<営業秘密関連ニュース>

2023年3月23日
・立花前党首、有罪確定へ NHK契約者情報を不正取得―最高裁(JIJI.COM)
・NHK契約者情報をネット投稿 立花元党首の上告を最高裁が棄却、有罪確定へ(産経新聞)
・旧NHK党・立花氏の有罪確定へ 脅迫やNHK契約情報の不正取得で(朝日新聞)
・立花孝志元党首、有罪確定へ NHK契約者情報を悪用(日本経済新聞)
・立花孝志前党首、有罪確定へ…最高裁が上告棄却(読売新聞)
2023年3月23日
・令和4年における生活経済事犯の検挙状況等について(警察庁生活安全局 生活経済対策管理官)
・営業秘密の持ち出し事件、過去最多の29件 22年、背景に転職増か(JIJI.com)
・営業秘密漏えい摘発 昨年29件で最多…企業の情報管理 厳格化(読売新聞)
・営業秘密の不正持ち出し、摘発過去最多 背景に進む人材の流動化(朝日新聞)
・営業秘密侵害事件、22年は最多29件摘発 警察庁まとめ(日本経済新聞)
・営業秘密侵害事件が最多 摘発29件、警察庁まとめ かっぱ寿司運営会社など(産経新聞)
・営業秘密侵害事件が最多 摘発29件、警察庁まとめ かっぱ寿司運営会社など(毎日新聞)
2023年3月6日
・当社に対する訴訟の和解、特別損失の計上 及び業績予想の修正に関するお知らせ (菊水化学リリース)
・菊水化学工業、日本ペイントHDと訴訟和解 特損3億円(日本経済新聞)

<お知らせ>

・パテント誌2023年1月号に、「知財戦略カスケードダウンによるオープン・クローズ戦略の実例検討」と題した論考が掲載されました。pdfで閲覧可能となしました。
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2020年10月19日月曜日

刑事事件:導電性微粒子情報流出事件

先週報道された積水化学工業の元従業員が営業秘密(スマートフォンのタッチパネルに用いられる導電性微粒子の製造工程に関する技術情報)を中国企業に流出させ刑事告訴された事件についてです。

この事件で話題になったことは、元従業員が積水化学に在職中にSNSを通じて中国企業と通じ、情報を流出させていたということです。ちなみに、このSNSはLinkedInとのことです(SankeiBiz 迫る中国の産業スパイ 手段は多様化、取引先装いSNSで接触か)。
また、元従業員は、情報流出が発覚した後に解雇されており、中国企業(営業秘密の柳州先企業であるかは不明)に転職したようです。

上記報道によると「元社員も「潮社側から何か情報を引き出せないか」などと考えて、」とあり、また、NHKの報道(情報漏えい疑いで書類送検)によると「自分の研究が評価されていなかった。情報を渡す代わりに中国の会社の情報を入手して新たな製品を開発し、上司や会社を見返したかった」と供述しているようです。
このように元従業員は、営業秘密を中国企業へ提供する替わりに、この中国企業が有する情報を取得することが目的だったようです。

この目的は、2重の危険性を有しています。一つは、自社の営業秘密を他社に流出させることであり、もう一つは、他社の営業秘密を自社に流入させることです。
今回の事件は、元従業員は中国企業から情報を取得することはできなかったようですが、もし、元従業員が中国企業から情報を取得し、それを積水化学内で使用等していたら面倒なことになったかもしれません。

もし、このようなことが起きると、積水化学自体が不正競争防止法2条1項8号又は9号違反となる可能性が有るからです。2条1項8号又は9号は、他社の営業秘密について不正開示行為があったことを知って又は重大な過失により知らないで使用等する行為であり、主に営業秘密が流入した企業等がその対象となります。


しばらく前は、他社が保有する情報を取得することは”良し”とされていたかもしれません。
実際、不正競争防止法で営業秘密侵害が規定されたのは、平成2年であり、このときは刑事罰は導入されていません。刑事罰が規定されたのはさらに近年の平成15年です。
このため、営業秘密の侵害によって刑事罰を受ける可能性を認識していない会社員も多くいるでしょう。もし、そのような人が上司であったら、未だに他社の営業秘密を取得することを“良し”と考え、そのような指示を部下に与えている人がいるかもしれません。

しかしながら、他社の営業秘密を取得し、それを自社で開示や使用することは営業秘密侵害となるため、結果的に自社に損害を与える可能性が有ります。
このような事実を企業も従業員も認識し、誤った行動をとらないようにしなければなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年9月27日日曜日

刑事事件:ロボット情報不正取得事件

先日、元勤務先からロボット情報を不正に持ち出したとして、この元勤務先の元従業員が逮捕されました。近年、転職先で有利になる等の目的で行われるありがちな営業秘密流出事件です。

具体的には、報道によると「逮捕容疑は昨年8月20日、不正な利益を得る目的で会社のサーバーにアクセスし、営業秘密である産業用ロボットの設計図や生産ラインのレイアウト図など59点の情報をハードディスクにコピーして不正に取得したとしている。」(「ロボット情報不正取得疑い 勤務先から、41歳男逮捕」2020/09/24 産経新聞)とのことです。

なお、上記報道にもあるように元従業員は、「「データをコピーしたことに間違いはないが、不正な利益を得る目的ではない」と容疑を一部否認している。」とのことですが、「逮捕前の任意の調べに「(データを示せば)優遇されるのではないかと思った」と話したという。」との報道もあります(「ロボットの機密情報持ち出した疑い 転職した元社員逮捕」2020/09/24 朝日新聞)。
このように転職先で優遇されることを目的として、退職時に元勤務先の営業秘密を持ち出していたら、それを持って不正の目的となり、刑事事件となる可能性が高いです。
このような事実は、企業に勤める人は窃盗が犯罪であることと同様に、刑事事件化されて刑事罰を受ける可能性が有ることを理解すべきです。

また、他の報道によると元勤務先の取引先の情報も持ち出していたようです(「産業用ロボットデータ不正持ち出しで逮捕の男 取引先のデータも含まれていた」2020/09/25 CVCNEWS)。
これは、逮捕された元従業員の元勤務先は、営業秘密を持ち出された被害企業というだけでなく、他社に迷惑をかけた企業との立場にもなり得、信用を失いかねないことになります。
営業秘密の流出は、自社に関する情報の流出だけであれば、流出元の企業は被害企業となりますが、顧客情報等に代表されるような他社(他者)の情報が流出した場合には、当該他社(他者)に対しては加害企業とのような立場に立たされます。この典型例がベネッセ個人情報流出事件でしょう。


一方、元従業員の転職先企業は、どのような対応をしたのでしょうか?
これに関して報道によると「さらに転職先では逮捕容疑の59件を除くデータの一部について、紙の資料にして示したが、転職先は「同業他社のものはリスクがある」と提供を受けなかったという。」とあります(「ロボット情報持ち出し、転職先「リスクある」と利用断る」2020/09/25 朝日新聞)。

この転職先企業によるこの判断は適切以外の何物でもありません。
転職者が元勤務先の営業秘密を持ち出したとしても、それを自社(転職先企業)で開示させないことがベストですが、もし開示したとしても、その使用は不正競争防止法違反に該当することを理解し、その流入を組み止める必要があります。
このため、特に転職者が提供する情報については細心の注意を払うべきでしょう。
例えば、それまで自社では知り得ていなかった情報を自社で転職者が開示した場合には、その出所を確認するべきです。もし、その出所が転職者の元勤務先であれば、元勤務先の営業秘密の可能性が有ります。
このような意識を持たずに開示された営業秘密を使用して製品を製造販売した結果、刑事事件となり、当該製品の製造販売を中止した企業もあります

このように、転職者による営業秘密の持ち出しは、元勤務先にとっても損害を生じさせるだけでなく、その目的が転職先での使用であるので、転職先にも大きなリスク(営業秘密の流入リスク)を与えるものです。従って転職先企業は、転職者が元勤務先の営業秘密を持ち込まないように、例えば、入社決定時に元勤務先の営業秘密の持ち込みをしないように文章や口頭で説明し、また、入社後の研修等でも同様の説明をし、発覚した場合には元勤務先へ通告すると共に解雇することを予め説明することで、他社の営業秘密の流入を食い止める必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年9月7日月曜日

判例紹介:日本ペイントデータ流出事件の刑事事件判決 -他社の営業秘密流入リスクー

しばらく前に日本ペイントデータ流出事件の刑事事件判決(名古屋地裁令和2年3月27日 平28(わ)471号 ・ 平28(わ)662号)が出ていました。日本ペイントの営業秘密を持ち出したとされた被告人は、一審地裁判決では懲役2年6月(執行猶予3年)及び罰金120万円となっています。

この事件は、塗料の製造販売等を目的とする当時の日本ペイント株式会社(判決文ではa社)の子会社であるb株式会社の汎用技術部部長等として、被告人が商品開発等の業務に従事していました。そして、被告人は、a社の競合他社である菊水化学工業株式会社(判決文ではc社)にa社の営業秘密を漏えいし、自身もc社の取締役に就任したというものです。なお、被告人は、a社の元執行役員でもあったようです。


この刑事事件判決文は営業秘密を理解する上で参考になることがいくつかあり、今回は他社の営業秘密の流入リスクについて考えてみたいと思います。

まず、どのようにして被告人がc社に営業秘密を漏えいさせたのでしょうか?

