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2019年1月18日金曜日

ー判例紹介ー 技術的に特徴のないプログラムの営業秘密性

技術的に特徴のないプログラム(ソースコード)は、営業秘密として認められるのでしょうか?
すなわち技術的に特徴のないソースコードは、既知のソースコードの組み合わせであり、非公知性や有用性がないと解釈できるかもしれません。

このようなことに対して判断が行われた裁判例として、Full Function事件(大阪地裁平成25年7月16日 平成23年(ワ)第8221号)があります。
この事件は、原告の元従業員であった被告P1及び被告P2が原告の営業秘密である本件ソースコード等を被告会社に対し開示し、被告会社が製造するソフトウェアの開発に使用等したと原告が主張した事件です。
この事件において、原告が開発して販売しているソフトウェア(原告ソフトウェア)は、原告が購入したエコー・システム社の販売管理ソフトウェアであって、ソースコードを開示して販売される「エコー・システム」に原告独自に機能を追加して顧客に応じてカスタマイズをしたものであり、開発環境及び実行環境としてマジックソフトウェア・ジャパン社のdbMagic(以下「dbMagic」という。)を使用するものであす。そして、dbMagicで使用可能な原告ソフトウェアのソースコードが、原告が営業秘密であると主張している本件ソースコードです。

このような事実のうえで原告は、本件ソースコードの非公知性に対して次のように主張しました。
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(ア)公知情報の組合せであっても,当該組合せが知られておらず,財産的価値を有する場合は,非公知性がある。
(イ)本件ソースコードは,市販のエコー・システム(甲22)のソースコードを基に作られているが,以下のとおり,非公知性がある。
a 原告ソフトウェアは,エコー・システムにはない生産管理に関する機能等も有するなどエコー・システムよりも機能が追加されている。本件ソースコードのうち,上記追加機能に対応する部分は,それ自体非公知である。
b また,本件ソースコードは,エコー・システムのソースコードを長期間にわたりカスタマイズしたもので,全体が非公知である。
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一方、被告は「本件ソースコードは,エコー・システムのソースコードを基に,顧客に応じてカスタマイズされたものである。」として非公知性がないことを主張しました。


これに対して裁判所は「一般に,このようなシステムにおいては,個々のデータ項目,そのレイアウト,処理手順等の設計事項は,その対象とする企業の業務フローや,公知の会計上の準則等に依拠して決定されるものであるから,機能や処理手順に,製品毎の顕著な差が生ずるものとは考えられない。そして,機能や仕様が共通する以上,実装についても,そのソフトウェアでしか実現していない特殊な機能ないし特徴的な処理であれば格別,そうでない一般的な実装の形態は当業者にとって周知であるものが多く,表現の幅にも限りがあると解されるから,おのずと似通うものとならざるを得ないと考えられる。原告自身も,原告ソフトウェアに他社製品にないような特有の機能ないし利点があることを格別主張立証していない。」とのように述べており、原告ソースコードの非公知性が低いような心証であることをうかがわせています。
しかしながら、これに続いて裁判所は「イ そうすると,原告主張の本件ソースコードが秘密管理性を有するとしても,その非公知性が肯定され,営業秘密として保護される対象となるのは,現実のコードそのものに限られるというべきである。ウ そうすると,本件ソースコードは,上記趣旨及び限度において,営業秘密該当性を肯定すべきものである。」とのように判断し、原告主張の本件ソースコードの非公知性を肯定しました。
これは原告による「本件ソースコードは,・・・全体が非公知である。」との主張を認めたものと思われます。
このように、複数の公知のコードが組み合わされたソースコードであっても、全体として公知でなければ、営業秘密としての非公知性は認められると考えられます。

では、このような全体として非公知であるとして営業秘密性が認められたソースコードに対する不正使用の範囲はどのようなものでしょうか。
本事件において、被告による不正使用について原告は「ア 被告P2は,被告ソフトウェアの開発に当たって,本件ソースコード(プログラミングの設定画面)を参照し,原告ソフトウェアのテーブル定義,パラメータの設定,そこで行われているプログラムの処理等の仕様書記載情報を読み取り,当該情報を基に,被告ムーブの担当者にVB2008によるプログラミングを指示して,被告ソフトウェアを開発した。」と主張しました。

しかしながら裁判所は、「本件において営業秘密として保護されるのは,本件ソースコードそれ自体であるから,例えば,これをそのまま複製した場合や,異なる環境に移植する場合に逐一翻訳したような場合などが「使用」に該当するものというべきである。原告が主張する使用とは,ソースコードの記述そのものとは異なる抽象化,一般化された情報の使用をいうものにすぎず,不正競争防止法2条1項7号にいう「使用」には該当しないと言わざるを得ない。」とのように判断し、被告による不正使用については認めませんでした。
このように、全体として非公知であるとして営業秘密性が認められたソースコードに対する不正使用の範囲は非常に狭く、具体的には「そのまま複製した場合や,異なる環境に移植する場合に逐一翻訳したような場合」に限られると解されます。このような不正使用の範囲はプログラムに対する著作権侵害と同様の範囲とも考えられます。

すなわち、ソースコードを営業秘密として管理するにあたり、当該ソースコードの技術的な特徴の有無を判断し、当該ソースコードの不正使用の範囲がどの程度となり得るのかも理解することが望ましいと思われます。また、ソースコードに技術的な特徴があるのであれば、当該ソースコードのアルゴリズムも営業秘密として管理するべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2019年1月10日木曜日

ー判例紹介ー 他社のミスにより得たプログラムを使用したら営業秘密侵害?

他社のミスにより得た他社のプログラムを使用したら営業秘密侵害となる可能性はあるのでしょうか?このような判断がなされた裁判があります。
この事件は、大阪地裁平成28年11月22日判決の貸金返還請求事件(事件番号平成25年(ワ)第11642号)です。

本事件は、原告会社が被告会社に対し、消費貸借契約に基づく貸金返還請求権として、元金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める一方、被告会社は、原告会社が被告会社の営業秘密であるソフトウェア(被告作成ソフト)を取得し使用するなどの不正競争をしたと主張したものです。このため、通常の営業秘密侵害事件とは異なり、被告会社が営業秘密保有企業です。

まず、本事件における営業秘密侵害に関連する経緯は、訴外会社が宮城県警から請け負ったシステム開発を原告会社が下請けし、原告会社が被告会社に対してソフトウェアの開発の依頼を予定し、被告会社は原告会社からこの発注を受ける前提で被告作成ソフトの開発を行っていました。
しかしながら、被告会社は、納入するソフトウェアのソースコードの開示と著作権の譲渡を原告会社から求められたため、被告会社は原告会社からのソフトウェア開発を受注しないとの決定をしました。

ところが、被告会社の従業員は、原告会社から貸与されたパソコン上に被告作成ソフトのファイルを残したまま、パソコンを原告会社に返却したようです。
そして、原告会社は、この被告作成ソフトを使用して、受注したシステムを開発しました。


ここで、被告会社の従業員が原告会社のパソコン上に被告作成ソフトのファイルを残していた事実は、被告作成ソフトの秘密管理性又は非公知性が否定される可能性が考えられます。

しかしながら、これに対して裁判所は「原告会社のパソコンに被告作成ソフトが残されていたのは,被告会社の何らかの過失によるとしか考えようがないから,被告会社が積極的に開示しようとしたものではない以上,上記のような一回限りの出来事をもって,被告作成ソフトの秘密管理性に影響を及ぼすものとはいえない。」とのように判断しました。
このように裁判所は、原告会社のパソコンに被告作成ソフトが残されていたという過失は重要視しませんでした。

一方で裁判所は「そもそもソフトウェアのソースコードは,一般に非公開とされている」ことを前提とすると共に、被告作成ソフトのソースコードの開示と著作権の譲渡が原告会社から求められたために、被告会社が原告会社からの受注を断るという経緯を重要視し、「上記経緯に照らし,被告作成ソフトのソースコードを原告らのみならず第三者が知る手段を持っていなかったことも明らかであるから,被告作成ソフトは非公知であり,秘密として管理されていたものといえる。」と判断しました。その結果、原告企業による被告作成ソフトの不正使用が認められました。

このように本事件では、被告作成ソフトに対する秘密管理意思を被告会社は原告会社に対して直接的に示していないものの、その経緯から秘密管理意思を認めています。

この事件のように、他社の意図に沿わない形で自社が入手した当該他社の情報、すなわち他社から流入した情報(営業秘密)を使用することには相当な注意が必要です。
このため、他社の情報を入手した場合は、その入手経緯を十分に確認する必要があります。
例えば、Eメールの誤送信によって入手する可能性もあるでしょう。この判決に沿って考えると、Eメールの誤送信によって入手した営業秘密であっても、送信先企業における秘密管理意思が伺い知れるにもかかわらず、送信先企業の許可なく使用すると営業秘密侵害となる可能性があります。

ちなみに、原告会社は「被告作成ソフトは,宮城県警で行われた平成24年9月28日のデモンストレーションの際は何とか起動したものの,Web化されておらず,多数の問題点を指摘された。その後改修を加えて平成25年1月に何とか納入したものの,同年3月から5月にかけても改修し続けたが,結局完成させることができなかった」とも主張し、有用性を否定しました。これが事実であれば、原告会社は、訴訟までに至った被告作成ソフトの使用にはメリットがなかったのかもしれません。しかしながら、このようなことにかかわらず、原告会社の行為は営業秘密の不正使用と認定されました。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年11月14日水曜日

ー判例紹介ー 被告の記憶に残る顧客情報の不正使用を認めた裁判例

被告の記憶に残る原告の顧客情報の不正使用を認めた裁判例を紹介します。
これは、大阪地裁平成30年3月15日判決(平27(ワ)11753号)です。

この事件は、採尿器具を販売している会社である原告が、原告の元代表取締役である被告P1及び被告P1が関与して採尿器具の販売を始めた被告旭電機化成株式会社に対し、原告の顧客情報の不正使用等に基づいて当該顧客情報を使用した営業活動の差し止め・損害賠償請求等を求めたものです。
なお、被告P1は、原告の設立当初からその代表取締役の地位にありましたが、平成25年2月の株主総会で退任しています。

