2025年8月21日木曜日

判例紹介:転職後における元同僚を介した前職企業の営業秘密の不正取得

転職に伴う営業秘密の不正な持ち出しの態様としては、以下の2パターンがあるともいえます。
①転職者自身が持ち出すパターン。
②転職後に元同僚等を介しての不正取得するパターン。

①のパターンは全ての責任を転職者自身が負うことになりますが、②のパターンは元同僚も何かしらの責任を負う可能性があります。

東京地裁令和6年8月20日判決(事件番号:令5(特わ)2117号)の刑事事件の被告は②のパターンで前職企業の営業秘密を不正に取得しています。なお、この事件の被告は、商社である兼松から同業他社である双日に転職した際に兼松の営業秘密を持ち出したものであり、懲役2年(執行猶予4年)、罰金100万円との判決を受けています。

被告がどのようにして前職企業の営業秘密を不正に取得していたかが判決文から分かります。
令和4年7月16日午後7時27分頃から同日午後9時31分頃までの間、東京都江東区〈以下省略〉被告人方において、自己の携帯電話機から、アプリケーションソフト「LINE」を使用して、当時のa株式会社従業員Aに対し、近日中にドイツ連邦共和国への出張が予定されており、同社在籍時に作成した同国出張の際の会食場所やホテルをリストアップした資料が必要である旨の内容虚偽のメッセージを送信して、同社が管理する営業秘密が保存されたサーバーコンピューターへのアクセスが可能なAが使用するアカウント情報等を教えてほしい旨依頼し、その旨誤信した同人に、同アカウント情報等を前記LINEを使用して被告人に送信させ、・・・
このように、被告は「LINE」を介して元同僚から元同僚のアカウント情報を取得しています。そして被告は「サーバーコンピューターに保存されていたa株式会社の営業秘密である取引台帳、開発提案書及び採算表の各ファイルデータ合計3点」を不正に取得しています。
すなわち、被告は、元同僚をだましてアカウント情報を取得したことになります。


この点、裁判所も以下のように判断しています。
本件営業秘密に係る各ファイルデータが保存されたフォルダを含む数百個のフォルダを逐一選択してダウンロードしたものであり、・・・、被告人は、ダウンロードしたファイルデータの中に本件営業秘密が含まれていることを当然認識していたと認められ、犯意も強いというべきである。被告人が本件営業秘密を不正取得した目的は証拠上明確ではないが、少なくとも海外出張先の会食場所等の情報や転職先で作成する資料のひな型として利用することなどのみを目的としていたとは考えられず、・・・
アカウント情報を被告に伝えた元同僚は、刑事的責任を問われていません。しかしながら、この元同僚は、自社のサーバーへのアカウント情報を社外に開示しており、このような行為は一般的な企業であれば就業規則違反等となるでしょう。そうすると、この元同僚は社内で何かしらの処分を受けている可能性が相当高いと考えられます。

また、被告は、前職企業では秘密保持誓約を交わし、転職先においても前職企業の営業秘密を持ち込まない旨の誓約書を交わしていたようです。それにもかかわらず、このような行為を行っているということは、よほど営業秘密に関する意識が乏しかったのでしょう。

転職者によるこのような犯罪を防ぐためにも、転職者を迎え入れる企業は転職者に対して前職企業の営業秘密を転職時及び転職後も持ち込まないように十分に注意喚起及び説明を行う必要があります。
なお、転職者が前職企業の営業秘密を持ち込むタイミングは転職間もないタイミングです。この事件でも、転職先に入社した日は令和4年7月1日であり、アカウント情報を聞き出した時期は令和4年7月16日です。
このことからも、転職者に対する上記の注意喚起及び説明は、転職後すぐに行う必要があることがわかります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年8月14日木曜日

東京エレクトロンによるTSMCの機密情報取得について

先日、東京エレクトロンの台湾事務所の元従業員が台湾のTSMCの2nmの半導体技術に関する技術情報を不正に持ち出し、台湾において刑事事件となったとのニュースがありました。

・<台湾>2ナノ半導体秘密持ち出しか、TSMC元社員ら拘束 日本企業も捜索(朝日新聞)
・<台湾>TSMC機密取得で元従業員拘束、台湾当局が東エレク捜索 現地報道(日本経済新聞)
・<台湾>台湾当局、TSMC元従業員ら3人拘束 機密情報を不正に取得疑い(毎日新聞)
・<台湾>TSMCの機密情報不正取得で元従業員ら3人拘束 国家安全法違反容疑で台湾当局(産経新聞)
・<台湾>TSMCの半導体技術を不正取得か、台湾検察が元従業員ら3人の身柄拘束…日本企業に転職(読売新聞)
・<台湾>TSMC関係者3人拘束 機密取得で国安法違反疑い―台湾(JIJI.COM)

