2022年11月23日水曜日

判例紹介:営業秘密の不正使用の一例 宅配ボックス事件

営業秘密を所属企業から正当に取得したり、取引先から正当に取得しても、当該営業秘密を「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示」した場合には、当該営業秘密の侵害とされます(不正競争防止法2条1項6号,7号)。
では、この「不正の利益を得る目的」とは具体的にどういう行為でしょうか。

その例として、宅配ボックス事件を挙げます。この事件は、原告が被告から宅配ボックスの開発・製造の委託を受けたものの、被告が本件新製品の製造を原告に発注するのを取りやめ、原告の営業秘密である本件データを使用して被告製品を製造・譲渡したというものです。
参考ブログ記事:

宅配ボックス事件は、上記ブログで紹介したように、原告が被告に開示した宅配ボックスの3Dデータが営業秘密であると裁判所が認めました。
そして、原告は下記のように被告による本件データを使用して被告製品を製造したことが不競法2条1項7号の不正競争に該当すると主張しました。
❝本件データと被告製品の製造に用いられた図面データ(以下,・・・「実機図面データ」という。)を対比すると,以下のとおり,多くの点で寸法・形状がほとんど一致しており,被告によりその細部が修正されたり,情報が追加されたりしているものの,基本構造はそのまま維持されているものであるから,本件データと実機図面データとの同一性は損なわれていない。このように,被告製品の形状は,本件データが表現する形状をほぼそのまま再現したものであり,本件データと被告製品の製造との間には十分な因果関係があるから,被告製品の製造は本件データの「使用」に該当する。
・・・ 
被告は,本件プロジェクトのビジネス性評価の過程でモックアップ品の製作・評価のみを目的として,原告から本件データを受領したものであり,原告・被告間でのビジネスの可能性がなくなり,その検討が終了した後に,被告が自身の製品の開発,製造に本件データを使用,利用することは,上記目的を逸脱するものであって,被告に費用の削減等の不正な利益をもたらし,また,原告が樹脂製宅配ボックスの製品を市場に出す可能性ないしは利益を侵食するものである。なお,本件プロジェクトが終了した後に,本件データの利用権を被告に許諾するかどうかは原告の自由であり,原告はそのような許諾をしていない。
被告は,あえて,本件データを受領した目的を逸脱し,本件データを使用した被告製品の製造を行い,利益を上げているのであるから,被告による本件データの使用に「不正の利益を得る目的」又は「その営業秘密保有者に損害を加える目的」があることは明らかである。❞