そして、本事件において、裁判所は原告主張の顧客情報に対する秘密管理性、有用性、非公知性を認め、裁判所は被告による当該顧客情報の不正使用等の判断を行いました。

ここで、原告は、原告の得意先番号82及び207、得意先番号3及びその販売先である得意先番号3-1、得意先番号45、得意先番号239及び245-4への営業活動が被告P1による顧客情報の不正使用によるものであると主張しました。
これに対して被告は、原告の代表取締役を退任するに際し,原告の顧客情報が記録された記憶媒体又はこれを印字した紙媒体を持ち出しておらず、尿検査を実施している病院等や医療器具卸業者等をインターネットでピックアップした上で顧客獲得のために網羅的な営業活動を行っており、原告の顧客情報を使用して営業活動をしたわけではない、と主張しています。


そして、裁判所は顧客情報の使用についてまず以下のように示しています。
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被告P1は原告の代表取締役であり,自ら営業も担当していたから,少なくとも主要な顧客についての情報の概要は記憶していたと推認される。そして,被告P1との関係では,このような記憶情報についても秘密管理性があると認められることは前記のとおりであり,また,それらの情報は,被告P1が原告の業務を遂行する過程で接したものであるから,原告から「示された」ものであると認めるのが相当である。したがって,被告P1が,記憶中の原告の顧客情報を不正目的で開示し,又は使用した場合には,営業秘密の不正開示・不正使用を構成するというべきである。しかし同時に,被告P1が,原告の顧客との様々な関係から,原告の顧客であることを離れた個人的な情報としても当該顧客の情報を保有している場合があり得るのであって,そのような個人的な情報を使用した場合まで,営業秘密の不正開示・不正使用ということはできない。また,被告らが原告の顧客に対して営業活動をしたとしても,網羅的な営業方法の結果,その対象者の中に原告の顧客が含まれていたにすぎない場合には,やはり営業秘密の不正開示・不正使用ということはできない。
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上記のように、裁判所は顧客情報の不正使用の判断基準として以下の①~③のことを示していると解されます。
①記憶の中の顧客情報も当該顧客情報が営業秘密であれば、それを不正目的で開示、使用した場合は不競法違反になる。
②原告の顧客であることを離れた個人的な情報として当該顧客の情報を保有している場合には、このような個人的な情報の使用は不競法違反とならない。
③網羅的な営業方法の結果、その中に原告の顧客が含まれていたにすぎない場合は、不競法違反とはならない。

そして裁判所は、被告P1による原告の顧客情報が記録された記憶媒体又はこれを印字した紙媒体を不正開示ないし不正使用したとは認められないとしたものの、被告P1の記憶に残る原告の顧客情報の開示及び使用の可能性について判断を行っています。
具体的に裁判所は「被告らが営業対象としたと原告が主張する個々の顧客ごとに,被告P1の記憶に残る原告の顧客情報を開示及び使用したことによるものであるといえるのか,そうではなく,被告らが主張するような網羅的な営業活動の結果によるものであるとか,被告P1と原告の従前の顧客との間の個人的な関係等によるものであるなどといえるのかを個別に判断する必要がある。」とし、被告による営業活動に対して原告の顧客情報の不正使用があったか否かを、被告の営業先毎に個別に判断しています。

なお、原告は、被告による顧客情報の不正使用として、原告製品であるピー・ポールⅡの使用や販売を把握した上で被告が顧客に対して営業活動を行っていたと主張しています。
従って裁判所は、原告の商品であるピー・ポールⅡを使用していることを把握せずに、被告が営業活動を行った営業先に対しては、網羅的な営業活動又は個人的な繋がりによる営業活動であり、原告の顧客情報を使用していない営業活動であると判断しています。
この結果、裁判所は、得意先番号82及び207について原告の顧客名簿に関する不正開示行為及び不正使用行為に該当すると認めました。

このように、本判決は、被告の記憶に残る営業秘密である顧客情報の不正使用を認めたものです。
記憶に残る営業秘密の不正使用はその立証が非常に困難かと思います。しかし、本判決では、被告との個人的な繋がりによる顧客の情報、網羅的な営業活動によりたまたま混入した顧客の情報を原告主張の営業秘密の不正使用から排除し、そのうえで残った顧客の情報を原告の営業秘密の不正使用であるとした裁判所が判断したものであり、そのアプローチが非常に面白いものだと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年10月14日日曜日

ー判例紹介ー 営業情報に係る営業秘密の帰属

前回のブログでは技術情報に係る営業秘密の帰属を争った判例を紹介しました。

今回は、営業情報に係る営業秘密の帰属を争った判例の紹介です。
この判決は医薬品顧客情報流出事件(大阪地裁平成30年3月5日判決)であり、今年の3月になされたものであり、地裁判決とは言え最近の判決なので参考になるかと思います。

本事件では、被告ら3名(明星薬品を退職して八光薬品を設立及び入社)は、自らが顧客情報を集積していたのであって、明星薬品を退職するまで明星薬品とともに被告ら3名も顧客情報の保有者であったと主張しました。

この主張に対して、裁判所の判断は、以下のようなものであり、当該顧客情報は被告らに帰属せず、明星薬品に帰属していたと判断しています。
・被告ら3名は、明星薬品の従業員として稼働していた者であり、明星薬品の営業として顧客を開拓し、医薬品等の販売を行うことによって明星薬品から給与を得ていた。被告ら3名が営業部員として集めた情報は、明星薬品に報告され、明星薬品の事務員がデータ入力して一括管理していた。
・実際に顧客を開拓し、顧客情報を集積したのは被告ら3名であっても、それは、被告ら3名が明星薬品の従業員としての立場で、明星薬品の手足として行っていたものにすぎないから、被告ら3名が集積した顧客情報は、明星薬品に帰属すべきといえる。


ここで、「営業秘密-逐条解説 改正不正競争防止法」(1990年) には、営業秘密の帰属についての判断基準の例として下記(1)~(3)等の要因を勘案しながら判断することが示されています。
(1)企画、発案したのは誰か
(2)営業秘密作成の際の資金、資材の提供者は誰か
(3)営業秘密作成の際の当該従業員の貢献度

すなわち、本事件では裁判所は、被告三人が顧客情報を集積したことを認めたものの、顧客情報に関して従業員の貢献度(上記(3))を勘案せず、上記(1),(2)に相当すると考えられる事実を勘案してその帰属を判断したと解されます。

このように、営業情報については、たとえ、その作成にあたり従業員の貢献度が高かったとしても、当該営業情報は従業員に帰属するとは認められにくく、その帰属は会社に帰属すると判断されやすいとも思われます。
一方で、技術情報に係る営業秘密については、前回のブログで紹介した判決では、「被告が一人で考案した技術情報は当該被告に帰属」するとの判断がされる可能性を示唆しているとも思われます。

このように、技術情報と営業情報とでは、たとえ当該情報を作成した従業員の貢献度が高くても、その帰属に対する判断が異なる可能性があるかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年10月8日月曜日

ー判例紹介ー 技術情報に係る営業秘密の帰属

営業秘密も特許を出願する権利等のように帰属の問題があります。
しかしながら、帰属について争った民事訴訟の判例も少なく判然としないところがあります。
また、営業秘密の帰属について認識が薄い企業も多いのではないでしょうか。

参過去ブログ記事:
 営業秘密の帰属について「疑問点」  
 営業秘密の帰属について「示された」とは?

ここで、技術情報に係る営業秘密の帰属について、一応の裁判所の判断を示した判例を紹介します。この判決では、当該営業秘密は企業に帰属すると判断されています。

この判例は、フッ素樹脂ライニング事件(大阪地裁平成10年12月22日判決)です。営業秘密の判例としては、古い部類に入るものかと思いますが、営業秘密の帰属を理解するにあたり参考になるかと思います。

まず、本事件では、被告A(個人)び被告B(個人)は、原告会社を退職した後に、被告会社の取締役に就任しました。被告会社らは、本件ノウハウに秘密性が認められたとしても、本件ノウハウは被告Bが一人で考案し、実用化したものであるから、その権利は被告Bに帰属すると主張しました。


これに対し、裁判所の判断は次のようなものです。
本件ノウハウの確立等に当たって被告Bの役割が大きかったとしても、それは原告会社における業務の一環としてなされたものであり、しかも、同被告が一人で考案したものとまで認めるに足りる証拠はないから、本件ノウハウ自体は原告会社に帰属するものというべきであり、被告B個人に帰属するものとは認められない。

ここで、裁判所は「同被告が一人で考案したものとまで認めるに足りる証拠はない」と認定していますが、この認定は、裏を返せば、本件ノウハウが被告一人で考案した証拠があれば、本件ノウハウは被告に帰属する可能性を示唆しているとも思われます。
その場合、被告が本件ノウハウを社外に持ち出しても、被告に関しては不競法違反にならない可能性も考えられます。

この判例を考慮すると、少なくとも発明に関しては創出の貢献度の高い従業員に対して、契約によりその帰属を従業員から所属企業に移転させることが必要です。
企業によっては、既に、特許を受ける権利の移転と共に、営業秘密の帰属の移転も就業規則やその他の規則で定めているところもあるかと思いますが、今一度帰属の移転を定めているか否かの確認は必要でしょう。

また、帰属を移転しただけでは、秘密管理性は認められません。そのため、当該従業員に対して、秘密保持契約を交わす等により、その発明に対する秘密管理意思を当該従業員に明確に認識させる必要がります。

なお、契約によって帰属を移転したとしても、当該従業員が当該営業秘密を不正に持ち出しても不競法違反にはならずに、秘密保持契約違反の責任のみを負うと判断される可能性もあります。しかしながら、この従業員を経由して取得した当該営業秘密を使用した他社等は、不競法違反(二条1項八、九号違反)の責任を負うことになります。

今後、人材の流動性はますます高まることは確実です。企業は、営業秘密に対して理解を深め、万が一を考慮した対策を取る必要があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年9月19日水曜日

ー判例紹介ー 生春巻き製造機事件 事業協力期待先へのノウハウ開示

今回紹介する裁判例は、生春巻き製造機事件(知財高裁平成30年11月2日判決平成30年(ネ)第1317号 大阪地裁平成30年4月24日判決平成29年(ワ)第1443号)です。

本事件の被告会社は、取引先(訴外)から生春巻きを製造するよう求められました。そこで、被告会社は、原告会社に対して生春巻きの製造工場の見学を依頼しました。
これを受け、原告会社は、生春巻きの製造工程を見学させ、製造方法を説明し、工場内の写真撮影も許可しました。

その後、原告会社は、被告会社が九州における原告会社の協力工場として取引をすることに向けての話を進めようとしましたが、被告会社は、原告会社の提案する内容での契約に応じませんでした。被告会社はその後、直ちに取引先の求めで生春巻きを製造することをしませんでしたが、しばらく後に、生春巻きを製造し、関西圏の大手スーパーに卸しました。

