ラベル 営業秘密と特許 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 営業秘密と特許 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年11月28日日曜日

光触媒市場の成長と粗悪品排除のための規格化から考える知財戦略(その1)

新しい技術分野の事業を起こして市場が拡大すると、他社による粗悪品があらわれることでその市場そのものの信頼性が揺らぐ場合もあるかと思います。
今回は、そのような事例である光触媒(主にTOTO)の知財戦略について考えてみようと思います。

まず、光触媒関連産業の全体動向として、「平成21年度特許出願技術動向調査報告書 光触媒 (要約版)平成22年4月 特許庁」のp. 54には下記のように記載されています。
❝光触媒は、1990年代前半になって蛍光灯等の微弱光でも有機物を分解することが見出され、同時に酸化チタンの薄膜コーティング技術が開発されたことにより、室内用抗菌タイルが開発された。1990年代後半には、酸化チタンの光励起親水化効果が、自動車ミラー、交通標識の防曇機能付与に極めて有効であることが見出された。また、光触媒による汚染物質の酸化分解機能と雨水等による洗い落としの複合効果としてセルフクリーニングが注目を集め、この分野における研究開発、事業化が加速した。❞
さらに、上記調査報告書のp.63における下記記載のように、日本は光触媒の特許権を多数取得しています。
❝光触媒の重要な2つの性質である光酸化力と超親水性のうち、超親水性についてはわが国のTOTOが基本特許・重要特許を押さえている。TOTOは、国内外の企業 90社以上に対して、基本特許・重要特許のライセンス供与を実施している。❞
以下では、TOTOの知財戦略が記載されている"オープンイノベーションによるプラットフォーム技術の育成 ー光触媒超親水性技術のビジネス展開のケースー"を参考にして、超親水性光触媒を発見したTOTOの知財戦略を知財戦略カスケードダウンに当てはめます。

<事業>
事業目的:
 光触媒を用いた製品の普及
事業戦略:
 TOTO研究者が発見した光触媒超親水性現象は下記の機能を有しており、この機能は広範囲なものであるため潜在的市場まで含めて機会を最大限活用する。
  ①水滴が残らない(流滴性)
  ②曇らない(防曇性)
  ③汚水で汚れが落ちる(セルフクリーニング性)
  ④水洗いで汚れがすぐ落ちる(易水洗性)
事業戦術:
 ・自社によるタイルビジネス、フィルムビジネスに超親水性の光触媒を使用。
 ・超親水性の光触媒に関する特許権を他社へライセンス。(技術を公開してビジネスパートナーを募り、共同開発により新規分野を開拓)

<知財>
知財目的:
 他社にラインセンスを行うための特許権の取得。
知財戦略:
 超親水性の光触媒に関する技術に対して、パテントマップを作成して網羅的に出願。
知財戦術:
 パテントマップに基づいて網羅的に特許出願を実行(2007年発表の上記論文によると特許出願件数450件)

このようにTOTOの知財戦略・戦術として、他社へのラインセンスを目的として、超親水性の光触媒に関する技術を網羅的に特許出願しています。また、その権利内容は技術的な特性から具体的な物質名や数値を含むものも多いようなので、技術を秘匿化するということもあまりなかったのでしょう。

TOTOのように自社開発技術について網羅的に特許出願するという企業は少なからずあるでしょう。網羅的な特許出願を行う場合も、その目的を明確にする必要があると思います。上記例においてTOTOは、"潜在的市場まで含めて機会を最大限活用する”という事業戦略のために”技術を公開して他社へライセンスする”という事業戦術を立案し、この事業戦術を知財目的として、網羅的な特許出願という知財戦略・戦術となります。
一方で、このような目的無く網羅的に特許出願すると、他社への牽制力というメリットよりも技術開示というデメリットの方が大きくなる可能性もあるでしょう。

なお、TOTOによるライセンス契約は2011年には国内81社、海外19社にまでなったとのことです。(参照:我が国ベンチャー企業・大学はイノベーションを起こせるか?~『戦後日本のイノベーション100選』と大学発イノベーションの芽~ 光触媒のイノベーション Innovation of Photocatalysis p.6の"TOTOの光触媒展開の経緯")
また、このライセンスには、”1業種につき1社だけが光触媒を利用した製品を販売できる”(参照:江藤学「標準化ビジネス戦略大全」日本経済新聞出版社 p.212 )という条件があったようです。この条件は、同様の製品を複数社が製造販売することで価格競争が生じることを防ぐ目的であろうと思われます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年11月14日日曜日

営業秘密と特許の先使用権

営業秘密と特許の先使用権とはセットで語られることがあります。
それは、前回のブログ記事で述べたように、自社開発の技術を営業秘密とすると他社が同じ技術を開発して特許権を取得する可能性があるためです。このような場合、他社の特許出願時に当該技術を実施等していたら先使用権を主張でき、その実施を継続できる可能性があるためです。

ここで、先使用権は特許法79条に下記のように規定されています。
❝(先使用による通常実施権)
第七十九条 特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する。❞
特許法79条にあるように、先使用権を有するためには、❝特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者❞という要件を満たす必要があります。しかしながら、自社が他社の特許権について先使用権を有していると考えていても、この要件を満たしていることの証明に苦慮する企業は多いようです。
先使用権の主張を行う場合における他社の特許出願は既に数年~十数年前の場合であり、現時点において、そのときに当該事業又は事業の準備を行っていたかを証明する資料が自社内で散逸したり、失われている場合もあるためです。

そしてこの先使用権と営業秘密との関係についてですが、発明を秘匿化した場合に秘密管理措置が上記要件を満たす証拠となり得るのではないかと考える人もいるかもしれません。
しかし、発明に対する秘密管理措置と上記要件とは基本的に何ら関係はありません。
まず、発明が完成してそれを秘匿化するタイミングは、当該発明の実施又は実施の準備を始めたタイミングよりも数か月から数年前になるでしょう。このように、一般的に発明の秘匿化のタイミングと事業の開始又は準備のタイミングは異なります。

また、自社の発明をわざわざ秘密管理するのであるから、それは事業の準備に相当するのではないか、と考える人もいるかもしれません。ここで、事業の準備とはどのようなものであるかは、ウォーキングビーム事件最高裁判決で下記のように判示されています。
❝法七九条にいう発明の実施である『事業の準備』とは、特許出願に係る発明の内容を知らないでこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者が、その発明につき、いまだ事業の実施の段階には至らないものの、即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されていることを意味すると解するのが相当である❞(下線は筆者による)
上記のように、「事業の準備」とは、いまだ事業の実施の段階には至らないものの、「即時実施の意図を有しており」かつ「その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されている」ことをいいます。本判決では、見積仕様書及び設計図の提出が、即時実施の意図を有し、それが客観的に認識される態様、程度であるとして、事業の準備と判断しています。

このように、事業の準備は「即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識され」なければならず、発明を単に秘匿化するという行為は、それを持って即時実施の意図とは認められない可能性が相当高いと思われます。
なお、秘匿化した図面に発明の内容が化体されており、当該図面を事業に用いる予定であれば、それを持って事業の準備であるとも考えられますが、その場合は秘匿の有無は先使用権の発生とは関係ありません。

以上のようにに、特許法の規定からして発明を秘匿化したからといって、当該発明に対する先使用権が発生するものではありません。従って、発明を秘匿化した場合には、別途先使用権主張ができるように、関連する資料の保存・収集を行う必要があります。


また、発明を秘匿化した企業の中には、他社の特許権を侵害した場合に先使用権の主張ができるように、当該発明を用いた事業又は事業の準備をしたことを証明する資料を予め公正証書として保管することを行っています。

では、このような公正証書の作成は営業秘密の秘密管理措置にもなり得るのでしょうか?
公正証書は資料等を封筒に入れて閉じて確定日付印を押します。これにより、その中身は開封しない限り分からず、”秘密”の状態にあるとも言えます。
しかしながら、個人的には、このような公正証書が秘密管理措置となる可能性は低いと考えます。その理由として、秘密管理性要件の主旨は以下のように考えられているためです。
❝秘密管理性要件の趣旨は、企業が秘密として管理しようとする対象(情報の範囲)が従業員等に対して明確化されることによって、従業員等の予見可能性、ひいては、経済活動の安定性を確保することにある。❞(経済産業省発行 営業秘密管理指針) 
上記のように、先使用権の証拠としての公正証書は、封によって閉じられているためその中身が分かりません。また、こうような公正証書は、企業の知財部で管理・保管されるでしょうから、一般の従業員はその存在すら知らないでしょう。
そうすると、当該公正証書では、企業が秘密として管理しようとする対象が従業員に対して明確化されているとは言い難いでしょう。このため、当該公正証書に発明の内容があったとしても、当該発明に対する秘密管理措置とはなり得ないと思われます。

以上のように、発明を営業秘密としたからといって、先使用権の主張が可能となるわけではありません。先使用権を主張するためには、それを満たすための証拠が必要であり、それがなければ先使用権の主張ができません。また、先使用権主張の準備は秘密管理措置とはなり得ないと思われます。
このため、発明を特許出願しない場合には、まず、当該発明を秘密管理し、当該発明を使用した事業の準備を開始すると共に、万が一の場合に先使用権主張ができるように準備を行うことが最も望ましいでしょう。
このように、発明を営業秘密とすることと先使用権主張の準備とは別物であることを正しく認識し、万が一に備えるべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年11月7日日曜日

自社による技術情報の秘匿化と他社による特許出願

技術情報を秘匿化することは、当該技術情報を他社に知られるないという大きなメリットがあります。
しかしながら、技術情報を秘匿化すると、当該技術情報と同じ技術を独自開発した他社によって特許出願される可能性があります。この可能性が一体どの程度のものであるかは、定かではありませんが、確かにその可能性はあるでしょう。

もし、自社で営業秘密とした技術情報が他社によって特許出願されると、まず公開公報の発行によって非公知性が失われるので、当該技術情報は営業秘密ではなくなります。これは、技術情報を秘匿化した意味が根底から失われます。

さらに、他社によって特許権が取得されてしまうと、当該技術情報を自社で使用(実施)すると他社の特許権の侵害になりますので、使用できなくなります。すなわち、営業秘密としていた技術情報を自社製品に使用しているものの、当該技術情報に係る発明の特許権を他社が取得すると、この自社製品は製造・販売できないこととなります。このため、多くの企業は少なくとも自社製品に使用する技術情報(発明)について特許出願、すなわち自社実施のための出願を行います。

なお、上記のような他社特許権の侵害に自社が陥ったとしても、特許法には先使用権(特許法79条)の規定があります。このためこの先使用権の要件を満たしている場合、自社は通常実施権を有していることとなり、所定の範囲内で実施が可能となりますので、必ずしも自社製品の製造・販売を停止しなくてもよい可能性があります。


一方で、自社実施のための出願は、安心感や保険のために必要かと思いますが、本来であれば秘匿したい技術情報をこのために特許出願するか否かはよく考えるべきであると個人的には思います。

まず、①特許出願したからと言って、さらには特許権を取得したからといって、必ずしも他社の特許権を侵害していないことにはなりません。
当然、自社の特許出願前に同じ技術が特許出願や権利化される場合もあります。さらには、自社で取得した特許権に係る発明が他社の特許権に係る発明を利用している場合もあります。この場合には、自社の特許権に係る発明を実施すると他社の特許権を侵害することになります。
このことから、特許出願をしたからといって、当該特許出願に係る発明を安心して実施できるとは限りません。特許出願前に先行特許調査を行って他社の特許権の有無を調べることで、このような事態を回避できる可能性があります。
なお、既に他社によって特許出願されている技術は、自社で秘密管理していても非公知性を失っているために営業秘密とはなり得ません。このため、自社開発技術を秘匿化する場合にも、不必要な秘密管理措置を防ぐ目的でも先行特許調査をするべきであると考えます。

