2026年8月16日日曜日

営業秘密の2つの特徴

営業秘密は下記のように二つの特徴があると思います。
特徴1:営業秘密の不正開示や不正使用等は刑事罰を伴う不法行為であるという特徴。
特徴2:特に技術情報は知的財産であるという特徴。

特徴1は、ビジネスに携わる人であれば必ず知る必要があります。
過去には競合企業の営業秘密を取得することが好ましいとしていたかもしれませんが、現在では不正競争防止法によって、他社の営業秘密を取得し、開示や使用すると拘禁刑が課される犯罪行為となる可能性があります。 さらに、営業秘密を不正使用した者にも刑事罰が課される可能性があります。たとえ上司の指示により仕事の一貫として行ったとしてもです。
なお、このような法律の存在は家庭ではもちろん、学校でも教えてもらうことはほぼないでしょう。そうすると、営業秘密侵害はビジネス上のリスクとして企業が自社の従業員等に周知する必要があります。

また、企業も自社の営業秘密の不正流出だけでなく、自社への他社の営業秘密の不正流入も意識する必要があります。仮に自社が他社の営業秘密を侵害すると、自社が刑事罰を受けるだけでなく、上記のように自社の従業員が刑事罰を受ける可能性があります。
このため、企業は、自社の営業秘密が不正に持ち出されないように管理したり、他社の営業秘密が自社に不正に流入することを防止する必要があります。


一方で、営業秘密は特徴2のように知的財産としての側面もあります。
技術情報を営業秘密とする理由は、自社で創出した新規な技術を他社に知られないようにするためです。これは、技術を公開することを前提とした特許権を取得することとは相反することになります。
ここで、技術情報を営業秘密にし続けるためには、非公知性という要件が必要です。しかしながら、従業員等が不注意により自ら営業秘密であるはずの技術情報を公知にしてしまう場合があります(不注意による営業秘密の開示は犯罪行為にはなりません。)。
たとえば、秘密としているはずの技術情報を営業活動や工場見学等で他社に話してしまったり、ホームページで公開してしまったり、同様の技術開発を行っていた他部門が特許出願をしてしまう行為です。そして、公知となった情報を再び非公知にすることはできません。
このため、技術情報を営業秘密とし続けるためには、非公知性を保つ管理が非常に重要となります。

この非公知性を保つ管理は、特徴1のような自社の営業秘密が不正に持ち出されないように管理することとは異なります。非公知性を保つ管理のためには、当該営業秘密に関係のある従業員にその内容を認識、理解してもらい、かつ営業秘密として保つためには非公知性を満たし続けないといけないことも認識してもらう必要があります。

しかしながら、例えば、取り引き先の営業の最中に自社の独自技術をアピールするがあまり、営業秘密を取引先に話してしまったり、取引先からの誘導に乗ってしまい、営業秘密をつい話してしまう可能性もあるでしょう。このような事態を避けるためには、例えば、取引先との会話の想定を行い、何を話したり見せたりしてよいのか、何を話したり見せたりしてはいけないのかを予め決めておくべきかと思います。
一方で、このような非公知性を保つための活動にどこまで時間と労力を使うのかという課題も生じます。
例えば、近年は転職が一般的であり中途採用者が多く入社します。技術系や営業系の中途採用者に自社の営業秘密とする技術情報を逐一理解、認識してもらうのか?果たしてそれは現実的なのか?
営業秘密の管理において、そのような課題も出てくるのではないでしょうか?

このように、営業秘密の管理は案外難しいのではないかと思います。
そうであれば、技術の公開という代償があるものの、営業秘密に比べて管理が楽であろう特許権を取得するという判断もあるのではないかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年7月31日金曜日

特許出願件数と日本企業の研究開発費の推移

先日、特許行政年次報告書2026年版が公表されたので、特許出願件数と日本企業の研究開発費の推移のグラフを更新しました。


このグラフから分かるように、2025年は特許出願件数が大幅に増加し、前年比16.8%増の358,317件となりました。実に2009年と同程度の件数まで一気に増加しました。
しかしながら、この極端な特許出願件数の増加は既に知られているように、2025年11月と12月に集中しています。

2025年の11月は前年比35.6%増の30,507件、12月は前年比166.6%増の82,621件です。2024年の11月が26,515件、12月が30,526件であったので、2025年11月、12月と2024年11月、12月との差は計56,087件です。
2024年の出願件数306,855件と2025年の出願件数358,317件との差が51,462件であることを鑑みると、やはり11月と12月の増加分がそのまま2025年の増加分となっているようです。

そして、この増加は近年生成AIに関する特許出願を定期的に多量に行っているソフトバンクによるものではないかと言われています。生成AIに作成させたとしてもこの短期間で一社だけで5万件も特許出願したとはにわかには信じられませんが、一年後にははっきりするでしょう。

しかしながら、仮に一社の出願により特許出願件数がこのように一気に増加してしまったのだとすると、特許出願件数と日本企業の研究開発費との比較はほとんど意味をなさないのかもしれません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年7月22日水曜日

刑事事件件数の推移

下記のグラフは、毎年、警察庁生活安全局の生活経済対策管理官が編集している「生活経済事犯の検挙状況等について」に記載の営業秘密侵害事犯の検挙事件件数に基づいて作成したものです。


このグラフから分かるように、営業秘密侵害の検挙事件数は2013年の統計開始以降、基本的に増加傾向にあり、2013年には5件程度だったものが2025年には38件にまで増加しています。なお、一つの事件において複数人が検挙される場合もあるようで、検挙人数は検挙事件数よりも多くなっています。
また、検挙法人数に関しては、2015年、2016年に関しては共に4件でしたが、2024年までは0件から2件とのように少なかったものの、2025年は6件になっています。
すなわち、2025年は検挙事件数と検挙法人数とが例年に比べて大幅に増加しています。

2025年に検挙事件数と検挙法人数とが増加した理由は何であるかは定かではありません。
しかしながら、2024年には、かっぱ寿司の前社長が前職であるはま寿司の営業秘密を不正に持ち出した事件に関連して、カッパ社及びその社員(元商品部長)が刑事告訴されて共に有罪となった地裁判決、高裁判決がでています。
この事件は、他の営業秘密侵害事件に比べても多く報道されており、営業秘密侵害事件において営業秘密を不正取得した企業や当該営業秘密を不正使用等した従業員も刑事告訴できるということが再認識されたことかと思います。
もしかすると、2025年に検挙法人件数が増えた理由はこの事件の影響かもしれません。

一方で近年の企業は、営業秘密研修等を行うことによって従業員等に営業秘密の不正持ち出しは犯罪であることを認識させているかと思います。そうすると、営業秘密侵害そのものは以前に比べて減少している可能性があると思います。
それにもかかわらず、検挙事件数等が増加しているということは、被害企業の処罰感情が高まっているだけでなく、警察等においても営業秘密侵害の意識が相当高まっていることもあるかと思います。具体的には、警察自身が営業秘密侵害に関するセミナーを企業向けに行っていたりします。このため、以前では受理されなかったり、不起訴等になっていたような事件であっても、現在では起訴される場合もあるかと思います。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年6月30日火曜日

営業秘密の流入ルートの違いによって侵害に違いがある?

自社に他社の営業秘密が流入するルートはいくつかあると思います。その一つが中途採用者が前職企業の営業秘密を不正に持ち込むというルートです。そして、中途採用者が持ち込んだ他社の営業秘密が自社で開示等されると、不正競争防止法第二条1項八号等違反になり営業秘密侵害であるとなります。
不正競争防止法第二条1項八号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
一方で、例えば取引先から自社へ競合他社の営業秘密を渡される場合というのも少なからずあります。これは取引先の担当者が他社の営業秘密に関する意識が相当に低く、深い意図なく若しくは良かれと思って渡してくる可能性があります。
渡し方は、唐突にメールに添付する形や、当該取引先に伺ったときに印刷物を渡されるという方法でしょうか。自社としては、取引先が渡してきたものであり、とりあえず受け取るという形になるかと思います。
このよう場合に、取引先から取得した他社の営業秘密を自社内で開示等すると、営業秘密侵害となるのでしょうか?

ここで、取引先から取得した営業秘密の侵害の有無について判断した裁判例(知財高裁平成30年1月15日判決 事件番号:平29(ネ)10076号、東京地裁平成29年7月12日判決、事件番号:平28(ワ)35978号)があります。

この事件は、原告(控訴人)の営業秘密である「配向膜用光学アライメント装置仕様書」(本件各文書)を被告(被控訴人)が不正に取得したとして、不競法2条1項8号違反を理由に使用や開示の差止等を求めたものです。 
本件各文書は、原告が台湾企業や中国企業と秘密保持契約を締結して開示したものであり、原告製品の製品概要、仕様等が記載されていると共に各丁に「CONFIDENTIAL」との記載があります。被告は、どのようにして本件各文書を入手したかは明らかにしていませんが、営業活動等の過程で入手したようです。
そして、本件各文書には、原告製品の情報と共にCONFIDENTIALとの表示があることから、被告はこれが原告の営業秘密であることが容易に理解できたとも言えるでしょう。


これに対し、裁判所は以下のように判断しています。
不競法2条1項8号所定の「重大な過失」とは,取引上要求される注意義務を尽くせば,容易に不正開示行為等が判明するにもかかわらず,その義務に違反する場合をいうものと解すべきである。被控訴人が,本件情報の記載された本件各文書を取得するに当たって,本件各文書の内容がそれを被控訴人が自社の製品に取り入れるなどした場合に控訴人に深刻な不利益を生じさせるようなものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務が発生することを根拠付ける要素の1つとなり得る。これに対し,本件各文書が通常の営業活動の中で取得されたものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務の発生を妨げる事実に該当すると解される。
よって,本件各文書の内容がそれを被控訴人が自社の製品に取り入れるなどした場合に控訴人に深刻な不利益を生じさせるようなものとは認められないこと,本件各文書が通常の営業活動の中で取得されたものであることは,被控訴人が不正開示行為等を重大な過失により知らなかったことと関係がないとはいえず,控訴人の主張は採用できない。
・・・被控訴人が,本件各文書を取得するに当たり,本件各文書のConfidentialの記載以外に,本件各文書の保有者から,本件情報を秘密情報として扱うように指示されたり,秘密保持契約の締結を求められたり,あるいは,報酬や利益と引換えに本件各文書を得たなど,本件情報が秘密情報であることを疑うべき事実があったことを認めるに足りる証拠はない。そうすると,本件各文書のConfidentialの記載のみをもって,被控訴人において,本件各文書の取得に当たって,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問い合わせるなどして調査確認すべき取引上の注意義務があったとまではいえないから,控訴人の主張は採用できない。
上記のことから、裁判所は本事件において営業活動で取得した他社の営業秘密の取り扱いについて、以下のように判断しています。
1.本件各文書が通常の営業活動の中で取得されたものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務の発生を妨げる事実に該当する。
2.本件各文書のCONFIDENTIALの記載のみをもって,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして調査確認すべき取引上の注意義務があったとまではいえない。
3.本件各文書の内容がそれを被控訴人が自社の製品に取り入れるなどした場合に,控訴人に深刻な不利益を生じさせるようなものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務が発生することを根拠付ける要素となり得る。