本事件において原告会社は、生春巻きを大量に安定的に生産するためライン上で全工程を行うとともに、通常は水で戻すライスペーパーを、状況に応じた適切な温度の湯で戻すという生春巻きの製造方法が営業秘密であり、当該営業秘密を被告会社が不正取得等した主張しています。


これに対して、裁判所は以下のように判断し、その営業秘密性を否定しました。


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原告は,被告が協力工場となることを見学の条件とし,被告がこれを承諾したように主張するが,原告代表者の陳述書には,工場見学前に協力工場になることの条件を承諾した旨の記載がないだけでなく、「私はもうすっかり協力工場になってくれるものと信じていました。」との記載があり,結局,協力工場になることが確定的でない状態で原告工場の見学をさせたことを自認する内容になっている。なお,その後,被告代表者は,協力工場となることに対して積極的方向で回答をしたことは優に認められるが,それをもって事業者間での法的拘束力のある合意と評価できない。
〔1〕見学で得られる技術情報について秘密管理に関する合意は原告と被告間でなされなかったばかりか,原告代表者からその旨の求めもなされなかったこと,〔2〕原告のウェブサイトには,原告工場内で商品を生産している状況を説明している写真が掲載されており,その中には生春巻きをラインで製造している様子が分かる写真も含まれている。原告において,その主張に係る営業秘密の管理が十分なされていなかったことが推認できる。
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すなわち、裁判所は上記〔1〕,〔2〕に基づいて原告が開示したノウハウの秘密管理性を否定しています。また、〔2〕に関しては非公知性も失われていることを示しています。

この判例は、原告会社が流通若しくは新市場におけるイノベーションを他社に求めた結果生じたことといえるでしょう。また、原告会社は被告会社に対してオープンイノベーションを期待したとも考えられます。

本判例のように自社のノウハウを他社に開示する場合、下記のことが重要です。
(1)協力関係の可能性を見極めてから自社ノウハウを開示。
(2)他社に自社ノウハウを開示する場合には確実に秘密保持契約を締結。

上記(1),(2)は言うまでもなく、当たり前のことかとも思われます。
しかしながら、提携期待先に対して前のめりになりすぎると、秘密保持契約を締結することなく必要以上にノウハウを開示する可能性が考えらえます。
また、ノウハウ開示は一人でも可能であり、権限を持っている立場の人物が行うことができます。すなわち、ノウハウ秘匿に対する認識が低い人物が、不適切に他社にノウハウ開示を行ってしまえば、取り返しのつかないことになりえます。

また、本判例からは、以下のことも秘密管理には重要であることを示唆しています。
(3)自社のノウハウ開示状態の把握、開示状態は適正か?
現在、自社のノウハウはホームページ等で簡単に開示できます。これは自社の技術力をアピールするうえで重要な起業活動でしょう。しかしながら、一体どのような情報を何時どこで開示しているかを正確に認識しなければなりません。
これができていれば、ノウハウを開示しているにもかかわらず当該ノウハウは営業秘密であると誤った主張に基づく訴訟を回避できるはずです。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年9月9日日曜日

ー判例紹介ー 営業秘密管理として最低限行うべき秘密管理

今回紹介する裁判例は、平成30年2月26日知財高裁判決(知的財産高等裁判所平成29年(ネ)第10007号、原審・東京地方裁判所立川支部平成26年(ワ)第1519号)です。

本事件の被控訴人(一審原告)は、ケーブルテレビ関連機器の開発、製造・販売等を目的とする株式会社であり、控訴人(一審被告)は、平成25年6月21日に設立されたケーブルテレビ関連機器の製造・販売等を目的とする株式会社です。

被控訴人における営業部部長Aが被控訴人在職中に控訴人を設立し、Aが控訴人の代表取締役に、被控訴人における営業部課長であったBが控訴人の取締役に、それぞれ就任しています。AとBは,被控訴人を退職しています。
また、Cは被控訴人において、取締役として商品開発業務を行っていましたが、被控訴人の退職後に控訴人に入社しています。Dは、被控訴人におけるソフトウェア開発の責任者として商品開発業務を行っていたが、被控訴人を定年退職した後に業務委託社員として被控訴人で勤務していました。

なお、A、B及びCが被控訴人に在籍していた当時、被控訴人は役員以下15名程度の小規模会社でした。

そして、本事件において被控訴人(一審原告)は、原告PCソースコード・原告マイコンソースコード・原告回路図データ・原告部品リストデータ・原告基板データ(以下「本件情報」といいます。)が営業秘密である主張しています。

一審判決では、本件情報は全て不競法2条6項所定の営業秘密に該当し、被告人は故意又は重過失により本件情報の不正開示を受け、これらを用いて被告製品を製造・販売したとして,被告製品の製造・販売の差止請求及び廃棄請求が認容されています。
そして、二審判決でも、被控訴人(一審原告)が勝訴(請求の一部認容)しています。



本事件は、営業秘密における秘密管理性について参考になる近時の判決であると思います。

具体的には、この本件情報の秘密管理性について知財高裁は下記の〔1〕~〔5〕を認め、「本件情報については,被控訴人の従業員において被控訴人の秘密情報であると認識していたものであるとともに,秘密として管理していることを十分に認識し得る措置が講じられていたと認められるから,秘密管理性が認められる。」とのように判断しています。

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〔1〕被控訴人は,平成22年7月1日に就業規則を制定し,従業員に秘密保持義務を課していた。
〔2〕被控訴人は,前身の丸栄電機時代の平成21年3月13日に情報セキュリティ管理の国際規格であるISO27001の要求事項に適合していると認証され,適合性審査を毎年更新しており,ISO規格の内部監査員養成セミナーを受けたシステム管理責任者らにより,従業員に対し,一般情報セキュリティ教育を行っていた。
〔3〕被控訴人の資産台帳上,機器制御ソフトウェア,部品リストデータ,基板データ,回路図データは,公開レベル「秘密」と区分されていた。
〔4〕被控訴人の社内ファイルサーバ内のデータのうち,アクセスを制限するものは,「会社資料S」,「仕様書原本S」,「開発技術S」,「栄幸電子S」,「営業部S」の5つのフォルダに分けられ,それぞれアクセスできる従業員を限定した上で,個々の従業員が特定の端末から,ユーザー名とパスワードを入力しなければアクセスできないように管理されていた。
〔5〕本件情報のうち,原告部品リストデータは「栄幸電子S」フォルダに保管され,原告PCソースコードや原告マイコンソースコード,原告回路図データ,原告基板データは,「開発技術S」に保管されていた。
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この知財高裁の判断は、技術情報の秘密管理を行う重要な知見かと思います。
すなわち、上記〔1〕~〔5〕を満たすような秘密管理措置を行えば、営業秘密としての秘密管理性が満たされる可能性が高いと考えられます。
ただ、〔2〕のようなISO27001の認証を得ることは手間等を考えると難しいかもしれませんが、従業員に対するセキュリティ教育は行うべきでしょう。

すなわち、秘密管理措置としては以下のことを最低限行うべきかと思います。
<1> 就業規則で従業員に対する秘密保持義務を課す(上記〔1〕)
<2> 従業員に対するセキュリティ教育(上記〔2〕)
<3> データに対する管理区分の設定(上記〔3〕)
<4> サーバに対するアクセス制限(上記〔4〕,〔5〕)

多くの企業は、実際に上記<1>~<4>について既に実施している可能性が高いと思います。
しかしながら、企業が秘密とすべき全ての情報が特に<3>,<4>を満たすように管理されているでしょうか。もし、当該情報が<3>,<4>の管理から漏れていると、それは秘密管理されているとは認められない可能性も考えられます。
裁判所は情報毎に秘密管理措置を判断するため、たとえ他の情報が<3>,<4>を満たすように管理されているとしても、そうでない情報は秘密管理されていると裁判所は判断しない可能性があります。
このため、企業は秘密とすべき情報を正しく認識し、これに対するアクセス管理を確実に行う必要があるでしょう。これは口で言うことは簡単ですが、実際には企業規模が大きくなるほど、様々な情報が膨大に存在するため、それらの情報を精査しアクセス管理を行うことは難しいことだと思います。

また、本事件の原告は15名程度の小規模の企業であることに留意する必要があるかと思います。すなわち、小規模の企業でもこのような秘密管理措置を行っているのです。そうであれば、このような秘密管理措置を行っていない中規模・大規模の企業においては、秘密管理性はなおのこと認められにくいのではないでしょうか。


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年8月20日月曜日

営業秘密の民事訴訟は生々しい

今回は営業秘密に関するものの、さほどかたい話ではありません。

営業秘密に関する訴訟も知財に関する訴訟といえるでしょう。
ここで、知財に関する訴訟といえば、特許侵害訴訟当です。
特許侵害訴訟であれば、その構成要素を全て充足する製品を被告が製造等しているか?といったように主に技術論になり、ドロドロした感じはほとんどありません。
まあ、裏側には被告企業のことが気に入らない、というような原告側の気持ちもあるかと思いますが、判決文からは読み取れません。

一方、営業秘密に関しては、判決文を読んでいてもドロドロ感があります。

例えば、顧客情報に関するものであれば、元従業員や元役員等であった退職者が被告になる場合が多いのですが、中には原告の無理筋ではないかと思われる訴訟もあり、原告の気持ちが何となく伝わります。
要するに、“自社の顧客を持っていかれて気に入らない。だから何とか訴えられないか?”という気持ちでしょうか。
元がこんな感じ(私の想像ですが)であるため、営業秘密の特定も不十分な場合もあり、複数の訴訟の中には裁判所が「原告の主張する営業秘密が何であるのか特定できないため、秘密管理性、有用性、非公知性の判断ができない。」とのように判断され、棄却となる例もあります。


また、営業秘密の訴訟では、個人が被告に含まれる場合が多いので、その被告と原告企業との関係が細かく判決文に記載されています。例えば、被告が原告企業にいつ入社し、どのような業務に従事し、いつ退職し、どこに転職したかというようにです。
被告が複数人存在すれば被告毎にそれが記載され、被告間の関係も記載されていたりします。

例えば、ある訴訟では人間関係の複雑さを感じさせるものがありました。
それは、Aが同僚のBに自身と共に転職を促し、かつ営業秘密の持ち出しを企てたものの、Aは結局転職せずBのみが転職し、在職していた企業から訴えられたというものもありました。Bにとってみたら、納得しがたいものがあるでしょう。