さらに、②本当に同じ技術を他社が特許出願する可能性があるのか?ということも熟考えする必要があるでしょう。
例えば、自社の技術力が他社よりも高く、自社製品のリバースエンジニアリングによっても知られる可能性が低いにもかかわらず、秘匿化したい技術情報を安心感を得るために特許出願すると、他社は当該技術情報を知ることとなり、他社の技術力アップに貢献してしまう可能性もあります。このような場合に、自社実施のための特許出願は極力行わないほうが良いかと思います。
また、自社の工場内でしか使用しない技術や、自社製品に特有の技術で他社が当該技術を使用する可能性が相当低いような技術を特許出願することも考えものです。このような技術を特許出願することは単に技術の開示にしかすぎない可能性が高いためです。

しかしながら、特許出願によって一定の安心感を得られることも事実かと思います。
そこで、安心感を得るために特許出願しても、他社が自社の技術に追いつかないという確信がある場合には、公開公報の発行日前、具体的には公報発行の準備がなされる前である出願から1年3ヶ月より少し前に出願の取り下げを行うという方法があります。そして、取り下げの直後に再び出願します。一方、他社が自社の技術に追いつく可能性を感じた場合には、出願を取り下げずに特許権の取得を目指します。
これは、何れ特許出願を行うことを考えると、取り下げ→再出願毎に要する費用も特許庁費用で1万5千円(事務所費用も安いでしょう。)であり、繰り返し取り下げと再出願を行ったとしてもコスト的には問題ないかと思います。一方で、他社の技術動向の見極めが必要であるため、知財部としては難しい判断を要します。
なお、特許出願しても公開されるまでは、自社で当該技術情報を秘密管理することはいうまでもありません。

このように、技術情報の営業秘密化は他社に特許権を取得されるリスク(秘匿化リスク)があり、特許出願は他社に技術を知られるリスク(公開リスク)があります。一方で、営業秘密化は他社に技術を知られないというメリットがあり、特許出願には独占排他権を得ることができるというメリットがあります。
営業秘密化と特許化とのメリット、デメリットを見極めて、自社の事業の利益を最大化することができる方策を立案することが知財活動の本質の一つでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年10月24日日曜日

オープン・クローズ戦略の”コア領域”について

知財戦略の一つにオープン・クローズ戦略があり、知財においてこの概念は広く使われています。

しかしながら、オープン・クローズ戦略は法的な定義があるわけでもなく、人によってはその解釈が若干異なる可能性があります。その一つに、”オープン”と”クローズ”の意味があります。

上記図では、"オープン"を自由技術化や標準化、他社へのライセンス等としており、自社開発技術を他社も使用可能とするものとしています。一方、"クローズ"を自社開発技術の秘匿化や権利化による占有としています。
すなわち、上記図では、自社開発技術を他社にも使用可能とすることを"オープン"とし、自社だけで独占することを"クローズ"としています。

他方で、これとは違う解釈もあります。それは、技術情報の開示の視点によるオープン、クローズの解釈です。すなわち、特許等のように技術を開示する場合を"オープン"とし、秘匿化のように技術を開示しない場合を"クローズ"とします。

このように、オープン、クローズには2種類の解釈があります。しかしながら、オープン・クローズ戦略の解釈としては、上記図のように自社開発技術を他社にも使用可能とすることをオープンとし、自社だけで独占することをクローズとする解釈が主流かと思います。

また、オープン・クローズ戦略を実行する上でコア領域(コア技術)の見極めが必要となります。では、コア領域とはどのような概念でしょうか?

ここで、QRコード技術を例にコア領域を考えてみたいと思います。

上記note記事では、QRコード技術を「QRコードそのもの」(以下単に「QRコード」といいます。)と「読取装置」とに分けて考えています。QRコード技術は、QRコードと読取装置の2つがないと意味を成さないでしょう。そして、これら2つはデンソーによって新しく開発された技術要素です。
そうすると、QRコード技術のコア領域はQRコードと読取装置の2つであるとも思えます。また、QRコードはそれまで普及していたバーコード(1次元コード)に対して記録できる情報量が多くできる2次元コードであり、その読取装置はQRコードという技術がなければ生み出されなかった付随的な技術である、とのように考えると、コア領域はQRコードのみである考える人もいるでしょう。逆に、読取装置のみをコア領域と考える人は少数派でしょう。

しかしながら、QRコードの知財戦略において、デンソーはQRコードの特許権を取得していますが、それを無償ラインセンスして誰でも使用可能としています。すなわち、QRコードはオープンにされています。一方、読取装置は特許権の有償ラインセンス及び秘匿化されています。すなわち、読取装置はクローズにされています。
このことから、QRコードの知財戦略では、QRコードを非コア領域とする一方で、読取装置をコア領域としています。

この違いはどこから来るものでしょうか?
それは視点の違いです。
QRコード技術を技術的側面からみると、少なくともQRコード(及び読取装置)がコア領域と特定されるでしょう。一方、QRコード技術を事業的側面からみると、読取装置のみがコア領域と特定されるのです。

上記の図が記載されている経済産業省 2013年版ものづくり白書 第1部 ものづくり基盤技術の現状と課題 p.107  には以下のような記載があります。
❝知財マネジメントの基本は、知的財産の公開、秘匿、権利化を使い分ける「オープン・クローズ戦略」である。オープン・クローズ戦略とは、これらの知的財産のうち、どの部分を秘匿または特許などによる独占的排他権を実施(クローズ化)し、どの部分を他社に公開またはライセンスするか(オープン化)を、自社利益拡大のために検討・選択することである(図132-4)。アップル・インテル・ボッシュなどの欧米企業は、オープン・クローズ戦略を駆使し、オープン化により製品を広く普及させる仕組みを作ることに加え、自社のコア技術(差別化部分)をクローズ化することで、製品市場の拡大と競争力の確保を同時に実現することを図っている(図132-5)。❞

上記記載のように、他社と差別化できる部分をコア技術とします。この差別化部分とは、すなわち、自社が利益を挙げることが可能な技術です。換言すると、利益を上げることができない技術は技術的に優れていても、コア技術とはなりえません。

一方で、QRコードからも収益を得るという事業戦略(戦術)もあり得ます。具体的には、QRコードの特許権に基づいて、QRコードの使用を自社又は有償のライセンシーに限定するというものです。こうすると、QRコードはクローズ化された技術、すなわち、コア技術となります。このように、事業戦略によって、オープン・クローズ戦略で言うところのコア技術及び非コア技術は変化するでしょう。

以上説明したように、オープン・クローズ戦略では、事業を理解して上でその事業において利益を上げることができる技術をクローズとしなければなりません。事業によっては、オープン化を行わない場合もあるでしょう。一方で、事業としてオープン化だけを行うことは基本的にあり得ないと考えられません。上述のように、オープン化した技術からは利益を得られないためです。
このため、技術をオープンにする場合にはクローズ化させる技術もセットになるべきです。もし、事業戦略(戦術)から導き出された知財戦略(戦術)が技術のオープン化だけになる場合は、その知財戦略が誤っているか、そもそもの事業戦略が誤っている可能性があるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年10月3日日曜日

知財戦略カスケードダウンから三位一体へ (その2)

前回のブログでは、知財戦略カスケードダウンにおいて知財部から事業部又は技研究開発部へフィードバックや提案を行うことで、三位一体を実現する例を示しました。
知財部からフィードバックや提案を行う場合とはどのような場合でしょうか?それは様々な場合があると思いますが、前回のブログでは自社の秘匿化技術が他社でも独自開発されそうな状況になった場合を例に挙げました。
この他にも、ビジネスに必要とする特許権等の権利取得の可否もそれに含まれるでしょう。そのような例を以前、知財戦略カスケードダウンに当てはめたQRコードの例を参照して考えてみたいと思います。

参考ブログ記事:

まず、QRコードの事業目的、戦略、戦術は下記でした。
事業目的:
  QRコードを世界中に普及させる
事業戦略:
  誰もが自由に安心して使えるようにすると共に、早期にQR市場を形成させる
事業戦術:
 (1)業界標準を取得し、業界からISOの規格化を要請してもらう。
 (2)誰もが自由に安心して使える環境作り
 (3)事業収益は慣れ親しんだ読取装置・サービスをQR市場に提供

そして、QRコードは技術要素として「QRコードそのもの」と「読取装置」に分けることができます。
「QRコードそのもの」の知財目的、戦略、戦術は下記でした。
知財目的:
  誰もが自由に安心して使える環境作り
知財戦略:
 (1)利用者にはQRコードをオープンにする。
 (2)QRコードの模倣品や不正用途を排除する 。
知財戦術:
  QRコードの特許権取得

このように、QRコードのビジネスには、QRコードそのものの特許権の取得が必要になります。実際にデンソーはQRコードの特許権を取得しています。
❝特許第2938338号
(出願日:平成6年(1994)3月14日 登録日:平成11年(1999)6月11日)
【請求項1】  二進コードで表されるデータをセル化して、二次元のマトリックス上にパターンとして配置した二次元コードにおいて、前記マトリックス内の、少なくとも2個所の所定位置に、各々中心をあらゆる角度で横切る走査線において同じ周波数成分比が得られるパターンの位置決め用シンボルを配置したことを特徴とする二次元コード。❞
また、Wikipediaを参照すると、1997年10月にAIM International規格、1998年3月にJEIDA規格、1999年1月にJISのJIS X 0510、2000年6月にISO規格のISO/IEC 18004となっています。以上のように、実際のQRコードに関しては特許権の権利取得や規格化も順調に行われたのでしょう。

一方で、出願日から登録まで5年以上を要しており、QRコードの開発から事業に至るまで比較的余裕を持って行われたのかなとも思えます。QRコードの開発が現在から30年近く前であり、ビジネススピードの感覚も現在に比べて緩やかであったのかもしれません。
現在では、新規の事業であり速いビジネススピードを求められたら、特許出願から特許権取得までに5年もかけていられないでしょう。

仮に権利取得が新規事業の前提となっているのであれば、事業の開始は特許権の取得如何によって左右されるかもしれません。そして、技術開発から事業開始までのスピードを求められていたら、特許権の取得までに数年単位をかけることはできないでしょう。特許権を取得する業務はまさに知財部の業務です。研究開発部でもなく、ましてや事業部でもありません。
もし、研究開発部が当該事業に用いる技術開発が終了した時点で発明届け出を知財部に提出すると共に、「半年後には市場にリリースすることが事業部との間で決まっている。それまでに特許権を取得してほしい。」といわれたらどうでしょう?
急いで特許事務所に明細書作成依頼を出して、現時点から出願まで1ヶ月とし、早期審査請求により特許庁から特許査定通知がでるまで出願から2~3ヶ月、上手く権利化できても現時点から3~4ヶ月です。もし拒絶理由があると、さらに特許査定までの期間を要するため、半年後のリリースには間に合わないでしょう。このような状況になると、知財部としてはもっと早く発明届け出を出して欲しかったとなるでしょう。しかしながら、このような状態に陥る知財部があるとすると、この原因は知財部の姿勢が「待ち」であるためとも考えられます。

ここで、知財戦略カスケードダウンでは知財部が事業に基づいて知財目的・戦略・戦術を立案するものです。このため、知財部は事業に関する情報を積極的に取得する必要があります。このため、例えば、知財部が事業部等に出向き、今後の事業計画や現在の事業動向等の情報を取得し、知財部でこれに応じた知財目的・戦略・戦術を立案します。これが知財戦略カスケードダウンの肝でもあります。

