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2024年1月10日
・no+eに新しい記事「営業秘密とする技術情報の特定」を投稿しました。
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2022年4月4日月曜日

判例紹介:治具図面漏洩事件(刑事事件)有用性

前回紹介した治具図面漏洩事件における有用性に対する裁判所の判断です。
本事件では、被告人が有罪となっているので、当該営業秘密の有用性についても裁判所は認めていますが、これに対して裁判所は有用性について少々突っ込んだ判断をしているとも思えます。

まず、本事件における営業秘密の有用性について、裁判所は以下のように事実認定をしています。
❝本件治具による研磨後のMTフェルールの測定方法は,・・・いったん本件治具に測定の基準となる設定をしてしまえば,後は,特段の技術も要さず,当該MTフェルールを本件治具の挿入穴に挿入するだけで,当該MTフェルールが長短一定の範囲内の長さであることを正確に測定することができ,その所要時間は,a社で従来行われていた工場顕微鏡による測定よりも大幅に短いものであったことが認められる。そして,本件治具を製造するための材料費が比較的廉価であった・・・
また,当該MTフェルールの長さを計測する方法としては,市販されているマイクロメータやノギスを用いる方法もあるが,それらによって,本件治具を使用した測定ほどに,特段の技術も要さず,短時間で正確に所期の測定ができるとは考え難い。また,MTフェルールを傷付けないための・・・ニゲアナのような特徴は,マイクロメータやノギスには見られない利点といえる。
そして,本件治具図面は,以上のような利点のある本件治具に係る設計情報を図面化したものであり,設計図面という性質上,本件治具をそのまま複数製造したり,改良を加えて製造したりすることを容易にする効用も有していたといえる。❞
これに対して、被告人の弁護人は、「予想外の特別に優れた作用効果」を生じさせないとしてその有用性を否定する主張を行いました。
技術情報を営業秘密とした場合に、当該営業秘密の有用性又は非公知性に「予想外の特別に優れた作用効果」を必要とする裁判例は幾つもあります。このため、適否は別として、弁護人がこのような主張をすることは当然でしょう。


これに対して裁判所は、下記のように有用性には「予想外の特別に優れた作用効果」は必要ないと判断しています。
❝不正競争防止法が営業秘密を保護する趣旨は,不正な競争を防止し,競争秩序を維持するため,正当に保有する情報によって占め得る競争上の有利な地位を保護することにあり,進歩性のある特別な情報を保護することにあるとはいえないから,当該情報が有用な技術上の情報といえるためには,必ずしもそれが「予想外の特別に優れた作用効果」を生じさせるものである必要はないというべきである❞
「予想外の特別に優れた作用効果」とは特許における進歩性の判断と同様とも思える判断であり、私個人としてもこのような判断が営業秘密に必要であるかは大変疑問に思っていました。この疑問に思う理由と同様のことを、上記記載の後に裁判所は下記のように判決文で述べています。
❝(そもそも何をもって「予想外」「特別に優れた」というのかが曖昧であり,その意味内容によっては,不正競争防止法が所期する営業秘密保護の範囲を不当に制限する可能性がある❞
今まで営業秘密の有用性に対して「予想外の特別に優れた作用効果」は必要であると判断された裁判例が多数ありますが、上記のようにその判断基準は曖昧であり、未だ明確な判断基準を示した裁判例はないと思います。なお、感覚的には有用性における「予想外の特別に優れた作用効果」が必要とした裁判例では、特許の進歩性と同様の判断基準としたようにも思えますが、それを明示した裁判例はありません。
また、特許と実用新案では要求される進歩性の程度が異なります。もし、営業秘密における有用性の判断基準が特許の進歩性と同様であると考えると、実用新案の進歩性の判断基準と異なる理由が必要でしょう。また、もしかしたら、営業秘密の有用性の判断基準は特許又は実用新案の進歩性の判断基準と異なるのかもしれません。
一方で、本事件における裁判所の判断のように不正競争防止法が営業秘密を保護する趣旨が「不正な競争を防止し,競争秩序を維持するため,正当に保有する情報によって占め得る競争上の有利な地位を保護すること」と考えると、やはり有用性の判断に「予想外の特別に優れた作用効果」は必要でないとすることが妥当であると思えます。


とはいえ、裁判所は、上記の後に下記のようにも述べています。これは、営業秘密の有用性に対して「予想外の特別に優れた作用効果」は不要であるとの立場であっても、本事件の営業秘密は「予想外の特別に優れた作用効果」を有しているとの認識であることを念のために明示したと思えます。
❝反面,後記(3)アのとおり,本件治具以外にこれと同じ性能を持ったMTフェルール用測定治具が実用品として存在しないことに照らせば,本件治具図面を「予想外」の情報と見る余地があろうし,前記アの利点に照らせば,本件治具図面を「特別に優れた」情報と見る余地もあろう)。❞
このように、本事件において、裁判所は今までの主流とも思える有用性に「予想外の特別に優れた作用効果」を必要とする判断を否定したことは、注目に値すると思えます。
すなわち、現時点において裁判所の判断として、有用性に「予想外の特別に優れた作用効果」を必要とする見解と、必要としない見解の2つがあることになります。今後、どちらの見解が主流となり得るのかは営業秘密の有用性判断において重要となるでしょう。

また、有用性について弁護人は、❝「限界ゲージ」という治具が本件治具よりも優れているから,本件治具図面は,有用性の要件を充たしていない❞とも主張しています。この主張はいささか苦し紛れとも思えますが、裁判所は下記のように判断しています。
❝ここで問題とされている「有用性」とは,本件治具図面という情報を保有する者と保有しない者との間で優位性の差異を生じさせ得る相対的な「有用性」を意味すると解されるから,他に機能等において優れた治具が存在するからといって,本件治具図面の有用性が直ちに失われるというものではない。❞
上記❝情報を保有する者と保有しない者との間で優位性の差異を生じさせ得る相対的な「有用性」を意味する❞とのような見解は、まさにその通りであると思います。たとえ、優れた他の情報が公知となっているからと言って、当該営業秘密の有用性が否定されるという絶対的なものではなく、上記のような相対的なものとして有用性は判断されるべきでしょう。

本事件は、刑事事件の地裁判決ではありますが、上記のように、今後の有用性の判断に何かしら影響を与えるかもしれない判断がなされている点において、非常に気になる判例でした。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2022年3月26日土曜日

判例紹介:治具図面漏洩事件(刑事事件) 秘密管理性

今回紹介する判例は、刑事事件に関するものです。
営業秘密侵害の刑事事件では、その多くにおいて被告人が営業秘密の不正取得等を認め、裁判の争点は量刑であることが多いのですが、被告人が持ち出した情報の営業秘密性等を争う場合もあります。

今回はそのような判例(横浜地裁令和3年7月7日判決 事件番号:平30(わ)1931号 ・ 平31(わ)57号)であり被告人の弁護人は当該情報は不正競争防止法2条6項所定の営業秘密に該当しないと主張しています。
本事件は下記のように報道された事件であり、全国的にはさほど大きく報道されなかったものの、光ファイバーに関する治具図面が中華人民共和国で使用する目的で不正に持ち出されたものです。
本事件の判決は有罪であり、被告人Y1が懲役1年4か月及び罰金80万円、被告人Y2が懲役1年及び罰金60万円とされ、執行猶予が3年となっています。

本事件は、被告人Y1が図面の記載の複製を作成し、被告人Y2にこれを開示したこと、被告人Y2がこれを取得して日本国外で使用したことについては争いがないとされています。なお、被告人Y1は、電気通信機器の製造及び販売等を業とするa社(被害企業)の取締役として光通信部品の設計販売等を統括管理し、a社の営業秘密である測定治具等の設計画面を示されています。また、被告人Y2は、b社の代表者として、光通信部品等の販売を業とするものです。

まず、本事件において営業秘密とされる治具図面に記載の本件治具の構造は、下記のようなものです。なお、MTフェルールとは、光通信において光ファイバーを接続するための装置であるMPOコネクタを構成する樹脂製の部品とのことです。
❝本件治具の構造は,市販のダイヤルゲージの軸部分の先端に測定子を取り付けた上,軸部分及び測定子に筒状のアダプタを被せるというものであった。本件治具による測定方法は,MTフェルールをアダプタ底面の挿入穴に差し込み,これを測定子に接触させて移動させ,その移動範囲をダイヤルゲージに表示させて,MTフェルールの長さを測定するというものであった。本件治具によって100分の1ミリメートル単位の長さが測定できた。❞
そして、この図面の管理状況として下記が挙げられています。
(ア)「設計・開発管理規定」により、治具図面を含む製造図面を顧客へ提出することは禁止。同社の各種管理規定については、社内のウェブサイトに最新版が掲載されており、社員であれば閲覧が可能。
(イ)従業員就業規則において「会社,取引先等の秘密,機密性のある情報,顧客情報,企画案,ノウハウ,データー,ID,パスワード及び会社の不利益となる事項を第三者に開示,漏洩,提供しないこと」とされていた。本社1階事務室には、従業員就業規則のコピーが置かれており、社員であれば閲覧が可能。
(ウ)平成24年10月13日に開かれた事業運営会議において、企業防衛のため社員との機密保持契約を締結することとされ、同会議メンバー等が機密保持誓約書に署名押印して提出。被告人Y1も秘密保持誓約書に署名押印して提出。
(エ)平成27年4月7日付け通知書により、機密保持の観点から、図面、仕様書等の裏紙使用は即日禁止され、それらの書類は裁断して廃棄又は溶融業者に処分を依頼することとされた。

上記のような管理状況では、治具図面そのものにマル秘マーク等を付す等の管理がされておらず、治具図面に対する秘密管理が十分、すなわち客観的に秘密であることが認識可能なような管理状況であったのかについて疑義が生じます。


しかしながら、裁判所は下記のようにその秘密管理性を認めています。
❝a社は,平成28年4月1日の時点で本社役員5名,本社従業員33名とする規模の会社であったところ(甲2。なお,本社以外にも日本国内に複数の工場があったが,本社の規模を考えると,各工場で本件治具図面に類する技術上の情報に接し得る社員は限定的であったと推認される),会社の規模がその程度であったことを踏まえれば,本件当時,同社の役員及び従業員にとって,前記第2の3(3)ウで見た各施策により,同社が本件治具図面について秘密管理意思を有していることは,客観的に十分に認識可能であったものと認められる。❞
このように、裁判所は治具図面の秘密管理性について、a社の規模が小さいことから上記のような管理状況でも客観的に認識可能であったと判断したようです。
このような、会社規模が小さいことが秘密管理性の判断に影響を与えた民事訴訟の裁判例として、婦人靴木型事件(東京地裁平成26年(ワ)第1397号(平成29年2月9日判決))があります。

