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2018年8月20日月曜日

営業秘密の民事訴訟は生々しい

今回は営業秘密に関するものの、さほどかたい話ではありません。

営業秘密に関する訴訟も知財に関する訴訟といえるでしょう。
ここで、知財に関する訴訟といえば、特許侵害訴訟当です。
特許侵害訴訟であれば、その構成要素を全て充足する製品を被告が製造等しているか?といったように主に技術論になり、ドロドロした感じはほとんどありません。
まあ、裏側には被告企業のことが気に入らない、というような原告側の気持ちもあるかと思いますが、判決文からは読み取れません。

一方、営業秘密に関しては、判決文を読んでいてもドロドロ感があります。

例えば、顧客情報に関するものであれば、元従業員や元役員等であった退職者が被告になる場合が多いのですが、中には原告の無理筋ではないかと思われる訴訟もあり、原告の気持ちが何となく伝わります。
要するに、“自社の顧客を持っていかれて気に入らない。だから何とか訴えられないか?”という気持ちでしょうか。
元がこんな感じ(私の想像ですが)であるため、営業秘密の特定も不十分な場合もあり、複数の訴訟の中には裁判所が「原告の主張する営業秘密が何であるのか特定できないため、秘密管理性、有用性、非公知性の判断ができない。」とのように判断され、棄却となる例もあります。


また、営業秘密の訴訟では、個人が被告に含まれる場合が多いので、その被告と原告企業との関係が細かく判決文に記載されています。例えば、被告が原告企業にいつ入社し、どのような業務に従事し、いつ退職し、どこに転職したかというようにです。
被告が複数人存在すれば被告毎にそれが記載され、被告間の関係も記載されていたりします。

例えば、ある訴訟では人間関係の複雑さを感じさせるものがありました。
それは、Aが同僚のBに自身と共に転職を促し、かつ営業秘密の持ち出しを企てたものの、Aは結局転職せずBのみが転職し、在職していた企業から訴えられたというものもありました。Bにとってみたら、納得しがたいものがあるでしょう。

さらに生々しさのある訴訟としては、競合他社へ転職した元従業員を被告とした訴訟において、転職先企業と被告との関係を示すものとして、被告が転職後に乗り換えた自家用車、具体的には被告がステップワゴンで妻がフィットであったものを、妻の名義でレガシーワゴンと中古のメルセデスベンツに買い替えたとの事実認定がされたものがありました。確かに転職後に自家用車のグレードが明らかにアップしています。
これは、転職企業から被告へ与えた利益を示すものとして、原告が調べたのでしょう。原告は、被告が競合他社に転職すること、しかも自社の営業秘密を持ち出していることに気が付いていたので、被告を解雇しています。そして、被告の行動を可能な限り調べたのでしょう。

このように、営業秘密関連の訴訟は特許侵害訴訟等とは少々異なる“色”もあり、まさに民事訴訟という感じでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年8月5日日曜日

中国における営業秘密の流出

JETROの最近の記事(2018年6月26日)で「営業秘密の流出が多発、管理体制の整備を(中国)」というものがありました。
この記事では、営業秘密を保護するための措置として、(1)物理的管理体制(2)人的管理体制の整備、(3)(技術情報の場合)先使用権(後述)立証のための証拠保全、が必要であると述べられています。
詳細は上記記事をご覧ください。

ところで中国では、特許出願件数は日本の数倍、知財関連の訴訟の数も日本とは比較にならないほど多くいようです。
中国の技術レベルや特許出願のレベルは低いという考えをお持ちの方もいるようですが、決してそのようなことは無いと思います。中国の技術開発能力は現在発展中であり、玉石混合でしょう。
現に中国には、世界的な企業も多数あり、当然、高度な技術開発もなされています。
そして、知財に関しては、上記のように日本とは比較になら倍ほどの特許出願件数や訴訟件数があります。すなわち、中国は、日本の数十倍の速さで知財関連の経験を積んでおり、早晩特許においても日本を脅かす存在になることは確実視されています。


このような中国の現状において、当然、営業秘密の漏えいに関する事件等も多いかと思います。

ここで、中国における情報の秘匿については、現状では日本とは考え方が大きく異なる可能性があります。
例えば、日本の裁判例ですが、平成30年1月15日知財高裁判決の光配向装置事件において、被控訴人(一審の被告)は次のように主張しています。
-------------------------------------------------------
当時,一般的に,中国や台湾のメーカーから,競業他社の仕様書などを示されることは特に珍しいことではなかったことや,被控訴人においても,競業他社に知られたくないノウハウなど営業秘密として保護すべき情報はなるべく文書に記載しないようにしていたことからも,被控訴人は,本件各文書には重要な秘密情報は記載されていると認識しなかった。
-------------------------------------------------------
上記の当時とは、平成27年頃のことのようであり、特段過去のことではありません。
なお本事件は、控訴人の主張は認められず棄却となっています。

参考過去ブログ
他社が秘密としている技術情報を入手した場合について(不競法2条1項8号)

上記裁判例における「一般的に,中国や台湾のメーカーから,競業他社の仕様書などを示されることは特に珍しいことではなかった」との被控訴人の主張は、本事件で裁判所が特段言及しなかったものの、日本と中国や台湾との商慣習が異なるという点で留意すべきことかと思います。すなわち、秘密情報の取り扱いに対する意識が日本と他国とでは異なる可能性があるということです。

私はある企業の方から「中国では中国共産党がメール等を監視しているため秘密を守ろうとすることに対する意識が低い」ということも聞いたことがあります。
従って、他国で自社の営業秘密を開示する場合は、その国の商慣習も理解したうえで、開示する必要があるかと思います。
情報を秘密にするという意識が低い国では、営業秘密の開示は相当に注意する方が良いでしょうし、可能な限り開示しないという方針を取った方が良いでしょう。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年7月19日木曜日

ー判例紹介ー ストロープワッフル事件 その2 ビジネスモデルを営業秘密とすること

前回の「-判例紹介- ストロープワッフル事件 その1」の続きです。
今回の記事は少々長いと思われる方もいらっしょあるかもしれませんが、この裁判例は「知的財産とは何か?」そのようなことを考えさせられる判例かと思われます。

この事件(東京地裁平成25年3月25日判決)において、原告は「被告らにおいて,オランダの伝統菓子であるストロープワッフルに関して原告らの考案したビジネスモデル等の営業上のノウハウを無断で使用して上記ワッフルの販売等をし,これにより原告らに損害を与えた」と主張しています。
確かに、前回のブログでも経緯を記載したように、被告は原告のビジネスモデルを参考にしてストロープワッフルの実演販売を開始したと思われます。


今回のブログでは本事件における裁判所の判断を具体的に説明します。

上記原告の主張に対して裁判所は、原告会社が提案したビジネスモデルに対して一定の独自性を認めました。
そのうえで、裁判所は「本件ノウハウ等については,被告らとの関係において,原告らの主張するようなビジネスモデル等としての権利性を認めることはできない。」と判断しています。


具体的には、裁判所はまず「原告らの主張するビジネスモデルは,オランダで昔から受け継がれているストロープワッフルの屋台,店頭での製造販売方法であること,オランダ本場のストロープワッフルを焼きたてで提供するという販売形態自体も,平成21年4月当時,既に神戸在住のオランダ人が店舗を構えて行っていたことがうかがわれるところであって,生地,シロップ等の原材料の取扱方法,使用量等についても,オランダにおける伝統的な製法に基づくものといわざるを得ないものであり,」とのように本件ノウハウの非公知性を否定しています。


裁判所はこれに続いて「また,被告P2及び被告P3が,平成21年8月頃,オランダに現地調査に行った際にも,一定のノウハウを習得していることが認められる。」とのように認定し、「そうすると,オランダで一般的に行われている製造・販売方法について,日本において事業として展開することに一定の独自性があるとしても,ビジネスとしてのアイデアの域を超えるものではなく,それ自体が類似の製造・販売方法を実施することを許さないような形態のものであるとはいい難い。」と判断しています。


さらに裁判所は「原告らは,被告P2及び被告P3との提携のための協議を打ち切った後,他の会社等との間でストロープワッフルの実演販売についての協議を行ったものの,合意に至って事業が展開されるには至らなかったことが認められるところであり,被告P2も原告らのビジネスモデルについて,実現可能性に疑問を呈していること(乙3,被告P2本人)などに照らすと,ビジネスモデルとして有効性があると認めるに足りないといわざるを得ず,本件ノウハウ等に従うことによって均質な製造販売と収益性のある店舗の開設及び運営が可能となるとする原告らの主張も採用することができない。」と判断しています。

この裁判所の判断は、営業秘密の有用性の判断に該当するかと思われます。そして、この裁判所の判断で興味深いところは、上記下線のように“原告主張の本件ノウハウはビジネスモデルとして有効ではない”と認定しているところです。
営業秘密の有用性の判断(本事件では本件ノウハウを営業秘密とは明言していません。)として、このように“ビジネスとしての成否”を基準とした判断は多くないと思われます。

このように、裁判所は、原告主張の本件ノウハウについて一定の独自性を認めましたが、有用性及び非公知性は認めていないと解されます。
すなわち、本件ノウハウは独自なものではあるが、知的財産として保護するには相当ではないと判断していると思われます。
これは知的財産を考えるうえで、重要なことでしょう。「独自のアイデア≠保護価値のあるもの」ではないということです。
「独自のアイデア=保護価値のあるもの」とするためには、独自のアイデアにさらに“何か”を付加しなければなりません。その判断基準が不正競争防止法の営業秘密では有用性及び非公知性であり、特許では新規性及び進歩性になります。

ちなみに、特許においてもビジネスでの成功は進歩性の判断に影響を及ぼします。
具体的には、特許・実用新案審査基準の第2節進歩性の末尾に以下の基準が記載されているように、商業的成功を進歩性を肯定する事情としています。