事業部からの情報収集の過程で新規事業の情報も知財部は取得するでしょう。その場合、知財部は、当該新規事業に用いる開発段階の技術情報を研究開発部から取得する必要性に気が付くはずです。そうすると、その後に実行するべきことは容易に理解できます。
新規事業に用いる技術開発の動向をウォッチし、製品に用いる状態にまで開発が進むのを待つことなく、特許として出願できる状態(実施可能要件を満たす状態)にまで開発が進んだときに特許出願を行なえばよいのです(秘匿化を選択するのであれば、早期に適切な秘密管理を行います)。

このように、知財戦略カスケードダウンの考え方によると、知財部が事業を理解することによって、知財部が自発的に技術からも情報を取得し、特許出願等を行うことになります。その結果、特許取得が待ちの状態とはならないため、事業のスピード感にも合わせた権利取得等が可能となります。また、拒絶によって権利取得できない場合、その対応策を講じる時間的余裕も出てくるでしょう。
QRコードの例において、仮にQRコードそのものの特許が取れないとしても、他社の特許権を侵害していないという確証があれば事業を予定通り行い、特許権による権利行使はできないものの、QRコードを不正使用している他社に対しては商標権による権利行使を行うという知財戦術を立案することもできるでしょう。

さらに、権利取得の過程で、新規事業に使用する技術の特許権を他社が既に取得していことに気が付くかもしれません。そのような場合には、事業部及び研究開発部に他社特許権の侵害リスクを伝え、事業の戦略又は戦術の見直し、研究開発部には他社特許の回避策の検討を促すこともできます。また、他社の特許権の譲渡又はライセンス取得の可否、無効理由の検討等も行えるでしょう。

このように、知財部が事業を理解して自発的に行動することで、事業及び研究開発にフィードバックや提案を行なえます。その結果、三位一体が実現できると考えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年9月26日日曜日

知財戦略カスケードダウンから三位一体へ (その1)

前回のブログ記事では、秘匿化している生産方法について他社の技術動向(特許出願動向)によっては権利化に移行することも検討することを述べました。
生産ノウハウをライセンスしている状況において、他社の技術がこの生産ノウハウのレベルに達して他社によって特許取得される可能性が生じた場合に、この生産ノウハウを秘匿化から自社による権利化へ移行するという例です。

これは、三方一選択の継時変化に相当します。
上記図では、事業に応じて秘匿化、権利化、自由技術化を変化させることを記載していますが、事業に限らず、外部環境に応じて変化させることもあるでしょう。外部環境とは上述のような他社の技術動向です。
この他社の技術動向は事業部よりも知財部又は技術部の方が把握し易いでしょう。もっというと、知財部が自社の秘匿化技術を把握することで、当該秘匿化技術の関連技術に対してて他社による特許出願の有無を定期的に調査するという作業を行うべきかと思います。
特に、ライセンスのように直接的に利益を生み出している秘匿化技術に対しては、他社の技術動向は当該利益に与える影響が甚大です。当該秘匿化技術と同じ技術を他社が権利化すると、当該ライセンスは意味を成さなくなる可能性があります。そうであれば、このような秘匿化技術に対してはより積極的に他社の技術動向、特に他社の特許出願動向を把握する必要があるかと思います。

このため他社の技術動向に応じて、例えば秘匿化から特許化に経時変化させると、これに応じて事業形態も変える必要が生じる可能性があります。このような場合は、知財部から事業部へ他社の技術動向及びそれに伴う発明の形態変化、すなわち事業形態の変化の必要性を提案しなければなりません。
これを示した知財戦略カスケードダウンが下記図です。

上記図では、知財から事業へ向かった矢印が存在します。この矢印は知財部から事業部へのフィードバックや提案となります。
上述の秘匿化技術のライセンスの例では、この知財部からの提案により、事業部は当該ラインセンスの見直しをする必要があります。例えば、秘匿化から権利化へ移行したほうが良いのか?移行するのであればライセンス契約はどのように改定するのか?また、権利化するのであれば、秘匿化技術のうちどこまでを開示するのか?開示せずに秘匿化を保てる技術情報は存在するのか?様々なことを検討する必要があるでしょう。この検討には当然、知財部も加わることになるでしょう。
さらに、知財部から研究開発部へも他社の技術動向をフィードバックします。また、他社の技術動向から新たな技術的課題が得られたら、その提案を知財部から技術開発部へ行ってもよいでしょう。
まさに、これは事業、研究開発、知財が相互に連携し合った三位一体となります。

このように、知財戦略カスケードダウンという取り組みを知財部が行うこと、すなわち知財が事業を理解して発明に対して三方一選択を行うことで、知財から事業又は知財から研究開発へ適切な提案又はフィードバックを行うことが可能となり、その結果、三位一体を実現することが可能となるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年9月20日月曜日

生産ノウハウのライセンスから考える知財戦略

製品の生産方法について特許出願している企業もあるかと思いますが、生産方法は工場等の自社内でのみ実施するものであり、外部にその技術が知られることはないので秘匿化している企業も多いかと思います。
一方で、生産方法を他社にライセンスするのであれば、秘匿化と特許化どちらがよいでしょうか?

そのような事例を知財戦略カスケードダウンに当てはめてみました。
事例として参考にしたのは、特許庁発行の「経営における知的財産戦略事例集」のジーンテクノサイエンス社の事例(p.40)です。ジーンテクノサイエンス社は、現在はキッズウェル・バイオ株式会社に社名を変更しており、事例集によると下記のように紹介されています。
❝北海道大学発のバイオ系のスタートアップである。バイオ新薬・バイオ後発品(バイオシミラー)の開発を行い、再生医療分野を中心とした新規バイオ事業の立ち上げにも注力している。❞
そして、事例集における戦略の要諦には以下のようにあり、結論から言うと、同社は生産ノウハウを秘匿化しています。
❝自社に充分なノウハウがあるバイオシミラー事業に関しては、競争力の源泉である製造ノウハウの部分を徹底的にブラックボックス化して、社外で容易に模倣できないないようにしている。具体的には、ノウハウの利用者(製造委託先)に依頼する際には製造工程を切り分け、委託先が製造工程の一部しか見えないようにしている。また、同社はバイオシミラーの一部の生産ノウハウを、製造委託先以外にもライセンスすることで、知的財産を軸とした収益を計上できている。❞
なお、私はバイオ関係の技術知識は皆無であり、バイオシミラーも初めて知ったのですが、同社のホームページによるとバイオシミラーとは下記のもののようです。
❝バイオ医薬品の新薬(先発品)と同じ効果効能・安全性を国によって保証された薬をバイオシミラーと呼びます。❞
また、同社はプロテインエンジニアリングを用いてバイオ医薬品を製造しているとのことですが、プロテインエンジニアリングは同社のホームページで下記のように説明されています。
❝プロテインエンジニアリングとは、私たちの体内で重要な役割を果たす酵素や抗体などの天然のタンパク質に、新たな機能を付加したり、タンパク質自体の機能を向上させた新しいタンパク質を人工的に作る方法です。❞
以上のようなことを踏まえて、同社ホームページの「事業内容」及び「特長・強み」も参照して、同社の生産方法について知財戦略カスケードダウンに当てはめます。


同社の事業目的、事業戦略、事業戦術を下記のように抽出しました。

事業目的:
プロテインエンジニアリングによって、従来のバイオ医薬品よりも治療効果や持続性、安全性の高い、改良型バイオ医薬品の開発

事業戦略:
バイオ新薬の後続品(ジェネリック)であるバイオシミラーの開発でより多くの患者様に安価で高品質な医療を届ける。

事業戦術:
①開発した薬品の製造販売
②製薬企業とのアライアンス
③製造設備を持たない
④生産ノウハウをライセンス

事業目的と事業戦略はホームページの「事業内容」から抽出しています。
事業戦術のうち「②製薬企業とのアライアンス」はホームページの「ハイブリッド事業体制」から抽出し、「③製造設備を持たない」はホームページの「バーチャル型事業開発・プロジェクトマネージメント力」から抽出しています。
また、「①薬品の製造販売」と「④生産ノウハウのライセンス」は、同社の収益にかかわる要素であり、これは事業戦術に当然含まれるかと思います。

次に、バイオシミラーの技術要素を生産方法として、これの知財目的、戦略、戦術を下記のように考えました。完成品である薬品も技術要素の一つですが、今回は薬品については省略します。なお、同社は、発明の名称に”抗体”を含む特許出願を複数行っていることから、薬品については特許取得を知財戦術としているかと思います。

知財目的:
製造設備を持たず、生産ノウハウのライセンスによる収益確保のための知財保護

知財戦略:
自社開発プロテインエンジニアリングの長期的かつより確実な模倣の防止
→生産方法の秘匿化

知財戦術:
①生産方法の秘匿化
②製造工程の切り分けによる生産方法全体の漏えい防止

知財戦略としては、長期的かつより確実な模倣の防止するために生産方法の秘匿化を選択しています。この理由は、同社の選択が秘匿化であるという実体に合わせたものですが、製薬において生産方法は重要であり、ライセンスにより収益の源泉ともなりえるため、出願から20年で自由技術となる特許よりも秘匿化を選択する方が事業を守れると考えたためです。
また、生産方法の知財戦術は、知財戦略を踏襲して秘匿化としています(生産方法の具体的な内容は当然分からないためでもあります。)。
さらに、自社で製造設備を持たないことから、薬品の製造を他社に依頼しないといけません。このとき、一社に全ての工程を依頼するとこの依頼先から生産方法が漏えいする可能性があります。そこで、②のように製造工程を複数の企業に切り分けて依頼することも知財戦術として選択すべき事項でしょう。

ここで、生産方法を秘匿化することは常とう手段とも思えますが、「生産ノウハウのライセンスによる収益確保」という知財目的を達成するためには、生産方法の特許化も検討する必要があります。
一般的にライセンシーとしては、秘匿化された技術よりも、特許化された技術の方が安定しており、好ましいと考える場合も多いのではないでしょうか。確かにノウハウを秘匿化し続け、他社も実施できなければ、当該ノウハウを半永久的に独占できるので、メリットは大きいです。
一方で、秘匿化技術は、他社が権利を取得する可能性もあり、もしそうなると秘匿化技術のライセンシーは特許権侵害となる可能性があります。そのようなリスクを考慮に入れると、ライセンシーは特許化された技術をライセンスしてもらうほうが安心感があるでしょう。その結果、秘匿化よりも特許化した方がライセンシーの数も増え、ライセンスによる事業収益も多くなるかもしれません。
一方で、ライセンサーとしては、特許化は技術を公開することになりますし、出願から20年後には存続期間満了のために特許権が失われ、ライセンシーが競合他社になる可能性もあります。その結果、特許権満了後には、収益が一気に悪化する可能性もあります。

このように、秘匿化のメリット・デメリットと特許化のメリット・デメリットを考慮して、他社へのライセンスも収益とするための生産方法を秘匿化又は特許化を選択する必要があります。
この選択を行うための判断材料としては、開発した生産方法と同じ技術を他社が想到する可能性や、他社が生産方法に関連する技術について特許出願して程度、というような他社の動向も考慮に入れることになるでしょう。