すなわち、通常の営業活動において取得した営業秘密かもしれない他社の情報であっても、CONFIDENTIALとのような記載程度では注意義務の程度は低く、取得したとしても大きな問題はないとの判断のようです。一方で、当該情報を実施すると当該他社に深刻な不利益を生じさせる可能性が有る場合には要注意のようです。

このように、営業活動によって他社の営業秘密を取得した場合は、中途採用者が前職の営業秘密を持ち込んだ場合とは違い、注意義務がかなり低いようです。すなわち、中途採用者が前職の営業秘密を持ち込むことに対しては注意義務が相当高いと言えるでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年6月16日火曜日

特許に係る技術の「実施」と営業秘密の「使用」の違い

他社が保有する特許権の侵害と他社の営業秘密の侵害とは似て非なるものです。
営業秘密の侵害が特許権の侵害と同様であると考えると、大きな間違いを犯す可能性があります。

まず、特許権の侵害とはどのようなものでしょうか。
特許権の侵害の判断は、特許請求の範囲に記載された構成要件を基準として行われます。
まず、請求項を個々の構成要件に分説し、それぞれの技術的意味を特許請求の範囲の記載、明細書、図面および出願時の技術常識を踏まえて解釈します。
次に、被疑侵害製品又は方法(イ号製品等)と各構成要件とを対比し、イ号製品等に対して各構成要件が充足されているかを検討します。この際、すべての構成要件が充足されている場合には、いわゆる文言侵害が成立します。一方で構成要件のうち一つでも充足しないものがあれば、原則として文言侵害は成立しません。

例えば、請求項1がA、B、C、Dの構成を有している場合に、この構成要件A、B、C、Dの全てをイ号製品等が充足している必要があります。仮にイ号製品等が構成要件A、B、Cを含んでいるものの、構成要件Dを含んでいなければ、これは特許権の侵害とはなりません。
また、他社の特許権と同じ効果を有して製品であり、構成要件A、B、Cを満たしているものの、構成要件Dの代わりに他社の特許請求の範囲に含まれない構成Eに置き換えられていると、この製品は侵害品となりません。

このように、特許権の侵害の有無は、特許請求の範囲の構成に基づいて厳密に判断されます。このため、他社の特許権に係る技術範囲を回避し、似て非なる技術を実施することも場合によっては容易であったりします。

さらに、特許法には以下の条文があります。
第六十九条
特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。
このことは、他社の特許権に係る技術であっても、営業目的で製品を製造・販売する目的ではなく、特許発明の内容を検証したり、改良技術の開発のために実験・分析を行ったりする行為は、原則として特許権侵害にはならないというものです。


一方で、営業秘密の侵害はどうでしょうか?ここでは、中途採用者が前職企業の営業秘密を不正に自社に持ち込んだ場合を想定します。
不正競争防止法の第2条第1項第8号は下記のように規定されています。
第二条第1項第八号
その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
上記規定の末尾に「開示する行為」とあります。この開示とは、不正に取得した他社の営業秘密を誰もが閲覧可能なようにサーバに保存したり、社内においてメールで送信したりする行為です。営業秘密の不正行為には、使用だけでなく、このような開示行為も含まれます。この開示行為は、特許権の侵害にはありえないものです。

さらに、営業秘密の不正使用も特許権の侵害のように厳密に判断されるものではありません。不正取得した営業秘密を参考にする程度でも不正使用になる可能性があります(大阪地裁令和2年10月1日判決(事件番号:平28(ワ)4029号)。
例えば、特許権の侵害では、他社の特許権に係る技術を参考にして、特許権の技術範囲に含まれない異なる技術を新たに開発することは、特許権の侵害にはなりません。
しかしながら、他社からの不正取得した営業秘密を参考にして、異なる技術を新たに開発することは営業秘密侵害となる可能性があります。

このように、営業秘密侵害は、侵害とされる範囲が特許権侵害に比べて非常に広い可能性があります。この違いを理解せず、営業秘密侵害とされる範囲を特許権侵害と同様であると判断し、不正取得した営業秘密を開示や使用したりすると、取り返しのつかない事態になり得ます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年5月31日日曜日

判例紹介:意匠出願の「公然知られた」と出願前に取引先に送付したパンフレット

意匠や特許の出願前に取引先に出願に係る意匠等を開示する場合があります。そのような場合には、形式的には公然知られたものとなっています。一方で、開示先が秘密保持義務を有していれば公然知られたとはなっていないと考えられます。

本事件は、意匠に係る物品を瓦とする意匠権の無効審決の取消訴訟(知財高裁令和5年8月10日 事件番号:令5(行ケ)10007号)に関するものです。なお、本件の意匠出願は、特許出願の一部を分割して出願変更したものです。
本事件では、原告である意匠権者が意匠出願の前に被告に対して、本件意匠に相当する部分の意匠(引用意匠)の写真等が掲載されたパンフレットを電子メールで交付していました。
そして、無効審決において、本件意匠は意匠登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた意匠である引用意匠(本件パンフレット等に掲載された意匠)に類似するとして無効とされました。
これに対して原告は、パンフレットを渡された被告には秘密保持義務があったので、意匠が公然知られた意匠に該当するとはいえないと反論しました。

これに対して、裁判所はまず以下のように述べています。
(1) ある意匠が他の者に知られた場合であっても、当該者が当該意匠について秘密保持義務を負うと認められるときは、当該意匠は、いまだ意匠法3条1項1号にいう「公然知られた意匠」に該当するものではない。もっとも、当該者が当該意匠について秘密保持義務を負うといえるためには、必ずしも秘密保持義務の発生の根拠となる契約が存在することまでは必要とされず、当該者とその相手方との関係、当該者において知るに至った事項の性質及び内容等に照らし、当該者が当該意匠について秘密にすることを社会通念上求められる状況にあり、当該者がそのことを認識することができれば、当該者は、当該意匠について秘密保持義務を負うものと解するのが相当である。

そして裁判所は、以下の事実に基づいて、原告の主張を認めませんでした。すなわち、パンフレットを送付された被告には秘密保持義務はなく、本件意匠は被告にパンフレットを送付したときに公然知られたものとなり、本件意匠は無効であると判断されました。

・本件パンフレット等には、引用意匠が開発中のものであるなどの記載や本件パンフレット等が秘密情報を含むものであることを示す「部外秘」などの記載がない。
・パンフレットを添付した本件メール(平成29年2月16日送信)にも、引用意匠や本件パンフレット等を秘密扱いにするよう求めるなどする記載がない。
・原告らの各代表者から、被告の代表取締役の一人であるDが説明会(平成29年2月19日開催)において引用意匠等を公開するように依頼されていた。(意匠の原出願日は平成29年6月16日、説明会での公開は新規性喪失の例外の適用を受けていた。)

本事件は、意匠出願の出願前に取引先に開示した資料がパンフレットであったことも需要な点ではないかと思います。パンフレットは、一般的に不特定の人に配られるものです。そのようなパンフレットを秘密であるとの記載もせずに被告に渡した後に、秘密保持義務があったとするのは少々無理があるのではないかと思います。被告は以下のようにも主張しており、このような被告の主張は妥当ではないかと思います。
ア 本件パンフレット等は、その内容に照らし、「設計図面」や「装置そのもの」に該当するものではない。また、本件パンフレットには、秘密情報を含む旨の「部外秘」などの記載はない。本件パンフレットに記載された広告文言によると、本件パンフレットは、単なる広告用のチラシにすぎず、「設計図面」や「装置そのもの」に準ずるような客観的にみて営業秘密であることが明らかな公開の対象物であるということはできない。
そうすると、本件パンフレット等につき、これらが客観的にみて営業秘密であることが明らかであるということはできない。
また、被告は「本件パンフレット等は、本件発表に際して全く必要のないものであった。」とも主張しています。これに関して現代ではEメール等を使用して、情報の送受信を容易に行うことができます。このため、他社が必ずしも必要又は要求していない情報も一方的に容易に送ることができます。しかしながら、不要な情報を他社に送ったという事実をなかったことにはできません。
本事件では、被告が必要なかったと述べているパンフレットを被告に送らなければ、出願前に「公然知られた」ことにはならなかったのであり、換言すると、必要とする所に必要な情報を送り、必要としない所には情報を送らない、という情報管理が適切に行えなかったともいえます。

本事件のように、良かれと思ってのことでしょうが、自社の非公知の情報を取引先に不必要に送ったり、自社で取得した他社の非公知の情報までも取引先に送る人は現実に存在します。そのような行為は本事件のように自社の権利を失う損害を与えるような、自社にとって高いリスクのある行為となり得、注意が必要です。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年5月24日日曜日

判例紹介:営業秘密であると主張された作業実績管理表の有用性について

作業実績管理表といった営業情報の有用性を否定した裁判例(大阪地裁令和3年6月28日判決 事件番号:令2(ワ)1184号〔1〕 ・ 令2(ワ)1184号〔2〕)を紹介します。

本事件は、コンピューターに関するソフトウェアの企画や設計等を行う被告の従業員であった原告が、時間外労働を行ったとして雇用契約に基づく割増賃金等を被告に求めたものであり、反訴として被告が原告に対して営業秘密の無断持出しを主張しました。
原告は、対応日,対応時間(工数)などを記載した書式の書面(作業実績管理表)が営業秘密であるとしています。なお、本訴において、原告から作業実績管理表が証拠として提出されたことから、原告が無断でこれを持ち出したことが発覚し、それを受けて反訴を提起したと被告は主張しています。なお、本事件は、原告の主張が概ね認められています。

作業実績管理表には、会社名、労働者の氏名、就業場所、連絡先、プロジェクト名、請求時間(労働者が勤務した時間)、作業内容等又は出社時刻、退社時刻、休憩時間、実働時間、業務内容、会社名、労働者の氏名プロジェクトの名称等が記載されています。
この作業実績管理表の有用性に対して、被告は以下のように主張しました。
①作業工数が判明し、作業工数から開発費用がおよそ推定できる。
②商流及び取引関係情報が把握でき、上位の会社に直接営業をすることができる。
③どのような書式で作業を管理しているか把握できる。
④下請業者の作業内容や人手が足りているかを把握でき、下請業者に営業をかけることができる。