―――――――――――――――――――――
審査官は、商業的成功、長い間その実現が望まれていたこと等の事情を、進歩性が肯定される方向に働く事情があることを推認するのに役立つ二次的な指標として参酌することができる。ただし、審査官は、出願人の主張、立証 により、この事情が請求項に係る発明の技術的特徴に基づくものであり、販売技術、宣伝等、それ以外の原因に基づくものではないとの心証を得た場合に限って、この参酌をすることができる。
―――――――――――――――――――――

さらに、原告会社は、被告会社等との間で本件ノウハウ等に関する秘密保持の合意が成立したとも主張しました。
これに対して裁判所は「原告P1が,プランタン銀座との交渉において,プランタン銀座の担当者に対して本件機密保持同意書を交付し,原告会社が提案した情報はいずれも原告会社の機密情報であり,原告会社の同意なく使用してはならないこと等を説明したこと,その際,被告P2及び被告P3も同席していたことが認められるものの,原告P1が,被告アチムないし被告P3,被告P2との協議の中で,同被告らに対して本件機密保持同意書を交付ないし説明したことや,同被告らがこれを了承したことを認めるに足りる証拠はなく,原告会社と同被告らとの間で,上記合意が成立したと認めることはできない。」と判断し、原告が主張する被告との秘密保持の合意、すなわち秘密管理性も否定しました。

ここで、重要と思われることは、取引において秘密保持はその対象者と確実に合意しなければならないということです。
確かに被告は、プランタン銀座の担当者と原告との間で交わされた秘密保持合意の場に同席したのであるから、被告も本件ノウハウに対する原告の秘密管理意思を認識し得たとも考えられます。
一方で、原告はプランタン銀座との間で秘密保持合意を行ったにもかかわらず、被告との間では秘密保持合意を行いませんでした。そうすると、原告は、被告に対しては本件ノウハウを秘密とする意思はなかったとも考えられます。
このような曖昧な状態を回避するためにも、秘密保持契約はその対象者との間で確実に行う必要があります。

以上のように、本事件はビジネスモデルを営業秘密管理する場合における秘密管理性、有用性、非公知性の判断について色々参考になる事件かと思います。

なお、このようなビジネスモデルを特許等で守ることができないかを弁理士としては考えたいところです。
しかしながら、製造方法については裁判所が「生地,シロップ等の原材料の取扱方法,使用量等についても,オランダにおける伝統的な製法に基づくものといわざるを得ない」と判断しています。このことから、当該製造方法は特許でいうところの新規性・進歩性が無いと考えられ、製造方法の特許化は難しいと考えられます。

そうすると、ストロープワッフルの実演販売に用いるマークを作り、当該マークを商標登録することでブランドとして当該ビジネスを守ることも検討する余地があるかと思います。しかしながら、そもそも本事件では判決文を読む限り、原告のビジネスモデルが有効でないようですので、ブランド化云々以前の問題であるとも思えます。

思うに、原告はストロープワッフルの実演販売に係るビジネスモデルを被告に開示したタイミングが早すぎたのではないでしょうか?
どの様な経緯で原告と被告とがビジネス提携契約の交渉に至ったのか不明ですが、原告はストロープワッフルの実演販売に係るビジネスモデルを構築し、当該ビジネスモデルにある程度の目途が立った時点で被告と交渉し、秘密保持契約を締結するべきだったのではないかと思います。
それにより、例え被告が当該ビジネスモデルと同様の事業を勝手に行ったとしても、当該ビジネスモデルが営業秘密として認められた可能性があったのではないでしょうか。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年7月12日木曜日

ー判例紹介ー ストロープワッフル事件 その1 ビジネスモデルを営業秘密とすること

今回はビジネスモデルに関する営業秘密の判例について紹介します。

この事件は、東京地裁平成25年3月25日判決の事件であり、原告は「被告らにおいて,オランダの伝統菓子であるストロープワッフルに関して原告らの考案したビジネスモデル等の営業上のノウハウを無断で使用して上記ワッフルの販売等をし,これにより原告らに損害を与えた」と主張したものです。

この事件は、上述のように新規なビジネスモデルを他者に開示したことによって生じた事件であり、この他者が当該ビジネスモデルと同様のビジネスを始めました。
このような事件は、多々ありそうな事件であり、また、どのような理由でどのような判決となるのか興味深いものだと思います。

事件の経緯は大まかには下記のとおりです。
①原告会社は、オランダの伝統的な焼き菓子であるストロープワッフル(薄地の2枚のワッフルの間にシロップを挟んだもの)を日本で販売することを企画。
②原告会社は、平成21年3月25日、被告会社Aとの間でフランチャイズシステムにより、ストロープワッフルの実演販売等を行う店舗を展開することを内容とするスイーツビジネス提携契約(以下「本件契約」という。)に関する協議を開始。
③原告会社は、同年7月6日、被告会社Aに対して本件契約に関する協議を終了する旨通知。
④被告会社O(平成21年8月20日設立)は、同年9月頃、株式会社Iとの間でストロープワッフルの販売に関する契約を締結。同年9月30日から同年11月3日まで、株式会社Iの新宿本店にストロープワッフルの実演販売を行う店舗を設置してその販売を行った。その後、被告Oは、ストロープワッフルの実演販売を行う店舗を設置してその販売を行った。

被告会社Oは、オランダのスイーツ輸入、製造、販売等を目的として、被告会社Aの代表取締役であった被告P3が代表取締役となって設立した会社です。

上記①から④の経緯からすると、被告会社は原告会社のストロープワッフルに関する本件ノウハウを知ったうえで、ストロープワッフルの製造販売を開始したと考えられます。
これは、原告にとってみると本件ノウハウの不正使用であると考えても当然かと思います。


ここで、裁判所の判断について先に結論を書きます。
なお、本事件は、原告も本事件のノウハウを営業秘密と明言していないせいか、裁判所も営業秘密の3要件(秘密管理性、有用性、非公知性)とは明示して判断を行っていませんが、実質的には3要件の判断をしていると思われます。

まず、裁判所は、原告会社が提案したビジネスモデルに対して一定の独自性を認めました。

しかし、裁判所は「ビジネスとしてのアイデアの域を超えるものではなく、それ自体が類似の製造・販売方法を実施することを許さないような形態のものであるとはいい難い」と判断しました。これは営業秘密でいうところの非公知性又は有用性の判断かと思われます。

また、裁判所は、被告の主張等を勘案して、ビジネスモデルとして有効性があると認めるに足りないと判断しています。これは営業秘密でいうところの有用性の判断かと思われます。

さらに、原告会社は、平成21年3月頃から、被告会社A、被告P2及び被告P3に対し、日本での事業展開に必要なストロープワッフルに関する全ての情報を説明し、その際に機密情報を開示し、使用を試み,利益を享受しないことに同意する旨の機密保持同意書(以下「本件機密保持同意書」という。)を示したと主張しました。
これに対し裁判所は、原告会社と被告会社A等との間における機密保持の同意についても認めませんでした。これは営業秘密でいうところの秘密管理性の判断かと思います。

このように、原告会社の主張はすべて認められなかったのですが、裁判所におけるこれらの判断は営業秘密と判断されるビジネスモデルを営業秘密として管理するにあたり基準となり得るものかもしれません。
裁判所の判断の具体的な内容は次回に。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年6月28日木曜日

ー判例紹介ー 営業秘密を裁判で開示する場合に留意すること

営業秘密に関する訴訟において、その訴訟の過程で営業秘密を開示する可能性が高いかと思います。その場合に留意すべきことがあります。
それは「閲覧制限」です。
裁判の判決文は公にされますので、敢えて言うまでもなく当然かと思いますが。

参考過去ブログ:-判例紹介- 被告の営業秘密を裁判の証拠資料に用いること

では、営業秘密に関する訴訟において当該営業秘密に対して閲覧制限を行わなかったらどのような弊害があるのでしょうか?
そのようなことを示した判例が存在します。
それは、東京地裁平成27年8月27日判決の二重打刻鍵事件です。


本判決では、裁判所は原告が主張する鍵情報の秘密管理性を下記のような理由で認めませんでした。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
原告が,平成26年7月30日に本件訴訟を提起した後,口頭弁論の終結日(平成27年5月28日)に至るまで,本件鍵情報と同一内容が記載された訴状別紙「営業秘密目録」記載1につき,民事訴訟法92条1項2号に基づく閲覧等制限の申立てさえせず,その結果,約10か月間にわたって,本件鍵情報が何人も自由に閲覧できる状態に置かれていたこと(同法91条1項参照)も併せ考慮すれば,本件鍵情報に営業秘密性(非公知性,秘密管理性)があると認めることはできない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――

このように、裁判において原告が主張する営業秘密に対して閲覧制限を行わないと、それをもって裁判所が当該営業秘密の秘密管理性や非公知性を認めない可能性があります。
すなわち、原告の裁判手続き如何によっては、原告が営業秘密であると主張する情報の秘密管理性等が認められなくなる場合を示しており、そういった意味で本判決は重要な判決とも思われます。

しかし、営業秘密にこ対して閲覧制限を行うことは、説明するまでもなく当然のことだと思うのですが、なぜこの原告は閲覧制限を行わなかったのでしょうか?
少々不思議です。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年6月11日月曜日

ー判例紹介ー 被告の営業秘密を裁判の証拠資料に用いること

被告の営業秘密を裁判の証拠資料に用いることの是非が裁判所で判断された件がいくつかあります。 過去にもこのブログでそのような判例を紹介したことがあります。 

参考過去ブログ:営業秘密を裁判の証拠資料とすることは”使用”にあたるのか? 