さらに生々しさのある訴訟としては、競合他社へ転職した元従業員を被告とした訴訟において、転職先企業と被告との関係を示すものとして、被告が転職後に乗り換えた自家用車、具体的には被告がステップワゴンで妻がフィットであったものを、妻の名義でレガシーワゴンと中古のメルセデスベンツに買い替えたとの事実認定がされたものがありました。確かに転職後に自家用車のグレードが明らかにアップしています。
これは、転職企業から被告へ与えた利益を示すものとして、原告が調べたのでしょう。原告は、被告が競合他社に転職すること、しかも自社の営業秘密を持ち出していることに気が付いていたので、被告を解雇しています。そして、被告の行動を可能な限り調べたのでしょう。

このように、営業秘密関連の訴訟は特許侵害訴訟等とは少々異なる“色”もあり、まさに民事訴訟という感じでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年8月5日日曜日

中国における営業秘密の流出

JETROの最近の記事(2018年6月26日)で「営業秘密の流出が多発、管理体制の整備を(中国)」というものがありました。
この記事では、営業秘密を保護するための措置として、(1)物理的管理体制(2)人的管理体制の整備、(3)(技術情報の場合)先使用権(後述)立証のための証拠保全、が必要であると述べられています。
詳細は上記記事をご覧ください。

ところで中国では、特許出願件数は日本の数倍、知財関連の訴訟の数も日本とは比較にならないほど多くいようです。
中国の技術レベルや特許出願のレベルは低いという考えをお持ちの方もいるようですが、決してそのようなことは無いと思います。中国の技術開発能力は現在発展中であり、玉石混合でしょう。
現に中国には、世界的な企業も多数あり、当然、高度な技術開発もなされています。
そして、知財に関しては、上記のように日本とは比較になら倍ほどの特許出願件数や訴訟件数があります。すなわち、中国は、日本の数十倍の速さで知財関連の経験を積んでおり、早晩特許においても日本を脅かす存在になることは確実視されています。


このような中国の現状において、当然、営業秘密の漏えいに関する事件等も多いかと思います。

ここで、中国における情報の秘匿については、現状では日本とは考え方が大きく異なる可能性があります。
例えば、日本の裁判例ですが、平成30年1月15日知財高裁判決の光配向装置事件において、被控訴人(一審の被告)は次のように主張しています。
-------------------------------------------------------
当時,一般的に,中国や台湾のメーカーから,競業他社の仕様書などを示されることは特に珍しいことではなかったことや,被控訴人においても,競業他社に知られたくないノウハウなど営業秘密として保護すべき情報はなるべく文書に記載しないようにしていたことからも,被控訴人は,本件各文書には重要な秘密情報は記載されていると認識しなかった。
-------------------------------------------------------
上記の当時とは、平成27年頃のことのようであり、特段過去のことではありません。
なお本事件は、控訴人の主張は認められず棄却となっています。

参考過去ブログ
他社が秘密としている技術情報を入手した場合について(不競法2条1項8号)

上記裁判例における「一般的に,中国や台湾のメーカーから,競業他社の仕様書などを示されることは特に珍しいことではなかった」との被控訴人の主張は、本事件で裁判所が特段言及しなかったものの、日本と中国や台湾との商慣習が異なるという点で留意すべきことかと思います。すなわち、秘密情報の取り扱いに対する意識が日本と他国とでは異なる可能性があるということです。

私はある企業の方から「中国では中国共産党がメール等を監視しているため秘密を守ろうとすることに対する意識が低い」ということも聞いたことがあります。
従って、他国で自社の営業秘密を開示する場合は、その国の商慣習も理解したうえで、開示する必要があるかと思います。
情報を秘密にするという意識が低い国では、営業秘密の開示は相当に注意する方が良いでしょうし、可能な限り開示しないという方針を取った方が良いでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年7月19日木曜日

ー判例紹介ー ストロープワッフル事件 その2 ビジネスモデルを営業秘密とすること

前回の「-判例紹介- ストロープワッフル事件 その1」の続きです。
今回の記事は少々長いと思われる方もいらっしょあるかもしれませんが、この裁判例は「知的財産とは何か?」そのようなことを考えさせられる判例かと思われます。

この事件(東京地裁平成25年3月25日判決)において、原告は「被告らにおいて,オランダの伝統菓子であるストロープワッフルに関して原告らの考案したビジネスモデル等の営業上のノウハウを無断で使用して上記ワッフルの販売等をし,これにより原告らに損害を与えた」と主張しています。
確かに、前回のブログでも経緯を記載したように、被告は原告のビジネスモデルを参考にしてストロープワッフルの実演販売を開始したと思われます。


今回のブログでは本事件における裁判所の判断を具体的に説明します。

上記原告の主張に対して裁判所は、原告会社が提案したビジネスモデルに対して一定の独自性を認めました。
そのうえで、裁判所は「本件ノウハウ等については,被告らとの関係において,原告らの主張するようなビジネスモデル等としての権利性を認めることはできない。」と判断しています。


具体的には、裁判所はまず「原告らの主張するビジネスモデルは,オランダで昔から受け継がれているストロープワッフルの屋台,店頭での製造販売方法であること,オランダ本場のストロープワッフルを焼きたてで提供するという販売形態自体も,平成21年4月当時,既に神戸在住のオランダ人が店舗を構えて行っていたことがうかがわれるところであって,生地,シロップ等の原材料の取扱方法,使用量等についても,オランダにおける伝統的な製法に基づくものといわざるを得ないものであり,」とのように本件ノウハウの非公知性を否定しています。


裁判所はこれに続いて「また,被告P2及び被告P3が,平成21年8月頃,オランダに現地調査に行った際にも,一定のノウハウを習得していることが認められる。」とのように認定し、「そうすると,オランダで一般的に行われている製造・販売方法について,日本において事業として展開することに一定の独自性があるとしても,ビジネスとしてのアイデアの域を超えるものではなく,それ自体が類似の製造・販売方法を実施することを許さないような形態のものであるとはいい難い。」と判断しています。


さらに裁判所は「原告らは,被告P2及び被告P3との提携のための協議を打ち切った後,他の会社等との間でストロープワッフルの実演販売についての協議を行ったものの,合意に至って事業が展開されるには至らなかったことが認められるところであり,被告P2も原告らのビジネスモデルについて,実現可能性に疑問を呈していること(乙3,被告P2本人)などに照らすと,ビジネスモデルとして有効性があると認めるに足りないといわざるを得ず,本件ノウハウ等に従うことによって均質な製造販売と収益性のある店舗の開設及び運営が可能となるとする原告らの主張も採用することができない。」と判断しています。

この裁判所の判断は、営業秘密の有用性の判断に該当するかと思われます。そして、この裁判所の判断で興味深いところは、上記下線のように“原告主張の本件ノウハウはビジネスモデルとして有効ではない”と認定しているところです。
営業秘密の有用性の判断(本事件では本件ノウハウを営業秘密とは明言していません。)として、このように“ビジネスとしての成否”を基準とした判断は多くないと思われます。

このように、裁判所は、原告主張の本件ノウハウについて一定の独自性を認めましたが、有用性及び非公知性は認めていないと解されます。
すなわち、本件ノウハウは独自なものではあるが、知的財産として保護するには相当ではないと判断していると思われます。
これは知的財産を考えるうえで、重要なことでしょう。「独自のアイデア≠保護価値のあるもの」ではないということです。
「独自のアイデア=保護価値のあるもの」とするためには、独自のアイデアにさらに“何か”を付加しなければなりません。その判断基準が不正競争防止法の営業秘密では有用性及び非公知性であり、特許では新規性及び進歩性になります。

ちなみに、特許においてもビジネスでの成功は進歩性の判断に影響を及ぼします。
具体的には、特許・実用新案審査基準の第2節進歩性の末尾に以下の基準が記載されているように、商業的成功を進歩性を肯定する事情としています。


―――――――――――――――――――――
審査官は、商業的成功、長い間その実現が望まれていたこと等の事情を、進歩性が肯定される方向に働く事情があることを推認するのに役立つ二次的な指標として参酌することができる。ただし、審査官は、出願人の主張、立証 により、この事情が請求項に係る発明の技術的特徴に基づくものであり、販売技術、宣伝等、それ以外の原因に基づくものではないとの心証を得た場合に限って、この参酌をすることができる。
―――――――――――――――――――――

さらに、原告会社は、被告会社等との間で本件ノウハウ等に関する秘密保持の合意が成立したとも主張しました。
これに対して裁判所は「原告P1が,プランタン銀座との交渉において,プランタン銀座の担当者に対して本件機密保持同意書を交付し,原告会社が提案した情報はいずれも原告会社の機密情報であり,原告会社の同意なく使用してはならないこと等を説明したこと,その際,被告P2及び被告P3も同席していたことが認められるものの,原告P1が,被告アチムないし被告P3,被告P2との協議の中で,同被告らに対して本件機密保持同意書を交付ないし説明したことや,同被告らがこれを了承したことを認めるに足りる証拠はなく,原告会社と同被告らとの間で,上記合意が成立したと認めることはできない。」と判断し、原告が主張する被告との秘密保持の合意、すなわち秘密管理性も否定しました。

ここで、重要と思われることは、取引において秘密保持はその対象者と確実に合意しなければならないということです。
確かに被告は、プランタン銀座の担当者と原告との間で交わされた秘密保持合意の場に同席したのであるから、被告も本件ノウハウに対する原告の秘密管理意思を認識し得たとも考えられます。
一方で、原告はプランタン銀座との間で秘密保持合意を行ったにもかかわらず、被告との間では秘密保持合意を行いませんでした。そうすると、原告は、被告に対しては本件ノウハウを秘密とする意思はなかったとも考えられます。
このような曖昧な状態を回避するためにも、秘密保持契約はその対象者との間で確実に行う必要があります。

以上のように、本事件はビジネスモデルを営業秘密管理する場合における秘密管理性、有用性、非公知性の判断について色々参考になる事件かと思います。

なお、このようなビジネスモデルを特許等で守ることができないかを弁理士としては考えたいところです。
しかしながら、製造方法については裁判所が「生地,シロップ等の原材料の取扱方法,使用量等についても,オランダにおける伝統的な製法に基づくものといわざるを得ない」と判断しています。このことから、当該製造方法は特許でいうところの新規性・進歩性が無いと考えられ、製造方法の特許化は難しいと考えられます。

そうすると、ストロープワッフルの実演販売に用いるマークを作り、当該マークを商標登録することでブランドとして当該ビジネスを守ることも検討する余地があるかと思います。しかしながら、そもそも本事件では判決文を読む限り、原告のビジネスモデルが有効でないようですので、ブランド化云々以前の問題であるとも思えます。