この事件では、営業秘密である婦人靴の木型(本件オリジナル木型)が持ち出された原告会社は、取締役二名と従業員三、四名という規模の会社です。そして、裁判所は本件オリジナル木型の秘密管理性を下記のように認めました。
❝〔1〕原告においては,従業員から,原告に関する一切の「機密」について漏洩しない旨の誓約書を徴するとともに,就業規則で「会社の営業秘密その他の機密情報を本来の目的以外に利用し,又は他に漏らし,あるいは私的に利用しないこと」や「許可なく職務以外の目的で会社の情報等を使用しないこと」を定めていたこと,〔2〕コンフォートシューズの木型を取り扱う業界においては,本件オリジナル木型及びそのマスター木型のような木型が生命線ともいうべき重要な価値を有することが認識されており,本件オリジナル木型と同様の設計情報が化体されたマスター木型については,中田靴木型に保管させて厳重に管理されていたこと,〔3〕原告においては,通常,マスター木型や本件オリジナル木型について従業員が取り扱えないようにされていたことを指摘することができる。これらの事実に照らすと,本件設計情報については,原告の従業員は原告の秘密情報であると認識していたものであり,取引先製造受託業者もその旨認識し得たものであると認められるとともに,上記〔1〕の誓約書所定の「機密」及び就業規則所定の「営業秘密その他の機密情報」に該当するものとみられ,原告において上記〔1〕の措置がとられていたことは秘密管理措置に当たるといえる。❞
本事件はにおいて裁判所は、誓約書及び就業規則といった程度の秘密管理措置に基づいて本件オリジナル木型の秘密管理性を認めています。この理由は、原告の業務が婦人靴の製造であるように非常に限られた業務範囲であることや、原告企業が従業員三、四名の小規模な企業であったためと思われます。

このように、企業規模が小さい場合には、営業秘密とする情報等(本事件では図面)に直接的に秘密管理意思が示されていなくても、その他の措置によってその秘密管理性が認められる可能性があると思われます。すなわち、規模の大きな企業に比べて、不十分と思われる程度の秘密管理体制であっても、営業秘密で言うところの秘密管理性が認められる可能性があります。

なお、本事件では被告人Y1がa社の取締役であったことも秘密管理性の判断に影響を与えていると思われます。この点について、裁判所は下記のように判断しています。
❝被告人Y1は,本件治具の設計・製造に主導的に関与していた上,本件当時,a社の取締役の立場にあり,既に機密保持誓約書にも署名押印してこれを提出していたのであるから,本件領得行為及び本件開示行為の際,前記1で見た本件治具図面に係る秘密管理性,有用性及び非公知性を基礎付ける事実関係の核心部分については,当然に認識,理解していたものと認められるのであって,本件治具図面が営業秘密に該当することを認識していたことは明らかである。❞
このような判断はあってしかるべきだと思います。営業秘密の不正な持ち出しは、従業員だけでなく役員等が行う場合も多くあります。企業の役員等は営業秘密に触れる機会も多いでしょうし、それが営業秘密であることは従業員よりも強く認識しているでしょう。そうであれば、営業秘密の不正な持ち出しについて、その役職が影響を与えることは妥当であると思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年12月22日水曜日

窃盗罪と営業秘密不正取得の違い

窃盗罪と営業秘密不正取得とは、どのように違うのでしょうか。まず、窃盗罪は刑法235条において下記のように規定されています。
第235条
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
誰でも容易に理解できる内容であり、他人の財物を窃取したら刑事罰の対象となります。
しかしながら、営業秘密の不正取得は窃盗罪の対象にならない場合がほとんどです。その場合とは、営業秘密である情報(紙媒体、デジタルデータ)をコピーしたり、デジタルデータをメール等で送信したりする場合です。このような場合は、他人の財物である営業秘密はその他人の元にそのままあるので、窃取したことにはなりません。

ここで、不正競争防止法における営業秘密に関する規定の変遷について簡単に説明します。
営業秘密に係る不正行為については、平成2年法改正により初めて民事的保護が規定されました。その後、平成15年法改正によって営業秘密の刑事的保護が規定され、平成17年法改正によって営業秘密の刑事的保護が強化されました。その後、複数回の法改正によって、刑罰が引き上げられる等の営業秘密の保護強化がなされました。
このように、営業秘密は民事的な保護が不正競争防止法において平成2年に規定され、刑事的保護に至っては平成15年法改正によって初めて規定されました。このように、営業秘密は、特許権等の他の知的財産権に関する規定に比べて、近年になってようやく保護規定が整備されています。

なお、平成15年の法改正前は、営業秘密それ自体を直接保護する刑事規定は存在しておらず、営業秘密の不正取得及び開示等については、窃盗・業務上横領・背任等の規定が適用されていました。すなわち、営業秘密の不正取得は、窃盗等の規定では対応できないため、不正競争防止法において新たに規定されたものです。

営業秘密の不正取得に対する刑罰は不正競争防止法の第21条において下記のように規定されています。
第21条 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、詐欺等行為(人を欺き、人に暴行を加え、又は人を脅迫する行為をいう。次号において同じ。)又は管理侵害行為(財物の窃取、施設への侵入、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成十一年法律第百二十八号)第二条第四項に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の営業秘密保有者の管理を害する行為をいう。次号において同じ。)により、営業秘密を取得した者
二 詐欺等行為又は管理侵害行為により取得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、使用し、又は開示した者
三 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得した者
 イ 営業秘密記録媒体等(営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体をいう。以下この号において同じ。)又は営業秘密が化体された物件を横領すること。
 ロ 営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成すること。
 ハ 営業秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装すること。
・・・

上記は一部であり、第九項まで続きます。一見して、営業秘密不正取得で刑事告訴するには面倒な印象があります。しかしながら、営業秘密の不正取得者と営業秘密保有者との関係性から、どの項を適用すればよいのか自ずと明確になるでしょう。


営業秘密について厄介な事項は、下記の不正競争防止法2条6項に規定されているる秘密管理性、有用性、非公知性(営業秘密の3要件)の認定です。

2条6項
この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。
この3要件を全て満たさない情報は営業秘密と認定はされません。特に、裁判において秘密管理性を満たしていないとしてその営業秘密性が否定される場合が多数あります。このため、自社の情報が持ち出されたとしても、当該情報が秘密管理性の要件を満たしていない場合には営業秘密の不正取得で刑事又は民事で訴えることができません。

一方で、持ち出された情報がデジタルデータ等ではなく紙媒体のような”物品”の場合には、上記3要件の判断が不要な窃盗罪が適用できます。実際に下記ニュースにあるように最近でも顧客情報の持ち出しに対して窃盗罪で逮捕された事例があります。

上記事件では、元社員が顧客リスト(おそらく紙媒体)の窃盗したとあり、この顧客リストは一般的には営業秘密であるのだと思います。しかしながら、三要件を満たす必要がある営業秘密不正取得で刑事告訴するよりも、より立証が容易な窃盗罪で刑事告訴したのだと思います。

ここで、窃盗罪の刑事罰は”10年以下の懲役又は50万円以下の罰金”です。一方で、営業秘密不正取得は、”十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金”です。この2つは、懲役刑の上限は同じですが、罰金刑の上限は大きな差があります。
営業秘密不正取得では、多くの場合、懲役刑には執行猶予が付きますが、罰金は数十万円から200万円ぐらいとなります。すなわち、営業秘密不正取得によって刑事罰を受けると窃盗罪の罰金の上限を超える罰金刑が課される可能性が高いことになります。このため、営業秘密不正取得として刑事告訴されるよりも、窃盗罪で刑事告訴される方が被告人にとっては自ずと刑が軽くなり、ラッキーということになります。
このような状況は果たして良いのかという疑問が少なからず生じます。

なお、顧客情報等の営業情報は、その秘密管理性が認められると有用性及び非公知性も認められる可能性が高いです。その理由は、顧客情報は一般的に公開するものではないためです。
一方で、技術情報に関してはその秘密管理性が認められたとしても、有用性や非公知性は認められない可能性があります。この理由は、非常に多数の技術情報が特許公開公報等や論文等で既に公開されており、既知の技術情報に基づいて秘匿化している技術情報の有用性や非公知性が否定される可能性があるためです。
このように、技術情報は営業情報に比べて、営業秘密性のハードルがより高くなります。

以上のことからも、不正競争防止法で規定されている営業秘密をより使い易くするためには、この営業秘密の3要件の認定ハードルをより低くする必要があるのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年7月11日日曜日

かっぱ寿司営業秘密事件

先日、かっぱ寿司を運営するカッパ・クリエイトの代表取締役(社長)が競合他社であるはま寿司の営業秘密を不正取得したとして刑事告訴される事件がありました。日本経済新聞社の報道によると、カッパ・クリエイトの社長は、元はま寿司の取締役であり、カッパ・クリエイトは2020年11月に顧問として迎え、副社長を経て今年の2月に社長に就任したとのことです。

❝当社の代表取締役個人(以下「対象者」といいます)に対して、株式会社はま寿司(以下「同社」といいます)より不正競争防止法に纏わる告訴がなされ、当該告訴に基づき、本年6月28 日、関係当局による捜査が行われました。
これを受け、当社として事実関係の把握に努めた結果、本事案の内容は、対象者が同社親会社を退職後、当社顧問となった 2020年11月から12月中旬の期間において、元同僚より、同社内で共有されていた「はま寿司」の日次売上データ等を数回に亘って個人的に送付を受けていたというものです。❞
大手回転寿司チェーン店の社長(元はま寿司の取締役)が営業秘密侵害で刑事告訴されたこの事件は、会社の知名度もありインパクトが強いです。しかしながら、取締役等の企業幹部が営業秘密侵害で刑事又は民事で訴えられるということは少なくありません。
やはり、取締役等は所属企業の営業秘密の多くにアクセスできる権限を持っている場合も多いでしょう。また、今回の事件のように元所属企業を退職した後でもそこで培った人間関係により元所属企業の人にある程度の影響力を与えることができる場合もあるでしょう。
このため、取締役等は営業秘密を容易に知り得、それを持ち出すことも比較的容易とも思えます。また、もしかしたら、会社の営業秘密を自身も自由に使用できる情報であると間違えた解釈をしている人もいるかもしれません。