ここで、このような判断がされた別の裁判例を紹介します。
これは、東京地裁平成26年6月20日判決の職務発明対価請求事件です。 事件名のように、「被告の従業員であった原告が,被告に在籍中,被告の業務範囲に属し,かつ原告の職務に属する「選択信号方式の設定方式」に関する発明をし,これの特許を受ける権利を被告に承継させたとして,被告に対し,平成16年法律第79号による改正前の特許法(以下,単に「法」という。)35条3項に基づく相当の対価の一部として,5億円及びこれに対する催告の日の翌日である平成22年5月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める」という事案です。

本事件において被告は、下記のように主張しています(下線は筆者が付したものです。)。
―――――――――――――――――――――――――――
(1)原告が提出した書証のうち,甲6の1ないし3(中略)は,いずれも違法収集証拠であるから,証拠の排除を求める。
(2)上記各書証はいずれも,被告が社内でその原本を秘密情報として管理している文書(以下「本件社内文書」という。)の写しであり,原告が被告在職中に入手したものである。原告は,被告の就業規則(31条:退職者の責任,33条:機密漏洩の禁止)及び企業秘密管理規定(22条:退職・退任時の文書の取付け)などに基づき,被告が秘密裡に管理する文書についての社外への持出し,記載内容の開示,漏洩を禁じられていた。また,原告は,退職に当たり秘密保持誓約書に署名押印し,かつ,業務上作成した文書等を会社に返還した旨の退職者チェックリストを提出した。したがって,原告は,本件社内文書の記載内容について法律上秘密保持義務を負っており,かつ本件社内文書の写しを在職中社外に持ち出すことができず,退職時には被告に対し返還する法律上の義務を負担しているのである。
 よって,上記各書証は,原告がそれを所持し提出することが適法であって,上記義務に反しないことを証明しない限り,違法に所持し又は収集された証拠に当たるから,証拠能力を有しないというべきである。
(3)また,被告は営業秘密を厳重に管理し,従業員に対して秘密保持義務を何重にもわたって課し,退職時にも書類を返還済みであるとの誓約書を提出させて,営業秘密管理の実効性を担保しているにもかかわらず,原告は,書類を全て返還済みであるとの誓約書を提出するという詐術により被告を錯誤に陥れてこれらの書類の返還を免れて社外に持ち出したのであり,このような行為は不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項4号にいう不正競争に該当し,また,証拠収集の方法として社会的に見て相当性を欠くことは明らかである。原告がこのような不当な行為により社外に持ち出した営業秘密に係る文書を,職務発明対価請求のためという大義名分の下,自己の利益を図るために使用する行為は違法であり,不競法において営業秘密の保護が規定されている趣旨を没却する。
―――――――――――――――――――――――――――


これに対して裁判所は、「原告が被告の社内規則や自らの被告に対する書面による明示的な誓約に反して,本件社内文書を被告から持ち出し,あるいは被告に返還せずに,退職後も所持していることは,原告が,被告の従業員として労働契約又は信義則によって負担する,被告に対する法律上及び契約上の義務に違反するものであることは明らかというべきである。」とのように、原告による本件社内文書の所持は被告に対する法律上及び契約上の義務に違反することを認めています。

しかしながら、さらに裁判所は以下のように判断し、被告による証拠排除の申し立てを認めませんでした。
―――――――――――――――――――――――――――
(3)しかしながら,民事訴訟においては,証拠能力の制限に関する一般的な規定は存在せず,訴訟手続を通じた実体的真実の発見及びそれに基づく私権の実現も民事訴訟の重要な目的というべきであるから,訴訟において当事者が提出する証拠が,当事者間の訴訟外の権利義務関係の下で法律上,契約上若しくは信義則上の義務に違反して入手されたものといい得るとしても,それゆえにその訴訟上の証拠能力が直ちに否定されるべきものであるとはいえず,当該証拠が著しく反社会的な手段を用いて採取されたものであるなど,それを民事訴訟において証拠として用いることが民事訴訟の目的や訴訟上の信義則(民訴法2条参照)に照らして許容し得ないような事情がある場合に限って,当該証拠の証拠能力が否定されると解するのが相当である。
 本件においては,上記のとおり,原告が本件社内文書を持ち出して,退職後も所持していることは,法律上及び契約上の義務に違反するものであって,被告に対する背信行為というべきものであるが,他方で,本件社内文書は,いずれも原告が被告における自己の業務に関連して接することができ,その業務の過程で入手し得たものと考えられること,それら本件社内文書が不競法2条6項に規定する「営業秘密」の成立要件を充たす文書であるか否かは必ずしも明らかでなく,また,原告は上記社内文書を法律上正当な権利の行使である職務発明対価請求訴訟の書証として利用しているにすぎないこと,本件社内文書のような使用者側の保有する特許権のライセンス契約等に関する社内文書は,職務発明対価請求訴訟において,一般的に請求の基礎となる事実関係の解明に重要な書類であり,職務発明対価請求訴訟は,本来企業と従業員若しくは元従業員との間の訴訟であるから,上記のような社内文書においても,閲覧制限の申し立てをし,当事者間で秘密保持契約を締結したりするなどすれば,上記社内文書が不用意に外部に流出することはないにもかかわらず,本件において,被告は上記社内文書等を書証として提出することを拒んでいること,以上の事情をも考慮すると,原告が被告在職中に入手した本件社内文書を本件訴訟において自己の有利な証拠として用いることは,いまだ著しく反社会的なものであるとまで断じることはできず,民事訴訟の目的や訴訟上の信義則に照らしても全く許容し得ないものとまでいうことはできない。
 よって,原告が提出した本件社内文書に係る書証につき証拠能力がないと断ずることはできず,したがって,被告の証拠排除の申立ては理由がない。
―――――――――――――――――――――――――――

このように本判例からは、被告の営業秘密であってとしても、原告が法律上正当な権利の行使である訴訟の書証として利用しするにすぎない場合には、当該書証は証拠能力を有しており、たとえ被告が証拠排除の申し立てをしても認められないと考えられます。
また、自社の営業秘密が訴訟の書証とされる被告側は、必ず当該営業秘密に対して閲覧制限の申し立てを行う必要があります。もし、閲覧制限の申し立てを行わないと当該営業秘密は裁判の証拠として開示されたことをもって、非公知性を失っていると判断される可能性が高いと考えられます。

弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年5月24日木曜日

「当該業界の一般的な理解」というのは秘密管理性の主張となり得るのか?

どんな業界にも「暗黙の了解」というものはあるかと思います。
営業秘密でいうと「特に秘密保持契約はしないけど、この業界においてはこの情報は外部に漏らしたらいけないよ」というような感じでしょうか。
果たして、これは営業秘密でいうところの秘密管理措置として認められるのでしょうか?

ここで、2つの判例を挙げます。
一つは、婦人靴木型事件(東京地裁平成29年2月9日判決)です。
本事件は、被告企業A(被告には原告の元従業員含む)が原告から預かっていた婦人靴の木型(本件オリジナル木型)を持ち出し、不正に開示してものであり、原告は取締役二名、従業員三,四名の小規模な会社です。

本判決において裁判所は、木型の管理体制として以下の点を認定し、その秘密管理性を認めています。
〔1〕従業員から,原告に関する一切の「機密」について漏洩しない旨の誓約書を徴するとともに,就業規則で「会社の営業秘密その他の機密情報を本来の目的以外に利用し,又は他に漏らし,あるいは私的に利用しないこと」や「許可なく職務以外の目的で会社の情報等を使用しないこと」を定めていた。
〔2〕コンフォートシューズの木型を取り扱う業界においては,本件オリジナル木型及びそのマスター木型のような木型が生命線ともいうべき重要な価値を有することが認識されており,本件オリジナル木型と同様の設計情報が化体されたマスター木型については,中田靴木型に保管させて厳重に管理されていた 。
〔3〕原告においては,通常,マスター木型や本件オリジナル木型について従業員が取り扱えないようにされていた 。

ここで、上記〔2〕で「コンフォートシューズの木型を取り扱う業界においては,本件オリジナル木型及びそのマスター木型のような木型が生命線ともいうべき重要な価値を有することが認識されており」とのように認定しているように、裁判所は、当該業界の一般的な理解というようなものを、その秘密管理性の認定の中で認めているようです。


もう一つの判決は、金型技術情報事件(知財高裁平成27年5月27日判決)です。
本事件は、被告が原告に対して金型の発注をする意思がないのに、このことを秘して「タンクローリーの量産化に当たり,良い商品を作るための金型製作について相談したい。」と電話を掛け、打合せや電子メールによる質問、打ち合わせ報告書の提出を求めるなどして原告から技術情報を取得し、これを他の企業に開示したとして、原告が被告に対して不正競争防止法2条1項4号に基づき損害賠償の請求等を行ったものです。
上記のように原告が主張すると詐欺事件のようにも思えますが、単なる営業活動の失敗であり、営業先に対して不必要に技術情報を開示したらそれを使用されてしまったということでしょうか。

本判決において裁判所は、以下のような理由から原告が営業秘密であると主張する情報の秘密管理性を否定しています。
「控訴人は,他の顧客との間で秘密保持契約を締結しているとしてその契約書(甲15の1,2)を提出する。しかし,これらは,いずれも他の顧客との間のものであり,被控訴人との関係におけるものではないし,本件において控訴人が営業秘密に該当すると主張する技術情報に関する契約であるかどうかも判然としない・・・。また,控訴人代表者作成の陳述書(甲16)にも,控訴人の取引する業界では,お互いにそれぞれの有する技術ノウハウを尊重しており,契約の成約時に秘密保持契約を締結していること,成約までの過程で技術資料の交換を行うことはあるが,その際,いちいち秘密保持契約を締結するわけにはいかないため,成約時に契約すること,その間は当事者同士が互いに秘密を守ってきていることが記載されているにとどまっている。上記陳述書の記載は,本件において,控訴人が被控訴人に開示した技術情報について,これに接する者が営業秘密であることが認識できるような措置を講じていたとか,これに接する者を限定していたなど,上記情報が具体的に秘密として管理されている実体があることを裏付けるものではない。

