2026年1月25日日曜日

知財戦略:ユーグレナの知財戦略を知財戦略カスケードダウンへの当てはめ

前回のブログでは、ユーグレナ社の知財戦略について述べました。
今回は、このユーグレナ社の知財戦略を知財戦略カスケードダウンに当てはめてみます。
この当てはめは、AIであるCopilotに考えさせたものを修正したものです。


今回は、ユーグレナを食品としたヘルスケア領域に対する事業目的→事業戦略→事業戦術→知財目的→知財戦略→知財戦術を考えました。

★事業★
<1.事業目的(ヘルスケア領域)>
ユーグレナ由来成分を活用した高付加価値食品市場の拡大
<2.事業戦略(目的を達成するための大まかな方策)>
ユーグレナ成分の独自性を活かした差別化
・他社が模倣できない独自成分・独自加工技術を確立する
・科学的エビデンスを強化し、機能性食品としての信頼性を高める
<3.事業戦術(戦略を実行する具体的施策)>
・戦術A-1:新規ユーグレナ成分の探索・分析
・戦術A-2:粉末化・加工技術の改良
・戦術A-3:機能性表示食品の届出・エビデンス取得

事業戦術としては、上記のようにA-1~A-2の3つが出てきました。
そこで、それぞれの事業戦術ごとに知財目的→知財戦略→知財戦術を下記に記します。

★知財(事業戦術A-1:新規ユーグレナ成分の探索・分析)★
<1.知財目的>
新規成分の独自性を保護し、競合による模倣・追随を防止する。
(理由)
新規成分はヘルスケア事業の差別化源泉であり、成分そのものの独占が市場優位性を決定するため。
<2.知財戦略>
成分・組成・機能に関する特許を積極的に取得し、広いクレームで独占領域を確保する。
(戦略の方向性)
成分そのもの(物質特許)、成分の組成・含有量、成分の機能・用途を広く権利化する。
<3.知財戦術>
・成分特許のクレーム最適化
  新規成分の化学構造・組成・特徴を広くクレーム化
  競合が回避しにくいパラメータ範囲を設定 
  実施例を複数用意し、特許の強度を高める
・分析データの体系化
  成分分析データ(HPLC、MS、NMRなど)を特許明細書に反映
  機能性データ(抗酸化、免疫、代謝など)を用途クレームに活用
  科学論文より先に特許出願するフローを構築


★知財(事業戦術A-2:粉末化・加工技術の改良)★
<1. 知財目的>
加工プロセスの独自性を保護し、製品品質の差別化を維持する。
(理由)
粉末化・加工技術は製品の安定性・味・溶解性などに直結し、食品としての競争力を左右するため。
<2.知財戦略>
加工プロセスは特許化を基本としつつ、秘匿化すべき工程はノウハウとして管理するハイブリッド戦略を採用する。
(戦略の方向性)
  市販品から逆解析できる部分 → 特許化
  工場内でしか分からない工程 → 秘匿化
<3. 知財戦術>
・プロセス特許の取得
  粉末化条件(温度、圧力、乾燥条件など)をクレーム化
  粉末の粒度・含水率・安定性など製品特性を特定したクレームを設計
  市販品から侵害調査が可能な「製品クレーム」を優先
・秘匿化すべき工程の選別
  工場内でしか分からない工程(撹拌条件、投入順序など)は秘匿化
  特許出願前に秘匿技術との境界を明確化

★知財(事業戦術A-3:機能性表示食品の届出・エビデンス取得)★
<1. 知財目的>
消費者庁に届け出る機能性エビデンスを特許に反映し、機能性表示食品の独占領域を確保する。
(理由)
機能性表示食品の届出データは、用途特許の強力な裏付けとなり、競合の参入障壁を高めるため。
<2.知財戦略>
機能性データを用途特許に組み込み、食品カテゴリーごとに用途特許網を構築する。
(戦略の方向性)
  「機能 × 食品形態」の組み合わせで特許網を形成
  科学的エビデンスを特許に反映し、強い用途特許を取得
<3.知財戦術>
・用途特許の網羅化
  免疫、疲労、腸活、代謝など機能性ごとに用途特許を出願
  飲料、サプリ、菓子、プロテインなど食品形態ごとにクレームを設計
  競合が回避しにくい用途クレームを設定
・機能性データの特許活用
  届出データに使用したヒト試験データを特許明細書に反映
  エビデンスを複数の用途クレームに展開
  科学論文より先に特許出願するフローを整備

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年1月18日日曜日

知財戦略:ユーグレナ社の知財戦略

知財戦略は、主として特許等の権利化(公知化)する技術と秘匿化する技術の選択(オープン・クローズ戦略)であると考えます。
このオープン・クローズ戦略の典型的な例としてユーグレナ社の知財戦略を挙げます。

まず、ユーグレナ(Euglena/和名:ミドリムシ)は植物と動物の両方の性質を併せ持つ単細胞微生物です。ユーグレナの大きさは50μm程度で葉緑体を持ち光合成が可能である一方、光がなくても有機物を栄養源に増殖し、大量に培養することが可能です。
ユーグレナは非常に栄養バランスが良く、人に必要な約59種類の栄養素を含むとされます。このため、食品やサプリに主に用いられています。さらに、ユーグレナの用途としては、化粧品、創薬、バイオ燃料等があります。

(1) 知財の基本戦略:特許と秘匿化のハイブリッド
ユーグレナ社は、特許戦略と秘匿化戦略を使い分けることを明確に方針化しています。
栄養豊富な微細藻類「ユーグレナ(ミドリムシ)」の大量培養技術(特に培養方法そのもの)については、詳細を公開することで権利化するよりも、秘匿化してノウハウとして管理する戦略を採っています。
この理由は、大量培養技術の詳細手順を開示して特許化すると、競合が模倣しやすくなる上、工場内で実施される技術の特許侵害を確認するのが難しいという理由からです。

一方で、ユーグレナを粉末化したり、特定の用途や加工方法、製品形態に関する発明などの技術については、特許として出願・権利化しています。
 こうした用途・加工関連の特許は、競合製品を購入して含有物や構成を調べることで侵害の有無を比較的容易に確認できるため、権利行使もしやすいと考えられるためです。

(2)培養技術の秘匿(オープン・クローズ戦略)
ユーグレナ社は「世界初の屋外大量培養技術」を開発していますが、その核心部分は特許にしていません。その背景は次の通りです:
詳細を公開すると技術内容が明らかになり、競合が同じ方法を再現できる可能性が高まる。
工場内での培養技術は外部から実施事実が確認しにくく、特許侵害の証拠をつかみにくいため、権利化のメリットが少ないと判断されています。
このように、培養技術は秘匿ノウハウ(trade secret)として保護し、用途・加工技術は特許で保護するという「オープン/クローズ」戦略を明確に実行しているのがユーグレナ社の知財戦略の代表例です。


(3)特許ポートフォリオの一例
ユーグレナ社は用途・製品関連の技術について多数の特許を有しており、例えば以下のようなものがあります。なお、ユーグレナ社は、現在約120件程度日本国で特許出願しています。
・特許第6654264号
発明の名称:パラミロン含有レーヨン繊維及びその製造方法
概略:ユーグレナ由来のパラミロンを繊維化し含有したレーヨン繊維(パラミロンレーヨン)の構成およびその生成方法に関する発明。パラミロンを含有させた繊維自体とその用途(例えば機能性素材、繊維製品)について権利化している。

・特開2024-064892号公報
発明の名称:タンパク質高含有ユーグレナとその生産方法)
概略:タンパク質含有率 35質量%以上のユーグレナ。前記ユーグレナとしては、パラミロン合成酵素をコードする遺伝子が抑制され、又は欠失したユーグレナが挙げられる。パラミロン合成酵素をコードする遺伝子としては、グルカン合成様酵素2(GSL2)をコードする遺伝子が挙げられる。

(4) まとめ:ユーグレナ社の知財戦略のポイント
・特許とノウハウを戦略的に使い分ける「オープン・クローズ戦略」
    → 事業展開の局面に応じた保護手法の最適化。
・培養方法などのコア技術は秘匿化(ノウハウ)
    → 詳細公開を避け、模倣防止と侵害確認困難性を逆手に取る。
・製品用途・加工・特定機能に関する技術は特許化
    → 競合との比較や侵害証拠の収集が容易な領域を選択的に保護。

参考URL

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年12月30日火曜日

公益通報を目的とした秘密情報の持ち出し

先日、元社員による公益通報を目的とした情報の持ち出しに違法性はないとした民事訴訟の地裁判決が出ました。




ここで、経済産業省が発行している営業秘密管理指針には営業秘密の有用性について以下のような解説があります。
「有用性」の要件は、公序良俗に反する内容の情報(脱税や有害物質の垂れ流し等の反社会的な情報)など、秘密として法律上保護されることに正当な利益が乏しい情報を営業秘密の範囲から除外した上で、広い意味で商業的価値が認められる情報を保護することに主眼がある。
元社員が持ち出したとされる「医師との契約書など機密情報」がどのような内容であるかは分かりませんが、「秘密として法律上保護されることに正当な利益が乏しい情報」であれば有用性が認められず、上記機密情報は営業秘密ではないということになります。

一方で、判所所がこのような判断をしたとのような報道はなく、「秘密情報を持ち出した目的が犯罪の告発であった」として違法性はない、とのように判断したとの報道がなされています。
そうであれば、元社員には「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的」がないとして違法性はないと裁判所が判断したようにも思えます。なお、この元社員が報道機関に営業秘密を漏らしたとする証拠はないとのようにも裁判所は判断しています。
従って、元社員は犯罪の証拠と告発文を警察に送っただけであり、そのような行為では「不正の利益」を得ることはできず、また、警察への告発が「営業秘密保有者に損害を加える目的」とは解されないでしょう。

一方、少し前にも同様に公益通報を目的としたと被告が主張してメディアに営業秘密を開示した行為についての民事訴訟の判決がありました。この事件において裁判所は元社員による公益通報を認めず、元社員に対する損害賠償請求を認めました。

この二つの事件に対する民事訴訟の判決の違いの理由が何であるかはよく分かりません。一方が警察への告発であり、他方がメディアへの告発であることが理由でしょうか?

