2026年3月15日日曜日

知財戦略:知財戦略カスケードダウンと生成AIとの親和性

筆者が提案する知財戦略カスケードダウンが生成AIと親和性が高いのではないかと思い、Copilotに聞いてみました。

Ⅰ. 知財戦略カスケードダウンと生成AIの二面的親和性


知財戦略カスケードダウンは、事業目的から知財戦術までを階層的に整理し、上位概念と下位概念の因果関係を明確にしながら戦略を構築する手法です。この手法は、複雑な事業構造を体系化し、知財活動を事業戦略に結びつけるための枠組みとして有効に機能します。一方、生成AIは、概念の分解・再構築、抽象と具体の往復、論理的整合性の保持、網羅性の確保、複数案の生成、文章化といった形式的な処理を得意とします。
これらの特徴を踏まえると、知財戦略カスケードダウンと生成AIとの親和性は、形式的構造のレベルでは非常に高い一方で、事業の本質理解や経営判断を要する本質的構造のレベルでは限定的であると考えられます。ここでは、この二面的な親和性を整理するとともに、本質的構造において人間がどのように生成AIを補完し、代替するのかについて考察します。

Ⅱ. 形式的構造における親和性:生成AIが強みを発揮する領域


知財戦略カスケードダウンは、 ①事業目的 → ②事業戦略 → ③事業戦術 → ④知財目的 → ⑤知財戦略 → ⑥知財戦術 という階層構造を前提とします。生成AIは、自然言語処理の内部で階層的な意味構造を扱うため、上位概念を下位概念へと分解する作業を自然に行うことができます。このため、事業目的から知財戦術への論理的なブレークダウンを高速かつ整合的に生成できる点で、両者は構造的に強い親和性を持ちます。
知財戦略カスケードダウンでは、抽象度の異なるレイヤーを行き来しながら戦略を構築する必要があります。事業目的は高度に抽象的であり、知財戦術は具体的かつ実務的です。生成AIは、抽象概念の要点を保持しつつ、具体的な施策へと変換する能力に優れています。また、生成AIは、具体的な施策から抽象的な目的を再構築することも可能であり、抽象と具体の双方向変換が求められる知財戦略カスケードダウンとの適合性は高いと言えます。

知財戦略カスケードダウンの難しさは、各階層間の因果関係を破綻なく維持する点にあります。生成AIは、文章生成の過程で前後関係や論理的整合性を自動的に評価し、矛盾のない構造を形成することができます。そのため、事業戦略と知財戦略の整合性、事業戦術と知財戦術の一貫性など、人間が見落としがちな論理的ギャップを補完しながら戦略を構築できます。

さらに、知財戦略カスケードダウンでは、上位目的に対して下位施策が十分に網羅されているかどうかが重要です。この点に関して生成AIは、大量の事例やパターンを参照しながら推論するため、一般的に必要とされる要素の抜け漏れを検出しやすい特性を持ちます。これにより、戦略構築における網羅性が高まり、人間が陥りがちな部分的・断片的な戦略形成を回避することができます。

そして、知財戦略の策定には、複数の選択肢を比較し、最適な戦略を選択するプロセスが不可欠です。生成AIは、異なる前提条件や視点に基づく複数の戦略案を短時間で生成できるため、比較検討の幅を広げることができます。また、複数案の統合や差分分析も容易であり、戦略の質を高めるための思考支援ツールとして有効に機能します。

知財戦略カスケードダウンは、最終的に文書として整理されることが多い手法です。生成AIは、階層構造を保ちながら論理的な文章を生成する能力に優れており、戦略文書、提案書、社内説明資料などの作成を効率化できます。特に、論文調・ビジネス調・技術調など、文体の切り替えが容易である点は、知財戦略の文書化において大きな利点となります。

以上の点から、形式的構造のレベルにおいて、知財戦略カスケードダウンと生成AIは極めて高い親和性を持つと言えます。

Ⅲ. 本質的構造における限界:生成AIが代替できない領域


一方で、知財戦略カスケードダウンの核心部分は、生成AIが代替することが難しい領域です。第一に、知財戦略は事業の本質理解を前提とします。ここでいう本質とは、単なる事業内容の説明ではなく、企業が市場においてどのような価値を提供し、どのような競争優位を構築しようとしているのかという深層的な構造を指します。生成AIは、言語パターンに基づく推論は行えますが、経営者の意図や企業文化、長期的なビジョンといった非言語的・暗黙的要素を理解することはできません。
さらに、知財戦略カスケードダウンでは、目的・戦略・戦術の間に厳密な因果構造を設計する必要があります。生成AIは、相関に基づく推論を行うため、もっともらしいが誤った因果関係を構築するリスクを内包しています。知財戦略においては、「なぜその知財施策が事業目的の達成に資するのか」という因果の筋道が重要であり、この設計は依然として人間の戦略的思考に依存します。
また、知財戦略は企業固有の制約条件を前提とします。具体的には、組織能力、資本制約、技術成熟度、社内政治、リスク許容度、レピュテーションなど、多様な要素が絡み合います。生成AIは、これらの企業固有の文脈を十分に把握することができず、一般論に基づいた提案に留まりがちです。
そして、知財戦略は経営判断そのものであり、「どこを守るか」「どこを開放するか」「どこに投資するか」「どこを捨てるか」といった価値判断を含みます。これらは、法的・技術的合理性だけでなく、倫理的判断や長期的な企業観にも依存するため、生成AIが代替することはできません。


Ⅳ. 人間による代替と補完:本質部分をどう担うのか


本質的構造における限界を踏まえると、知財戦略カスケードダウンにおいて人間は、生成AIが担えない領域をどのように代替・補完するかが重要になります。
人間は事業の本質を定義し、事業目的を言語化します。この段階では、経営者や事業責任者が、企業の存在意義、市場におけるポジショニング、長期的な方向性を踏まえて、上位目的を設定します。生成AIは、この入力を前提として初めて有効に機能します。
そして、人間は因果構造の設計者として機能します。生成AIが提示する複数の戦略案やカスケード構造を参照しつつ、「どの戦略が本当に事業目的に資するのか」「どの知財施策が実際に競争優位を生むのか」を評価し、因果の筋道を取捨選択します。このプロセスでは、経験知や直感も重要な役割を果たします。
次に、人間は企業固有の制約条件を統合します。生成AIが生成した案に対して、「この組織で本当に実行可能か」「社内の抵抗はどうか」「既存のパートナーシップと矛盾しないか」といった観点から現実適合性を検証し、必要に応じて修正します。
そして人間は最終的な経営判断を下します。生成AIは選択肢を提示し、論理的な整合性や網羅性を補完しますが、「どの道を選ぶか」を決めるのは人間です。この判断は、リスク許容度、企業文化、社会的責任、長期的なブランド価値など、多数の非定量的要素を含むため、生成AIが代替することはできません。
このように、人間は生成AIを「戦略案生成と構造化のエンジン」として活用しつつ、本質的な理解・因果設計・制約統合・最終判断という中核部分を担うことで、知財戦略カスケードダウンの質を高めることができます。

Ⅴ. 結論:形式的親和性と本質的限界を踏まえた生成AI活用の位置づけ


以上の検討から、知財戦略カスケードダウンと生成AIの親和性は、形式的構造のレベルでは極めて高い一方で、本質的構造のレベルでは限定的であることが明らかになりました。生成AIは、階層構造の分解、抽象度の変換、論理整合性の補完、網羅性の確保、複数案の生成、文書化といった領域で強力な支援ツールとして機能します。しかし、事業の本質理解、因果構造の設計、企業固有の制約条件の統合、最終的な経営判断といった領域は、人間が担うべき中核的役割として残ります。
したがって、生成AIは知財戦略カスケードダウンの「形式的プロセスを加速・高度化する補助装置」として位置づけることが適切であり、戦略そのものを自動生成するエンジンとして捉えるべきではないと考えられます。この役割分担を前提とすることで、生成AIは知財戦略策定の質と速度を向上させつつ、人間による本質的な戦略思考を補完する有効な手段となり得ます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年3月1日日曜日

特許出願件数と日本企業の研究開発費の推移

近年の特許出願件数と日本企業の研究開発費の推移のグラフです。特許出願件数は特許庁の報告から取得し、研究開発費は総務省統計局の調査結果から取得しています。

日本企業の研究開発費は、2023年、2024年にかけて順調に増加しています。特許出願件数も増加していますが、これはソフトバンクによるAI関連の出願が1万件以上行われたようであり、その影響も大きいかと思います。
このため、2023年と2024年の特許出願件数の増加は、日本企業の研究開発費が増加しているからとは言い難いようにも思えます。
なおソフトバンクは、2023年、2024年において各々2ヵ月程度の間に大量に特許出願したようです。そして、2025年の11月の特許出願件数は前年同期比で34.8%の増加、12月には前年同期比で166.6%の増加となっています。この増加は異常であり、もしかしたらソフトバンクによるAI関連の特許出願がまた大量に行われたのかもしれません。
いずれにせよ、特許出願件数と日本企業の研究開発費とはその増減に関係性は低いと思われます。

そして、特許出願件数はピーク時に比べて2/3程度まで減少しており、これは特許出願の多くを行う大企業が特許出願を減らしたからです。これに対して、特許庁等が特許出願を増やすような活動、例えば中小企業に特許出願を促したり、スタートアップに特許出願を促すような活動をしていましたが、あまり効果はなかったようです。
また、しばらく前には、特許出願件数を日本企業の研究開発力の指針の一つのように考える人たちもいたようですが、最近ではそのような考えもなくなってきたような気がします。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年2月23日月曜日

知財戦略:秘匿化技術をライセンス対象に含めることについて

特許権と共に秘匿化技術(ノウハウ・運転条件・最適化パラメータなど)をライセンス対象に含めることは一般的に行われています。そこで秘匿化技術をライセンスの対象に含めることの意義を生成AIに整理してもらいました。

Ⅰ.特許と秘匿化技術の二層構造によるライセンス戦略の重要性
技術ライセンスにおいて、特許は排他性を提供する中心的な知財資産ですが、特許のみでは十分な競争優位性や長期的収益性を確保できない場合があります。特に、製造プロセスの技術や運転条件・最適化パラメータが重要な産業分野では、特許に記載されない秘匿化技術(ノウハウ)が技術の再現性や品質安定性に大きく寄与します。
ここでは、秘匿化技術をライセンス対象に含めることの意義を整理し、特許権消滅後におけるノウハウの役割と収益構造について考察します。特許とノウハウの二層構造を活用することで、企業は特許期間を超えて持続的な収益を確保できる可能性があります。

Ⅱ.秘匿化技術の特徴とライセンス対象としての価値
秘匿化技術とは、特許に記載されない運転条件、最適化パラメータ、トラブル対応、品質安定化のための微調整など、実務上の再現性を担保するために不可欠な知識群を指します。これらは公開されないため、特許とは異なる性質を持ちます。
秘匿化技術の価値は以下の点にあります。
1.模倣困難性の高さ
特許は公開されるため、理論上は模倣可能です。しかし、秘匿化技術は公開されないため、競合が同等の品質や歩留まりを実現することは極めて困難です。
2.技術の再現性を左右する実務的価値
特許に記載された技術をそのまま実施しても、実際には品質が安定しないことが多く、秘匿化技術がなければ商業運転が成立しないケースが多く見られます。
3.ライセンシーにとっての経済的価値
歩留まり向上、品質安定、トラブル削減など、秘匿化技術はライセンシーの利益に直結するため、ライセンス料の上乗せが正当化されます。
これらの特徴から、秘匿化技術は特許とは異なる形でライセンス価値を持ち、特許と組み合わせることで強力な収益源となります。