これに対して裁判所は、以下のように判断し、作業実績管理表の有用性を認めませんでした。
①については,作業実績管理表をみても,プロジェクトの名称や業務内容は抽象的な記載にとどまって,どのような業務を行っているのかが明らかになるとはいい難く,また,原告がどのような技術・能力を有しているのかも明らかになるとはいい難い。さらに,作業実績管理表をみても,原告以外に何名の者が当該プロジェクトに従事しているのかも明らかになるとはいい難い。以上からすれば,作業実績管理表を見たとしても,作業工数が判明するとはいい難く,ひいては,およそであれ開発費用を推定することも不可能ないし著しく困難であるというほかない。
②及び④については,作業実績管理表をみれば,確かに,契約関係にある会社名は明らかとなるとはいえるが,プロジェクトの内容や労働者の数等が明らかとならないことは上記説示のとおりである。そうすると,作業実績管理表をもって,上位の会社あるいは下請業者との営業における有意な情報が含まれているということはできない。
③については,作業実績管理表の書式は一般的な書式であって,特殊な管理方法が用いられているということはできない。
ウ 以上からすれば,結局のところ,作業実績管理表から明らかとなるのは,プロジェクトの名称等の抽象的な情報や,一人の労働者である原告が何時間労働したと申告しているかなどにとどまるというべきであり,財やサービスの生産・販売,研究開発,費用の節約,経営効率の改善等に役立つなど事業活動にとって有用な情報ということはできないから,その余の点について検討するまでもなく,作業実績管理表が営業秘密に該当するということはできない。
優れた効果が無いとして技術情報の有用性を認めなかった裁判例はいくつもありますが、営業情報というべき情報の有用性を否定した裁判例は多くないと思います。
作業実績管理表に対して裁判所は「プロジェクトの名称等の抽象的な情報や,一人の労働者である原告が何時間労働したと申告」とのような情報は、「財やサービスの生産・販売,研究開発,費用の節約,経営効率の改善等に役立つなど事業活動にとって有用な情報」ではないと判断しています。しかしながら、実際に被告会社ではこの情報を使用していたわけでしょうから、作業実績管理表は事業活動に有用な情報と言えるのではないかと思います。
本事件は、原告が時間外労働の割増賃金等を被告に求めた本訴の反訴であるという特殊性もあり、このような判断になったのでしょうか。

なお、原告は、時間外労働を行ったとして雇用契約に基づく割増賃金等を被告に求めることを目的として、作業実績管理表を持ち出したようです。ここで、不法行為として不正競争防止法2条1項7号には以下のように規定されています。
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
すなわち、訴訟の証拠として営業秘密を使用や開示する行為は、「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的」といえるでしょうか。訴訟の証拠として営業秘密を使用等する行為は、このような目的には含まれないのではないでしょうか。
そうであれば、作業実績管理表に営業秘密性が認められたとしても、原告の行為は被告の営業秘密侵害とはならないようにも思います。

また、裁判所は「作業実績管理表の書式は一般的な書式であって,特殊な管理方法が用いられているということはできない。」と述べています。これについては、有用性の観点よりも非公知性の観点から否定してもよいのではないかとも思います。

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2026年4月22日水曜日

判例紹介:顧客に提示する書類等の営業秘密性

今回は顧客に提示する書類等の営業秘密性について判断した裁判例(大阪地裁令和6年12月19日判決 事件番号:令5(ワ)12731号)を紹介します。

本事件の原告は太陽光パネルや蓄電池の販売を業とする株式会社です。被告は原告の元従業員であり、令和5年3月31日に原告を退職し、その後原告の競合他社に転職しています。
そして、被告は、令和5年7月2日頃、営業活動を行った顧客P3に「現場調査依頼書」の上部(氏名、生年月日、住所、電話番号等)を記入してもらった上でその提出を受け、その頃、本件顧客に対し、「P3様邸経済効果シミュレーション」の用紙を用いて、太陽光パネル及び蓄電池設置の経済効果や費用等について説明を行っています。
そして、原告は、「現場調査依頼書」及び「シミュレーションシート」のフォーマット(本件情報2,3)が原告の営業秘密であると主張しています。

これに対し、裁判所は以下のように判断しています。
ア 秘密管理性について
被告の原告在籍当時における「現場調査依頼書」及び「シミュレーションシート」の管理状況を明らかにする証拠はない(原告自身、上記の管理状況を裏付けるものとした甲第9号証の写真につき、被告の原告在籍当時のものではない旨述べている。)。
また、仮に、被告の原告在籍当時も甲第9号証の写真と同様の状況であって、上記の棚に注意書きの書面が掲示されていたとしても、上記の棚はいわゆる開放棚であり、書類が棚板の上にむき出しの状態で置かれていて、施錠管理等はされていない上、営業担当者のみならず、原告の従業員であれば誰でもアクセス可能であったことがうかがわれる(営業担当者のみがアクセスできる場所に設置されていたことを認めるに足りる証拠はない。)。加えて、原告が主張するような、棚に備え置かれた資料の数を管理する措置が講じられていたことも認めるに足りない。
しかも、「現場調査依頼書」(甲2の1)には「(お客様控)」との記載があり、「シミュレーションシート」(甲2の2)は、営業担当者の顧客に対する説明の際、トークだけでなく視覚的にも原告のサービスを分かりやすく認識させ、顧客を誘引することができるものであることからすると、これらの書面は、顧客(契約締結に至った者に限らない。)の手元に残ることが予定されたものであると認められる。また、これらの書面の内容について秘密にすることを顧客に求めているとは認められない。
以上のことからすると、被告が原告に在籍していた当時、原告において、本件情報2及び本件情報3につき、当該情報に接した者が秘密として管理されていることを認識し得る程度に秘密として管理していたと認めることはできない。

上記のように裁判所は、本件情報2,3の秘密管理性を認めていません。具体的には、「現場調査依頼書」及び「シミュレーションシート」が棚に保管されていたとしても、施錠管理はされておらず、誰でもアクセス可能であったという理由です。

さらに、「現場調査依頼書」や「シミュレーションシート」は顧客の手元に残ったり、顧客に見せていたという理由により秘密管理性が認められませんでした。
営業秘密は、社内での秘密管理よりも、社外の顧客に開示等した場合の秘密管理の方がより厳密に判断されています。すなわち、顧客等に対する秘密保持契約の有無です。顧客に対して秘密保持契約を締結せずに開示等した場合には、社内で秘密管理していたとしても当該情報の秘密管理性が認められなくなる可能性があります。
本事件では、社内での秘密管理性、社外に対する秘密管理性の両方が認められていないことになります。

なお、本事件では「現場調査依頼書」及び「シミュレーションシート」の内容は何れも一般的なものであること、上記のように顧客の手元に残ることが予定されていたものであるとして、非公知性も認められていません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年4月14日火曜日

令和7年の営業秘密侵害事犯の検挙状況

先日、警察庁生活安全局 生活経済対策管理官 編の「令和7年における生活経済事犯の検挙状況等について」が公表されました。これには、商標権侵害事犯、著作権侵害事犯、不正競争防止法違反等の知的財産権侵害事犯も含む生活経済事犯の令和7年(2025年)の検挙状況等がまとめられています。

令和7年における営業秘密侵害事犯の検挙事件件数は、過去最多の38件となっています。令和5,6年は前年に比べて減少していましたが、令和7は令和6年に比べて大幅に増加しています。
この報告においても「営業秘密侵害事犯としては、転職・独立時に営業秘密に関する情報を持ち出す事犯が多くみられる。」とあり、この傾向は今後変わることはないのではないかと思います。


一方で、相談受理件数は令和7年よりも少なくなっていますが、大きな減少ではなく高止まりとなっています。


なお、検挙人数等は下記のとおりです。
令和7年は検挙法人数が「6」であり、この数は前年に比べて3倍になっています。この理由は、営業秘密を不正に取得した企業に対する処罰感情を有する被害企業が多くなっている可能性が考えられます。
仮にこの検挙法人が転職者の転職先企業であるとすると、他社営業秘密の不正流入リスクがより高まっているともいえます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年3月31日火曜日

判例紹介:特許権とノウハウの実施許諾契約

今回紹介する裁判例(大阪地裁令和7年11月6日 事件番号:令6(ワ)1008号)は、特許権とノウハウの実施許諾に関するものです。
本事件は、被告が特許権の専用実施権者であり、原告が特許権者であり、被告の債務不履行を理由として本件実施許諾契約を解除したため、原告が被告に対して原状回復請求権及び民法545条2項に基づき、2160万円等を請求しました。

原告、被告の主張は以下です。
〔原告の主張〕
・・・被告は、「被告において、原告に対して特許権等侵害の主張をしない」といった単なる不作為義務にとどまらず、少なくとも、原告に対し、原告が現実に製品の製造・販売を行うために必要な「本件特許及びノウハウ」に関する情報を提供し実施に協力する義務(作為義務)を負っていた。
本件実施許諾契約において実施許諾を受けている「本件特許及びノウハウ」のうち、少なくとも本件実用新案登録及び本件特許2については、その性質上、被告の協力・情報提供がなければ製品化及び販売の準備が不可能であった。すなわち、被告からの必要データや書類の提示、必要な作業に基づく情報提供がない限り、本件実施許諾契約において合意されている原告の実施権の施行、製品の販売は不可能であった。実際にも、被告の営業部長は、原告の従業員宛ての電子メール(令和元年8月2日付け)において、SEECにつき「このままデンケンの製造に移行するのは無理がある」と記載しており(甲22)、必要な情報なしに原告においてSEECを製造することは不可能であると認識していた。
しかるに、被告は上記の協力・情報提供をしないから、このことは、本件実施許諾契約に基づく債務不履行に当たる。具体的には、本件実施許諾契約の契約書に記載の「ノウハウ」には、別紙3及び別紙4の表のうち、「公開情報で対応不可の理由」欄において「公開情報に記載なし」とある部分(ただし、別紙4の12番及び13番を除く。)について、原告に対して情報を提供し、一定の作業を行うことは少なくとも含まれるから、被告にはかかる債務の不履行がある。
 〔被告の主張〕
被告は、本件実施許諾契約上、原告が「本件特許及びノウハウ」の実施に対し権利行使を行わない不作為義務を負うにすぎず、本件実施許諾契約に基づく被告の債務として、被告が製品の製造及び販売に必要な情報等を原告に提供し、その実施に協力する義務(作為義務)は含まれない。仮に、かかる義務が存在するとしても、被告は当該義務を履行している。よって、原告が主張する債務不履行は存在しない。
特許・実用新案の実施許諾に伴い技術情報の開示提供・援助義務が定められることもあるが、そのような場合は契約書において当該義務とその内容及び費用負担の有無が明示的に定められるのであり、本件実施許諾契約においては当該義務が定められていない以上、原告が主張する被告の義務が認められる余地はない。なお、原告が指摘する電子メール(甲22)の記載は、原告が応募しようとしていた国土交通省の技術公募につき、公募期間内に原告製のSEECで応募することは時間的に間に合わないという趣旨にすぎない。
特許権は特許明細書に記載されている技術情報だけでは実施できない可能性があることはよく知られており、特許権と共にノウハウも実施許諾してもらうことが一般的です。原告は、被告からノウハウの提供がなかったと主張し、被告はノウハウの提供は実施許諾契約に含まれていない、と主張しています。