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年12月22日月曜日

判例紹介:5割の従業員がアクセス可能なサーバでの情報管理

前回に続き、今回もサーバへのアクセスと秘密管理性に関する裁判例(大阪地裁令和7年4月24日判決 事件番号:令5(ワ)12720号)を紹介します。

本事件の被告Aは、土木建築総合請負等を目的とする原告会社の元取締役であり、取締役を退任した約4か月後に被告会社を設立し、被告会社の代表取締役に就任しています。
その一方で、被告Aは、原告会社との間で顧問契約も締結しました。この顧問契約では秘密保持に関し、被告Aが本契約の有効期間中か否かにかかわらず、本業務の遂行中に知り得た原告に関する営業上、技術上その他の一切の情報を使用し、複製し、又は第三者に開示・漏洩してはならないものとされました。
しかしながらその後、原告は、被告Aによる原告従業員の引抜行為等が債務不履行、不正競争又は不法行為に当たり、原告製品と同一又は類似する製品の製造等が不正競争(不競法2条1項1号)に当たるなどとした警告を行い、今回の民事訴訟となっています。

なお、ここでいう営業秘密は、原告製品情報、原告取引情報及び原告原価情報になります。そして、これらの営業秘密の秘密管理措置は以下のようなものです。
ア 原告の令和4年9月1日時点の従業員数は50名(本社9名、関東出張所7名、岬工場20名、千葉工場14名)であった。本社及び関東出張所の従業員16名は、構造計算・設計・見積書作成、経理・事務、窓口等を、各工場の事務所に所属する従業員9名は、設計・発注、窓口等を担当しており、これら25名に原告からパソコンが貸与されていた。   
イ 原告製品情報、原告取引情報及び原告原価情報は、外部から接続ができない原告社内のサーバのフォルダ内に格納されており、上記パソコン貸与者において当該パソコンから上記フォルダにアクセスすることができた。なお、上記各情報は、手間の煩わしさからパスワード付されずに格納されていた。   
ウ 原告の就業規則(令和2年4月1日適用)には、従業員の秘密義務として、① 製品技術・設計、企画、開発に関する事項、② 製品販売・顧客情報に関する事項、③ 財務・経営に関する事項、④ 人事管理に関する事項、⑤他社との業務提携に関する事項等について従業員は、在職中及び退職後において、以下の秘密情報につき、厳に秘密として保持し、会社の事前の許可なく、いかなる方法をもってしても、開示、漏えい又は使用してはならない旨が定められていた。(甲17)

このような秘密管理措置に対して、裁判所は以下のように秘密管理性を判断しています。
イ ・・・原告は就業規則において従業員に秘密保持義務を課し、上記各情報については外部から接続できない社内サーバで管理し、貸与したパソコンに限ってアクセスできる措置を講じている。しかし、具体的な秘密管理措置についてみると、上記各情報(データ)には、円滑な業務遂行を優先して手間の煩わしさを解消する目的でパスワードが付されておらず、これらに「部外秘」「秘密情報である」などと付記されていた事情もうかがわれない。また、情報へのアクセスが貸与されたパソコンに制限されているとしても、貸与されたパソコンの使用者の担当業務は様々であって、全ての貸与者において、業務の遂行上これらの情報すべてが必要な情報であるとは解し難く、業務上必要性のない情報であるにもかかわらずアクセスできた者も存在したといえる。さらに、就業規則には、秘密保持の対象となる事項が列挙されているが、本件で問題となっている原告製品情報、原告取引情報及び原告原価情報がこれに該当するか否かを明示的に記載しているものではなく、別途、原告がこれらの情報が秘密情報に当たる旨を明示的に表示した事情もうかがわれない。
以上によれば、原告においてこれらの情報を秘密として管理する意思があったとしても、被告Aや原告の従業員においてこれを十分認識し得る程度に秘密として管理する体制が講じられていたと認めることはできない。
したがって、秘密管理性は認められない。   
ウ 以上から、その余の要件(非公知性及び有用性)について検討するまでもなく(なお、原告製品情報については、これらによる製品が一般の建築に供される建築資材であることや、原告自身も当該資材それ自体を秘密と扱っていないこと(甲2)からすると、原告主張の事実が仮にあったとしても、非公知性を認めることも困難である。)、原告製品情報、原告取引情報及び原告原価情報は、不競法2条6項所定の「営業秘密」に当たらない。
本事件は、前回紹介した事件よりも少ない、50%程度の従業員に貸与したパソコンでサーバへの自由なアクセスが可能とされています。このような場合でも、フォルダ等へのパスワードが設定されていないため、「業務上必要性のない情報であるにもかかわらずアクセスできた者も存在したといえる。」とされ、秘密管理性が認められませんでした。
すなわち、サーバにアクセスできるパソコンや従業員の数にかかわらず、フォルダ等にパスワードを設定しない限り、サーバにアクセスできるパソコンを限定していても、それだけでは秘密管理性は認められない可能性が相当に高いように思えます。

なお、就業規則について規定している秘密保持の内容が包括的過ぎるという理由で、これによる秘密管理性は認められていません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年12月14日日曜日

判例紹介:8割の従業員がアクセス可能なシステムでの情報管理

サーバシステム等へアクセスするために従業員にIDとパスワードを配布して管理することは一般的に行われています。しかしながら、これだけでは営業秘密としての秘密管理性が認められない可能性があります。今回は、そのような裁判例(東京地裁令和 7年11月14日 事件番号:令5(ワ)12771号 ・ 令6(ワ)70610号)を紹介します。

本事件は原告が被告に対して、被告による原告名義の預金債権に対する債権仮差押命令申立てが不法行為に該当すると主張して損害賠償等を求めたものであり、この反訴として被告が原告に対して被告の営業秘密を不正に取得等したと主張したものです。

原告及び被告は、いずれも主に日本と韓国との間の貨物の輸出入について、日本側で貨物の輸出入に関する業務を代行する代理人(フォワーダー)業務をしています。そして、原告代表者であるAiは、被告の取締役であったものの被告の取締役を辞任した後に、原告の代表取締役に就任しています。

被告が原告に不正取得されたと主張する営業秘密は、以下の情報です。
本件情報1:被告が顧客であるドンシン社に対して支払う外注費(パートナーフィー)等の営業戦略及び事業運営に関する情報
本件情報2:被告の国内輸入業者に対する基本報酬単価等の営業戦略及び事業運営に関する情報


本件情報1に対して裁判所は以下のように判断しています。
本件パートナーフィーは、Ciにより毎月集計され、被告の営業チームの従業員等に共有されており、共有する際のメールや支払に係る業務稟議書に営業秘密である旨の表示がされていなかったこと、本件パートナーフィーの月ごとの算定は、Ciが本件システムの情報を前提として算定しているところ、前記認定事実⑵アのとおり、本件システムには、被告従業員のうち現業社員以外の約8割の従業員がアクセス可能であったことが認められる。
さらに、本件システム内において本件パートナーフィーに関する情報が他の情報と区別して営業秘密であると表示されていたことを認めるに足りる証拠はなく、その他、本件情報1について具体的な管理方法を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、たとえ就業規則において職務上知り得た機密事項(個人情報を含む)の外部への漏洩が禁止されていたとしても、営業秘密であると明示されていない本件情報1について、秘密管理していたとは認められない。
裁判所の判断は、本件情報1に対して明確な秘密管理措置が行われていなかったというものです。より具体的には、本件情報1にかかるパートナーフィーは本件システムの情報を前提として算定されており、本件システムには被告従業員のうち約8割がアクセス可能であったとの理由も加味して秘密管理性を否定しています。
すなわち、本件システムにはIDとパスワードが無ければログインできないものの、従業員の8割がアクセス可能であれば、それを持って秘密管理措置がなされていたとはいえない、という裁判所の判断かと思います。
本件情報2に対しても、裁判所は同様に本件システムに保存されていることも理由として秘密管理性を認めませんでした。

この理由は、システム等に対するIDやパスワードは、外部からの侵入を防ぐためのものであり、システムに保存されている情報が秘密であるということを従業員に認識させるためのものではないという理由かと思います。一部の従業員にしかシステムへのアクセスを認めていなければそれが秘密管理措置であると解釈される可能性はあると思いますが、システムにアクセスできる従業員の割合が大きくなるほど、そのように解釈される可能性が低くなると思われます。

このため、システム内に情報を保存する際には、フォルダ毎やファイル毎のアクセス管理を行ったり、必要に応じて情報に㊙マークを付す等のメリハリをつけた秘密管理措置が必要です。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年11月30日日曜日

判例紹介:念書(契約書)に基づく秘密情報の廃棄や使用の制限について

秘密保持契約等を交わして自社の秘密情報を他社に開示することは一般的に行われており、開示した秘密情報の取り扱いに関して争って訴訟となる場合もあります。今回はそのような民事訴訟(新潟地裁令和 5年 9月28日 事件番号:令2(ワ)87号)を紹介します。

本事件は、使用済み紙おむつの燃料化事業に関し地方公共団体である被告との間で意見や情報の交換等を行っていた原告が、被告との間で交わした秘密保持に関する念書に基づき、本件情報を廃棄又は削除すること、被告において使用しないこと及び第三者へ開示し提供しないこと等を求めたものです。

まず、地方公共団体である被告は平成26年頃から使用済み紙おむつの燃料化について、実験を行うなどして事業化を検討し、平成29年11月15日以降、原告との間で燃料化事業について意見交換や情報共有等を行い、原告と被告は平成30年9月頃、平成29年11月15日付けにして本件念書を締結し、原告は本件情報を被告に開示しました。
その後、被告は公募による随意契約に基づき外部の事業者に委託して、燃料化事業の実証事業を行うこととし、令和元年5月、運営事業者の公募を開始して原告や他の事業者から応募を受けました。その結果、同年7月、運営事業者を社会福祉法人十日町福祉会に決定し、原告は落選することとなり、被告は、その後に十日町福祉会との間で随意契約の方法により、本件事業の運営に係る契約を締結しました。

このような経緯があり、原告は被告に対して開示した本件情報を本件念書に基づいて廃棄や本件情報を使用しないこと等を請求しました。

裁判所は原告が被告に開示した本件情報に対して、本件念書が適用される情報であるかを検討しています。
本件情報は、以下のものです。
ア 燃料化装置(SFD)に関する情報のうち、紙おむつ燃料化処理の作業手順
イ 燃料化装置(SFD)に関する情報のうち、紙おむつ燃料化処理に必要なガスの使用量 ウ 紙おむつ木くず混合ペレット製造に関する情報のうち、その製造の手順
エ 紙おむつ木くず混合ペレット製造に関する情報のうち、その成分分析
オ 紙おむつ木くず混合ペレット製造に関する情報のうち、破砕機の追加使用
カ 紙おむつ木くず混合ペレットに関する情報のうち、木くず混合ペレットの燃焼実験の結果とペレットの燃殻、排気ガスの成分分析及び燃え殻の成分分析データ
キ 紙おむつ木くず混合ペレットに関する情報のうちペレットサイズ
ク 使用済み紙おむつリサイクル施設の環境調査に係る燃料化装置による臭い等の情報