これに関して、例えば、プロテインエンジニアリングとの文言を含む日本の特許公報は、最初の公報が1987年に発行されてから160件程度しかなく(2021年と2020年は1件、2019年は7件、件、2018年と2017年は6件)であることから、プロテインエンジニアリングの技術分野の特許は少ないとの判断ができるのかもしれません。
一方、バイオシミラーとの文言を含む日本の特許公報は、最初の公報が2009年に発行されてから489件であり、2021年は17件、2020年は26件ですが、2019年は121件、2018年は112件とのように、バイオシミラーの特許出願は必ずしも少なくないのかもしれません。

なお、上記件数は、プロテインエンジニアリングやバイオシミラーの特許出願状況をざっくりと知るために出した数字ですが、これらの文言が含まれているに過ぎない公報の件数なので直接的にはこれらに関係ないかもしれませんし、同意義で異なる文言が使われている他の特許公報もあるでしょう。このため、秘匿化又は特許化の選択のための参考程度にはなるでしょうが、より詳細にはFIやFターム等の特許分類を参考にしなければなりません。また、国外の特許出願状況や、特許出願されていない技術も多数あるでしょうから論文やその他の情報を集め、自社の技術水準を的確に判断する必要があるでしょう。
おそらく、同社は、上記のようなことを総合的に判断したうえで、ライセンスする生産ノウハウに対して特許化よりも秘匿化を選択したと想像します。

しかしながら、秘匿化している生産方法と同様の技術を他社が現在は開発できていないとしても、他社の特許出願動向やその他の情報に基づいて、今後、同様の技術を開発する可能性が生じれば、秘匿化から特許化に移行するべきかもしれません。もし、そのような選択を行う場合には、事業戦術である「④生産ノウハウをライセンス」についてもライセンシーとの契約の見直し(秘匿化技術から特許技術に基づくライセンスへの移行)、さらにはライセンスビジネスによる収益の見直しといったことも必要になるでしょう。

このように技術を秘匿化する場合には、当該技術を取り巻く事業環境や他社の技術力等を注視して必要に応じて権利化へ移行するというような対応を取れるようにすることも考慮に入れるべきかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年9月5日日曜日

自社製品のリバースエンジニアリングによって喪失される営業秘密としての非公知性

情報が営業秘密として認められるためには秘密管理性、有用性、非公知性の3要件が全て認められなければなりません。特に技術情報を営業秘密として管理する場合には、留意するべき点がいくつかあります。自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性が失われる場合があるということもこの留意点の一つです。

すなわち、技術情報を営業秘密として管理していたものの、この技術情報が使用された自社製品が販売され、リバースエンジニアリングによってこの技術情報の非公知性が喪失し、営業秘密として認められなくなる可能性があります。なお、非公知性の判断の基準時は、情報を営業秘密管理したときではなく、不正行為がおこなわれたときです。このため、上記のような技術情報を営業秘密として管理していても、非公知性が失われた後に持ち出された場合には営業秘密侵害とはなりません。

では、どのようなリバースエンジニアリングによって非公知性が失われたとされる技術情報にはどのようなものがあるのでしょうか?下記の表は、そのような裁判例の一覧です。


ここで、リバースエンジニアリングによっても公知性が失われないとする判断基準は、セラミックコンデンサー事件において「専門家により,多額の費用をかけ,長期間にわたって分析することが必要である」と判示されており、他の裁判でもこの基準が用いられています。

すなわち、下記3つの要件が判断基準とされています。
①特殊な技術を要するかどうか(特殊技術基準)
②相当な期間が必要かどうか(相当期間基準)
③誰でも容易に知ることができるかどうか(情報取得容易性基準)

そして、上記一覧から分かるように、機械系に関する技術情報はリバースエンジニアリングによって公知となったとされる可能性が高いかと思います。
この理由は、当該製品を寸法を測定することにより、技術情報を容易に知り得る場合が多いためです。しかしながら、セラミックコンデンサー事件や半導体封止機械事件では、営業秘密としている図面等の情報量が多く、それをリバースエンエンジニアリングで知り得ることは上記3つの要件を満たさないため、非公知性は喪失していないと判断されました。

また、化学系に関してはあまり裁判例も多くありませんが、日本ペイントデータ流出事件と錫合金組成事件が参考になるでしょう。この2つの事件は、日本ペイントデータ流出事件が非公知、錫合金組成事件が公知とのように真逆の判断となっています。
この理由には、日本ペイントデータ流出事件ではリバースエンジニアリングされる技術情報が塗料を構成する原料及び配合量、より具体的には塗料を構成する樹脂や顔料の原料や配合量であり、この情報をリバースエンジニアリングにより知り得ることはやはり難しい一方、錫合金組成事件では錫器の製造に使用する合金の組成がリバースエンジニアリングされる技術情報であることから、比較的容易に知り得るという判断のようです。
なお、これらの事件では、リバースエンジニアリングに用いられる技術としてXRD(広角X線回析法)やICP発光分光分析法といったような、一見すると特殊な技術が用いられていると思われます。しかしながら、これらの技術は当該分野では一般的な分析技術であり、”特殊”という位置付けではないでしょう。そのように考えると、特殊技術基準はリバースエンジニアリングの対象となる技術情報毎に異なると思われます。すなわち、特殊技術水準は、リバースエンジニアリングの対象となる技術情報において”特殊”であるか否かで判断されると考えられるでしょう。

技術情報を営業秘密管理するか否かは上記のことを考慮するべきであり、自社製品のリバースエンジニアリングによって容易に知り得る技術情報はそもそも営業秘密となり得ないことを正しく認識しなければなりません。したがって、このような技術情報は営業秘密管理を視野に入れずに特許出願してもよいし、自社製品が販売されるまでは営業秘密管理する一方で、販売される直前に特許出願又は実用新案出願することもよいでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2021年8月16日月曜日

特許の宣伝広告機能

製品の売り文句として、特許取得、特許出願中、実用新案登録、・・・とのようなものを度々見かけます。多くの人は漠然と”特許=何だかすごい”という印象を持っているので、特許取得といったことがやはり宣伝広告として一定の機能を有しているのでしょう。
しかしながら、このような売り文句が一体どの程度売り上げに貢献できているのかは特許業界からはさっぱりわかりません。

ここで、本ブログではアサヒビールの生ジョッキ缶に関して幾つか記事を書いており、このアクセス数が非常に多くなっています。しかも、知財戦略と題してることからも、専門的な記事であることが分かるにもかかわらずです。

このうち、特にアサヒビールの生ジョッキ缶から考える知財戦略(1)については、今まで書いた他の記事に対して圧倒的に多いアクセス数となっています。

下記はアサヒビールの生ジョッキ缶から考える知財戦略(1)のアクセス数のグラフです。そもそも、本ブログは、一日のアクセス数が平均すると数十程度ですので、一つの記事で一日のアクセス数が500近くになることは過去にありません。


なお、赤丸で示した部分は、生ジョッキ缶の販売休止や再販等の報道が行われたときであり、生ジョッキ缶の報道に合わせてこの記事へのアクセス数が増加していることがわかります。

この記事への流入元はグーグル等による検索からだと思われます。”生ジョッキ 特許”とのようなキーワードで検索するとトップの方に本記事が現れます。実際、この記事を書いた後から、グーグル検索からのアクセス数が増加しています。
すなわち、消費者の一部には、アサヒビールの生ジョッキ缶に特許技術が用いられているという印象が強く根付いているのではないでしょうか。そのうちの一部の人が販売停止や再販といってニュースに触れると、検索しているのだと思います。
この記事に多くのアクセスがあった理由は、アサヒビールが生ジョッキ缶の販売当初に特許出願していると説明し、このことを報じている報道がいくつもあったからだと思います。このため、消費者のうち、少なくない人たちが生ジョッキ缶の特許に興味を持ち、検索によりこの記事を目にしたのでしょう。
このことは、特許が生ジョッキ缶に対する宣伝広告機能を発揮したということになると思います。

では、どのような商品でも”特許”が宣伝広告機能を発揮できるのでしょうか?
必ずしもそうではなく、生ジョッキ缶という商品と特許という宣伝文句は親和性が高く、特許が宣伝広告機能を発揮し易かったのではないでしょうか。
その理由は、生ジョッキ缶が缶ビールでありながら今までにないような泡立ちを生じさせるという、見た目に強いインパクトを与える商品であり、これを生じさせるためには何らかの技術的な背景があることを誰もが容易に想起できるためでしょう。
そのような商品に”特許”という技術的要素を感じさせるキーワードが与えられると、消費者は生ジョッキ缶という商品に対する興味がさらに引き立てられるのではないでしょうか?
このように、商品の特徴の見た目のインパクトとそれを実現させるための技術に特許が用いられる、という商品と特許との組み合わせが分かり易いと特許が宣伝広告機能を発揮し易いと思います。

さらに、知財に詳しくない人であっても、特許は独占的なものであり、他者がそれを使ってはいかないという認識を漠然とながら持っているでしょう。
そうすると今後、生ジョッキ缶と同様な商品を他社が販売すると、それはアサヒビールの模倣品であるという心象を持つ消費者も多く、そのような心象を消費者に持たれてしまうと、他社の製品の売り上げには影響がでるでしょう。その結果、アサヒビールの製品の売り上げは保たれるという構図ができるかもしれません。
このような消費者への心象形成が成功すると、特許というキーワードは、単なる宣伝広告機能以上の効果を与えることができるかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年8月1日日曜日

発明を営業秘密として特定する方法

発明を営業秘密とする場合には、当該発明の特定が必要です。例えば、図面やプログラムのソースコードは、多くはデジタルデータとして記述されているので、あらためて特定に関して意識する必要が無いかもしれません。
しかしながら、発明は技術思想であるため、何らかの形で第三者に理解できるように特定しないといけないでしょう。そもそも、発明を特定しないと秘密管理性、有用性、非公知性も客観的に判断することができません。なお、営業秘密が特定されていないとして棄却(原告敗訴)となった判例には例えば以下のようなものがあります(❝ ❞内は裁判所の判断です)。

(1)セルフィール事件 
  (大阪地裁令和2年3月26日判決 平30(ワ)6183号等)  
❝本件特許の特許公報記載のものを除くセルフィールの成分,成分の含有割合及びそのバランスであると主張するものの,その具体的内容は明らかにしない。この程度の特定では,当該情報の有用性その他「営業秘密」の要件の有無や,当該情報と原告が取得等したとされる情報との同一性等を判断することは不可能又は著しく困難である。❞
(2)小型USBフラッシュメモリ事件
  (知財高裁平成23年11月28日判決 平成23年(ネ)第10033号)
❝そうした寸法・形状での小型化を達成する部品配列・回路構成等との関係でもそれら各要素が両立する事実及びその方法を伝える情報として、全てが組み合わさった情報とはどのような情報なのか不明であり、営業秘密としての特定性を欠くといわざるを得ない。❞
(3)錫合金組成事件
  (大阪地裁平成28年7月21日判決 平成26年(ワ)第11151号等)
❝原告らは、本件合金の成分及び配合比率を容易に分析できたとしても、特殊な技術がなければ本件合金と同じ合金を製造することは不可能であるから、本件合金は保護されるべき技術上の秘密に該当する旨主張する。しかし、その場合には、営業秘密として保護されるべきは製造方法であって、容易に分析できる合金組成ではないから、原告らの上記主張は採用できない(なお、前記のとおり原告らは、本件で本件合金の製造方法は営業秘密として主張しない旨を明らかにしている。)。❞
上記(1)、(2)の事件は、原告が営業秘密であると主張する技術情報が何であるかが特定されていないと裁判所に判断された事件です。
一方で(3)の事件は原告が主張する技術的な効果は、原告が主張する技術情報では得られない効果であり、当該効果を主張するのであれば異なる技術情報(製造方法)を営業秘密として特定するべきであったと裁判所に判断されたものです。すなわち、原告は営業秘密として主張する技術情報を間違っており、本来守るべき技術情報を適切に特定できなかったことを示しています。