Ⅲ.特許権消滅後における秘匿化技術の役割
特許権は出願から20年で消滅し、技術は公知となります。しかし、秘匿化技術は公開されないため、特許権消滅後も依然として価値を持ち続けます。この点が、特許とノウハウの組み合わせが強力な理由です。
1.特許消滅後もノウハウは存続する
特許が消滅しても、秘匿化技術は企業内部に保持され続けます。 そのため、特許期間終了後もライセンシーはノウハウへの依存を継続します。
2.ノウハウは時間とともに蓄積し、価値が増大する
運転経験、トラブル事例、最適化パラメータなどは、運用期間が長いほど蓄積されます。 特許が古くなるほど、むしろノウハウの価値が高まる場合があります。
3.特許消滅後の差別化要因として機能する
特許が消滅すると、技術そのものは模倣可能になりますが、秘匿化技術がなければ同等品質を実現できません。 そのため、特許消滅後も競合との差別化が維持されます。
4.特許期間後の収益源として機能する
特許が消滅した後も、ノウハウ提供契約や技術サポート契約を継続することで、 特許期間を超えた長期収益モデルが成立します。
Ⅳ.特許と秘匿化技術の二層構造による収益モデル
特許と秘匿化技術を組み合わせることで、企業は以下のような二層構造の収益モデルを構築できます。
1.特許期間中の収益モデル
(1)特許ライセンス料(初期費用+ロイヤルティ)
特許の排他性に基づき、ライセンス料を徴収できます。
(2)ノウハウ提供料
特許だけでは実施できないため、ノウハウ提供が必須となり、追加料金を設定できます。
(3)導入支援・技術サポート料
立ち上げ支援、品質保証、技術者派遣など、付帯サービスによる収益が発生します。
2.特許消滅後の収益モデル
特許が消滅しても、以下の収益が継続します。
(1)ノウハウ提供契約の継続
特許がなくても、ノウハウは依然として不可欠であり、契約更新が期待できます。
(2)品質データ・規格適合データの提供
航空燃料のような規格産業では、品質データが重要な価値を持ち続けます。
(3)技術アップデート契約
新しい運転条件、最適化パラメータ、改善技術などを継続的に提供することで、サブスクリプション型収益が成立します。

Ⅴ.特許消滅後の競争環境における秘匿化技術の戦略的意義
特許が消滅すると、競合が技術を模倣する可能性があります。しかし、秘匿化技術を保持している企業は以下の点で優位に立ちます。
1.競合は“表面上の工程”しか模倣できない
特許情報だけでは、実際の運転条件や最適化パラメータは再現できません。
2.品質・歩留まりで差がつく
秘匿化技術を持つ企業は、競合より高品質・高効率を維持できます。
3.ライセンシーは依然としてノウハウを必要とする
特許消滅後も、ノウハウ提供契約を継続するインセンティブがライセンシー側に存在します。
4.競合の代替標準形成を抑制できる
秘匿化技術が強固であれば、競合が別の標準を形成する難易度が高まり、デファクト地位を維持できます。

Ⅵ.結論:秘匿化技術は特許期間を超えて収益を生む戦略資産である
秘匿化技術をライセンス対象に含めることは、特許の排他性を補完し、技術の再現性・品質・安全性を担保するために不可欠です。さらに、特許権が消滅した後も、秘匿化技術は依然として価値を持ち続け、ノウハウ提供契約、品質データ提供、技術アップデート契約などを通じて持続的な収益を生み出します。
すなわち、特許と秘匿化技術の二層構造は、 「特許期間中の収益最大化」と 「特許期間後の収益持続化」 を同時に実現する戦略的枠組みであり、長期的なライセンスビジネスの基盤となります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年2月14日土曜日

知財戦略:有料ライセンスと無料ライセンスとの選択

今回は、前回のブログで記載したユーグレナ方式のバイオ燃料製造プロセスにおける標準化戦略(A-1)と技術パッケージ化戦略(A-2)の整合性を踏まえ、無料ライセンスではなく有料ライセンスを適切とした理由を述べます。

1.標準化戦略における無料モデルと有料モデルの選択問題

技術標準化において、標準を無料で開放するべきか、有料でライセンスするべきかという問題は、技術の普及速度、競争環境、収益モデル、模倣リスクなど、複数の要因が絡み合う高度な戦略判断を必要とします。QRコードが無料開放によって世界標準を獲得した一方で、CPコードは有料ライセンスを維持した結果、普及競争に敗れました。また、ダイキン工業は冷媒の標準化において、競合が代替標準を形成するリスクを回避するために無償開放を選択しました。このように、標準化戦略は一律に無料・有料のどちらが優れているとは言えず、技術の性質や市場構造に応じた最適解が存在します。

2.無料標準化モデルの特徴と限界

無料標準化モデルは、標準を無償で開放することで普及速度を最大化し、エコシステム全体を支配することを目的とする戦略です。QRコードやダイキンの冷媒の事例が示すように、代替技術が複数存在し、普及速度が勝敗を決定する市場では、無料開放が極めて有効に機能します。代替技術が複数存在する市場において無料ライセンスは有料ライセンスよりも価格競争力を持つためです。
しかし、このモデルにはいくつかの限界があります。第一に、標準そのものから収益を得ることができないため、ビジネスモデルが別の収益源に依存します。第二に、技術が単純で模倣されやすい場合、無料開放は競合の参入を促し、標準を作った企業が必ずしも勝者にならないという構造的問題を抱えます。第三に、品質や安全性が重要な分野では、無料開放によって品質の低い模倣品が市場に流通し、事故や信頼性低下のリスクが高まります。
これらの特徴、特に第三の特徴は、航空燃料のように安全性・品質が最優先される分野には適合しにくいと考えられます。

3.有料標準化モデルの特徴と適合性

有料標準化モデルは、標準を公開しつつも、利用には特許ライセンス料を課す戦略です。通信規格におけるQualcomm、音響規格のDolby、映像規格のMPEGなどが代表例であり、標準が普及するほど特許ロイヤルティが増加する「標準=収益源」という構造を持ちます。
このモデルは、技術が複雑で模倣が容易ではなく、特許による排他性が強固である場合に特に適しています。また、品質や安全性が重要な分野では、標準を有料化することで、導入企業に対して一定の技術水準や運用条件を契約によって強制できるため、品質維持の観点からも合理的です。
ユーグレナ方式のバイオ燃料製造プロセスは、工程別・工程組合せ特許によって回避困難な特許網を構築できる点、品質データやノウハウが不可欠である点、導入支援が必要である点から、有料標準化モデルとの親和性が高いと言えます。


4.A-1 と A-2 の整合性から見た有料標準化の必然性

A-1 は、製造プロセスをモジュール化し、特許化しやすい構造へと再設計することで、ユーグレナ方式をデファクトスタンダードとして確立することを目的としています。この標準化プロセスは、工程別特許および工程組合せ特許によって体系的に保護され、技術的優位性を法的排他性へと転換する役割を担います。
一方、A-2 は、A-1 の特許を核としつつ、ノウハウ、品質データ、契約統制を統合した「総合技術パッケージ」を提供することで、ライセンス収益を最大化する戦略です。A-2 のビジネスモデルは、特許が「導入の必須要素」であることを前提としており、特許が無料で開放されると、パッケージ全体の価値が大きく毀損します。
つまり、A-1 の標準化プロセスは、A-2 のパッケージ戦略と不可分であり、特許を有料で提供することによって初めて、技術の普及と収益化が両立します。無料開放は、A-2 の収益モデルを根本から崩壊させるため、戦略的整合性の観点から選択肢にはなり得ません。

5.競合による代替標準形成リスクとその抑制

無料開放を選択しない場合、競合が別の標準を形成し、市場を奪うリスクが生じます。CPコードがQRコードに敗れたのは、この典型例です。しかし、ユーグレナ方式の場合、工程別・工程組合せ特許によって回避困難な特許網を構築できるため、競合が代替標準を形成する難易度は高くなります。
さらに、航空燃料分野では品質・安全性が最優先されるため、信頼性の高いプロセスを持つ企業が標準化競争で優位に立ちやすい構造があります。ユーグレナ方式が品質データや導入支援を含む総合パッケージを提供することで、競合が模倣しにくい「複合的な参入障壁」を形成できます。
このように、ユーグレナ方式は無料開放による普及速度よりも、特許網とパッケージによる排他性の方が競争優位の維持に寄与するため、有料標準化モデルが適切であると言えます。

6.結論:ユーグレナ方式における有料標準化の合理性

以上の検討から、ユーグレナ方式の標準化戦略(A-1)は、無料開放ではなく有料ライセンスを前提とすることが合理的であると結論づけられます。技術の複雑性、品質・安全性の重要性、特許網の強固さ、A-2 のパッケージ戦略との整合性、競合による代替標準形成リスクの抑制など、複数の観点から有料標準化モデルが最適であることが示されます。
すなわち、ユーグレナ方式は「普及のために開放するが、利用は有料とする」という、デファクトスタンダード戦略と特許ライセンス戦略を統合したモデルを採用することで、技術の普及と収益化を同時に達成することが可能となります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年1月31日土曜日

知財戦略:ユーグレナ由来のバイオ燃料の知財戦略について

前回のブログではユーグレナを食品としたヘルスケア領域の知財戦略について、知財戦略カスケードダウンを利用して生成AIに生成させました。今回は、ユーグレナ由来のバイオ燃料の知財戦略についてです。
なお、ユーグレナ由来のバイオ燃料は普及していません。そこで、事業目的としては、「ユーグレナ由来のバイオ燃料の商業化と市場拡大」としています。その結果、生成AIは「標準化プロセスの特許保護(プロセス標準化)」と「技術パッケージ化と導入支援」という2つの戦略の組み合わせを出してきました。
以下がその詳細です。なお、A-1の標準化プロセスの特許保護は、A-2の技術パッケージ化と導入支援の前提となるものであり、標準化に関する特許は有料ライセンスされます。
このように、特許のライセンス等を前提として事業戦略が立案された理由は、バイオ燃料の市場は非常に大きくなる可能性があり、一社だけで需要を賄うことは人員、資金、設備等の観点から非常に難しいためです。
このような理由から以下の戦略は、企業規模が比較的小さい企業を想定したものとなります。一方で、企業規模が大きな企業、例えば既に燃料の世界的な市場において高いシェアを有している企業は異なる戦略となるでしょう。

◆ A-1:標準化プロセスの特許保護(プロセス標準化)◆
★事業★
<1.事業目的(共通)>
 ユーグレナ由来バイオ燃料の商業化と市場拡大
<2.事業戦略>
 製造プロセスをモジュール化・標準化し、他社が導入しやすい再現性の高いプロセスを構築する。
<3.事業戦術>
 標準化プロセスを特許で保護し、ライセンスの核となる技術資産として確立する。