判決文によると、被告人はb社に在籍中、同社本社内において本件情報(a社の塗料である○○及び△△(本件各塗料)の原料及び配合量)が記載された商品設計書を取得して、これを基に本件各塗料の原料及び配合量の情報についての電磁的記録(○○に関するものを「完成配合表①」、△△に関するものを「完成配合表②」)を作成しました。

そして被告人は、c社において完成配合表①を基に作成した「●●:ホワイト」と題する書面(以下「推奨配合表①」という。)をc社の従業員Aらに手渡しました。さらに被告人は、完成配合表②を基に作成した「▲▲:ホワイト」と題する電磁的記録(以下「推奨配合表②」)を添付した電子メールをc社の従業員Bに送信しました。

なお、被告人はc社に配合表を提供する前に、自ら提案書を持参してc社に赴き、被告人がb社を退職して塗料ビジネスコンサルタントを始める予定であることを伝え、被告人とのコンサルタント契約の締結を持ち掛けていたとのことです。すなわち、当初、被告人はb社を退職した後にc社のコンサルタントとなるつもりだったようです。

そしてc社は被告人により開示された○○に係る情報を用いて塗料「●●」を,△△に係る情報を用いて塗料「▲▲」を,それぞれ開発製造して販売しました。
その結果、被告人はa社から営業秘密の領得等により刑事告訴され、c社はa社から民事訴訟を提起されています。さらに、報道によると「事件を受け、菊水化学は住宅向け塗料など一部製品については昨年3月から販売を中止している。」(Sankei Biz 2017.7.15「日本ペイントが菊水化学を提訴」)とのことです。

まさに、c社(菊水化学)は他社の営業秘密が流入したことにより、訴訟となり、自社製品の販売停止まで至っています。これが他社の営業秘密流入リスクの典型例です。


では、c社はどうするべきだったのでしょうか?
被告人からコンサルタント契約の打診を受けるまではいいでしょう。このようなことは、少なからずあることでしょうし、コンサルタント契約の打診だけでは営業秘密の開示を受けたことにはなりません。

一方、被告人から推奨配合表①,②を受け取ったことは非常に良くないことです。
この時点で、推奨配合表①,②には被告人の所属企業であったa社又はb社の営業秘密が含まれていることをc社は想定するべきでした。

具体的には、推奨配合表①は手渡しだったので、その場で被告人に返却するべきでした。
また、推奨配合表②はメールで送付されたので返すことはできません。そこで、このメールはc社内で不特定の従業員の目に触れないように管理したうえで、被告人にa社又はb社の営業秘密が含まれていないことを確認するべきでしょう。
もし、営業秘密が含まれていないと被告人が主張するのであれば、a社又はb社にそれが事実であるか否かを確認することの同意を被告人から得るべきでしょう。そこまでやれば、被告人の反応から営業秘密が含まれているか否かが分かりますし、もし、含まれているという確信があればa社又はb社へその事実を通知し、c社は被告人による営業秘密の領得には関与していないことを伝えるべきでしょう。
営業秘密の領得等は犯罪ですので、そのような犯罪行為があったことを被害企業に伝えることは当然の行為です。また、それにより、自社の潔白を被害企業に認識させることにもあるでしょう。

上記のことを考慮する必要があるにもかかわらず、被告人から受け取った情報をもとに、製品を製造販売するということは最も悪手であり、c社が当該製品の製造販売の停止にまで追い込まれることは当然でしょう。

ここで、被告人から推奨配合表①,②を受け取ったc社の従業員A,Bがどのような立場の人物であったかは判決文からは分かりません。技術開発を行う人物であったかもしれませんし、経営に携わる人物であったかもしれません。しかしながら、どのような立場の人物であったも、他社の営業秘密の流入リスクは認識し、対応できるようにしなけらばならないでしょう。

昨今、人材の流動性は高まっており、この流れは益々促進されるでしょう。さらに、SNS等により、個人間のやり取りも容易です。すなわち、自社に他社の営業秘密が流入するルートは会社の公の窓口(人事、転職サイト等)だけでなく、あらゆる可能性があります。
そうすると、全従業員が営業秘密についてある程度の理解を有する必要があります。
自社の営業秘密を漏えいすることが違法であるだけでなく、他社の営業秘密の使用が違法であることを正しく認識させる必要があります。
これを怠った結果がまさにc社の結果でしょう。

なお、c社はa社から民事訴訟を提起されています。提訴は2017年であり、営業秘密の民事訴訟は2年前後で一審判決がでる傾向があるので、すでに判決が出る頃かと思いますが出ていません。このため民事訴訟は既に和解している可能性もあるかと思います。c社は既に当該製品の製造販売を停止していますし、a社が納得する賠償金を支払うことに同意していれば、和解には至るでしょう。また、この刑事事件の判決文を見ると、c社が刑事事件に対して協力的であったとも思えます。
次回は、被告人がリバースエンジニアリングによる非公知性の喪失についても主張していますので、その点について検討したいと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年7月17日金曜日

ソフトバンクスパイ事件の判決

先週、ソフトバンクスパイ事件(刑事事件)の一審判決が言い渡されました。
犯人である元従業員は懲役2年、執行猶予4年、罰金100万円となりました。
控訴する可能性もあるでしょうが、もし控訴しても判決は大きく変わらないと思います。

ところで、この判決は、過去の刑事事件の判決と比べても、重くもなく軽くもなく、というところでしょうか。
報道等の扱いは、ロシアの元外交官が関与しており、まさにスパイ事件の様相を有する特殊性から他の営業秘密事件に比べても多かった事件ですが、例えば、同様に報道が多かったベネッセ個人情報流出事件に比べると軽い判決かと思います。
この違いは、やはり持ち出された営業秘密の内容によるものでしょう。
ソフトバンクスパイ事件では、通信設備に関する情報が持ち出されているものの、おそらく、ソフトバンクは実質的な損害を受けていないのではないでしょうか。一方で、ベネッセの事件では、その対応費用も含めてベネッセの収益に大きな影響を与えました。



なお、今回の事件では、営業秘密の持ち出し方法についても裁判で明らかになったようです。
その持ち出し方法とは、営業秘密を表示させたモニタをデジタルカメラで撮影するという方法のようです。確かに、この方法では、当該情報をUSBに出力したり、印刷、又はメール送信ということはないので、アクセスログしか残りません。このため、営業秘密の持ち出しが発覚し難いこととなるでしょう。

また、元従業員は報酬として1回あたり20万円を受け取っていたようです。
この元従業員は、在職中はモバイルIT推進本部の統括部長という地位にあったことを鑑みると、全く割に合わない行為だったことは明らかでしょう。

さらに、この事件の特徴は、営業秘密を受け取った人物は特定されているものの、在日ロシア通商代表部の元外交官であり、この人物は既に出国し、再入国することもないであろうことから、不起訴となっている点でしょう。
営業秘密は外国人の手に渡ることも多々あるかと思いますが、その場合、犯人の逮捕には限界があり、かつ、持ち出された情報が他国で開示、使用される場合にはそれを止める手立てが実質的に存在しません。
このことは、企業として十分に認識するべきではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年5月1日金曜日

営業秘密侵害の検挙件数統計データ

警察庁生活安全局 生活経済対策管理官から「令和元年における生活経済事犯の検挙状況等について」が今年の3月に発表されていましたので、その中から営業秘密に関連するものを紹介します。

この営業秘密侵害事犯の検挙事件数の推移のグラフから分かるように、営業秘密に関する刑事事件は、統計を取り始めた平成25年から右肩上がりとなっています。

令和元年では平成25年に比べて4倍になっていますが、これは昨今の人材の流動化に伴い、営業秘密侵害が増えた可能性もあるかと思いますが、民事訴訟件数がこれほどの増加率ではないように思えますので、被害企業が積極的に刑事事件化を選択しているということではないでしょうか。

例えば、転職の際に営業秘密を持ち出した元従業員に民事訴訟を提起したとしても、その立証が大変であったり、実質的な損害が生じていなかったりすると損害額が低額であり、民事訴訟を行う金銭的なメリットは低いと判断される可能性もあるかと思います。
そうすると、民事訴訟を起こすメリットは差し止めとなりますが、実際には警告書を転職先企業に送付すれば、多くの場合は民事訴訟を提起するまでもなく転職先は使用しないでしょう。
しかしながら、それだけでは営業秘密侵害の抑止効果としては薄いかもしれないので、刑事事件化して抑止効果を高めようとする企業もあるかと思います。

一方で、このグラフは検挙件数であるため、起訴に至った件数は分かりません。まれに不起訴となった事件が報道される場合がありますが、多くの事件は不起訴となった場合にはそのことが報道されていないようです。
今後、起訴された件数や、不起訴となった理由も知ることができればと思います(不起訴理由を知ることは相当困難なようですが)。

上のグラフは、営業秘密侵害事犯の相談受理件数の推移です。
平成29年が突出していますが、こちらも、基本的に右肩上がりです。
相談件数の約半分が検挙に至っているという感じでしょうか?