一方で、被告は以下のように、実機図面データについて、本件データにおける基本構造はそのまま維持していることは認めつつ、本件データの使用及び不正の目的を否認しています。
❝実機図面データについて,被告が本件データに基づきこれに変更を加えて作成したこと,本件データから細部が修正されたり,情報が追加されたりしているが,基本構造はそのまま維持されていることは認める。
しかしながら,以下に対比するとおり,本件データと実機図面データとの間には,製品の形状及び寸法において,様々な変更及び追加が存在しており,本件データと実機図面データとの間の同一性は完全に失われている。したがって,被告製品の製造は本件データに基づいて行われたものではなく,本件データの「使用」には該当しない。
・・・
本件データは,本件プロジェクトのビジネス性評価の過程でモックアップ品の製作・評価のみを目的として作成されたものではない。本件データは最終的に被告製品を量産することを目指す過程で,強度等の試験を行うための試作品製造に用いられたものであって,被告製品の量産のために行われたものであり,モックアップ品の作成も被告製品の量産のための過程の一つにすぎない。
本件データは,被告製品の設計データであり,本件プロジェクトの遂行を目的として提供されたものであり,実際に本件プロジェクトの遂行に使用することは,情報を委託された目的に沿った問題のない使用である。
直感的に、被告の主張は無理があるのではないかと思えます。これに対して、裁判所は以下のようにして原告の主張を認め、被告の本件データの使用は不競法違反であると判断しました。なお、下記は本件データ1と実機図面データ1に関する判断ですが、本件データ2と実機図面データ2も同様です。
❝本件データ1と実機図面データ1とは,本体,扉,鍵カバー,側板,天板及びヒンジの各パーツからなるという基本構造が同じであり,後記(イ)の被告が指摘する相違点を除けば,各パーツの寸法及び形状においても概ね一致しているということができ,被告は,本件データ1に基づいて,これと実質的に同一の実機図面データ1を作成したものということができる。したがって,被告が実機図面データ1に基づいて被告製品1を製造することは,本件データ1の「使用」に該当するというべきである。❞
さらに、裁判所は不正の利益を得る目的について以下のように判断しています。
❝被告は,モックアップの作成も被告製品の量産のための過程の一つにすぎず,本件データは被告製品の設計データであり,本件プロジェクトの遂行を目的として提供されたものであるから,これを本件プロジェクトの遂行に使用することは,情報を委託された目的に沿った問題のない使用であると主張する。しかしながら,前記1(10)のとおり,本件新製品のモックアップは被告が製作することが合意されていたものの,証拠(乙28,29,39,40)によれば,本件データが送付された当時において,本件新製品の各部品の製造は原告において行うことが予定されていたと認められるから,本件データを被告が被告製品の製造に使用することについては本件データの使用目的の範囲内であるとはいえない。
 また,前記1(14)のとおり,本件プロジェクトの終了後,原告と被告との間では「設計費・機会損失額」名目での被告の支払義務の有無及び額について合意に至っておらず,原告が本件データを用いた製品の製造を被告に許諾したとの事実を認めるに足りる証拠もない。
以上のように、本事件における不正の利益を得る目的での営業秘密の使用は分かり易いものです。
仮に、取引先から製品の製造・販売の委託を受けたもののそれが取りやめになり、支払いが全くないにもかかわらず、製品データを取引先に勝手に使われることが不正でないとなると、ビジネスの根底が崩れてしまいます。このため、裁判所の判断は当然であると思います。

しかしながら、このような事例は、発注者と受注者との力関係により、少なからずあると思われます。例えば、受注者である中小企業が発注者である大企業に自社の知的財産を勝手に使われるということも少なからずあるようです。
営業秘密の観点から気を付けなければならないのは、受注者となる企業です。もし、本事件と同様のことを行っていたら、営業秘密侵害罪となる可能性があります。営業秘密侵害は民事だけでなく、刑事事件にもなり得ます。もし、自身が当事者であり、取引先の営業秘密であるデータを勝手に使用する許可を部下に与えたりしたら、自身が刑事罰を受ける可能性もあります。
ちなみに、本事件は、当該製品の生産等の差し止め、製品の破棄、そして610万1962円の損害賠償を求められました。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年11月9日水曜日

営業秘密に関する民事訴訟件数と刑事事件検挙件数の推移

下記グラフは筆者が調べた営業秘密に関する民事訴訟件数の推移です。
このグラフは、判決が出た民事訴訟を受理年数毎に件数を示したものであるため、和解の数は含まれていません。このため、実際の訴訟件数は分かりませんが、増減程度は分かるかと思います。
下記グラフからは、判決のでた民事訴訟件数は年間10数件前後であり、近年、営業秘密侵害事件の注目度が上がっているようにも思えますが、増加傾向にあるようには思えません。
ここで、下記グラフは、特許出願件数の推移を示しています。このように、近年では特許出願件数が減少しているため、秘匿化される技術情報は増加していると思われますが、このことは民事訴訟件数には関係ないようです。



近年、営業秘密について注目度が上がっているようにも思えますが、民事訴訟件数は増加していません。この理由は定かではありませんが、営業秘密は主に個人が不正に持ち出すものであり、企業が個人に対して民事訴訟を提起して損害賠償を求めたとしても、個人が多額の損害賠償を支払えるかは疑問です。このため、企業としては意味を成さないかもしれない民事訴訟を提起しないのかもしれません。