今回の事件は、社長が自身ではま寿司の情報を取得したのではなく、退職後に元同僚から入手したということです。すなわち、はま寿司の営業秘密の不正取得には2人が関与していました。しかしながら、はま寿司は社長個人のみを刑事告訴しています。この理由はいくつか考えられます。
その一つは、営業秘密侵害には不正の利益を得る目的(図利目的)等が必要となりますが、元同僚にはこのような目的等が求められなかった可能性があります。図利目的等は、金銭を受け取ったり、自身が転職先等で開示や使用する、といったことです。しかしながら、元同僚がはま寿司の営業秘密をかっぱ寿司の社長に渡しただけであり、その見返り等を何も受け取っていなかったりしていたら、図利目的等が認められない”可能性”があります。ただし、このような場合であっても公序良俗又は信義則に反するとして、図利目的が認められるかもしれません。

もう一つは、図利目的等が認められたものの、温情で刑事告訴されなかった可能性もあります。営業秘密侵害は親告罪であるため、はま寿司が刑事告訴しなければ元従業員は罪に問われません。また、刑事告訴しない替わりに、元従業員がどの様な経緯で誰に営業秘密を渡していたか、というように捜査に協力することを求められたかもしれません。

しかしながら、元同僚は刑事告訴されなかったとしても、一般的には、はま寿司を退職することになるのでしょう。その場合、この元同僚が従業員であれば通常、就業規則には営業秘密を漏えいさせた場合には退職金の減額や不支給が定められているでしょうから、元同僚は退職金の減額又は不支給となるかもしれません。

このように、かっぱ寿司の社長は、元同僚を今回の事件に巻き込んだことにより、元同僚の人生を悪い方向に大きく変えてしまった可能性があります。今回の事件のように、退職者が元同僚等に営業秘密の持ち出しを依頼することがあるようです。そのような場合、元同僚等を犯罪者にする可能性があります。また、退職者から営業秘密の持ち出しを依頼された元同僚等は、毅然とした態度で断る必要があります。営業秘密の持ち出しは、窃盗罪よりも重い罪であり、犯罪行為であることを十分に認識しなければなりません。

また、就業規則は従業員を対象としたものであり、取締役等の役員を対象としていません。このため、就業規則に営業秘密漏えいに関する規定があったとしても、役員はその対象となりません。一般的に、役員には役員規定が定められているかと思いますが、従業員及び役員を対象とした秘密管理規定を別途定め、この秘密管理規定によって営業秘密漏えいに対する罰則規定を定めてもよいでしょう。

上記のような規定がはま寿司で設けられていたら、はま寿司はかっぱ寿司に転職した社長に対して営業秘密侵害により発生した損害と共に、又は損害が無くても、退職金の返還訴訟を提起できるでしょう。
実際、営業秘密侵害において元従業員に退職金の返還請求を行い、2000万円余りの返還が認められた裁判例(生産菌製造ノウハウ事件 東京地裁平成22年4月28日判決(平成18年(ワ)第29160号))もあります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年3月22日月曜日

スマホ技術を転職先の中国企業へ漏えい、懲役2年の実刑判決。厳罰化の流れ?

先日、NISSHAの元従業員が転職先の中国企業へスマホ技術を漏えいした刑事事件の地裁判決が出ました。 

この判決は少々驚きでもあり、営業秘密の漏えい事件において厳罰化の流れを感じさせます。

下記の一覧表のように、営業秘密漏えいの刑事事件において執行猶予なしの懲役刑は3件(東芝半導体製造技術漏洩事件、ベネッセ個人情報流出事件、富士精工営業秘密流出事件)です。実際には、あと数件懲役刑となった例が有りますが、それらは顧客情報を持ち出し、詐欺等の他の犯罪にも利用したものであり、転職時等に持ち出した事件とは少々異なると考えています。


3件のうち、東芝半導体製造技術漏洩事件とベネッセ個人情報流出事件は、被害企業に与えた損害がとても大きかったために執行猶予がない懲役刑となったと思います。

また、富士精工営業秘密流出事件では、中国人技術者が中国企業への転職に伴い、富士精工の営業秘密を持ち出したという事件です。この事件では、当該営業秘密が中国企業で使用され、富士精工に損害を与えたという事実までは確認できていないようですが、実刑となっています。
この事件において裁判官は、「転職に有利と、私利私欲で経営の根幹にかかわるデータを不正に領得(りょうとく)。刑事責任は相当に重い」、「日本の技術が国際競争にさらされ、違法な海外流出を防ぐ意味でデータ保護の必要性は高い。アジア諸国の技術的台頭を背景に法改正された経緯に鑑みると、実刑はやむをえない」とのことです(2019年6月6日 朝日新聞「企業秘密の製品データ複製の罪 中国籍元社員に実刑判決」)。

そして、今回の事件では、中国企業へ営業秘密を漏えいしたものの、富士精工営業秘密流出事件と同様に被害企業に多大な損害を与えたということは報道からは伺えません。

これら4つの事件から、実刑となる可能性がある営業秘密の漏えい事件は、被害企業に多大な損害を与える場合と、外国へ技術情報を漏えいした場合と思われます。
特に外国への漏えいについては、平成27年の不正競争防止法改正において海外重罰が加えられたこと、また、昨今の海外への情報流出の懸念が影響しているのだと思います。

また、実刑判決となった4件の営業秘密漏えい事件のうち、3件が技術情報の漏えい事件です。これは、顧客情報よりも技術情報の方が、被害企業に与える損害が大きくなる可能性が高いためであると思われます。そして、外国企業において、日本企業の営業秘密としては顧客情報よりも技術情報の方が重要ということもあるでしょう。

今回の判決は、日本の”知的財産”である技術情報の海外流出に対する危機意識を裁判所も共有しているということなのでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年3月8日月曜日

ソフトバンク顧客情報流出事件

ソフトバンクの携帯電話販売代理店から顧客情報が流出し、この販売代理店の経営者が逮捕されたとの報道がありました。

・顧客情報漏洩の疑い、元ソフトバンク代理店社長を逮捕(朝日新聞)
・顧客情報不正持ち出し ソフトバンク元代理店経営者逮捕 ペイペイの不正引き出し事件に悪用か(産経新聞)
・顧客情報6千件複製疑い 元携帯販売会社の男逮捕(日本経済新聞)
・顧客情報6千件超複製疑い 元携帯販売会社の男逮捕(共同通信)
・ソフトバンク代理店元社長を逮捕 顧客情報持ち出し容疑(毎日新聞)

実際に持ち出しが行われた時期は2015年11月~18年2月(日本経済新聞)とあるので、楽天に技術情報が漏えいした時期とは異なり、さらにソフトバンクが被害者の立場なのですが、どうしてもソフトバンクから営業秘密が漏えいしたというあまりよくないと思える印象を与えます。

また、技術情報であれば被害者は漏えい元企業だけですが、顧客情報の漏えいとなればその顧客も被害者の立場となります。 今回の事件では、当該顧客情報が電子決済サービスであるPayPayやドコモ口座の不正引き出しに使用されていたようです。

そして、ソフトバンクによる管理体制はどのようになっていたのか?という疑問も一般的には生じるでしょう。
これに関して、営業秘密侵害で逮捕できたということは、秘密管理性、すなわち当該情報に対する秘密管理意思を容易に認識できるような態様で管理されていたということになります。すなわち、ソフトバンクは顧客情報を営業秘密として適切に秘密管理しており、容疑者は当該顧客情報が営業秘密であることを認識していたと思われます。


さらに「稲葉容疑者の会社はソフトバンクの2次代理店で、顧客が携帯電話を契約する際に個人情報を入力するタブレット端末から印字した書類を従業員らが複製や撮影していたという。調べに対して『法に触れるとは思わなかった。従業員が(営業に)使っていることは知っていたが指示はしていない』と供述している。(毎日新聞 2021/3/3)」ともあり、さらに、「ソフトバンクによると、不正取得されたのは15~18年に稲葉容疑者が関わった代理店で携帯電話サービスなどを契約した顧客の氏名や住所、生年月日、料金支払い用の口座番号など、業務システム以外で顧客情報を記録することは社内ルールで禁じていたが、順守されていなかった。(日本経済新聞 2021/3/3)」ともあります。

上記の報道では、容疑者の代理店では、ソフトバンクによる社内ルールを守るという意識は薄く、それゆえに営業秘密の不正な持ち出しが犯罪行為という認識が欠落していたのではないでしょうか。

では、ソフトバンクはどうすればよかったのでしょうか?
営業秘密の漏えいが犯罪行為であり、ソフトバンクの社内ルールを順守することを徹底的に教育することは当然ですが、そもそも2次代理店を使うということがどうなのでしょうか?

顧客情報というソフトバンクにとっても非常に重要な情報を2次代理店に開示していることがそもそも情報漏えい防止の視点からは適切でないとも思えます。
1次代理店ならまだしも、2次代理店等になるとソフトバンクの影響力が当然弱まるでしょう。そして、顧客情報を扱う代理店(人員)が多くなるほど漏えいリスクは当然高くなります。
さらに、今回の営業秘密漏えいを犯した容疑者は2次代理店の経営者本人です。営業秘密の開示先は信用できる人又は企業でなくてはなりません。にもかかわらず、どのような経緯で、そのような経営者と代理店契約を行い、顧客情報を開示したのか?

10年以上前は携帯電話の販売店から顧客情報が漏えいした事件は複数ありました。しかしながら、近年では携帯電話の販売店からの顧客情報の漏えい事件は報道がありません。実際本ブログでも2017年10月ごろから営業秘密に関する報道の記録を取っていますが、そこにも携帯電話の販売店からの顧客情報漏えいに関する事件はありません。


携帯電話の販売店からの顧客情報漏えい事件がなくなった理由は、徹底的な秘密管理の成果であると聞いています。例えば、店舗内で勤務中は私物の携帯電話の持ち込みは一切禁止であり、持ち込みが発覚すると持ち込んだ者は解雇する場合もあったようです。そのような厳しい態度により、代理店からの顧客情報の漏えい事件が減少したのでしょう。
そのような業界でありながら、なぜ再び代理店からの顧客情報の漏えい事件が起きてしまったのでしょうか?