こちらの表からは、具体的な検挙人員や検挙法人数が分かります。
ここで、検挙法人数は平成27,28年では各々4法人ですが、他の年は0です。
これは、民事訴訟においては多くの場合、元従業員の転職先企業も被告となっていることを鑑みると、少ない数かと思います。
営業秘密の被害企業にとっても、他の法人に対して刑事責任までも問うということは、心理的負担が大きいということでしょうか。

なお、検挙事件件数は近年20件前後のようですが、実際に報道されている件数は、この半分から1/3以下のように思えます。
このため、意識して報道を確認しないと、営業秘密の刑事事件について起きていることも知られないかもしれません。実際、弁理士であっても、営業秘密侵害が刑事事件になっていることを知らない人もいるようです。

しかしながら、営業秘密侵害事件の検挙件数は確実に増えており、その多くの人は普通に会社勤めをしていた人たちでしょうから、自身の人生を誤らないためにも、営業秘密の漏えいは刑事事件ともなり得る行為であることを全員が知るべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年4月3日金曜日

日本ペイントデータ流出事件(刑事事件)の地裁判決

以前から気になっていた事件である日本ペイントデータ流出事件の地裁判決がでました。
判決では、被告に対して懲役2年6月、執行猶予3年、罰金120万円の有罪判決でした。被告側は控訴するとのことですので、これで確定ではありません。


本事件は、日本ペイントの元執行役員が菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの塗料の原料や配合等を示す情報を持ち出し、菊水化学で開示・使用したとする事件です。日本ペイントはこの元執行役員を刑事告訴(2016年)し、菊水化学と元執行役員に対して民事訴訟を提起(2017年)しています。

この刑事事件では、被告である元執行役員は、無罪を争っていました。報道からは、おそらく秘密管理性、有用性、非公知性の全てを争っていたと思われます。また、菊水化学も被告側の立場にたっていたようです。民事訴訟でも争っているので、当然のことかと思います。


ここで、秘密管理性の有無については判断が比較的容易かと思われ、起訴されているのでこれを被告側が覆すことは難しいのではないかと思います。

一方、有用性と非公知性はどうでしょうか。これらは完全に技術論になるかと思います。
この点、毎日新聞の上記記事では裁判所が「特許公報や分析で原料や配合量を特定することは容易ではない」と判断したとあります。
また、同様に日経新聞の上記記事では「弁護側はこれまでの公判で、データが特許公報に記載されている公知の事実だったと主張。」や「検察側は「特許公報を読んでも具体的な配合の情報までは特定できない」と反論。」とあります。
被告は特許公報等によって有用性や非公知性を否定する主張を行ったようです。

ここで、営業秘密の刑事事件において、技術情報を営業秘密とした場合の有用性や非公知性を本格的に争った事件はこれ以外にないかもしれません。そういった意味でもこの判決には非常に興味があります。
果たして、裁判所の判断に民事事件とは異なる部分があるのか否か、また、被告側はどのような論理展開を行ったのか等、参考になることは多いかと思います。

特に、特許公報に基づいて被告側はその営業秘密性を否定しています。民事事件でも特許公報に基づいて営業秘密性を否定する主張はさほど多くはありません。

また、毎日新聞の記事では、「特許公報や分析」で原料や配合量を特定することは容易ではないとあります。この点に関して、日経新聞では裁判所の判断が多少詳細に「特許公報などから原料をすべて特定するには相当な労力と時間が必要」とのように記載されています。この日経新聞の記事からすると、被告は原告製品のリバースエンジニアリングによってその非公知性を否定したのかもしれません。もしそうだとすると、用いた分析方法についても被告側は主張しているはずです。

本事件の判決文が公開されれば被告側がどのような主張を行い、それに対して検察がどのような反論を行い、裁判所がどのように判断したかは判決文を見るまで詳細には分かりません。
刑事事件の判決文は、営業秘密侵害事件であっても公開されないものもあるようです。
しかしながら、本事件は今後も非常に参考になる判決であろうと思われますので、ぜひ公開されてほしいところです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年2月29日土曜日

パチンコ出玉情報漏えい事件

先日、パチンコチェーン店の元従業員がパチンコの出玉情報を不正に入手して4人の客に漏洩したとして、逮捕・略式起訴され罰金50万円となった刑事事件が報道されました。なお、4人の客は不起訴となっています。

・パチンコ出玉情報を客に教える 元店長に罰金50万円(日テレNEWS24)
・パチンコ出玉情報を客に教える 元店長に罰金50万円(北日本放送)
・ノースランド、パチスロ設定漏洩の元店長を懲戒解雇(P-WORLD)
・設定情報を不正取得、パチンコ店の元店長ら5人逮捕(チューリップテレビ)
・パチンコ情報、不正流出 容疑で元店長ら5人逮捕 県警 /富山(毎日新聞)

私はパチンコをやらないので出玉情報そのものを知らないのですが、出玉情報とは報道によると「高い確率で玉が出る配置図」とのことです。
確かに、その配置図を入手できればパチンコで勝つ可能性が高くなりそうであり、一般的には秘密にしたい情報だとも思えます。ただ、この出玉情報を公開しているパチンコ店もあるようです。公開の目的はやはり集客なのでしょう。

このような出玉情報は、有用性と非公知性は一般的に満たしていると思われ、罰金刑となっているので当然、当該出玉情報は秘密管理されていた情報となります。

そして、パチンコ店の店長であった元従業員は、サーバーへアクセスして出玉情報を取得したとのことです。元従業員は店長であったので当然、アクセス権限を有していたことでしょう。また、一部報道によると、元従業員は3年前から出玉情報を不正取得し、その被害額は数千万円にもなるようです。


ここで、本事件の教訓は、営業秘密性を満たした情報はそれを不正取得等された場合に法的措置をとることができるのであって、漏洩防止そのものには直結しないということです。
本事件は、パチンコ店の店長が情報漏洩を行っています。一般的に、店長は情報漏洩を防止する立場にいるはずです。しかしながら、このように所属企業の管理職が情報漏洩を行う場合が多々あります。であれば、企業は、そのようなことも想定して営業秘密管理をしないといけないのでしょう。

とはいえ、それは非常に難しいですよね。
店長が出玉情報を取得(確認)することは当然ですし、それを例えばプリントアウトすることもさほど不自然ではないでしょう。プリントアウト不可なら、人目を避けて出玉情報を表示している画面をカメラ撮影することもできるでしょう。
また、サーバーでアクセス管理したとしても、日常業務で出玉情報にアクセスするでしょうから不正検知に役立たないかもしれません。

本事件は、損害額が数千万円の可能性があるようですので、高確率に設定されているパチンコ台で不自然なほど多くの出玉数があり、それに企業側が気が付いて店長による情報漏洩に辿り着いたのではないでしょうか?

では、どうするべきだったのでしょうか?
パチンコ店におけるパチンコ台の管理や設定方法を私は理解していないので勝手な想像ですが、出玉情報を店舗で管理する必要があったのか?もし、かならずしも店舗で管理する必要がないのであれば、本部で管理することもできたのではないか?
店舗での管理が必要な場合には、出玉情報を閲覧する場合には必ず2人以上で閲覧するというルールを設ける、というようなことも考えられるのではないでしょうか?
しかしながら、このような管理は、作業効率が悪く非現実的かもしれません。

とはいえ、営業秘密が漏洩した場合における損害を考えた場合には、そのような管理も必要なのかもしれません。
このような実際の事件を検討することで、自社の営業秘密管理が果たして適切であるのかを見直すきっかけになると思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年2月15日土曜日

ソフトバンク事件の報道や本質的なことについて

ソフトバンクの機密情報が元従業員によってロシア側に漏洩された事件について、比較的大きく報道されていること、いわゆるスパイ事件の様相もあり、いくつか特集記事のようなものも掲載されています。

確かに、ソフトバンクの機密情報がロシアの外交官に漏洩していたという事件は、幾つもある機密情報の漏洩事件の中において、インパクトがある事件です。しかしながら、スパイ防止法といった法律のない日本において、この事件は不正競争防止法の営業秘密侵害罪であり、「ロシアに情報が漏洩」したことが犯罪とされたわけではありません。

本質的には、今まで幾つもあった営業秘密侵害事件と何ら変わりません。すなわち、漏洩された情報が秘密管理性、有用性、非公知性を有した営業秘密であって、不正の目的を持って開示等されたことを持って、事件化されたものです。
今回の事件を特集した記事において、この点を述べているものがほとんどないことが少々気になります

すなわち、今回の事件は、ソフトバンクから流出した情報に、営業秘密が含まれていたから事件化することが可能となったものです。この事件は、ソフトバンクが察知したのか、公安当局が察知したのかは分かりませんが、元従業員が営業秘密にアクセスし、その情報をロシア側に渡したことで逮捕に至ったものであり、もし、営業秘密とされない情報だけを漏洩させていたのであれば、事件化には至りません。


ここで、「営業秘密とされない情報」とは何でしょうか?上述の、秘密管理性、有用性、非公知性を満たさない情報です。そして、このブログを度々ご覧になられる方は分かるかと思いますが、そもそも特定されている情報です。情報が特定されていないと、当然、秘密管理もできませんし、有用性、非公知性の判断を客観的に行うこともできません。しかしながら、情報は特定されていなくても、従業員が記憶している断片的な情報として漏洩される可能性もあります。

このように、特定されていない情報、秘密管理されていない情報は、まず、営業秘密となり得ません。そのような情報に対して、従業員によって漏洩された、企業スパイだ、と訴えても、営業秘密侵害とは認められません。実際にそのように判断された裁判例は幾つもあります。
裏を返すと、営業秘密とされていない情報は、基本的には、誰でも自由に開示したり、使用したりすることができます。今回の事件も、もしかしたら、本来漏洩されたくない情報であったにもかかわらず、その情報が特定されていない、秘密管理から漏れていた等の理由により、事件化できなかったものもあったかもしれません。

なお、営業秘密でない情報の開示・使用を制限させたいならば、秘密保持義務を相手方に課す必要があります。それが就業規則であったり、他社との秘密保税契約であったりします。
しかしながら、秘密保持義務違反は、民事的責任を負わせることはできるものの、刑事的責任を負わせることはできません。また、その条項によっては秘密保持義務を課す情報の範囲が実質的に営業秘密とされる情報の範囲と同じになってしまい、あまり意味のないものとなる可能性もあり、秘密保持契約等で情報を守ろうとすることは相当の注意が必要です。

このように、もし自社から情報が漏洩したとしても、企業スパイというイメージだけで事件化はされません。どのような企業情報がその対象となるかを理解しないと、自社の情報を守ることはできません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年1月31日金曜日