★知財★
<1.知財目的>
 標準化プロセスを特許で保護し、ライセンスの核となる技術資産として確立する。
<2.知財戦略>
 標準化プロセスを“特許化しやすい構造”に再設計し、工程別・工程組合せの特許群として体系化する。
(ポイント) 標準化プロセスをそのまま特許にするのではなく、特許化しやすい形に分解・構造化することが戦略の中心
<3.知財戦術>
 標準化プロセスを特許化しやすい形に落とし込むための実務プロセス。
① 標準化プロセスのモジュール分解戦術
 培養、抽出、精製、燃料化などの工程をモジュール化
 工程ごとに特許化可能な技術的特徴を抽出
 標準化プロセスの“特許化しやすい構造”を作る
② 工程別特許の体系化戦術
 各工程を個別に特許出願
 工程単位でライセンス可能な技術資産にする
 導入性が高まり、ライセンスモデルと相性が良い
③ 工程組合せ特許の構築戦術
 工程同士を組み合わせた特許を取得
 一部工程を変えても回避できない“特許の壁”を形成
 標準化プロセス全体を保護する効果が高い
④ 標準化プロセスの特許化しやすい表現への変換戦術
 パラメータ範囲(温度、圧力、時間)を特定
 効果(収率向上、品質安定)を明確化
 実施例を複数用意して特許強度を高める

◆ A-2:技術パッケージ化と導入支援◆
★事業★
<1.事業目的(共通)>
 ユーグレナ由来バイオ燃料の商業化と市場拡大
<2.事業戦略>
 特許+ノウハウ+品質データ+導入支援を統合した“総合技術パッケージ”を提供し、ライセンス先が確実に製造できる状態を作る。
<3.事業戦術>
 技術パッケージを知財資産として体系化し、特許とノウハウを適切に保護しながらライセンス収益を最大化する。

★知財★
<1.知財目的>
 技術パッケージを知財資産として体系化し、特許とノウハウを適切に保護しながらライセンス収益を最大化する。
<2.知財戦略>
 特許(オープン)+ノウハウ(クローズ)+データ(付加価値)+契約(統制)の“複合知財パッケージ戦略”を採用する。
(ポイント)特許は公開してもよい“オープン資産”、ノウハウは秘匿すべき“クローズ資産”、データはライセンス価値を高める“付加価値資産”、契約は漏洩防止と収益確保の“統制資産”
<3.知財戦術>
 技術パッケージを知財資産として成立させるための実務プロセス。
① 特許をパッケージの核に据える戦術
 A-1 で構築した工程別・組合せ特許をパッケージの中心に配置
 特許が“導入の必須要素”になるよう設計
 ライセンス料の根拠となる資産を明確化
② ノウハウ秘匿戦術
 運転条件、トラブル対応、最適化条件などは秘匿化
 文書アクセス制限
 技術者派遣時の情報管理ルール
 NDAの徹底
 ノウハウ漏洩時の契約ペナルティ設定
③ 品質データ活用戦術
 規格適合データ(ASTM等)をパッケージに含める
 品質データを“導入の信頼性”として提供
 データのバージョン管理で最新性を担保
④ 契約統制戦術
 ライセンス契約で実施範囲・地域・期間を明確化
 ノウハウ提供条件を契約に明記
 技術移転マニュアルを契約付属文書にする
 ライセンス料体系(初期費用+ロイヤルティ)を設計


次に、 A-1「標準化プロセスの特許保護(プロセス標準化)」の戦略とA-2「技術パッケージ化と導入支援」について解説します。

<標準化プロセスの特許保護(プロセス標準化)について>
ユーグレナ由来バイオ燃料の商業化と市場拡大を実現するためには、単に優れた製造技術を開発するだけでは不十分です。市場における技術の採用は、技術的優位性のみならず、その技術が他社にとって導入しやすく、かつ信頼性の高い“標準的な方式”として認知されるかどうかに大きく依存します。この観点から、A-1が掲げる「標準化プロセスの特許保護」は、公的規格化(デジュールスタンダード)を目指すものではなく、ユーグレナ方式を業界の事実上の標準(デファクトスタンダード)として確立することを目的とする戦略的行為です。
デファクトスタンダード化は、特に安全性・品質が重視される航空燃料分野において強い影響力を持ちます。一度「この方式が最も安定し、規格適合性が高い」と市場が認識すれば、他社はその方式を採用することが最も合理的な選択となります。この“採用の必然性”こそがデファクトスタンダードの本質であり、ユーグレナ方式がその地位を確立することで、競合他社はユーグレナ方式を採用せざるを得ない状況が生まれます。その結果、ユーグレナ方式は市場における優位性を持続的に保持し、ライセンスビジネスにおける交渉力と収益性を大幅に高めることが可能となります。
しかし、デファクトスタンダード化のみでは技術の模倣を防ぐことはできません。そこで A-1の戦略では、標準化プロセスを特許化しやすい形に再構造化し、工程別特許および工程組合せ特許として体系的に権利化することを重視します。この特許群は、ユーグレナ方式の技術的優位性を法的排他性へと転換し、デファクトスタンダードとしての地位を“独占的に享受する”ための基盤となります。すなわち、A-1 の標準化は、技術の普及を促すための「開放性」と、模倣を防ぐための「排他性」という、一見矛盾する二つの要素を統合する戦略です。
この戦略の核心は、標準化プロセスを単なる工程の整理ではなく、「特許化しやすい構造へと再設計する技術的・法的プロセス」として捉える点にあります。工程をモジュール化し、各工程の技術的特徴を抽出し、さらに工程間の組合せによって回避困難な特許網を構築することで、ユーグレナ方式は技術的にも法的にも強固な“標準”となります。このようにして形成された標準化プロセスは、他社にとって導入しやすい一方で特許によって保護されているため、ユーグレナはライセンス料を高く設定することが可能となります。
総じて、A-1の「標準化」は、ユーグレナ方式を市場における事実上の標準へと押し上げることで、技術の普及とライセンス収益の最大化を同時に達成する戦略です。このデファクト化戦略は、特許による排他性と標準化による普及性を統合することで、長期的かつ持続的な競争優位を実現するものであり、ユーグレナのバイオ燃料事業における中核的な価値創出メカニズムを形成します。

<A-1とA-2の役割分担>
ユーグレナ由来バイオ燃料の商業化と市場拡大を実現するためには、技術そのものの優位性と、その技術を市場に展開するための仕組みの双方が不可欠です。この観点から、事業戦略AはA-1(標準化プロセスの特許保護)とA-2(技術パッケージ化と導入支援)の二つの補完的な要素によって構成されます。
A-1は、ユーグレナ方式の製造プロセスを技術的に確立し、その再現性・品質・安全性を担保するための基盤的役割を担います。具体的には、培養、抽出、精製、燃料化といった一連の工程をモジュール化し、それらを特許化しやすい構造へと再設計することで、ユーグレナ方式が他社にとって最も合理的かつ信頼性の高い製造手法となるように位置づけます。このプロセスの標準化は、単に工程を整理するだけでなく、ユーグレナ方式を業界の事実上の標準(デファクトスタンダード)へと押し上げるための戦略的行為です。そして、この標準化されたプロセスを工程別特許や工程組合せ特許として体系化することで、技術的優位性を法的排他性へと転換し、ライセンス事業の核となる技術資産を形成します。すなわちA-1は、「技術そのものを作り、守る」という役割を担います。
これに対してA-2は、A-1によって確立された技術を、他社が実際に導入し運用できる形へと変換する役割を担います。A-1が技術の“中身”を作るのに対し、A-2はその技術を“商品”として成立させるための仕組みを構築します。具体的には、特許(オープン資産)、ノウハウ(クローズ資産)、品質データ(付加価値資産)、そして契約(統制資産)を統合した総合的な技術パッケージを設計し、さらに技術者派遣や品質監査といった導入支援体制を整備することで、ライセンス先が確実にユーグレナ方式を運用できる状態を作り出します。このプロセスは、技術の導入障壁を下げ、ライセンス事業の成功率を高めると同時に、ノウハウ秘匿や契約統制によって収益性と安全性を両立させるものです。すなわちA-2は、「技術を売れる商品にし、収益化する」という役割を担います。
両者の関係は明確であり、A-1がなければ、A-2が提供する技術パッケージの核となる技術資産が存在しません。逆にA-2がなければ、A-1が構築した技術は市場に展開されず、収益化も実現しません。A-1は技術的優位性と排他性を創出し、A-2はその優位性を市場価値へと転換します。このように、A-1と A-2は技術・ビジネス・知財の三位一体モデルを構成し、両者が相互補完的に機能することで、ユーグレナ方式のバイオ燃料製造技術は長期的かつ持続的なライセンスビジネスとして成立します。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年1月25日日曜日

知財戦略:ユーグレナの知財戦略を知財戦略カスケードダウンへの当てはめ

前回のブログでは、ユーグレナ社の知財戦略について述べました。
今回は、このユーグレナ社の知財戦略を知財戦略カスケードダウンに当てはめてみます。
この当てはめは、AIであるCopilotに考えさせたものを修正したものです。


今回は、ユーグレナを食品としたヘルスケア領域に対する事業目的→事業戦略→事業戦術→知財目的→知財戦略→知財戦術を考えました。

★事業★
<1.事業目的(ヘルスケア領域)>
ユーグレナ由来成分を活用した高付加価値食品市場の拡大
<2.事業戦略(目的を達成するための大まかな方策)>
ユーグレナ成分の独自性を活かした差別化
・他社が模倣できない独自成分・独自加工技術を確立する
・科学的エビデンスを強化し、機能性食品としての信頼性を高める
<3.事業戦術(戦略を実行する具体的施策)>
・戦術A-1:新規ユーグレナ成分の探索・分析
・戦術A-2:粉末化・加工技術の改良
・戦術A-3:機能性表示食品の届出・エビデンス取得

事業戦術としては、上記のようにA-1~A-2の3つが出てきました。
そこで、それぞれの事業戦術ごとに知財目的→知財戦略→知財戦術を下記に記します。

★知財(事業戦術A-1:新規ユーグレナ成分の探索・分析)★
<1.知財目的>
新規成分の独自性を保護し、競合による模倣・追随を防止する。
(理由)
新規成分はヘルスケア事業の差別化源泉であり、成分そのものの独占が市場優位性を決定するため。
<2.知財戦略>
成分・組成・機能に関する特許を積極的に取得し、広いクレームで独占領域を確保する。
(戦略の方向性)
成分そのもの(物質特許)、成分の組成・含有量、成分の機能・用途を広く権利化する。
<3.知財戦術>
・成分特許のクレーム最適化
  新規成分の化学構造・組成・特徴を広くクレーム化
  競合が回避しにくいパラメータ範囲を設定 
  実施例を複数用意し、特許の強度を高める
・分析データの体系化
  成分分析データ(HPLC、MS、NMRなど)を特許明細書に反映
  機能性データ(抗酸化、免疫、代謝など)を用途クレームに活用
  科学論文より先に特許出願するフローを構築