この事件は、台湾国内では通常の営業秘密不正取得とは異なると考えている可能性があるように思えます。
台湾の法律では営業秘密法というものがあり、これは日本でいうところの不正競争防止法の営業秘密規定と同様のようです。

しかしながら、今回の事件はこの営業秘密保護法の適用ではなく、国家安全法の適用であるということです。この国家安全法は、国家機密の漏えいや経済スパイ行為等に対応するための法律のようであり、いわゆるスパイ防止法のようなものでしょうか。この法律が適用されたということは、今回の事件は台湾の経済を揺るがすような事件として認識されたということなのでしょう。


また、今回の事件の特徴的なことの一つとして、TSMCから持ち出された技術情報が東京エレクトロンを介して日本企業であるラピダスに流出したのではないかという疑義がもたれているということです。
この疑義を解消するためでしょうか、東京エレクトロンからリリースされた「当社に関する報道について」には、「当社による調査では、現時点において関連する機密情報の外部への流出は確認されておりません。」との一文があります。通常であれば、「自社内での機密情報の開示や使用は確認されておりません。」とのようなことが記載されると思われますが、そのような文章はなく「外部流出はない」とのように他の事件では見られない一文です。

技術情報は実態のない情報であるため、容易に拡散させることができます。実際にある企業の営業秘密が点々と他社に拡散することもあります。また、取引先から開示され、自社で管理している情報が漏えいするという事例も生じています。

本事件において東京エレクトロンにとってよくないことは、仮にTSMCの技術情報を不正使用していないとしても、2nmの半導体技術を東京エレクトロンが開発した場合に実はTSMCの技術情報を用いていたのではないかという疑義を持たれるということです。
さらに、仮に東京エレクトロンがTSMCの技術情報を不正使用していた場合には、当然、当該技術情報の使用をやめなければなりません。もし、TSMCの技術情報を用いて新たな技術を開発していた場合には、この新たな技術開発もやめないといけません。そもそも、営業秘密には特許権のように存続期間の概念もありません。このため、TSMCの技術情報が公知となるまで、当該技術情報を使用することはできないでしょう。その結果、東京エレクトロンは2nmの半導体技術の開発に足枷を有することにもなりかねません。

このように、他社の技術情報が自社に不正流入した場合には、それが将来にわたって負の影響を生じさせる可能性もあります。このようなことを考えると、自社から営業秘密が不正に流出することを防ぐだけでなく、他社の営業秘密が自社に不正流入することも防止することも重要となります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年7月31日木曜日

日本の特許出願件数の推移とソフトバンクのAI特許出願

下記グラフは日本の特許出願件数の推移等を示したものであり、先日発表された2024年の出願件数を加味しています。

このグラフから分かるようにコロナ禍を過ぎ、2023年、2024年共に前年よりも出願件数が増えています。その数は2023年では2022年に比べて+10,603件、2024年は2023年に比べて+6,722件です。2年連続でこれほど増加した例は近年にはなく、コロナ禍で減った特許出願が順調に回復しているようにも思えます。

しかしながら、これは一過性のものかもしれません。その理由は、ソフトバンクによる膨大なAI関連の特許出願にあります。2023年以降にソフトバンクは膨大なAI関連の特許出願を行っていることが明らかになり、その数は1万件ともいわれています。
2022年を基準とすると2024年までの増加件数は17,325件です。そうすると、この増加件数の60%近くがソフトバンクの出願とも考えられます。なお、公開公報が発行されていない出願も多いでしょうから、もしかすると、ソフトバンクの出願はもっと多いのかもしれません。

ソフトバンクの出願件数は一社で、しかもAIの分野だけと考えると異常なほどの多さであり、実施形態が同一の出願も多数あるようです。このことから、実質的な発明としては出願件数よりもかなり少ないのかもしれません。
とはいえ、ソフトバンクによるこのような膨大な特許出願は、AI分野の技術を特許権で独占することを目的とした知財戦略(事業戦略)であると考えられ、これは全社を挙げなければできなことであり、これを成しえていることは素晴らしいと思います。

さらにソフトバンクは、自社でのAI利用を義務化するとのことであり、これにより、AIに関するノウハウを蓄積でき、さらに特許出願も行うことができるでしょう。
これは事業戦略と知財戦略とを組み合わせた事業活動です。
これにより、ソフトバンクが今後日本だけでなく世界のAI分野の多くを、独占又はラインセンス等により主導権を握ることができるか注視したいところです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年7月23日水曜日