ソフトバンクからロシアへの営業秘密流出事件

先週末に、ソフトバンクの元従業員がロシアの外交官へソフトバンクの営業秘密を漏えいしたとの報道がありました。この事件は、まさに国家によるスパイ事件の様相も相まって、大きく報道されたと思います。

とはいえ、ロシアという国家が絡んだ事件ですので、このブログで扱っているような企業から企業への営業秘密の漏えいとは少々異なるかとも思います。しかしながら、所謂スパイ防止法が日本にない現状において、不正競争防止法が実質的にスパイ防止法の代わりに機能している側面もあります。

具体的には、この事件のように、他の国家による情報の不正取得等が営業秘密の不正取得という形で刑事事件として扱われています。通常の営業秘密流出事件は各県警の生活安全課といった部署により扱われているものの、今回の事件は警視庁の公安部が取り扱っているように、根本的にその扱いが全く異なるのでしょう。

このような事例もあるように、営業秘密漏えいに関するセミナーでは、警察関係の方々が講演される場合もあります。
その中で、警察庁の外事課の方が講演されたこともありました。その方がいうには、中国、北朝鮮、ロシアは、日本の企業に対して情報取得を目的とした様々な動きを行うとのことです。このようなことは、ウィキペディアにも書かれていることもあり、ソフトバンクの事件は特段珍しいものでもないようです。

そして、上記3国は各々独自のやり方で企業やその従業員に近づき、情報を取得するようです。ロシアのやり方は、外交官がターゲットに近づき、最初は誰でも手に入れることが可能な情報を要求してその見返りを渡し、徐々に重要な情報(秘匿情報)を手に入れるというやり方のようです。中国は、女性を使ったやり方でしょうか?
また、国家との関係性がないことを装い、その国の大学からの研修生等の形で企業に入り込んでその企業の情報を取得するというやり方もあるようです。日本人はお人好しな側面もあり、そのような人に対して何の疑いもなく情報を与えるのでカモにされているとか。


さて、今回の事件では、一部報道によると基地局のマニュアルが持ち出されたとのことですが、おそらくロシアはこのようなマニュアルを本当に欲しいわけではないでしょう。逮捕から数日後にも元従業員とロシア側とが接触する予定であったとの報道もあります。もしかしたら、そのときに更に重要な情報が渡される予定だったかもしれません。

実際、ロシア側が本当に手にしたい情報は漏えいしていないのかもしれませんし、もしかしたら、既に重要な情報が漏えいしたのかもしれません。ですが、ロシア側がどのような情報を欲しているかは明らかにされないかもしれません。ソフトバンクほどの企業になれば、国防に絡むような業務を行っている可能性もあるでしょうし、ロシアが欲している情報は他国も欲している可能性があり、そのような情報をソフトバンクが保有していることすら、日本国としては知られたくないでしょう。

通常の会社員であれば、このような事件のように、他国との情報戦に巻き込まれることは想定し難いことかと思います。しかしながら、このような事件は表沙汰になっていないだけで、少なからず発生していると思われます。もしかしたら、今回はたまたま営業秘密の漏えいという形で刑事事件化が可能であったため、多くの人の知るところとなっただけかもしれません。

大きな企業になると、防衛関係の業務を行っているところも多くあります。
近年では、不正アクセスによって企業が保有する防衛関係の情報を取得しようとする行為も多発しているようです。
企業は、他の国家主導の不正な情報の取得を、営業秘密の漏えいという視点からも従業員に教育するべきかとも思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年12月13日金曜日

先日発生した営業秘密侵害事件(刑事事件)について

先日、典型的とでも言いましょうか、逆に未だにこんなことをする人がいるのかと思う事件(刑事事件)がありました。

その内容は、過去に勤務していた会社のサーバーに不正アクセス(ID、パスワードは勤務時のものを使用)して秘密情報を取得し、競合他社に購入を持ちかけたというものです。この競合他社の社長は、持ち出された会社にこの事実を連絡したことで事件が発覚したようです。

参考ニュース:

この事件に関して、参考にすることが幾つかあると思います。
(1)従業員にサーバーへのアクセス権限を与えるためにID、パスワードを通知することは一般的ですが、このID、パスワードを知っている従業員が退職した場合には、当該ID、パスワードを使用できないようにしましょう。
この程度のことは、手間を要することでも手間を惜しむことでもなく、当然に行われることであり、行っていなかった元勤務先にも驚きです。

また、このような形で不正アクセスを許す企業において、「秘密情報」とされる情報が果たして、「営業秘密」といえるように秘密管理されているかも疑問です。
今回の事件では元従業員が逮捕されているので、警察側も当該情報に対する秘密管理性を認めているのでしょうが、営業秘密侵害で逮捕されても不起訴という事例も多々あります。個々の事件における不起訴理由は分かりませんが、中には秘密管理性が不十分であった事例もあるかと思います。

また、元従業員は、自宅で作業するために自宅のパソコンに秘密情報を保存していたようです(不正アクセスした会社とは別の元勤務先の情報?)。この行為は、当該情報に対する秘密管理性が認められない理由の一つになり得ます。このような行為を許している企業は、要注意です。


(2)購入を持ちかけられた競合他社は、その事実を持ち出された会社に伝えたとのことです。これは、参考にするべき対応かと思います。
この競合他社が、もし、購入しなかったとしても、その後、元従業員の不正取得が明るみとなった場合には、有らぬ疑いをかけられる可能性もあります。また、元従業員から、秘密情報の一部でもサンプル的に一方的に送られてきた場合には、当該サンプルを使用したのではないかという疑いがかけられる可能性もあるでしょう。
このようなことを事前に防止するためにも、出所の怪しい情報を取得してしまった場合であって、その情報の保有企業が特定可能な場合には、当該保有企業に問い合わせるべきかと思います。

また、営業秘密の保有企業は、可能であれば、当該営業秘密に自身の会社名等を記載することで、当該営業秘密の保有者が誰であるかを第三者に分かるようにすることが好ましいかと思います。

本事件からは、上記のようなことを考えさせられるのですが、この様な事件が生じることが未だ情報の不正取得等が、刑事罰の対象ともなり得る犯罪行為であるとの周知が十分ではないのかなとも思います。それとも、犯罪行為であることを十分に知った上での行為でしょうか。
いずれにせよ、企業がとり得る対策は、秘密情報の不正取得や不正開示は犯罪行為であることを十分に従業員に対して教育することと、可能な限りのセキュリティ対策は行うことかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年9月7日土曜日

営業秘密侵害の刑事告訴 不起訴処分2件

先日、営業秘密侵害として刑事告訴されていた2つの事件について、不起訴処分となったことが報道されていました。

一つは、日経新聞社の社員の賃金データと読者情報を元社員が漏洩した事件(日経新聞社内情報漏えい事件)であり、もう一つは、M&Aの交渉先に顧客情報を無断でコピーされたという事件(M&A顧客情報流出事件)です。

過去のブログ記事
日経新聞社、社員の賃金データと読者情報の漏えいで元社員を刑事告訴(日経新聞社内情報漏えい事件)
営業秘密の不正取得を上司から指示された事件(M&A顧客情報流出事件)

不起訴の理由は詳しくはわかりませんが、共に不正の目的がなかったというもののようです。
ここで、営業秘密の漏洩について刑事的責任を問うためには「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的」が要件となっています(不正競争防止法第21条)。
すなわち、不正の目的等がない場合には、たとえ、営業秘密を許可なく持ち出す等しても、刑事罰は受けません。

日経新聞社内情報漏洩事件では、元社員は違法なサービス残業を告発するために全社員の賃金データを漏洩させたと主張していました。一方で、理由はわかりませんが、34万人分の読者情報も持ち出したようです。賃金データも読者情報もおそらく営業秘密であると認められる情報でしょう。
しかしながら、内部告発のための持ち出しであれば、不正の目的とは認められません。元社員によるこの主張が認められ、不起訴となったのでしょうか。
とはいえ、なぜ読者情報も持ち出したのでしょう?結局のところ、この読者情報の持ち出しも不正の目的が認められなかったということでしょうか。


一方、M&A顧客情報流出事件では、顧客情報の保有企業はM&Aの交渉先に対して、社内でのコピーも禁止するように約束したうえで、顧客情報(紙媒体)を開示しています。このため、当該顧客情報は営業秘密に該当するでしょう。しかしながら、M&Aの交渉先ではこの約束を守らずに社内で当該顧客情報をコピーしたようです。
しかしながら、これは不正の目的でないとされたようです。社内でのコピーに留まっただけであり、M&A交渉先が新たな顧客獲得等のためには使用しなかったためでしょうか?

この2つの事件は、刑事事件での不起訴ということであり、民事事件では判断が異なる可能性もあります。
日経新聞社内情報漏洩事件では、元社員が社員の賃金データや読者情報へのアクセス権限等を有していなかったら、不正競争防止法2条1項4号違反となります。
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不正競争防止法2条1項4号
窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為(以下「営業秘密不正取得行為」という。)又は営業秘密不正取得行為により取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為(秘密を保持しつつ特定の者に示すことを含む。次号から第九号まで、第十九条第一項第六号、第二十一条及び附則第四条第一号において同じ。)
---------------------------
4号では不正の目的は要件とされておらず、読者情報は内部告発とは関係ないでしょうから、日経新聞社が望むのであれば、元社員に対して少なくとも読者情報の開示や使用の差し止めについては認められる可能性があるかと思います。

一方で、M&A顧客情報流出事件についてはどうでしょうか?
この事件では、M&Aの交渉先は、顧客情報の保有企業 から正当に顧客情報の開示を受けています。そのため、不正享保防止法2条1項7号違反が考えられます。
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不正競争防止法2条1項7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
---------------------------
しかしながら、この7号には上記のように「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的」がその要件に含まれています。

本事件は、不正の目的が認められないと検察が判断しています。刑事事件と民事事件とでこの不正の目的の判断基準が全く同じではないかもしれませんが、民事訴訟でも不正の目的が認められない可能性も考えられます。
そうすると、M&Aの交渉先が社内での利用に留まるのであれば、差し止め請求は認められないということになるのでしょうか。
それとも、不正の目的が推定されるとして、差し止め請求が認められるのでしょうか?