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2021年1月23日土曜日

<蓮舫議員による施政方針演説のツイッター投稿>

立憲民主党の蓮舫議員が、菅義偉首相による施政方針演説の前に既に配布されていた原稿をツイッターに投稿しました。このニュースを目にしたとき、すごく驚きました。現職議員がこのようなことをするなんて。
野党といえども国家機密を知る可能性のある国会議員であり、過去には政権の中枢にいた政治家が情報管理を行わないどころか、本来公開するべきでない情報を自ら公開することはあってはならないことだと思います。


ところで、蓮舫議員の行為は不法行為になるのでしょうか?
上記報道によると、蓮舫議員は当該原稿に関して「内閣総務官室に確認、取り扱いに関するしばり(制限)は特段なく、便宜上配布するとのこと」 とツイッターに投稿したようです。
この投稿の真意は、自身に当該原稿に対する秘密保持義務がないことを主張しているのだと思います。
一方で、加藤官房長官は「『国会での審議に資するため、事前に与野党、各会派に(原稿を)配布している』とも語り、事前に演説内容を公開することは想定していないと説明した。」とのことなので、政府としては当該原稿は秘密にするべきものとの認識だったのでしょう。

ここで、営業秘密における秘密管理性は、当該情報に接した者が容易に秘密であると認識できるような態様で管理されている必要があります。例えば、原稿に㊙マークが付されていたり、原稿の配布時に秘密保持義務を課すということが必要となりますが、報道から察するに当該原稿にはそのような表記等はなかったようです。
また、営業秘密は事業活動に有用でなければなりません、政治家の活動は「事業活動」ではないとも思え、そうであるならば施政方針演説の原稿自体、事業活動に有用な情報とは言えないでしょう。
以上のように、蓮舫議員の行為は営業秘密の不正開示等にはあたらないと思われます。


ところが、蓮舫議員と同様の行為をおこない、書類送検されて罰金刑になった刑事事件が有ります。それは下記の事件です。
・過去の営業秘密流出事件 <日産新車ツイッター投稿事件> 

この事件は、日産の取引会社社員が発表前の新型車リーフを写真撮影してツィッターに投稿したものです。投稿した内容は当然異なりますが、蓮舫議員の行為と同様と言えるでしょう。当該取引会社社員は、日産から刑事告訴され、営業秘密侵害と営業秘密侵害と偽計業務妨害により書類送検されました。

しかしながら、営業秘密侵害は不起訴です。不起訴の理由は明らかではないものの、想像するに、当該社員は単に新型車の写真をツイッターに投稿しただけであって、そこには営業秘密侵害(不競法2条1項7号)の要件である不正の利益を得る目的等が無かったためではないかと思われます。
一方で、上記事件では、偽計業務妨害は罰金50万円の有罪判決となっています。すなわち、企業の秘密情報をツイッターに投稿すると、偽計業務妨害という犯罪になる可能性があります。
私は弁理士であり、刑法に詳しくはないので深入りするとボロが出るのですが、ここでも施政方針演説が果たして「業務」であるのか議論になりそうな気がします。ここら辺の判断は、立憲民主党の党首が弁護士のようなので立憲民主党内部で容易に判断できるでしょう。

とはいえ、上記の事件のように、民間企業の未発表の情報をツイッターに投稿することで刑事罰を負う可能性が有るようです。そうすると、蓮舫議員の行為も民間であれば刑事罰を受ける可能性のある行為であり、ツイッターから削除や政府への謝罪によってなかったことにしてよいのでしょうか?

さらに、政治家によるこのような行為があると、国の情報管理も疑わしくなります。
すなわち、政府が国会議員に配布する文書の中には、国家機密に類するものも含まれる場合があるでしょう。そのような場合、配布された文書に対して「取り扱いに関するしばり(制限)は特段なく、便宜上配布する」とのような認識を政治家が有していると、今回のように、本来開示してはいけない人物や他国に当該文書を開示する恐れが高いと思います。

ちなみに、民間企業ではこのような不祥事が起きると、再発防止策等を考え、ホームページ等で公開する場合があるのですが、蓮舫議員によるツイッターへの投稿からしばらく経過していますが、このブログを書いている時点では立憲民主党のホームページにはそのような公開は見当たりません。

また、政府与党としても、今までは野党を含め、各議員の”常識”を信用して文書の配布等の情報開示を行っていたのでしょうが、それは崩壊したと考えるべきでしょう。このため、配布資料が秘密保持の対象であるか否かを吟味して、㊙マークをつけたり、面倒でも開示先の議員との間で秘密保持契約を締結する必要があるのではないでしょうか。

近年、情報自体が国家の資産とも考えられ久しいです。
そのような現状において、日本の政治家がこのような状況ではどうしようもありませんね。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2021年1月13日水曜日

<ソフトバンク技術情報流出事件>

今年最初のブログです。
今年もよろしくおねがいします。

昨日から大きく報道されている、ソフトバンクの元従業員が楽天モバイルに転職する際に5Gの基地局等に関する技術情報を持ち出したとする事件です。ソフトバンクの従業員がロシアの元外交官に営業秘密を漏えいしていた事件からちょうど1年(最初の報道は2020年1月25日)のタイミングでこの事件です。

今回の事件は、競争が激しいモバイル業界、さらにこれから普及する5Gに関する技術情報の漏えいということもあって、他の営業秘密漏えい事件に比べて大きく報道されているように思えます。しかしながら、事件の態様は転職時における他の営業秘密漏えい事件と何ら変わりはありません。
とはいえ、多数の報道がなされると、それにより事件に関する詳細な情報も得られやすくなります。

報道から知り得る事件の概要は以下の通りかと思います。
1.ソフトバンクの元従業員は2019年12月31日にソフトバンクを退職し、2020年1月1日に楽天モバイルへ転職。
2.元従業員は転職直前の12月31日まで社外の自宅PCからソフトバンクのサーバーにアクセスし、フリーメールによって自身に営業秘密(計170点?)を送信。
3.元従業員は転職する際に秘密保持契約にサインをしていた。
4.ソフトバンクは2020年2月ごろに営業秘密の持ち出しに気づく。
5.楽天モバイルのPCに持ち出した営業秘密が保存されていた。
6.楽天モバイルはソフトバンクの営業秘密の使用を否定。
7.ソフトバンクは楽天モバイルと元従業員に対して民事訴訟を提起予定。

「2」に関して、社外からソフトバンクのサーバーにアクセスしフリーメールによって営業秘密を送信していることから、元従業員は、営業秘密の持ち出しを行った当事者の特定を阻害したかったのかとも思います。このことを鑑みると、元従業員は、自身の行為が程度の差はあるものの、犯罪行為であるという認識があったのかもしれません。

また、元従業員は転職直前まで営業秘密の持ち出しを行っています。これに関しては意図的だったのかもしれません。
一般的に、転職する際には希望する転職日から少なくとも1ヶ月、多くは2、3ヶ月前に退職届を出すでしょう。
そして、ある程度の営業秘密管理を行っている企業は、退職届が提出された時点で営業秘密の不正な持ち出しがないかをアクセスログによって確認し、もし、何かあれば転職希望者に事情を聴き、それが不正な行為であれば解雇も含んだ処分を行うでしょう。
しかしながら、営業秘密の持ち出しを転職前のギリギリに行えば、自身が在籍中に営業秘密の持ち出しは発覚しません。ただ、その後にもアクセスログの確認は行うでしょうから、転職後には発覚するでしょうが。

このような従業員の転職に伴う営業秘密の不正な持ち出しを防止するためには、退職届が提出された段階で当該従業員のアクセスログを確認すると共に、当該従業員のアクセス権を解除する必要があるでしょう。このアクセス権の解除により、当該従業員の残務や引継ぎの効率が落ちるでしょうが、営業秘密を持ち出されるよりはマシです。
ソフトバンクのプレスリリースでは再発防止策として「退職予定者の業務用情報端末によるアクセス権限の停止や利用の制限の強化」とあります。これは上記のよなことを意識した結果でしょう。


また「3」に関してですが、退職時の秘密保持契約は秘密管理性を立証するための補完的なものにしかすぎず、本質的なものではありません。
退職者が秘密保持契約にサインしたとしても、適切に秘密管理されていない情報は営業秘密ではないので、このような情報を退職者が持ち出しても営業秘密の漏えいを問えません。
なお、当該秘密保持契約において、秘密保持の対象となる情報が退職者が容易に認識可能な程度に特定されていれば、当該秘密保持契約によって秘密管理性が認められ得るとも考えられます。しかしながら、退職時の秘密保持契約は多くの場合、包括的なものであり、対象となる情報を特定している場合は多くないでしょう。
企業は、退職時の秘密保持契約がどのようなものであり、営業秘密に対してどのような効力を有するものであるかを認識する必要があります。

一方で、退職者が秘密保持契約へのサインを拒否して情報を持ち出したとしても、当該情報が適切に秘密管理されていれば、退職者に対して営業秘密の漏えいを問うことができますすなわち、退職時における秘密保持契約の締結の有無にかかわらず、秘密管理されている情報を不正に持ち出すと営業秘密の漏えいになります。このことは、企業で働く人全てが認識するべきことです。

また、ソフトバンクのプレスリリースには上記で触れたように再発防止策が記載されています。
しかしながら、この再発防止策には少々違和感があります。
今回の事件は、営業秘密の漏えいに関する刑事事件です。しかしながら、プレスリリースによると、今までソフトバックが実施してきたことは「全社員に対して定期的に秘密保持契約の締結やセキュリティー研修など」であり、再発防止策としての施策は、「情報資産管理の再強化、アクセス権限、セキュリティー研修、監視システムの導入」であり、この中には営業秘密の文言はありません。

私はこのブログで度々記載していますが、営業秘密の不正な漏えいを防止するには、まず、営業秘密の漏えいが犯罪であり、禁固刑も現実にあり得ることを全役員及び全従業員に認識させることだと思っています。
未だ、営業秘密の漏えいは良くないことかもしれないという認識程度の人は多く、犯罪であり、禁固刑を受けた人もいること自体を知らない人のほうが多いかと思います。
営業秘密の漏えいが犯罪であることを認識していれば、多くの人は転職程度でこのようなリスクが高い犯罪を犯さないでしょう。現に本事件で逮捕された元従業員もニュースで名前が挙げられ、顔写真等も報道されています。

ソフトバンクは営業秘密の漏えいが犯罪であることを認識させるような研修を行っていたのかもしれません。しかしながら、このような短期間に2人もの逮捕者を出すということは、営業秘密の漏えいが犯罪であるとの認識を十分に与えることができていないのではないでしょうか?