では、どのような方法で営業秘密を特定することが好ましいのでしょうか?
不正競争防止法では、営業秘密の特定方法については言及されていません。基本的には第三者(従業員等)が営業秘密であることを認識できるように特定できれば、どのような方法で特定されてもよいと思います。

しかしながら、発明を特定するのであれば、特許でいうところの請求の範囲と同じような形態で特定することが好ましいでしょう。その理由は、現在に至るまで発明を客観的に理解する方法として膨大な知見が得られている方法であり、また、特許侵害の裁判においてもその解釈手法は確立されているためです。
❝そこで、秘密保持契約締結前に自社が保有していた秘密情報のうち特に重要なものだけでも秘密保持契約の別紙において明確に定めておくことが考えられる。 これにより、自社の重要な情報を確実に秘密情報として特定できるとともに、上記リスクを回避することができる。なお、秘密保持契約の別紙において定義をする際には、弁理士に対して、特許請求の範囲を記載する要領で作成を依頼することも考えられよう。
なお、特許請求の範囲と同様の形態で営業秘密とする発明を特定するのであれば、上位概念から下位概念へ段階的に発明を特定することになります。
段階的な発明の特定は、単に営業秘密を特定するだけでなく、発明の重要度を関連付けることができるでしょう。すなわち、上位概念よりも下位概念の方が発明としてより具体的、換言すると実際に製品化する形態に近くなり、第三者による模倣がより容易になるでしょう。
そうであれば、例えば下記のように、営業活動等において先方に開示可能なランク付けにそのまま適用できるかと思います。
・項目1(請求項1)は顧客候補には開示可能。
・項目2(請求項2)は秘密保持契約締結後に開示可能。
・項目3(請求項3)は顧客にも開示不可。
これにより、顧客に開示してもよい技術情報、顧客であっても開示してはいけない技術情報が明確になり、技術情報の不要な開示を防止できるかと思います。

以上のように、発明を営業秘密として特定するためには、特許請求の範囲と同様に特定することが最も好ましいと思います。また、このことを弁理士の業務として広めることによって、弁理士の仕事の幅が確実に広がることになるでしょう。そのためには、弁理士も営業秘密に浮いてより深い理解が必要かと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年7月25日日曜日

特許出願件数と企業の研究開発費の推移

先日、特許庁から「特許行政年次報告書2021年版」が発表されました。
それによると、2020年の特許出願件数は288,472件であり、2019年の307,969件に比べて2万件弱減少しています。これはコロナ禍の影響であると思われ、特許出願をコストと考える側面も大きい現状では特許出願件数が減少することは容易に予想できたことです。

ここで下記のグラフは、近年における国内の特許出願件数と企業の研究開発費の推移を示したものです。

このように、国内の特許出願件数は、2001年をピークに減少傾向を示しており、2009年にはリーマンショックの影響により大きく減少し、2020年は上記のようにコロナ禍の影響により30万件を切ることとなりました。
日本企業の研究開発費もリーマンショックによりいったんは減少しましたが、2018年にはリーマンショックを超える金額にまで回復しています。しかしながら、日本企業の研究開発費も2020年には一時的には減少しているのでしょう。
研究開発費の減少は一時的なものになると思われますが、特許出願件数はどうでしょうか?2021年以降には回復するのでしょうか?

一方で、PCT国際出願件数は、2020年は前年に比べて減少しているものの国内の特許出願件数とは異なる動向を示しています。
下記グラフは、研究開発費、特許出願件数、PCT国際出願件数の1995年を基準とした増減率を示したグラフです。
このように、PCT国際出願件数は研究開発費や特許出願件数の増減とは関係なく、右肩上がりの増加傾向にあります。これは、そもそもPCT国際出願件数が少なかったという理由が大きいのかもしれませんが、国内の特許出願件数と比べて逆の増減を示していることは面白いかと思います。

ここで、国内の特許出願件数の減少をもってして、近年の日本の技術力が低下しているということを主張する人がいるようですが、もしそうであるならばPCT国際出願件数の増加はどのように考えるのでしょうか?本当に日本の技術力が低下しているのであれば、PCT国際出願件数が増加傾向とはなり得ないでしょう。

国内の特許出願件数が減少する一方でPCT国際出願件数が増加する理由は、やはり、国内の特許出願を行うか否かの精査が行われているからだと思います。すなわち、本当に必要な特許出願を行うという傾向の表れではないでしょうか?そこには、コスト意識もあるでしょうし、秘匿化の意識もあるでしょう。
一方で、PCT国際出願にかかる費用は国内の特許出願の比ではありません。このため、よりコスト意識は強くなるはずにもかかわらず増加傾向にあるということは、それだけ価値(技術的又はビジネス的な価値)のある発明が創出されていることを示唆しているとも考えられます。
とはいえ、特許出願はコストやその他の要因により行うか否かが決定されるので、特許出願件数によって日本の技術力を語ることは無意味ではないかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年6月27日日曜日

QRコードの普及から考える知財戦略(4 最終回)

前回のQRコードの普及から考える知財戦略(3)の続きです。


前回まではQRコードの知財戦略を知財戦略カスケードダウンに当てはめましたが、今回はQRコードの信頼性維持のための技術的側面からのブランド戦略について説明します。

QRコードは「誰もが自由に安心して使えるようにする」という事業戦術のもと普及が行われました。しかしながら、もしQRコードの信頼性が低いと「誰もが安心して使える」ものとはなりません。そこで、この「誰もが安心して使える」ものにするために、デンソーは「QRコード」の商標権を取得するだけでなく、技術的側面からもブランド維持を行っています。

そのうちの一つが、QRコードそのものの特許を取得してそれをオープンにする一方で、模倣品や不正用途を行う者に対しては権利行使を行うという方針です。デンソーは実際に一件の警告を行ったことがあるとのことです(参考:QRコードの普及から考える知財戦略(2))。
これにより、信頼性を損ねるような形でQRコードを使用する者を排除し、QRコードの信頼性を保つことができます。


また、デンソーは読取装置に関しても特許権を取得し、ライセンスを与えることにより他社による読取装置の製造販売を可能としています。そして、下記のように(論文のp.27 「議論3 ブランド化について」読取装置に関しても信頼性を損ねる製品が市場に出回ることを防止することを行っています。
もし、デンソーウェーブ以外の製品性能が悪いとQRコードの優れた特徴が発揮できません。そこで、運用に支障を与えない性能や品質が最低限に確保できるよう、読み取り、印字のノウハウ開示をしました。
特許公報に記載されている技術だけでは、製品を製造できず、特許公報に記載されていないノウハウも重要であることはよく知られています。デンソーはそのようなノウハウもライセンス先に提供し、最低限の製品性能を発揮できるように手助けしているようです。デンソー自身も読取装置を販売しているにもかかわらずです。
下手をしたら、ライセンス先企業の読取装置にシェアを奪われる可能性のある行為とも思えます。しかしながら、デンソーは、他社との差別化を図れる画像認識技術については秘匿化することで、自社の読取装置の市場優位性を高めています。

さらに、論文のp.22の左欄「3.4 事業化のシナリオ」には以下のような記載があります。
また、QRコードを進化させる技術とノウハウを活用してユーザの用途開発をサポートすることにより、いち早く市場ニーズを把握でき、競合他社より優位に立てることもできた。
まさに、QRコードの開発企業として、常に他社よりも先に立ち、それを優位性として事業収益に貢献させるということでしょう。
このことは、知財とは直接的には関係ないようにも思えますし、そもそもの開発元であるということを鑑みれば当然の戦略とも思えます。しかしながら、QRコードに関してデンソーは特許権を他社に対する優位性を保つという位置付けとしていないからこそ、どこに自社の優位性を見出すかということを考える強い動機付けになるとも思えます。

以上のように、QRコードの知財戦略について考えてみました。
デンソーの行った知財戦略は、単にQRコード及びその読取装置の特許を取得したというものではありません。事業を意識して特許化又は秘匿化をする技術を選択しています。さらに、特許化しても一部はオープンにしたり、ライセンスしたりし、ライセンス先にはノウハウの開示も行っています。
その結果、事業目的である「QRコードを普及させる」を達成できたことを疑う余地はないでしょう。
まさに、事業と知財との連携が成功した事例かと思います。

一方で、知財が事業を理解していなかったらどうなっていたでしょうか?知財が事業を理解していなかったとしても、QRコードの新規性・進歩性には関係がないため、特許権は取得できます。すなわち、知財単体としてはある意味で成功でしょう。
しかしながら、QRコードの特許権をオープン化やライセンス等せずに、第三者に対して警告等の権利行使を行ったとしたら、QRコードは広く普及せずに、事業目的を達成することはなかったでしょう。
これでは、知財としては成功であるものの、事業としては失敗ということになります。知財は事業を成功させるためにあるものですから、もしそのような結果になってしまったら知財の意味がありません。知財は事業を成功に導くものであり、事業無くして知財はあり得ないと考えます。

このように、デンソーのQRコードの知財戦略は、事業を成功させるための知財の役割を理解するための好例であると思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年6月20日日曜日

QRコードの普及から考える知財戦略(3)


前回は「QRコードそのもの」の知財戦略を知財戦略カスケードダウンに当てはめて解説しました。今回はQRコードの「読取装置」の知財戦略を自在戦略カスケードダウンに当てはめて解説します。

前々回のQRコードの普及から考える知財戦略(1)において、事業戦術を下記の3つとしました。
(1)業界標準を取得し、業界からISOの規格化を要請してもらう
(2)誰もが自由に安心して使える環境作り
(3)事業収益は慣れ親しんだ読取装置・サービスをQR市場に提供

このうち、(3)がQRコードの読取装置を知財とする場合に考慮にすべき事業戦術であると考えます。すなわち、読取装置に対する知財目的は「QR市場に提供することで事業収益を得る」ことになります。
このように、デンソーは、QRコードそのものを無償で誰でも使用できる環境を作る一方で、その読取装置に関しては無償とはせずに、デンソーが有償で提供することで収益を挙げるという事業戦術を立案しました。

では、この知財目的を達成するための知財戦略をどのようになるでしょうか。
上記論文における「3.4 事業化のシナリオ」のp.22には下記のように記載されています。
事業収益は慣れ親しんだ読取装置・サービスをQR市場に提供することにし、QRコードの読み取り装置をクローズにした。
事業収益を得るためには、やはり、QRコードのように読取装置の技術をオープンにすることはできません。 他社が同様の読取装置の製造販売を行い、その結果、QRコードが普及したとしてもデンソーは十分な利益を挙げることができない可能性があるためです。
そうすると、「読取装置の技術をクローズとする」これが読取装置の知財戦略となるでしょう。

技術情報のクローズ化、これは二通りのやり方があります。
特許化と秘匿化です。読取装置の技術と一言で言っても、様々なものが有ります。どのようの技術を特許化又は秘匿化するのか、この選択が知財戦術となります。

これに関連して、上記論文における「3.4 事業化のシナリオ」のp.22には下記のように記載されています。
読み取り装置の核となる画像認識技術は特許出願せずに秘匿化し、それ以外の読み取り装置に関しては特許を取得してライセンス提供する方針を採った。
このことから、知財戦術として下記の2つが選択されたことが分かります。
(1)読取装置の画像認識技術は秘匿化
(2)画像認識技術以外はラインセンスを目的とした特許出願