思うに、原告はストロープワッフルの実演販売に係るビジネスモデルを被告に開示したタイミングが早すぎたのではないでしょうか?
どの様な経緯で原告と被告とがビジネス提携契約の交渉に至ったのか不明ですが、原告はストロープワッフルの実演販売に係るビジネスモデルを構築し、当該ビジネスモデルにある程度の目途が立った時点で被告と交渉し、秘密保持契約を締結するべきだったのではないかと思います。
それにより、例え被告が当該ビジネスモデルと同様の事業を勝手に行ったとしても、当該ビジネスモデルが営業秘密として認められた可能性があったのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年7月12日木曜日

ー判例紹介ー ストロープワッフル事件 その1 ビジネスモデルを営業秘密とすること

今回はビジネスモデルに関する営業秘密の判例について紹介します。

この事件は、東京地裁平成25年3月25日判決の事件であり、原告は「被告らにおいて,オランダの伝統菓子であるストロープワッフルに関して原告らの考案したビジネスモデル等の営業上のノウハウを無断で使用して上記ワッフルの販売等をし,これにより原告らに損害を与えた」と主張したものです。

この事件は、上述のように新規なビジネスモデルを他者に開示したことによって生じた事件であり、この他者が当該ビジネスモデルと同様のビジネスを始めました。
このような事件は、多々ありそうな事件であり、また、どのような理由でどのような判決となるのか興味深いものだと思います。

事件の経緯は大まかには下記のとおりです。
①原告会社は、オランダの伝統的な焼き菓子であるストロープワッフル(薄地の2枚のワッフルの間にシロップを挟んだもの)を日本で販売することを企画。
②原告会社は、平成21年3月25日、被告会社Aとの間でフランチャイズシステムにより、ストロープワッフルの実演販売等を行う店舗を展開することを内容とするスイーツビジネス提携契約(以下「本件契約」という。)に関する協議を開始。
③原告会社は、同年7月6日、被告会社Aに対して本件契約に関する協議を終了する旨通知。
④被告会社O(平成21年8月20日設立)は、同年9月頃、株式会社Iとの間でストロープワッフルの販売に関する契約を締結。同年9月30日から同年11月3日まで、株式会社Iの新宿本店にストロープワッフルの実演販売を行う店舗を設置してその販売を行った。その後、被告Oは、ストロープワッフルの実演販売を行う店舗を設置してその販売を行った。

被告会社Oは、オランダのスイーツ輸入、製造、販売等を目的として、被告会社Aの代表取締役であった被告P3が代表取締役となって設立した会社です。

上記①から④の経緯からすると、被告会社は原告会社のストロープワッフルに関する本件ノウハウを知ったうえで、ストロープワッフルの製造販売を開始したと考えられます。
これは、原告にとってみると本件ノウハウの不正使用であると考えても当然かと思います。


ここで、裁判所の判断について先に結論を書きます。
なお、本事件は、原告も本事件のノウハウを営業秘密と明言していないせいか、裁判所も営業秘密の3要件(秘密管理性、有用性、非公知性)とは明示して判断を行っていませんが、実質的には3要件の判断をしていると思われます。

まず、裁判所は、原告会社が提案したビジネスモデルに対して一定の独自性を認めました。

しかし、裁判所は「ビジネスとしてのアイデアの域を超えるものではなく、それ自体が類似の製造・販売方法を実施することを許さないような形態のものであるとはいい難い」と判断しました。これは営業秘密でいうところの非公知性又は有用性の判断かと思われます。

また、裁判所は、被告の主張等を勘案して、ビジネスモデルとして有効性があると認めるに足りないと判断しています。これは営業秘密でいうところの有用性の判断かと思われます。

さらに、原告会社は、平成21年3月頃から、被告会社A、被告P2及び被告P3に対し、日本での事業展開に必要なストロープワッフルに関する全ての情報を説明し、その際に機密情報を開示し、使用を試み,利益を享受しないことに同意する旨の機密保持同意書(以下「本件機密保持同意書」という。)を示したと主張しました。
これに対し裁判所は、原告会社と被告会社A等との間における機密保持の同意についても認めませんでした。これは営業秘密でいうところの秘密管理性の判断かと思います。

このように、原告会社の主張はすべて認められなかったのですが、裁判所におけるこれらの判断は営業秘密と判断されるビジネスモデルを営業秘密として管理するにあたり基準となり得るものかもしれません。
裁判所の判断の具体的な内容は次回に。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年6月28日木曜日

ー判例紹介ー 営業秘密を裁判で開示する場合に留意すること

営業秘密に関する訴訟において、その訴訟の過程で営業秘密を開示する可能性が高いかと思います。その場合に留意すべきことがあります。
それは「閲覧制限」です。
裁判の判決文は公にされますので、敢えて言うまでもなく当然かと思いますが。

参考過去ブログ:-判例紹介- 被告の営業秘密を裁判の証拠資料に用いること

では、営業秘密に関する訴訟において当該営業秘密に対して閲覧制限を行わなかったらどのような弊害があるのでしょうか?
そのようなことを示した判例が存在します。
それは、東京地裁平成27年8月27日判決の二重打刻鍵事件です。


本判決では、裁判所は原告が主張する鍵情報の秘密管理性を下記のような理由で認めませんでした。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
原告が,平成26年7月30日に本件訴訟を提起した後,口頭弁論の終結日(平成27年5月28日)に至るまで,本件鍵情報と同一内容が記載された訴状別紙「営業秘密目録」記載1につき,民事訴訟法92条1項2号に基づく閲覧等制限の申立てさえせず,その結果,約10か月間にわたって,本件鍵情報が何人も自由に閲覧できる状態に置かれていたこと(同法91条1項参照)も併せ考慮すれば,本件鍵情報に営業秘密性(非公知性,秘密管理性)があると認めることはできない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――

このように、裁判において原告が主張する営業秘密に対して閲覧制限を行わないと、それをもって裁判所が当該営業秘密の秘密管理性や非公知性を認めない可能性があります。
すなわち、原告の裁判手続き如何によっては、原告が営業秘密であると主張する情報の秘密管理性等が認められなくなる場合を示しており、そういった意味で本判決は重要な判決とも思われます。

しかし、営業秘密にこ対して閲覧制限を行うことは、説明するまでもなく当然のことだと思うのですが、なぜこの原告は閲覧制限を行わなかったのでしょうか?
少々不思議です。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年6月11日月曜日

ー判例紹介ー 被告の営業秘密を裁判の証拠資料に用いること

被告の営業秘密を裁判の証拠資料に用いることの是非が裁判所で判断された件がいくつかあります。 過去にもこのブログでそのような判例を紹介したことがあります。 

参考過去ブログ:営業秘密を裁判の証拠資料とすることは”使用”にあたるのか? 

ここで、このような判断がされた別の裁判例を紹介します。
これは、東京地裁平成26年6月20日判決の職務発明対価請求事件です。 事件名のように、「被告の従業員であった原告が,被告に在籍中,被告の業務範囲に属し,かつ原告の職務に属する「選択信号方式の設定方式」に関する発明をし,これの特許を受ける権利を被告に承継させたとして,被告に対し,平成16年法律第79号による改正前の特許法(以下,単に「法」という。)35条3項に基づく相当の対価の一部として,5億円及びこれに対する催告の日の翌日である平成22年5月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める」という事案です。

本事件において被告は、下記のように主張しています(下線は筆者が付したものです。)。
―――――――――――――――――――――――――――
(1)原告が提出した書証のうち,甲6の1ないし3(中略)は,いずれも違法収集証拠であるから,証拠の排除を求める。
(2)上記各書証はいずれも,被告が社内でその原本を秘密情報として管理している文書(以下「本件社内文書」という。)の写しであり,原告が被告在職中に入手したものである。原告は,被告の就業規則(31条:退職者の責任,33条:機密漏洩の禁止)及び企業秘密管理規定(22条:退職・退任時の文書の取付け)などに基づき,被告が秘密裡に管理する文書についての社外への持出し,記載内容の開示,漏洩を禁じられていた。また,原告は,退職に当たり秘密保持誓約書に署名押印し,かつ,業務上作成した文書等を会社に返還した旨の退職者チェックリストを提出した。したがって,原告は,本件社内文書の記載内容について法律上秘密保持義務を負っており,かつ本件社内文書の写しを在職中社外に持ち出すことができず,退職時には被告に対し返還する法律上の義務を負担しているのである。
 よって,上記各書証は,原告がそれを所持し提出することが適法であって,上記義務に反しないことを証明しない限り,違法に所持し又は収集された証拠に当たるから,証拠能力を有しないというべきである。
(3)また,被告は営業秘密を厳重に管理し,従業員に対して秘密保持義務を何重にもわたって課し,退職時にも書類を返還済みであるとの誓約書を提出させて,営業秘密管理の実効性を担保しているにもかかわらず,原告は,書類を全て返還済みであるとの誓約書を提出するという詐術により被告を錯誤に陥れてこれらの書類の返還を免れて社外に持ち出したのであり,このような行為は不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項4号にいう不正競争に該当し,また,証拠収集の方法として社会的に見て相当性を欠くことは明らかである。原告がこのような不当な行為により社外に持ち出した営業秘密に係る文書を,職務発明対価請求のためという大義名分の下,自己の利益を図るために使用する行為は違法であり,不競法において営業秘密の保護が規定されている趣旨を没却する。
―――――――――――――――――――――――――――


これに対して裁判所は、「原告が被告の社内規則や自らの被告に対する書面による明示的な誓約に反して,本件社内文書を被告から持ち出し,あるいは被告に返還せずに,退職後も所持していることは,原告が,被告の従業員として労働契約又は信義則によって負担する,被告に対する法律上及び契約上の義務に違反するものであることは明らかというべきである。」とのように、原告による本件社内文書の所持は被告に対する法律上及び契約上の義務に違反することを認めています。