ここで、実施許諾契約には下記のように「本件特許及びノウハウ」の定義が行われています。この契約内容を見る限り、「本件特許」が実用新案1件と特許権2件であることは明確ですが、「ノウハウ」が何であるかは特段の定義が無いように思えます。
イ 定義(1条)
なお、前記第2の本判決における略称と区別する趣旨で、本件実施許諾契約において定義された略称はかぎ括弧でくくることとする。
(ア) 「本件製品」
「本件特許及びノウハウ」を使用して原告が製造・販売した製品及びその部品をいう。
(イ) 「本件特許及びノウハウ」
「本件製品」に関して被告が本契約締結日現在所有している次のものをいう。
① 実用新案登録第3218047号(本件実用新案登録)
② 特許第5883605号(本件特許1)
③ 特許第5951218号(本件特許2)
このような原告と被告の主張に対する裁判所の判断は以下の通りです。
2 争点1(本件実施許諾契約に基づく被告の債務不履行の有無)について
(1) ・・・そして、ここでいう「本件特許及びノウハウ」とは、「本件製品」(「本件特許及びノウハウ」を使用して原告が製造・販売した製品及びその部品)に関して、被告が保有している本件特許等(本件実用新案登録並びに本件特許1及び同2)を指すものと定義されている(1条)。
こうした本件実施許諾契約の定めからすれば、同契約上、被告は、原告が本件特許等を実施して、製品及び部品を製造・販売することを許諾し、原告はこれに対する対価として消費税を含めて2160万円を支払ったものであり、被告において、これを超えての情報等を提供することで、原告による上記製造・販売に積極的に協力すべき法的義務まで負うものではないと解するのが相当である。
(2) これに対し、原告は、本件実施許諾契約上、被告には上記のような許諾に伴う権利不行使の不作為義務にとどまらず、少なくとも、現実に製品の製造・販売に必要な「本件特許及びノウハウ」に関する情報を原告に提供し、実施に協力する義務(作為義務)が存在する旨主張する。
この点、本件実施許諾契約において、「本件特許」との表現ではなく、「本件特許及びノウハウ」との表現が用いられていることに着目すれば、一般の用語・用例として、特許発明に含まれない情報等も契約の目的となっている旨の原告の主張の趣旨自体が理解できないわけではない。しかしながら、前記のとおり、本件実施許諾契約の定義規定(1条)においては、「本件特許及びノウハウ」とは、本件特許等(本件実用新案登録並びに本件特許1及び同2)を指すことが明確に定義されているもので、これを超えた何らかの情報等まで上記文言に含まれることに言及する定めは見当たらない。・・・
このことは、原告が指摘する序文(被告が有している特許及びノウハウを原告と共同して発展させることを目的とする。)の存在や、実施許諾の対価として販売実施料が定められていること(3条)により左右されるものではない。また、前記前提事実(3)のとおり、本件実施許諾契約の契約書は原告自身が作成・用意したものでもあることからしても、原告の真意に反する文言や定義が用いられていると解することは困難である。
・・・
(4) したがって、被告において、現実に製品の製造・販売に必要な「本件特許及びノウハウ」に関する情報を原告に提供し、実施に協力する義務(作為義務)が存在することを前提に、被告がかかる義務を履行しないことは本件実施許諾契約に基づく債務不履行に当たるとする原告の主張は、理由がない。
裁判所も「本件実施許諾契約において、「本件特許」との表現ではなく、「本件特許及びノウハウ」との表現が用いられていることに着目すれば、一般の用語・用例として、特許発明に含まれない情報等も契約の目的となっている旨の原告の主張の趣旨自体が理解できないわけではない。」とも述べていますが、やはり、実施許諾契約にノウハウの定義やノウハウを示す情報が含まれていないため、被告が原告にノウハウを提供する義務はないと判断しています。
また、裁判所は「本件実施許諾契約の契約書は原告自身が作成・用意したものでもあることからしても、原告の真意に反する文言や定義が用いられていると解することは困難である。」とも述べています。このことは、原告が被告との力関係に基づいて不利な条件で契約を結ばされていないことを、裁判所が暗に述べているのかなとも思います。

また、そもそも原告はなぜ提供して欲しいノウハウを示す情報を定めなかったのでしょうか?例えば、inpitのサイトでは「特許及びノウハウ実施許諾契約書」として、ノウハウを含む技術情報を特許権と共に実施許諾する場合のひな形が公開されています。本事件では、令和元年5月20日に実施許諾契約を締結したようなので、このようなひな型を見つけることは難しくなかったと思ういます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年3月22日日曜日

判例紹介:特許権侵害訴訟の中で争われた営業秘密侵害

今回紹介する裁判例(東京地裁令和7年4月24日判決 事件番号:令元(ワ)16120号)は、特許権侵害訴訟の中で争われた営業秘密侵害についてです。

まず、原告と被告翔友会は、平成24年6月21日付け合意書(甲9)により、原告が開発・製造する手術用縫合糸及び結紮糸である「YOUNGS LIFT」(以下「原告製品」という。)の販売、供給及び技術諮問等につき、以下の内容を含む契約(本件契約)を締結しました。
ア 原告の義務(1条)
 原告は、原告製品の生産を開始した後、最優先として被告翔友会にこれらを供給し、原告製品を利用した各種施術に関して被告翔友会の方で円滑に進められるように製品の構成、機能、使用方法及び手術方法等の技術を誠実を尽くす。
イ 最優先利用義務等(2条)
 被告翔友会は、原告製品を利用した施術が極大化及び普遍化されるようにマーケティングや教育、技術移転のプロセスなどに最善を尽くして参加し、原告製品を利用した施術を同種施術において最優先的に施行する。
ウ 秘密保持義務及び秘密情報の目的外使用をしない義務
 被告翔友会は、原告製品と関連し、原告又はその代理人から取得した下記4条ロ秘密保持対象の情報を被告翔友会以外に公開又は漏洩しないように徹底して秘密管理する(3条)。
被告翔友会は、本件契約締結後、原告製品を用いた美容整形術を被告医院において実施するようになりましたが、平成25年10月頃には原告製品の購入を停止しました。そして、 被告翔友会は同年11月頃から、アイサポート社から縫合糸等を輸入し、「フェイスアップ」と称する美容整形術(フェイスアップ施術)を実施するようになりました。また、被告翔友会は、平成30年6月頃には、被告製品2を輸入して施術するようになりました。また、被告医院所属の医師は、原告製品の取引を中止した直後の平成25年11月19日以降、アイサポート社が納入した被告製品1の構成部品をRacer Technology社が組み立てた製品である「Face Up」を、アイレンズ社を介して輸入しました。この被告製品1,2が原告の特許権を侵害品とされています。

さらに原告は、本件契約の締結に先立つ平成24年6月の商談において、被告翔友会に対して原告製品の試作品と共に原告紹介資料を交付し、その後、本件契約を締結した上で少なくとも平成25年8月頃までは、原告の被告翔友会所属医師に対する技術指導や原告及び被告医院の各医師間での技術面での相談等が行われていたようです。この行為は、原告から被告翔友会に対して、原告製品等を使用した施術に関するノウハウ等を提供していたと認められています。
そして、被告翔友会は、CS社等の訴外の複数社を通じて本件発明1の技術的範囲に属する被告製品1を輸入して使用していました。さらに、原告による原告製品の提供も専ら被告翔友会に対してのみ行われていたものであり、CS社が原告製品を市場等被告翔友会以外の者から入手できる状況にあったとは考え難いため、CS社が本件発明1の技術的範囲に属する被告製品1の部品を製造するに当たっては、被告翔友会から原告製品の提供があったものと裁判所によって推認されています。
このような、被告翔友会による原告製品そのもの及びこれに関する情報(本件情報)の開示行為は、本件契約所定の秘密保持義務等に違反したものといえる、と裁判所によって判断されています。


ここで、裁判所は本件情報の営業秘密性についても判断し、その営業秘密性を認めています。
特に秘密管理性については、被告翔友会に対して上記本件契約に基づく秘密保持義務を課していることで認められています。その他に裁判所は「また、原告製品は施術後に患者の体内で吸収される素材からなることに鑑みると、原告製品の全体又は一部が患者に対する施術後に一般に流通するといった事態も考え難い。」とも認定しています。
ここで、営業秘密保有者(原告)が製品を製造販売することで、当該製品に使用されている営業秘密が公知となる可能性があります。しかしながら、本事件では、「原告製品が施術後に患者の体内で吸収される素材からなること」により秘密(非公知)の状態が維持されていると裁判所は認定しています。特に、本事件の原告製品は、秘密保持義務のある被告翔友会にしか供給(販売)されなかったようなので、原告製品が被告翔友会に販売されたことで公知となったことにはなりません。

なお、このように本件情報の営業秘密性を裁判所は認めたものの、本件情報の差し止め請求については以下の理由から認めませんでした。
本件特許1の設定登録がされたことにより、本件情報のうち当該公報に記載されたものについては、非公知性を失ったものといえる。また、仮にこれにより本件情報の全てが非公知性を失ったのでないとしても、残余の部分がなお営業秘密として保護すべきものであることの具体的な主張立証はない。このため、本件情報は、平成28年8月以降は営業秘密に当たらないものというべきである。そうである以上、原告の不競法3条に基づく請求については、その余の点について検討するまでもなく、いずれも認められない。これに反する原告の主張は採用できない。
特許出願することで発明に係る自社開発技術は公開されます。仮に営業秘密としていた技術情報が特許明細書の実施形態等に記載されていると、特許公開公報等の発行によって公知性を失います。上記のように訴訟において、特許公開公報には記載されていない営業秘密については、原告による主張立証が必要となります。
本事件において、なぜ原告が主張立証を行わなかったのかは分かりませんが、特許権侵害に対して原告の主張が認められることが確定的であり、必要以上に自社の営業秘密の関する情報を開示することを嫌ったのかもしれません。現に本事件は判決として、被告製品の輸入、使用、廃棄、及び被告らに対して48億2473万0566円や21億1610万9319円や損害賠償が認められています。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2026年3月15日日曜日

知財戦略:知財戦略カスケードダウンと生成AIとの親和性

筆者が提案する知財戦略カスケードダウンが生成AIと親和性が高いのではないかと思い、Copilotに聞いてみました。

Ⅰ. 知財戦略カスケードダウンと生成AIの二面的親和性


知財戦略カスケードダウンは、事業目的から知財戦術までを階層的に整理し、上位概念と下位概念の因果関係を明確にしながら戦略を構築する手法です。この手法は、複雑な事業構造を体系化し、知財活動を事業戦略に結びつけるための枠組みとして有効に機能します。一方、生成AIは、概念の分解・再構築、抽象と具体の往復、論理的整合性の保持、網羅性の確保、複数案の生成、文章化といった形式的な処理を得意とします。
これらの特徴を踏まえると、知財戦略カスケードダウンと生成AIとの親和性は、形式的構造のレベルでは非常に高い一方で、事業の本質理解や経営判断を要する本質的構造のレベルでは限定的であると考えられます。ここでは、この二面的な親和性を整理するとともに、本質的構造において人間がどのように生成AIを補完し、代替するのかについて考察します。

Ⅱ. 形式的構造における親和性:生成AIが強みを発揮する領域


知財戦略カスケードダウンは、 ①事業目的 → ②事業戦略 → ③事業戦術 → ④知財目的 → ⑤知財戦略 → ⑥知財戦術 という階層構造を前提とします。生成AIは、自然言語処理の内部で階層的な意味構造を扱うため、上位概念を下位概念へと分解する作業を自然に行うことができます。このため、事業目的から知財戦術への論理的なブレークダウンを高速かつ整合的に生成できる点で、両者は構造的に強い親和性を持ちます。
知財戦略カスケードダウンでは、抽象度の異なるレイヤーを行き来しながら戦略を構築する必要があります。事業目的は高度に抽象的であり、知財戦術は具体的かつ実務的です。生成AIは、抽象概念の要点を保持しつつ、具体的な施策へと変換する能力に優れています。また、生成AIは、具体的な施策から抽象的な目的を再構築することも可能であり、抽象と具体の双方向変換が求められる知財戦略カスケードダウンとの適合性は高いと言えます。