このように、デンソーは読取装置の技術を見極め、かつ収益の源泉を想定して、技術ごとに権利化、秘匿化を選択しました。特に読取装置の技術は、プログラムに関するものであり、他社によりリバースエンジニアリングが難しいので秘匿化には大きな意味があります。

ここで、プログラムであっても自社で開発した新規技術の多くを特許化するという方法を選択する企業があります。そのときの知財担当者は、特許化したところで他社による侵害発見が困難であることを認識しています。しかしながら、他社に同じ技術を特許化されると困るという理由で特許出願します。その結果、単に自社開発技術を公開しているに過ぎない場合も多いでしょう。
一方で、QRコードの読取装置に関して、デンソーは事業の収益を挙げることを目的として、技術内容に応じて特許化と秘匿化とを選択しており、正に事業を意識した知財といえるでしょう。

また、面白いことに、デンソーは特許化した技術はライセンスするという戦術を選択しています。QRコードそのもを無償としているのであれば、読取装置は自社のみが市場に提供することでより多くの収益を挙げることを選択しそうなものです。

しかしながら、デンソーは読取装置の特許をライセンスしています。なぜでしょうか?
ここからは想像なのですが、読取装置をデンソーのみが製造販売するという市場を形成してしまうと、他社はQRコード市場で収益を挙げることができません。
そこで、QRコードのような2次元コードの優位性を認識した他社は、QRコードとは異なる独自の二次元コードを開発する可能性があると思われます。そうすると、2次元コードの市場がQRコードと他のコードに分裂し、結果的にQRコードの市場が十分に拡大しないということをデンソーは懸念したのではないでしょうか?
一方で、読取装置の特許をライセンスすることで、他社もQRコードの読取装置を製造販売して収益を挙げることができます。そうすると、他社はQRコードとは異なる2次元コードを開発するよりも、デンソーからライセンスを受けることでQRコードの市場に参入する方が低いリスクで収益を挙げることができます。
この結果、2次元コード=QRコードという市場が確立し、QRコードはより普及の度合いを高めることができ、結果的に、デンソーは読取装置による収益増を得られるという、事業戦略だったのではないでしょうか?

また、デンソーは画像認識技術を特許化、すなわちライセンスの対象とせずに秘匿化しています。この画像認識技術は、デンソーが他社に比べて優位性を保つことができる技術という位置付けでしょう。
すなわち、特許化した読取装置の技術は、QRコードを読み取るための最低限の技術であり、ライセンスを受けた他社はデンソーの読取装置よりも優れた読取装置を製造販売することは難しいでしょう。
そうすると、より精度高くQRコードを読み取りたい顧客企業はデンソー製の読取装置を選択することになります。この結果、デンソー製の読取装置は他社製の読取装置と差別化でき、収益にも貢献するのでしょう。

このように、デンソーは、QRコードの読取装置に関して、特許化、秘匿化を巧みに選択し、かつ他社へのライセンスにより読取装置で得られる利益の最大化を図ったと考えられます。

次回は、QRコードのブランドを守るための戦略や、その後の戦略について述べます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年6月13日日曜日

QRコードの普及から考える知財戦略(2)


前回述べたように、QRコードは読取装置によって読み取られるものであるため、技術要素としては「QRコード」と「読取装置」とのように2つがあります。
今回は、技術要素としての「QRコード」を知財戦略カスケードダウンにあてはめ、「QRコード」の知財目的・戦略・戦術について述べます。
前回のQRコードの普及から考える知財戦略(1)において、事業戦術を下記の3つとしました。
(1)業界標準を取得し、業界からISOの規格化を要請してもらう
(2)誰もが自由に安心して使える環境作り
(3)事業収益は慣れ親しんだ読取装置・サービスをQR市場に提供

このうち、(2)がQRコードを知財とする場合に考慮にすべき事業戦術であると考えます。すなわち、QRコードに対する知財目的は「誰もが自由に安心して使える環境作り」を達成することと考えられます。

では、この知財目的を達成するための知財戦略をどのようになるでしょうか。
上記論文における「3.3 普及のシナリオ」のp.22には下記のように記載されています。
誰もが自由に安心して使える環境作りで、上記以外にQRコードの特許を以下のように活用した。QRコードの利用者には特許権利をオープンにし、QRコードの模倣品や不正用途に関しては特許権利を行使して、市場から排除する方針を採った。
上記記載には、QRコードの特許権取得までが記載されていますが、これは後述する知財戦術にあたると考えます。知財戦術として特許権の取得するに至る考えが知財戦略であり、上記記載からは知財戦略として下記の2点が考えられます。

(1)利用者にはQRコードをオープンにする。
(2)QRコードの模倣品や不正用途を排除する 。

これにより、知財目的である「誰もが自由に安心して使える環境作り」を達成することとなります。なお上記(1)と(2)は一見して相反するものとも思えますが、これを達成するための具体的な方策がQRコードに対する知財戦術となり、既に述べているように「QRコードの特許権取得」となります。

ここでQRコードの特許権取得は、「QRコードをオープンにする」という知財戦略からすると、特許出願に対する労力や費用、さらに特許権の維持コストを鑑みるとデンソーにとっては無駄なようにも思えます。単に技術をオープンにするのであれば、特許権取得は不要であり、かつ技術をオープンにするだけでは当該技術から直接的な収益を挙げることはできないためです。
しかしながら、上記論文の記載の続きには下記のように記載されています。
また、特許権を取得したことで、他の特許侵害で訴えられない証明となり、ユーザが自由に安心して使える環境を提供した。
このように、デンソーが特許権を取得し、かつその使用をオープンとすることでユーザは安心してQRコードを使用することができるようになります。ある意味で、デンソーがユーザを守ることとなり、QRコードの特許権取得は「誰もが自由に安心して使える環境作り」という知財目的の達成に寄与します。

さらに、QRコードの模倣品や不正用途に対しては、特許権を行使することで排除することが可能となります。これは、知財戦略の「(2)QRコードの模倣品や不正用途を排除する 。」を達成することとなります。このようなデンソーによる特許権行使は、QRコードを正しく利用しているユーザにとっても、より安心感のある情報コードという信頼を守ることとなります。このことは、まさにQRコードのブランドを守ることになるでしょう。

なお、上記論文のp.27の議論2に下記記載があり、デンソーは実際に特許権を用いてQRコードの模倣品排除を行っていたようです。
模倣品や不正用途を発見した場合は、当社の特許権利を侵害していると警告し、警告しても止めなければ権利行使することにしていました。これまでに、模倣品で1件だけ警告したことがあります。
以上説明したように、デンソーはQRコードの特許権を取得しました。しかしながら、特許権取得の目的が明確であるため、権利行使を行う相手も明確となっています。もし、特許権取得の目的が明確になっていなかったら、又は特許権取得の目的を理解していなかったQRコードの普及はどうなっていたでしょうか?
同じ特許権の取得であっても、その目的が明確になっている場合とそうでない場合には、その事業が全く異なる結果になるかもしれません。

次回は、QRコードの事業で利益を得るための知財戦略、すなわち知財戦略カスケードダウンにおける「読取装置」の知財目的・戦略・戦術について解説します。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年6月7日月曜日

QRコードの普及から考える知財戦略(1)

(株)デンソーが開発した2次元コードであるQRコードを使ったことがない、若しくは見たことがないという人はいないでしょう。それくらい、QRコードは広く普及している情報コードです。
このQRコードの普及に関して、「QRコードの開発と普及-読み取りを追求したコード開発とオープン戦略による市場形成-」という論文が発表されています。

今回は、このQRコードに関する知財戦略について、上記論文を参照して知財戦略カスケードダウンに当てはめてみたいと思います。なお、知財戦略カスケードダウンの概要については、パテント誌2021年4月号に掲載の「知財戦略カスケードダウンと三方一選択」に記載しています。

QRコードの戦略について、その概要が経済産業省のHP「標準化ビジネス戦略検討スキル学習用資料」にある「標準化をビジネスで⽤いるための戦略」の12ページに下記のように端的に記載されています。
・ (株)デンソー(現︓(株)デンソーウェーブ)は、物品流通管理の社内標準であったQRコードを普及させるため、基本仕様をISO化。必須特許はライセンス料無償で提供することで市場を拡⼤。
・QRコードの認識やデコード部分を差別化領域とし、QRコードリーダ(読み取り機)やソフトウェアを有償で販売し、QRコードリーダーでは国内シェアトップを獲得。
・QRコード⾃体が普及すれば収益が上がるビジネスモデルを確⽴。
QRコードは、その読取装置とセットになって初めて機能するものです。
そこで、デンソーは、QRコードを自由技術化し、読取装置の販売等によって利益を挙げるというビジネスモデルを選択しました。このような戦略を実現するために、デンソーはQRコードや読取装置に関する特許権を取得しています。下記の特許権がそれらの基本特許であると思われます。

<QRコード>
特許第2938338号
(出願日:平成6年(1994)3月14日)
【請求項1】  二進コードで表されるデータをセル化して、二次元のマトリックス上にパターンとして配置した二次元コードにおいて、 前記マトリックス内の、少なくとも2個所の所定位置に、各々中心をあらゆる角度で横切る走査線において同じ周波数成分比が得られるパターンの位置決め用シンボルを配置したことを特徴とする二次元コード。
<読取装置>
特許第2867904号
(出願日:平成6年(1994)12月26日)
【請求項1】  2進コードで表されるデータをセル化して、2次元のマトリックス上にパターンとして配置し、マトリックス内の、少なくとも2個所の所定位置に、各々中心をあらゆる角度で横切る走査線において同じ周波数成分比が得られるパターンからなる位置決め用シンボルを配置した2次元コードを読み取るための2次元コード読取装置であって、・・・

このように、QRコードに関する「技術要素」(「知財戦略カスケードダウンと三方一選択」でその概念を説明しています。)として「QRコード」そのものと「読取装置」のように2つあることが理解できます。
そして、QRコードは、特許権を取得したものの誰でも使えるように自由技術化(オープン)する一方、読取装置は収益をあげるために権利化及び秘匿化(クローズ)しています。このように、QRコードの普及とそれに伴う収益を目的として、オープン・クローズ戦略をデンソーは行いました。

QRコードの普及と収益に関するオープンクローズ戦略は、何もないところからいきなり現れたわけではありません。そこには、事業としてのアイデアがあり、そのアイデアを実現するためにオープンクローズ戦略が選択され、発明に対して権利化、秘匿化、自由技術化(三方一選択)が行われたのでしょう。

その流れがまさに知財戦略カスケードダウンであり、以下ではQRコードの知財戦略をこれに当てはめます。
まずは、事業についてです。
上記論文の「QRコードの開発と普及-読み取りを追求したコード開発とオープン戦略による市場形成-」におけるp.20左欄の「3.1 開発コンセプトと開発目標」には以下の記載があります。
どのようなに優れたコードを開発しても、社会に広く実用化されなければ企業としては成功と言えない。そので、QRコードを世界中に普及させる目標を持ち、以下のコンセプトでQRコードを開発した。
このことから「QRコードを世界中に普及させる」ことが事業目的となるでしょう。

また、上記論文のp.21右欄の「3.3 普及のシナリオ」には以下の記載があります。
どんなに良いコードを開発しても、インフラが整備され、誰もが自由に安心して使えなければ普及しない。特にインフラ整備は当社だけでは困難であり、また普及に時間が掛かると他の2次元コードや新しい技術が浸透する可能性がある。そこで、普及フェーズでは多くの企業にQR市場への参入を促し、インフラ整備に協力してもらい、早期にQR市場を形成させることが鍵になると考えた。
このことから「誰もが自由に安心して使えるようにすると共に、早期にQR市場を形成させる」ことが事業戦略となるでしょう。