また、下記の報道で気になることがありました。

その内容は「別の大手携帯電話会社の幹部は『うわさは聞いていた』としたうえで、『事業の拡大で技術者の確保が難しくなってきており、社員が他社に流出しないように配慮が必要だ』と語った。」というものです。
上記の”うわさ”とは、文脈からすると本事件のことと思いますが、これが事実ならば、ソフトバンクから楽天モバイルへの営業秘密の漏えいを競合他社が知っていたことになります。これも情報漏えいに他ならないでしょう。多くの場合、事件性の高い情報漏えいに関しては、漏えい元企業、漏えい先企業の何れでも公になり難いように少人数で対応に当たると思います。
にもかかわらず、当事者でない競合他社がこの事件を“うわさ”として知っていたのであれば、うわさの出どころの企業(ソフトバック又は楽天モバイル)の情報管理が甘すぎると思いますが、大丈夫でしょうか?

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年10月19日月曜日

刑事事件:導電性微粒子情報流出事件

先週報道された積水化学工業の元従業員が営業秘密(スマートフォンのタッチパネルに用いられる導電性微粒子の製造工程に関する技術情報)を中国企業に流出させ刑事告訴された事件についてです。

この事件で話題になったことは、元従業員が積水化学に在職中にSNSを通じて中国企業と通じ、情報を流出させていたということです。ちなみに、このSNSはLinkedInとのことです(SankeiBiz 迫る中国の産業スパイ 手段は多様化、取引先装いSNSで接触か)。
また、元従業員は、情報流出が発覚した後に解雇されており、中国企業(営業秘密の柳州先企業であるかは不明)に転職したようです。

上記報道によると「元社員も「潮社側から何か情報を引き出せないか」などと考えて、」とあり、また、NHKの報道(情報漏えい疑いで書類送検)によると「自分の研究が評価されていなかった。情報を渡す代わりに中国の会社の情報を入手して新たな製品を開発し、上司や会社を見返したかった」と供述しているようです。
このように元従業員は、営業秘密を中国企業へ提供する替わりに、この中国企業が有する情報を取得することが目的だったようです。

この目的は、2重の危険性を有しています。一つは、自社の営業秘密を他社に流出させることであり、もう一つは、他社の営業秘密を自社に流入させることです。
今回の事件は、元従業員は中国企業から情報を取得することはできなかったようですが、もし、元従業員が中国企業から情報を取得し、それを積水化学内で使用等していたら面倒なことになったかもしれません。

もし、このようなことが起きると、積水化学自体が不正競争防止法2条1項8号又は9号違反となる可能性が有るからです。2条1項8号又は9号は、他社の営業秘密について不正開示行為があったことを知って又は重大な過失により知らないで使用等する行為であり、主に営業秘密が流入した企業等がその対象となります。


しばらく前は、他社が保有する情報を取得することは”良し”とされていたかもしれません。
実際、不正競争防止法で営業秘密侵害が規定されたのは、平成2年であり、このときは刑事罰は導入されていません。刑事罰が規定されたのはさらに近年の平成15年です。
このため、営業秘密の侵害によって刑事罰を受ける可能性を認識していない会社員も多くいるでしょう。もし、そのような人が上司であったら、未だに他社の営業秘密を取得することを“良し”と考え、そのような指示を部下に与えている人がいるかもしれません。

しかしながら、他社の営業秘密を取得し、それを自社で開示や使用することは営業秘密侵害となるため、結果的に自社に損害を与える可能性が有ります。
このような事実を企業も従業員も認識し、誤った行動をとらないようにしなければなりません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年9月27日日曜日

刑事事件:ロボット情報不正取得事件

先日、元勤務先からロボット情報を不正に持ち出したとして、この元勤務先の元従業員が逮捕されました。近年、転職先で有利になる等の目的で行われるありがちな営業秘密流出事件です。

具体的には、報道によると「逮捕容疑は昨年8月20日、不正な利益を得る目的で会社のサーバーにアクセスし、営業秘密である産業用ロボットの設計図や生産ラインのレイアウト図など59点の情報をハードディスクにコピーして不正に取得したとしている。」(「ロボット情報不正取得疑い 勤務先から、41歳男逮捕」2020/09/24 産経新聞)とのことです。

なお、上記報道にもあるように元従業員は、「「データをコピーしたことに間違いはないが、不正な利益を得る目的ではない」と容疑を一部否認している。」とのことですが、「逮捕前の任意の調べに「(データを示せば)優遇されるのではないかと思った」と話したという。」との報道もあります(「ロボットの機密情報持ち出した疑い 転職した元社員逮捕」2020/09/24 朝日新聞)。
このように転職先で優遇されることを目的として、退職時に元勤務先の営業秘密を持ち出していたら、それを持って不正の目的となり、刑事事件となる可能性が高いです。
このような事実は、企業に勤める人は窃盗が犯罪であることと同様に、刑事事件化されて刑事罰を受ける可能性が有ることを理解すべきです。

また、他の報道によると元勤務先の取引先の情報も持ち出していたようです(「産業用ロボットデータ不正持ち出しで逮捕の男 取引先のデータも含まれていた」2020/09/25 CVCNEWS)。
これは、逮捕された元従業員の元勤務先は、営業秘密を持ち出された被害企業というだけでなく、他社に迷惑をかけた企業との立場にもなり得、信用を失いかねないことになります。
営業秘密の流出は、自社に関する情報の流出だけであれば、流出元の企業は被害企業となりますが、顧客情報等に代表されるような他社(他者)の情報が流出した場合には、当該他社(他者)に対しては加害企業とのような立場に立たされます。この典型例がベネッセ個人情報流出事件でしょう。


一方、元従業員の転職先企業は、どのような対応をしたのでしょうか?
これに関して報道によると「さらに転職先では逮捕容疑の59件を除くデータの一部について、紙の資料にして示したが、転職先は「同業他社のものはリスクがある」と提供を受けなかったという。」とあります(「ロボット情報持ち出し、転職先「リスクある」と利用断る」2020/09/25 朝日新聞)。

この転職先企業によるこの判断は適切以外の何物でもありません。
転職者が元勤務先の営業秘密を持ち出したとしても、それを自社(転職先企業)で開示させないことがベストですが、もし開示したとしても、その使用は不正競争防止法違反に該当することを理解し、その流入を組み止める必要があります。
このため、特に転職者が提供する情報については細心の注意を払うべきでしょう。
例えば、それまで自社では知り得ていなかった情報を自社で転職者が開示した場合には、その出所を確認するべきです。もし、その出所が転職者の元勤務先であれば、元勤務先の営業秘密の可能性が有ります。
このような意識を持たずに開示された営業秘密を使用して製品を製造販売した結果、刑事事件となり、当該製品の製造販売を中止した企業もあります

このように、転職者による営業秘密の持ち出しは、元勤務先にとっても損害を生じさせるだけでなく、その目的が転職先での使用であるので、転職先にも大きなリスク(営業秘密の流入リスク)を与えるものです。従って転職先企業は、転職者が元勤務先の営業秘密を持ち込まないように、例えば、入社決定時に元勤務先の営業秘密の持ち込みをしないように文章や口頭で説明し、また、入社後の研修等でも同様の説明をし、発覚した場合には元勤務先へ通告すると共に解雇することを予め説明することで、他社の営業秘密の流入を食い止める必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年9月7日月曜日

判例紹介:日本ペイントデータ流出事件の刑事事件判決 -他社の営業秘密流入リスクー

しばらく前に日本ペイントデータ流出事件の刑事事件判決(名古屋地裁令和2年3月27日 平28(わ)471号 ・ 平28(わ)662号)が出ていました。日本ペイントの営業秘密を持ち出したとされた被告人は、一審地裁判決では懲役2年6月(執行猶予3年)及び罰金120万円となっています。

この事件は、塗料の製造販売等を目的とする当時の日本ペイント株式会社(判決文ではa社)の子会社であるb株式会社の汎用技術部部長等として、被告人が商品開発等の業務に従事していました。そして、被告人は、a社の競合他社である菊水化学工業株式会社(判決文ではc社)にa社の営業秘密を漏えいし、自身もc社の取締役に就任したというものです。なお、被告人は、a社の元執行役員でもあったようです。


この刑事事件判決文は営業秘密を理解する上で参考になることがいくつかあり、今回は他社の営業秘密の流入リスクについて考えてみたいと思います。

まず、どのようにして被告人がc社に営業秘密を漏えいさせたのでしょうか?

判決文によると、被告人はb社に在籍中、同社本社内において本件情報(a社の塗料である○○及び△△(本件各塗料)の原料及び配合量)が記載された商品設計書を取得して、これを基に本件各塗料の原料及び配合量の情報についての電磁的記録(○○に関するものを「完成配合表①」、△△に関するものを「完成配合表②」)を作成しました。

そして被告人は、c社において完成配合表①を基に作成した「●●:ホワイト」と題する書面(以下「推奨配合表①」という。)をc社の従業員Aらに手渡しました。さらに被告人は、完成配合表②を基に作成した「▲▲:ホワイト」と題する電磁的記録(以下「推奨配合表②」)を添付した電子メールをc社の従業員Bに送信しました。

なお、被告人はc社に配合表を提供する前に、自ら提案書を持参してc社に赴き、被告人がb社を退職して塗料ビジネスコンサルタントを始める予定であることを伝え、被告人とのコンサルタント契約の締結を持ち掛けていたとのことです。すなわち、当初、被告人はb社を退職した後にc社のコンサルタントとなるつもりだったようです。

そしてc社は被告人により開示された○○に係る情報を用いて塗料「●●」を,△△に係る情報を用いて塗料「▲▲」を,それぞれ開発製造して販売しました。
その結果、被告人はa社から営業秘密の領得等により刑事告訴され、c社はa社から民事訴訟を提起されています。さらに、報道によると「事件を受け、菊水化学は住宅向け塗料など一部製品については昨年3月から販売を中止している。」(Sankei Biz 2017.7.15「日本ペイントが菊水化学を提訴」)とのことです。

