2019年1月10日木曜日

ー判例紹介ー 他社のミスにより得たプログラムを使用したら営業秘密侵害?

他社のミスにより得た他社のプログラムを使用したら営業秘密侵害となる可能性はあるのでしょうか?このような判断がなされた裁判があります。
この事件は、大阪地裁平成28年11月22日判決の貸金返還請求事件(事件番号平成25年(ワ)第11642号)です。

本事件は、原告会社が被告会社に対し、消費貸借契約に基づく貸金返還請求権として、元金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める一方、被告会社は、原告会社が被告会社の営業秘密であるソフトウェア(被告作成ソフト)を取得し使用するなどの不正競争をしたと主張したものです。このため、通常の営業秘密侵害事件とは異なり、被告会社が営業秘密保有企業です。

まず、本事件における営業秘密侵害に関連する経緯は、訴外会社が宮城県警から請け負ったシステム開発を原告会社が下請けし、原告会社が被告会社に対してソフトウェアの開発の依頼を予定し、被告会社は原告会社からこの発注を受ける前提で被告作成ソフトの開発を行っていました。
しかしながら、被告会社は、納入するソフトウェアのソースコードの開示と著作権の譲渡を原告会社から求められたため、被告会社は原告会社からのソフトウェア開発を受注しないとの決定をしました。

ところが、被告会社の従業員は、原告会社から貸与されたパソコン上に被告作成ソフトのファイルを残したまま、パソコンを原告会社に返却したようです。
そして、原告会社は、この被告作成ソフトを使用して、受注したシステムを開発しました。


ここで、被告会社の従業員が原告会社のパソコン上に被告作成ソフトのファイルを残していた事実は、被告作成ソフトの秘密管理性又は非公知性が否定される可能性が考えられます。

しかしながら、これに対して裁判所は「原告会社のパソコンに被告作成ソフトが残されていたのは,被告会社の何らかの過失によるとしか考えようがないから,被告会社が積極的に開示しようとしたものではない以上,上記のような一回限りの出来事をもって,被告作成ソフトの秘密管理性に影響を及ぼすものとはいえない。」とのように判断しました。
このように裁判所は、原告会社のパソコンに被告作成ソフトが残されていたという過失は重要視しませんでした。

一方で裁判所は「そもそもソフトウェアのソースコードは,一般に非公開とされている」ことを前提とすると共に、被告作成ソフトのソースコードの開示と著作権の譲渡が原告会社から求められたために、被告会社が原告会社からの受注を断るという経緯を重要視し、「上記経緯に照らし,被告作成ソフトのソースコードを原告らのみならず第三者が知る手段を持っていなかったことも明らかであるから,被告作成ソフトは非公知であり,秘密として管理されていたものといえる。」と判断しました。その結果、原告企業による被告作成ソフトの不正使用が認められました。

このように本事件では、被告作成ソフトに対する秘密管理意思を被告会社は原告会社に対して直接的に示していないものの、その経緯から秘密管理意思を認めています。

この事件のように、他社の意図に沿わない形で自社が入手した当該他社の情報、すなわち他社から流入した情報(営業秘密)を使用することには相当な注意が必要です。
このため、他社の情報を入手した場合は、その入手経緯を十分に確認する必要があります。
例えば、Eメールの誤送信によって入手する可能性もあるでしょう。この判決に沿って考えると、Eメールの誤送信によって入手した営業秘密であっても、送信先企業における秘密管理意思が伺い知れるにもかかわらず、送信先企業の許可なく使用すると営業秘密侵害となる可能性があります。

ちなみに、原告会社は「被告作成ソフトは,宮城県警で行われた平成24年9月28日のデモンストレーションの際は何とか起動したものの,Web化されておらず,多数の問題点を指摘された。その後改修を加えて平成25年1月に何とか納入したものの,同年3月から5月にかけても改修し続けたが,結局完成させることができなかった」とも主張し、有用性を否定しました。これが事実であれば、原告会社は、訴訟までに至った被告作成ソフトの使用にはメリットがなかったのかもしれません。しかしながら、このようなことにかかわらず、原告会社の行為は営業秘密の不正使用と認定されました。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年1月3日木曜日