しかしながら、さらに裁判所は以下のように判断し、被告による証拠排除の申し立てを認めませんでした。
―――――――――――――――――――――――――――
(3)しかしながら,民事訴訟においては,証拠能力の制限に関する一般的な規定は存在せず,訴訟手続を通じた実体的真実の発見及びそれに基づく私権の実現も民事訴訟の重要な目的というべきであるから,訴訟において当事者が提出する証拠が,当事者間の訴訟外の権利義務関係の下で法律上,契約上若しくは信義則上の義務に違反して入手されたものといい得るとしても,それゆえにその訴訟上の証拠能力が直ちに否定されるべきものであるとはいえず,当該証拠が著しく反社会的な手段を用いて採取されたものであるなど,それを民事訴訟において証拠として用いることが民事訴訟の目的や訴訟上の信義則(民訴法2条参照)に照らして許容し得ないような事情がある場合に限って,当該証拠の証拠能力が否定されると解するのが相当である。
 本件においては,上記のとおり,原告が本件社内文書を持ち出して,退職後も所持していることは,法律上及び契約上の義務に違反するものであって,被告に対する背信行為というべきものであるが,他方で,本件社内文書は,いずれも原告が被告における自己の業務に関連して接することができ,その業務の過程で入手し得たものと考えられること,それら本件社内文書が不競法2条6項に規定する「営業秘密」の成立要件を充たす文書であるか否かは必ずしも明らかでなく,また,原告は上記社内文書を法律上正当な権利の行使である職務発明対価請求訴訟の書証として利用しているにすぎないこと,本件社内文書のような使用者側の保有する特許権のライセンス契約等に関する社内文書は,職務発明対価請求訴訟において,一般的に請求の基礎となる事実関係の解明に重要な書類であり,職務発明対価請求訴訟は,本来企業と従業員若しくは元従業員との間の訴訟であるから,上記のような社内文書においても,閲覧制限の申し立てをし,当事者間で秘密保持契約を締結したりするなどすれば,上記社内文書が不用意に外部に流出することはないにもかかわらず,本件において,被告は上記社内文書等を書証として提出することを拒んでいること,以上の事情をも考慮すると,原告が被告在職中に入手した本件社内文書を本件訴訟において自己の有利な証拠として用いることは,いまだ著しく反社会的なものであるとまで断じることはできず,民事訴訟の目的や訴訟上の信義則に照らしても全く許容し得ないものとまでいうことはできない。
 よって,原告が提出した本件社内文書に係る書証につき証拠能力がないと断ずることはできず,したがって,被告の証拠排除の申立ては理由がない。
―――――――――――――――――――――――――――

このように本判例からは、被告の営業秘密であってとしても、原告が法律上正当な権利の行使である訴訟の書証として利用しするにすぎない場合には、当該書証は証拠能力を有しており、たとえ被告が証拠排除の申し立てをしても認められないと考えられます。
また、自社の営業秘密が訴訟の書証とされる被告側は、必ず当該営業秘密に対して閲覧制限の申し立てを行う必要があります。もし、閲覧制限の申し立てを行わないと当該営業秘密は裁判の証拠として開示されたことをもって、非公知性を失っていると判断される可能性が高いと考えられます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年5月24日木曜日

「当該業界の一般的な理解」というのは秘密管理性の主張となり得るのか?

どんな業界にも「暗黙の了解」というものはあるかと思います。
営業秘密でいうと「特に秘密保持契約はしないけど、この業界においてはこの情報は外部に漏らしたらいけないよ」というような感じでしょうか。
果たして、これは営業秘密でいうところの秘密管理措置として認められるのでしょうか?

ここで、2つの判例を挙げます。
一つは、婦人靴木型事件(東京地裁平成29年2月9日判決)です。
本事件は、被告企業A(被告には原告の元従業員含む)が原告から預かっていた婦人靴の木型(本件オリジナル木型)を持ち出し、不正に開示してものであり、原告は取締役二名、従業員三,四名の小規模な会社です。

本判決において裁判所は、木型の管理体制として以下の点を認定し、その秘密管理性を認めています。
〔1〕従業員から,原告に関する一切の「機密」について漏洩しない旨の誓約書を徴するとともに,就業規則で「会社の営業秘密その他の機密情報を本来の目的以外に利用し,又は他に漏らし,あるいは私的に利用しないこと」や「許可なく職務以外の目的で会社の情報等を使用しないこと」を定めていた。
〔2〕コンフォートシューズの木型を取り扱う業界においては,本件オリジナル木型及びそのマスター木型のような木型が生命線ともいうべき重要な価値を有することが認識されており,本件オリジナル木型と同様の設計情報が化体されたマスター木型については,中田靴木型に保管させて厳重に管理されていた 。
〔3〕原告においては,通常,マスター木型や本件オリジナル木型について従業員が取り扱えないようにされていた 。

ここで、上記〔2〕で「コンフォートシューズの木型を取り扱う業界においては,本件オリジナル木型及びそのマスター木型のような木型が生命線ともいうべき重要な価値を有することが認識されており」とのように認定しているように、裁判所は、当該業界の一般的な理解というようなものを、その秘密管理性の認定の中で認めているようです。


もう一つの判決は、金型技術情報事件(知財高裁平成27年5月27日判決)です。
本事件は、被告が原告に対して金型の発注をする意思がないのに、このことを秘して「タンクローリーの量産化に当たり,良い商品を作るための金型製作について相談したい。」と電話を掛け、打合せや電子メールによる質問、打ち合わせ報告書の提出を求めるなどして原告から技術情報を取得し、これを他の企業に開示したとして、原告が被告に対して不正競争防止法2条1項4号に基づき損害賠償の請求等を行ったものです。
上記のように原告が主張すると詐欺事件のようにも思えますが、単なる営業活動の失敗であり、営業先に対して不必要に技術情報を開示したらそれを使用されてしまったということでしょうか。

本判決において裁判所は、以下のような理由から原告が営業秘密であると主張する情報の秘密管理性を否定しています。
「控訴人は,他の顧客との間で秘密保持契約を締結しているとしてその契約書(甲15の1,2)を提出する。しかし,これらは,いずれも他の顧客との間のものであり,被控訴人との関係におけるものではないし,本件において控訴人が営業秘密に該当すると主張する技術情報に関する契約であるかどうかも判然としない・・・。また,控訴人代表者作成の陳述書(甲16)にも,控訴人の取引する業界では,お互いにそれぞれの有する技術ノウハウを尊重しており,契約の成約時に秘密保持契約を締結していること,成約までの過程で技術資料の交換を行うことはあるが,その際,いちいち秘密保持契約を締結するわけにはいかないため,成約時に契約すること,その間は当事者同士が互いに秘密を守ってきていることが記載されているにとどまっている。上記陳述書の記載は,本件において,控訴人が被控訴人に開示した技術情報について,これに接する者が営業秘密であることが認識できるような措置を講じていたとか,これに接する者を限定していたなど,上記情報が具体的に秘密として管理されている実体があることを裏付けるものではない。

上記下線部で示される部分から、原告(控訴人)は「原告の取引業界では技術情報の交換を行った場合には契約していなくても秘密保持するものである」と主張していると思われますが、裁判所は原告と被告(被控訴人)との間では秘密管理の実体が無いとして秘密管理性を認めませんでした。

この2つの判例における裁判所の判断は相違するとも思われます。しかしながら、原告の情報の開示先が従業員と取引先とで異なるためにこの相違する結果となったとも考えられます。
先の判例は情報の開示先が従業員であり、また従業員数も2,3名と少ないために共通認識を認め易かったのかもしれません。一方、後の判例は情報の開示先が取引先であるため、共通認識を認め難いとも考えられます。

では、営業先に自社の秘密情報を開示する場合にはどうするべきなのか?
やはり、秘密保持契約を締結することでしょう。
秘密保持契約が締結できない関係であるならば、情報の小出しではないでしょうか。
例えば、最初に当該技術情報の効果のみを伝え、興味を示したら当該技術の上位概念を伝え、受注の可能性が高くなれば秘密保持契約を締結したうえでの技術情報の開示でしょうか。
なお、これを行ってもらうためには、営業部の方々に技術情報の秘匿の重要性を十分に理解してもらう必要があるかと思います。

また、秘密保持契約の締結が相当に困難な営業先であるならば、特許出願を行うべきでしょう。
特許出願を行うことによって、開示した技術を使用された場合には特許権侵害による責任を負わせることができます。営業時には当然、特許出願又は特許権の取得を相手方に伝えるべきでしょう。


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年4月26日木曜日

ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合の秘密管理性その3

技術情報を営業秘密(不正競争防止法2条6項)とした場合において秘密管理性が認められた判例のうち、特徴的なものを紹介しています。

過去のブログ記事
ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合の秘密管理性その1
ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合の秘密管理性その2

今回は、顧客に納品済みのソフトウェアの秘密管理性を認めたFull Functionソフトウェア事件(大阪地裁平成25年7月16日判決)を紹介します。
なお、本判決では原告が営業秘密であると主張する本件ソースコードの秘密管理性を肯定しているものの「原告の、被告らが本件ソースコードを開示、使用して不正競争行為を行ったとする主張は、理由がない。」として原告の請求は全て棄却されています。

本判決では、裁判所が「原告は、原告ソフトウェアを顧客に納品する際、ソースコード、データベースともに非公開を原則とし、データベース領域のみ、秘密保持契約を前提に、開示に応じていた。また、原告ソフトウェアのバージョン8までは、客先で開発環境を起動する際のパスワード設定の扱いは区々であったが、バージョン9以降、原則として開発環境には顧客には開示しないパスワードによる起動の制御を行っていた。」とのようにまず事実認定をしました。


裁判所は、このように事実認定をしたうえで「一般に、商用ソフトウェアにおいては、コンパイルした実行形式のみを配布したり、ソースコードを顧客の稼働環境に納品しても、これを開示しない措置をとったりすることが多く、原告も、少なくとも原告ソフトウェアのバージョン9以降について、このような措置をとっていたものと認められる。そうして、このような販売形態を取っているソフトウェアの開発においては、通常、開発者にとって、ソースコードは営業秘密に該当すると認識されていると考えられる。前記1に認定したところによれば、本件ソースコードの管理は必ずしも厳密であったとはいえないが、このようなソフトウェア開発に携わる者の一般的理解として、本件ソースコードを正当な理由なく第三者に開示してはならないことは当然に認識していたものと考えられるから、本件ソースコードについて、その秘密管理性を一応肯定することができる。」(下線は筆者による)とのように、本件ソースコードの秘密管理性を認めました。

本判決では「原告は、原告ソフトウェアを顧客に納品する際、ソースコード、データベースともに非公開を原則とし、データベース領域のみ、秘密保持契約を前提に、開示に応じていた。」と認定しましたが、実際には原告と被告との間で秘密保持契約が結ばれていたようではなく、裁判所は、その業界における一般的理解によって、被告がソースコードを正当な理由なく第三者に開示してはならないことを認識していたと考えられることを重視し、本件ソースコードの秘密管理性を認めたと考えられます。

一方、本判決では「もっとも、肯定できる部分は、少なくともバージョン9以降のものであるところ、原告はそのような特定はしていないし、また、ソフトウェアのバージョンアップは、前のバージョンを前提にされることも多いから、厳密には、秘密管理性が維持されていなかった以前のバージョンの影響も本来考慮されなければならない。」とも述べています。