まさに、c社(菊水化学)は他社の営業秘密が流入したことにより、訴訟となり、自社製品の販売停止まで至っています。これが他社の営業秘密流入リスクの典型例です。


では、c社はどうするべきだったのでしょうか?
被告人からコンサルタント契約の打診を受けるまではいいでしょう。このようなことは、少なからずあることでしょうし、コンサルタント契約の打診だけでは営業秘密の開示を受けたことにはなりません。

一方、被告人から推奨配合表①,②を受け取ったことは非常に良くないことです。
この時点で、推奨配合表①,②には被告人の所属企業であったa社又はb社の営業秘密が含まれていることをc社は想定するべきでした。

具体的には、推奨配合表①は手渡しだったので、その場で被告人に返却するべきでした。
また、推奨配合表②はメールで送付されたので返すことはできません。そこで、このメールはc社内で不特定の従業員の目に触れないように管理したうえで、被告人にa社又はb社の営業秘密が含まれていないことを確認するべきでしょう。
もし、営業秘密が含まれていないと被告人が主張するのであれば、a社又はb社にそれが事実であるか否かを確認することの同意を被告人から得るべきでしょう。そこまでやれば、被告人の反応から営業秘密が含まれているか否かが分かりますし、もし、含まれているという確信があればa社又はb社へその事実を通知し、c社は被告人による営業秘密の領得には関与していないことを伝えるべきでしょう。
営業秘密の領得等は犯罪ですので、そのような犯罪行為があったことを被害企業に伝えることは当然の行為です。また、それにより、自社の潔白を被害企業に認識させることにもあるでしょう。

上記のことを考慮する必要があるにもかかわらず、被告人から受け取った情報をもとに、製品を製造販売するということは最も悪手であり、c社が当該製品の製造販売の停止にまで追い込まれることは当然でしょう。

ここで、被告人から推奨配合表①,②を受け取ったc社の従業員A,Bがどのような立場の人物であったかは判決文からは分かりません。技術開発を行う人物であったかもしれませんし、経営に携わる人物であったかもしれません。しかしながら、どのような立場の人物であったも、他社の営業秘密の流入リスクは認識し、対応できるようにしなけらばならないでしょう。

昨今、人材の流動性は高まっており、この流れは益々促進されるでしょう。さらに、SNS等により、個人間のやり取りも容易です。すなわち、自社に他社の営業秘密が流入するルートは会社の公の窓口(人事、転職サイト等)だけでなく、あらゆる可能性があります。
そうすると、全従業員が営業秘密についてある程度の理解を有する必要があります。
自社の営業秘密を漏えいすることが違法であるだけでなく、他社の営業秘密の使用が違法であることを正しく認識させる必要があります。
これを怠った結果がまさにc社の結果でしょう。

なお、c社はa社から民事訴訟を提起されています。提訴は2017年であり、営業秘密の民事訴訟は2年前後で一審判決がでる傾向があるので、すでに判決が出る頃かと思いますが出ていません。このため民事訴訟は既に和解している可能性もあるかと思います。c社は既に当該製品の製造販売を停止していますし、a社が納得する賠償金を支払うことに同意していれば、和解には至るでしょう。また、この刑事事件の判決文を見ると、c社が刑事事件に対して協力的であったとも思えます。
次回は、被告人がリバースエンジニアリングによる非公知性の喪失についても主張していますので、その点について検討したいと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年7月17日金曜日

ソフトバンクスパイ事件の判決

先週、ソフトバンクスパイ事件(刑事事件)の一審判決が言い渡されました。
犯人である元従業員は懲役2年、執行猶予4年、罰金100万円となりました。
控訴する可能性もあるでしょうが、もし控訴しても判決は大きく変わらないと思います。

ところで、この判決は、過去の刑事事件の判決と比べても、重くもなく軽くもなく、というところでしょうか。
報道等の扱いは、ロシアの元外交官が関与しており、まさにスパイ事件の様相を有する特殊性から他の営業秘密事件に比べても多かった事件ですが、例えば、同様に報道が多かったベネッセ個人情報流出事件に比べると軽い判決かと思います。
この違いは、やはり持ち出された営業秘密の内容によるものでしょう。
ソフトバンクスパイ事件では、通信設備に関する情報が持ち出されているものの、おそらく、ソフトバンクは実質的な損害を受けていないのではないでしょうか。一方で、ベネッセの事件では、その対応費用も含めてベネッセの収益に大きな影響を与えました。



なお、今回の事件では、営業秘密の持ち出し方法についても裁判で明らかになったようです。
その持ち出し方法とは、営業秘密を表示させたモニタをデジタルカメラで撮影するという方法のようです。確かに、この方法では、当該情報をUSBに出力したり、印刷、又はメール送信ということはないので、アクセスログしか残りません。このため、営業秘密の持ち出しが発覚し難いこととなるでしょう。

また、元従業員は報酬として1回あたり20万円を受け取っていたようです。
この元従業員は、在職中はモバイルIT推進本部の統括部長という地位にあったことを鑑みると、全く割に合わない行為だったことは明らかでしょう。

さらに、この事件の特徴は、営業秘密を受け取った人物は特定されているものの、在日ロシア通商代表部の元外交官であり、この人物は既に出国し、再入国することもないであろうことから、不起訴となっている点でしょう。
営業秘密は外国人の手に渡ることも多々あるかと思いますが、その場合、犯人の逮捕には限界があり、かつ、持ち出された情報が他国で開示、使用される場合にはそれを止める手立てが実質的に存在しません。
このことは、企業として十分に認識するべきではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年5月1日金曜日

営業秘密侵害の検挙件数統計データ

警察庁生活安全局 生活経済対策管理官から「令和元年における生活経済事犯の検挙状況等について」が今年の3月に発表されていましたので、その中から営業秘密に関連するものを紹介します。

この営業秘密侵害事犯の検挙事件数の推移のグラフから分かるように、営業秘密に関する刑事事件は、統計を取り始めた平成25年から右肩上がりとなっています。

令和元年では平成25年に比べて4倍になっていますが、これは昨今の人材の流動化に伴い、営業秘密侵害が増えた可能性もあるかと思いますが、民事訴訟件数がこれほどの増加率ではないように思えますので、被害企業が積極的に刑事事件化を選択しているということではないでしょうか。

例えば、転職の際に営業秘密を持ち出した元従業員に民事訴訟を提起したとしても、その立証が大変であったり、実質的な損害が生じていなかったりすると損害額が低額であり、民事訴訟を行う金銭的なメリットは低いと判断される可能性もあるかと思います。
そうすると、民事訴訟を起こすメリットは差し止めとなりますが、実際には警告書を転職先企業に送付すれば、多くの場合は民事訴訟を提起するまでもなく転職先は使用しないでしょう。
しかしながら、それだけでは営業秘密侵害の抑止効果としては薄いかもしれないので、刑事事件化して抑止効果を高めようとする企業もあるかと思います。

一方で、このグラフは検挙件数であるため、起訴に至った件数は分かりません。まれに不起訴となった事件が報道される場合がありますが、多くの事件は不起訴となった場合にはそのことが報道されていないようです。
今後、起訴された件数や、不起訴となった理由も知ることができればと思います(不起訴理由を知ることは相当困難なようですが)。

上のグラフは、営業秘密侵害事犯の相談受理件数の推移です。
平成29年が突出していますが、こちらも、基本的に右肩上がりです。
相談件数の約半分が検挙に至っているという感じでしょうか?

こちらの表からは、具体的な検挙人員や検挙法人数が分かります。
ここで、検挙法人数は平成27,28年では各々4法人ですが、他の年は0です。
これは、民事訴訟においては多くの場合、元従業員の転職先企業も被告となっていることを鑑みると、少ない数かと思います。
営業秘密の被害企業にとっても、他の法人に対して刑事責任までも問うということは、心理的負担が大きいということでしょうか。

なお、検挙事件件数は近年20件前後のようですが、実際に報道されている件数は、この半分から1/3以下のように思えます。
このため、意識して報道を確認しないと、営業秘密の刑事事件について起きていることも知られないかもしれません。実際、弁理士であっても、営業秘密侵害が刑事事件になっていることを知らない人もいるようです。

しかしながら、営業秘密侵害事件の検挙件数は確実に増えており、その多くの人は普通に会社勤めをしていた人たちでしょうから、自身の人生を誤らないためにも、営業秘密の漏えいは刑事事件ともなり得る行為であることを全員が知るべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年4月3日金曜日

日本ペイントデータ流出事件(刑事事件)の地裁判決

以前から気になっていた事件である日本ペイントデータ流出事件の地裁判決がでました。
判決では、被告に対して懲役2年6月、執行猶予3年、罰金120万円の有罪判決でした。被告側は控訴するとのことですので、これで確定ではありません。


本事件は、日本ペイントの元執行役員が菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの塗料の原料や配合等を示す情報を持ち出し、菊水化学で開示・使用したとする事件です。日本ペイントはこの元執行役員を刑事告訴(2016年)し、菊水化学と元執行役員に対して民事訴訟を提起(2017年)しています。

この刑事事件では、被告である元執行役員は、無罪を争っていました。報道からは、おそらく秘密管理性、有用性、非公知性の全てを争っていたと思われます。また、菊水化学も被告側の立場にたっていたようです。民事訴訟でも争っているので、当然のことかと思います。


ここで、秘密管理性の有無については判断が比較的容易かと思われ、起訴されているのでこれを被告側が覆すことは難しいのではないかと思います。

一方、有用性と非公知性はどうでしょうか。これらは完全に技術論になるかと思います。
この点、毎日新聞の上記記事では裁判所が「特許公報や分析で原料や配合量を特定することは容易ではない」と判断したとあります。
また、同様に日経新聞の上記記事では「弁護側はこれまでの公判で、データが特許公報に記載されている公知の事実だったと主張。」や「検察側は「特許公報を読んでも具体的な配合の情報までは特定できない」と反論。」とあります。
被告は特許公報等によって有用性や非公知性を否定する主張を行ったようです。

ここで、営業秘密の刑事事件において、技術情報を営業秘密とした場合の有用性や非公知性を本格的に争った事件はこれ以外にないかもしれません。そういった意味でもこの判決には非常に興味があります。
果たして、裁判所の判断に民事事件とは異なる部分があるのか否か、また、被告側はどのような論理展開を行ったのか等、参考になることは多いかと思います。