ちなみに、不正競争防止法第3条では差し止めを以下のように定義しています。
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不正競争防止法3条 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
---------------------------
すなわち、本事件では、M&Aの交渉先が「侵害するおそれがある者」と裁判所において判断されれば、差し止めは認められるのではないでしょうか?


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年6月27日木曜日

続報のない営業秘密侵害事件

営業秘密侵害事件(民事事件や刑事事件)は多く報道されますが、続報がない事件もあります。
訴訟や公判が進行しているものの、報道がないために知ることができないのか、訴訟や公判が全く進行していないのか?和解又は不起訴になったために、報道されることもなく終結しているのか?
民事事件は、判決が出ているものに関しては、判例データベースで検索すると結果を知ることができますが、刑事事件は基本的には報道でしかわかりません。

今回はそのような事件のうち、日本ペイントデータ流出事件を取り上げます。
この事件は、刑事事件と民事事件、両方で争われています。

参考:過去の営業秘密流出事件

本事件は、日本ペイントの元執行役員が菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの営業秘密を持ち出し、菊水化学で開示・使用したとする事件であす。日本ペイントはこの元執行役員を刑事告訴(2016年)し、菊水化学と元執行役員に対して民事訴訟を提起(2017年)しています。
刑事事件としては、第1回公判が2018年12月に開かれ、被告である元日本ペイントの役員は、持ち出した情報は営業秘密に該当しないとして無罪を主張しているようです。

この事件は初公判から半年経過しますが、その後の公判がどのようになっているか報道もなく不明です。なお、被告は、持ち出した情報は特許公報等に記載されている内容であるため、非公知性がないと主張しているようなので、持ち出した情報が非公知性を満たしているかの判断に時間を要しているのでしょうか?
もし、そうだとすると、刑事事件において純粋な技術論(塗料に関する技術)が交わされることになるかと思うのですが、果たしてどうなるのでしょうか?


一方、民事事件についても、特に報道はありません。刑事事件の結果待ちでしょうか?
民事事件では、刑事事件の証拠資料を用いることも可能なようですので、刑事事件で被告が有罪となった場合には民事事件でも原告が有利になるでしょう。

ところで、菊水化学は日本ペイントの営業秘密の不正使用を否定しているもの、報道によると「事件を受け、菊水化学は住宅向け塗料など一部製品については昨年3月から販売を中止している。」(Sankei Biz 2017.7.15「日本ペイントが菊水化学を提訴」)とあります。

このことは、営業秘密の流入リスクを端的に表しています。
すなわち、自社への転職者が前職企業の営業秘密を持ち込んだ場合、当該営業秘密を使用した製品を自社で製造販売すると、前職企業から営業秘密の不正使用との疑いをかけられた場合に、当該製品の製造販売を中止する必要性に迫られる可能性があります。

多くの企業は、自社の営業秘密が他社に流出することを危惧しますが、このように他社の営業秘密が自社に流入するリスクも危惧する必要があります。

なお、もう一件、今後の経緯が非常に気になる刑事事件があるのですが、それはまた次の機会に。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年6月20日木曜日

製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為

先日、公正取引委員会から「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」が公表されました。

・製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書の公表について(公正取引委員会)

これには、・ノウハウの開示を強要される ・名ばかりの共同研究を強いられる ・特許出願に干渉される ・知的財産権の無償譲渡を強要される 等の事例が報告されています。
具体的には、「(令和元年6月14日)製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書(概要)」において以下のような事例が挙げられています。

・1「片務的なNDA」
実例1:相手方の秘密は厳守する一方、自社の秘密は守られないという片務的なNDA契約を締結させられる。
・2「ノウハウの開示強要」
実例2:営業秘密のレシピを「商品カルテ」に記載させられた挙げ句に模倣品を製造され、取引を停止される。
 ・3「買いたたき」
実例3:金型設計図面等込みの発注になったにもかかわらず、対価は従来どおりに据え置かれる。
 ・4「技術指導の強要」
実例4:競合他社の工員に対して自 社の熟練工による技術指導 を無償で実施させられる。
・5「名ばかりの共同研究」
実例5:ほとんど自社で研究するのに、成果は取引先だけに無償で帰属するという名ばかりの共同研究開発契約を押し付けられる。
 ・6「出願に干渉」
実例6:取引と関係のない自社だけで生み出した発明等を出願する場合でも、内容を事前報告させられ、修正指示に応じさせられる 。
 ・7「知財の無償譲渡等」
実例7:特許権の1/2を無償譲渡させられる。
実例8:一方的に無償ライセンスさせられる。

ここで、-6「出願に干渉」ー以外は、営業秘密の不正使用とも考えられる行為が含まれるかと思います。裏を返すと、優越的地位の濫用行為は特許権(特許出願)等の権利取得に関するものよりも、より実態の見えにくい「ノウハウ」に対して行われ易いとも考えられます。


ここで、不正競争防止法2条1項4号では、以下のように規定されています。

---------------------------
不正競争防止法2条1項4号
窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為(以下「不正取得行為」という。)又は不正取得行為により取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
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上記条文で気になるところは「窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段」ですが、この解釈について経済産業省 知的財産政策室編「逐条解説 不正競争防止法 平成30年11月29日施行版」の84ページに以下の様に記載されています。

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「窃取,詐欺,強迫その他の不正の手段」の「窃取」「詐欺」「強迫」は、不正 の手段の例示として挙げたものであり、「その他の不正の手段」とは、窃盗罪や詐欺罪等の刑罰法規に該当するような行為だけでなく、社会通念上、これと同等の違法性を有すると判断される公序良俗に反する手段を用いる場合もこれに 含まれると解される。
---------------------------

上記下線で示されるように「窃取,詐欺,強迫その他の不正の手段」は刑罰法規に該当する行為だけが当てはまるわけではありません。
想像するに、例えば、取引会社が下請け会社に取り引き停止をチラつかせて、下請け会社に営業秘密を無理矢理に開示させることも含まれる可能性があるのではないでしょうか?
そうすると、この取引会社は独占禁止法だけでなく、不正競争防止法違反も問われることになるかと思います。

さらに、不正競争防止法違反における営業秘密領得の恐ろしいところは、営業秘密を不正に取得した取引先企業だけでなく、これに関与した取引先企業の従業員も責任を問われる可能性があると言うことです。
具体的には、上記のように取引会社が不正の手段によって下請け会社の営業秘密を取得した場合には、その営業秘密の取得に関与した取引会社の従業員が刑事告訴される可能性があります。
実際に、上司の命令に従い業務として行った行為が営業秘密領得に当たるとして書類送検された事例があります。

参考ブログ記事:営業秘密の不正取得を上司から指示された事件

このように、もしかしたら今までは“許されること”であった下請け会社に対する行為が今後は犯罪として扱われるかもしれません。そして、そのこと、具体的には営業秘密の不正取得は犯罪であることを明確に認識し、もし業務命令としてそのような行為を指示された場合にはハッキリと拒絶する必要があります。そうしないと、犯罪者になるかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年6月14日金曜日

NISSHAスマホ操作技術漏えい事件について

先日 、NISSHA元社員がタッチセンサー技術などに関する情報を中国の転職先企業である精密機器会社に漏えいする目的で持ち出したとして、不正競争防止法違反(営業秘密領得)で逮捕されたとの報道がありました。

・当社元社員の逮捕(営業秘密を不正に領得)について(NISSHA株式会社)
・技術情報不正持ち出し疑い NISSHA元社員逮捕(日本経済新聞)
・技術情報不正持ち出し疑い、京都(REUTERS)
・スマホ操作技術、中国企業に漏えい疑い 部品メーカー元社員逮捕(京都新聞)
・技術情報を中国に持ち出し 容疑で電子部品メーカー元社員を逮捕(産経新聞) 

上記日経新聞の記事によると、元社員は「複製したことは間違いないが、不正な利益を得たり、国外で使用したりする目的はなかった」とのように容疑を一部否認しているようです。なお、営業秘密領得では、営業秘密を保有者から示された者(例えばアクセス権限のある者等)は、当該営業秘密を単に持ち出すだけでは罪にはならず、不正の利益を得る目的等がなければ罪にはなりません(不正競争防止法21条1項3号)。

このような否認はよくあるのですが、不正競争防止法違反の刑事裁判において認められるのでしょうか?