このうち、アとウは、原告が補助金事業の成果として平成30年3月頃に環境省に報告したもので、公刊されている書籍にも同様の作業手順が記載されているから、被告が原告から開示を受けた平成29年11月15日より後に、被告の責によらずに公知となったものであるため、被告は当該情報につき本件念書に基づく義務を負わない、とされました。

オは、被告が燃料化装置のメーカーから提供された資料にも、同様の様子が写真により記載されているから(乙61〔10頁〕)、開示を受けた時点で既に被告が保有していた情報であるため、被告は当該情報につき本件念書に基づく義務を負わない、とされました。

キは、木質ペレットのサイズはISO規格に定められている範囲であり、紙おむつを利用したペレットとの関係でも、ペレット成形機を製造している事業者において平成23年頃から6mmのサイズで紙おむつペレットを製造するための部品を製造しており、原告に特殊な技術ではなく開示を受けた時点で既に公知であった情報であるとして、被告は当該情報につき本件念書に基づく義務を負わない、とされました。

一方、イ、エ、カ、クについては、非公知の情報であるとして、被告は、当該情報につき本件念書に基づく義務を負う、とされました。


次に、原告による「本件情報の廃棄又は削除についての請求」に対して裁判所は以下のように判断しました。
本件念書は、その有効期間は実験の目的が完了するまでの期間とし(本件念書8条本文)、ただし、その失効後も、情報の使用目的等に関する規定(本件念書3条から5条まで)は有効に存続するものと定めるところ(本件念書8条ただし書き)、廃棄や削除に係る義務(本件念書6条)は、上記期間の終了後にも存続するものとして挙げられていないから、上記期間の終了後には存続しないと解される。
そして、本件念書について、令和元年7月12日に有効期間が終了したことは、原告が(本件情報を使用しないことについての請求に関し)自認するとおりであって、同日に本件念書の有効期間が終了した以上、廃棄や削除に係る義務は消滅したものというべきであるから、本件情報を廃棄又は削除することについての請求は理由がない。
このように、裁判所は、本件情報の廃棄又は削除に対して本件念書では本件念書の有効期間が終了した後にも有効に存続するという定めには含まれないとして、認めませんでした。本件念書の有効期限が過ぎたのであれば、本件情報は廃棄等されて当然のようにも思えてしまいますが、念書にそのような記載がないのであれば、廃棄等の請求は認められないこととなります。

また原告による「本件情報を使用しないことについての請求」に対して裁判所は以下のように判断しました。
本件念書は、被告において、原告から開示される使用済み紙おむつ燃料化事業における紙おむつ混合ペレットの成形実験及び燃焼実験に関する秘密情報を「本事業」の目的のためにのみ使用するものとし、他の目的に使用しないことに同意する旨を定め(3条)、「本事業」については、「使用済み紙おむつ燃料化事業」をいうものであって(本件念書の前文〔甲7〕)、その文言上、原告が被告から受託する業務に限定されていない上、本件念書は、被告が原告から開示を受けた情報等を利用して紙おむつ燃料化事業を行うために締結されたものであること(認定事実(4)ウ)に鑑みると、被告の行う紙おむつ燃料化事業のために原告から開示を受けた情報を利用することは、「他の目的」に該当しないというべきである。
そして、被告において、紙おむつ燃料化事業のほかに上記(1)ケの情報を利用していることを認めるに足りる証拠はないから、原告において、当該情報を使用しないよう求めることはできないというべきである。
本来原告は「原告が受託する使用済み紙おむつ燃料化事業」にのみ本件情報を使用することを目的として、本件念書を交わしたのだと思います。しかしながら、本件念書にはそのように記載されていなかったために、原告が他の事業者と共に「使用済み紙おむつ燃料化事業」のために本件情報を使用(利用)することができるようです。

また、原告は「本件情報を第三者に開示しないこと」(差止め)も求めていましたが、被告が当該情報を現に第三者に開示しているとか、第三者に開示するおそれがあると認めるに足りる証拠もないとして認められませんでした。なお、「現に開示・漏示がされ、又はそのおそれがあるかどうかを問わずに一律に差止めをすることができる旨の明示的な定めもないことからすれば」とも裁判所は述べていることから、このような定めが念書でされていれば、無条件に差止めができる可能性があるようです。

このように、秘密情報の開示先との間で交わす秘密保持契約書(念書)は秘密情報を開示する目的から様々なことを想定して定める必要があります。そうしないと、思わぬところで足をすくわれる可能性があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年11月23日日曜日

報道に用いられる営業秘密の違法性

ニデック株式会社は営業秘密を持ち出した元社員とこの営業秘密を使用してトラブルを東洋経済オンラインで報じた東洋経済新聞社に対して、民事訴訟を起こしていいましたが、本事件の地裁判決が出ました。
・ニデック元社員に賠償命令、営業秘密を記者へ提供で 東京地裁(日本経済新聞)
・ニデック元社員に損害賠償命令 営業秘密を記者へ提供(47NEWS)
・営業秘密を東洋経済記者に提供 ニデック元社員に275万円賠償命令(朝日新聞)

この判決によると、ニデックの元社員は、ニデックの稟議書等の営業秘密を不正に持ち出したとして、約270万円の損害賠償が命じられました。一方で、東洋経済新聞社は「資料は元社員が自発的に提供したもので、取材の過程で違法行為はなかった」(朝日新聞)として、責任を負わないとのことです。

ここで、不正競争防止法で規定されている違法行為を見てみます。
ニデックの元社員による違法行為は、おそらく不正競争防止法第2条第1項第7号ではないかと思います。(又は2条1項4号かもしれません。)
不正競争防止法第2条第1項第7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
この条文では、営業秘密そのものを取得する行為は違法ではないものの、不正の利益を得る目的や会社に損害を加える目的で使用や開示する行為が違法とされています。
東洋経済新聞社が報道目的で元社員から当該営業秘密を入手したようなの、東洋経済新聞社から元社員へ金銭の受け渡し(不正の利益を得る目的)があったとは考えにくいでしょう。そうすると、元社員が東洋経済新聞社にニデックの営業秘密を渡した(開示した)行為は、「ニデックに損害を加える目的」であったと判断されたのかと思います。日本経済新聞では「杉浦正樹裁判長は、元社員が正当な権限がなく資料を持ち出し、記事が掲載されたことでニデックは取引先や投資家の信頼が損なわれたと指摘。」とのように報道されています。


一方で、東洋経済新聞社は営業秘密の二次転得者であり、元社員が不競法第2条第1項第7号違反であれば、東洋経済新聞社は不競法第2条第1項第8号に該当する可能性があります。
不正競争防止法第2条第1項第8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
東洋経済新聞社は、元社員から稟議書を渡されており、通常であれば稟議書は会社の営業秘密であると推察できますから、営業秘密不正開示行為であることを知って稟議書を取得したと考えられえます。そして、それを東洋経済オンラインで報じることで使用しています。
このような行為は、不競法第2条第1項第8号に違反しているように思えます。

一方で、不正競争防止法は、「不正競争」の防止を通じて「事業者間の公正な競争を確保する」ことを法目的としています。そうすると、そもそも報道目的での営業秘密の使用等は不正競争ではないため、不正競争防止法違反となるような行為でもないと考えられます。
不正競争防止法第1条
この法律は、事業者間の公正な競争及びこれに関する国際約束の的確な実施を確保するため、不正競争の防止及び不正競争に係る損害賠償に関する措置等を講じ、もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
このように、同じ営業秘密であっても不正使用や不正開示の目的が異なることにより、違法性が異なったのかと思います。
しかしながら個人的にはこのような裁判所の判断に釈然としないものがあります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年11月16日日曜日

引っ越しに関する顧客リストを同業の転職先企業に持ち出した刑事事件

先日、引っ越しに関する顧客リストを同業の転職先企業に持ち出したとして、4人も逮捕され、転職先企業も書類送検されたという事件がありました。 営業秘密侵害の刑事事件において、一度に4人が逮捕される事件はあまり多くないかと思われます。

この事件は、転職先企業の代表者が被害企業の元社員に対して、営業秘密である顧客リストの不正な持ち出しを指示し、この元社員が転職先企業に転職したというものです。
そして、持ち出した顧客リストを転職先企業内で開示し、使用していたようです。


顧客リストは、被害企業内においてパソコン画面に表示された顧客リストをスマートフォンで撮影して持ち出したとのことです。このような持ち出し方法は、顧客リストを不正に持ち出したことを検知されないためとも考えられます。
なお、カメラで撮影して営業秘密を不正に取得することは、営業秘密を不正に複製して持ち出すことであり、今回逮捕されたように当然違法行為です。

また、逮捕された社長の他の3人は被害企業の元従業員であり、一人は顧客情報を不正に持ち出した者のようですが、残りの2人はどのような理由で逮捕されたのかは報道からはよく分かりませんでした。
仮に転職先企業内で顧客リストを不正に使用等したという理由なのであれば、この事件も回転寿司チェーン店事件における元部長と同じ状態なのかもしれません。

なお、逮捕されたとしても不起訴となる可能性も高いので、この事件の詳細は今後分からないかもしれません。しかしながら、不起訴となっても、既に氏名が報道されている者もいます。
このようなことを防ぐためにも、営業秘密侵害は、犯罪であることはもっと広く認識されるべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年10月30日木曜日

フランチャイズ契約をした被告が自身で取得した顧客情報の取り扱いについて

今回紹介する事件(東京地裁令和7年3月14日 事件番号:令3(ワ)18742号 ・ 令4(ワ)9207号)は、学習塾のフランチャイズを展開するマスターフランチャイザーである原告が、同フランチャイズのエリアフランチャイザーである被告に対してフランチャイズ契約の解除後における商標権侵害等を主張した事件です。この原告の主張の中に、顧客に係る氏名等の情報(本件顧客情報)に対する使用の差止と廃棄も含まれています。