知財戦略カスケードダウンの難しさは、各階層間の因果関係を破綻なく維持する点にあります。生成AIは、文章生成の過程で前後関係や論理的整合性を自動的に評価し、矛盾のない構造を形成することができます。そのため、事業戦略と知財戦略の整合性、事業戦術と知財戦術の一貫性など、人間が見落としがちな論理的ギャップを補完しながら戦略を構築できます。

さらに、知財戦略カスケードダウンでは、上位目的に対して下位施策が十分に網羅されているかどうかが重要です。この点に関して生成AIは、大量の事例やパターンを参照しながら推論するため、一般的に必要とされる要素の抜け漏れを検出しやすい特性を持ちます。これにより、戦略構築における網羅性が高まり、人間が陥りがちな部分的・断片的な戦略形成を回避することができます。

そして、知財戦略の策定には、複数の選択肢を比較し、最適な戦略を選択するプロセスが不可欠です。生成AIは、異なる前提条件や視点に基づく複数の戦略案を短時間で生成できるため、比較検討の幅を広げることができます。また、複数案の統合や差分分析も容易であり、戦略の質を高めるための思考支援ツールとして有効に機能します。

知財戦略カスケードダウンは、最終的に文書として整理されることが多い手法です。生成AIは、階層構造を保ちながら論理的な文章を生成する能力に優れており、戦略文書、提案書、社内説明資料などの作成を効率化できます。特に、論文調・ビジネス調・技術調など、文体の切り替えが容易である点は、知財戦略の文書化において大きな利点となります。

以上の点から、形式的構造のレベルにおいて、知財戦略カスケードダウンと生成AIは極めて高い親和性を持つと言えます。

Ⅲ. 本質的構造における限界:生成AIが代替できない領域


一方で、知財戦略カスケードダウンの核心部分は、生成AIが代替することが難しい領域です。第一に、知財戦略は事業の本質理解を前提とします。ここでいう本質とは、単なる事業内容の説明ではなく、企業が市場においてどのような価値を提供し、どのような競争優位を構築しようとしているのかという深層的な構造を指します。生成AIは、言語パターンに基づく推論は行えますが、経営者の意図や企業文化、長期的なビジョンといった非言語的・暗黙的要素を理解することはできません。
さらに、知財戦略カスケードダウンでは、目的・戦略・戦術の間に厳密な因果構造を設計する必要があります。生成AIは、相関に基づく推論を行うため、もっともらしいが誤った因果関係を構築するリスクを内包しています。知財戦略においては、「なぜその知財施策が事業目的の達成に資するのか」という因果の筋道が重要であり、この設計は依然として人間の戦略的思考に依存します。
また、知財戦略は企業固有の制約条件を前提とします。具体的には、組織能力、資本制約、技術成熟度、社内政治、リスク許容度、レピュテーションなど、多様な要素が絡み合います。生成AIは、これらの企業固有の文脈を十分に把握することができず、一般論に基づいた提案に留まりがちです。
そして、知財戦略は経営判断そのものであり、「どこを守るか」「どこを開放するか」「どこに投資するか」「どこを捨てるか」といった価値判断を含みます。これらは、法的・技術的合理性だけでなく、倫理的判断や長期的な企業観にも依存するため、生成AIが代替することはできません。


Ⅳ. 人間による代替と補完:本質部分をどう担うのか


本質的構造における限界を踏まえると、知財戦略カスケードダウンにおいて人間は、生成AIが担えない領域をどのように代替・補完するかが重要になります。
人間は事業の本質を定義し、事業目的を言語化します。この段階では、経営者や事業責任者が、企業の存在意義、市場におけるポジショニング、長期的な方向性を踏まえて、上位目的を設定します。生成AIは、この入力を前提として初めて有効に機能します。
そして、人間は因果構造の設計者として機能します。生成AIが提示する複数の戦略案やカスケード構造を参照しつつ、「どの戦略が本当に事業目的に資するのか」「どの知財施策が実際に競争優位を生むのか」を評価し、因果の筋道を取捨選択します。このプロセスでは、経験知や直感も重要な役割を果たします。
次に、人間は企業固有の制約条件を統合します。生成AIが生成した案に対して、「この組織で本当に実行可能か」「社内の抵抗はどうか」「既存のパートナーシップと矛盾しないか」といった観点から現実適合性を検証し、必要に応じて修正します。
そして人間は最終的な経営判断を下します。生成AIは選択肢を提示し、論理的な整合性や網羅性を補完しますが、「どの道を選ぶか」を決めるのは人間です。この判断は、リスク許容度、企業文化、社会的責任、長期的なブランド価値など、多数の非定量的要素を含むため、生成AIが代替することはできません。
このように、人間は生成AIを「戦略案生成と構造化のエンジン」として活用しつつ、本質的な理解・因果設計・制約統合・最終判断という中核部分を担うことで、知財戦略カスケードダウンの質を高めることができます。

Ⅴ. 結論:形式的親和性と本質的限界を踏まえた生成AI活用の位置づけ


以上の検討から、知財戦略カスケードダウンと生成AIの親和性は、形式的構造のレベルでは極めて高い一方で、本質的構造のレベルでは限定的であることが明らかになりました。生成AIは、階層構造の分解、抽象度の変換、論理整合性の補完、網羅性の確保、複数案の生成、文書化といった領域で強力な支援ツールとして機能します。しかし、事業の本質理解、因果構造の設計、企業固有の制約条件の統合、最終的な経営判断といった領域は、人間が担うべき中核的役割として残ります。
したがって、生成AIは知財戦略カスケードダウンの「形式的プロセスを加速・高度化する補助装置」として位置づけることが適切であり、戦略そのものを自動生成するエンジンとして捉えるべきではないと考えられます。この役割分担を前提とすることで、生成AIは知財戦略策定の質と速度を向上させつつ、人間による本質的な戦略思考を補完する有効な手段となり得ます。

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2026年3月1日日曜日

特許出願件数と日本企業の研究開発費の推移

近年の特許出願件数と日本企業の研究開発費の推移のグラフです。特許出願件数は特許庁の報告から取得し、研究開発費は総務省統計局の調査結果から取得しています。

日本企業の研究開発費は、2023年、2024年にかけて順調に増加しています。特許出願件数も増加していますが、これはソフトバンクによるAI関連の出願が1万件以上行われたようであり、その影響も大きいかと思います。
このため、2023年と2024年の特許出願件数の増加は、日本企業の研究開発費が増加しているからとは言い難いようにも思えます。
なおソフトバンクは、2023年、2024年において各々2ヵ月程度の間に大量に特許出願したようです。そして、2025年の11月の特許出願件数は前年同期比で34.8%の増加、12月には前年同期比で166.6%の増加となっています。この増加は異常であり、もしかしたらソフトバンクによるAI関連の特許出願がまた大量に行われたのかもしれません。
いずれにせよ、特許出願件数と日本企業の研究開発費とはその増減に関係性は低いと思われます。

そして、特許出願件数はピーク時に比べて2/3程度まで減少しており、これは特許出願の多くを行う大企業が特許出願を減らしたからです。これに対して、特許庁等が特許出願を増やすような活動、例えば中小企業に特許出願を促したり、スタートアップに特許出願を促すような活動をしていましたが、あまり効果はなかったようです。
また、しばらく前には、特許出願件数を日本企業の研究開発力の指針の一つのように考える人たちもいたようですが、最近ではそのような考えもなくなってきたような気がします。

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2026年2月23日月曜日

知財戦略:秘匿化技術をライセンス対象に含めることについて

特許権と共に秘匿化技術(ノウハウ・運転条件・最適化パラメータなど)をライセンス対象に含めることは一般的に行われています。そこで秘匿化技術をライセンスの対象に含めることの意義を生成AIに整理してもらいました。

Ⅰ.特許と秘匿化技術の二層構造によるライセンス戦略の重要性
技術ライセンスにおいて、特許は排他性を提供する中心的な知財資産ですが、特許のみでは十分な競争優位性や長期的収益性を確保できない場合があります。特に、製造プロセスの技術や運転条件・最適化パラメータが重要な産業分野では、特許に記載されない秘匿化技術(ノウハウ)が技術の再現性や品質安定性に大きく寄与します。
ここでは、秘匿化技術をライセンス対象に含めることの意義を整理し、特許権消滅後におけるノウハウの役割と収益構造について考察します。特許とノウハウの二層構造を活用することで、企業は特許期間を超えて持続的な収益を確保できる可能性があります。

Ⅱ.秘匿化技術の特徴とライセンス対象としての価値
秘匿化技術とは、特許に記載されない運転条件、最適化パラメータ、トラブル対応、品質安定化のための微調整など、実務上の再現性を担保するために不可欠な知識群を指します。これらは公開されないため、特許とは異なる性質を持ちます。
秘匿化技術の価値は以下の点にあります。
1.模倣困難性の高さ
特許は公開されるため、理論上は模倣可能です。しかし、秘匿化技術は公開されないため、競合が同等の品質や歩留まりを実現することは極めて困難です。
2.技術の再現性を左右する実務的価値
特許に記載された技術をそのまま実施しても、実際には品質が安定しないことが多く、秘匿化技術がなければ商業運転が成立しないケースが多く見られます。
3.ライセンシーにとっての経済的価値
歩留まり向上、品質安定、トラブル削減など、秘匿化技術はライセンシーの利益に直結するため、ライセンス料の上乗せが正当化されます。
これらの特徴から、秘匿化技術は特許とは異なる形でライセンス価値を持ち、特許と組み合わせることで強力な収益源となります。

Ⅲ.特許権消滅後における秘匿化技術の役割
特許権は出願から20年で消滅し、技術は公知となります。しかし、秘匿化技術は公開されないため、特許権消滅後も依然として価値を持ち続けます。この点が、特許とノウハウの組み合わせが強力な理由です。
1.特許消滅後もノウハウは存続する
特許が消滅しても、秘匿化技術は企業内部に保持され続けます。 そのため、特許期間終了後もライセンシーはノウハウへの依存を継続します。
2.ノウハウは時間とともに蓄積し、価値が増大する
運転経験、トラブル事例、最適化パラメータなどは、運用期間が長いほど蓄積されます。 特許が古くなるほど、むしろノウハウの価値が高まる場合があります。
3.特許消滅後の差別化要因として機能する
特許が消滅すると、技術そのものは模倣可能になりますが、秘匿化技術がなければ同等品質を実現できません。 そのため、特許消滅後も競合との差別化が維持されます。
4.特許期間後の収益源として機能する
特許が消滅した後も、ノウハウ提供契約や技術サポート契約を継続することで、 特許期間を超えた長期収益モデルが成立します。
Ⅳ.特許と秘匿化技術の二層構造による収益モデル
特許と秘匿化技術を組み合わせることで、企業は以下のような二層構造の収益モデルを構築できます。
1.特許期間中の収益モデル
(1)特許ライセンス料(初期費用+ロイヤルティ)
特許の排他性に基づき、ライセンス料を徴収できます。
(2)ノウハウ提供料
特許だけでは実施できないため、ノウハウ提供が必須となり、追加料金を設定できます。
(3)導入支援・技術サポート料
立ち上げ支援、品質保証、技術者派遣など、付帯サービスによる収益が発生します。
2.特許消滅後の収益モデル
特許が消滅しても、以下の収益が継続します。
(1)ノウハウ提供契約の継続
特許がなくても、ノウハウは依然として不可欠であり、契約更新が期待できます。
(2)品質データ・規格適合データの提供
航空燃料のような規格産業では、品質データが重要な価値を持ち続けます。
(3)技術アップデート契約
新しい運転条件、最適化パラメータ、改善技術などを継続的に提供することで、サブスクリプション型収益が成立します。