特に、特許公報に基づいて被告側はその営業秘密性を否定しています。民事事件でも特許公報に基づいて営業秘密性を否定する主張はさほど多くはありません。

また、毎日新聞の記事では、「特許公報や分析」で原料や配合量を特定することは容易ではないとあります。この点に関して、日経新聞では裁判所の判断が多少詳細に「特許公報などから原料をすべて特定するには相当な労力と時間が必要」とのように記載されています。この日経新聞の記事からすると、被告は原告製品のリバースエンジニアリングによってその非公知性を否定したのかもしれません。もしそうだとすると、用いた分析方法についても被告側は主張しているはずです。

本事件の判決文が公開されれば被告側がどのような主張を行い、それに対して検察がどのような反論を行い、裁判所がどのように判断したかは判決文を見るまで詳細には分かりません。
刑事事件の判決文は、営業秘密侵害事件であっても公開されないものもあるようです。
しかしながら、本事件は今後も非常に参考になる判決であろうと思われますので、ぜひ公開されてほしいところです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年2月29日土曜日

パチンコ出玉情報漏えい事件

先日、パチンコチェーン店の元従業員がパチンコの出玉情報を不正に入手して4人の客に漏洩したとして、逮捕・略式起訴され罰金50万円となった刑事事件が報道されました。なお、4人の客は不起訴となっています。

・パチンコ出玉情報を客に教える 元店長に罰金50万円(日テレNEWS24)
・パチンコ出玉情報を客に教える 元店長に罰金50万円(北日本放送)
・ノースランド、パチスロ設定漏洩の元店長を懲戒解雇(P-WORLD)
・設定情報を不正取得、パチンコ店の元店長ら5人逮捕(チューリップテレビ)
・パチンコ情報、不正流出 容疑で元店長ら5人逮捕 県警 /富山(毎日新聞)

私はパチンコをやらないので出玉情報そのものを知らないのですが、出玉情報とは報道によると「高い確率で玉が出る配置図」とのことです。
確かに、その配置図を入手できればパチンコで勝つ可能性が高くなりそうであり、一般的には秘密にしたい情報だとも思えます。ただ、この出玉情報を公開しているパチンコ店もあるようです。公開の目的はやはり集客なのでしょう。

このような出玉情報は、有用性と非公知性は一般的に満たしていると思われ、罰金刑となっているので当然、当該出玉情報は秘密管理されていた情報となります。

そして、パチンコ店の店長であった元従業員は、サーバーへアクセスして出玉情報を取得したとのことです。元従業員は店長であったので当然、アクセス権限を有していたことでしょう。また、一部報道によると、元従業員は3年前から出玉情報を不正取得し、その被害額は数千万円にもなるようです。


ここで、本事件の教訓は、営業秘密性を満たした情報はそれを不正取得等された場合に法的措置をとることができるのであって、漏洩防止そのものには直結しないということです。
本事件は、パチンコ店の店長が情報漏洩を行っています。一般的に、店長は情報漏洩を防止する立場にいるはずです。しかしながら、このように所属企業の管理職が情報漏洩を行う場合が多々あります。であれば、企業は、そのようなことも想定して営業秘密管理をしないといけないのでしょう。

とはいえ、それは非常に難しいですよね。
店長が出玉情報を取得(確認)することは当然ですし、それを例えばプリントアウトすることもさほど不自然ではないでしょう。プリントアウト不可なら、人目を避けて出玉情報を表示している画面をカメラ撮影することもできるでしょう。
また、サーバーでアクセス管理したとしても、日常業務で出玉情報にアクセスするでしょうから不正検知に役立たないかもしれません。

本事件は、損害額が数千万円の可能性があるようですので、高確率に設定されているパチンコ台で不自然なほど多くの出玉数があり、それに企業側が気が付いて店長による情報漏洩に辿り着いたのではないでしょうか?

では、どうするべきだったのでしょうか?
パチンコ店におけるパチンコ台の管理や設定方法を私は理解していないので勝手な想像ですが、出玉情報を店舗で管理する必要があったのか?もし、かならずしも店舗で管理する必要がないのであれば、本部で管理することもできたのではないか?
店舗での管理が必要な場合には、出玉情報を閲覧する場合には必ず2人以上で閲覧するというルールを設ける、というようなことも考えられるのではないでしょうか?
しかしながら、このような管理は、作業効率が悪く非現実的かもしれません。

とはいえ、営業秘密が漏洩した場合における損害を考えた場合には、そのような管理も必要なのかもしれません。
このような実際の事件を検討することで、自社の営業秘密管理が果たして適切であるのかを見直すきっかけになると思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年2月15日土曜日

ソフトバンク事件の報道や本質的なことについて

ソフトバンクの機密情報が元従業員によってロシア側に漏洩された事件について、比較的大きく報道されていること、いわゆるスパイ事件の様相もあり、いくつか特集記事のようなものも掲載されています。

確かに、ソフトバンクの機密情報がロシアの外交官に漏洩していたという事件は、幾つもある機密情報の漏洩事件の中において、インパクトがある事件です。しかしながら、スパイ防止法といった法律のない日本において、この事件は不正競争防止法の営業秘密侵害罪であり、「ロシアに情報が漏洩」したことが犯罪とされたわけではありません。

本質的には、今まで幾つもあった営業秘密侵害事件と何ら変わりません。すなわち、漏洩された情報が秘密管理性、有用性、非公知性を有した営業秘密であって、不正の目的を持って開示等されたことを持って、事件化されたものです。
今回の事件を特集した記事において、この点を述べているものがほとんどないことが少々気になります

すなわち、今回の事件は、ソフトバンクから流出した情報に、営業秘密が含まれていたから事件化することが可能となったものです。この事件は、ソフトバンクが察知したのか、公安当局が察知したのかは分かりませんが、元従業員が営業秘密にアクセスし、その情報をロシア側に渡したことで逮捕に至ったものであり、もし、営業秘密とされない情報だけを漏洩させていたのであれば、事件化には至りません。


ここで、「営業秘密とされない情報」とは何でしょうか?上述の、秘密管理性、有用性、非公知性を満たさない情報です。そして、このブログを度々ご覧になられる方は分かるかと思いますが、そもそも特定されている情報です。情報が特定されていないと、当然、秘密管理もできませんし、有用性、非公知性の判断を客観的に行うこともできません。しかしながら、情報は特定されていなくても、従業員が記憶している断片的な情報として漏洩される可能性もあります。

このように、特定されていない情報、秘密管理されていない情報は、まず、営業秘密となり得ません。そのような情報に対して、従業員によって漏洩された、企業スパイだ、と訴えても、営業秘密侵害とは認められません。実際にそのように判断された裁判例は幾つもあります。
裏を返すと、営業秘密とされていない情報は、基本的には、誰でも自由に開示したり、使用したりすることができます。今回の事件も、もしかしたら、本来漏洩されたくない情報であったにもかかわらず、その情報が特定されていない、秘密管理から漏れていた等の理由により、事件化できなかったものもあったかもしれません。

なお、営業秘密でない情報の開示・使用を制限させたいならば、秘密保持義務を相手方に課す必要があります。それが就業規則であったり、他社との秘密保税契約であったりします。
しかしながら、秘密保持義務違反は、民事的責任を負わせることはできるものの、刑事的責任を負わせることはできません。また、その条項によっては秘密保持義務を課す情報の範囲が実質的に営業秘密とされる情報の範囲と同じになってしまい、あまり意味のないものとなる可能性もあり、秘密保持契約等で情報を守ろうとすることは相当の注意が必要です。

このように、もし自社から情報が漏洩したとしても、企業スパイというイメージだけで事件化はされません。どのような企業情報がその対象となるかを理解しないと、自社の情報を守ることはできません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2020年1月31日金曜日

ソフトバンクからロシアへの営業秘密流出事件

先週末に、ソフトバンクの元従業員がロシアの外交官へソフトバンクの営業秘密を漏えいしたとの報道がありました。この事件は、まさに国家によるスパイ事件の様相も相まって、大きく報道されたと思います。

とはいえ、ロシアという国家が絡んだ事件ですので、このブログで扱っているような企業から企業への営業秘密の漏えいとは少々異なるかとも思います。しかしながら、所謂スパイ防止法が日本にない現状において、不正競争防止法が実質的にスパイ防止法の代わりに機能している側面もあります。

具体的には、この事件のように、他の国家による情報の不正取得等が営業秘密の不正取得という形で刑事事件として扱われています。通常の営業秘密流出事件は各県警の生活安全課といった部署により扱われているものの、今回の事件は警視庁の公安部が取り扱っているように、根本的にその扱いが全く異なるのでしょう。

このような事例もあるように、営業秘密漏えいに関するセミナーでは、警察関係の方々が講演される場合もあります。
その中で、警察庁の外事課の方が講演されたこともありました。その方がいうには、中国、北朝鮮、ロシアは、日本の企業に対して情報取得を目的とした様々な動きを行うとのことです。このようなことは、ウィキペディアにも書かれていることもあり、ソフトバンクの事件は特段珍しいものでもないようです。

そして、上記3国は各々独自のやり方で企業やその従業員に近づき、情報を取得するようです。ロシアのやり方は、外交官がターゲットに近づき、最初は誰でも手に入れることが可能な情報を要求してその見返りを渡し、徐々に重要な情報(秘匿情報)を手に入れるというやり方のようです。中国は、女性を使ったやり方でしょうか?
また、国家との関係性がないことを装い、その国の大学からの研修生等の形で企業に入り込んでその企業の情報を取得するというやり方もあるようです。日本人はお人好しな側面もあり、そのような人に対して何の疑いもなく情報を与えるのでカモにされているとか。


さて、今回の事件では、一部報道によると基地局のマニュアルが持ち出されたとのことですが、おそらくロシアはこのようなマニュアルを本当に欲しいわけではないでしょう。逮捕から数日後にも元従業員とロシア側とが接触する予定であったとの報道もあります。もしかしたら、そのときに更に重要な情報が渡される予定だったかもしれません。

実際、ロシア側が本当に手にしたい情報は漏えいしていないのかもしれませんし、もしかしたら、既に重要な情報が漏えいしたのかもしれません。ですが、ロシア側がどのような情報を欲しているかは明らかにされないかもしれません。ソフトバンクほどの企業になれば、国防に絡むような業務を行っている可能性もあるでしょうし、ロシアが欲している情報は他国も欲している可能性があり、そのような情報をソフトバンクが保有していることすら、日本国としては知られたくないでしょう。