まず、本件顧客情報は、原告が取得したものではなく、被告が取得した生徒等の個人情報です。そして、フランチャイズ契約(本件契約)には、下記のような条項があります。
第28条(個人情報管理)
4.乙及び丙は、生徒等の個人情報の取得を必要な範囲内で適切かつ公正な手段により行うものとし、前項の利用目的の達成に必要な範囲内でのみ利用する。
原告は、この条項に基づいて被告に対して本件顧客情報の使用の差止を求めました。
これに対して、裁判所は下記のように判断しています。
本件契約第28条4項は、被告明光らが取得した生徒等の個人情報について、「前項(学習支援サービスの提供、明光義塾の運営)の利用目的の達成に必要な範囲内でのみ利用する。」とされ、同条11項において、「本条で定める被告明光らの個人情報管理義務は、本件契約の終了又は解除後も有効とする。」と規定されているから、被告明光らは、明光義塾の運営以外に生徒等の個人情報を利用することはできないと解される。そして、本件顧客情報は、いずれも、同条3項の生徒等の個人情報に該当するとところ、被告明光らは、本件解除により明光義塾のエリアフランチャイザー及びフランチャイジーの地位を喪失しており、明光義塾に係る事業を継続することはできないから、上記生徒等の個人情報を用いて連絡をすることはできない。
したがって、不競法に基づく請求の成否について検討するまでもなく、原告の被告明光らに対する本件顧客情報の使用の差止請求は理由がある。
このような判断は、契約に基づいた妥当な判断かと思います。

さらに、原告は、本件顧客情報の破棄も求めています。使用の差止と共には破棄も求めることは当然のことでしょう。ここで、原告は、本件契約の第27条等に基づいて破棄をもとめています。
第27条(守秘義務)
1.乙及び丙は、甲に対し、下記事項について義務を負う。
(1)乙及び丙は、本契約によって知り得て甲の事業上の秘密(以下「秘密情報」という。)及び甲の不利益となる事項、情報を第三者に漏らしてはならない。
これに対して裁判所は以下のように判断しています。
原告は、被告明光らは、本件契約第27条、第28条及び第46条により、本件顧客情報を廃棄する義務があると主張する。しかし、本件契約第27条1項は、被告明光らが本件契約によって知り得た原告の事業上の秘密を「秘密情報」と定義しているところ、本件顧客情報は、本件契約第28条3項のとおり、被告明光らが生徒等から取得するものであるから、そもそも本件契約上の「秘密情報」に該当するものとはいえない。また、同条は、生徒等の個人情報の目的外利用を禁止しているものの、当該情報の破棄について定めておらず、本件契約第46条1項も、フランチャイズ展開に使用した資料及び書類を原告に返還する旨定めているものの、本件顧客情報が上記フランチャイズ展開に使用した資料及び書類に含まれるかは明らかでない上、同条項も、原告への返還義務を規定しているにすぎず、廃棄について定めたものとはいえない。以上によれば、本件契約に基づき、本件顧客情報の廃棄を求めることはできない。
このように裁判所は、本件顧客情報は被告が取得したものであり、そのような情報の破棄について契約では定められていないとしています。あくまで、被告が漏らしてはならない情報は、本件契約上は原告から取得した情報であるということのようです。

さらに、原告は不競法2条1項7号又は同項14号に定める不正競争に該当するとして、本件顧客情報の廃棄を求めました。しかしながら、これらの不正競争は、営業秘密を保持する事業者から当該営業秘密を示された場合に成立するものであり、本件顧客情報は被告らが取得して原告に提供したものであり、原告から示された場合に該当しないことは明らかであるとして、原告の主張を認めませんでした。

原告側とすれば顧客情報の使用の差し止めが認められるのであれば、顧客情報の破棄も認められるかとも思うのですが、このように契約の内容に従って破棄は認められませんでした。一方で、被告側とすれば、自社で取得した顧客情報であるにも関わらず、原告との契約が終了すると共に使用できなくなることは不本意でしょう。
このようなことを鑑みると、様々な可能性を考慮に入れて契約は締結するべきであることを再認識する必要があるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年10月19日日曜日

自社製品の市場、自社の立ち位置、技術内容等に応じた特許化又は秘匿化の選択

自社技術を特許出願する目的として、主に二つがあると考えます。
一つは、市場を独占する目的、もう一つは他社製品との差別化を行う目的です。

市場を独占するのであれば、自社のみで需要を賄う必要があります。独占を意識できる市場は新規な市場の場合が多く、新規な市場に適合する技術は特許権しかも、誰もが実施する可能性のある基本特許を取得できる可能性があります。

ここで、当該市場へ参入する企業が自社だけであり、自社の規模が当該市場に比べて十分に大きい、又は自社の規模は大きくないけれど当該市場が小さく需要を賄えるのであれば、自社だけで市場を独占することも可能でしょう。
一方で、当該市場に魅力を感じる他社が存在する場合には特許権により排除することも考えられますが、当該特許権の技術範囲に含まれない異なる技術で当該市場に参入する可能性もあります。
これはある意味で好ましいことでもあり、他社が市場に参入する余地があれば、供給よりも需要が大きいので市場そのものがより大きくなる可能性があります。そうすると、自社のシェアは小さくなるものの、市場が大きくなることで自社の売り上げは大きくなる可能性があります。

しかしながら、自社の特許権の技術範囲に含まれない技術を他社が実施することで市場が大きくなると、自社の特許権はあまり意味をなさない可能性があります。仮に、他社の技術が自社の技術よりも優れていた場合には、自社が当該市場からの撤退という事態になるかもしれません。


では、特許の視点からはどのような対応が考えられるでしょうか。
自社が当該市場に適合した基本特許を有しているのであれば、この基本特許を他社にライセンスして実施してもらうことが考えられます。ライセンスは有償よりも無償の方が参入企業が多くなるので好ましいでしょう。これにより、他社の技術が台頭する可能性が低くなり、かつ自社開発の技術が当該市場で主流となり得るので、自社は技術的優位に立てる可能性が高いでしょう。

無償ライセンスであるならば、特許を取得する必要が無いと考えるかもしません。しかしながら、仮に無償ライセンスを受けた他社が自社に対して他社特許権の行使を行った場合には、この無償ライセンスした特許権に基づいて権利行使を行うことができます(予めそのような契約にします。)。いわば、この無償ライセンスは半強制的なクロスライセンスでもあります。
また、市場が幾つかの分野に細分化でき、自社だけでは全ての分野への参照が難しい場合もあるでしょう。そのような場合には、分野毎、換言すると当該技術の用途毎に特許権を取得します。当該技術に新規性・進歩性があれば用途毎の特許を取得することは難しくありません。そして、自社が実施しない分野(用途)に対しては、他社に対して有償ライセンスを行います。

このようにして、新規な市場において自社技術を広め、他社参入を促すことでより市場を大きくすることも考えられます。また、市場に広まる技術は、自社技術であるため、自社が技術的に優位となる可能性が高く、常に他社製品よりも優れた製品を出すことも可能となりやすいでしょう。

しかしながら、このようになると市場の独占ではないので、自社製品は他社製品との差別化を行う必要があります。

自社が開発した差別化技術が自社製品の外観やUIから容易に判別できる場合には、特許を取得した方がよいでしょう。差別化技術の権利化には、特許だけでなく、実用新案や意匠も有効な場合があります。また、自社製品のリバースエンジニアリングによって容易に知得できる差別化技術も権利化が好ましいかと思います。

一方で、差別化技術が自社製品から知得される可能性が低いのであれば、ノウハウ(営業秘密)とすることも考慮する必要があるでしょう。秘匿化できる差別化技術を特許出願すると、当該差別化技術を他社が認識し、特許権の技術範囲に含まれない類似技術を実施する可能性があるためです。そうなった場合、自社の差別化技術によって他社製品との差別化ができなくなる可能性があります。

なお、秘匿化できる技術は製品の製造方法等の工場内でしか実施しないような技術です。このような技術は、自社で特許権を取得しても他社の侵害を容易に発見できず、自社の技術漏えいとなるだけの可能性も高いでしょう。また、自社製品で使用されている複雑な処理内容等も他社の侵害発見が容易ではない場合があるので、特許権を有効に利用できないかもしれません。

一方で、差別化技術を秘匿化した場合、他社が同じ技術を実施していてもそれが他社が独自に開発した技術であれば、何ら権利行使はできません。また、他社が当該差別化技術を独自開発して権利化してしまったら、実質的に他社特許の権利侵害になります。この場合、自社は先使用権を有しているでしょうし、やはり他社も自社による権利侵害を認識できないでしょうが、万が一のことを考えると気持ちのいいものではありません。

このように、自社開発技術の特許出願又は秘匿化は、自社製品の市場、自社の立ち位置、技術内容等に基づいて選択する必要があります。そして、この選択の目的は、自社利益の最大化にあります。
この視点が欠落すると、単に意味もなく特許出願又は秘匿化するだけであり、その結果、自社に損害を与える可能性すらあると考えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年10月13日月曜日

リバースエンジニアリングによる営業秘密の非公知性判断と特許の新規性判断

販売されている自社製品のリバースエンジニアリングによってその技術内容が公知となることはよく知られていることです。
リバースエンジニアリングによる営業秘密の非公知性判断については、下記にまとめています。

結論からすると「専門家により、多額の費用をかけ、長期間にわたって分析することが必要」とする場合には、リバースエンジニアリングが可能であっても営業秘密としての非公知性は喪失していないとされます。すなわち、「専門家によらず、多額の費用をかけず、長期間にわたらない分析」によるリバーズエンジニアリングで得られた技術情報は非公知性を喪失していることとなります。

一方、特許の新規性判断はどうでしょうか?
特許出願前に販売された自社製品に特許に係る発明を用いていた場合には、「公知」(特許法第29条第1項第1号)又は「公然実施」(特許法第29条第1項第2号)に該当する可能性があります。特許に係る発明が自社製品の外観から容易にわかる場合には、当然、公知又は公然実施になるかと思います。
しかしながら、自社製品を分解、分析等しなければ知り得ない技術は、公知又は公然実施となるのでしょうか?