Ⅴ.特許消滅後の競争環境における秘匿化技術の戦略的意義
特許が消滅すると、競合が技術を模倣する可能性があります。しかし、秘匿化技術を保持している企業は以下の点で優位に立ちます。
1.競合は“表面上の工程”しか模倣できない
特許情報だけでは、実際の運転条件や最適化パラメータは再現できません。
2.品質・歩留まりで差がつく
秘匿化技術を持つ企業は、競合より高品質・高効率を維持できます。
3.ライセンシーは依然としてノウハウを必要とする
特許消滅後も、ノウハウ提供契約を継続するインセンティブがライセンシー側に存在します。
4.競合の代替標準形成を抑制できる
秘匿化技術が強固であれば、競合が別の標準を形成する難易度が高まり、デファクト地位を維持できます。

Ⅵ.結論:秘匿化技術は特許期間を超えて収益を生む戦略資産である
秘匿化技術をライセンス対象に含めることは、特許の排他性を補完し、技術の再現性・品質・安全性を担保するために不可欠です。さらに、特許権が消滅した後も、秘匿化技術は依然として価値を持ち続け、ノウハウ提供契約、品質データ提供、技術アップデート契約などを通じて持続的な収益を生み出します。
すなわち、特許と秘匿化技術の二層構造は、 「特許期間中の収益最大化」と 「特許期間後の収益持続化」 を同時に実現する戦略的枠組みであり、長期的なライセンスビジネスの基盤となります。

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2026年2月14日土曜日

知財戦略:有料ライセンスと無料ライセンスとの選択

今回は、前回のブログで記載したユーグレナ方式のバイオ燃料製造プロセスにおける標準化戦略(A-1)と技術パッケージ化戦略(A-2)の整合性を踏まえ、無料ライセンスではなく有料ライセンスを適切とした理由を述べます。

1.標準化戦略における無料モデルと有料モデルの選択問題

技術標準化において、標準を無料で開放するべきか、有料でライセンスするべきかという問題は、技術の普及速度、競争環境、収益モデル、模倣リスクなど、複数の要因が絡み合う高度な戦略判断を必要とします。QRコードが無料開放によって世界標準を獲得した一方で、CPコードは有料ライセンスを維持した結果、普及競争に敗れました。また、ダイキン工業は冷媒の標準化において、競合が代替標準を形成するリスクを回避するために無償開放を選択しました。このように、標準化戦略は一律に無料・有料のどちらが優れているとは言えず、技術の性質や市場構造に応じた最適解が存在します。

2.無料標準化モデルの特徴と限界

無料標準化モデルは、標準を無償で開放することで普及速度を最大化し、エコシステム全体を支配することを目的とする戦略です。QRコードやダイキンの冷媒の事例が示すように、代替技術が複数存在し、普及速度が勝敗を決定する市場では、無料開放が極めて有効に機能します。代替技術が複数存在する市場において無料ライセンスは有料ライセンスよりも価格競争力を持つためです。
しかし、このモデルにはいくつかの限界があります。第一に、標準そのものから収益を得ることができないため、ビジネスモデルが別の収益源に依存します。第二に、技術が単純で模倣されやすい場合、無料開放は競合の参入を促し、標準を作った企業が必ずしも勝者にならないという構造的問題を抱えます。第三に、品質や安全性が重要な分野では、無料開放によって品質の低い模倣品が市場に流通し、事故や信頼性低下のリスクが高まります。
これらの特徴、特に第三の特徴は、航空燃料のように安全性・品質が最優先される分野には適合しにくいと考えられます。

3.有料標準化モデルの特徴と適合性

有料標準化モデルは、標準を公開しつつも、利用には特許ライセンス料を課す戦略です。通信規格におけるQualcomm、音響規格のDolby、映像規格のMPEGなどが代表例であり、標準が普及するほど特許ロイヤルティが増加する「標準=収益源」という構造を持ちます。
このモデルは、技術が複雑で模倣が容易ではなく、特許による排他性が強固である場合に特に適しています。また、品質や安全性が重要な分野では、標準を有料化することで、導入企業に対して一定の技術水準や運用条件を契約によって強制できるため、品質維持の観点からも合理的です。
ユーグレナ方式のバイオ燃料製造プロセスは、工程別・工程組合せ特許によって回避困難な特許網を構築できる点、品質データやノウハウが不可欠である点、導入支援が必要である点から、有料標準化モデルとの親和性が高いと言えます。


4.A-1 と A-2 の整合性から見た有料標準化の必然性

A-1 は、製造プロセスをモジュール化し、特許化しやすい構造へと再設計することで、ユーグレナ方式をデファクトスタンダードとして確立することを目的としています。この標準化プロセスは、工程別特許および工程組合せ特許によって体系的に保護され、技術的優位性を法的排他性へと転換する役割を担います。
一方、A-2 は、A-1 の特許を核としつつ、ノウハウ、品質データ、契約統制を統合した「総合技術パッケージ」を提供することで、ライセンス収益を最大化する戦略です。A-2 のビジネスモデルは、特許が「導入の必須要素」であることを前提としており、特許が無料で開放されると、パッケージ全体の価値が大きく毀損します。
つまり、A-1 の標準化プロセスは、A-2 のパッケージ戦略と不可分であり、特許を有料で提供することによって初めて、技術の普及と収益化が両立します。無料開放は、A-2 の収益モデルを根本から崩壊させるため、戦略的整合性の観点から選択肢にはなり得ません。

5.競合による代替標準形成リスクとその抑制

無料開放を選択しない場合、競合が別の標準を形成し、市場を奪うリスクが生じます。CPコードがQRコードに敗れたのは、この典型例です。しかし、ユーグレナ方式の場合、工程別・工程組合せ特許によって回避困難な特許網を構築できるため、競合が代替標準を形成する難易度は高くなります。
さらに、航空燃料分野では品質・安全性が最優先されるため、信頼性の高いプロセスを持つ企業が標準化競争で優位に立ちやすい構造があります。ユーグレナ方式が品質データや導入支援を含む総合パッケージを提供することで、競合が模倣しにくい「複合的な参入障壁」を形成できます。
このように、ユーグレナ方式は無料開放による普及速度よりも、特許網とパッケージによる排他性の方が競争優位の維持に寄与するため、有料標準化モデルが適切であると言えます。

6.結論:ユーグレナ方式における有料標準化の合理性

以上の検討から、ユーグレナ方式の標準化戦略(A-1)は、無料開放ではなく有料ライセンスを前提とすることが合理的であると結論づけられます。技術の複雑性、品質・安全性の重要性、特許網の強固さ、A-2 のパッケージ戦略との整合性、競合による代替標準形成リスクの抑制など、複数の観点から有料標準化モデルが最適であることが示されます。
すなわち、ユーグレナ方式は「普及のために開放するが、利用は有料とする」という、デファクトスタンダード戦略と特許ライセンス戦略を統合したモデルを採用することで、技術の普及と収益化を同時に達成することが可能となります。

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2026年1月31日土曜日

知財戦略:ユーグレナ由来のバイオ燃料の知財戦略について

前回のブログではユーグレナを食品としたヘルスケア領域の知財戦略について、知財戦略カスケードダウンを利用して生成AIに生成させました。今回は、ユーグレナ由来のバイオ燃料の知財戦略についてです。
なお、ユーグレナ由来のバイオ燃料は普及していません。そこで、事業目的としては、「ユーグレナ由来のバイオ燃料の商業化と市場拡大」としています。その結果、生成AIは「標準化プロセスの特許保護(プロセス標準化)」と「技術パッケージ化と導入支援」という2つの戦略の組み合わせを出してきました。
以下がその詳細です。なお、A-1の標準化プロセスの特許保護は、A-2の技術パッケージ化と導入支援の前提となるものであり、標準化に関する特許は有料ライセンスされます。
このように、特許のライセンス等を前提として事業戦略が立案された理由は、バイオ燃料の市場は非常に大きくなる可能性があり、一社だけで需要を賄うことは人員、資金、設備等の観点から非常に難しいためです。
このような理由から以下の戦略は、企業規模が比較的小さい企業を想定したものとなります。一方で、企業規模が大きな企業、例えば既に燃料の世界的な市場において高いシェアを有している企業は異なる戦略となるでしょう。

◆ A-1:標準化プロセスの特許保護(プロセス標準化)◆
★事業★
<1.事業目的(共通)>
 ユーグレナ由来バイオ燃料の商業化と市場拡大
<2.事業戦略>
 製造プロセスをモジュール化・標準化し、他社が導入しやすい再現性の高いプロセスを構築する。
<3.事業戦術>
 標準化プロセスを特許で保護し、ライセンスの核となる技術資産として確立する。

★知財★
<1.知財目的>
 標準化プロセスを特許で保護し、ライセンスの核となる技術資産として確立する。
<2.知財戦略>
 標準化プロセスを“特許化しやすい構造”に再設計し、工程別・工程組合せの特許群として体系化する。
(ポイント) 標準化プロセスをそのまま特許にするのではなく、特許化しやすい形に分解・構造化することが戦略の中心
<3.知財戦術>
 標準化プロセスを特許化しやすい形に落とし込むための実務プロセス。
① 標準化プロセスのモジュール分解戦術
 培養、抽出、精製、燃料化などの工程をモジュール化
 工程ごとに特許化可能な技術的特徴を抽出
 標準化プロセスの“特許化しやすい構造”を作る
② 工程別特許の体系化戦術
 各工程を個別に特許出願
 工程単位でライセンス可能な技術資産にする
 導入性が高まり、ライセンスモデルと相性が良い
③ 工程組合せ特許の構築戦術
 工程同士を組み合わせた特許を取得
 一部工程を変えても回避できない“特許の壁”を形成
 標準化プロセス全体を保護する効果が高い
④ 標準化プロセスの特許化しやすい表現への変換戦術
 パラメータ範囲(温度、圧力、時間)を特定
 効果(収率向上、品質安定)を明確化
 実施例を複数用意して特許強度を高める

◆ A-2:技術パッケージ化と導入支援◆
★事業★
<1.事業目的(共通)>
 ユーグレナ由来バイオ燃料の商業化と市場拡大
<2.事業戦略>
 特許+ノウハウ+品質データ+導入支援を統合した“総合技術パッケージ”を提供し、ライセンス先が確実に製造できる状態を作る。
<3.事業戦術>
 技術パッケージを知財資産として体系化し、特許とノウハウを適切に保護しながらライセンス収益を最大化する。

