には公然実施には当たらない。」という点に関しては、以下のように判断しています。
❝本件特許出願当時,当業者は,物質の結晶構造を解明するためにX線回折法による測定をし,これにより得られた回折プロファイルを解析することによって,ピークの面積(積分強度)を算出することは可能であったから,上記製品を購入した当業者は,これを分析及び解析することにより,本件各発明の内容を知ることができたと認めるのが相当である。❞
これをもって裁判所は、本件各発明は、その特許出願前に日本国内において公然実施されたものであるがら、いずれも無効である、と判断しています。

また、原告が主張する秘密保持義務については、下記のように認定し、被告等への黙示又は信義則上の秘密保持義務の存在は認めていません。
❝証人Zは,日本黒鉛工業が黒鉛製品を販売するに当たり,購入者に対して当該製品の分析をしてはならないとか,分析した結果を第三者に口外してならないなどの条件を付したことはないと証言するところ,この証言内容に反する具体的な事情は見当たらない。また,被告ら,日本黒鉛ら及び中越黒鉛が,その全ての取引先との間で,黒鉛製品を分析してはならないことや分析結果を第三者に口外してはならないことを合意していたことをうかがわせる事情はない。❞
また、裁判所は、被告製品の販売等に関連する契約書には各々下記の記載があることを認めています。
・取引基本契約書(甲A82)の38条
甲および乙は,本契約および個別契約の履行により知り得た相手方の技術情報および営業上の秘密情報(目的物の評価・検討中に知り得た秘密情報を含む)を,本契約の有効期間中および本契約終了後3年間,秘密に保持し,相手方の書面による承諾を得ることなく第三者に開示または漏洩せず,また本契約および個別契約の履行の目的以外に使用しないものとする。
・機密保持契約書(甲A95)の3条1項
受領者は,開示者の書面による承諾を事前に得ることなく,機密情報を第三者に開示または漏洩してはならない。
・取引基本契約書(乙A123)の9条
甲および乙は,相互に取引関係を通じて知り得た相手方の業務上の機密を,相手方の書面による承諾を得ないで第三者に開示もしくは漏洩してはならない。

しかしながら、裁判所は各契約書に記載の「相手方の技術情報および営業上の秘密情報(目的物の評価・検討中に知り得た秘密情報を含む)」、「機密情報」及び「相手方の業務上の機密」に、購入した被告製品が含まれるかは明らかではなく、黒鉛製品をX線回折法による測定により得られた回折プロファイル、さらにはこれを解析して得た積分強度が秘密として管理されてきたことや有用な情報であることをうかがわせる事情は見当たらない、として、被告製品を分析することについて契約上の妨げがあったとはいえない、と判断しています。

このような裁判所の契約書に対する判断は、営業秘密侵害における秘密保持契約書に対する判断と同様であると思います(本事件は被告に秘密とする意思はなかったものですが)。すなわち、取引先との契約書において、秘密とする対象が明確でなく包括的な契約書によってはその秘密保持義務が認められ難いということです。換言すると、包括的な秘密保持契約のみを締結し、その後、恣意的に秘密保持の対象を定めようとしても、それは裁判において認められないということでしょう。

なお、もし被告製品に対して分析を禁止して秘密保持義務を課すような契約が締結されて販売等されていたら、公然実施とは判断されない可能性があるのかもしれません。しかしながら、その場合であっても、少なくとも被告には先使用権が認められるでしょう。なお、本事件では、被告は先使用権についても主張していますが、裁判所は公然実施による無効理由があるとして、先使用権の判断は行っていません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年5月18日水曜日

ー判例紹介ー 商慣習及び信義則による秘密保持義務は認められるのか?