判例紹介:営業秘密が格納されているサーバーへのアクセスID

今回紹介する裁判例は、第一審の判決が第二審(知財高裁)で覆ったものです。第一審では、営業秘密の保有者である原告の請求は全て棄却されましたが、第二審ではこれが覆っています。

本事件の原告は、インターネットの利用による競馬情報の提供等を目的とする株式会社(平成10年6月25日設立)であり、競馬の勝ち馬を数値で予想する「指数」を算出し、顧客に対し、インターネット上で同指数を掲載した競馬新聞を提供しています。
被告会社は、インターネットの利用による各種情報の提供等を目的とする株式会社(平成18年2月20日設立)であり、登記簿上設立から令和元年7月30日まで原告と本店所在地が同一であり、原告と同様、競馬の勝ち馬を数値で予想する「指数」を算出し、顧客に対し、インターネット上で同指数を掲載した競馬新聞を提供しています。
また、被告Y1は、原告の元従業員兼被告会社の代表者であり、被告Y2は、原告の元従業員でした。被告Y1及び被告Y2は、原告に在職する一方、本件パソコン等を使用して、被告会社の提供する競馬新聞での発行業務に従事していたが、令和元年10月27日深夜から同月28日未明までに本件パソコン等を持ち出し、原告を退職した上、その後も、被告会社の提供する競馬新聞の発行を継続したとのことです。

原告の主張は、被告らが共謀の上、被告Y1及び被告Y2において、原告の営業秘密である本件情報が記録された本件パソコン等を事務所から持ち出し、不正の利益を得る目的で本件情報を使用するなどした行為が、不正競争行為(営業秘密不正取得行為・図利加害目的使用行為、不競法2条1項4号又は7号)に該当するというものです。

この主張に対して、第一審では、「被告会社が、原告に属する本件情報の全部又は一部を本件パソコン及び本件サーバー上のハードディスクに保存していたとは認められないことはもとより、被告P1らが本件パソコンその他の私物を持ち出した前後を通じ、被告らが本件情報を使用等していたものとは認めるに足りない。」と判断し、原告の請求を棄却しています。
なお、第一審では、どのような情報が営業秘密であるのか、そして、営業秘密とする情報の秘密管理性等について、裁判所は明確には判断していません。

一方で第二審では、本件情報1~4は以下のものとのように営業秘密が明確になりました。
本件情報1:IDM 指数作成プログラム及び指数作成手法
本件情報2:デジタル競馬新聞作成システムプログラム
本件情報3:IDM 構成要素データ
本件情報4:顧客管理名簿

本件情報1、3は、レース結果における考慮要素に係るデータを数値化した点数を計算要素とし、原告独自のロジックとデータとプログラムに基づき競走馬及びレースごとの総合得点を算出して数値化し、これを前提に、開催されるレースの条件も勘案した補正等を加えて予想値となる数値を IDM 指数(IDM 結果値)として算出するものだそうです。原告は、これに基づき、原告独自のレース予想値として、IDM 予想値を原告が発行するインターネットによる競馬新聞に掲載しているとのことです。


これらの本件情報1~3の管理については以下のように裁判所は認定しています。
ウ 原告においては、競馬レースの結果を従業員全員で入力するため、本件情報1~3等を含むプログラムやデータベースから成る原告のシステムについては、従業員全員がアクセスすることができるようになっているが、原告の競馬新聞や競馬データサービスの根幹をなすため社外秘となっている。また、これらは、原告社内のコンピュータ及びサーバー並びにクラウドに格納され、① 社内 ID 及びパスワードを入力しないとアクセスすることができず、② 退職者がいる場合には、一斉にパスワードが変更されている。(甲83、原審証人B)
上記の「社外秘」とはどのような形態で示されているのかが判決文からは不明でした。また、被告は第一審において「原告が従業員にID及びパスワードを付与していたことは認めるが、原告は、全従業員に対し、同一のIDとパスワードを付与していたから、従業員は簡単に本件情報にアクセスすることができた。」とのように主張し、その秘密管理性を否定しています。
第二審において裁判所は、本件情報の秘密管理性を以下のように判断しています。
本件情報1及び3は、「社外秘」とされて原告社内のコンピュータ等に格納され、業務の必要から従業員全員がアクセスすることができるが、社内 ID 及びパスワードの入力を必要とし、退職者がいる場合には一斉にパスワードが変更されるのであるから、「秘密として管理され」かつ「公然と知られていないもの」(不競法2条6項。秘密管理性、非公然性)に該当する。よって、本件情報1及び3は、原告の営業秘密に該当するというべきである。
なお、裁判所は、本件情報2、4も本件情報1、3と同様の情報管理措置がされていたことが推認されるとしています。