★知財★
<1.知財目的>
 技術パッケージを知財資産として体系化し、特許とノウハウを適切に保護しながらライセンス収益を最大化する。
<2.知財戦略>
 特許(オープン)+ノウハウ(クローズ)+データ(付加価値)+契約(統制)の“複合知財パッケージ戦略”を採用する。
(ポイント)特許は公開してもよい“オープン資産”、ノウハウは秘匿すべき“クローズ資産”、データはライセンス価値を高める“付加価値資産”、契約は漏洩防止と収益確保の“統制資産”
<3.知財戦術>
 技術パッケージを知財資産として成立させるための実務プロセス。
① 特許をパッケージの核に据える戦術
 A-1 で構築した工程別・組合せ特許をパッケージの中心に配置
 特許が“導入の必須要素”になるよう設計
 ライセンス料の根拠となる資産を明確化
② ノウハウ秘匿戦術
 運転条件、トラブル対応、最適化条件などは秘匿化
 文書アクセス制限
 技術者派遣時の情報管理ルール
 NDAの徹底
 ノウハウ漏洩時の契約ペナルティ設定
③ 品質データ活用戦術
 規格適合データ(ASTM等)をパッケージに含める
 品質データを“導入の信頼性”として提供
 データのバージョン管理で最新性を担保
④ 契約統制戦術
 ライセンス契約で実施範囲・地域・期間を明確化
 ノウハウ提供条件を契約に明記
 技術移転マニュアルを契約付属文書にする
 ライセンス料体系(初期費用+ロイヤルティ)を設計


次に、 A-1「標準化プロセスの特許保護(プロセス標準化)」の戦略とA-2「技術パッケージ化と導入支援」について解説します。

<標準化プロセスの特許保護(プロセス標準化)について>
ユーグレナ由来バイオ燃料の商業化と市場拡大を実現するためには、単に優れた製造技術を開発するだけでは不十分です。市場における技術の採用は、技術的優位性のみならず、その技術が他社にとって導入しやすく、かつ信頼性の高い“標準的な方式”として認知されるかどうかに大きく依存します。この観点から、A-1が掲げる「標準化プロセスの特許保護」は、公的規格化(デジュールスタンダード)を目指すものではなく、ユーグレナ方式を業界の事実上の標準(デファクトスタンダード)として確立することを目的とする戦略的行為です。
デファクトスタンダード化は、特に安全性・品質が重視される航空燃料分野において強い影響力を持ちます。一度「この方式が最も安定し、規格適合性が高い」と市場が認識すれば、他社はその方式を採用することが最も合理的な選択となります。この“採用の必然性”こそがデファクトスタンダードの本質であり、ユーグレナ方式がその地位を確立することで、競合他社はユーグレナ方式を採用せざるを得ない状況が生まれます。その結果、ユーグレナ方式は市場における優位性を持続的に保持し、ライセンスビジネスにおける交渉力と収益性を大幅に高めることが可能となります。
しかし、デファクトスタンダード化のみでは技術の模倣を防ぐことはできません。そこで A-1の戦略では、標準化プロセスを特許化しやすい形に再構造化し、工程別特許および工程組合せ特許として体系的に権利化することを重視します。この特許群は、ユーグレナ方式の技術的優位性を法的排他性へと転換し、デファクトスタンダードとしての地位を“独占的に享受する”ための基盤となります。すなわち、A-1 の標準化は、技術の普及を促すための「開放性」と、模倣を防ぐための「排他性」という、一見矛盾する二つの要素を統合する戦略です。
この戦略の核心は、標準化プロセスを単なる工程の整理ではなく、「特許化しやすい構造へと再設計する技術的・法的プロセス」として捉える点にあります。工程をモジュール化し、各工程の技術的特徴を抽出し、さらに工程間の組合せによって回避困難な特許網を構築することで、ユーグレナ方式は技術的にも法的にも強固な“標準”となります。このようにして形成された標準化プロセスは、他社にとって導入しやすい一方で特許によって保護されているため、ユーグレナはライセンス料を高く設定することが可能となります。
総じて、A-1の「標準化」は、ユーグレナ方式を市場における事実上の標準へと押し上げることで、技術の普及とライセンス収益の最大化を同時に達成する戦略です。このデファクト化戦略は、特許による排他性と標準化による普及性を統合することで、長期的かつ持続的な競争優位を実現するものであり、ユーグレナのバイオ燃料事業における中核的な価値創出メカニズムを形成します。

<A-1とA-2の役割分担>
ユーグレナ由来バイオ燃料の商業化と市場拡大を実現するためには、技術そのものの優位性と、その技術を市場に展開するための仕組みの双方が不可欠です。この観点から、事業戦略AはA-1(標準化プロセスの特許保護)とA-2(技術パッケージ化と導入支援)の二つの補完的な要素によって構成されます。
A-1は、ユーグレナ方式の製造プロセスを技術的に確立し、その再現性・品質・安全性を担保するための基盤的役割を担います。具体的には、培養、抽出、精製、燃料化といった一連の工程をモジュール化し、それらを特許化しやすい構造へと再設計することで、ユーグレナ方式が他社にとって最も合理的かつ信頼性の高い製造手法となるように位置づけます。このプロセスの標準化は、単に工程を整理するだけでなく、ユーグレナ方式を業界の事実上の標準(デファクトスタンダード)へと押し上げるための戦略的行為です。そして、この標準化されたプロセスを工程別特許や工程組合せ特許として体系化することで、技術的優位性を法的排他性へと転換し、ライセンス事業の核となる技術資産を形成します。すなわちA-1は、「技術そのものを作り、守る」という役割を担います。
これに対してA-2は、A-1によって確立された技術を、他社が実際に導入し運用できる形へと変換する役割を担います。A-1が技術の“中身”を作るのに対し、A-2はその技術を“商品”として成立させるための仕組みを構築します。具体的には、特許(オープン資産)、ノウハウ(クローズ資産)、品質データ(付加価値資産)、そして契約(統制資産)を統合した総合的な技術パッケージを設計し、さらに技術者派遣や品質監査といった導入支援体制を整備することで、ライセンス先が確実にユーグレナ方式を運用できる状態を作り出します。このプロセスは、技術の導入障壁を下げ、ライセンス事業の成功率を高めると同時に、ノウハウ秘匿や契約統制によって収益性と安全性を両立させるものです。すなわちA-2は、「技術を売れる商品にし、収益化する」という役割を担います。
両者の関係は明確であり、A-1がなければ、A-2が提供する技術パッケージの核となる技術資産が存在しません。逆にA-2がなければ、A-1が構築した技術は市場に展開されず、収益化も実現しません。A-1は技術的優位性と排他性を創出し、A-2はその優位性を市場価値へと転換します。このように、A-1と A-2は技術・ビジネス・知財の三位一体モデルを構成し、両者が相互補完的に機能することで、ユーグレナ方式のバイオ燃料製造技術は長期的かつ持続的なライセンスビジネスとして成立します。

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2026年1月25日日曜日

知財戦略:ユーグレナの知財戦略を知財戦略カスケードダウンへの当てはめ

前回のブログでは、ユーグレナ社の知財戦略について述べました。
今回は、このユーグレナ社の知財戦略を知財戦略カスケードダウンに当てはめてみます。
この当てはめは、AIであるCopilotに考えさせたものを修正したものです。


今回は、ユーグレナを食品としたヘルスケア領域に対する事業目的→事業戦略→事業戦術→知財目的→知財戦略→知財戦術を考えました。

★事業★
<1.事業目的(ヘルスケア領域)>
ユーグレナ由来成分を活用した高付加価値食品市場の拡大
<2.事業戦略(目的を達成するための大まかな方策)>
ユーグレナ成分の独自性を活かした差別化
・他社が模倣できない独自成分・独自加工技術を確立する
・科学的エビデンスを強化し、機能性食品としての信頼性を高める
<3.事業戦術(戦略を実行する具体的施策)>
・戦術A-1:新規ユーグレナ成分の探索・分析
・戦術A-2:粉末化・加工技術の改良
・戦術A-3:機能性表示食品の届出・エビデンス取得

事業戦術としては、上記のようにA-1~A-2の3つが出てきました。
そこで、それぞれの事業戦術ごとに知財目的→知財戦略→知財戦術を下記に記します。

★知財(事業戦術A-1:新規ユーグレナ成分の探索・分析)★
<1.知財目的>
新規成分の独自性を保護し、競合による模倣・追随を防止する。
(理由)
新規成分はヘルスケア事業の差別化源泉であり、成分そのものの独占が市場優位性を決定するため。
<2.知財戦略>
成分・組成・機能に関する特許を積極的に取得し、広いクレームで独占領域を確保する。
(戦略の方向性)
成分そのもの(物質特許)、成分の組成・含有量、成分の機能・用途を広く権利化する。
<3.知財戦術>
・成分特許のクレーム最適化
  新規成分の化学構造・組成・特徴を広くクレーム化
  競合が回避しにくいパラメータ範囲を設定 
  実施例を複数用意し、特許の強度を高める
・分析データの体系化
  成分分析データ(HPLC、MS、NMRなど)を特許明細書に反映
  機能性データ(抗酸化、免疫、代謝など)を用途クレームに活用
  科学論文より先に特許出願するフローを構築


★知財(事業戦術A-2:粉末化・加工技術の改良)★
<1. 知財目的>
加工プロセスの独自性を保護し、製品品質の差別化を維持する。
(理由)
粉末化・加工技術は製品の安定性・味・溶解性などに直結し、食品としての競争力を左右するため。
<2.知財戦略>
加工プロセスは特許化を基本としつつ、秘匿化すべき工程はノウハウとして管理するハイブリッド戦略を採用する。
(戦略の方向性)
  市販品から逆解析できる部分 → 特許化
  工場内でしか分からない工程 → 秘匿化
<3. 知財戦術>
・プロセス特許の取得
  粉末化条件(温度、圧力、乾燥条件など)をクレーム化
  粉末の粒度・含水率・安定性など製品特性を特定したクレームを設計
  市販品から侵害調査が可能な「製品クレーム」を優先
・秘匿化すべき工程の選別
  工場内でしか分からない工程(撹拌条件、投入順序など)は秘匿化
  特許出願前に秘匿技術との境界を明確化

★知財(事業戦術A-3:機能性表示食品の届出・エビデンス取得)★
<1. 知財目的>
消費者庁に届け出る機能性エビデンスを特許に反映し、機能性表示食品の独占領域を確保する。
(理由)
機能性表示食品の届出データは、用途特許の強力な裏付けとなり、競合の参入障壁を高めるため。
<2.知財戦略>
機能性データを用途特許に組み込み、食品カテゴリーごとに用途特許網を構築する。
(戦略の方向性)
  「機能 × 食品形態」の組み合わせで特許網を形成
  科学的エビデンスを特許に反映し、強い用途特許を取得
<3.知財戦術>
・用途特許の網羅化
  免疫、疲労、腸活、代謝など機能性ごとに用途特許を出願
  飲料、サプリ、菓子、プロテインなど食品形態ごとにクレームを設計
  競合が回避しにくい用途クレームを設定
・機能性データの特許活用
  届出データに使用したヒト試験データを特許明細書に反映
  エビデンスを複数の用途クレームに展開
  科学論文より先に特許出願するフローを整備