ここで、不正競争防止法違反(営業秘密領得)の平成30年12月3日最高裁判決(事件番号 平30(あ)582号)において興味深い判断がなされています。
この刑事事件は、日産自動車の元社員がいすゞ自動車に転職するにあたり、日産自動車の営業秘密を持ち出したとして刑事告訴された事件であり、最高裁判決によって懲役1年執行猶予3年が確定しています。

ここで、被告は、下記のような主張をしています。
・営業秘密であるデータファイルの複製の作成は、業務関係データの整理や記念写真(宴会写真)の回収を目的としたものであって、いずれも被告人に転職先等で直接的又は間接的に参考にするなどといった目的はなかった。
・不正競争防止法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があるというためには、正当な目的・事情がないことに加え、当罰性の高い目的が認定されなければならず、情報を転職先等で直接的又は間接的に参考にするなどという曖昧な目的はこれに当たらない。


これに対して最高裁は以下のように判断しています。
---------------------------
被告人は,勤務先を退職し同業他社へ転職する直前に,勤務先の営業秘密である前記1の各データファイルを私物のハードディスクに複製しているところ,当該複製は勤務先の業務遂行の目的によるものではなく,その他の正当な目的の存在をうかがわせる事情もないなどの本件事実関係によれば,当該複製が被告人自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できるから,被告人には法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があったといえる。
---------------------------

上記のような「合理的に推認できる」と至った理由は、以下のようなものです。

・データファイルの複製の作成について、被告人は、業務関係データの整理を目的としていた旨をいうが、被告人が複製した各データファイルを用いて業務を遂行した事実はない上、会社パソコンの社外利用等の許可を受けて、自宅に会社パソコンを持ち帰った被告人が、業務遂行のためにあえて会社パソコンから私物のハードディスクや私物パソコンに各データファイルを複製する必要性も合理性も見いだせない。
・複製したフォルダの中に「宴会写真」フォルダ在中の写真等、記念写真となり得る画像データが含まれているものの、その数は全体の中ではごく一部で、自動車の商品企画等に関するデータファイルの数が相当多数を占める上、被告人は2日前にも同じフォルダの複製を試みるなど、フォルダ全体の複製にこだわり、記念写真となり得る画像データを選別しようとしていないことに照らし、複製の作成が記念写真の回収のみを目的としたものとみることはできない。

このように、被告が、不正の利益を得る目的が無いと主張するには、他の合理的な目的を説明し、それが認められる必要があります。よくある主張は“勉強用”なのですが、例えば数百、数千のデータファイルを“勉強用”に持ち出すことは合理的でないと思えます。
さらに、下記報道によると、被告は疑惑発覚後にハードディスクを破壊したようですので、これは「不正の利益を得る目的」であったことと判断される可能性が高いかと思います。

・スマートフォンの技術情報を中国に持ち出した男、証拠のハードディスクを破壊か(MBS)

このように、転職時等に前職企業から多量のデータを取得して持ち出す行為は、不正の利益を得る行為でないとする合理的な理由がない限り、営業秘密領得であるとして不正競争防止法違反で刑事罰を受ける可能性が高い行為であると考えられるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年6月9日日曜日

富士精工営業秘密流出事件の判決

先日、富士精工の営業秘密を漏えいさせたとして、不正競争防止法違反の刑事事件の被告である中国人に対する一審判決が出ました。

・営業秘密持ち出し中国人実刑判決(NHK NEWS WEB)
・データをメモリーに… 工具メーカーの営業秘密持ち出しの男に実刑判決 名古屋地裁(メーテレ)
・メーカーから営業秘密のデータ不正に持ち出す 中国人の男に実刑判決「転職活動という身勝手な理由」(東海テレビニュース)
・メーカーから営業秘密のデータ不正に持ち出す 中国人の男に実刑判決「転職活動という身勝手な理由」(FNN PRIME)

判決は、懲役1年2カ月・罰金30万円というものです。執行猶予はついていません。


まだ、一審判決であり、控訴するでしょうから確定判決はどうなるか分かりませんが、執行猶予がつかない実刑判決は不正競争防止法違反の営業秘密侵害事件では重い判決ではないかと思います。

私が知る限り、一審判決で施行猶予なしの実刑判決となった事件はこれを含めて4件です。そのうち2つは東芝半導体製造方法流出事件(確定判決 懲役5年)、ベネッセ顧客情報流出事件(確定判決 懲役2年6ヶ月)です。

もう一つは、信用金庫の元従業員が顧客情報を漏えいした事件(信用金庫顧客情報流出事件 名古屋地裁平成28年7月19日刑事第1部判決)です。この事件は、当時、ほとんど報道されていなかったようですが、名古屋地裁の一審判決ではを懲役1年6月及び罰金150万円とされています。
なお、この事件は控訴されており、執行猶予4年となっています。そして、執行猶予となった理由は以下のようなもののようです。

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被告人は,原判決後,弁護人を通じて同信用金庫との間で被害弁償の交渉をさらに継続し,同信用金庫側から,被害金の一部として合意成立後2週間以内に被告人が800万円を支払うこと,今後更に生じた損害についても被告人が支払義務を負うことなどを内容とする合意書案を提示され,これに応じる意向を示しており,既に上記金額を自ら準備して弁護人に預けていることが認められる。前記の保護法益にも鑑みれば,原審において準備されていた金額を相当上回る金額が,同信用金庫に対して支払われることがほぼ確実な状況に至っていることは,本件の量刑に少なからず影響を与えるものといえる。・・・その他,被告人が,実刑を科された原判決後,直接同信用金庫に謝罪に赴き,その場で被害状況の説明を受けて,自らの罪の深さを一層実感したなどと述べて反省を深めていることも認められる。原判決時までに明らかになった事情に,これら事情をも併せ考慮すると,原判決が懲役刑について実刑とした点は,現時点では重過ぎるに至ったと考えられ,被告人に対して,相応の刑期の懲役刑を言い渡すと共に,刑の執行猶予を付して社会内で更生する機会を与えるのが相当である
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このように、信用金庫顧客情報流出事件では、一審判決後に被害金の一部を被告人が支払う等したことが、執行猶予が付いた理由のようです。もし、被告人に資力がなく、被害金を弁済できなかった場合には執行猶予が付かなかったのかもしれません。


ここで、富士精工営業秘密流出事件では、上記FNN PRIME等の報道によると判決では「転職活動という身勝手な理由で、USBメモリも見つかっておらず情報が流出している可能性がある。」と指摘されたようです。

執行猶予がつかなかった理由は、USBメモリが見つかっていないことにあるのかもしれません。上記指摘にもあるようにUSBメモリが見つかっていないことは、営業秘密が流出して他社に使用され、その結果、富士精工が多大なる損害を被る可能性があると考えられます(USBメモリが見つかったとしてもコピーされていれば他社使用の可能性は残ると思いますが。)。

もし、一審判決で執行猶予がつかなかった理由がそうであれば、被告が控訴してもUSBメモリが見つからないことには、一審判決が覆らないのかもしれません。 なお、刑事事件では、営業秘密をコピーしたハードディスクを没収とする判決もでているものがあり、このような判断は営業秘密の流出事件としては当然のこととも思われます。

さらに、昨今、営業秘密の重要性がさらに認識されており、平成27年に不正競争防止法において刑事罰も改正されたことに鑑み、厳罰化の流れが生じ始めているのかもしれません。

なお、この富士精工営業秘密流出事件は、被告が逮捕されたときにはネット記事で多くの報道がなされたと思いますが、本判決の記事は逮捕時に比べて少ない気がします。
営業秘密の侵害は、国籍にかかわらず日本において転職する際に十分に気を付ける必要があります。営業秘密に対する知識が不十分であり、転職時における自身の行動によっては誰もが犯罪者になり、刑務所に行く可能性があることなのですが・・・。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2019年3月29日金曜日

営業秘密の不正取得を上司から指示された事件

いつかこういう事件が起きるのではないかと思っていましたが、やはり起きました。

・本日の一部報道について(株式会社No.1 リリース)
・他社の顧客情報不正取得疑い No.1取締役ら書類送検 (日経新聞)
・同業他社の顧客リストを不正コピー、会社役員ら2人を書類送検(TBS NEWS)
・M&A交渉先の秘密を不正取得容疑、男2人を書類送検(朝日新聞)
・他社顧客リスト複製で書類送検=不正競争防止法違反容疑で上場会社常務ら-警視庁(JIJI.COM)

この事件は、さほど大きくは報道されていないようですが、上司の指示に部下が従ったら、それが営業秘密の不正取得であり、上司と共に部下が書類送検されたという事件です。

具体的には、株式会社No.1がM&Aの交渉相手に顧客情報の提出を要求し、秘密保持契約及びコピーの禁止を約束したうえで取得したものの、紙媒体で渡された当該顧客情報を常務の指示で総務部長がコピーしたというものです。そして、このM&Aは流れています。
すなわち、常務が犯罪行為を総務部長に指示し、総務部長が実行したということです。

この事件は会社員にとって非常に恐ろしいことだと思います。
例えば、転職時にそれまで前職企業の営業秘密を持ち出す行為は、自身が主体的になって行う行為であるため自身が責任を負うことは当然です。

しかしながら、この事件ではどうでしょうか?
営業秘密の不正取得が犯罪行為であることを理解していない上司から、営業秘密の不正取得を指示された部下はどうすればいいのでしょうか?当該部下が不正取得が犯罪行為であることを理解している場合には、上司を説得するしかないでしょう。
しかしながら、この説得に応じず、発覚しなければ良いという考えの上司であったら?