今回は、取引先に対する商慣習及び信義則による秘密保持義務について争った判例(東京地裁令和3年12月23日判決 事件番号:令元(ワ)18374号)を紹介します。

本事件の原告と被告(被告ベアー等)との関係は以下のとおりです。なお、被告は他にもいますが、今回紹介する内容については直接的な関係はないので省略します。

・原告及び被告は平成23年8月5日に、被告が原告に対し鎖骨骨折の治療に用いるチタン製のインプラント(以下「鎖骨プレート」という。)を販売することとして、鎖骨プレートの取引を開始した。
・原告は、訴外メディカルネクスト社が販売していたリングピンの後発医療機器として「JSピン」と名付けた骨治療用のリングピンを製造販売することについて、平成26年7月31日に厚生労働大臣の承認を受け、被告はJSピンを製造して原告に供給し、原告は同年9月以降、JSピンを医療機関等に販売した。
・被告は、平成29年に自らが製造販売元となってリングピンを製造販売することとし、同年5月8日,その製造販売について厚生労働大臣の承認を受け、同年6月から「STRピン」と名付けた各被告商品を含むその製造や販売を開始した。
・被告は、平成30年6月29日,原告に対して本件鎖骨プレート契約を更新しない旨の申出をし、本件鎖骨プレート契約は同年8月4日に期間満了により終了した。原告と被告は、その後も鎖骨プレートについて現金で決済する取引を継続したが、原告は平成30年11月30日に被告ベアーとの間の鎖骨プレートの取引を中止した。

このような経緯があり、原告は以下のように主張しました。
❝被告は,商慣習及び信義則により原告との間で秘密保持義務を負っているにもかかわらず,原告と取引関係にあった際に知り得た原告の営業秘密である各原告商品に係る製品情報を利用して,各被告商品を製造販売し,原告の取引を妨害した。❞
これに対して裁判所は判断は以下のとおりです。
まず、裁判所は以下のように被告はJSピンの共同開発者であると認定しています。
❝当初のJSピンから各原告商品への変更は原告が得た情報を契機とするものであるが,被告は,各原告商品の形態の開発について,自ら費用,労力等を負担したといえるのであって,各原告商品について,少なくとも共同開発者であったというべきである。❞
そして、裁判所は、被告が共同開発者であると認定したうえで、以下のように原告の主張を認めませんでした。
❝被告は,各原告商品について少なくとも共同開発者の立場にあったものであり,自ら費用と労力を負担して行った上記の開発に基づいて,各被告商品を製造販売しているにすぎないといえる(前記3)し,上記の開発における秘密の保持やその後の製造販売等について,原告と被告ベアーとの間に特段の合意はなかった(前記1⑸)。したがって,被告が,原告の営業秘密である各原告商品に係る製品情報を利用して各被告商品を製造販売しているとは認められないし,原告の取引を違法に妨害しているとは認められない。❞

このように裁判所は、原告と被告との間で特段の合意はなかったとし、原告が主張するような、商慣習及び信義則による秘密保持義務を認めませんでした。


本事件と同様に秘密保持契約を締結しなかったものの、商慣習や信義則といったことに基づいて被告に秘密保持義務があると原告が主張した事件は既にあります。

例えば、上記参考論文にも記載している金型技術情報事件(知財高裁平成 27 年 5 月 27 日判決 事件番号:平成 27 年(ネ)第 10015 号,東京地裁平成 26 年 12 月19 日判決 事件番号:平成 25 年(ワ)第 26310 号)において、原告(控訴人)は以下のように陳述書で主張しています。
❝控訴人の取引する業界では,お互いにそれぞれの有する技術ノウハウを尊重しており,契約の成約時に秘密保持契約を締結していること,成約までの過程で技術資料の交換を行うことはあるが,その際,いちいち秘密保持契約を締結するわけにはいかないため,成約時に契約すること,その間は当事者同士が互いに秘密を守ってきている❞
しかしながら、このような主張に対して裁判所は下記のようにその秘密管理性を否定しています。
❝陳述書の記載は,本件において,控訴人が被控訴人に開示した技術情報について,これに接する者が営業秘密であることが認識できるような措置を講じていたとか,これに接する者を限定していたなど,上記情報が具体的に秘密として管理されている実体があることを裏付けるものではない。❞
このような判断は、今回紹介した事件と同様の判断であり、営業秘密における秘密管理性においては、商慣習や信義則による秘密保持義務といったものは認められないことが分かります。
すなわち、取引先に対する秘密保持義務は、秘密保持契約等による客観的に判断が合意が必要です。この秘密保持契約に関しても、秘密保持の対象となる情報が何であるかが特定できていない包括的な内容であれば、その秘密保持義務の対象となる情報が狭く判断される可能性が有り(秘密保持義務の対象が実質的に営業秘密の範囲内となる)、注意が必要かと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信