上記下線部で示される部分から、原告(控訴人)は「原告の取引業界では技術情報の交換を行った場合には契約していなくても秘密保持するものである」と主張していると思われますが、裁判所は原告と被告(被控訴人)との間では秘密管理の実体が無いとして秘密管理性を認めませんでした。

この2つの判例における裁判所の判断は相違するとも思われます。しかしながら、原告の情報の開示先が従業員と取引先とで異なるためにこの相違する結果となったとも考えられます。
先の判例は情報の開示先が従業員であり、また従業員数も2,3名と少ないために共通認識を認め易かったのかもしれません。一方、後の判例は情報の開示先が取引先であるため、共通認識を認め難いとも考えられます。

では、営業先に自社の秘密情報を開示する場合にはどうするべきなのか?
やはり、秘密保持契約を締結することでしょう。
秘密保持契約が締結できない関係であるならば、情報の小出しではないでしょうか。
例えば、最初に当該技術情報の効果のみを伝え、興味を示したら当該技術の上位概念を伝え、受注の可能性が高くなれば秘密保持契約を締結したうえでの技術情報の開示でしょうか。
なお、これを行ってもらうためには、営業部の方々に技術情報の秘匿の重要性を十分に理解してもらう必要があるかと思います。

また、秘密保持契約の締結が相当に困難な営業先であるならば、特許出願を行うべきでしょう。
特許出願を行うことによって、開示した技術を使用された場合には特許権侵害による責任を負わせることができます。営業時には当然、特許出願又は特許権の取得を相手方に伝えるべきでしょう。


弁理士による営業秘密関連情報の発信

2018年4月26日木曜日

ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合の秘密管理性その3

技術情報を営業秘密(不正競争防止法2条6項)とした場合において秘密管理性が認められた判例のうち、特徴的なものを紹介しています。

過去のブログ記事
ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合の秘密管理性その1
ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合の秘密管理性その2

今回は、顧客に納品済みのソフトウェアの秘密管理性を認めたFull Functionソフトウェア事件(大阪地裁平成25年7月16日判決)を紹介します。
なお、本判決では原告が営業秘密であると主張する本件ソースコードの秘密管理性を肯定しているものの「原告の、被告らが本件ソースコードを開示、使用して不正競争行為を行ったとする主張は、理由がない。」として原告の請求は全て棄却されています。

本判決では、裁判所が「原告は、原告ソフトウェアを顧客に納品する際、ソースコード、データベースともに非公開を原則とし、データベース領域のみ、秘密保持契約を前提に、開示に応じていた。また、原告ソフトウェアのバージョン8までは、客先で開発環境を起動する際のパスワード設定の扱いは区々であったが、バージョン9以降、原則として開発環境には顧客には開示しないパスワードによる起動の制御を行っていた。」とのようにまず事実認定をしました。


裁判所は、このように事実認定をしたうえで「一般に、商用ソフトウェアにおいては、コンパイルした実行形式のみを配布したり、ソースコードを顧客の稼働環境に納品しても、これを開示しない措置をとったりすることが多く、原告も、少なくとも原告ソフトウェアのバージョン9以降について、このような措置をとっていたものと認められる。そうして、このような販売形態を取っているソフトウェアの開発においては、通常、開発者にとって、ソースコードは営業秘密に該当すると認識されていると考えられる。前記1に認定したところによれば、本件ソースコードの管理は必ずしも厳密であったとはいえないが、このようなソフトウェア開発に携わる者の一般的理解として、本件ソースコードを正当な理由なく第三者に開示してはならないことは当然に認識していたものと考えられるから、本件ソースコードについて、その秘密管理性を一応肯定することができる。」(下線は筆者による)とのように、本件ソースコードの秘密管理性を認めました。

本判決では「原告は、原告ソフトウェアを顧客に納品する際、ソースコード、データベースともに非公開を原則とし、データベース領域のみ、秘密保持契約を前提に、開示に応じていた。」と認定しましたが、実際には原告と被告との間で秘密保持契約が結ばれていたようではなく、裁判所は、その業界における一般的理解によって、被告がソースコードを正当な理由なく第三者に開示してはならないことを認識していたと考えられることを重視し、本件ソースコードの秘密管理性を認めたと考えられます。

一方、本判決では「もっとも、肯定できる部分は、少なくともバージョン9以降のものであるところ、原告はそのような特定はしていないし、また、ソフトウェアのバージョンアップは、前のバージョンを前提にされることも多いから、厳密には、秘密管理性が維持されていなかった以前のバージョンの影響も本来考慮されなければならない。」とも述べています。

このことから、本判決では、過去に秘密管理されていないと認められるバージョンのソフトウェアに関する部分に対しては、バージョンアップしたソフトウェアに対して秘密管理措置を行ったとしても秘密管理性は認められないと考えられます。

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2018年4月20日金曜日

ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合の秘密管理性その2

技術情報を営業秘密(不正競争防止法2条6項)とした場合において秘密管理性が認められた判例のうち、特徴的なものを紹介しています。

過去のブログ記事
ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合の秘密管理性その1

今回は、コエンザイムQ10である本件生産菌が営業秘密である原告が主張した生産菌製造ノウハウ事件(東京地裁平成22年4月28日判決 平成18年(ワ)第29160号)です。

本事件では、被告は「コエンザイムQ10研究者以外の原告の従業員であっても、本件生産菌Aに容易に触れる機会があり、また、本件生産菌Aが保管されている冷凍庫に内容物が秘密であることの表示がないことなどから、それが秘密であることを認識できる状況にはなく、本件生産菌Aは秘密として管理されているとはいえない」と主張しました。

しかしながら、裁判所は「前記ア(オ)で認定した本件生産菌Aの管理状況からすれば、大仁医薬工場の従業員以外の者が、本件生産菌Aにアクセスすることは考え難く、他方、同工場の従業員であれば、上記のような表示の有無にかかわらず、本件生産菌Aが原告の秘密であることを認識し得たというべきである。」とのように本件生産菌Aに対する原告の秘密管理性を認めました。
この「ア(オ)で認定した本件生産菌Aの管理状況」とは以下に示すa~eのようなものです。


a 本件生産菌Aの種菌は、平成16年3月までは、大仁医薬工場の品質管理棟1階フリーザー室にある施錠可能な冷凍庫に保管され、同年4月以降は,同工場の共同第2ビル1階発酵研究室実験室奥の通路及び移植室内にあるいずれも施錠可能な2台の冷凍庫に保管されている。

b 平成16年3月までの保管場所であった品質管理棟1階フリーザー室は,無菌室内にあり、同室内に入るには,専用の白衣、履き物に着替えてエアーシャワーを浴びなければならないため、同室内に入室できるのは、原則として、大仁医薬工場に勤務するコエンザイムQ10研究者に限られていた。無菌室は、同室内にコエンザイムQ10研究者がいない場合には施錠されていた。品質管理棟の建物には、2か所の出入口があるが、いずれも夜間は施錠されていた。品質管理棟の建物がある区域は周囲が塀で囲まれており、同区域への出入口は1か所のみで、その門は常時施錠され、カードキーで解錠しなければ入場できない。また、当該出入口には監視カメラが設置され、守衛室において常時監視されている。

c 平成16年4月以降の保管場所である共同第2ビル1階発酵研究室実験室奥の通路及び移植室には、発酵研究室実験室の中を通らなければ行くことができず、そこに立ち入ることができるのは、原則として,コエンザイムQ10研究者に限られている。発酵研究室実験室の出入口は、コエンザイムQ10研究者が退出する際に施錠されている。共同第2ビルの建物には、2か所の出入口があるが、いずれも夜間は施錠されている。共同第2ビルの建物がある区域は周囲が塀で囲まれており、同区域への出入口は4か所あるが、このうち、正門を含む2か所は守衛が監視しており、関係者以外の者は目的と行き先をカードに記載しなければ入場できず、他の2か所の出入口は常時施錠されている。また、4か所の出入口には監視カメラが設置され、守衛室において常時監視されている。

d 本件生産菌Aの種菌が保管場所の冷凍庫から持ち出される場合の管理状況は,次のとおりである。コエンザイムQ10研究者が、本件生産菌Aの種菌を研究のために使用する場合は、コエンザイムQ10研究者自身が保管場所の冷凍庫から種菌を取り出して使用することとなるが、これらの研究が行われるのは、平成16年3月までは品質管理棟1階の研究課及びFCプラントのパイロット工場、それ以降はFCプラントのパイロット工場及び共同第2ビル1階の発酵研究室実験室であり、それ以外の場所に持ち出されることはない。コエンザイムQ10製造を行っている原告の延岡医薬工場及び白老工場に、製造に使用するための本件生産菌Aを運び込む場合には、コエンザイムQ10研究者自らが飛行機、電車等を利用して運搬している。また、大仁医薬工場からの種菌の持ち出し及び延岡医薬工場及び白老工場における種菌の受け入れに当たっては、チューブの本数がチェックされ、また、延岡医薬工場及び白老工場では、受け入れたコエンザイムQ10の製造用種菌を冷凍庫に入れて施錠し、チューブの本数管理が行われる。

e 大仁医薬工場では、常時、本件生産菌Aの培養研究が行われているが、この培養液に触れることができるのは、原則としてコエンザイムQ10研究者に限られている。研究に用いられた本件生産菌Aの培養液は、その後更に継続して研究に使用されるものを除き、殺菌して廃棄処分がされる。他方、研究のために継続して使用される培養液は、平成16年3月までは品質管理棟1階フリーザー室内の冷凍庫,研究課の冷蔵庫及びFCプラント2階のパイロット工場検査室内の冷蔵庫で保管され、同年4月以降は共同第2ビル1階の発酵研究室実験室内の冷凍庫及びFCプラント2階のパイロット工場検査室内の冷蔵庫で保管されている。FCプラントの建物には、2か所の出入口があるが,いずれも夜間施錠されている。また,FCプラントの建物がある区域の状況は、前記cの共同第2ビルの建物がある区域の状況と同様である。