以前のブログ記事でも取り上げたNEXCO中日本入札情報漏えい事件におけるY社役員Bも、「営業マンとして概算金額を聞き出すことは営業の一つだと考えている。」と供述しています。すなわち、この社役員Bは本来秘密であるはずの入札金額の取得を犯罪行為でありながら容認していたと考えられます。

また、営業秘密の不正取得が犯罪行為であることを知らない会社員は相当数いると思われます。このような場合は、もうどうしようもありませんね。本事件もそうであった可能性が考えられます。

このような事態に陥らないように、企業は営業秘密の不正取得は犯罪行為であることを、従業員に対して十分に理解させる必要があります。当然、社長や役員等もこのことを理解する必要があり、間違っても部下に対して営業秘密の不正取得を指示することがないようにしなければなりません。
自身と共に部下の人生を本当の意味で台無しにします。


本事件では被告は容疑を認めているとも報道されていますが、被告の所属会社のリリースによると「顧客リストをデューデリジェンスの目的として 複製したことは事実でございますが、営業秘密を不正に利用する目的はなく、本件が不正競争防止法違反に該 当するものではない。」と主張しています。
この主張はどうでしょうか?
不競法21条には刑事罰について規定されており、「不正の利益を得る目的、又はその保有者に損害を与える目的」で営業秘密を不正に取得した者が刑事責任を負います。

本事件では、結果的にM&Aには至っておらず、被告は不正の利益を得ていないとも考えられます。また、M&Aに至った場合はそれはお互いに合意しているので不正の利益を得たともいえないでしょう。
一方、この顧客リストをM&Aとは関係なく、被告自身が新たな顧客獲得のために使用する目的でコピーしたのであれば、「不正の利益を得る目的」となります。
しかしながら、被告である取締役は「顧客の査定をしたかった。量が多く、データ化した方がいいと思った」とも供述していますし、上記リリースによると「デューデリジェンスの目的」のためにコピーしたとも主張しています。このように、M&Aのための「顧客の査定」目的であれば、「不正の利益を得る目的」にはあたらず、不競法違反とはならないかもしれません。

しかしながら、そうであったとしてもM&Aの交渉先企業との秘密保持契約には違反しており、このような報道がなされているので、企業としての信用は落ちることになるでしょう。

一方、M&Aの交渉先企業の秘密保持契約はどうでしょうか?
日経新聞の報道によると「口頭で内容を複製しないよう注意した上で、顧客情報などが記載された書類を取締役に渡した。」とあります。
秘匿すべき情報を相手方に渡す際に注意事項を口頭で伝えるということは不十分過ぎないでしょうか。
新たに情報を相手方に渡す場合には、その都度、秘密発保持契約を書面で交わすべきです。法的には口頭であっても契約は成り立つのかもしれませんが、口頭による約束では言った言わないの争いになるかもしれません。
また、秘密保持契約を書面で交わすことによって営業秘密を取得した相手方に対して、契約遵守の意識をより強く与えることができますし、契約締結時にその場に在籍していなかった他の従業員に対しても契約内容を認識させることができます。
「口頭」だけで秘密保持を注意することは、たとえ相手方と信頼関係があったとしても行うべきではないと認識するべきです?

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年3月21日木曜日

ー判例紹介ー 営業秘密の有用性は誰を基準に判断するべきでしょうか?

営業秘密とする情報の有用性を判断する場合、有用性は誰を基準に判断するべきでしょうか?営業秘密の保有者でしょうか?それとも当該情報を入手した者(不正取得者)でしょうか?

そのようなことを判断していると思える裁判例がありました。
それは、平成26年8月20日名古屋地裁の判決(名古屋地方裁判所平成24年(わ)第843号)です。 この事件は民事事件でなく刑事事件であり、所謂ヤマザキマザック事件です。

この事件は、ヤマザキマザックの営業担当従業員(中国人)が営業秘密(工作機械の製造に利用される図面情報を記した各ファイル)を売却目的で取得し、知人を介して売却先を探したものです。そして、最高裁まで争ったものの、懲役2年(執行猶予4年)、罰金50万円、ハードディスク1個の没収という判決となっています。
なお、以下に紹介する有用性に対する判断は高裁(名古屋高等裁判所平成26年(う)第327号)でも地裁の判断に誤りはないとされています。

本事件の地裁において、被告人弁護人は「有用性を肯定するには,その情報が不正に第三者に取得されることにより,当該企業に被害が生ずる蓋然性が存することが必要である」と述べたうえで、本件営業秘密の有用性を否定するために以下のように主張しています。

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本件工作機械の主軸を構成する部品には社外製品もあり,それらの部品の入手や主要部分の設置,稼働に不可欠な当該メーカーの協力を得ることは不可能であること,また,本件各ファイルに本件HD内の他のファイルを合わせても,全ては揃っておらず,組立の非常に難しい部品もあることなどから,本件各ファイルは,それだけでは模倣品の製作を容易にするものではなく,その流出によってq2に損害を与えるようなものでもないので,有用性はない
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要するに、弁護人は、本件工作機械の図面情報が第三者の手に渡ったとしても、当該図面情報に基づいて本件工作機械を製作できずq2(ヤマザキマザック)に損害を与えることがないので、本件各ファイルには有用性はないと述べています。
すなわち、弁護人は、不正取得者である第三者を有用性の判断主体であると述べていると思われます。



このように、第三者にとって価値のない情報は営業秘密としての有用性がないという解釈もありそうな気がします。
しかしながら、やはりというか当然というか、そのような解釈は成り立たず、裁判所は以下のように判断しています。

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本件各ファイルは,そこにq2が実験等のコストを掛けて得た高度な技術上のノウハウが含まれ,q2の事業活動にとってその競争力を高めるという効果を持つ有益な情報であるから,有用性の要件はそのことだけをもって充足され,そのような情報を不正に取得した者がそれを具体的にどのように利用できるかにかかわらないというべきである。弁護人の上記主張は失当である。
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なお、高裁では「情報を取得する第三者において当該情報を実際に役立てられるかどうかが判断の要素」とはならないと述べています。

このように、営業秘密の有用性はその保有者にとって有用であるか否かが判断基準となると考えられます。

しかしながら、裁判所は「q2の事業活動にとってその競争力を高めるという効果を持つ有益な情報」であるから、本件ファイルに有用性があるとも判断しています。すなわち、裏を返すと、競争力を高めるという効果を持たない情報には有用性がないとなります。
とうことは、営業秘密保有者がいかに自社にとって有用であるかを主張しても、それが客観的に見て競争力を高める効果を持たいのであれば、その有用性を否定されると考えられますし、実際に民事訴訟ではそのように判断された裁判例も多々あります。

すなわち、営業秘密としての有用性の判断の要素は、営業秘密保有者の経済的な競争力を高めることができるか否ということになりそうです。
例えば、技術情報であれば、営業秘密保有者が従来技術に比べて素晴らしい効果を有すると主張しても、客観的に見てそのような効果がない場合には「競争力を高める」ことにはならないために有用性はないという判断になるかと思われます。
そして、技術情報の有用性は図面やソースコード、具体的な製造方法のように、使用すると製品の製造に直結するような情報は有用性が認められやすい一方、より上位概念、換言すると抽象的な技術思想になり具体性が欠けるほどその有用性は認められ難い、すなわち特許における進歩性の判断と同様の判断になる傾向があると考えられます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年3月8日金曜日

NEXCO中日本入札情報漏えい事件

時々、過去の営業秘密流出事件をインターネットで調べるのですが、2016年にNEXCO中日本で入札情報の漏えい事件があったようです。
この事件は、報道でもあまり扱いが大きくなかったようです。しかしながら、NEXCO中日本は、公共性の高い企業であるためか、自社での検証を行い調査報告書で公表しています。これは、営業秘密の流出の事例として参考になるかと思います。

NEXCO中日本 「入札に係る不正行為に関する調査及び再発防止のための委員会」

本事件は、施工管理員として業務に従事していた業務委託先の社員(X社社員A)が、NEXCO中日本が発注した2件の工事の設計金額に関する情報(入札情報)を特定の工事会社の役員(Y社役員B)に漏えいし、この工事会社が当該2件の工事を落札したというものです。本事件は、刑事事件になっており、X社社員AとY社役員Bとは罰金100万円の略式命令が確定しています。

 本事件の特徴的なところは、自社からの入札情報の漏えいにもかかわらず、自社の社員が関与しておらず、当該入札情報の漏えい者及び当該入札情報を取得者もNEXCO中日本と取り引きのある企業の従業員又は役員であるということです。

そして、NEXCO中日本の調査報告書には、X社社員Aの動機として主として下記(1)~(3)が記載されています(調査報告書10~11ページ)。

(1)Y社には仕事上で何度も技術協力をしてもらい、そのおかげで施工管理員として鼻が高い思いをしていた。その積み重ねから、自分のできる範囲でY社に何かしてやりたいという気持ちが芽生えていた。
(2)Y社には他の業者には感じない協力会社としての友好的なものも感じており、少なからず儲かって欲しいと常日頃から思っていた。
(3)Y社が取ってくれることで施工管理業務がスムーズにいくと思っていたので、金額を教えてY社に取ってもらうのは、自分にとってもNEXCO中日本にとっても良いことだと考えてしまった。

この調査から、X社社員Aは入札情報の漏えいが不正競争防止法違反であり、犯罪行為であるとの認識は相当低いどころか、逆に良いことだと考えていたようです。

さらに、このX社社員Aは、どのような人物であったかということも調査報告書から想像できます。調査報告書の11ページに下記のような記載があります。
「X社社員Aは、X社が受注した施工管理業務の施工管理員として平成8 年から継続して横浜HSCで業務に従事しており、横浜HSCのNEXC O中日本の社員から頼られる存在であった。」
この記載から、X社社員Aは業務委託先の社員であるにもかかわらず、NEXCO中日本からの信頼は厚かったようです。だからこそ、X社社員Aは、入札情報も開示されていたのでしょう。


一方、Y社役員Bの動機はどうでしょうか。
(1)年初めに行う工事として是が非でも取りたい工事だった。
(2)(総合評価方式のもとでは)技術評価点が常に上位にいるとは限らないので、価格評価点で満点を取らなければ入札に勝てないと思い、どうしても工事価格は知りたかった。
(3)自分は営業マンとして概算金額を聞き出すことは営業の一つだと考えている。