また、例えば、転職者が転職先企業に営業秘密を不正に持ち込んで開示や使用を行った場合に、この転職先企業も民事訴訟の被告となり得ます。しかしながら、意図せずに営業秘密を持ち込まれた企業は、転職者の前職企業と争う意義がないでしょう。そうすると、前職企業から転職先企業に営業秘密の不正な持ち込みがあったことが通告されると、それに素直に従い、当該営業秘密の使用等を止め、訴訟にまで発展しないのかもしれません。また、訴訟となっても、それが公になることは互いにメリットは低いでしょうから、和解となる場合が多いのかもしれません。
そして、営業秘密の不正な持ち出しを防止するために、アクセスログの監視や徹底した秘密管理等のセキュリティ対策を行う企業も多くなっているでしょうし、営業秘密の不正な持ち出しが犯罪であることを認識している人も多くなっているでしょうから、実際には営業秘密の不正な持ち出しそのものが減っているのかもしれません。

さらに比較として、刑事事件の検挙件数の推移を挙げます。


警察庁が統計を取り始めた2013年から、刑事事件の検挙数はほぼ右肩上がりで推移していることが分かります。これは民事訴訟の件数の推移とは一致していないようにも思えます。検挙件数が増加している理由は、営業秘密の不正な持ち出しが刑事事件化できるということの認識が高まった結果であり、営業秘密の不正な持ち出しそのものが増加しているのではないかもしれません。

そして、上記のように、企業が個人を被告として民事訴訟を行っても、訴訟費用等を要する割にさほど意味が無いようにも思えます。一方で、刑事事件化することでその個人は刑事罰を受けることになるので、”見せしめ”としての意味がより重くなり、企業は刑事事件化を選択しているようにも思えます。
特に、大企業における営業秘密の不正な持ち出しに関する民事訴訟は多くありませんが、刑事事件は相対的に多いように思えます(それでも少ないですが)。

以上のことから、今後、営業秘密の不正な持ち出しに関する民事訴訟は増えないとしても、刑事事件は多くなるのかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年10月31日月曜日

判例紹介:見積書の営業秘密性

一般的に見積書は同業他社に知られたくない情報と考えられ、不必要に第三者に開示したりするものではありません。では、見積書というだけで、その営業秘密性は認められるのでしょうか。

これに関して争われた民事事件として、大阪高裁令和4年9月30日判決(令4(ネ)574号)があります。この事件は下記ブログ記事で紹介した事件の控訴審であり、一審では原告敗訴となっており、控訴審でもそれが維持されています。

本事件は、元従業員である被告P1(被控訴人P1)が不正の手段により原告(控訴人)が営業秘密と主張する見積情報を取得し、被告P1が代表者である被告会社に開示し、被告会社がこれを使用したことが不競法違反に当たる、とのように原告が主張したものです。
しかしながら、裁判所は、見積情報の営業秘密性を認めず、さらに被告P1による見積情報の不正取得や使用、開示行為も認めませんでした。

そして控訴人である原告は、控訴審において当該見積情報(本件見積書)の秘密管理性を下記のように主張しました。
❝被控訴人P1 は、競業会社である被控訴人会社の代表者であって、本件見積書に記載された本件顧客情報及び本件価格情報が控訴人からすれば他社に知られてはならない秘密であることは同業者として十分に知っていたから、それだけで営業秘密であることが客観的に認識可能であったといえるのであり、上記各情報は控訴人の営業秘密に該当する。❞



確かに、見積書には顧客情報や価格情報が含まれており、見積書は他社に知られたくなく、秘密にするべき情報と考えることが一般的と言えるでしょう。しかしながら、裁判所は以下のように本件見積書の営業秘密性を否定しました。
❝しかし、例として対象工事1、3についてみると、これらに関しては、控訴人が本件見積書1、3を提出した元請業者が建物建築工事を受注できないことが確定し、控訴人も同各見積書に基づいては型枠工事を受注できないことが確定した後に、被控訴人会社が同型枠工事に係る見積書を作成したことが問題とされているところ、本件見積書1、3は、競争入札に参加予定の元請業者が入札額を算出するに当たり参考にするために下請業者に作成提出させたものにすぎず、必ずしも被控訴人会社の受注に直結するものではない(補正の上引用した原判決第2の2(3)ウ)。そして、具体的工事を対象として作成される見積書は、その性質上、契約締結に至らなかった場合、そのままでは他に流用できないものであるから、これらの点も併せ考えると、控訴人においては、契約締結に至るか否かを問わず、見積書全般につき、その見積書に記載されている顧客情報及び価格情報について、一律に、営業秘密に該当することが従業員である被控訴人P1 において客観的に認識可能であったとは認められない。❞
少々分かり難いかと思いますが、見積書を取引先に提出したものの受注に至らなかった場合には、当該見積書は他に使用できるものではないから、当該見積書というだけで(㊙マーク等の秘密管理無く)、客観的に秘密であると認識できるものではない、という裁判所の判断だと思います。すなわち、受注に至らなかった見積書は相対的に価値が低い(有用性が低い?)情報であるため、それだけでは秘密であるとは認識できない、ということでしょうか。
そうすると、受注に至った見積書は(価値が高いため?)、それだけで秘密管理性が認められるということになるのでしょうか。また、受注に至るか否か分からない、顧客が判断中の見積書はどうなのでしょうか。