このように、本判決では原告が営業秘密であると主張する本件生産菌に「秘密であることの表示がない」状態であっても、その管理状況から「本件生産菌Aが原告の秘密であることを認識し得たというべきである。」として秘密管理性を認めています。
一方で「秘密であることの表示がない」状態で管理されている情報に対して、その秘密管理性を裁判所に認めさせるために、原告は前回のブログ記事「ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密管理する場合における秘密管理性その1 」でも紹介したセラミックコンデンサー事件のように様々な管理体制を主張立証をしています。

そして「秘密であることの表示がない」状態において具体的にどのような管理をしていれば「秘密であることを認識し得た」状態となるかは、上記セラミックコンデンサー事件と同様に定かではありません。  
すなわち、秘密管理の表示がなくても「従業員が秘密であることを認識しえた」や「全員に認識されていたものと推認される」と認められるような管理体制は如何なるものかはケースバイケースであり、現状では定型化されていないと思われます。

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2018年4月16日月曜日

ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合の秘密管理性その1

技術情報を営業秘密とした場合において秘密管理性が認められた判例のうち、特徴的なものを今後幾つか紹介しようと思います。

まず、セラミックコンデンサー積層機及び印刷機の設計図の電子データを営業秘密であるとしてを争ったセラミックコンデンサー事件(大阪地裁平成15年2月27日判決)です。
本判決は、小規模の企業において秘密管理性が認められた例であり、営業秘密とする情報を秘密管理しているとの明示が無かった事例です。
なお、本判決は、全部改訂された営業秘密管理指針でも紹介されており、小規模の企業における秘密管理体制の判断に影響を及ぼした判例ではないかと思います。また、本判決はリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の有無についても判示しており、複数の重要な判断が行われた判決です。

本判決によると、裁判所は次のように認定し、秘密管理性を認めています。
「ところで,不正競争防止法2条4項所定の秘密管理性の要件を充足するためには,当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることを認識できるようにしていること,当該情報にアクセスできる者が制限されていることなどが必要であり,要求される情報管理の程度や態様は,秘密として管理される情報の性質,保有形態,企業の規模等に応じて決せられるものというべきである。本件電子データについては,上記のとおり,設計担当の従業員のみがアクセスしており,設計業務には,社内だけで接続されたコンピュータが使用され,設計業務に必要な範囲内でのみ本件電子データにアクセスし,その時々に必要な電子データのみを取り出して設計業務が行われていた。また,本件電子データのバックアップ作業は,特定の責任者だけに許可されており,バックアップ作業には,特定のユーザーIDとパスワードが設定され,バックアップを取ったDATテープは,設計部門の総括責任者の机上にあるキャビネットの中に施錠して保管されていた。そして,原告の従業員は全部で10名であったから,これらの本件電子データの取扱いの態様は,従業員の全員に認識されていたものと推認される。このような事情に照らせば,本件電子データは,当該情報にアクセスできる者が制限され,アクセスした者は当該情報が営業秘密であることを認識できたということができる。そして,本件電子データが,原告の設計業務に使用されるものであり,設計担当者による日常的なアクセスを必要以上に制限することができない性質のものであること,本件電子データはコンピュータ内に保有されており,その内容を覚知するためには,原告社内のコンピュータを操作しなければならないこと,原告の規模等も考慮すると,本件電子データについては,不正競争防止法2条4項所定の秘密管理性の要件が充足されていたものというべきである。」(下線は筆者による。以下同じ。)


上記判決では、本件電子データが秘密管理されているデータであるということを従業員に対して明示していなくても、上記下線で示されるように,原告の従業員が10名であることを考慮して、その取扱い態様から当該データが秘密管理されているということを従業員全員が認識していた推認し、秘密管理性を認めています。

ここで、原告は本件電子データの秘密管理性を裁判所に認めさせるために、下記の如く多くの管理手法を実施していたことを主張立証しています。

・本件電子データがメインコンピュータのサーバーにおいて集中して保存されていた。
・従業員は、メインコンピュータと社内だけに限ってLAN接続されたコンピュータ端末機を使用し、設計業務に必要な範囲内でのみメインコンピュータのサーバーに保存されている本件電子データにアクセスし、その時々に必要な電子データのみを各コンピュータ端末機に取り出して設計業務を行っていた。
・原告は、本件電子データを始めとする技術情報が外部へ漏洩するのを防止するため、メインコンピュータのサーバー及び各コンピュータ端末機を外部に接続せず、インターネット、電子メールの交換など外部との接続は,別の外部接続用コンピュータ1台のみを用いて行っていた。
・原告においては、本件電子データのバックアップをDATテープによって行っていたが、このバックアップ作業は、設計部門の総括責任者と営業部門の総括責任者だけに許可されており、バックアップ作業を行うに当たっては、特定のユーザーIDとパスワードをメインコンピュータに入力することが必要であった。
・バックアップを取ったDATテープは、設計部門の総括責任者の机上にあるキャビネットの中に施錠して保管していた。

本件では、上述のように原告会社の従業員が全部で10名であったことが秘密管理性の認定に大きな影響を与えていると考えられます。そして、原告は、上記に示すように、複数の管理体制を実施していたことを主張立証しましたが、これらの管理体制のうち何れかが行われていなくても裁判所が秘密管理性を認めたのか、原告の従業員が20名であったら、さらには従業員が100名であっても、裁判所が秘密管理性を認めたか否かは不明です。

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2018年4月11日水曜日

ー判例紹介ー 技術情報を営業秘密とした場合におけるリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の判断

技術情報を営業秘密とする場合に留意する必要がある事項として、自社製品がリバースエンジニアリングされることで、当該営業秘密の非公知性が失われる場合があることです。

営業秘密における非公知性の判断時は、損害賠償請求については不正行為が行われた時点であり、差止請求については口頭弁論終結時です。このため、技術情報を営業秘密として管理しても、その後、当該技術情報を使用した自社製品が販売等され、当該自社製品がリバースエンジニアリングされることで非公知性が失われる可能性が生じます。このようなことは、出願時を新規性の判断時期とする特許とは大きな違いです。

下記表は、私が調べたリバースエンジニアリングによって非公知性が失われたか否かの判断がなされた判例の一覧です。下記判例の中には”リバースエンジニアリング”という文言が判決文の中には表れていないものの、実質的にリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の有無の判断を行ったと考えられる判例が含まれています。


上記表から分かるように、近年においてリバースエンジニアリングによる非公知性喪失の有無が判断された判決が増えています。

なお、リバースエンジニアリングによる非公知性喪失の有無については、被告がリバースエンジニアリングによって原告が主張する営業秘密の非公知性が失われているとの主張が行われたときにのみ裁判所が判断します。従って、近年において被告によるこのような主張が増加していることになります。

ここで、リバースエンジニアリングによって当該技術情報を取得可能であれば、全て非公知性を失うかというとそういうわけではありません。セラミックコンデンサー事件では「専門家により、多額の費用をかけ、長期間にわたって分析することが必要」なものはリバースエンジニアリングが可能であったとしても非公知性は失われないとしています。

一方、光通風雨戸事件は、一審ではリバースエンジニアリングによっても非公知性は失われていないとされたものの、二審では覆り、非公知性が失われたと判断されました。具体的には、二審において裁判所は「本件情報1に係る図面(甲15〔1〕~〔8〕の8枚)は,光通風雨戸のスラットA及びB,上下レール枠,下レール枠,縦枠並びにカマチAないしCの各部材の形状について0.1ミリ単位でその寸法を特定するなどしたものであり,なるほどそれ自体精密なものではあるが,これは,ノギスなどの一般的な技術的手段を用いれば光通風雨戸の製品自体から再製することが容易なものである。」や「一般的な技術的手段を用いれば光通風雨戸の製品自体から再製することが容易なもの」とし、非公知性を失っていると判断しています。

上記二つの判例は、リバースエンジニアリングによる非公知性喪失の有無において代表的なものです。

そして、これらの判断基準からすると、リバースエンジニアリングによって非公知性が失われていると判断され易いものは、表からも分かるように機械構造のような測定が可能なもののようです。

このように、技術情報について営業秘密とする場合には、当該技術情報が使用された自社製品のリバースエンジニアリングによって非公知性が失われるか否かについて留意する必要があるかと思います。

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2018年4月9日月曜日

ー判例から考えるー 技術情報を営業秘密管理する場合にも先行技術調査が必要?