ここで、特許権侵害による差止等請求事件である東京地裁令和3年10月29日判決(事件番号:平31(ワ)7038号 ・ 平31(ワ)9618号)において、裁判所は以下のように述べています。なお、このような裁判所の見解は、他の裁判例でも示されています。
法29条1項2号にいう「公然実施」とは,発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいい,本件各発明のような物の発明の場合には,商品が不特定多数の者に販売され,かつ,当業者がその商品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん,外部からそれを知ることができなくても,当業者がその商品を通常の方法で分解,分析することによって知ることができる場合も公然実施となると解するのが相当である。
このように、特許に係る発明が、特許出願前に販売された製品をリバースエンジニアリングすることで知り得る場合には「公然実施」に該当し、審査で拒絶されたり無効とされると考えられます。
なお、本事件に係る特許権(特許第5697067号)の特許請求の範囲は以下のようなものです。
【請求項1】
  菱面晶系黒鉛層(3R)と六方晶系黒鉛層(2H)とを有し、前記菱面晶系黒鉛層(3R)と前記六方晶系黒鉛層(2H)とのX線回折法による次の(式1)により定義される割合Rate(3R)が31%以上であることを特徴とするグラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材。
  Rate(3R)=P3/(P3+P4)×100・・・・(式1)
  ここで、
      P3は菱面晶系黒鉛層(3R)のX線回折法による(101)面のピーク強度
      P4は六方晶系黒鉛層(2H)のX線回折法による(101)面のピーク強度
である。
この発明に対して裁判所は以下のように判断しています。
・・・本件特許出願前から,被告伊藤は,本件発明1の技術的範囲に属する被告製品A1ないし3及び本件各発明の技術的範囲に属する被告製品A4ないし11を,被告西村は,本件各発明の技術的範囲に属する被告製品B1及び本件発明1の技術的範囲に属する被告製品B2を,日本黒鉛らは,本件各発明の技術的範囲に属する日本黒鉛製品1ないし3並びに本件発明1の技術的範囲に属する日本黒鉛製品4及び5を,中越黒鉛は,本件発明1の技術的範囲に属する中越黒鉛製品1及び2並びに本件各発明の技術的範囲に属する中越黒鉛製品3をそれぞれ製造販売していたものである。
そして,前記2(1)イのとおり,本件特許出願当時,当業者は,物質の結晶構造を解明するためにX線回折法による測定をし,これにより得られた回折プロファイルを解析することによって,ピークの面積(積分強度)を算出することは可能であったから,上記製品を購入した当業者は,これを分析及び解析することにより,本件各発明の内容を知ることができたと認めるのが相当である。したがって,本件各発明は,その特許出願前に日本国内において公然実施をされたものであるから,本件各特許は,法104条の3,29条1項2号により,いずれも無効というべきである。
このように本事件では、製品をリバースエンジニアリングすることによって発明の内容を知ることができたとして、本件特許が無効とされています。このリバースエンジニアリングはX線回折により行われるものであり、当然、商品を外部から観察しただけで知り得るものではありません。
このような判断は、上記note記事等における錫合金組成事件の非公知性判断と同様でしょう。


一方で、「認識」可能性の観点から「公然実施」による無効理由を否定した裁判例もあります。例えば、知財高裁令和4年8月23日判決(事件番号:令3(行ケ)10137号)は、展示会で展示されたことが公然実施に該当するとした無効審判の審決取消訴訟であり、結論からすると特許権は無効とならずに維持されてます。
この特許権の特許請求の範囲は以下です。
【請求項1】
走行機体の後部に装着され、耕うんロータを回転させながら前記走行機体の前進走行に伴って進行して圃場を耕うんする作業機において、
前記作業機は前記走行機体と接続されるフレームと、
前記フレームの後方に設けられ、前記フレームに固定された第1の支点を中心にして下降及び跳ね上げ回動可能であり、その重心が前記第1の支点よりも後方にあるエプロンと、
前記フレームに固定された第2の支点と前記エプロンに固定された第3の支点との間に設けられ、前記第2の支点と前記第3の支点との距離を変化させる力を作用させることによって前記エプロンを跳ね上げる方向に力を作用させる、ガススプリングを含むアシスト機構とを具備し、
前記アシスト機構は、さらに、前記ガススプリングがその中に位置する同一軸上で移動可能な第1の筒状部材と第2の筒状部材とを有し、
前記第1の筒状部材には前記第2の支点と前記ガススプリングの一端とが接続され、前記第2の筒状部材には前記ガススプリングの他端が接続され、
前記第2の筒状部材に設けられた第1の突部が前記第3の支点を回動中心とする第2の突部に接触して前記第3の支点と前記第2の支点との距離を縮める方向に変化することにより、前記エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少し、
前記ガススプリングは、前記エプロンが下降した地点において収縮するように構成される
ことを特徴とする作業機。
本事件では、「エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少する」という構成が展示会において、不特定の者によって技術的に理解される状況(少なくともそのおそれのある状況)で実施されていたか否かが争点となっています。

これに対して裁判所は以下のように判断しています。
・・・本件展示会において、見学者が、エプロンを跳ね上げるのに要する力が、本件発明の構成要件Gに記載された技術的思想の内容であるエプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少することを認識することが可能であったとは認められないから、本件展示会において、検甲1により、本件発明の構成要件Gに係る構成が公然実施されていたと認めることはできず、本件発明が本件優先日前に検甲1により公然実施されていたとは認められない。
このように、特許請求の範囲の「エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少する」という構成を、展示会において不特定のものが「認識できない」として、裁判所は特許権を維持するという判断を行っています。

さらに、本事件において裁判所は「そして、発明の内容を知り得るといえるためには、当業者が発明の技術的思想の内容を認識することが可能であるばかりでなく、その認識できた技術的思想を再現できることを要するというべきである。」とも述べています。
このように、公然実施を認定するためには、実施された製品から特許請求の範囲に記載の構成を「認識」できることを必要とするようです。このことはAIPPI(2016)Voi.61 No11の「公然実施に基づく新規性・進歩性判断」や特許庁発行の「審判実務者研究会報告書2024」の「公然実施発明と進歩性の判断」でも述べられています。

このような「認識」や「再現性」を敢えて、リバースエンジニアリングによる営業秘密の非公知性判断に当てはめると、製品をリバースエンジニアリングすることができても「専門家により,多額の費用をかけ,長期間にわたって分析することが必要」な技術情報は、「認識」が難しく、また「再現性」が低い技術情報ともいえるのではないでしょうか。
このように考えると、リバースエンジニアリングによる営業秘密の非公知性判断と特許の新規性判断は、同様であるようにも思えます。

とはいえ、営業秘密と特許とは、秘匿化と公開を伴う権利化とのように根本的に異なるもの(法律)であり、同様に考えることはできない、又は同様に考える必要はないのかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年9月29日月曜日

営業秘密を保有する事業者の秘密管理意思について

裁判における秘密管理性の認定では、営業秘密を保有する事業者の「秘密管理意思」が従業員等に示される必要があるともされています。
例えば、経済産業省が発行している営業秘密管理指針(最終改訂:令和7年3月31日)では以下のように述べられています。この記載からは、秘密管理意思を従業員等に認識させるために、営業秘密とする情報に秘密管理措置を行うということが理解できるかと思います。
秘密管理性要件が満たされるためには、営業秘密保有企業の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要がある。具体的に必要な秘密管理措置の内容・程度は、企業の規模、業態、従業員等の職務、情報の性質その他の事情の如何によって異なるものであり、企業における営業秘密の管理単位(本指針17頁参照)における従業員等がそれを一般的に、かつ容易に認識できる程度のものである必要がある。
下記グラフは、裁判の判決文において「秘密管理意思」との文言が用いられた回数を示したものです。このグラフから、裁判において「秘密管理意思」の認定は主に近年(2019年以降)になった行われたものであるようです。


この理由はなぜでしょうか。
ここで、営業秘密管理指針は平成27年(2015年)に全部改定されており、全部改定される前の営業秘密管理指針(平成23年12月1日改訂)における秘密管理性には以下のことが記載されています。
「秘密管理性」が認められるためには、その情報を客観的に秘密として管理していると認識できる状態にあることが必要である。
具体的には、①情報にアクセスできる者を特定すること、②情報にアクセスした者が、それを秘密であると認識できること、の二つが要件となる。
このように全部改定前の営業秘密管理指針における秘密管理性の説明では、営業秘密保有者の「秘密管理意思」とのような文言で説明されておらず、「①情報にアクセスできる者を特定すること」、「②情報にアクセスした者が、それを秘密であると認識できること」の要件を満たした場合に秘密管理性が認められるとのような見解が記されています。
一方で、全部改定された営業秘密管理指針では、上記のように、秘密管理性を認定するための特定の要件を必要とせず、上記のような「秘密管理意思」との文言を用いることで、秘密管理性はより広く認められるとのような見解が示されています。
おそらく近年の裁判所の判断は、このような営業秘密管理指針の見解の影響を受けて、営業秘密保有者の「秘密管理意思」が従業員等に示されていることを秘密管理性の要件としていると考えられます。

また、「秘密管理措置」の文言も平成27年(2015年)の全部改定から用いられた文言です。これも裁判の判決文において用いられた回数を調べたところ、やはり2015年以降に多用されるようになっています。


このように、近年の裁判所の判断は、秘密管理意思を従業員等に認識させるために秘密管理措置が必要であるとしているものの、特定の秘密管理措置を必要としているわけではありません。あくまで、秘密管理措置は営業秘密保有者の秘密管理意思を従業員等に認識させることができればよい、ということになります。
秘密管理意思を認識させることができれば、秘密管理措置は口頭で伝えるということでもよいことになるかと思いますし、もっと漠然とした秘密管理措置でもよいのではないかと思います。
秘密管理性の認定は、秘密管理措置の内容が重要なのではなく、従業員等に秘密管理意思を認識させることができているか否かであり、より広範囲で認めるべきであると考えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年9月23日火曜日

判例紹介:顧客との間での守秘義務契約と秘密管理性

今回紹介する裁判例(大阪地裁令和7年4月24日判決 事件番号:令3(ワ)10753号)は、顧客との間での守秘義務契約が秘密管理措置となり得るかについてです。

本事件は、原告の元取締役であった被告が原告の営業秘密である顧客情報(本件顧客等情報)や電子基板の設計データ(原告電子基板設計データ)を不正取得、使用等したと主張しているものであり、被告は取締役であったときに被告会社を設立しています。