通常の会社員であれば、このような事件のように、他国との情報戦に巻き込まれることは想定し難いことかと思います。しかしながら、このような事件は表沙汰になっていないだけで、少なからず発生していると思われます。もしかしたら、今回はたまたま営業秘密の漏えいという形で刑事事件化が可能であったため、多くの人の知るところとなっただけかもしれません。

大きな企業になると、防衛関係の業務を行っているところも多くあります。
近年では、不正アクセスによって企業が保有する防衛関係の情報を取得しようとする行為も多発しているようです。
企業は、他の国家主導の不正な情報の取得を、営業秘密の漏えいという視点からも従業員に教育するべきかとも思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年12月13日金曜日

先日発生した営業秘密侵害事件(刑事事件)について

先日、典型的とでも言いましょうか、逆に未だにこんなことをする人がいるのかと思う事件(刑事事件)がありました。

その内容は、過去に勤務していた会社のサーバーに不正アクセス(ID、パスワードは勤務時のものを使用)して秘密情報を取得し、競合他社に購入を持ちかけたというものです。この競合他社の社長は、持ち出された会社にこの事実を連絡したことで事件が発覚したようです。

参考ニュース:

この事件に関して、参考にすることが幾つかあると思います。
(1)従業員にサーバーへのアクセス権限を与えるためにID、パスワードを通知することは一般的ですが、このID、パスワードを知っている従業員が退職した場合には、当該ID、パスワードを使用できないようにしましょう。
この程度のことは、手間を要することでも手間を惜しむことでもなく、当然に行われることであり、行っていなかった元勤務先にも驚きです。

また、このような形で不正アクセスを許す企業において、「秘密情報」とされる情報が果たして、「営業秘密」といえるように秘密管理されているかも疑問です。
今回の事件では元従業員が逮捕されているので、警察側も当該情報に対する秘密管理性を認めているのでしょうが、営業秘密侵害で逮捕されても不起訴という事例も多々あります。個々の事件における不起訴理由は分かりませんが、中には秘密管理性が不十分であった事例もあるかと思います。

また、元従業員は、自宅で作業するために自宅のパソコンに秘密情報を保存していたようです(不正アクセスした会社とは別の元勤務先の情報?)。この行為は、当該情報に対する秘密管理性が認められない理由の一つになり得ます。このような行為を許している企業は、要注意です。


(2)購入を持ちかけられた競合他社は、その事実を持ち出された会社に伝えたとのことです。これは、参考にするべき対応かと思います。
この競合他社が、もし、購入しなかったとしても、その後、元従業員の不正取得が明るみとなった場合には、有らぬ疑いをかけられる可能性もあります。また、元従業員から、秘密情報の一部でもサンプル的に一方的に送られてきた場合には、当該サンプルを使用したのではないかという疑いがかけられる可能性もあるでしょう。
このようなことを事前に防止するためにも、出所の怪しい情報を取得してしまった場合であって、その情報の保有企業が特定可能な場合には、当該保有企業に問い合わせるべきかと思います。

また、営業秘密の保有企業は、可能であれば、当該営業秘密に自身の会社名等を記載することで、当該営業秘密の保有者が誰であるかを第三者に分かるようにすることが好ましいかと思います。

本事件からは、上記のようなことを考えさせられるのですが、この様な事件が生じることが未だ情報の不正取得等が、刑事罰の対象ともなり得る犯罪行為であるとの周知が十分ではないのかなとも思います。それとも、犯罪行為であることを十分に知った上での行為でしょうか。
いずれにせよ、企業がとり得る対策は、秘密情報の不正取得や不正開示は犯罪行為であることを十分に従業員に対して教育することと、可能な限りのセキュリティ対策は行うことかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年9月7日土曜日

営業秘密侵害の刑事告訴 不起訴処分2件

先日、営業秘密侵害として刑事告訴されていた2つの事件について、不起訴処分となったことが報道されていました。

一つは、日経新聞社の社員の賃金データと読者情報を元社員が漏洩した事件(日経新聞社内情報漏えい事件)であり、もう一つは、M&Aの交渉先に顧客情報を無断でコピーされたという事件(M&A顧客情報流出事件)です。

過去のブログ記事
日経新聞社、社員の賃金データと読者情報の漏えいで元社員を刑事告訴(日経新聞社内情報漏えい事件)
営業秘密の不正取得を上司から指示された事件(M&A顧客情報流出事件)

不起訴の理由は詳しくはわかりませんが、共に不正の目的がなかったというもののようです。
ここで、営業秘密の漏洩について刑事的責任を問うためには「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的」が要件となっています(不正競争防止法第21条)。
すなわち、不正の目的等がない場合には、たとえ、営業秘密を許可なく持ち出す等しても、刑事罰は受けません。

日経新聞社内情報漏洩事件では、元社員は違法なサービス残業を告発するために全社員の賃金データを漏洩させたと主張していました。一方で、理由はわかりませんが、34万人分の読者情報も持ち出したようです。賃金データも読者情報もおそらく営業秘密であると認められる情報でしょう。
しかしながら、内部告発のための持ち出しであれば、不正の目的とは認められません。元社員によるこの主張が認められ、不起訴となったのでしょうか。
とはいえ、なぜ読者情報も持ち出したのでしょう?結局のところ、この読者情報の持ち出しも不正の目的が認められなかったということでしょうか。


一方、M&A顧客情報流出事件では、顧客情報の保有企業はM&Aの交渉先に対して、社内でのコピーも禁止するように約束したうえで、顧客情報(紙媒体)を開示しています。このため、当該顧客情報は営業秘密に該当するでしょう。しかしながら、M&Aの交渉先ではこの約束を守らずに社内で当該顧客情報をコピーしたようです。
しかしながら、これは不正の目的でないとされたようです。社内でのコピーに留まっただけであり、M&A交渉先が新たな顧客獲得等のためには使用しなかったためでしょうか?

この2つの事件は、刑事事件での不起訴ということであり、民事事件では判断が異なる可能性もあります。
日経新聞社内情報漏洩事件では、元社員が社員の賃金データや読者情報へのアクセス権限等を有していなかったら、不正競争防止法2条1項4号違反となります。
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不正競争防止法2条1項4号
窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為(以下「営業秘密不正取得行為」という。)又は営業秘密不正取得行為により取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為(秘密を保持しつつ特定の者に示すことを含む。次号から第九号まで、第十九条第一項第六号、第二十一条及び附則第四条第一号において同じ。)
---------------------------
4号では不正の目的は要件とされておらず、読者情報は内部告発とは関係ないでしょうから、日経新聞社が望むのであれば、元社員に対して少なくとも読者情報の開示や使用の差し止めについては認められる可能性があるかと思います。

一方で、M&A顧客情報流出事件についてはどうでしょうか?
この事件では、M&Aの交渉先は、顧客情報の保有企業 から正当に顧客情報の開示を受けています。そのため、不正享保防止法2条1項7号違反が考えられます。
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不正競争防止法2条1項7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
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しかしながら、この7号には上記のように「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的」がその要件に含まれています。

本事件は、不正の目的が認められないと検察が判断しています。刑事事件と民事事件とでこの不正の目的の判断基準が全く同じではないかもしれませんが、民事訴訟でも不正の目的が認められない可能性も考えられます。
そうすると、M&Aの交渉先が社内での利用に留まるのであれば、差し止め請求は認められないということになるのでしょうか。
それとも、不正の目的が推定されるとして、差し止め請求が認められるのでしょうか?

ちなみに、不正競争防止法第3条では差し止めを以下のように定義しています。
---------------------------
不正競争防止法3条 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
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すなわち、本事件では、M&Aの交渉先が「侵害するおそれがある者」と裁判所において判断されれば、差し止めは認められるのではないでしょうか?


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年6月27日木曜日

続報のない営業秘密侵害事件

営業秘密侵害事件(民事事件や刑事事件)は多く報道されますが、続報がない事件もあります。
訴訟や公判が進行しているものの、報道がないために知ることができないのか、訴訟や公判が全く進行していないのか?和解又は不起訴になったために、報道されることもなく終結しているのか?
民事事件は、判決が出ているものに関しては、判例データベースで検索すると結果を知ることができますが、刑事事件は基本的には報道でしかわかりません。

今回はそのような事件のうち、日本ペイントデータ流出事件を取り上げます。
この事件は、刑事事件と民事事件、両方で争われています。

参考:過去の営業秘密流出事件

本事件は、日本ペイントの元執行役員が菊水化学へ転職する際に、日本ペイントの営業秘密を持ち出し、菊水化学で開示・使用したとする事件であす。日本ペイントはこの元執行役員を刑事告訴(2016年)し、菊水化学と元執行役員に対して民事訴訟を提起(2017年)しています。
刑事事件としては、第1回公判が2018年12月に開かれ、被告である元日本ペイントの役員は、持ち出した情報は営業秘密に該当しないとして無罪を主張しているようです。

この事件は初公判から半年経過しますが、その後の公判がどのようになっているか報道もなく不明です。なお、被告は、持ち出した情報は特許公報等に記載されている内容であるため、非公知性がないと主張しているようなので、持ち出した情報が非公知性を満たしているかの判断に時間を要しているのでしょうか?
もし、そうだとすると、刑事事件において純粋な技術論(塗料に関する技術)が交わされることになるかと思うのですが、果たしてどうなるのでしょうか?


一方、民事事件についても、特に報道はありません。刑事事件の結果待ちでしょうか?
民事事件では、刑事事件の証拠資料を用いることも可能なようですので、刑事事件で被告が有罪となった場合には民事事件でも原告が有利になるでしょう。

ところで、菊水化学は日本ペイントの営業秘密の不正使用を否定しているもの、報道によると「事件を受け、菊水化学は住宅向け塗料など一部製品については昨年3月から販売を中止している。」(Sankei Biz 2017.7.15「日本ペイントが菊水化学を提訴」)とあります。

このことは、営業秘密の流入リスクを端的に表しています。
すなわち、自社への転職者が前職企業の営業秘密を持ち込んだ場合、当該営業秘密を使用した製品を自社で製造販売すると、前職企業から営業秘密の不正使用との疑いをかけられた場合に、当該製品の製造販売を中止する必要性に迫られる可能性があります。

多くの企業は、自社の営業秘密が他社に流出することを危惧しますが、このように他社の営業秘密が自社に流入するリスクも危惧する必要があります。

なお、もう一件、今後の経緯が非常に気になる刑事事件があるのですが、それはまた次の機会に。

弁理士による営業秘密関連情報の発信