このことから、本判決では、過去に秘密管理されていないと認められるバージョンのソフトウェアに関する部分に対しては、バージョンアップしたソフトウェアに対して秘密管理措置を行ったとしても秘密管理性は認められないと考えられます。

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2018年4月20日金曜日

ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合の秘密管理性その2

技術情報を営業秘密(不正競争防止法2条6項)とした場合において秘密管理性が認められた判例のうち、特徴的なものを紹介しています。

過去のブログ記事
ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合の秘密管理性その1

今回は、コエンザイムQ10である本件生産菌が営業秘密である原告が主張した生産菌製造ノウハウ事件(東京地裁平成22年4月28日判決 平成18年(ワ)第29160号)です。

本事件では、被告は「コエンザイムQ10研究者以外の原告の従業員であっても、本件生産菌Aに容易に触れる機会があり、また、本件生産菌Aが保管されている冷凍庫に内容物が秘密であることの表示がないことなどから、それが秘密であることを認識できる状況にはなく、本件生産菌Aは秘密として管理されているとはいえない」と主張しました。

しかしながら、裁判所は「前記ア(オ)で認定した本件生産菌Aの管理状況からすれば、大仁医薬工場の従業員以外の者が、本件生産菌Aにアクセスすることは考え難く、他方、同工場の従業員であれば、上記のような表示の有無にかかわらず、本件生産菌Aが原告の秘密であることを認識し得たというべきである。」とのように本件生産菌Aに対する原告の秘密管理性を認めました。
この「ア(オ)で認定した本件生産菌Aの管理状況」とは以下に示すa~eのようなものです。


a 本件生産菌Aの種菌は、平成16年3月までは、大仁医薬工場の品質管理棟1階フリーザー室にある施錠可能な冷凍庫に保管され、同年4月以降は,同工場の共同第2ビル1階発酵研究室実験室奥の通路及び移植室内にあるいずれも施錠可能な2台の冷凍庫に保管されている。

b 平成16年3月までの保管場所であった品質管理棟1階フリーザー室は,無菌室内にあり、同室内に入るには,専用の白衣、履き物に着替えてエアーシャワーを浴びなければならないため、同室内に入室できるのは、原則として、大仁医薬工場に勤務するコエンザイムQ10研究者に限られていた。無菌室は、同室内にコエンザイムQ10研究者がいない場合には施錠されていた。品質管理棟の建物には、2か所の出入口があるが、いずれも夜間は施錠されていた。品質管理棟の建物がある区域は周囲が塀で囲まれており、同区域への出入口は1か所のみで、その門は常時施錠され、カードキーで解錠しなければ入場できない。また、当該出入口には監視カメラが設置され、守衛室において常時監視されている。

c 平成16年4月以降の保管場所である共同第2ビル1階発酵研究室実験室奥の通路及び移植室には、発酵研究室実験室の中を通らなければ行くことができず、そこに立ち入ることができるのは、原則として,コエンザイムQ10研究者に限られている。発酵研究室実験室の出入口は、コエンザイムQ10研究者が退出する際に施錠されている。共同第2ビルの建物には、2か所の出入口があるが、いずれも夜間は施錠されている。共同第2ビルの建物がある区域は周囲が塀で囲まれており、同区域への出入口は4か所あるが、このうち、正門を含む2か所は守衛が監視しており、関係者以外の者は目的と行き先をカードに記載しなければ入場できず、他の2か所の出入口は常時施錠されている。また、4か所の出入口には監視カメラが設置され、守衛室において常時監視されている。

d 本件生産菌Aの種菌が保管場所の冷凍庫から持ち出される場合の管理状況は,次のとおりである。コエンザイムQ10研究者が、本件生産菌Aの種菌を研究のために使用する場合は、コエンザイムQ10研究者自身が保管場所の冷凍庫から種菌を取り出して使用することとなるが、これらの研究が行われるのは、平成16年3月までは品質管理棟1階の研究課及びFCプラントのパイロット工場、それ以降はFCプラントのパイロット工場及び共同第2ビル1階の発酵研究室実験室であり、それ以外の場所に持ち出されることはない。コエンザイムQ10製造を行っている原告の延岡医薬工場及び白老工場に、製造に使用するための本件生産菌Aを運び込む場合には、コエンザイムQ10研究者自らが飛行機、電車等を利用して運搬している。また、大仁医薬工場からの種菌の持ち出し及び延岡医薬工場及び白老工場における種菌の受け入れに当たっては、チューブの本数がチェックされ、また、延岡医薬工場及び白老工場では、受け入れたコエンザイムQ10の製造用種菌を冷凍庫に入れて施錠し、チューブの本数管理が行われる。

e 大仁医薬工場では、常時、本件生産菌Aの培養研究が行われているが、この培養液に触れることができるのは、原則としてコエンザイムQ10研究者に限られている。研究に用いられた本件生産菌Aの培養液は、その後更に継続して研究に使用されるものを除き、殺菌して廃棄処分がされる。他方、研究のために継続して使用される培養液は、平成16年3月までは品質管理棟1階フリーザー室内の冷凍庫,研究課の冷蔵庫及びFCプラント2階のパイロット工場検査室内の冷蔵庫で保管され、同年4月以降は共同第2ビル1階の発酵研究室実験室内の冷凍庫及びFCプラント2階のパイロット工場検査室内の冷蔵庫で保管されている。FCプラントの建物には、2か所の出入口があるが,いずれも夜間施錠されている。また,FCプラントの建物がある区域の状況は、前記cの共同第2ビルの建物がある区域の状況と同様である。

このように、本判決では原告が営業秘密であると主張する本件生産菌に「秘密であることの表示がない」状態であっても、その管理状況から「本件生産菌Aが原告の秘密であることを認識し得たというべきである。」として秘密管理性を認めています。
一方で「秘密であることの表示がない」状態で管理されている情報に対して、その秘密管理性を裁判所に認めさせるために、原告は前回のブログ記事「ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密管理する場合における秘密管理性その1 」でも紹介したセラミックコンデンサー事件のように様々な管理体制を主張立証をしています。

そして「秘密であることの表示がない」状態において具体的にどのような管理をしていれば「秘密であることを認識し得た」状態となるかは、上記セラミックコンデンサー事件と同様に定かではありません。  
すなわち、秘密管理の表示がなくても「従業員が秘密であることを認識しえた」や「全員に認識されていたものと推認される」と認められるような管理体制は如何なるものかはケースバイケースであり、現状では定型化されていないと思われます。

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2018年4月16日月曜日

ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合の秘密管理性その1

技術情報を営業秘密とした場合において秘密管理性が認められた判例のうち、特徴的なものを今後幾つか紹介しようと思います。

まず、セラミックコンデンサー積層機及び印刷機の設計図の電子データを営業秘密であるとしてを争ったセラミックコンデンサー事件(大阪地裁平成15年2月27日判決)です。
本判決は、小規模の企業において秘密管理性が認められた例であり、営業秘密とする情報を秘密管理しているとの明示が無かった事例です。
なお、本判決は、全部改訂された営業秘密管理指針でも紹介されており、小規模の企業における秘密管理体制の判断に影響を及ぼした判例ではないかと思います。また、本判決はリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の有無についても判示しており、複数の重要な判断が行われた判決です。

本判決によると、裁判所は次のように認定し、秘密管理性を認めています。
「ところで,不正競争防止法2条4項所定の秘密管理性の要件を充足するためには,当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることを認識できるようにしていること,当該情報にアクセスできる者が制限されていることなどが必要であり,要求される情報管理の程度や態様は,秘密として管理される情報の性質,保有形態,企業の規模等に応じて決せられるものというべきである。本件電子データについては,上記のとおり,設計担当の従業員のみがアクセスしており,設計業務には,社内だけで接続されたコンピュータが使用され,設計業務に必要な範囲内でのみ本件電子データにアクセスし,その時々に必要な電子データのみを取り出して設計業務が行われていた。また,本件電子データのバックアップ作業は,特定の責任者だけに許可されており,バックアップ作業には,特定のユーザーIDとパスワードが設定され,バックアップを取ったDATテープは,設計部門の総括責任者の机上にあるキャビネットの中に施錠して保管されていた。そして,原告の従業員は全部で10名であったから,これらの本件電子データの取扱いの態様は,従業員の全員に認識されていたものと推認される。このような事情に照らせば,本件電子データは,当該情報にアクセスできる者が制限され,アクセスした者は当該情報が営業秘密であることを認識できたということができる。そして,本件電子データが,原告の設計業務に使用されるものであり,設計担当者による日常的なアクセスを必要以上に制限することができない性質のものであること,本件電子データはコンピュータ内に保有されており,その内容を覚知するためには,原告社内のコンピュータを操作しなければならないこと,原告の規模等も考慮すると,本件電子データについては,不正競争防止法2条4項所定の秘密管理性の要件が充足されていたものというべきである。」(下線は筆者による。以下同じ。)


上記判決では、本件電子データが秘密管理されているデータであるということを従業員に対して明示していなくても、上記下線で示されるように,原告の従業員が10名であることを考慮して、その取扱い態様から当該データが秘密管理されているということを従業員全員が認識していた推認し、秘密管理性を認めています。

ここで、原告は本件電子データの秘密管理性を裁判所に認めさせるために、下記の如く多くの管理手法を実施していたことを主張立証しています。

・本件電子データがメインコンピュータのサーバーにおいて集中して保存されていた。
・従業員は、メインコンピュータと社内だけに限ってLAN接続されたコンピュータ端末機を使用し、設計業務に必要な範囲内でのみメインコンピュータのサーバーに保存されている本件電子データにアクセスし、その時々に必要な電子データのみを各コンピュータ端末機に取り出して設計業務を行っていた。
・原告は、本件電子データを始めとする技術情報が外部へ漏洩するのを防止するため、メインコンピュータのサーバー及び各コンピュータ端末機を外部に接続せず、インターネット、電子メールの交換など外部との接続は,別の外部接続用コンピュータ1台のみを用いて行っていた。
・原告においては、本件電子データのバックアップをDATテープによって行っていたが、このバックアップ作業は、設計部門の総括責任者と営業部門の総括責任者だけに許可されており、バックアップ作業を行うに当たっては、特定のユーザーIDとパスワードをメインコンピュータに入力することが必要であった。
・バックアップを取ったDATテープは、設計部門の総括責任者の机上にあるキャビネットの中に施錠して保管していた。