このように、一般的には秘密だと思われる情報であっても、秘密であることを認識可能なように管理していないとして、その秘密管理性が否定され、営業秘密ではないと裁判所に判断される場合があります。一般的に秘密と考えられる情報としては、例えば、顧客情報がありますが、顧客情報に対しても秘密管理性が否定された裁判例が多々あります。
このように営業秘密性が否定されるリスクを避けるためにも、秘密としたい情報は一般論に頼らずに、確実に秘密管理する必要があります。

なお、本控訴審でも被告による当該見積書の不正使用や開示は認めていませんので、当該見積書の営業秘密性が認められたとしても、最終的な結論は変わらないでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年10月17日月曜日

退職時における秘密保持誓約書の効果

近年、自社の企業秘密(営業秘密)を持ち出さないように、退職者に対して秘密保持誓約書へのサインを求める企業が増え、世間一般として、これが奨励されているようにも思えます。
しかしながら、秘密保持誓約書にサインをしても営業秘密を持ち出す退職者もいることから、秘密保持誓約書へサインさせたからといって、自社の営業秘密を守れるとは限りません。また、秘密保持誓約書にサインをさせたからといって、自社が保有している情報が全て営業秘密になるわけではありません。

まず、秘密保持誓約書にサインをしても営業秘密を持ち出す退職者についてです。
このような退職者は、営業秘密に対する認識が甘いと考えられます。
すなわち、営業秘密を持ち出したとしても、それは今後の勉強のためであり、また、自身は転職先でも社長等の重要な役職者にはならないため、さほど問題ではないだろうとのような認識です。しかしながら、不正の利益を得る目的で営業秘密を持ち出したら刑事罰の対象になり得るので、役職には関係なく、また、転職時に持ち出したとなれば「不正の利益を得る目的」と判断される可能性が高いです。その結果、逮捕となり得ます。

ではこのような認識を改めさせるためにどうすればよいのか?
それは、秘密保税誓約書にサインを求める際に、退職時に営業秘密を持ち出すと刑事罰の対象となることを説明し、もし営業秘密の持ち出しがあった場合に、自社は刑事告訴を行うとのこと退職者に対して明確に示すことでしょう。また、退職者が既に営業秘密を持ち出しているのであれば、速やかにそのことを申し出ることも付け加えたほうが良いかと思います。
営業秘密を持ち出す人の多くは悪人ではなく、昨日まで一緒に仕事をしていた上司や部下又は同僚です。そして、営業秘密の持ち出しは自発的な行為です。そうであれば、営業秘密の持ち出しによって刑事罰の対象となることを明確に認識すると、ほとんどの人はそれを止めるでしょう。


さらに、秘密保持誓約書に実際にサインを行うか否かは退職者の自由であり、サインをしないからと言って退職できないわけではありません(就業規則等にサインを拒否した場合に退職金の減額等の規定が有れば、拒否し難いでしょうが。)。
しかしながら、サインをしなかったからといって、営業秘密を自由に持ち出せるわけではありません。営業秘密は秘密管理性、有用性、非公知性といった三要件の全てを満たす情報です。このような情報を退職時に持ち出すことは、秘密保持誓約書に対するサインの有無にかかわらず、刑事罰の対象となります。従って、退職時に前職企業から秘密保持誓約書を求められなくても、営業秘密の持ち出しは刑事罰の対象となります。