★知財(事業戦術A-2:粉末化・加工技術の改良)★
<1. 知財目的>
加工プロセスの独自性を保護し、製品品質の差別化を維持する。
(理由)
粉末化・加工技術は製品の安定性・味・溶解性などに直結し、食品としての競争力を左右するため。
<2.知財戦略>
加工プロセスは特許化を基本としつつ、秘匿化すべき工程はノウハウとして管理するハイブリッド戦略を採用する。
(戦略の方向性)
  市販品から逆解析できる部分 → 特許化
  工場内でしか分からない工程 → 秘匿化
<3. 知財戦術>
・プロセス特許の取得
  粉末化条件(温度、圧力、乾燥条件など)をクレーム化
  粉末の粒度・含水率・安定性など製品特性を特定したクレームを設計
  市販品から侵害調査が可能な「製品クレーム」を優先
・秘匿化すべき工程の選別
  工場内でしか分からない工程(撹拌条件、投入順序など)は秘匿化
  特許出願前に秘匿技術との境界を明確化

★知財(事業戦術A-3:機能性表示食品の届出・エビデンス取得)★
<1. 知財目的>
消費者庁に届け出る機能性エビデンスを特許に反映し、機能性表示食品の独占領域を確保する。
(理由)
機能性表示食品の届出データは、用途特許の強力な裏付けとなり、競合の参入障壁を高めるため。
<2.知財戦略>
機能性データを用途特許に組み込み、食品カテゴリーごとに用途特許網を構築する。
(戦略の方向性)
  「機能 × 食品形態」の組み合わせで特許網を形成
  科学的エビデンスを特許に反映し、強い用途特許を取得
<3.知財戦術>
・用途特許の網羅化
  免疫、疲労、腸活、代謝など機能性ごとに用途特許を出願
  飲料、サプリ、菓子、プロテインなど食品形態ごとにクレームを設計
  競合が回避しにくい用途クレームを設定
・機能性データの特許活用
  届出データに使用したヒト試験データを特許明細書に反映
  エビデンスを複数の用途クレームに展開
  科学論文より先に特許出願するフローを整備

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年1月18日日曜日

知財戦略:ユーグレナ社の知財戦略

知財戦略は、主として特許等の権利化(公知化)する技術と秘匿化する技術の選択(オープン・クローズ戦略)であると考えます。
このオープン・クローズ戦略の典型的な例としてユーグレナ社の知財戦略を挙げます。

まず、ユーグレナ(Euglena/和名:ミドリムシ)は植物と動物の両方の性質を併せ持つ単細胞微生物です。ユーグレナの大きさは50μm程度で葉緑体を持ち光合成が可能である一方、光がなくても有機物を栄養源に増殖し、大量に培養することが可能です。
ユーグレナは非常に栄養バランスが良く、人に必要な約59種類の栄養素を含むとされます。このため、食品やサプリに主に用いられています。さらに、ユーグレナの用途としては、化粧品、創薬、バイオ燃料等があります。

(1) 知財の基本戦略:特許と秘匿化のハイブリッド
ユーグレナ社は、特許戦略と秘匿化戦略を使い分けることを明確に方針化しています。
栄養豊富な微細藻類「ユーグレナ(ミドリムシ)」の大量培養技術(特に培養方法そのもの)については、詳細を公開することで権利化するよりも、秘匿化してノウハウとして管理する戦略を採っています。
この理由は、大量培養技術の詳細手順を開示して特許化すると、競合が模倣しやすくなる上、工場内で実施される技術の特許侵害を確認するのが難しいという理由からです。

一方で、ユーグレナを粉末化したり、特定の用途や加工方法、製品形態に関する発明などの技術については、特許として出願・権利化しています。
 こうした用途・加工関連の特許は、競合製品を購入して含有物や構成を調べることで侵害の有無を比較的容易に確認できるため、権利行使もしやすいと考えられるためです。

(2)培養技術の秘匿(オープン・クローズ戦略)
ユーグレナ社は「世界初の屋外大量培養技術」を開発していますが、その核心部分は特許にしていません。その背景は次の通りです:
詳細を公開すると技術内容が明らかになり、競合が同じ方法を再現できる可能性が高まる。
工場内での培養技術は外部から実施事実が確認しにくく、特許侵害の証拠をつかみにくいため、権利化のメリットが少ないと判断されています。
このように、培養技術は秘匿ノウハウ(trade secret)として保護し、用途・加工技術は特許で保護するという「オープン/クローズ」戦略を明確に実行しているのがユーグレナ社の知財戦略の代表例です。


(3)特許ポートフォリオの一例
ユーグレナ社は用途・製品関連の技術について多数の特許を有しており、例えば以下のようなものがあります。なお、ユーグレナ社は、現在約120件程度日本国で特許出願しています。
・特許第6654264号
発明の名称:パラミロン含有レーヨン繊維及びその製造方法
概略:ユーグレナ由来のパラミロンを繊維化し含有したレーヨン繊維(パラミロンレーヨン)の構成およびその生成方法に関する発明。パラミロンを含有させた繊維自体とその用途(例えば機能性素材、繊維製品)について権利化している。

・特開2024-064892号公報
発明の名称:タンパク質高含有ユーグレナとその生産方法)
概略:タンパク質含有率 35質量%以上のユーグレナ。前記ユーグレナとしては、パラミロン合成酵素をコードする遺伝子が抑制され、又は欠失したユーグレナが挙げられる。パラミロン合成酵素をコードする遺伝子としては、グルカン合成様酵素2(GSL2)をコードする遺伝子が挙げられる。

(4) まとめ:ユーグレナ社の知財戦略のポイント
・特許とノウハウを戦略的に使い分ける「オープン・クローズ戦略」
    → 事業展開の局面に応じた保護手法の最適化。
・培養方法などのコア技術は秘匿化(ノウハウ)
    → 詳細公開を避け、模倣防止と侵害確認困難性を逆手に取る。
・製品用途・加工・特定機能に関する技術は特許化
    → 競合との比較や侵害証拠の収集が容易な領域を選択的に保護。

参考URL

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年12月30日火曜日

公益通報を目的とした秘密情報の持ち出し

先日、元社員による公益通報を目的とした情報の持ち出しに違法性はないとした民事訴訟の地裁判決が出ました。




ここで、経済産業省が発行している営業秘密管理指針には営業秘密の有用性について以下のような解説があります。
「有用性」の要件は、公序良俗に反する内容の情報(脱税や有害物質の垂れ流し等の反社会的な情報)など、秘密として法律上保護されることに正当な利益が乏しい情報を営業秘密の範囲から除外した上で、広い意味で商業的価値が認められる情報を保護することに主眼がある。
元社員が持ち出したとされる「医師との契約書など機密情報」がどのような内容であるかは分かりませんが、「秘密として法律上保護されることに正当な利益が乏しい情報」であれば有用性が認められず、上記機密情報は営業秘密ではないということになります。

一方で、判所所がこのような判断をしたとのような報道はなく、「秘密情報を持ち出した目的が犯罪の告発であった」として違法性はない、とのように判断したとの報道がなされています。
そうであれば、元社員には「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的」がないとして違法性はないと裁判所が判断したようにも思えます。なお、この元社員が報道機関に営業秘密を漏らしたとする証拠はないとのようにも裁判所は判断しています。
従って、元社員は犯罪の証拠と告発文を警察に送っただけであり、そのような行為では「不正の利益」を得ることはできず、また、警察への告発が「営業秘密保有者に損害を加える目的」とは解されないでしょう。

一方、少し前にも同様に公益通報を目的としたと被告が主張してメディアに営業秘密を開示した行為についての民事訴訟の判決がありました。この事件において裁判所は元社員による公益通報を認めず、元社員に対する損害賠償請求を認めました。

この二つの事件に対する民事訴訟の判決の違いの理由が何であるかはよく分かりません。一方が警察への告発であり、他方がメディアへの告発であることが理由でしょうか?

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年12月22日月曜日

判例紹介:5割の従業員がアクセス可能なサーバでの情報管理

前回に続き、今回もサーバへのアクセスと秘密管理性に関する裁判例(大阪地裁令和7年4月24日判決 事件番号:令5(ワ)12720号)を紹介します。

本事件の被告Aは、土木建築総合請負等を目的とする原告会社の元取締役であり、取締役を退任した約4か月後に被告会社を設立し、被告会社の代表取締役に就任しています。
その一方で、被告Aは、原告会社との間で顧問契約も締結しました。この顧問契約では秘密保持に関し、被告Aが本契約の有効期間中か否かにかかわらず、本業務の遂行中に知り得た原告に関する営業上、技術上その他の一切の情報を使用し、複製し、又は第三者に開示・漏洩してはならないものとされました。
しかしながらその後、原告は、被告Aによる原告従業員の引抜行為等が債務不履行、不正競争又は不法行為に当たり、原告製品と同一又は類似する製品の製造等が不正競争(不競法2条1項1号)に当たるなどとした警告を行い、今回の民事訴訟となっています。

なお、ここでいう営業秘密は、原告製品情報、原告取引情報及び原告原価情報になります。そして、これらの営業秘密の秘密管理措置は以下のようなものです。
ア 原告の令和4年9月1日時点の従業員数は50名(本社9名、関東出張所7名、岬工場20名、千葉工場14名)であった。本社及び関東出張所の従業員16名は、構造計算・設計・見積書作成、経理・事務、窓口等を、各工場の事務所に所属する従業員9名は、設計・発注、窓口等を担当しており、これら25名に原告からパソコンが貸与されていた。   
イ 原告製品情報、原告取引情報及び原告原価情報は、外部から接続ができない原告社内のサーバのフォルダ内に格納されており、上記パソコン貸与者において当該パソコンから上記フォルダにアクセスすることができた。なお、上記各情報は、手間の煩わしさからパスワード付されずに格納されていた。   
ウ 原告の就業規則(令和2年4月1日適用)には、従業員の秘密義務として、① 製品技術・設計、企画、開発に関する事項、② 製品販売・顧客情報に関する事項、③ 財務・経営に関する事項、④ 人事管理に関する事項、⑤他社との業務提携に関する事項等について従業員は、在職中及び退職後において、以下の秘密情報につき、厳に秘密として保持し、会社の事前の許可なく、いかなる方法をもってしても、開示、漏えい又は使用してはならない旨が定められていた。(甲17)