本事件の秘密管理性に対する裁判所の判断は比較的緩いようにも思えます。
まず、本件情報1~3に対して「社外秘」となっていると裁判所は認定していますが、上記のように、「社外秘」の具体的な表示態様等がよくわかりません。
また、サーバーへアクセスるためのIDとパスワードは、全従業員に対して同一であるとのことです。このようなアクセス管理は、秘密管理措置として認められ難いと思います。一方で、原告において退職者がいる場合には一斉にパスワードが変更されていたとのことなので、このことを裁判所は原告の秘密管理措置として認めた可能性があります。
さらに、本件情報2、4も本件情報1、3と同様の情報管理措置がされていたことが「推認」されるとしており、本件情報2、4に対する秘密管理措置の判断も甘いように思えます。

このような判断を裁判所が行った理由には、被告らが本件情報1~4が営業秘密であるということを認識していたという裁判所の心象が強かったのではないかと思います。このため、秘密管理性の判断が比較的緩くなったのではないかと思います。
今後もこのような秘密管理性の判断が比較的緩くなる可能性もあるのではないかと考えます。

なお、本事件は、被告らは、令和元年9月及び10月における利益隠蔽に係る共同不法行為、並びに、ハイブリッド競馬新聞に関し、同年11月以降の営業秘密の使用に係る不競法違反行為により、原告に生じた損害について賠償責任を負うことになるとし、総額、1億5039万9456円の損害賠償が認められています。

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2025年7月14日月曜日

AIであるCopilotに、知財戦略カスケードダウンを参考にしてQRコードとCPコードの知財戦略を聞いてみた。

 知財戦略カスケードダウンを参考に、2次元コードであるQRコードとCPコードの知財戦略の違いと、QRコードが成功した要因とCPコードが失敗した要因を知財戦略の視点から解説してもらいました。ちなみに、CPコードはQRコードよりも先発の二次元コードです。

参考:知財戦略カスケードダウンによるオープン・クローズ戦略の実例検討

下記のAIの解説で新たに思ったことは、QRコードは特許を活用してQRコードの普及と収益化を両立するためのエコシステムを構築できたけど、CPコードはそのエコシステムを構築できなかったことにあるということ。


📊 QRコードとCPコードの知財戦略の違いと成否の要因分析(知財戦略カスケードダウン視点)

「知財戦略カスケードダウン」は、事業目的に基づいて知財目的・戦略・戦術を階層的に整理する手法です。これを用いて、QRコードとCPコードの知財戦略を比較し、それぞれの成功・失敗要因を分析します。

🧩 知財戦略の構造比較

項目QRコードCPコード
事業目的世界的な普及と市場形成偽造防止・高セキュリティ提供
知財目的安心して使える環境の整備技術独占による競争優位性
知財戦略特許取得+無償開放(オープン)特許取得+秘匿化(クローズ)
知財戦術模倣品排除、読取装置で収益化ライセンス契約、技術非公開

QRコードが成功した要因(知財戦略の視点)

  1. オープン戦略による普及促進

    • 特許を取得しつつ、基本仕様を無償開放

    • 他社が安心して利用できる環境を整備(クリアランス不要)

  2. 標準化による信頼性確保

    • ISO/JIS規格化により業界標準として定着

  3. 収益源の分離と戦略的クローズ

    • 読取装置の差別化技術は秘匿化し、収益化

    • 一部技術はライセンス提供で市場拡大と収益両立

  4. 模倣品排除によるブランド維持

    • 特許権を行使して不正利用を排除

  5. 他社の利益も考慮した市場設計

    • 他社もQRコード関連製品で収益を得られる環境を構築

CPコードが失敗した要因(知財戦略の視点)

  1. クローズ戦略による普及障壁

    • 技術詳細を秘匿化し、導入企業に限定

    • 標準化されておらず、汎用性が低い

  2. 導入企業の理解・信頼が必要

    • B2Bモデルのため、普及には時間と教育が必要

    • 市場形成において他社の参入障壁が高すぎた

  3. 互換性の欠如による孤立化

    • 他社製品との連携が難しく、エコシステムが構築されなかった

  4. 知財戦略が事業目的と乖離

    • 技術独占を優先しすぎて市場形成を犠牲にした可能性

🧠 まとめ:成功と失敗の分岐点は「知財の使い方」

QRコードは「普及=価値」と捉え、知財を“守る”だけでなく“広げる”ために活用しました。一方、CPコードは「独占=価値」と捉え、知財を“囲い込む”ことで差別化を図りましたが、市場形成に必要な他社の参入を阻んでしまいました。

つまり、知財戦略は事業目的に忠実であるべき。技術の優劣ではなく、知財の使い方が成功を分けたのです。


弁理士による営業秘密関連情報の発信