本件では、上述のように原告会社の従業員が全部で10名であったことが秘密管理性の認定に大きな影響を与えていると考えられます。そして、原告は、上記に示すように、複数の管理体制を実施していたことを主張立証しましたが、これらの管理体制のうち何れかが行われていなくても裁判所が秘密管理性を認めたのか、原告の従業員が20名であったら、さらには従業員が100名であっても、裁判所が秘密管理性を認めたか否かは不明です。

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2018年4月11日水曜日

ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合におけるリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の判断

技術情報を営業秘密とする場合に留意する必要がある事項として、自社製品がリバースエンジニアリングされることで、当該営業秘密の非公知性が失われる場合があることです。

営業秘密における非公知性の判断時は、損害賠償請求については不正行為が行われた時点であり、差止請求については口頭弁論終結時です。このため、技術情報を営業秘密として管理しても、その後、当該技術情報を使用した自社製品が販売等され、当該自社製品がリバースエンジニアリングされることで非公知性が失われる可能性が生じます。このようなことは、出願時を新規性の判断時期とする特許とは大きな違いです。

下記表は、私が調べたリバースエンジニアリングによって非公知性が失われたか否かの判断がなされた判例の一覧です。下記判例の中には”リバースエンジニアリング”という文言が判決文の中には表れていないものの、実質的にリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の有無の判断を行ったと考えられる判例が含まれています。


上記表から分かるように、近年においてリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の有無が判断された判決が増えています。

なお、リバースエンジニアリングによる非公知性喪失の有無については、被告がリバースエンジニアリングによって原告が主張する営業秘密の非公知性が失われているとの主張が行われたときにのみ裁判所が判断します。従って、近年において被告によるこのような主張が増加していることになります。

ここで、リバースエンジニアリングによって当該技術情報を取得可能であれば、全て非公知性を失うかというとそういうわけではありません。セラミックコンデンサー事件では「専門家により、多額の費用をかけ、長期間にわたって分析することが必要」なものはリバースエンジニアリングが可能であったとしても非公知性は失われないとしています。

一方、光通風雨戸事件は、一審ではリバースエンジニアリングによっても非公知性は失われていないとされたものの、二審では覆り、非公知性が失われたと判断されました。具体的には、二審において裁判所は「本件情報1に係る図面(甲15〔1〕~〔8〕の8枚)は,光通風雨戸のスラットA及びB,上下レール枠,下レール枠,縦枠並びにカマチAないしCの各部材の形状について0.1ミリ単位でその寸法を特定するなどしたものであり,なるほどそれ自体精密なものではあるが,これは,ノギスなどの一般的な技術的手段を用いれば光通風雨戸の製品自体から再製することが容易なものである。」や「一般的な技術的手段を用いれば光通風雨戸の製品自体から再製することが容易なもの」とし、非公知性を失っていると判断しています。

上記二つの判例は、リバースエンジニアリングによる非公知性喪失の有無において代表的なものです。

そして、これらの判断基準からすると、リバースエンジニアリングによって非公知性が失われていると判断され易いものは、表からも分かるように機械構造のような測定が可能なもののようです。

このように、技術情報について営業秘密とする場合には、当該技術情報が使用された自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性が失われるか否かについて留意する必要があるかと思います。

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2018年4月9日月曜日

ー判例から考えるー 技術情報を営業秘密管理する場合にも先行技術調査が必要?

営業秘密の要件の一つに非公知性があります。
非公知性は、不正競争防止法2条6項でいうところの「公然と知られていないこと」であり、公知の情報はたとえ秘密管理していても営業秘密とは認められず、不競法による保護を受けることはできません。

ここで、技術情報は、特許出願公報等により膨大な量の情報がすでに公知となっています。このため、裁判において、原告が秘密管理している技術情報の非公知性又は有用性が公知技術に基づいて否定され、その結果、当該技術情報の営業秘密性が否定される場合があります。

・参考過去ブログ記事:技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その4

また、接触角計算プログラム事件 (知財高裁平成28年4月27日,一審:東京地裁平成26年4月24日判決等)では、「CONFIDENTIAL」等の記載を行っていた情報(本件ハンドブック)に含まれる情報(原告アルゴリズム)であっても、「本件ハンドブックは,被控訴人の研究開発部開発課が,営業担当者向けに,顧客へのソフトウエアの説明に役立てるため,携帯用として作成したものであること,接触角の解析方法として,θ/2法や接線法は,公知の原理であるところ,被控訴人においては,画像処理パラメータを公開することにより,試料に合わせた最適な画像処理を顧客に見つけてもらうという方針を取っていたことが認められ,これらの事実に照らせば,プログラムのソースコードの記述を離れた原告アルゴリズム自体が,被控訴人において,秘密として管理されていたものということはできない。」とのように裁判所で判断され、原告が営業秘密と主張する技術情報(原告アルゴリズム)が記載されている情報(本件ハンドブック)に公知技術が含まれているために、当該技術情報の秘密管理性までも否定されています。
なお、接触角計算プログラム事件では、秘密管理していたソースコードについては、有用性及び非公知性も認められています。

・参考過去ブログ記事:技術情報を営業秘密とする場合に留意したい秘密管理措置


このように、技術情報を営業秘密とする場合には、当該技術情報が公知であるか否かの判断、すなわち先行技術調査が必要であるかと思います。
また、接触角計算プログラム事件のように、公知技術と営業秘密化する技術情報を混在させて秘密管理することで、営業秘密化する技術情報の秘密管理性までもが否定される場合があることに留意が必要です。

そして、技術情報の営業秘密化にあたって行う先行技術調査は、特許出願における先行技術調査よりも重要かもしれません。
特許出願では、特許請求の範囲が公知技術と同じであっても、すなわち特許庁の審査において新規性がないと判断されても、その後補正を行うことによって新規性を有するものにできます。
しかしながら、技術情報を営業秘密とした場合には、裁判の過程で補正という制度はありません。すなわち、原告が営業秘密であると主張する技術情報に公知技術が含まれることを理由に裁判所で営業秘密性が否定されたとしても、公知技術が含まれないように、営業秘密であると主張する技術情報を補正することはできません。
従って、技術情報を営業秘密化する場合には、当該技術情報が非公知であるか否かの判断が重要となると考えられます。

今までは秘密管理性が裁判で争われるケースが多かったものの、企業も営業秘密に関する理解を深めることで秘密管理性に満たすように技術情報を管理するでしょうから、秘密管理性について裁判所で争われるケースは減ると思います。
その結果、今後は技術情報について特に非公知性や有用性について争われるケースが多くなるのではないかと思います。このため、万が一、裁判となった場合に勝訴できるように、非公知性や有用性についても十分に満たした形で技術情報を秘密管理する必要があるでしょう。

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2018年4月5日木曜日

ー判例から考えるー どのような技術情報を営業秘密とできるのか?

本ブログでも度々書いていますが、営業秘密(不正競争防止法2条6項)はそれが何であるか明確に特定される必要があります。
もし、営業秘密が特定されていないと訴訟を提起しても、裁判所において秘密管理性、有用性、及び非公知性の判断がなされないまま棄却されてしまします。
当然のことかと思われますが、このような判決は相当数存在します。
そもそも、技術情報が特定できなければ、それを秘密管理することもできないはずです。

営業秘密とされる情報は、どのような情報であればよいのでしょうか?
技術情報は例えば、生産方法、設計図、実験データ等が営業秘密となり得、営業情報は例えば、顧客名簿、販売マニュアル、仕入れ先リスト等が営業秘密となり得ます。

なお、技術者が雇用中に習得したものの、他の企業に勤務していても得られたであろう一般的知識や技能は、従業員の職業選択の自由を不当に制限することにもなり得ることから営業秘密とはなり得ません。

そして、営業秘密とされた情報は、一般的に、デジタルデータや紙媒体等に化体されるかと思われます。


では、営業秘密として特定される情報はデジタルデータや紙媒体でなければならないのでしょうか?決してそのようなことはなく、営業秘密とされる情報が化体したものとして、デジタルデータや紙媒体以外の物も裁判所は認めています。

例えば、生産菌製造ノウハウ事件(東京地裁平成22年4月28日判決)では、コエンザイムQ10の生産菌に対して、それ自体が原告において秘密として管理されていた原告のコエンザイムQ10の製造に有用な技術上の情報であって、公然と知られていないものと認められるから、原告が保有する「営業秘密」に当たるものと認められると判断しています。
また、婦人靴木型事件(東京地裁平成29年2月9日判決)では、婦人靴の木型(本件オリジナル木型)に化体された靴の設計情報(形状・寸法)が営業秘密として認められています。

このように、特に技術情報に関しては、紙媒体やデジタルデータだけでなく、具体的な“物”を営業秘密としてもよいのです。

しかしながら、どのような情報を営業秘密として管理するかの選択は非常に重要です。

ここで、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)で裁判所は「原告らは,本件合金の成分及び配合比率を容易に分析できたとしても,特殊な技術がなければ本件合金と同じ合金を製造することは不可能であるから,本件合金は保護されるべき技術上の秘密に該当する旨主張する。しかし,その場合には,営業秘密として保護されるべきは製造方法であって,容易に分析できる合金組成ではないから,原告らの上記主張は採用できない(なお,前記のとおり原告らは,本件で本件合金の製造方法は営業秘密として主張しない旨を明らかにしている。)。」(下線は筆者による)と判断しています。

錫合金組成事件では、錫合金(本件合金)の成分及び配合比率が営業秘密であると原告は主張していました。しかしながら、本件合金の成分及び配合比率は本件合金を使用した錫製品からリバースエンジニアリング可能であり、これにより非公知性を失っていると裁判所は判断しています。
すなわち、リバースエンジニアリングによって公知となる情報を秘密管理しても、営業秘密としては認められません。
そして、裁判所は「営業秘密として保護されるべきは製造方法であって,容易に分析できる合金組成ではない」との述べています。このことからすると、もし、製造方法を営業秘密としていたら、原告は勝訴した可能性もあったのではないでしょうか?ちなみに、本判決文では、原告が製造方法は営業秘密として主張していない、との文言が念を押すように複数個所に見られます。

特許出願では技術を多面的に見て様々な態様での特許取得を目指します。技術情報を営業秘密とする場合も同様であり、技術を多面的に見てどのような態様の技術情報を営業秘密として管理するのかを判断する必要があります。その判断を誤ると、裁判において勝てる営業秘密とはなり得ません。

また、リバースエンジニアリングによって公知となる技術は、営業秘密となり得ません。
であるならば、そのような技術を守りたいのであれば特許出願や意匠出願を行うべきでしょう。

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