このような秘密管理措置に対して、裁判所は以下のように秘密管理性を判断しています。
イ ・・・原告は就業規則において従業員に秘密保持義務を課し、上記各情報については外部から接続できない社内サーバで管理し、貸与したパソコンに限ってアクセスできる措置を講じている。しかし、具体的な秘密管理措置についてみると、上記各情報(データ)には、円滑な業務遂行を優先して手間の煩わしさを解消する目的でパスワードが付されておらず、これらに「部外秘」「秘密情報である」などと付記されていた事情もうかがわれない。また、情報へのアクセスが貸与されたパソコンに制限されているとしても、貸与されたパソコンの使用者の担当業務は様々であって、全ての貸与者において、業務の遂行上これらの情報すべてが必要な情報であるとは解し難く、業務上必要性のない情報であるにもかかわらずアクセスできた者も存在したといえる。さらに、就業規則には、秘密保持の対象となる事項が列挙されているが、本件で問題となっている原告製品情報、原告取引情報及び原告原価情報がこれに該当するか否かを明示的に記載しているものではなく、別途、原告がこれらの情報が秘密情報に当たる旨を明示的に表示した事情もうかがわれない。
以上によれば、原告においてこれらの情報を秘密として管理する意思があったとしても、被告Aや原告の従業員においてこれを十分認識し得る程度に秘密として管理する体制が講じられていたと認めることはできない。
したがって、秘密管理性は認められない。   
ウ 以上から、その余の要件(非公知性及び有用性)について検討するまでもなく(なお、原告製品情報については、これらによる製品が一般の建築に供される建築資材であることや、原告自身も当該資材それ自体を秘密と扱っていないこと(甲2)からすると、原告主張の事実が仮にあったとしても、非公知性を認めることも困難である。)、原告製品情報、原告取引情報及び原告原価情報は、不競法2条6項所定の「営業秘密」に当たらない。
本事件は、前回紹介した事件よりも少ない、50%程度の従業員に貸与したパソコンでサーバへの自由なアクセスが可能とされています。このような場合でも、フォルダ等へのパスワードが設定されていないため、「業務上必要性のない情報であるにもかかわらずアクセスできた者も存在したといえる。」とされ、秘密管理性が認められませんでした。
すなわち、サーバにアクセスできるパソコンや従業員の数にかかわらず、フォルダ等にパスワードを設定しない限り、サーバにアクセスできるパソコンを限定していても、それだけでは秘密管理性は認められない可能性が相当に高いように思えます。

なお、就業規則について規定している秘密保持の内容が包括的過ぎるという理由で、これによる秘密管理性は認められていません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年12月14日日曜日

判例紹介:8割の従業員がアクセス可能なシステムでの情報管理

サーバシステム等へアクセスするために従業員にIDとパスワードを配布して管理することは一般的に行われています。しかしながら、これだけでは営業秘密としての秘密管理性が認められない可能性があります。今回は、そのような裁判例(東京地裁令和 7年11月14日 事件番号:令5(ワ)12771号 ・ 令6(ワ)70610号)を紹介します。

本事件は原告が被告に対して、被告による原告名義の預金債権に対する債権仮差押命令申立てが不法行為に該当すると主張して損害賠償等を求めたものであり、この反訴として被告が原告に対して被告の営業秘密を不正に取得等したと主張したものです。

原告及び被告は、いずれも主に日本と韓国との間の貨物の輸出入について、日本側で貨物の輸出入に関する業務を代行する代理人(フォワーダー)業務をしています。そして、原告代表者であるAiは、被告の取締役であったものの被告の取締役を辞任した後に、原告の代表取締役に就任しています。

被告が原告に不正取得されたと主張する営業秘密は、以下の情報です。
本件情報1:被告が顧客であるドンシン社に対して支払う外注費(パートナーフィー)等の営業戦略及び事業運営に関する情報
本件情報2:被告の国内輸入業者に対する基本報酬単価等の営業戦略及び事業運営に関する情報


本件情報1に対して裁判所は以下のように判断しています。
本件パートナーフィーは、Ciにより毎月集計され、被告の営業チームの従業員等に共有されており、共有する際のメールや支払に係る業務稟議書に営業秘密である旨の表示がされていなかったこと、本件パートナーフィーの月ごとの算定は、Ciが本件システムの情報を前提として算定しているところ、前記認定事実⑵アのとおり、本件システムには、被告従業員のうち現業社員以外の約8割の従業員がアクセス可能であったことが認められる。
さらに、本件システム内において本件パートナーフィーに関する情報が他の情報と区別して営業秘密であると表示されていたことを認めるに足りる証拠はなく、その他、本件情報1について具体的な管理方法を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、たとえ就業規則において職務上知り得た機密事項(個人情報を含む)の外部への漏洩が禁止されていたとしても、営業秘密であると明示されていない本件情報1について、秘密管理していたとは認められない。
裁判所の判断は、本件情報1に対して明確な秘密管理措置が行われていなかったというものです。より具体的には、本件情報1にかかるパートナーフィーは本件システムの情報を前提として算定されており、本件システムには被告従業員のうち約8割がアクセス可能であったとの理由も加味して秘密管理性を否定しています。
すなわち、本件システムにはIDとパスワードが無ければログインできないものの、従業員の8割がアクセス可能であれば、それを持って秘密管理措置がなされていたとはいえない、という裁判所の判断かと思います。
本件情報2に対しても、裁判所は同様に本件システムに保存されていることも理由として秘密管理性を認めませんでした。

この理由は、システム等に対するIDやパスワードは、外部からの侵入を防ぐためのものであり、システムに保存されている情報が秘密であるということを従業員に認識させるためのものではないという理由かと思います。一部の従業員にしかシステムへのアクセスを認めていなければそれが秘密管理措置であると解釈される可能性はあると思いますが、システムにアクセスできる従業員の割合が大きくなるほど、そのように解釈される可能性が低くなると思われます。

このため、システム内に情報を保存する際には、フォルダ毎やファイル毎のアクセス管理を行ったり、必要に応じて情報に㊙マークを付す等のメリハリをつけた秘密管理措置が必要です。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年11月30日日曜日

判例紹介:念書(契約書)に基づく秘密情報の廃棄や使用の制限について

秘密保持契約等を交わして自社の秘密情報を他社に開示することは一般的に行われており、開示した秘密情報の取り扱いに関して争って訴訟となる場合もあります。今回はそのような民事訴訟(新潟地裁令和 5年 9月28日 事件番号:令2(ワ)87号)を紹介します。

本事件は、使用済み紙おむつの燃料化事業に関し地方公共団体である被告との間で意見や情報の交換等を行っていた原告が、被告との間で交わした秘密保持に関する念書に基づき、本件情報を廃棄又は削除すること、被告において使用しないこと及び第三者へ開示し提供しないこと等を求めたものです。

まず、地方公共団体である被告は平成26年頃から使用済み紙おむつの燃料化について、実験を行うなどして事業化を検討し、平成29年11月15日以降、原告との間で燃料化事業について意見交換や情報共有等を行い、原告と被告は平成30年9月頃、平成29年11月15日付けにして本件念書を締結し、原告は本件情報を被告に開示しました。
その後、被告は公募による随意契約に基づき外部の事業者に委託して、燃料化事業の実証事業を行うこととし、令和元年5月、運営事業者の公募を開始して原告や他の事業者から応募を受けました。その結果、同年7月、運営事業者を社会福祉法人十日町福祉会に決定し、原告は落選することとなり、被告は、その後に十日町福祉会との間で随意契約の方法により、本件事業の運営に係る契約を締結しました。

このような経緯があり、原告は被告に対して開示した本件情報を本件念書に基づいて廃棄や本件情報を使用しないこと等を請求しました。

裁判所は原告が被告に開示した本件情報に対して、本件念書が適用される情報であるかを検討しています。
本件情報は、以下のものです。
ア 燃料化装置(SFD)に関する情報のうち、紙おむつ燃料化処理の作業手順
イ 燃料化装置(SFD)に関する情報のうち、紙おむつ燃料化処理に必要なガスの使用量 ウ 紙おむつ木くず混合ペレット製造に関する情報のうち、その製造の手順
エ 紙おむつ木くず混合ペレット製造に関する情報のうち、その成分分析
オ 紙おむつ木くず混合ペレット製造に関する情報のうち、破砕機の追加使用
カ 紙おむつ木くず混合ペレットに関する情報のうち、木くず混合ペレットの燃焼実験の結果とペレットの燃殻、排気ガスの成分分析及び燃え殻の成分分析データ
キ 紙おむつ木くず混合ペレットに関する情報のうちペレットサイズ
ク 使用済み紙おむつリサイクル施設の環境調査に係る燃料化装置による臭い等の情報

このうち、アとウは、原告が補助金事業の成果として平成30年3月頃に環境省に報告したもので、公刊されている書籍にも同様の作業手順が記載されているから、被告が原告から開示を受けた平成29年11月15日より後に、被告の責によらずに公知となったものであるため、被告は当該情報につき本件念書に基づく義務を負わない、とされました。

オは、被告が燃料化装置のメーカーから提供された資料にも、同様の様子が写真により記載されているから(乙61〔10頁〕)、開示を受けた時点で既に被告が保有していた情報であるため、被告は当該情報につき本件念書に基づく義務を負わない、とされました。

キは、木質ペレットのサイズはISO規格に定められている範囲であり、紙おむつを利用したペレットとの関係でも、ペレット成形機を製造している事業者において平成23年頃から6mmのサイズで紙おむつペレットを製造するための部品を製造しており、原告に特殊な技術ではなく開示を受けた時点で既に公知であった情報であるとして、被告は当該情報につき本件念書に基づく義務を負わない、とされました。

一方、イ、エ、カ、クについては、非公知の情報であるとして、被告は、当該情報につき本件念書に基づく義務を負う、とされました。


次に、原告による「本件情報の廃棄又は削除についての請求」に対して裁判所は以下のように判断しました。
本件念書は、その有効期間は実験の目的が完了するまでの期間とし(本件念書8条本文)、ただし、その失効後も、情報の使用目的等に関する規定(本件念書3条から5条まで)は有効に存続するものと定めるところ(本件念書8条ただし書き)、廃棄や削除に係る義務(本件念書6条)は、上記期間の終了後にも存続するものとして挙げられていないから、上記期間の終了後には存続しないと解される。
そして、本件念書について、令和元年7月12日に有効期間が終了したことは、原告が(本件情報を使用しないことについての請求に関し)自認するとおりであって、同日に本件念書の有効期間が終了した以上、廃棄や削除に係る義務は消滅したものというべきであるから、本件情報を廃棄又は削除することについての請求は理由がない。
このように、裁判所は、本件情報の廃棄又は削除に対して本件念書では本件念書の有効期間が終了した後にも有効に存続するという定めには含まれないとして、認めませんでした。本件念書の有効期限が過ぎたのであれば、本件情報は廃棄等されて当然のようにも思えてしまいますが、念書にそのような記載がないのであれば、廃棄等の請求は認められないこととなります。

また原告による「本件情報を使用しないことについての請求」に対して裁判所は以下のように判断しました。
本件念書は、被告において、原告から開示される使用済み紙おむつ燃料化事業における紙おむつ混合ペレットの成形実験及び燃焼実験に関する秘密情報を「本事業」の目的のためにのみ使用するものとし、他の目的に使用しないことに同意する旨を定め(3条)、「本事業」については、「使用済み紙おむつ燃料化事業」をいうものであって(本件念書の前文〔甲7〕)、その文言上、原告が被告から受託する業務に限定されていない上、本件念書は、被告が原告から開示を受けた情報等を利用して紙おむつ燃料化事業を行うために締結されたものであること(認定事実(4)ウ)に鑑みると、被告の行う紙おむつ燃料化事業のために原告から開示を受けた情報を利用することは、「他の目的」に該当しないというべきである。
そして、被告において、紙おむつ燃料化事業のほかに上記(1)ケの情報を利用していることを認めるに足りる証拠はないから、原告において、当該情報を使用しないよう求めることはできないというべきである。
本来原告は「原告が受託する使用済み紙おむつ燃料化事業」にのみ本件情報を使用することを目的として、本件念書を交わしたのだと思います。しかしながら、本件念書にはそのように記載されていなかったために、原告が他の事業者と共に「使用済み紙おむつ燃料化事業」のために本件情報を使用(利用)することができるようです。