営業秘密の要件の一つに非公知性があります。
非公知性は、不正競争防止法2条6項でいうところの「公然と知られていないこと」であり、公知の情報はたとえ秘密管理していても営業秘密とは認められず、不競法による保護を受けることはできません。

ここで、技術情報は、特許出願公報等により膨大な量の情報がすでに公知となっています。このため、裁判において、原告が秘密管理している技術情報の非公知性又は有用性が公知技術に基づいて否定され、その結果、当該技術情報の営業秘密性が否定される場合があります。

・参考過去ブログ記事:技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その4

また、接触角計算プログラム事件 (知財高裁平成28年4月27日,一審:東京地裁平成26年4月24日判決等)では、「CONFIDENTIAL」等の記載を行っていた情報(本件ハンドブック)に含まれる情報(原告アルゴリズム)であっても、「本件ハンドブックは,被控訴人の研究開発部開発課が,営業担当者向けに,顧客へのソフトウエアの説明に役立てるため,携帯用として作成したものであること,接触角の解析方法として,θ/2法や接線法は,公知の原理であるところ,被控訴人においては,画像処理パラメータを公開することにより,試料に合わせた最適な画像処理を顧客に見つけてもらうという方針を取っていたことが認められ,これらの事実に照らせば,プログラムのソースコードの記述を離れた原告アルゴリズム自体が,被控訴人において,秘密として管理されていたものということはできない。」とのように裁判所で判断され、原告が営業秘密と主張する技術情報(原告アルゴリズム)が記載されている情報(本件ハンドブック)に公知技術が含まれているために、当該技術情報の秘密管理性までも否定されています。
なお、接触角計算プログラム事件では、秘密管理していたソースコードについては、有用性及び非公知性も認められています。

・参考過去ブログ記事:技術情報を営業秘密とする場合に留意したい秘密管理措置


このように、技術情報を営業秘密とする場合には、当該技術情報が公知であるか否かの判断、すなわち先行技術調査が必要であるかと思います。
また、接触角計算プログラム事件のように、公知技術と営業秘密化する技術情報を混在させて秘密管理することで、営業秘密化する技術情報の秘密管理性までもが否定される場合があることに留意が必要です。

そして、技術情報の営業秘密化にあたって行う先行技術調査は、特許出願における先行技術調査よりも重要かもしれません。
特許出願では、特許請求の範囲が公知技術と同じであっても、すなわち特許庁の審査において新規性がないと判断されても、その後補正を行うことによって新規性を有するものにできます。
しかしながら、技術情報を営業秘密とした場合には、裁判の過程で補正という制度はありません。すなわち、原告が営業秘密であると主張する技術情報に公知技術が含まれることを理由に裁判所で営業秘密性が否定されたとしても、公知技術が含まれないように、営業秘密であると主張する技術情報を補正することはできません。
従って、技術情報を営業秘密化する場合には、当該技術情報が非公知であるか否かの判断が重要となると考えられます。

今までは秘密管理性が裁判で争われるケースが多かったものの、企業も営業秘密に関する理解を深めることで秘密管理性に満たすように技術情報を管理するでしょうから、秘密管理性について裁判所で争われるケースは減ると思います。
その結果、今後は技術情報について特に非公知性や有用性について争われるケースが多くなるのではないかと思います。このため、万が一、裁判となった場合に勝訴できるように、非公知性や有用性についても十分に満たした形で技術情報を秘密管理する必要があるでしょう。

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2018年4月5日木曜日

ー判例から考えるー どのような技術情報を営業秘密とできるのか?

本ブログでも度々書いていますが、営業秘密(不正競争防止法2条6項)はそれが何であるか明確に特定される必要があります。
もし、営業秘密が特定されていないと訴訟を提起しても、裁判所において秘密管理性、有用性、及び非公知性の判断がなされないまま棄却されてしまします。
当然のことかと思われますが、このような判決は相当数存在します。
そもそも、技術情報が特定できなければ、それを秘密管理することもできないはずです。

営業秘密とされる情報は、どのような情報であればよいのでしょうか?
技術情報は例えば、生産方法、設計図、実験データ等が営業秘密となり得、営業情報は例えば、顧客名簿、販売マニュアル、仕入れ先リスト等が営業秘密となり得ます。

なお、技術者が雇用中に習得したものの、他の企業に勤務していても得られたであろう一般的知識や技能は、従業員の職業選択の自由を不当に制限することにもなり得ることから営業秘密とはなり得ません。

そして、営業秘密とされた情報は、一般的に、デジタルデータや紙媒体等に化体されるかと思われます。


では、営業秘密として特定される情報はデジタルデータや紙媒体でなければならないのでしょうか?決してそのようなことはなく、営業秘密とされる情報が化体したものとして、デジタルデータや紙媒体以外の物も裁判所は認めています。

例えば、生産菌製造ノウハウ事件(東京地裁平成22年4月28日判決)では、コエンザイムQ10の生産菌に対して、それ自体が原告において秘密として管理されていた原告のコエンザイムQ10の製造に有用な技術上の情報であって、公然と知られていないものと認められるから、原告が保有する「営業秘密」に当たるものと認められると判断しています。
また、婦人靴木型事件(東京地裁平成29年2月9日判決)では、婦人靴の木型(本件オリジナル木型)に化体された靴の設計情報(形状・寸法)が営業秘密として認められています。

このように、特に技術情報に関しては、紙媒体やデジタルデータだけでなく、具体的な“物”を営業秘密としてもよいのです。

しかしながら、どのような情報を営業秘密として管理するかの選択は非常に重要です。

ここで、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)で裁判所は「原告らは,本件合金の成分及び配合比率を容易に分析できたとしても,特殊な技術がなければ本件合金と同じ合金を製造することは不可能であるから,本件合金は保護されるべき技術上の秘密に該当する旨主張する。しかし,その場合には,営業秘密として保護されるべきは製造方法であって,容易に分析できる合金組成ではないから,原告らの上記主張は採用できない(なお,前記のとおり原告らは,本件で本件合金の製造方法は営業秘密として主張しない旨を明らかにしている。)。」(下線は筆者による)と判断しています。

錫合金組成事件では、錫合金(本件合金)の成分及び配合比率が営業秘密であると原告は主張していました。しかしながら、本件合金の成分及び配合比率は本件合金を使用した錫製品からリバースエンジニアリング可能であり、これにより非公知性を失っていると裁判所は判断しています。
すなわち、リバースエンジニアリングによって公知となる情報を秘密管理しても、営業秘密としては認められません。
そして、裁判所は「営業秘密として保護されるべきは製造方法であって,容易に分析できる合金組成ではない」との述べています。このことからすると、もし、製造方法を営業秘密としていたら、原告は勝訴した可能性もあったのではないでしょうか?ちなみに、本判決文では、原告が製造方法は営業秘密として主張していない、との文言が念を押すように複数個所に見られます。

特許出願では技術を多面的に見て様々な態様での特許取得を目指します。技術情報を営業秘密とする場合も同様であり、技術を多面的に見てどのような態様の技術情報を営業秘密として管理するのかを判断する必要があります。その判断を誤ると、裁判において勝てる営業秘密とはなり得ません。

また、リバースエンジニアリングによって公知となる技術は、営業秘密となり得ません。
であるならば、そのような技術を守りたいのであれば特許出願や意匠出願を行うべきでしょう。

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2018年3月26日月曜日

技術情報を取引先へ開示する場合の注意事項

技術系の企業において、自社独自の技術情報を取引先へ開示する場合は多々あるかと思います。この取引先とは、顧客企業であったり、下請け企業であったり、協力企業であったり様々でしょう。
そして、自社独自の技術情報を取引先へ開示することによって、当該技術情報が取引先から他社へ流出したり、取引先で許可なく使用されたりするリスクがあります。自社独自の技術情報を取引先へ開示する企業は、このようなリスクを回避するために、予め特許出願等を行うことで当該自社技術を守ったりします。

しかしながら、特許出願しても権利化が困難な技術やそもそも公開したくない技術は、特許出願を行うことなく、取引先へ開示されたりします。その際には、取引先との間で秘密保持契約を締結する場合が多いでしょう。

しかしながら、秘密保持契約を締結して安心できるわけでは全くありません。たとえ、秘密保持契約を締結したとしても、当該技術情報が取引先から漏えいすることは多々あります。
前回のブログで紹介した営業秘密使用差止等請求事件(東京地裁平成29年7月12日判決、知財高裁平成30年1月15日)もそのような事例の一つです。

参考過去ブログ:
他社が秘密としている技術情報を入手した場合について(不競法2条1項8号)
不競法2条1項8号に関する興味深い判例



個人的には、上記判決は非常に重要だと思っています。
まず、この判決で驚いたことは、「本件各文書のConfidentialの記載のみをもって,被控訴人において,本件各文書の取得に当たって,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして調査確認すべき取引上の注意義務があったとまではいえない」という裁判所の判断です。この判断は、表現は異なるものの、地裁の判断を支持したものです。
すなわち、通常の営業活動で「マル秘」マーク等の秘密管理意思を伺わせるような記載がある他社の情報を取得したとしても、それだけをもってして取得企業は「重大な過失」を犯したことにはならないようです。

このことは、営業秘密保有企業にとっては当惑することかと思います。
何せ、上記判決に係る事件では、営業秘密とする各文書の開示先である取引会社と秘密保持契約を交わした上に、各文書に「Confidential」との記載をしているわけです。このため、原告企業は、当該文書を取得した他社(被告企業)が当該文書を不正開示行為されたものである考えることは当然であるとも思えます。
しかしながら、裁判所は「Confidential」との記載のみでは、当該文書を取得した他社は、その取得に「重大な過失」は無いとの判断です。

では、営業秘密保有企業は、どうすればよいのでしょうか?
営業秘密の開示先企業と秘密保持契約を交わしたところで、当該契約が守られる確証はありません。もし、当該営業秘密が開示先企業から漏えいしたとしても、現実的には、契約不履行を追及することは難しいかもしれません。特に、開示先企業が営業秘密保有企業の顧客である場合はなおさらです。

ここで、裁判所は「本件各文書のConfidentialの記載のみをもって」と述べています。では、「のみ」ではなかったらどうでしょうか?
例えば、「Confidential」と共に、「本文書は●●年●●月に秘密保持契約を締結したうえで、A社からB社へ開示された文書です。」とのような注意記載がされていたらどうでしょうか?
流石に、このような他社の文書を取得した企業は、上記判決でいうような「不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして調査確認すべき取引上の注意義務がある」と言えるのではないでしょうか?
裏を返すと、ここまでの記載をしないと、営業秘密を取得した他社に対して「重大な過失」を問えないかもしれません。