上記(1),(2)は、NEXCO中日本からの発注を受ける立場としては当然の思いかと考えられます。
しかし、上記(3)はどうでしょうか。「概算金額=入札情報」のことであり、入札情報は秘密情報であることは、一般的に理解可能であると解されます。
すなわち、Y社役員Bは、入札情報という秘密情報を聞き出すことは営業活動の一つであると考えていることになります。そして、言うまでもなく、入札情報という秘密情報を不正に取得することは不正競争防止法違反となります。

このように、Y社役員Bは、民事的責任、刑事的責任を負う可能性のある行為を営業活動の一つであると捉えていたことになります。
本事件は、上述のように2016年の事件とのように近年発生した事件です。
このため、営業秘密に対する理解がなく、Y社役員Bのように未だに他社の営業秘密を取得することを正当であるとの考えを持っている人は少なからず存在すると思います。
まして、会社役員等の部下を持つ役職者がこのような考えを持っていたら非常に恐ろしいことかと思います。
部下は、役職者からの指示により他社の営業秘密を取得する可能性があるためです。これが発覚すると、この部下は刑事責任を追及される可能性、すなわち犯罪者になる可能性があります。また、役職者からの指示となると、この役職者も刑事責任を負い、会社ぐるみとのように判断されると会社も法人として刑事責任を負う可能性があります。
このように、企業の役職者等が不正競争防止法における営業秘密を十分に理解していないと、部下を犯罪者にし、当該部下の一生を台無しにする可能性があります。

さらに、調査報告書では、「第4 本件事件の問題点(事件発生の要因)」として、14ページに下記のことが記載されています。

「1 X社社員Aに施工管理業務契約の対象外の業務を実施させていたこと
 横浜HSC改良Ⅱにおいては、X社社員Aに対し、以下のような、本来同人 が実施すべき業務ではない業務を実施させていたことが明らかになった。その 結果、X社社員Aに事実上の権限と情報が集中することになり、情報漏えいを 誘発する大きな要因になったと考えられる。 」

X社社員Aが優秀な人物であったからこそ、契約対象外の業務まで実施させていたのだと想像できますが、やはり権限と情報の集中は情報漏えいという観点からはリスクを生じさせます。
情報管理のうえでは、当該情報を誰に開示するのか、そして、開示対象となる人物から当該情報が漏えいするリスクがあるのかを判断すべきです。
本事件では、X社社員AはNEXCO中日本の工事を受注する立場にあるY社役員Bとの接点があったわけですから、X社社員Aに入札情報を開示するべきでなかったことは容易に想像できます。

また、調査報告書では以下のことも指摘しています。

「3 施工管理業務に求められるコンプライアンス意識の欠如等
X社社員Aのコンプライアンス意識の欠如及びX社の社員教育の不徹底という問題点も一つの要因となっている。」 (17ページ)

私は結局これに帰結すると考えています。この調査報告書では、NEXCO中日本の管理下にあったX社社員Aに対することだけを述べていますが、実際にはY社役員Bもコンプライアンス意識の欠如及び教育の不徹底があったと考えられます。
すなわち、どのような企業も、従業員だけでなく社長を含む役員に、自社の営業秘密の不正な漏えいや他社の営業秘密の不正な取得は不正競争防止法違反となり得、民事的責任及び刑事的責任を負う可能性があることを十分に理解してもらい、このようなことが生じないようにするべきです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年3月1日金曜日

「富士精工」営業秘密不正取得から考えること

先日「富士精工」の従業員が同社の営業秘密を不正に取得したとして逮捕されました。

報道によると、逮捕された従業員は勉強目的で工具の設計情報等をUSBにコピーしたと主張しているようです。本当に勉強目的であるならば、不正の目的には該当しないため、不正競争防止法違反にはならないでしょう(同社の就業規則違反になる可能性は考えられますが)。

しかしながら、この従業員は1日に150回以上もサーバへアクセスし、100Gバイト以上のデータを取得したとの報道もあります。
この行為を勉強目的というには流石に無理があるかと思います。そうすると、不正の目的での取得の可能性が相当高いように思えます。今の段階では逮捕されただけなので、実際は分かりませんが。
何れにせよ、この従業員が同社のデータを取得したことは否認していないようですから、データの取得自体は事実なのでしょう。

ここで、他の営業秘密漏えい事件と本事件とで少々異なることがあります。
多くの営業秘密漏えい事件では、転職者が営業秘密を持ち出す場合が多いのですが、本事件はそうではないようです。逮捕された従業員は“現”従業員のようです。報道でも“元”はついていませんし、富士精工のプレスリリースを見ても“当社従業員”となっていますので、現時点でも従業員のままかと思います。

そこで想像するに、富士精工は常日頃から情報管理を徹底していたのかと思います。
具体的には、異常に多くの回数又は多くのデータをサーバからダウンロードするようなアクセスがあった場合には、アラートを出すというような管理です。これにより、従業員によるデータの不正取得を早期に発見することができます。
企業によっては従業員が転職を申し出るタイミングで、アクセスログから不正アクセスの有無を調べるところもあるかと思いますが、それでは既に遅く、データを持ち出した後になっている可能性もあります。
(なお、3月6日の報道によると、この従業員の在留期限は3月中旬までで「会社を辞めて帰国する」との意向を周囲に伝えていたとのこと。)



一方、リアルタイムで過剰なアクセスを検知する方が、不正アクセスがあったとしても例えばUSBへのコピーによる持ち出しを止めることができるかもしれません。
すなわち、アラートが出た時点で即座に対応するべきです。
具体的には、当該従業員の居所をすぐに突き止め、その場から移動させずに、当該従業員の上司を直ぐに呼び出し、当該アクセスが業務目的であるか否かを確認します。
実際にこのような対応を行っている企業もあるようです。
このような対応を行うことにより、データの漏えいを防止できる可能性が高くなるかと思います。

また、本事件で気になるところは富士精工の営業秘密が工具に関するものであり、持ち出した従業員が中国人であることです。
このようなケースの刑事事件は、私が知る限り過去に2つあります。
2017年のOSG営業秘密流出事件と2012年のヤマザキマザック営業秘密流出事件です。OSGもヤマザキマザックも工作機械メーカーであり、工具や工作機械に関する情報が持ち出されたようです。

参考:過去の営業秘密流出事件

OSGの事件は日本人である元従業員による持ち出しですが、中国人に渡していたようです。一方、ヤマザキマザックの事件は、営業担当の中国人が持ち出しています。両事件とも元従業員は有罪となっています。

ここで、ヤマザキマザックの事件では、持ち出された情報は軍事転用も可能であり、元従業員は中国政府関係者ともやり取りがあったとの報道もあります。
工具や工作機械は、機械加工を行うにあたり重要な技術となります。
精度を要求される機械部品には企業が秘密としている工作技術が欠かせないものもあるでしょう。その技術は、最新の軍事兵器を作成するうえで必須のものもあるでしょう。
果たして、今回の事件において逮捕された元従業員は一体どこへ営業秘密を持ち出そうとしていたのでしょうか?
なお、3月6日の報道によると、この元従業員は知人に「(営業秘密のデータを)手に入れた」とのメッセージを送ったとあります。この知人とは何者なのでしょうか?また、元従業員は指示を受けて営業秘密を不正に取得したのであれば、その指示の目的は何なのでしょうか?

現在、米国のトランプ大統領が知的財産に関して中国に厳しい態度を取っています。
色々批判される大統領ですが、秘匿技術の漏えいを防止することは非常に重要です。
日本の警察も中国、北朝鮮、ロシアへの営業秘密流出を強く警戒しているようですが、十分ではないでしょう。
また、企業も営業秘密の流出に関して意識が薄いことは、私自身も実感しています。
企業は、軍事転用等の国外流出だけでなく、通常の経済活動を行っている他社への不正な流出の可能性の意識もまだまだ低いのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年2月14日木曜日

営業秘密侵害の検挙件数統計データ

警察庁から生活経済事犯の検挙件数の統計データが発表されています。
ここで発表されている「平成29年における生活経済事犯における検挙状況等について」が今のところ最新版のようです。

そして、気になる検挙件数ですが、上記資料から抜粋した図表が下記のものです。
平成25年からのデータなのでポイント数としては多くないものの、明らかに増加傾向にあります。
報道ベースでは1,2ヶ月に一件程度と感じていましたが、実際には報道よりも2倍程度の検挙件数があるようです。

そして、下記が相談受理件数です。
これも増加傾向にありますが、平成29年の増加率が高いです。
平成28年の相談受理件数に比べて平成29年は2倍以上になっています。
平成29年に何か特別なことがあったとも思えませんが、企業における営業秘密に対する意識が相当高まっているのでしょう。もしかしたら、27年度不競法改正によって営業秘密侵害に対する認知度が高まったのかもしれません。

ちなみに、下記表には法人の検挙状況も記されています。
これによると、過去に検挙された法人は10社程度はあるようですね。
ただ、おそらくは実際に刑事罰を受けた法人は1社だけかと思われます。
なお、検挙人員は一つの事件で複数人が検挙される場合もありますので、増減はさほど参考にならないかもしれません。


参考までに、商標権侵害事件や著作権侵害事件の検挙件数の推移は下記のとおりです。
やはり、商標権侵害や著作権侵害は、営業秘密侵害に比べて検挙事件数が桁で違うほど多いです。
ただ、商標権侵害は増加傾向にあるものの、著作権侵害は平成26年をピークに減少傾向にあるのですね。

また、商標権侵害や著作権侵害に関しては過去10年間の統計データがあるものの、営業秘密侵害に関しては上記のように過去5年間の統計データしかありません。
このことからも、営業秘密侵害は警察庁にとっても近年になって、統計データをとるほど多くなってきた事件として認識され始めたということなのでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信