また、原告は「本件情報を第三者に開示しないこと」(差止め)も求めていましたが、被告が当該情報を現に第三者に開示しているとか、第三者に開示するおそれがあると認めるに足りる証拠もないとして認められませんでした。なお、「現に開示・漏示がされ、又はそのおそれがあるかどうかを問わずに一律に差止めをすることができる旨の明示的な定めもないことからすれば」とも裁判所は述べていることから、このような定めが念書でされていれば、無条件に差止めができる可能性があるようです。

このように、秘密情報の開示先との間で交わす秘密保持契約書(念書)は秘密情報を開示する目的から様々なことを想定して定める必要があります。そうしないと、思わぬところで足をすくわれる可能性があります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年11月23日日曜日

報道に用いられる営業秘密の違法性

ニデック株式会社は営業秘密を持ち出した元社員とこの営業秘密を使用してトラブルを東洋経済オンラインで報じた東洋経済新聞社に対して、民事訴訟を起こしていいましたが、本事件の地裁判決が出ました。
・ニデック元社員に賠償命令、営業秘密を記者へ提供で 東京地裁(日本経済新聞)
・ニデック元社員に損害賠償命令 営業秘密を記者へ提供(47NEWS)
・営業秘密を東洋経済記者に提供 ニデック元社員に275万円賠償命令(朝日新聞)

この判決によると、ニデックの元社員は、ニデックの稟議書等の営業秘密を不正に持ち出したとして、約270万円の損害賠償が命じられました。一方で、東洋経済新聞社は「資料は元社員が自発的に提供したもので、取材の過程で違法行為はなかった」(朝日新聞)として、責任を負わないとのことです。

ここで、不正競争防止法で規定されている違法行為を見てみます。
ニデックの元社員による違法行為は、おそらく不正競争防止法第2条第1項第7号ではないかと思います。(又は2条1項4号かもしれません。)
不正競争防止法第2条第1項第7号
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
この条文では、営業秘密そのものを取得する行為は違法ではないものの、不正の利益を得る目的や会社に損害を加える目的で使用や開示する行為が違法とされています。
東洋経済新聞社が報道目的で元社員から当該営業秘密を入手したようなの、東洋経済新聞社から元社員へ金銭の受け渡し(不正の利益を得る目的)があったとは考えにくいでしょう。そうすると、元社員が東洋経済新聞社にニデックの営業秘密を渡した(開示した)行為は、「ニデックに損害を加える目的」であったと判断されたのかと思います。日本経済新聞では「杉浦正樹裁判長は、元社員が正当な権限がなく資料を持ち出し、記事が掲載されたことでニデックは取引先や投資家の信頼が損なわれたと指摘。」とのように報道されています。


一方で、東洋経済新聞社は営業秘密の二次転得者であり、元社員が不競法第2条第1項第7号違反であれば、東洋経済新聞社は不競法第2条第1項第8号に該当する可能性があります。
不正競争防止法第2条第1項第8号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
東洋経済新聞社は、元社員から稟議書を渡されており、通常であれば稟議書は会社の営業秘密であると推察できますから、営業秘密不正開示行為であることを知って稟議書を取得したと考えられえます。そして、それを東洋経済オンラインで報じることで使用しています。
このような行為は、不競法第2条第1項第8号に違反しているように思えます。

一方で、不正競争防止法は、「不正競争」の防止を通じて「事業者間の公正な競争を確保する」ことを法目的としています。そうすると、そもそも報道目的での営業秘密の使用等は不正競争ではないため、不正競争防止法違反となるような行為でもないと考えられます。
不正競争防止法第1条
この法律は、事業者間の公正な競争及びこれに関する国際約束の的確な実施を確保するため、不正競争の防止及び不正競争に係る損害賠償に関する措置等を講じ、もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
このように、同じ営業秘密であっても不正使用や不正開示の目的が異なることにより、違法性が異なったのかと思います。
しかしながら個人的にはこのような裁判所の判断に釈然としないものがあります。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年11月16日日曜日

引っ越しに関する顧客リストを同業の転職先企業に持ち出した刑事事件

先日、引っ越しに関する顧客リストを同業の転職先企業に持ち出したとして、4人も逮捕され、転職先企業も書類送検されたという事件がありました。 営業秘密侵害の刑事事件において、一度に4人が逮捕される事件はあまり多くないかと思われます。

この事件は、転職先企業の代表者が被害企業の元社員に対して、営業秘密である顧客リストの不正な持ち出しを指示し、この元社員が転職先企業に転職したというものです。
そして、持ち出した顧客リストを転職先企業内で開示し、使用していたようです。


顧客リストは、被害企業内においてパソコン画面に表示された顧客リストをスマートフォンで撮影して持ち出したとのことです。このような持ち出し方法は、顧客リストを不正に持ち出したことを検知されないためとも考えられます。
なお、カメラで撮影して営業秘密を不正に取得することは、営業秘密を不正に複製して持ち出すことであり、今回逮捕されたように当然違法行為です。

また、逮捕された社長の他の3人は被害企業の元従業員であり、一人は顧客情報を不正に持ち出した者のようですが、残りの2人はどのような理由で逮捕されたのかは報道からはよく分かりませんでした。
仮に転職先企業内で顧客リストを不正に使用等したという理由なのであれば、この事件も回転寿司チェーン店事件における元部長と同じ状態なのかもしれません。

なお、逮捕されたとしても不起訴となる可能性も高いので、この事件の詳細は今後分からないかもしれません。しかしながら、不起訴となっても、既に氏名が報道されている者もいます。
このようなことを防ぐためにも、営業秘密侵害は、犯罪であることはもっと広く認識されるべきでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年10月30日木曜日

フランチャイズ契約をした被告が自身で取得した顧客情報の取り扱いについて

今回紹介する事件(東京地裁令和7年3月14日 事件番号:令3(ワ)18742号 ・ 令4(ワ)9207号)は、学習塾のフランチャイズを展開するマスターフランチャイザーである原告が、同フランチャイズのエリアフランチャイザーである被告に対してフランチャイズ契約の解除後における商標権侵害等を主張した事件です。この原告の主張の中に、顧客に係る氏名等の情報(本件顧客情報)に対する使用の差止と廃棄も含まれています。

まず、本件顧客情報は、原告が取得したものではなく、被告が取得した生徒等の個人情報です。そして、フランチャイズ契約(本件契約)には、下記のような条項があります。
第28条(個人情報管理)
4.乙及び丙は、生徒等の個人情報の取得を必要な範囲内で適切かつ公正な手段により行うものとし、前項の利用目的の達成に必要な範囲内でのみ利用する。
原告は、この条項に基づいて被告に対して本件顧客情報の使用の差止を求めました。
これに対して、裁判所は下記のように判断しています。
本件契約第28条4項は、被告明光らが取得した生徒等の個人情報について、「前項(学習支援サービスの提供、明光義塾の運営)の利用目的の達成に必要な範囲内でのみ利用する。」とされ、同条11項において、「本条で定める被告明光らの個人情報管理義務は、本件契約の終了又は解除後も有効とする。」と規定されているから、被告明光らは、明光義塾の運営以外に生徒等の個人情報を利用することはできないと解される。そして、本件顧客情報は、いずれも、同条3項の生徒等の個人情報に該当するとところ、被告明光らは、本件解除により明光義塾のエリアフランチャイザー及びフランチャイジーの地位を喪失しており、明光義塾に係る事業を継続することはできないから、上記生徒等の個人情報を用いて連絡をすることはできない。
したがって、不競法に基づく請求の成否について検討するまでもなく、原告の被告明光らに対する本件顧客情報の使用の差止請求は理由がある。
このような判断は、契約に基づいた妥当な判断かと思います。

さらに、原告は、本件顧客情報の破棄も求めています。使用の差止と共には破棄も求めることは当然のことでしょう。ここで、原告は、本件契約の第27条等に基づいて破棄をもとめています。
第27条(守秘義務)
1.乙及び丙は、甲に対し、下記事項について義務を負う。
(1)乙及び丙は、本契約によって知り得て甲の事業上の秘密(以下「秘密情報」という。)及び甲の不利益となる事項、情報を第三者に漏らしてはならない。
これに対して裁判所は以下のように判断しています。
原告は、被告明光らは、本件契約第27条、第28条及び第46条により、本件顧客情報を廃棄する義務があると主張する。しかし、本件契約第27条1項は、被告明光らが本件契約によって知り得た原告の事業上の秘密を「秘密情報」と定義しているところ、本件顧客情報は、本件契約第28条3項のとおり、被告明光らが生徒等から取得するものであるから、そもそも本件契約上の「秘密情報」に該当するものとはいえない。また、同条は、生徒等の個人情報の目的外利用を禁止しているものの、当該情報の破棄について定めておらず、本件契約第46条1項も、フランチャイズ展開に使用した資料及び書類を原告に返還する旨定めているものの、本件顧客情報が上記フランチャイズ展開に使用した資料及び書類に含まれるかは明らかでない上、同条項も、原告への返還義務を規定しているにすぎず、廃棄について定めたものとはいえない。以上によれば、本件契約に基づき、本件顧客情報の廃棄を求めることはできない。
このように裁判所は、本件顧客情報は被告が取得したものであり、そのような情報の破棄について契約では定められていないとしています。あくまで、被告が漏らしてはならない情報は、本件契約上は原告から取得した情報であるということのようです。

さらに、原告は不競法2条1項7号又は同項14号に定める不正競争に該当するとして、本件顧客情報の廃棄を求めました。しかしながら、これらの不正競争は、営業秘密を保持する事業者から当該営業秘密を示された場合に成立するものであり、本件顧客情報は被告らが取得して原告に提供したものであり、原告から示された場合に該当しないことは明らかであるとして、原告の主張を認めませんでした。

原告側とすれば顧客情報の使用の差し止めが認められるのであれば、顧客情報の破棄も認められるかとも思うのですが、このように契約の内容に従って破棄は認められませんでした。一方で、被告側とすれば、自社で取得した顧客情報であるにも関わらず、原告との契約が終了すると共に使用できなくなることは不本意でしょう。
このようなことを鑑みると、様々な可能性を考慮に入れて契約は締結するべきであることを再認識する必要があるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年10月19日日曜日

自社製品の市場、自社の立ち位置、技術内容等に応じた特許化又は秘匿化の選択

自社技術を特許出願する目的として、主に二つがあると考えます。
一つは、市場を独占する目的、もう一つは他社製品との差別化を行う目的です。

市場を独占するのであれば、自社のみで需要を賄う必要があります。独占を意識できる市場は新規な市場の場合が多く、新規な市場に適合する技術は特許権しかも、誰もが実施する可能性のある基本特許を取得できる可能性があります。