そして、上記論文の「3.3 普及のシナリオ」と「3.4 事業化のシナリオ」から事業戦術は下記の3つであると考えます。
(1)業界標準を取得し、業界からISOの規格化を要請してもらう。
(2)誰もが自由に安心して使える環境作り
(3)事業収益は慣れ親しんだ読取装置・サービスをQR市場に提供

デンソーは、この事業戦術のうち(2)と(3)に対して知財を用いることでより良い形で実現したと思います。

次回では、知財戦略カスケードダウンにおけるQRコード及びその読取装置に対する知財目的・戦略・戦術について説明します。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年4月25日日曜日

アサヒビールの生ジョッキ缶から考える知財戦略(3 最終回)

前々回はアサヒビールの生ジョッキ缶から考える知財戦略(1)です。

<パターン3:生ジョッキ缶市場を拡大する目的で、缶内面の凹凸等を特許出願>

ここまでは、”生ジョッキ缶の市場独占”を事業戦術として選択する場合を想定しました。
一方、自社だけでは生ジョッキ缶市場の拡大が難しいと考え、他社に生ジョッキ缶市場の参入を促すことで市場の拡大を図ることを事業戦術とする可能性もあるでしょう。市場拡大によって他社との競争が発生しますが、他社に対して自社の優位性を保つことで、市場独占よりも大きな売り上げの増加を狙います。これがパターン3です。

以下にパターン3における事業目的・戦術・戦略、これに基づく知財目的・戦略・戦術を記します。

・事業
目的:新規な製品により缶ビールの販売増
戦略:缶ビールでありながら、生ビールのような泡立ちを生じさせる製品の販売
戦術:フルオープン缶により沸きでるような泡立ちを再現
   泡立ちの原理(缶内面の凹凸)を公開することで技術力アピール
   他社の市場参入を促し、生ジョッキ缶市場の拡大     

・知財
目的:他社の市場参入を促し、生ジョッキ缶市場の拡大
戦略:技術を公開しつつ、自社の優位性を保てる技術は特許権を取得
戦術:自由技術(フルオープン缶の形状、炭酸ガス圧の数値範囲)
   権利化缶内面の凹凸の優位性を保てる数値範囲
他社の参入を促して市場を拡大するためには、知財戦略として発明の”自由技術化”が選択されるでしょう。自由技術化は、換言すると権利化を伴わない技術の開示です。
技術の開示は、経営方針に記載されているような開示やホームページによる開示、自社が発行する技術文献による開示があります。また、特許出願による開示もあります。

特許出願は特許権を取得するために行うものですが、特許請求の範囲の技術的範囲に含まれない技術は他社が自由に実施可能な技術となります。そうすると、自社製品が優位性を保てる技術に対して特許権を取得する一方で、他社が当該製品を製造可能な程度の技術は権利取得しないという選択もあります。
これにより、他社による当該製品の市場参入を促す一方で、自社製品の優位性を保つ技術を権利化して他社製品との差別化を行い、市場拡大による自社利益の最大化に貢献できると考えられます。

これを生ジョッキ缶に当てはめるて考えます。
まず、フルオープン缶の形状は、生ジョッキ缶に必須の形状であると考えられます。これを権利化してしまうと、他社は生ジョッキ缶市場へ参入し難くなるため、権利化は行わずに自由技術化とします。

そして、特許出願によりアサヒビールは自社が他社に対して優位性を保てると考える”缶内面の凹凸の数値範囲”、具体的にはより効果的に泡立ちを発生させることができる数値範囲で特許権を取得することを目指します。
一方で、特許請求の範囲に含まれない数値範囲、すなわちそれなりに泡立たせることができる凹凸の数値範囲は自由技術とし、他社による生ジョッキ缶の市場参入を促します。また、炭酸ガス圧や凹凸を形成するための塗料の組成や焼き付けに関する技術も開示し、より他社が実施し易いようにすることも考えられます。

以上のように、新規な製品カテゴリ(新ジャンル)であれば、敢えて技術情報の一部(他社の市場参入を促す技術情報)を自由技術化することで市場の拡大を図ることが考えられるでしょう。そして、拡大した市場の中で優位性を保てる技術を権利化することで、当該市場に占めるシェアを大きくし、その結果、市場を独占する場合よりも大きな利益を得ることを目指すという知財戦術も考えられます。

なお、このような発明の自由技術化は市場の拡大に役立つと考えられる一方で、他社が自社よりも良い製品を販売することで、自社のシェアが大きくならず、結果的に市場を独占した場合よりも利益が小さくなる可能性も想定されます。このため、自社の技術力及びブランド力等も鑑みて、市場独占又は市場拡大を選択することになるかと思います。


<まとめ>

本ブログではアサヒビールの生ジョッキ缶に対して、市場独占のための特許化、市場独占のための秘匿化、市場拡大のための自由技術化と特許化、とのように3パターンの知財戦術を検討しました。

ここで、発明を特許出願して独占排他権を得ることができれば、事業に対して非常に有益です。しかしながら、特許出願は技術を公開することになるので公開リスクがあります。もし、安易な特許出願を行うと他社に技術を教えることになり、事業戦術(知財目的)とは異なった結果を招く可能性もあります。

一方で、発明を秘密にすることも十分な検討が必要です。自社製品をリバースエンジニアリングすることで容易に知り得る技術は実質的に秘密にできません。また、他社が比較的容易に思い付きそうな発明は他社に特許権を取得される可能性があります。そのような発明に対しては秘匿化よりも特許化のほうが良いでしょう。

さらに、自由技術化は発明を世に広めるためには良いですが、自社開発技術を他社に自由に使用させることになるので、最も慎重になる必要があります。なお、自由技術化にしても、権利を取得したうえで、権利行使を行わないことを宣言することで実質的に自由技術化することもできます。

このように、発明を知財として扱う場合には、権利化、秘匿化、又は自由技術化の3種類しか選択肢はありませんが、その選択を事業に基づいて適切に決定するというものが、このブログで提案している知財戦略カスケードダウンです。

ここで、生ジョッキ缶に対する知財戦略・戦術としては、個人的にはパターン2のようなものが適しているのではないかと思います。
アサヒビールの生ジョッキ缶は話題性も高く、すぐに販売中止となるような人気です。おそらく、アサヒビール以外の他社も生ジョッキ缶と同様の製品の販売を目指すことになるでしょう。
その場合、既にアサヒビールが開示している缶内面の凹凸等の技術情報や、今後発行される特許公開公報で開示される技術情報は最も参考になる資料となります。
ところが、特許権は審査を経て取得されるものですので、既述のように最終的にどのような権利を得ることが出来るのかわかりません。そのため取得した特許権が思ったような技術的範囲とならない可能性もあります。

一方で、生ジョッキ缶の凹凸に関する情報を秘匿化しても、遅かれ早かれ他社も同じ技術に達する可能性は高いと思いますが、販売までにそれ相応の時間を要すると思います。このため、他社が同様の製品を販売するまでの間に、”生ジョッキ缶=アサヒビール”とのようなイメージを消費者に植え付け、自社製品の優位性を高めた状態にし、他社が参入したとしても高いシェアを維持するという戦術が取れると思います。
すなわち、生ジョッキ缶で高い利益を維持することを目的として、”技術的優位性”から”ブランド優位性”に知財戦略・戦術を変化させる時間的余裕を得ることができるでしょう。

以上のようにアサヒビールの生ジョッキ缶は、技術的にも興味深いものであり、缶ビールの新しいジャンルとも捉えることができる面白い題材であるので、このブログで提案している知財戦略カスケードダウンに当てはめて検討してみました。
アサヒビールの生ジョッキ缶に対する知財戦略・戦術が一体どのようなものであるのかはわかりませんが、今後、特許公開公報が発行されることで、どのような技術の権利化を狙っているのかが分かり、生ジョッキ缶に対する知財戦略・戦術を理解できるかもしれません。また、他社が生ジョッキ缶と同様の製品を製造販売するか否か、それに特許がどのような影響を与えているのかも分かるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信 

2021年4月18日日曜日

アサヒビールの生ジョッキ缶から考える知財戦略(2)


<4.知財戦略カスケードダウンと三方一選択のあてはめ>

次に、生ジョッキ缶に関する事業を目的、戦略、及び戦術に細分化し、これに伴う知財の目的、戦略、戦術も細分化し、本ブログで提案している知財戦略カスケードダウンに当てはめます。なお、この細分化は、筆者がアサヒビールが開示している技術情報等に基づいて想像したものであり、実際にアサヒビールがこのように考えているものではなく、アサヒビールの事業戦略や知財戦略とは何ら関係はありません。

今回は、以下の3つのパターンを想定しました。
パターン1:生ジョッキ缶市場を独占する目的で、缶内面の凹凸等を特許出願
パターン2:生ジョッキ缶市場を独占する目的で、缶内面の凹凸等を秘匿化
パターン3:生ジョッキ缶市場を拡大する目的で、缶内面の凹凸等を特許出願

パターン1と2は、目的が同じであるものの、知財として実行手段が異なります。
パターン3と1は、知財として実行手段が同じであるものの、目的が異なります。


<パターン1:生ジョッキ缶市場を独占する目的で、缶内面の凹凸等を特許出願>

パターン1では、生ジョッキ缶市場の独占を事業戦術と仮定します。
生ジョッキ缶は、今までにない新しい缶ビールのジャンルとも思われ、素直に考えると、この新しいジャンルを独占することにより利益の向上が可能になると思われます。
そして、知財としては、生ジョッキ缶に関する技術を権利化して排他的独占権を得ることで、市場の独占を実現することになります。
おそらく、このパターン1が、生ジョッキ缶の戦略としてアサヒビールが考えていることではないかと思います。

以下にパターン1における事業目的・戦術・戦略、これに基づく知財目的・戦略・戦術を記します。

・事業
目的:新規な製品により缶ビールの販売増
戦略:缶ビールでありながら、生ビールのような泡立ちを生じさせる製品の販売
戦術:フルオープン缶により沸きでるような泡立ちを再現
   泡立ちの原理(缶内面の凹凸)を公開することで技術力アピール
   生ジョッキ缶市場の独占     

・知財
目的:生ジョッキ缶市場の独占
戦略:公開した技術について特許権の取得
戦術:権利化(缶内面の凹凸や炭酸ガス圧の数値範囲、フルオープン缶の形状)
   秘匿化(凹凸を形成する塗料の成分)

パターン1の知財戦術では、塗料の成分は秘匿化技術としました。
この理由は、前回のブログでも記したように、缶内面の凹凸を実施する方法として様々な方法があり、塗料による凹凸の形成はその一例にしかすぎず、凹凸の数値範囲で権利化を目指すのであれば、塗料の成分まで特許出願によって開示する必要はないと考えたためです。実際、アサヒビールの経営方針等でも、缶内面の凹凸の形成を塗料で実現することは開示していますが、その成分までは開示していません。

<生ジョッキ缶市場の独占に対する特許出願の妥当性>

生ジョッキ缶の事業戦術及び知財目的として、「生ジョッキ缶市場の独占」を仮定した場合、特許出願を行うことは妥当でしょうか?