裁判所は、本件顧客等情報及び原告電子基板設計データのいずれについても営業秘密性を認めませんでした。以下は、原告電子基板設計データの秘密管理性に係る裁判所の判断です。なお、下記の「ATOUN」及び「新生工業」は、原告及び被告会社に対し、電子基板設計データの開発を依頼したことがある会社です。
(ア) 原告電子基板設計データについて、これが秘密情報であることを外形的に示す表示等はなされておらず、原告電子基板設計データを含む、原告において作成された電子基板設計データは、原告社内のNASサーバーに保存されていた。一方、作業中の電子基板設計データが、各従業員のパソコンに保存されることもあった。
(イ) 原告社内のNASサーバーは、アクセスするために、ID及びパスワードによる認証を経る必要があった。一方、NASサーバー内のファイルやフォルダに対し、当該従業員とは無関係な情報にはアクセスができないようにするなどのアクセス制限は講じられていなかった。なお、NASサーバーのID及びパスワードは、従業員が使用するパソコンのログインID及びパスワードと同じものであった。
(ウ) 被告個人は、原告の業務のために、私物のパソコンにデータを移して電子基板の設計作業をすることもあった。
(エ) 原告、被告個人、ATOUN関係者及び新生工業関係者等との間で、別紙7「メール一覧表」記載のメールのやりとりがあった。なお、令和元年12月25日14時35分付けのRから被告個人に送信されたメールに添付されていたファイルは、電子基板2の設計に向けて作成された要求仕様書(乙8)及びPDF形式の令和元年7月17日に作成された HIMICO Ver2 の回路図(乙9)であった。また、同年12月26日午後4時48分付けのRから被告個人に送信されたメールに添付されていたファイルは、上記要求仕様書(乙8)の修正版(乙10)であった。
イ 別紙7「メール一覧表」のとおり、原告代表者が、令和元年12月25日、被告個人に対し、回路図データが破損のため開けないので同人がローカルに持っているデータを送付して欲しい旨述べ、同人が社外で使用しているパソコンに電子基板設計データが存在することを前提に、そのデータの送付を依頼するメールを送信し、被告個人もこれに応じて手持ちのデータを送付している(ただし、このとき送付したデータに原告電子基板設計データは含まれていなかった。)ことを踏まえると、原告において、原告電子基板設計データは、役員又は従業員が担当している案件に関するものであるか否かを問わず、NASサーバーにさえログインすれば閲覧することができ、かつ、作業のために社外へ持ち出すことも容認され、その持出し状況も管理されていなかったものと認められる。
そうすると、原告電子基板設計データは、他の社内データと区別して秘密として管理する意思が客観的に示されるような措置が講じられていたとは認められないから秘密管理性が認められない。
このように裁判所は、原告電子基板設計データの秘密管理性について否定しており、このような判断は原告の秘密管理措置からすると一般的ともいえる判断かと思います。
また、原告電子基板設計データは、顧客との間で守秘義務契約が締結されていたようですが、これについても以下のように裁判所は秘密管理性としては認めませんでした。
この点、原告は、原告電子基板設計データは、顧客との間で守秘義務契約を締結した上で取り扱っているものであり、このことは被告個人を含む従業員全員が認識していたのであるから、秘密として管理されていたと主張する。確かに、原告は、ATOUN及び新生工業との間で、秘密保持契約を締結した上で電子基板設計データを作成していたものと認められる(甲5、6)。しかし、対外的に顧客に守秘義務を課していたからといって、当然に原告内部での秘密管理措置を講じたことになるものではない。
しかしながら、このような裁判所の判断は果たして妥当でしょうか?
そもそも、秘密管理性は、当該情報に対して特定の秘密管理措置を講じたから認めらるというものではなく、当該情報の保有者の秘密管理意思を従業員等に認識させることができれば秘密管理性は認められるものではないでしょうか。また、秘密管理措置の一部が杜撰であったとしても、当該情報の保有者の秘密管理意思が否定されるものではないでしょう。


本事件において原告社内における原告電子基板設計データの秘密管理措置は杜撰であったとも思われます。一方で原告は、「原告電子基板設計データは、顧客との間で守秘義務契約を締結した上で取り扱っているものであり、このことは被告個人を含む従業員全員が認識していたのである」と主張していることからも、対外的には原告電子基板設計データに対する秘密管理措置を講じているともいえます。

この守秘義務契約の主張に対して被告は反論を行っていません。そうすると、被告はこの守秘義務契約の存在を認識しており、原告が対外的には秘密管理措置を講じていた、すなわち秘密管理意思を有していたことを認識していたと考えられます。さらに被告は、原告の元取締役でもあり、この立場からすると原告電子基板設計データを秘密とするべき重要性を認識していたと考えられます。
また、裁判所は「対外的に顧客に守秘義務を課していたからといって、当然に原告内部での秘密管理措置を講じたことになるものではない。」と判断していますが、社内の人間に対しては、対外的な秘密管理措置と社内的な秘密管理措置とを分けて考える必要性があるとは思えません。一般論として、社外の企業に対して秘密としているにもかかわらず、社内では秘密としない、換言すると、社外からの情報漏えいは許容しない一方で社内からの情報漏えいを許容する会社及び組織は存在するのでしょうか?
このようなことから、被告は、原告電子基板設計データに対する原告の秘密管理意思を認識していた、すなわち、被告に対しては原告電子基板設計データの秘密管理性が認められてもよいのではないでしょうか。

以上のように、営業秘密に対する秘密管理性の判断は、具体的な秘密管理措置の内容ではなく、当該情報に接した者が当該情報の保有者の秘密管理意思を認識していたか、という点で判断されるべきかと思います。このような判断は、既に産総研事件電磁鋼板事件、及び他の事件でもなされていると考えます。
一方で、例えば、被告が守秘義務契約の存在を知らない従業員等であった場合には、社内に対する秘密管理措置が不十分であり、原告の秘密管理意思を認識でなかったとして秘密管理性を否定するという判断もあり得るかと思います。

なお、営業秘密侵害は、当該情報の秘密管理性だけで判断されるものではありません。非公知性及び有用性も加味して当該情報の営業秘密性を判断し、そのうえで、不正取得や不正使用等が判断されるものです。
本事件では、原告電子基板設計データの秘密管理性を裁判所が認めなかったことから、裁判所は他の要件の判断を行っていません。個人的には裁判所は原告電子基板設計データの秘密管理性を認めたうえで、他の要件の判断を行ってもよかったのではないかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年9月12日金曜日

IPAの「企業における営業秘密管理に関する実態調査2024」について

IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)から「企業における営業秘密管理に関する実態調査2024」報告書が発表されました。前回の実態調査は2020年でしたので、4年ぶりの報告書です。

特に私が注目している調査結果は、営業秘密の漏えいルートです。これにより、どのようなルートで営業秘密が漏えいしているのかを端的に理解できます。


営業秘密の漏えいには、主に以下の3パターンがあると思います。
パターン1:不注意等による営業秘密の漏えい
パターン2:権限のない者による漏えい
パターン3:権限のある者による図利加害目的による漏えい

パターン1は、営業秘密の漏えいに違いありませんが、不正競争防止法やその他の法律で違法とされていることではありません。
パターン2は、不競法の2条1項4号違反等にもなりますが、不正アクセス等に該当するものであり、不競法よりも他の法律に違反する行為と捉えられ易いです。
パターン3は、例えば転職時や独立時に前職企業に営業秘密を持ち出すといった行為であり、不競法2条1項7号等に違反すると考えられます。まさに、いわゆる営業秘密侵害(営業秘密領得)がこのパターン3に該当すると考えます。

パターン3にあたるものは、上図において「現職従業員等(派遣社員含む)による金銭目的等の具体的な動機をもった漏えい」、「中途退職者(役員・正規社員)による漏えい」、「契約満了後又は中途退職した契約社員・派遣社員等による漏えい」、「定年退職者による漏えい」でしょう。
なお、前回調査から数倍以上で増加している漏えいルートもありますが、実際にこれほど増加しているのかは少々疑問です。近年、より営業秘密の漏えいについて企業の意識も高くなっているので、前回調査では漏えいしているにもかかわらず企業が検知できなかったものの、今回調査では漏えいを検知できているような場合もあるでしょう。このような理由により、今回調査では、営業秘密の漏えいが一見多くなっているように見えるのかもしれません。

一方で「中途退職者(役員・正規社員)による漏えい」は前回調査よりも約半分程度になっています。前回調査から減少している漏えいルートは、実質的にこれだけであることも少々興味深いです。もしかすると、前回調査からの4年間に、転職時等における営業秘密の不正な持ち出しは違法であることを各企業が社員教育したことにより、「中途退職者(役員・正規社員)による漏えい」が減ったのかもしれません。

また、下記図は営業秘密の侵害行為への対応を示した図です。


この図から明確なことは、「具体的な対応は何もしなかった」が約1/4に減少していることです。その一方で当然ながら、各種対応が増加しています。特に、「警告文書を送付した」、「民事訴訟を提起した(仮処分命令の申立てを含む)」、「懲戒解雇とした」、「刑事告訴した」が大幅に増加しているようです。これは前回調査にくらべて、企業が営業秘密侵害に対してより厳しい対応を行っていることを示していると思います。

なお、「民事訴訟を提起した(仮処分命令の申立てを含む)」が約4倍に増加しています。しかしながら、判決が出された民事訴訟の数は、この4年間で増加しているとも感じられず、到底4倍にもなっているとは思えません。このため、民事訴訟が提起されても実際に判決がだされる割合は少なく、そのほとんどが和解や取り下げとなっているのではないかと思われます。

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2025年8月29日金曜日

判例紹介:古い判決での有用性判断

少々古い営業秘密侵害の訴訟での有用性についての裁判所の判断を紹介します。
この事件は、名古屋地裁平成20年3月13日判決(事件番号:平17(ワ)3846号)です。

本事件は、ロボットシステムにつき我が国有数のシェアを有する会社が原告であり、被告らは原告の元従業員等です。
そして、原告は、過去に受注したロボットシステムの部品構成や仕入額等が記録されたプライスリスト、バリ取りツール図面やCADデータ等の設計図が原告の営業秘密であり、被告らがこの営業秘密を不正に取得し、不正に使用したとして、被告や被告会社に損害賠償を等を求めました。

ここで、原告は、プライスリストには以下のような理由によって有用性があると主張しました。
プライスリストは,原告の製造するロボットシステムの商品別の付加部品リストで,過去25年間に受注,製造,販売した具体的な物件ごとに作成されており,経費項目分類,品名,部品番号,メーカー,材質,型式,数量,発注先,納入日,金額が記載されている(甲7はそのひな形である。)。
本件プライスリストには,本件各製品番号のロボットシステムにつきユニット別の構成部品のメーカー,品番,仕入先,価格が明示されており,特に,多数使用されている市販の汎用部品については,多種の中から実績のある最適のものが選択されて掲載されている。したがって,同業他社は,本件プライスリストの内容を知れば,上記ロボットシステムの基本的構造,部品構成,部品の仕入価格や仕入先が分かり,原告製品と同水準のロボットシステムを,原告製品よりも安い製造原価で製造できることになる上,その見積り,受注に当たっては,原告より優位に立つことにも貢献する。