ここで、当該市場へ参入する企業が自社だけであり、自社の規模が当該市場に比べて十分に大きい、又は自社の規模は大きくないけれど当該市場が小さく需要を賄えるのであれば、自社だけで市場を独占することも可能でしょう。
一方で、当該市場に魅力を感じる他社が存在する場合には特許権により排除することも考えられますが、当該特許権の技術範囲に含まれない異なる技術で当該市場に参入する可能性もあります。
これはある意味で好ましいことでもあり、他社が市場に参入する余地があれば、供給よりも需要が大きいので市場そのものがより大きくなる可能性があります。そうすると、自社のシェアは小さくなるものの、市場が大きくなることで自社の売り上げは大きくなる可能性があります。

しかしながら、自社の特許権の技術範囲に含まれない技術を他社が実施することで市場が大きくなると、自社の特許権はあまり意味をなさない可能性があります。仮に、他社の技術が自社の技術よりも優れていた場合には、自社が当該市場からの撤退という事態になるかもしれません。


では、特許の視点からはどのような対応が考えられるでしょうか。
自社が当該市場に適合した基本特許を有しているのであれば、この基本特許を他社にライセンスして実施してもらうことが考えられます。ライセンスは有償よりも無償の方が参入企業が多くなるので好ましいでしょう。これにより、他社の技術が台頭する可能性が低くなり、かつ自社開発の技術が当該市場で主流となり得るので、自社は技術的優位に立てる可能性が高いでしょう。

無償ライセンスであるならば、特許を取得する必要が無いと考えるかもしません。しかしながら、仮に無償ライセンスを受けた他社が自社に対して他社特許権の行使を行った場合には、この無償ライセンスした特許権に基づいて権利行使を行うことができます(予めそのような契約にします。)。いわば、この無償ライセンスは半強制的なクロスライセンスでもあります。
また、市場が幾つかの分野に細分化でき、自社だけでは全ての分野への参照が難しい場合もあるでしょう。そのような場合には、分野毎、換言すると当該技術の用途毎に特許権を取得します。当該技術に新規性・進歩性があれば用途毎の特許を取得することは難しくありません。そして、自社が実施しない分野(用途)に対しては、他社に対して有償ライセンスを行います。

このようにして、新規な市場において自社技術を広め、他社参入を促すことでより市場を大きくすることも考えられます。また、市場に広まる技術は、自社技術であるため、自社が技術的に優位となる可能性が高く、常に他社製品よりも優れた製品を出すことも可能となりやすいでしょう。

しかしながら、このようになると市場の独占ではないので、自社製品は他社製品との差別化を行う必要があります。

自社が開発した差別化技術が自社製品の外観やUIから容易に判別できる場合には、特許を取得した方がよいでしょう。差別化技術の権利化には、特許だけでなく、実用新案や意匠も有効な場合があります。また、自社製品のリバースエンジニアリングによって容易に知得できる差別化技術も権利化が好ましいかと思います。

一方で、差別化技術が自社製品から知得される可能性が低いのであれば、ノウハウ(営業秘密)とすることも考慮する必要があるでしょう。秘匿化できる差別化技術を特許出願すると、当該差別化技術を他社が認識し、特許権の技術範囲に含まれない類似技術を実施する可能性があるためです。そうなった場合、自社の差別化技術によって他社製品との差別化ができなくなる可能性があります。

なお、秘匿化できる技術は製品の製造方法等の工場内でしか実施しないような技術です。このような技術は、自社で特許権を取得しても他社の侵害を容易に発見できず、自社の技術漏えいとなるだけの可能性も高いでしょう。また、自社製品で使用されている複雑な処理内容等も他社の侵害発見が容易ではない場合があるので、特許権を有効に利用できないかもしれません。

一方で、差別化技術を秘匿化した場合、他社が同じ技術を実施していてもそれが他社が独自に開発した技術であれば、何ら権利行使はできません。また、他社が当該差別化技術を独自開発して権利化してしまったら、実質的に他社特許の権利侵害になります。この場合、自社は先使用権を有しているでしょうし、やはり他社も自社による権利侵害を認識できないでしょうが、万が一のことを考えると気持ちのいいものではありません。

このように、自社開発技術の特許出願又は秘匿化は、自社製品の市場、自社の立ち位置、技術内容等に基づいて選択する必要があります。そして、この選択の目的は、自社利益の最大化にあります。
この視点が欠落すると、単に意味もなく特許出願又は秘匿化するだけであり、その結果、自社に損害を与える可能性すらあると考えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年10月13日月曜日

リバースエンジニアリングによる営業秘密の非公知性判断と特許の新規性判断

販売されている自社製品のリバースエンジニアリングによってその技術内容が公知となることはよく知られていることです。
リバースエンジニアリングによる営業秘密の非公知性判断については、下記にまとめています。

結論からすると「専門家により、多額の費用をかけ、長期間にわたって分析することが必要」とする場合には、リバースエンジニアリングが可能であっても営業秘密としての非公知性は喪失していないとされます。すなわち、「専門家によらず、多額の費用をかけず、長期間にわたらない分析」によるリバーズエンジニアリングで得られた技術情報は非公知性を喪失していることとなります。

一方、特許の新規性判断はどうでしょうか?
特許出願前に販売された自社製品に特許に係る発明を用いていた場合には、「公知」(特許法第29条第1項第1号)又は「公然実施」(特許法第29条第1項第2号)に該当する可能性があります。特許に係る発明が自社製品の外観から容易にわかる場合には、当然、公知又は公然実施になるかと思います。
しかしながら、自社製品を分解、分析等しなければ知り得ない技術は、公知又は公然実施となるのでしょうか?

ここで、特許権侵害による差止等請求事件である東京地裁令和3年10月29日判決(事件番号:平31(ワ)7038号 ・ 平31(ワ)9618号)において、裁判所は以下のように述べています。なお、このような裁判所の見解は、他の裁判例でも示されています。
法29条1項2号にいう「公然実施」とは,発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいい,本件各発明のような物の発明の場合には,商品が不特定多数の者に販売され,かつ,当業者がその商品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん,外部からそれを知ることができなくても,当業者がその商品を通常の方法で分解,分析することによって知ることができる場合も公然実施となると解するのが相当である。
このように、特許に係る発明が、特許出願前に販売された製品をリバースエンジニアリングすることで知り得る場合には「公然実施」に該当し、審査で拒絶されたり無効とされると考えられます。
なお、本事件に係る特許権(特許第5697067号)の特許請求の範囲は以下のようなものです。
【請求項1】
  菱面晶系黒鉛層(3R)と六方晶系黒鉛層(2H)とを有し、前記菱面晶系黒鉛層(3R)と前記六方晶系黒鉛層(2H)とのX線回折法による次の(式1)により定義される割合Rate(3R)が31%以上であることを特徴とするグラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材。
  Rate(3R)=P3/(P3+P4)×100・・・・(式1)
  ここで、
      P3は菱面晶系黒鉛層(3R)のX線回折法による(101)面のピーク強度
      P4は六方晶系黒鉛層(2H)のX線回折法による(101)面のピーク強度
である。
この発明に対して裁判所は以下のように判断しています。
・・・本件特許出願前から,被告伊藤は,本件発明1の技術的範囲に属する被告製品A1ないし3及び本件各発明の技術的範囲に属する被告製品A4ないし11を,被告西村は,本件各発明の技術的範囲に属する被告製品B1及び本件発明1の技術的範囲に属する被告製品B2を,日本黒鉛らは,本件各発明の技術的範囲に属する日本黒鉛製品1ないし3並びに本件発明1の技術的範囲に属する日本黒鉛製品4及び5を,中越黒鉛は,本件発明1の技術的範囲に属する中越黒鉛製品1及び2並びに本件各発明の技術的範囲に属する中越黒鉛製品3をそれぞれ製造販売していたものである。
そして,前記2(1)イのとおり,本件特許出願当時,当業者は,物質の結晶構造を解明するためにX線回折法による測定をし,これにより得られた回折プロファイルを解析することによって,ピークの面積(積分強度)を算出することは可能であったから,上記製品を購入した当業者は,これを分析及び解析することにより,本件各発明の内容を知ることができたと認めるのが相当である。したがって,本件各発明は,その特許出願前に日本国内において公然実施をされたものであるから,本件各特許は,法104条の3,29条1項2号により,いずれも無効というべきである。
このように本事件では、製品をリバースエンジニアリングすることによって発明の内容を知ることができたとして、本件特許が無効とされています。このリバースエンジニアリングはX線回折により行われるものであり、当然、商品を外部から観察しただけで知り得るものではありません。
このような判断は、上記note記事等における錫合金組成事件の非公知性判断と同様でしょう。


一方で、「認識」可能性の観点から「公然実施」による無効理由を否定した裁判例もあります。例えば、知財高裁令和4年8月23日判決(事件番号:令3(行ケ)10137号)は、展示会で展示されたことが公然実施に該当するとした無効審判の審決取消訴訟であり、結論からすると特許権は無効とならずに維持されてます。
この特許権の特許請求の範囲は以下です。
【請求項1】
走行機体の後部に装着され、耕うんロータを回転させながら前記走行機体の前進走行に伴って進行して圃場を耕うんする作業機において、
前記作業機は前記走行機体と接続されるフレームと、
前記フレームの後方に設けられ、前記フレームに固定された第1の支点を中心にして下降及び跳ね上げ回動可能であり、その重心が前記第1の支点よりも後方にあるエプロンと、
前記フレームに固定された第2の支点と前記エプロンに固定された第3の支点との間に設けられ、前記第2の支点と前記第3の支点との距離を変化させる力を作用させることによって前記エプロンを跳ね上げる方向に力を作用させる、ガススプリングを含むアシスト機構とを具備し、
前記アシスト機構は、さらに、前記ガススプリングがその中に位置する同一軸上で移動可能な第1の筒状部材と第2の筒状部材とを有し、
前記第1の筒状部材には前記第2の支点と前記ガススプリングの一端とが接続され、前記第2の筒状部材には前記ガススプリングの他端が接続され、
前記第2の筒状部材に設けられた第1の突部が前記第3の支点を回動中心とする第2の突部に接触して前記第3の支点と前記第2の支点との距離を縮める方向に変化することにより、前記エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少し、
前記ガススプリングは、前記エプロンが下降した地点において収縮するように構成される
ことを特徴とする作業機。
本事件では、「エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少する」という構成が展示会において、不特定の者によって技術的に理解される状況(少なくともそのおそれのある状況)で実施されていたか否かが争点となっています。

これに対して裁判所は以下のように判断しています。
・・・本件展示会において、見学者が、エプロンを跳ね上げるのに要する力が、本件発明の構成要件Gに記載された技術的思想の内容であるエプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少することを認識することが可能であったとは認められないから、本件展示会において、検甲1により、本件発明の構成要件Gに係る構成が公然実施されていたと認めることはできず、本件発明が本件優先日前に検甲1により公然実施されていたとは認められない。
このように、特許請求の範囲の「エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角度範囲内において徐々に減少する」という構成を、展示会において不特定のものが「認識できない」として、裁判所は特許権を維持するという判断を行っています。