一方で、秘密保持誓約書にサインをさせたのだから自社の情報は全て営業秘密であると会社が認識していたら、それは会社側が営業秘密を理解していないことになります。
上記のように、営業秘密は三要件の全てを満たす情報です。このため、これら三要件を満たさない情報は営業秘密ではありません。秘密保持誓約書における秘密保持の対象が何であるかは実際の秘密保持誓約書の文言によるでしょうが、一般的な秘密保持誓約書であれば秘密保持の対象は不競法で規定される営業秘密となるでしょう。
そうであれば、上記三要件を満たさない情報を退職者が持ち出しても営業秘密の持ち出しとはなりません。このため、企業側は常日頃から自社の営業秘密とすべき情報がどのような情報であるかを認識し、当該情報が上記三要件を満たすようにしなければなりません。特に秘密管理性が不十分である場合が多々あるので、営業秘密としたければ当該情報の秘密管理性を満たすように管理するべきでしょう。
換言すると、退職者と秘密保持誓約書を交わしたということのみでは、情報の秘密管理性は認められる可能性は相当低いと考えられます。なお、従業員数が数人程度でどの情報が営業秘密であるかを全員が認識しているような場合は秘密保持誓約書のみで秘密管理性が認められる可能性はあると思いますが、これは例外的でしょう。
また、退職者に秘密保持誓約書を提示する際に、対象となる情報を慌てて秘密管理しても遅い可能性があります。もし退職者が既に当該情報を持ち出していた場合にはその後当該情報を秘密管理したとしても、持ち出した当該情報は営業秘密とはみなされない可能性があるためです。

以上のことから理解できることは、退職時の秘密保持誓約書は企業が自社の営業秘密を守るために重要な要素ではないということです。秘密保持誓約書の効果としては、退職者に営業秘密の持ち出しは不法行為であり、刑事罰の対象となることを認識させる機会を与える程度のものです。
すなわち、退職者は秘密保持誓約書の有無にかかわらず、営業秘密を持ち出してはなりませんし、企業は秘密保持誓約書の有無にかかわらず、営業秘密とする自社の情報を秘密管理等しなければなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年10月10日月曜日

かっぱ寿司の元社長による営業秘密漏えい事件(刑事事件)

先週からかっぱ寿司の社長による営業秘密の漏えい事件(刑事事件)が大きく報道されています。刑事事件としての営業秘密の漏えい事件は少なからず生じており、そのほとんどはニュース記事で少し取り合げられるだけで、大きく話題になることはありません。
かっぱ寿司の事件が大きく報道される背景としては、逮捕された社長が競合他社であるはま寿司の元取締役であり、かっぱ寿司とはま寿司は共に回転ずしチェーンとして多くの人に身近な存在であると共に、ライバル企業である、という背景があるためでしょう。

ここで、営業秘密の漏えいは”元従業員”が行う場合が多いと思われるかもしれませんが、部長以上の役職を持つ者が転職時に前職の営業秘密を持ち出す事件も多くあります。役職を有する者は多くの営業秘密に対するアクセス権限があるでしょうし、その営業秘密の有益性もよく理解しているでしょう。また、転職先でも好待遇の場合が多いでしょうから、転職先での成果をより求められるというプレッシャーも感じるでしょう。

例えば、日本ペイントデータ流出事件は、日本ペイントの元執行役員が競合他社である菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの営業秘密を持ち出しています。また、リフォーム事業流銃事件では、エディオンの元部長が転職先の上新電機に営業秘密(リフォームに関する商品仕入れ原価や粗利のデータ等)を漏えいしています。これらの事件では、共に執行猶予付きですが懲役刑となっています。
営業秘密の漏えい事件では、執行猶予が付く場合が多いですが、被害企業の損害が多い場合等には執行猶予がつかない場合もあります。本事件は、食材の原価や取引先の情報等が営業秘密のようであり、これらの情報が回転ずしチェーン店にとって重要であることは想像に難くありません。そうすると、はま寿司の損害が大きいと裁判所に判断され、元社長は執行猶予がつかない懲役刑となる可能性もあるかもしれません。