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2026年1月18日日曜日

知財戦略:ユーグレナ社の知財戦略

知財戦略は、主として特許等の権利化(公知化)する技術と秘匿化する技術の選択(オープン・クローズ戦略)であると考えます。
このオープン・クローズ戦略の典型的な例としてユーグレナ社の知財戦略を挙げます。

まず、ユーグレナ(Euglena/和名:ミドリムシ)は植物と動物の両方の性質を併せ持つ単細胞微生物です。ユーグレナの大きさは50μm程度で葉緑体を持ち光合成が可能である一方、光がなくても有機物を栄養源に増殖し、大量に培養することが可能です。
ユーグレナは非常に栄養バランスが良く、人に必要な約59種類の栄養素を含むとされます。このため、食品やサプリに主に用いられています。さらに、ユーグレナの用途としては、化粧品、創薬、バイオ燃料等があります。

(1) 知財の基本戦略:特許と秘匿化のハイブリッド
ユーグレナ社は、特許戦略と秘匿化戦略を使い分けることを明確に方針化しています。
栄養豊富な微細藻類「ユーグレナ(ミドリムシ)」の大量培養技術(特に培養方法そのもの)については、詳細を公開することで権利化するよりも、秘匿化してノウハウとして管理する戦略を採っています。
この理由は、大量培養技術の詳細手順を開示して特許化すると、競合が模倣しやすくなる上、工場内で実施される技術の特許侵害を確認するのが難しいという理由からです。

一方で、ユーグレナを粉末化したり、特定の用途や加工方法、製品形態に関する発明などの技術については、特許として出願・権利化しています。
 こうした用途・加工関連の特許は、競合製品を購入して含有物や構成を調べることで侵害の有無を比較的容易に確認できるため、権利行使もしやすいと考えられるためです。

(2)培養技術の秘匿(オープン・クローズ戦略)
ユーグレナ社は「世界初の屋外大量培養技術」を開発していますが、その核心部分は特許にしていません。その背景は次の通りです:
詳細を公開すると技術内容が明らかになり、競合が同じ方法を再現できる可能性が高まる。
工場内での培養技術は外部から実施事実が確認しにくく、特許侵害の証拠をつかみにくいため、権利化のメリットが少ないと判断されています。
このように、培養技術は秘匿ノウハウ(trade secret)として保護し、用途・加工技術は特許で保護するという「オープン/クローズ」戦略を明確に実行しているのがユーグレナ社の知財戦略の代表例です。


(3)特許ポートフォリオの一例
ユーグレナ社は用途・製品関連の技術について多数の特許を有しており、例えば以下のようなものがあります。なお、ユーグレナ社は、現在約120件程度日本国で特許出願しています。
・特許第6654264号
発明の名称:パラミロン含有レーヨン繊維及びその製造方法
概略:ユーグレナ由来のパラミロンを繊維化し含有したレーヨン繊維(パラミロンレーヨン)の構成およびその生成方法に関する発明。パラミロンを含有させた繊維自体とその用途(例えば機能性素材、繊維製品)について権利化している。

・特開2024-064892号公報
発明の名称:タンパク質高含有ユーグレナとその生産方法)
概略:タンパク質含有率 35質量%以上のユーグレナ。前記ユーグレナとしては、パラミロン合成酵素をコードする遺伝子が抑制され、又は欠失したユーグレナが挙げられる。パラミロン合成酵素をコードする遺伝子としては、グルカン合成様酵素2(GSL2)をコードする遺伝子が挙げられる。

(4) まとめ:ユーグレナ社の知財戦略のポイント
・特許とノウハウを戦略的に使い分ける「オープン・クローズ戦略」
    → 事業展開の局面に応じた保護手法の最適化。
・培養方法などのコア技術は秘匿化(ノウハウ)
    → 詳細公開を避け、模倣防止と侵害確認困難性を逆手に取る。
・製品用途・加工・特定機能に関する技術は特許化
    → 競合との比較や侵害証拠の収集が容易な領域を選択的に保護。

参考URL

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2025年12月30日火曜日

公益通報を目的とした秘密情報の持ち出し

先日、元社員による公益通報を目的とした情報の持ち出しに違法性はないとした民事訴訟の地裁判決が出ました。




ここで、経済産業省が発行している営業秘密管理指針には営業秘密の有用性について以下のような解説があります。
「有用性」の要件は、公序良俗に反する内容の情報(脱税や有害物質の垂れ流し等の反社会的な情報)など、秘密として法律上保護されることに正当な利益が乏しい情報を営業秘密の範囲から除外した上で、広い意味で商業的価値が認められる情報を保護することに主眼がある。
元社員が持ち出したとされる「医師との契約書など機密情報」がどのような内容であるかは分かりませんが、「秘密として法律上保護されることに正当な利益が乏しい情報」であれば有用性が認められず、上記機密情報は営業秘密ではないということになります。

一方で、判所所がこのような判断をしたとのような報道はなく、「秘密情報を持ち出した目的が犯罪の告発であった」として違法性はない、とのように判断したとの報道がなされています。
そうであれば、元社員には「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的」がないとして違法性はないと裁判所が判断したようにも思えます。なお、この元社員が報道機関に営業秘密を漏らしたとする証拠はないとのようにも裁判所は判断しています。
従って、元社員は犯罪の証拠と告発文を警察に送っただけであり、そのような行為では「不正の利益」を得ることはできず、また、警察への告発が「営業秘密保有者に損害を加える目的」とは解されないでしょう。

一方、少し前にも同様に公益通報を目的としたと被告が主張してメディアに営業秘密を開示した行為についての民事訴訟の判決がありました。この事件において裁判所は元社員による公益通報を認めず、元社員に対する損害賠償請求を認めました。

この二つの事件に対する民事訴訟の判決の違いの理由が何であるかはよく分かりません。一方が警察への告発であり、他方がメディアへの告発であることが理由でしょうか?

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2025年12月22日月曜日

判例紹介:5割の従業員がアクセス可能なサーバでの情報管理

前回に続き、今回もサーバへのアクセスと秘密管理性に関する裁判例(大阪地裁令和7年4月24日判決 事件番号:令5(ワ)12720号)を紹介します。

本事件の被告Aは、土木建築総合請負等を目的とする原告会社の元取締役であり、取締役を退任した約4か月後に被告会社を設立し、被告会社の代表取締役に就任しています。
その一方で、被告Aは、原告会社との間で顧問契約も締結しました。この顧問契約では秘密保持に関し、被告Aが本契約の有効期間中か否かにかかわらず、本業務の遂行中に知り得た原告に関する営業上、技術上その他の一切の情報を使用し、複製し、又は第三者に開示・漏洩してはならないものとされました。
しかしながらその後、原告は、被告Aによる原告従業員の引抜行為等が債務不履行、不正競争又は不法行為に当たり、原告製品と同一又は類似する製品の製造等が不正競争(不競法2条1項1号)に当たるなどとした警告を行い、今回の民事訴訟となっています。

なお、ここでいう営業秘密は、原告製品情報、原告取引情報及び原告原価情報になります。そして、これらの営業秘密の秘密管理措置は以下のようなものです。
ア 原告の令和4年9月1日時点の従業員数は50名(本社9名、関東出張所7名、岬工場20名、千葉工場14名)であった。本社及び関東出張所の従業員16名は、構造計算・設計・見積書作成、経理・事務、窓口等を、各工場の事務所に所属する従業員9名は、設計・発注、窓口等を担当しており、これら25名に原告からパソコンが貸与されていた。   
イ 原告製品情報、原告取引情報及び原告原価情報は、外部から接続ができない原告社内のサーバのフォルダ内に格納されており、上記パソコン貸与者において当該パソコンから上記フォルダにアクセスすることができた。なお、上記各情報は、手間の煩わしさからパスワード付されずに格納されていた。   
ウ 原告の就業規則(令和2年4月1日適用)には、従業員の秘密義務として、① 製品技術・設計、企画、開発に関する事項、② 製品販売・顧客情報に関する事項、③ 財務・経営に関する事項、④ 人事管理に関する事項、⑤他社との業務提携に関する事項等について従業員は、在職中及び退職後において、以下の秘密情報につき、厳に秘密として保持し、会社の事前の許可なく、いかなる方法をもってしても、開示、漏えい又は使用してはならない旨が定められていた。(甲17)

このような秘密管理措置に対して、裁判所は以下のように秘密管理性を判断しています。
イ ・・・原告は就業規則において従業員に秘密保持義務を課し、上記各情報については外部から接続できない社内サーバで管理し、貸与したパソコンに限ってアクセスできる措置を講じている。しかし、具体的な秘密管理措置についてみると、上記各情報(データ)には、円滑な業務遂行を優先して手間の煩わしさを解消する目的でパスワードが付されておらず、これらに「部外秘」「秘密情報である」などと付記されていた事情もうかがわれない。また、情報へのアクセスが貸与されたパソコンに制限されているとしても、貸与されたパソコンの使用者の担当業務は様々であって、全ての貸与者において、業務の遂行上これらの情報すべてが必要な情報であるとは解し難く、業務上必要性のない情報であるにもかかわらずアクセスできた者も存在したといえる。さらに、就業規則には、秘密保持の対象となる事項が列挙されているが、本件で問題となっている原告製品情報、原告取引情報及び原告原価情報がこれに該当するか否かを明示的に記載しているものではなく、別途、原告がこれらの情報が秘密情報に当たる旨を明示的に表示した事情もうかがわれない。
以上によれば、原告においてこれらの情報を秘密として管理する意思があったとしても、被告Aや原告の従業員においてこれを十分認識し得る程度に秘密として管理する体制が講じられていたと認めることはできない。
したがって、秘密管理性は認められない。   
ウ 以上から、その余の要件(非公知性及び有用性)について検討するまでもなく(なお、原告製品情報については、これらによる製品が一般の建築に供される建築資材であることや、原告自身も当該資材それ自体を秘密と扱っていないこと(甲2)からすると、原告主張の事実が仮にあったとしても、非公知性を認めることも困難である。)、原告製品情報、原告取引情報及び原告原価情報は、不競法2条6項所定の「営業秘密」に当たらない。
本事件は、前回紹介した事件よりも少ない、50%程度の従業員に貸与したパソコンでサーバへの自由なアクセスが可能とされています。このような場合でも、フォルダ等へのパスワードが設定されていないため、「業務上必要性のない情報であるにもかかわらずアクセスできた者も存在したといえる。」とされ、秘密管理性が認められませんでした。
すなわち、サーバにアクセスできるパソコンや従業員の数にかかわらず、フォルダ等にパスワードを設定しない限り、サーバにアクセスできるパソコンを限定していても、それだけでは秘密管理性は認められない可能性が相当に高いように思えます。

なお、就業規則について規定している秘密保持の内容が包括的過ぎるという理由で、これによる秘密管理性は認められていません。

弁理士による営業秘密関連情報の発信