一方で、被告らは、プライスリストに対して有用性はないと主張しています。


これらに対して、裁判所は以下のように判断しています。
(イ) 原告は,本件プライスリストにより,原告のロボットシステムの基本的構造が分かると主張するが,本件プライスリストからは外注部品がどのような部品であるかは分からないし,また,用いられた汎用部品及び外注部品が分かったとしても,その情報のみからロボットシステムの基本的構造が分かるとは認められない。
(ウ) また,原告は,本件プライスリストにより,ロボットシステムの見積り,受注に当たって原告より優位に立つことができると主張する。
しかし,本件プライスリストは,汎用部品及び外注品の仕入価格が記載されているにすぎないものであって,見積額は,仕入価格のみならず,市場における類似商品の価格状況,当該販売先との取引経緯及び将来の販売見込み等の具体的な諸事情を基にして算定されるものであるから,本件プライスリストに係る情報を入手したとしても,そのことから直ちに原告の見積額を一定の精度をもって推知できることにはならない。原告のSI事業部の営業課長を勤めた経験を持つT(昭和11年▲月▲日生。)は,証人尋問において,N及びMの見積書を作成する際,従前の見積書を参考にしたこと,本件訴訟のためにプライスリストを印刷してもらったほかは,自分自身であるいは他の従業員に依頼してプライスリストを印刷したことはない旨述べているのであって,原告の社内においても,見積書を作成する際にプライスリストの情報が有用なものとして用いられていなかったものと認めるのが相当である。
したがって,本件プライスリストにより,ロボットシステムの見積り,受注に当たって原告より優位に立つことができるとは直ちに認められない。
このように、裁判所は、原告が主張するプライスリストの有用性を否定しました。
しかしながら、裁判所は、原告の主張を否定したものの、下記のように、プライスリストの有用性そのものは認めています。
(ア)・・・同業他社が本件プライスリストを見れば,本件各製品番号のロボットシステムについて,その構成ユニット別に,どのような市販部品(汎用部品)が使用されたか,その仕入先及び仕入単価が分かり,また,外注部品(特製部品,特注部品)についても,本件プライスリスト上に記録された「品名/部品番号」によってはそれがどのような部品であるかが分からないとしても,どの外注先から仕入れているものであるかが分かるから,これらの情報は,ロボットシステムを設計,製造,販売する同業他社にとって,汎用部品及びその仕入先,外注部品の外注先を選択する上において,また,当該仕入先,外注先との価格交渉をする上において,有益な情報であると認められる。・・・
(エ) 以上によれば,本件プライスリストは,同業他社が,本件各製品番号のロボットシステムと同種のロボットシステムを設計,製造するに当たり,その汎用部品及びその仕入先,外注部品の外注先を選択する上において,また,当該仕入先及び外注先との価格交渉をする上において,有用性があるものと認められる。
このように、裁判所は有用性に対する原告の主張は否定しているものの、プライスリストの有用性について認めています。

一般的に、プライスリスト等の営業情報(技術情報ではない経営に関する情報)は有用性や非公知性が認められ易い情報です。このため、営業秘密保有者はプライスリスト等の営業情報の有用性について、詳細な主張は必要ないと考えます。具体的には、‟本情報は、経営上有用な情報である。”との程度で十分ではないかと思います。

本事件は、平成17年に提起されたものであり、このころは営業秘密に関する判例も多くはない頃であったため、原告は有用性に関する主張を詳細に行ったのだと思います。一方で、現在では、判例も多くなってきており、上記のように有用性は認められ易い要件であり、このような詳細な説明は不要であると考えます。

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2025年8月21日木曜日

判例紹介:転職後における元同僚を介した前職企業の営業秘密の不正取得

転職に伴う営業秘密の不正な持ち出しの態様としては、以下の2パターンがあるともいえます。
①転職者自身が持ち出すパターン。
②転職後に元同僚等を介しての不正取得するパターン。

①のパターンは全ての責任を転職者自身が負うことになりますが、②のパターンは元同僚も何かしらの責任を負う可能性があります。

東京地裁令和6年8月20日判決(事件番号:令5(特わ)2117号)の刑事事件の被告は②のパターンで前職企業の営業秘密を不正に取得しています。なお、この事件の被告は、商社である兼松から同業他社である双日に転職した際に兼松の営業秘密を持ち出したものであり、懲役2年(執行猶予4年)、罰金100万円との判決を受けています。

被告がどのようにして前職企業の営業秘密を不正に取得していたかが判決文から分かります。
令和4年7月16日午後7時27分頃から同日午後9時31分頃までの間、東京都江東区〈以下省略〉被告人方において、自己の携帯電話機から、アプリケーションソフト「LINE」を使用して、当時のa株式会社従業員Aに対し、近日中にドイツ連邦共和国への出張が予定されており、同社在籍時に作成した同国出張の際の会食場所やホテルをリストアップした資料が必要である旨の内容虚偽のメッセージを送信して、同社が管理する営業秘密が保存されたサーバーコンピューターへのアクセスが可能なAが使用するアカウント情報等を教えてほしい旨依頼し、その旨誤信した同人に、同アカウント情報等を前記LINEを使用して被告人に送信させ、・・・
このように、被告は「LINE」を介して元同僚から元同僚のアカウント情報を取得しています。そして被告は「サーバーコンピューターに保存されていたa株式会社の営業秘密である取引台帳、開発提案書及び採算表の各ファイルデータ合計3点」を不正に取得しています。
すなわち、被告は、元同僚をだましてアカウント情報を取得したことになります。


この点、裁判所も以下のように判断しています。
本件営業秘密に係る各ファイルデータが保存されたフォルダを含む数百個のフォルダを逐一選択してダウンロードしたものであり、・・・、被告人は、ダウンロードしたファイルデータの中に本件営業秘密が含まれていることを当然認識していたと認められ、犯意も強いというべきである。被告人が本件営業秘密を不正取得した目的は証拠上明確ではないが、少なくとも海外出張先の会食場所等の情報や転職先で作成する資料のひな型として利用することなどのみを目的としていたとは考えられず、・・・
アカウント情報を被告に伝えた元同僚は、刑事的責任を問われていません。しかしながら、この元同僚は、自社のサーバーへのアカウント情報を社外に開示しており、このような行為は一般的な企業であれば就業規則違反等となるでしょう。そうすると、この元同僚は社内で何かしらの処分を受けている可能性が相当高いと考えられます。

また、被告は、前職企業では秘密保持誓約を交わし、転職先においても前職企業の営業秘密を持ち込まない旨の誓約書を交わしていたようです。それにもかかわらず、このような行為を行っているということは、よほど営業秘密に関する意識が乏しかったのでしょう。

転職者によるこのような犯罪を防ぐためにも、転職者を迎え入れる企業は転職者に対して前職企業の営業秘密を転職時及び転職後も持ち込まないように十分に注意喚起及び説明を行う必要があります。
なお、転職者が前職企業の営業秘密を持ち込むタイミングは転職間もないタイミングです。この事件でも、転職先に入社した日は令和4年7月1日であり、アカウント情報を聞き出した時期は令和4年7月16日です。
このことからも、転職者に対する上記の注意喚起及び説明は、転職後すぐに行う必要があることがわかります。

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2025年8月14日木曜日

東京エレクトロンによるTSMCの機密情報取得について

先日、東京エレクトロンの台湾事務所の元従業員が台湾のTSMCの2nmの半導体技術に関する技術情報を不正に持ち出し、台湾において刑事事件となったとのニュースがありました。

・<台湾>2ナノ半導体秘密持ち出しか、TSMC元社員ら拘束 日本企業も捜索(朝日新聞)
・<台湾>TSMC機密取得で元従業員拘束、台湾当局が東エレク捜索 現地報道(日本経済新聞)
・<台湾>台湾当局、TSMC元従業員ら3人拘束 機密情報を不正に取得疑い(毎日新聞)
・<台湾>TSMCの機密情報不正取得で元従業員ら3人拘束 国家安全法違反容疑で台湾当局(産経新聞)
・<台湾>TSMCの半導体技術を不正取得か、台湾検察が元従業員ら3人の身柄拘束…日本企業に転職(読売新聞)
・<台湾>TSMC関係者3人拘束 機密取得で国安法違反疑い―台湾(JIJI.COM)

この事件は、台湾国内では通常の営業秘密不正取得とは異なると考えている可能性があるように思えます。
台湾の法律では営業秘密法というものがあり、これは日本でいうところの不正競争防止法の営業秘密規定と同様のようです。

しかしながら、今回の事件はこの営業秘密保護法の適用ではなく、国家安全法の適用であるということです。この国家安全法は、国家機密の漏えいや経済スパイ行為等に対応するための法律のようであり、いわゆるスパイ防止法のようなものでしょうか。この法律が適用されたということは、今回の事件は台湾の経済を揺るがすような事件として認識されたということなのでしょう。


また、今回の事件の特徴的なことの一つとして、TSMCから持ち出された技術情報が東京エレクトロンを介して日本企業であるラピダスに流出したのではないかという疑義がもたれているということです。
この疑義を解消するためでしょうか、東京エレクトロンからリリースされた「当社に関する報道について」には、「当社による調査では、現時点において関連する機密情報の外部への流出は確認されておりません。」との一文があります。通常であれば、「自社内での機密情報の開示や使用は確認されておりません。」とのようなことが記載されると思われますが、そのような文章はなく「外部流出はない」とのように他の事件では見られない一文です。

技術情報は実態のない情報であるため、容易に拡散させることができます。実際にある企業の営業秘密が点々と他社に拡散することもあります。また、取引先から開示され、自社で管理している情報が漏えいするという事例も生じています。

本事件において東京エレクトロンにとってよくないことは、仮にTSMCの技術情報を不正使用していないとしても、2nmの半導体技術を東京エレクトロンが開発した場合に実はTSMCの技術情報を用いていたのではないかという疑義を持たれるということです。
さらに、仮に東京エレクトロンがTSMCの技術情報を不正使用していた場合には、当然、当該技術情報の使用をやめなければなりません。もし、TSMCの技術情報を用いて新たな技術を開発していた場合には、この新たな技術開発もやめないといけません。そもそも、営業秘密には特許権のように存続期間の概念もありません。このため、TSMCの技術情報が公知となるまで、当該技術情報を使用することはできないでしょう。その結果、東京エレクトロンは2nmの半導体技術の開発に足枷を有することにもなりかねません。

このように、他社の技術情報が自社に不正流入した場合には、それが将来にわたって負の影響を生じさせる可能性もあります。このようなことを考えると、自社から営業秘密が不正に流出することを防ぐだけでなく、他社の営業秘密が自社に不正流入することも防止することも重要となります。

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2025年7月31日木曜日

日本の特許出願件数の推移とソフトバンクのAI特許出願

下記グラフは日本の特許出願件数の推移等を示したものであり、先日発表された2024年の出願件数を加味しています。

このグラフから分かるようにコロナ禍を過ぎ、2023年、2024年共に前年よりも出願件数が増えています。その数は2023年では2022年に比べて+10,603件、2024年は2023年に比べて+6,722件です。2年連続でこれほど増加した例は近年にはなく、コロナ禍で減った特許出願が順調に回復しているようにも思えます。