特許出願する場合には、その明細書に当業者が発明を実施可能な程度に記載する必要があります。すなわち、生ジョッキ缶に関する技術の多くが特許明細書に記載されています。
そして、前回のブログでも記したように、缶内面の凹凸の数値範囲や炭酸ガス圧の数値範囲で特許権を取得したとしても、他社はその数値範囲に含まれない技術を実施可能です。

確かに、缶内面の凹凸によってビールの泡立ちが良くなるという技術は興味深く、製品の宣伝にも使えるかと思います。現に、生ジョッキ缶を紹介する報道においても、缶内面の凹凸に言及したものが多数あります。
しかしながら、缶内面の凹凸に関して特許権を取得したとしても、その技術的範囲を回避することは比較的容易と思えます。一方で、凹凸を形成する塗料の成分を秘匿化ではなく、特許化することも考えられますが、塗料の成分までも公開してしまうと、この特許権に含まれない塗料の成分を探し出すこと、これも容易かもしれません。
また、炭酸ガス圧の数値範囲を特許化したとしても、特許権に含まれる技術的範囲の回避は容易でしょう。

そうすると、缶内面の凹凸や炭酸ガス圧に関する技術を特許化したとしても、生ジョッキ缶の市場を独占することできないかもしれません。

では、フルオープン缶の形状の権利化はどうでしょうか。
アサヒビールは、経営方針において「高価格帯の食品缶詰等で採用実績はあるが、飲料缶では初採用。」と述べていますが、権利化については言及していません。

ここで、通常の缶ビールで採用されているプルタブ缶では、フルオープン缶で実現できる泡立ちのインパクトは得られません。このため、フルオープン缶は生ジョッキ缶において必須の技術要素とも考えられます。しかも、フルオープン缶はビール缶の飲み口である上面を全開にするという単純な技術です。もしフルオープン缶を権利化できた場合、これを回避する方法はあるのでしょうか?この回避技術の開発は難しいようにも思えます。
そうであれば、フルオープン缶の権利化によって、生ジョッキ缶市場への他社の参入を阻害できるのではないでしょうか。

しかしながら、フルオープン缶は既に食品缶詰等で用いられているので、特許出願しても進歩性をクリアできず、特許権を取得できない可能性が高いと思われます。

一方で、実用新案や意匠による権利化はどうでしょうか?
実用新案であれば、進歩性の判断基準が特許に比べて低いため、フルオープン缶をビール缶に適用したという点をもって、技術評価書で”進歩性あり”と判断される可能性もあるのではないでしょうか(実用新案は無審査で登録されますが、技術評価書を提示して警告した後に権利行使が可能となります。)。また、意匠であれば、創作非容易性の判断基準が特許の進歩性に比べて低いため、これも登録となる可能性があるのではないでしょうか。

このようにフルオープン缶の形状を実用新案登録又は意匠登録できれば、他社による生ジョッキ缶の製造販売を十分に阻害でき、市場を独占できる可能性もあると考えます。

以上のように、缶内面の凹凸等を特許化したとしても、その特許権の技術的範囲の回避が容易であれば、特許化は生ジョッキ缶市場の独占という目的には有効ではないように思えます。もし、フルオープン缶の形状を権利化できない場合には(実際にはこの可能性の方が高いかもしれません。)、缶内面の凹凸等の特許出願によって技術を他社に開示したに過ぎない結果になるかもしれません。
もし、そのような結果になれば、事業戦術及び知財目的である生ジョッキ缶市場の独占どころか、特許出願による技術開示が市場独占の真逆である他社参入を促すことになりかねません。


<パターン2:生ジョッキ缶市場を独占する目的で、缶内面の凹凸等を秘匿化>

では、缶内面の凹凸等を特許出願せずに秘匿化、すなわち企業秘密としたらどうでしょうか?それがパターン2です。

ここで、あらためて、特許等の権利化と秘匿化の違いについて簡単に説明します。
特許等の権利化には技術の開示が必須ですので他社に技術を知られます。これが権利化のリスク(公開リスク)となります。一方で、秘匿化はその名の通り技術を開示しないので、他社に技術を知られません。
しかしながら、特許は独占排他権ですので、他社が自社の特許権の技術的範囲に含まれる技術を実施していたら、この他社は当該特許権の権利侵害となります。もし、他社が自社の特許権を知らずに、同じ技術を自社で独自開発したとしてもです。一方で、秘匿化した自社の技術は、独占排他権ではないので同じ技術を他社が実施していても他社は権利侵害とはならず、自由に実施できます。
このように秘匿化は、特許のように自社の技術を開示しないので公開リスクはありませんが、同じ技術を他社が独自開発しても何もできません。これが秘匿化のリスク(秘匿化リスク)となります。

以下にパターン2における事業目的・戦術・戦略、これに基づく知財目的・戦略・戦術を記します。

・事業
目的:新規な製品により缶ビールの販売増
戦略:缶ビールでありながら、生ビールのような泡立ちを生じさせる製品の販売
戦術:フルオープン缶により沸きでるような泡立ちを再現
   泡立ちの原理(缶内面の凹凸)を公開することで技術力アピール
   生ジョッキ缶市場の独占     

・知財
目的:生ジョッキ缶市場の独占
戦略:公開した技術について特許権の取得
戦術:権利化(フルオープン缶の形状)
   秘匿化(缶内面の凹凸や炭酸ガス圧の数値範囲、凹凸を形成する塗料の成分)

パターン2では、缶内面の凹凸等を秘匿化するので、事業戦術として技術アピールは行いません。このため、他社は生ジョッキ缶が開封時に泡立つ原理を容易には知り得ません。

フルオープン缶の形状は、パターン1でも述べたように見た目で容易に理解でるので、秘匿化はできません。このため、フルオープン缶の形状は、パターン1と同様に権利化を目指します。
パターン1でもパターン2でも、フルオープン缶の形状を権利化できれば、他社による生ジョッキ缶市場の参入に対して、大きな阻害要因となると思えます。しかしながら、プルオープン缶の形状を権利化できない可能性もあります。
すなわち、フルオープン缶の形状を権利化できなかった場合、もしくは権利化をしなかった場合に、パターン1とパターン2とでは市場の独占可能性について大きな違いが出てくると考えます。

<缶内面の凹凸等に対するリバースエンジニアリングの可否>

技術の秘匿化を検討する場合、当該技術を使用した製品をリバースエンジニアリングすることで、他社が当該技術を容易に知り得るか否かが重要になります。
リバースエンジニアリングによって容易に知り得る技術は、公開リスクが実質的にないとも考えられ、積極的に権利化のための出願を行ってもよいでしょう。この考えに基づいたものが、フルオープン缶の形状の権利化です。

では、缶内面の凹凸等が容易にリバースエンジニアリングが可能であるか検討してみましょう。
下記写真のように缶内面の凹凸は視認により確認できず、指で触っても凹凸を感じることはできませんでした。


そのため、缶内面の凹凸の技術が秘匿化されると、泡立ちの仕組みが缶内面の凹凸にあることを容易に知ることはできないようにも思えます。従って、他社は泡立ちの仕組みを試行錯誤して自ら知り得る必要があります。
そのためには、他社は、生ジョッキ缶の内面をSEM等で観察することで凹凸に気づき、さらに内面に凹凸を形成した缶ビールを製造し、アサヒビールの製品のように泡立ちが発生するか否かを確認する必要があるでしょう。
なお、凹凸が泡立ちに影響を与えることは周知のようですので、缶内面の凹凸が秘匿化されても、他社が生ジョッキ缶の凹凸がその仕組みであることには気付くかもしれません。しかし、凹凸が泡立ちの仕組みであることの確信は実際に凹凸を形成した缶ビールを製造するまでは得られないでしょう。

また、他社は凹凸を確認しても、それを再現する方法も試行錯誤する必要があります。いったいどうやって缶内面に凹凸を形成するのか?缶内面には、缶の内容物であるビールに悪影響を与える処理は行えません。アサヒビールは、この技術的な課題を、焼き付け塗装によって解決しました。
凹凸の形成方法は幾つもあるでしょうが、アサヒビールからの技術開示が無ければ、他社は独自で凹凸の形成方法を見つけ出さねばなりません。生ジョッキ缶を製造するためには、これが一番難しいでしょう。
もしかすると、缶内面の凹凸が泡立ちの仕組みであることに気が付いたとしても、焼き付け塗装による凹凸の形成という技術に気が付かず、生ジョッキ缶の再現ができない他社もあるかもしれません。

次に、炭酸ガス圧についてですが、これはどうでしょうか?
アサヒビールの生ジョッキ缶の炭酸ガス圧を、直接的に測定することは難しいのではないでしょうか?その理由は、炭酸ガス圧を測定するためには、生ジョッキ缶を開封する必要があるでしょうが、開封すると同時に炭酸ガスは大気中に開放されるので、生ジョッキ缶内の炭酸ガス圧を測定することは困難なように思えます。
しかしながら、炭酸ガス圧が泡立ちに影響を与えることも周知のようですので、炭酸ガス圧の調整にも他社は気が付くかと思います。

以上のように、アサヒビールが缶内面の凹凸等の技術情報を秘匿化しても、他社はリバースエンジニアリングと試行錯誤により、生ジョッキ缶に使用している技術を知り、生ジョッキ缶を再現するできる可能性があるかと思います。しかしながら、他社が実際に試作品を作るまでには、直感的に数か月~1年以上の期間が必要なのではないでしょうか?そして、販売に至るまでにはさらに時間を要するでしょう。
さらに、言うまでもなく、生ジョッキ缶の技術を再現できない他社は生ジョッキ缶への参入ができません。

<特許出願した場合と秘匿化した場合との違い>
パターン1でも述べたように、缶内面の凹凸を特許出願することにより、他社は生ジョッキ缶を製造するための技術情報を得ることができます。しかしながら、特許権の技術的範囲が他社の市場参入を阻害できるほど広ければ、アサヒビールが市場を長期間に渡って独占できる可能性が高いでしょう。
一方で、特許権の技術的範囲が狭く回避が容易であれば、当該特許権は他社による市場参入の阻害要因となりません。さらに、フルオープン缶の権利を取得できなかった場合には、他社による市場参入の阻害要因はほとんどないようにも思えます。

このように、缶内面の凹凸等の情報を特許化できれば市場を独占できる可能性もありますが、その権利範囲が狭ければ参入障壁とはならないばかりか、開示した技術によって他社参入を促すことにもなり得ます。なお、権利範囲が狭くても、他社が生ジョッキ缶市場に参入するまでは相応の時間を必要とするので、権利範囲が狭くてもある程度の期間は市場を独占できると思われます。


一方、上記のように缶内面の凹凸等の技術を秘匿化したとしても、他社も生ジョッキ缶を再現して製造販売できる可能性はあるかと思います。しかしながら、他社が生ジョッキ缶を試作するまでに要する時間は相当程度必要で、販売するまでには年単位で時間がかかるようにも思えます。すなわち、狭い権利範囲の特許権を取得した場合に比べて、その独占の期間は長くなると考えられます。

以上のように、権利化は審査があるので権利を取得できたとしても、その技術的範囲によっては、市場の独占という当初の目的を達成できない可能性があります。一方で、技術を秘匿化した場合、他社は自力で生ジョッキ缶を再現する必要があります。生ジョッキ缶を再現するための技術の中でも、缶内面の凹凸を形成するための技術開発は難しいことが予想されます。
そのため、たとえ他社が生ジョッキ缶を再現できたとしても、それ相応の期間で市場の独占が可能となるでしょう。もし、生ジョッキ缶を再現できる他社がなければ、半永久的に市場を独占できるかもしれません。

パターン1による権利化とパターン2による秘匿化のどちらが良いのかはわかりません。
しかしながら、重要なことは権利化又は秘匿化により、各々事業に与える影響を正しく理解して判断することにあると思います。

次回は<パターン3:生ジョッキ缶市場を拡大する目的で、缶内面の凹凸等を特許出願>について説明し、<まとめ>で終わります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信