さらに、本事件において裁判所は「そして、発明の内容を知り得るといえるためには、当業者が発明の技術的思想の内容を認識することが可能であるばかりでなく、その認識できた技術的思想を再現できることを要するというべきである。」とも述べています。
このように、公然実施を認定するためには、実施された製品から特許請求の範囲に記載の構成を「認識」できることを必要とするようです。このことはAIPPI(2016)Voi.61 No11の「公然実施に基づく新規性・進歩性判断」や特許庁発行の「審判実務者研究会報告書2024」の「公然実施発明と進歩性の判断」でも述べられています。

このような「認識」や「再現性」を敢えて、リバースエンジニアリングによる営業秘密の非公知性判断に当てはめると、製品をリバースエンジニアリングすることができても「専門家により,多額の費用をかけ,長期間にわたって分析することが必要」な技術情報は、「認識」が難しく、また「再現性」が低い技術情報ともいえるのではないでしょうか。
このように考えると、リバースエンジニアリングによる営業秘密の非公知性判断と特許の新規性判断は、同様であるようにも思えます。

とはいえ、営業秘密と特許とは、秘匿化と公開を伴う権利化とのように根本的に異なるもの(法律)であり、同様に考えることはできない、又は同様に考える必要はないのかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年9月29日月曜日

営業秘密を保有する事業者の秘密管理意思について

裁判における秘密管理性の認定では、営業秘密を保有する事業者の「秘密管理意思」が従業員等に示される必要があるともされています。
例えば、経済産業省が発行している営業秘密管理指針(最終改訂:令和7年3月31日)では以下のように述べられています。この記載からは、秘密管理意思を従業員等に認識させるために、営業秘密とする情報に秘密管理措置を行うということが理解できるかと思います。
秘密管理性要件が満たされるためには、営業秘密保有企業の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要がある。具体的に必要な秘密管理措置の内容・程度は、企業の規模、業態、従業員等の職務、情報の性質その他の事情の如何によって異なるものであり、企業における営業秘密の管理単位(本指針17頁参照)における従業員等がそれを一般的に、かつ容易に認識できる程度のものである必要がある。
下記グラフは、裁判の判決文において「秘密管理意思」との文言が用いられた回数を示したものです。このグラフから、裁判において「秘密管理意思」の認定は主に近年(2019年以降)になった行われたものであるようです。


この理由はなぜでしょうか。
ここで、営業秘密管理指針は平成27年(2015年)に全部改定されており、全部改定される前の営業秘密管理指針(平成23年12月1日改訂)における秘密管理性には以下のことが記載されています。
「秘密管理性」が認められるためには、その情報を客観的に秘密として管理していると認識できる状態にあることが必要である。
具体的には、①情報にアクセスできる者を特定すること、②情報にアクセスした者が、それを秘密であると認識できること、の二つが要件となる。
このように全部改定前の営業秘密管理指針における秘密管理性の説明では、営業秘密保有者の「秘密管理意思」とのような文言で説明されておらず、「①情報にアクセスできる者を特定すること」、「②情報にアクセスした者が、それを秘密であると認識できること」の要件を満たした場合に秘密管理性が認められるとのような見解が記されています。
一方で、全部改定された営業秘密管理指針では、上記のように、秘密管理性を認定するための特定の要件を必要とせず、上記のような「秘密管理意思」との文言を用いることで、秘密管理性はより広く認められるとのような見解が示されています。
おそらく近年の裁判所の判断は、このような営業秘密管理指針の見解の影響を受けて、営業秘密保有者の「秘密管理意思」が従業員等に示されていることを秘密管理性の要件としていると考えられます。

また、「秘密管理措置」の文言も平成27年(2015年)の全部改定から用いられた文言です。これも裁判の判決文において用いられた回数を調べたところ、やはり2015年以降に多用されるようになっています。


このように、近年の裁判所の判断は、秘密管理意思を従業員等に認識させるために秘密管理措置が必要であるとしているものの、特定の秘密管理措置を必要としているわけではありません。あくまで、秘密管理措置は営業秘密保有者の秘密管理意思を従業員等に認識させることができればよい、ということになります。
秘密管理意思を認識させることができれば、秘密管理措置は口頭で伝えるということでもよいことになるかと思いますし、もっと漠然とした秘密管理措置でもよいのではないかと思います。
秘密管理性の認定は、秘密管理措置の内容が重要なのではなく、従業員等に秘密管理意思を認識させることができているか否かであり、より広範囲で認めるべきであると考えます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年9月23日火曜日

判例紹介:顧客との間での守秘義務契約と秘密管理性

今回紹介する裁判例(大阪地裁令和7年4月24日判決 事件番号:令3(ワ)10753号)は、顧客との間での守秘義務契約が秘密管理措置となり得るかについてです。

本事件は、原告の元取締役であった被告が原告の営業秘密である顧客情報(本件顧客等情報)や電子基板の設計データ(原告電子基板設計データ)を不正取得、使用等したと主張しているものであり、被告は取締役であったときに被告会社を設立しています。

裁判所は、本件顧客等情報及び原告電子基板設計データのいずれについても営業秘密性を認めませんでした。以下は、原告電子基板設計データの秘密管理性に係る裁判所の判断です。なお、下記の「ATOUN」及び「新生工業」は、原告及び被告会社に対し、電子基板設計データの開発を依頼したことがある会社です。
(ア) 原告電子基板設計データについて、これが秘密情報であることを外形的に示す表示等はなされておらず、原告電子基板設計データを含む、原告において作成された電子基板設計データは、原告社内のNASサーバーに保存されていた。一方、作業中の電子基板設計データが、各従業員のパソコンに保存されることもあった。
(イ) 原告社内のNASサーバーは、アクセスするために、ID及びパスワードによる認証を経る必要があった。一方、NASサーバー内のファイルやフォルダに対し、当該従業員とは無関係な情報にはアクセスができないようにするなどのアクセス制限は講じられていなかった。なお、NASサーバーのID及びパスワードは、従業員が使用するパソコンのログインID及びパスワードと同じものであった。
(ウ) 被告個人は、原告の業務のために、私物のパソコンにデータを移して電子基板の設計作業をすることもあった。
(エ) 原告、被告個人、ATOUN関係者及び新生工業関係者等との間で、別紙7「メール一覧表」記載のメールのやりとりがあった。なお、令和元年12月25日14時35分付けのRから被告個人に送信されたメールに添付されていたファイルは、電子基板2の設計に向けて作成された要求仕様書(乙8)及びPDF形式の令和元年7月17日に作成された HIMICO Ver2 の回路図(乙9)であった。また、同年12月26日午後4時48分付けのRから被告個人に送信されたメールに添付されていたファイルは、上記要求仕様書(乙8)の修正版(乙10)であった。
イ 別紙7「メール一覧表」のとおり、原告代表者が、令和元年12月25日、被告個人に対し、回路図データが破損のため開けないので同人がローカルに持っているデータを送付して欲しい旨述べ、同人が社外で使用しているパソコンに電子基板設計データが存在することを前提に、そのデータの送付を依頼するメールを送信し、被告個人もこれに応じて手持ちのデータを送付している(ただし、このとき送付したデータに原告電子基板設計データは含まれていなかった。)ことを踏まえると、原告において、原告電子基板設計データは、役員又は従業員が担当している案件に関するものであるか否かを問わず、NASサーバーにさえログインすれば閲覧することができ、かつ、作業のために社外へ持ち出すことも容認され、その持出し状況も管理されていなかったものと認められる。
そうすると、原告電子基板設計データは、他の社内データと区別して秘密として管理する意思が客観的に示されるような措置が講じられていたとは認められないから秘密管理性が認められない。
このように裁判所は、原告電子基板設計データの秘密管理性について否定しており、このような判断は原告の秘密管理措置からすると一般的ともいえる判断かと思います。
また、原告電子基板設計データは、顧客との間で守秘義務契約が締結されていたようですが、これについても以下のように裁判所は秘密管理性としては認めませんでした。
この点、原告は、原告電子基板設計データは、顧客との間で守秘義務契約を締結した上で取り扱っているものであり、このことは被告個人を含む従業員全員が認識していたのであるから、秘密として管理されていたと主張する。確かに、原告は、ATOUN及び新生工業との間で、秘密保持契約を締結した上で電子基板設計データを作成していたものと認められる(甲5、6)。しかし、対外的に顧客に守秘義務を課していたからといって、当然に原告内部での秘密管理措置を講じたことになるものではない。
しかしながら、このような裁判所の判断は果たして妥当でしょうか?
そもそも、秘密管理性は、当該情報に対して特定の秘密管理措置を講じたから認めらるというものではなく、当該情報の保有者の秘密管理意思を従業員等に認識させることができれば秘密管理性は認められるものではないでしょうか。また、秘密管理措置の一部が杜撰であったとしても、当該情報の保有者の秘密管理意思が否定されるものではないでしょう。


本事件において原告社内における原告電子基板設計データの秘密管理措置は杜撰であったとも思われます。一方で原告は、「原告電子基板設計データは、顧客との間で守秘義務契約を締結した上で取り扱っているものであり、このことは被告個人を含む従業員全員が認識していたのである」と主張していることからも、対外的には原告電子基板設計データに対する秘密管理措置を講じているともいえます。

この守秘義務契約の主張に対して被告は反論を行っていません。そうすると、被告はこの守秘義務契約の存在を認識しており、原告が対外的には秘密管理措置を講じていた、すなわち秘密管理意思を有していたことを認識していたと考えられます。さらに被告は、原告の元取締役でもあり、この立場からすると原告電子基板設計データを秘密とするべき重要性を認識していたと考えられます。
また、裁判所は「対外的に顧客に守秘義務を課していたからといって、当然に原告内部での秘密管理措置を講じたことになるものではない。」と判断していますが、社内の人間に対しては、対外的な秘密管理措置と社内的な秘密管理措置とを分けて考える必要性があるとは思えません。一般論として、社外の企業に対して秘密としているにもかかわらず、社内では秘密としない、換言すると、社外からの情報漏えいは許容しない一方で社内からの情報漏えいを許容する会社及び組織は存在するのでしょうか?
このようなことから、被告は、原告電子基板設計データに対する原告の秘密管理意思を認識していた、すなわち、被告に対しては原告電子基板設計データの秘密管理性が認められてもよいのではないでしょうか。

以上のように、営業秘密に対する秘密管理性の判断は、具体的な秘密管理措置の内容ではなく、当該情報に接した者が当該情報の保有者の秘密管理意思を認識していたか、という点で判断されるべきかと思います。このような判断は、既に産総研事件電磁鋼板事件、及び他の事件でもなされていると考えます。
一方で、例えば、被告が守秘義務契約の存在を知らない従業員等であった場合には、社内に対する秘密管理措置が不十分であり、原告の秘密管理意思を認識でなかったとして秘密管理性を否定するという判断もあり得るかと思います。

なお、営業秘密侵害は、当該情報の秘密管理性だけで判断されるものではありません。非公知性及び有用性も加味して当該情報の営業秘密性を判断し、そのうえで、不正取得や不正使用等が判断されるものです。
本事件では、原告電子基板設計データの秘密管理性を裁判所が認めなかったことから、裁判所は他の要件の判断を行っていません。個人的には裁判所は原告電子基板設計データの秘密管理性を認めたうえで、他の要件の判断を行ってもよかったのではないかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信