しかしながら、このような注意記載をしたとしても、当該営業秘密を漏えいさせる者が当該記載を削除して、他社へ漏えいする可能性も考えられます。例えば、当該注意記載を余白部分に行った場合は、デジタルデータを加工することによって簡単に当該注意記載を消すことが可能かと思います。注意記載がない営業秘密を取得した他社は、やはり「重大な過失」はないとなるでしょう。

そのようなことを防ぐために、文書の内容に重なるように「透かし」によって上記注意記載を行い、当該記載を悪意を持って消去できないようにするべきではないでしょうか。
当該注意記載と文書の内容とが重なっていると、当該注意記載を消そうとする場合には、文書の内容の一部も消してしまう可能性が高いかと思います。また、文書の内容の一部を消さないように、当該注意記載を消すことはそれなりの手間がかかるでしょう。
本判決が出た以上、このような対応を行わないと営業秘密を取得した他社に対して、「重大な過失」を問えない可能性が高いかと思われます。

また、上記のような注意記載がなされた他社の文書等を取得した企業は、「不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして調査確認すべき取引上の注意義務がある」ということになります。
もし、この「注意義務」を果たさない場合、当該企業は不正競争防止法2条1項8号違反で責任を問われる可能性が生じます。
従って、もし、上記注意記載のような表記のある他社の文書等を第三者から開示された場合、当該文書の取得をその場で断って取得しない等の対応が必要になるかと思います。

一方で、秘密管理意思を示すような記載すらない他社の情報については、それが重要な情報であっても、その取得は不正競争防止法2条1項8号でいうところの重大な過失があったと判断される可能性は低いかと思います。

このように、不正競争防止法2条1項8号における「重大な過失」について、今回の判決で指針のようなものは得られたかと思いますが、営業秘密の保有者の立場、他社の営業秘密の取得者の立場から考えさせられることが多々あるかと思います。

2018年3月23日金曜日

他社が秘密としている技術情報を入手した場合について(不競法2条1項8号)

企業活動を行っていると、他社が秘密としている可能性のある情報を手に入れる場合があります。
そして、手に入れた他社の情報が営業秘密である場合、不正競争防止法2条1項8号違反となり、不正行為となる可能性があります。

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不正競争防止法2条1項8号
その営業秘密について不正開示行為(・・・)であること若しくはその営業秘密について不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
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実際に、不競法2条1項8号違反となる場合は、例えば他社からの転職者が転職企業で当該他社の営業秘密を開示し、当該転職企業が当該営業秘密を使用する場合です。

私は他社の営業秘密の流入は、他社の特許権の実施と同様に十分に注意を要することだと考えています。もし、流入した他社の営業秘密を使用等すると、不競法2条1項8号違反となり、損害賠償や使用の差し止めとなる可能性があるためです。

ところが、企業は、転職者による他社の営業秘密の持ち込みだけでなく、通常の企業活動によっても他社の営業秘密と思われる情報を入手する場合があります。
そのような事例を争った判例が、東京地裁平成29年7月12日判決の営業秘密使用差止等請求事件です。

参考過去ブログ:不競法2条1項8号に関する興味深い判例

本事件は、原告が台湾企業及び中国企業に対して「CONFIDENTIAL」との記載がある本件文書を秘密保持契約を締結して開示したにもかかわらず、被告が何らかの方法で当該本件文書を入手し、特許権侵害訴訟の証拠として提出したので、被告による本件文書の取得・使用は不競法2条1項8号違反であると原告が主張したものです。すなわち、本事件は、不競法2条1項7号違反等は伴わずに、不競法2条1項8号違反単独で争われています。
そして、本事件は、地裁判決において被告の行為は不競法2条1項8号違反ではないと裁判所によって判断されました。地裁判決の詳細は、上記過去ブログをご覧ください。


その後、原告が控訴することで本事件は知財高裁で争われ、その判決が平成30年1月15日になされました。結論から述べると、知財高裁でも一審が支持され、控訴人(一審原告)の敗訴となっております。

以下が知財高裁判決で私が重要と考える内容です。
知財高裁判決では、不競法2条1項8号における「重大な過失」を下記のように定義しています。
「不競法2条1項8号所定の「重大な過失」とは,取引上要求される注意義務を尽くせば,容易に不正開示行為等が判明するにもかかわらず,その義務に違反する場合をいうものと解すべきである。」

そして、上記「注意義務」について本知財高裁判決では、「被控訴人が,本件情報の記載された本件各文書を取得するに当たって,本件各文書の内容がそれを被控訴人が自社の製品に取り入れるなどした場合に控訴人に深刻な不利益を生じさせるようなものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務が発生することを根拠付ける要素の1つとなり得る。これに対し,本件各文書が通常の営業活動の中で取得されたものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務の発生を妨げる事実に該当すると解される。」(下線は筆者による)と述べています。

すなわち、秘密情報の保持企業を秘密保持企業とし、当該秘密情報を取得した企業を取得企業とすると、以下のようなことになると考えられます。
1.秘密情報の内容が、当該秘密情報の取得企業が自社の製品に取り入れるなどした場合に秘密保持企業に深刻な不利益を生じさせるようなものであることは、取得企業に対して不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務が発生する。
2.秘密情報が取得企業の通常の営業活動の中で取得されたものであることは,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱いて調査確認すべき取引上の注意義務の発生を妨げる。

本事件は、上告の有無は今のところ不明ですが、これが確定するとこの知財高裁の判決は「重大な過失」に対する重要な規範になり得るかと思います。

さらに、本知財高裁判決において裁判所は「被控訴人が,本件各文書を取得するに当たり,本件各文書のConfidentialの記載以外に,本件各文書の保有者から,本件情報を秘密情報として扱うように指示されたり,秘密保持契約の締結を求められたり,あるいは,報酬や利益と引換えに本件各文書を得たなど,本件情報が秘密情報であることを疑うべき事実があったことを認めるに足りる証拠はない。そうすると,本件各文書のConfidentialの記載のみをもって,被控訴人において,本件各文書の取得に当たって,不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き,保有者に対し法的問題がないのかを問合せるなどして調査確認すべき取引上の注意義務があったとまではいえない」とも述べています。

すなわち、取得した他社の秘密情報に「Confidential」の記載があったとしても、それのみをもって、取得企業に当該秘密情報が不正開示行為等であることについて重大な疑念を抱き、取引上の注意義務を生じさせるものではない、と本知財高裁判決では判示されています。
この判断は、営業秘密が漏えいした企業にとって、相当厳しいものだと思えます。

さらに、上記「2.」に関して控訴人(原告)は、「被控訴人が本件各文書の入手ルートを明らかにできないと主張していることから,本件各文書が通常の営業活動によって取得されたものではないことは明らかである」とも主張しています。
これに対して、裁判所は「被控訴人が本件各文書の入手ルートを明らかにしないことをもって,本件各文書が通常の営業活動によって取得されたものではないことが推認されるとはいえない。」と判断しています。
このことは、他社の営業秘密を何らかの方法で取得した被告企業は、裁判においてその入手ルートを開示して積極的に当該営業秘密の取得が通常の営業活動によるものであることを主張立証する必要はないようです。当然ですが、入手ルートが通常の営業活動でないことは、原告側が立証しなければならず、このことは原告にとって非常に困難な事ではないでしょうか。

ちなみに、本知財高裁判決では、上記「1.」に関して「短尺ランプの本数については,仮に一定の有用性が認められるとしても,被控訴人に知られてしまうだけで控訴人が深刻な不利益を被る情報とまではいえず,控訴人の主張は採用できない。」と判断し、「1.」に関する注意義務の発生を認めていません。


以上のことから、本知財高裁判決をかみ砕くと、他社の秘密情報を取得した企業は、たとえ当該情報に秘密管理を示す簡便なマークが記されていても、当該秘密情報を自社が使用することで他社に深刻な不利益を生じさせないし、当該秘密情報が通常の営業活動で取得されたものであれば、「重大な過失により知らないで営業秘密を取得」したことにはならない、ということかと思われます。


本判決によって、他社の秘密情報を取得した企業にとっては、不競法2条1項8号の適用範囲がより明確になり、他社の秘密情報を取得が違法行為であるか否かの判断が行い易くなるかと思われます。
一方で、通常の営業活動によって営業秘密が他社に渡ってしまった場合、当該営業秘密の保持企業は、当該他社に対して不競法2条1項8号単独で違法行為であると主張しても、そのための要件が厳しく、違法行為の主張が認められ難いとも思えます。

2018年3月15日木曜日

技術情報を営業秘密とした場合の有用性判断 まとめ

過去数回にわたって、技術情報を営業秘密とした場合における裁判所の有用性判断についての判例を紹介しました。
今回は現時点でのまとめを。

過去のブログ記事
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その1
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その2
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その4
・技術情報を営業秘密とした場合に有用性が有るとされた判例


まず、有用性の判断について、田村義之 著, 不正競争法概説〔第2版〕(2003 有斐閣)には「秘密管理体制を突破しようとする者はその秘密に価値があると信じているがためにそのような行為に及ぶのである。いずれにせよ秘密管理網を突破する行為が奨励されてしかるべきではないのであるから、このような行為が行われているのに、それほど有用な情報ではないという理由で、法的保護を否定する必要はないであろう。」と記載されており、私はこの田村先生の考えが最も納得できます。

しかしながら、この書籍は2003年に発行のものであり、営業秘密に関する書籍としては少々古く、その後、裁判によって有用性の判断が幾つもなされています。
そして、上記ブログ記事で紹介したように、技術情報を営業秘密とした場合には「優れた作用効果」が無い等のように、あたかも特許の進歩性と同様の判断がなされていると思われる判決もあります。