参考ブログページ


また、前社長は、不正に持ち出した営業秘密をかっぱ寿司社内で開示して、かっぱ寿司はそれを使用していたという疑いがあります。

ここで、営業秘密を不正に持ち出して他社に転職した者には、大きく分けて下記の2パターンがあると思います。
・第1パターン:営業秘密を持ち出したものの転職先等で開示しないパターン
・第2パターン:営業秘密を持ち出して転職先で開示しするパターン

第1パターンは、例えば、不正に持ち出した営業秘密を転職先で開示するきっかけが無かったのかもしれませんし、開示しなければ罪に問われないと思って開示しなかったのかもしれません。何れにせよ、不正に持ち出した者は罪に問われる可能性がありますが、持ち出された企業は実質的な損害は生じないでしょう。

第2パターンは、さらに2パターンに分かれるかと思います。
・第2パターンA:転職先企業が開示された他社の営業秘密を使用しない。
・第2パターンB:転職先企業が開示された他社の営業秘密を使用する。
第2パターンAは、転職先企業が営業秘密の流入リスクを理解している場合でしょう。営業秘密の流入リスクを理解していなければ、転職者が良い情報を持ってきてくれたと考え、第2パターンBとなるでしょう。
また、第2パターンAの場合は、転職先企業が営業秘密の漏えい元(転職者の前職企業)に問い合わせる場合もあり、そうすることで営業秘密の漏えいに自社が関与していないことを証明することにもなるでしょう。

一方、第2パターンBは、不正に持ち出された営業秘密を転職先が使用することになるので、この転職先も罪に問われる可能性があります。この場合、転職先企業は億単位の罰金刑となる可能性があり、当然、社会的信用も大きく失われるでしょう。
さらに、それだけに留まらず、被害企業から民事訴訟を提起され、損害賠償や当該営業秘密の使用差し止めを求められる可能性があります。損害賠償の額も億単位になる可能性がありますし、何より営業秘密の使用差し止めはその後の経営に大きな影響を与える可能性があります。

今後、被害企業であるはま寿司はかっぱ寿司に対して損害賠償及び営業秘密の使用差し止めを求めて民事訴訟を提起する可能性が相当高いと思われます。
報道によるとかっぱ寿司は、「はま寿司のデータと自社の商品を比較して、商品開発に利用する」等していたようです。そうすると、営業秘密の使用差し止めが裁判所によって認められた際には、当該商品は今後販売できない可能性もあるでしょう。また、はま寿司から持ち出された営業秘密には、はま寿司の取引先に関する情報も含まれていたようです。もし、この営業秘密を用いてかっぱ寿司が新たな取引先を開拓していたらどうなるのでしょうか?その取引先とは今後取引をしてはならないのでしょうか?不正に取得した営業秘密を使用してはならないとは、いったいどの範囲までのことになるのか私もよく分かりません。

このように、転職者によって転職先企業に営業秘密が持ち込まれ、転職先企業がそれを使用したとすると転職先企業が多大なる損害を被る可能性があります。
したがって、企業は営業秘密の漏えい(流出)リスクと共に流入リスクも意識しなければなりません。例えば、転職者が前職企業の社名等が表示された資料を開示したとすると、それは高い確率で不正に持ち込まれた営業秘密である可能性があります。このような場合には、当該情報を使用しないだけでなく、自社内で当該情報が広まらないように対応すると共に転職者から当該情報の入手経路を確認し、もし前職企業の営業秘密である場合には前職企業に問い合わせるべきでしょう。また、転職間もない転職者が自社で得たとは思えないような情報を開示した場合にも同様です。

このため、企業は転職者が転職間もない時期に開示する情報には特段の注意が必要であり、自社内で作成されたと思えない情報はその入手経路を確認しなければなりません。転職者が部下や同僚であれば、入手経路を確認し易いでしょうが、転職者が上長さらには社長であっても躊躇してはならないでしょう。
万が一、開示された情報が他社の営業秘密であり、それを使用すると自社が責任を負うことになるでしょうし、もしかしたら、自身も逮捕されるかもしれません。現に、本事件では、元社長だけでなく、かっぱ寿司の部長職の人物も逮捕されています。自社に営業秘密が不正に持ち込まれると、それを知って使用した場合には自身も逮捕される可能性を意識しなければなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信