明けましておめでとうございます。

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

このブログを開始して約1年半、2回目の年明けです。
この短い間であっても、知財や法務として注目すべき判決がいくつも新たに出ていると感じています。

ところで、今後、営業秘密と組み合わせて考えたいキーワードはオープンイノベーションでしょうか。
オープンイノベーションといっても、もう少し広い概念で捉え、取引先に対する営業秘密の開示です。
従業員による転職時等における営業秘密の不正取得等は減っているようですが、オープンイノベーションの広まりにより、取引先等による営業秘密の不正取得や不正利用が多くなるかもしれません。

さらに、技術情報の非公知性(有用性)の有無についても気になるところです。
近年改定される営業秘密管理指針にも自社製品のリバースエンジニアリングによる非公知性喪失が新たに加えられます。

今後も、営業秘密に関する裁判例を紹介し、秘匿化すべき情報をどのように扱うべきかの私見を述べていきたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年12月27日木曜日

営業秘密の刑事事件続報2件

先日、営業秘密の刑事事件についての続報が2件ありました。

一つは、海外重罰規定が適用と報道された事件(光ファイバー技術漏洩事件)です。
・不正入手技術を中国で使用疑い 重罰規定初適用、追送検 神奈川(産経新聞)
・企業秘密の設計図、海外で使った疑い 会社役員を追送検(朝日新聞)
・独自技術を中国で使用疑い 海外重罰規定を初適用 (日経新聞)

この事件は、10月に逮捕された容疑者を追送検したものです。
・光ファイバー技術漏出の疑い、元精密部品会社員ら逮捕へ(朝日新聞)

なお、私は、中国人に営業秘密を渡していたOSG営業秘密流出事件も海外重罰の適用があったと思っていましたが、そうではないようですね。
参考ブログ記事:OSG営業秘密流出事件判決

このOSG営業秘密流出事件と今回の事件との違いは、OSG営業秘密流出事件では容疑者が中国人に渡す目的であったという自供のみである一方、光ファイバー技術漏洩事件では実際に中国で営業秘密を使用していたことが確認されたということでしょうか。

果たして、この事件の判決において海外重罰の規定により、被告の懲役刑がどの程度になるのでしょうか。


もう一つの事件は、日本ペイントデータ流出事件です。この事件は、日本ペイントの元執行役員が菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの営業秘密(塗料製品の原料や配合量の情報)を持ち出し、菊水化学で開示・使用したというものです。

・菊水化学元常務が無罪主張 塗料データ漏洩事件で初公判 (日本経済新聞)
・日本ペイント情報漏えい、元社員「やっていない」 初公判で無罪主張(毎日新聞)
・塗料の機密情報を転職先のライバル会社に渡した罪 64歳男が初公判で無罪を主張 名古屋(FNN PRIME)
・営業秘密不正開示の罪、無罪を主張 名古屋地裁(CHUKYO TV NEWS)
・秘密漏えい、無罪主張=転職先に製品情報の被告-名古屋地裁(JIJI.COM)

被告である日本ペイントの元執行役員は、初公判で無罪を主張しています。
その具体的な内容は、塗料の原料や配合量の情報は特許公報等により公知となっているというものであり、営業秘密でいうところの非公知性又は有用性を争っていると考えられます。
また、日経新聞の記事によると「製品の分析によっておおよそ見当がつくはずだ」とも主張しており、自社製品のリバースエンジニアリングによる非公知性喪失にも主張しているようです。

技術情報に係る営業秘密では、刑事事件においてもこのように技術論に関する主張を行う可能性が高いでしょう。
この場合に、刑事事件を扱う裁判所がどのように判断するのか興味深いものです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信