しかしながら、これは一過性のものかもしれません。その理由は、ソフトバンクによる膨大なAI関連の特許出願にあります。2023年以降にソフトバンクは膨大なAI関連の特許出願を行っていることが明らかになり、その数は1万件ともいわれています。
2022年を基準とすると2024年までの増加件数は17,325件です。そうすると、この増加件数の60%近くがソフトバンクの出願とも考えられます。なお、公開公報が発行されていない出願も多いでしょうから、もしかすると、ソフトバンクの出願はもっと多いのかもしれません。

ソフトバンクの出願件数は一社で、しかもAIの分野だけと考えると異常なほどの多さであり、実施形態が同一の出願も多数あるようです。このことから、実質的な発明としては出願件数よりもかなり少ないのかもしれません。
とはいえ、ソフトバンクによるこのような膨大な特許出願は、AI分野の技術を特許権で独占することを目的とした知財戦略(事業戦略)であると考えられ、これは全社を挙げなければできなことであり、これを成しえていることは素晴らしいと思います。

さらにソフトバンクは、自社でのAI利用を義務化するとのことであり、これにより、AIに関するノウハウを蓄積でき、さらに特許出願も行うことができるでしょう。
これは事業戦略と知財戦略とを組み合わせた事業活動です。
これにより、ソフトバンクが今後日本だけでなく世界のAI分野の多くを、独占又はラインセンス等により主導権を握ることができるか注視したいところです。

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2025年7月23日水曜日

判例紹介:営業秘密が格納されているサーバーへのアクセスID

今回紹介する裁判例は、第一審の判決が第二審(知財高裁)で覆ったものです。第一審では、営業秘密の保有者である原告の請求は全て棄却されましたが、第二審ではこれが覆っています。

本事件の原告は、インターネットの利用による競馬情報の提供等を目的とする株式会社(平成10年6月25日設立)であり、競馬の勝ち馬を数値で予想する「指数」を算出し、顧客に対し、インターネット上で同指数を掲載した競馬新聞を提供しています。
被告会社は、インターネットの利用による各種情報の提供等を目的とする株式会社(平成18年2月20日設立)であり、登記簿上設立から令和元年7月30日まで原告と本店所在地が同一であり、原告と同様、競馬の勝ち馬を数値で予想する「指数」を算出し、顧客に対し、インターネット上で同指数を掲載した競馬新聞を提供しています。
また、被告Y1は、原告の元従業員兼被告会社の代表者であり、被告Y2は、原告の元従業員でした。被告Y1及び被告Y2は、原告に在職する一方、本件パソコン等を使用して、被告会社の提供する競馬新聞での発行業務に従事していたが、令和元年10月27日深夜から同月28日未明までに本件パソコン等を持ち出し、原告を退職した上、その後も、被告会社の提供する競馬新聞の発行を継続したとのことです。

原告の主張は、被告らが共謀の上、被告Y1及び被告Y2において、原告の営業秘密である本件情報が記録された本件パソコン等を事務所から持ち出し、不正の利益を得る目的で本件情報を使用するなどした行為が、不正競争行為(営業秘密不正取得行為・図利加害目的使用行為、不競法2条1項4号又は7号)に該当するというものです。

この主張に対して、第一審では、「被告会社が、原告に属する本件情報の全部又は一部を本件パソコン及び本件サーバー上のハードディスクに保存していたとは認められないことはもとより、被告P1らが本件パソコンその他の私物を持ち出した前後を通じ、被告らが本件情報を使用等していたものとは認めるに足りない。」と判断し、原告の請求を棄却しています。
なお、第一審では、どのような情報が営業秘密であるのか、そして、営業秘密とする情報の秘密管理性等について、裁判所は明確には判断していません。

一方で第二審では、本件情報1~4は以下のものとのように営業秘密が明確になりました。
本件情報1:IDM 指数作成プログラム及び指数作成手法
本件情報2:デジタル競馬新聞作成システムプログラム
本件情報3:IDM 構成要素データ
本件情報4:顧客管理名簿

本件情報1、3は、レース結果における考慮要素に係るデータを数値化した点数を計算要素とし、原告独自のロジックとデータとプログラムに基づき競走馬及びレースごとの総合得点を算出して数値化し、これを前提に、開催されるレースの条件も勘案した補正等を加えて予想値となる数値を IDM 指数(IDM 結果値)として算出するものだそうです。原告は、これに基づき、原告独自のレース予想値として、IDM 予想値を原告が発行するインターネットによる競馬新聞に掲載しているとのことです。


これらの本件情報1~3の管理については以下のように裁判所は認定しています。
ウ 原告においては、競馬レースの結果を従業員全員で入力するため、本件情報1~3等を含むプログラムやデータベースから成る原告のシステムについては、従業員全員がアクセスすることができるようになっているが、原告の競馬新聞や競馬データサービスの根幹をなすため社外秘となっている。また、これらは、原告社内のコンピュータ及びサーバー並びにクラウドに格納され、① 社内 ID 及びパスワードを入力しないとアクセスすることができず、② 退職者がいる場合には、一斉にパスワードが変更されている。(甲83、原審証人B)
上記の「社外秘」とはどのような形態で示されているのかが判決文からは不明でした。また、被告は第一審において「原告が従業員にID及びパスワードを付与していたことは認めるが、原告は、全従業員に対し、同一のIDとパスワードを付与していたから、従業員は簡単に本件情報にアクセスすることができた。」とのように主張し、その秘密管理性を否定しています。
第二審において裁判所は、本件情報の秘密管理性を以下のように判断しています。
本件情報1及び3は、「社外秘」とされて原告社内のコンピュータ等に格納され、業務の必要から従業員全員がアクセスすることができるが、社内 ID 及びパスワードの入力を必要とし、退職者がいる場合には一斉にパスワードが変更されるのであるから、「秘密として管理され」かつ「公然と知られていないもの」(不競法2条6項。秘密管理性、非公然性)に該当する。よって、本件情報1及び3は、原告の営業秘密に該当するというべきである。
なお、裁判所は、本件情報2、4も本件情報1、3と同様の情報管理措置がされていたことが推認されるとしています。

本事件の秘密管理性に対する裁判所の判断は比較的緩いようにも思えます。
まず、本件情報1~3に対して「社外秘」となっていると裁判所は認定していますが、上記のように、「社外秘」の具体的な表示態様等がよくわかりません。
また、サーバーへアクセスるためのIDとパスワードは、全従業員に対して同一であるとのことです。このようなアクセス管理は、秘密管理措置として認められ難いと思います。一方で、原告において退職者がいる場合には一斉にパスワードが変更されていたとのことなので、このことを裁判所は原告の秘密管理措置として認めた可能性があります。
さらに、本件情報2、4も本件情報1、3と同様の情報管理措置がされていたことが「推認」されるとしており、本件情報2、4に対する秘密管理措置の判断も甘いように思えます。

このような判断を裁判所が行った理由には、被告らが本件情報1~4が営業秘密であるということを認識していたという裁判所の心象が強かったのではないかと思います。このため、秘密管理性の判断が比較的緩くなったのではないかと思います。
今後もこのような秘密管理性の判断が比較的緩くなる可能性もあるのではないかと考えます。

なお、本事件は、被告らは、令和元年9月及び10月における利益隠蔽に係る共同不法行為、並びに、ハイブリッド競馬新聞に関し、同年11月以降の営業秘密の使用に係る不競法違反行為により、原告に生じた損害について賠償責任を負うことになるとし、総額、1億5039万9456円の損害賠償が認められています。

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2025年7月14日月曜日

AIであるCopilotに、知財戦略カスケードダウンを参考にしてQRコードとCPコードの知財戦略を聞いてみた。

 知財戦略カスケードダウンを参考に、2次元コードであるQRコードとCPコードの知財戦略の違いと、QRコードが成功した要因とCPコードが失敗した要因を知財戦略の視点から解説してもらいました。ちなみに、CPコードはQRコードよりも先発の二次元コードです。

参考:知財戦略カスケードダウンによるオープン・クローズ戦略の実例検討

下記のAIの解説で新たに思ったことは、QRコードは特許を活用してQRコードの普及と収益化を両立するためのエコシステムを構築できたけど、CPコードはそのエコシステムを構築できなかったことにあるということ。


📊 QRコードとCPコードの知財戦略の違いと成否の要因分析(知財戦略カスケードダウン視点)

「知財戦略カスケードダウン」は、事業目的に基づいて知財目的・戦略・戦術を階層的に整理する手法です。これを用いて、QRコードとCPコードの知財戦略を比較し、それぞれの成功・失敗要因を分析します。

🧩 知財戦略の構造比較

項目QRコードCPコード
事業目的世界的な普及と市場形成偽造防止・高セキュリティ提供
知財目的安心して使える環境の整備技術独占による競争優位性
知財戦略特許取得+無償開放(オープン)特許取得+秘匿化(クローズ)
知財戦術模倣品排除、読取装置で収益化ライセンス契約、技術非公開

QRコードが成功した要因(知財戦略の視点)

  1. オープン戦略による普及促進

    • 特許を取得しつつ、基本仕様を無償開放

    • 他社が安心して利用できる環境を整備(クリアランス不要)

  2. 標準化による信頼性確保

    • ISO/JIS規格化により業界標準として定着

  3. 収益源の分離と戦略的クローズ

    • 読取装置の差別化技術は秘匿化し、収益化

    • 一部技術はライセンス提供で市場拡大と収益両立

  4. 模倣品排除によるブランド維持

    • 特許権を行使して不正利用を排除

  5. 他社の利益も考慮した市場設計

    • 他社もQRコード関連製品で収益を得られる環境を構築

CPコードが失敗した要因(知財戦略の視点)

  1. クローズ戦略による普及障壁

    • 技術詳細を秘匿化し、導入企業に限定

    • 標準化されておらず、汎用性が低い

  2. 導入企業の理解・信頼が必要

    • B2Bモデルのため、普及には時間と教育が必要

    • 市場形成において他社の参入障壁が高すぎた

  3. 互換性の欠如による孤立化

    • 他社製品との連携が難しく、エコシステムが構築されなかった

  4. 知財戦略が事業目的と乖離

    • 技術独占を優先しすぎて市場形成を犠牲にした可能性

🧠 まとめ:成功と失敗の分岐点は「知財の使い方」

QRコードは「普及=価値」と捉え、知財を“守る”だけでなく“広げる”ために活用しました。一方、CPコードは「独占=価値」と捉え、知財を“囲い込む”ことで差別化を図りましたが、市場形成に必要な他社の参入を阻んでしまいました。

つまり、知財戦略は事業目的に忠実であるべき。技術の優劣ではなく、知財の使い方が成功を分けたのです。


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