すなわち、裁判における有用性の判断としては、「それほど有用な情報ではないという理由で、法的保護を否定する必要はないであろう。」ということはなく、特に技術情報に関しては作用効果を奏するものでなければ、有用性が認められない可能性があります。


ここで、技術情報を営業秘密とした場合に有用性が否定されるパターンは、複数あると思われます。

〇パターン1
発熱セメント体事件(大阪地裁平成20年11月4日判決)における「本件情報1は,炭素を均一に混合するという点を除いて,乙23公報により平成15年10月当時において既に公知であったものであり,炭素を均一に混合するという点についても,有用な技術情報とはいい難いことからすれば,不正競争防止法2条6項にいう「事業活動に有用な技術上の情報であって,公然と知られていないもの」ということはできず,同項にいう「営業秘密」に該当するとは認められない」との判断や、接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決)「原告アルゴリズムの内容の多くは,一般に知られた方法やそれに基づき容易に想起し得るもの,あるいは,格別の技術的な意義を有するとはいえない情報から構成されているといわざるを得ない」との判断のように、特許公報等の公知の技術情報と比較してその有用性を否定するパターンです。
まさに、特許における進歩性の判断と同様の判断基準との考えられます。
なお、このパターンは、営業秘密の非公知性の判断とされる場合もあるようです。

〇パターン2
営業秘密と主張する技術情報の特定が不十分である場合には有用性が認められにくいとも思われます。当たり前かもしれませんが・・・。
例えば、小型USBフラッシュメモリ事件(知財高裁平成23年11月28日判決)では「控訴人が提供したとするLEDの搭載の可否,搭載位置,光線の方向及びLEDの実装に関する情報は,被控訴人から提案された選択肢及び条件を満たすために適宜控訴人において部品や搭載位置を選択したものであって,その内容は,当業者が通常の創意工夫の範囲内で検討する設計的事項にすぎないものと認められる」(下線は筆者による。)と裁判所は判断すると共に、「「そうした寸法・形状での小型化を達成する部品配列・回路構成等との関係でもそれら各要素が両立する事実及びその方法を伝える情報として,全てが組み合わさ」った情報とはどのような情報なのか不明であり,営業秘密としての特定性を欠くといわざるを得ない。」とも述べています。

また、発熱セメント体事件でも、「乙23発明において,セメントに炭素を混合することが開示されている以上,炭素を混合するに当たり,偏りのないよう均一に混合するというのは,当業者であれば通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項にすぎない。また,上記相違点に係る情報には炭素を均一に混合するための特別な方法が具体的に開示されているわけでもない。したがって,単に均一に混合するという上記相違点に係る情報は,それだけでは到底技術的に有用な情報とは認め難い。」と判断されています。

さらに、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)では「原告ら代表者は,陳述書(甲20)において,本件合金の有用性を説明するが,本件合金がその説明に係る効果を有することは,客観的に確認されるべきものであり,関係者の陳述のみによって直ちにそれを認めることはできない。」と判断されています。このように、裁判所は 営業秘密とする技術情報の効果は客観的に確認されるべきものであるとしています。

このパターン2は、営業秘密とする技術が上位概念である場合に、生じやすいかもしれません。また、特定が比較的難しい化学系の技術の場合にも生じやすいかもしれません。


一方で、接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決)における原告ソースコード、婦人靴木型事件(東京地裁平成29年2月9日判決)における靴の木型、PCプラント事件(知財高裁平成23年9月27日判決)や半導体封止機械装置事件(福岡地裁平成14年12月24日判決)のように特定の装置の図面のように、営業秘密とする技術情報が明確に特定できている場合はその有用性が認められ易いとも思われます。

以上のことから、技術情報を営業秘密とする場合の有用性に関する留意事項は、「公知技術に比べて優れた作用効果を客観的に確認できる程度に明確となるように、営業秘密とする技術情報を特定する。」ということでしょうか。
これは当たり前のこととも思われますが、実際には有用性が認められない判決が多数あるので、このことを意識しなければ裁判で勝てる営業秘密管理とはならないのかと思います。

ここで、錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)で裁判所は「原告らは,本件合金の成分及び配合比率を容易に分析できたとしても,特殊な技術がなければ本件合金と同じ合金を製造することは不可能であるから,本件合金は保護されるべき技術上の秘密に該当する旨主張する。しかし,その場合には,営業秘密として保護されるべきは製造方法であって,容易に分析できる合金組成ではないから,原告らの上記主張は採用できない(なお,前記のとおり原告らは,本件で本件合金の製造方法は営業秘密として主張しない旨を明らかにしている。)。」と判断しています。
上記下線は、営業秘密として特定される技術情報に対して、非常に重要な示唆であると思われます。営業秘密とする技術情報の特定が誤っていたら、本来、不正競争防止法で守られるべき情報が守られないことになります。
従って、どの技術情報を営業秘密として管理し、その技術情報は客観的に作用効果を確認できるものであるかを十分に検討する必要があるかと思います。

2018年3月8日木曜日

技術情報を営業秘密とした場合に有用性が有るとされた判例

前回までのブログでは「優れた作用効果」が無い等により営業秘密の有用性を否定した判例を紹介しましたが、今回は有用性があると判断された判例を紹介します。

過去のブログ記事
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その1
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その2
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その4

有用性についてそれを認める場合、裁判所の判断理由は以下のようにあっさりしています。

例えば、PCプラント事件(知財高裁平成23年9月27日判決)では下記のように裁判所は判断しています。下記の「前記(1)の認定事実」とは「営業秘密性に関する認定事実」であり、「ア.PC樹脂の製造技術等」や「イ.本件図面図表の管理状況」です。
「ア 有用性及び非公知性
前記(1)の認定事実によれば,本件図面図表に記載された本件情報は,原告及び出光石化が独自に開発したPC樹脂の製造技術に基づいて設計された,出光石化千葉工場第1PCプラントのP&ID,PFD及び機器図に係る情報であって,同PCプラントの具体的な設計情報であり,同PCプラントの運転,管理等にも不可欠な技術情報であるから,原告及び承継前の出光石化のPC樹脂の製造事業に「有用な技術上の情報」であることは明らかである。」
なお、本事件において被告は本件情報について、秘密管理性について否定する主張を行いましたが、有用性及び非公知性を否定する主張はしていません。

また、接触角計算プログラム事件(知財高裁平成28年4月27日判決)では下記のように裁判所は判断しています。
「(イ)有用性,非公知性
原告プログラムは,理化学機器の開発,製造及び販売等を業とする被控訴人にとって,その売上げの大きな部分を占める接触角計に用いる専用のソフトウエアであるから,そのソースコードは,被控訴人の事業活動に有用な技術上の情報であり,また,公然と知られてないものである。」
なお、本事件において被告は原告プログラムについて、秘密管理性及び非公知性について否定する主張を行いましたが、有用性を否定する主張はしていません。


また、婦人靴木型事件(東京地裁平成29年2月9日判決)では下記のように裁判所は判断しています。本事件では、靴の設計情報を含む木型を営業秘密であると原告は主張してます。また、下記の「前記1(1)」とは原告の業務及び木型の管理等の状況に関する事実です。
「前記1(1)で認定した事実によると,本件設計情報については,コンフォートシューズの製造に有用なものであることは明らかであるから,本件設計情報は,生産方法その他の事業活動に有用な技術上の情報であったということができる。」
なお、本事件において被告は「木型の作成自体は容易に行うことができる以上,木型に基づき靴を大量生産できるとする点は,有用性の根拠とならないし,他に,本件設計情報に有用性があるとする根拠はない。」と主張していましたが、認められませんでした。

さらに、半導体封止機械装置事件(福岡地裁平成14年12月24日判決)では、 原告が営業秘密とする設計図に対して、被告は上記3件に比べてそれなりに有用性を否定する主張をしているものの、下記のようにその主張を否定して有用性を認めています。
「本件営業秘密は,原告××の長年の技術的な蓄積の成果であることは容易に推認でき,顧客から詳細な仕様を指定されることがあったとしても,なお原告××が試行錯誤を繰り返して得られたノウハウの集積であると評価できる。しかも,後記認定のとおり,被告○○が本件営業秘密を不正に取得・使用している事実からすると,半導体全自動封止機械装置,封止用金型及びコンバージョンの生産,販売及び研究開発並びに原告××の経営効率に役立つ価値を持つ情報すなわち有用な情報であると認められ,これを覆すに足りる証拠はない。  被告○○は,別紙営業秘密目録2第一三項の「油路の配置,油路の口径違い」に関し,プランジャーの油圧フローティングのオリジナルを現在のアピックヤマダ,当時のヤマダ製作所が,1982年頃から採用し,原告××が採用したのは,その後2,3年後であること,現在,住友,シンガポールのASAなどもプランジャーブロックにおいて油圧を使用している旨主張するところ,半導体全自動封止機械装置という複雑な機械の設計図にあっては,その一部に公知技術が使われていたとしても,必要な動作,機能を持たせるため,部品には試行錯誤,実験等が繰り返されてできあがった寸法や角度といったものが集約されているものであって,これが技術ノウハウとして秘密管理されていれば営業秘密として不正競争防止法上の保護対象となるものであり,被告○○主張の事実が認められたとしても,そのことによって,不正競争防止法2条4項の営業秘密に当たらないといえるものではなく,まして営業秘密として特定していないということもできない。」

以上のように、今回は営業秘密としての有用性が認められた技術情報について紹介しました。
有用性が認められた事件では、認められなかった事件に比べて、設計図やソースコードのように営業秘密とする技術情報が明確に特定されているかと思います。
また、明確に特定できている技術情報は、特許的な考えでいうところの最も下位概念にあたるものであり、特許公報等にも記載されていない内容かと思います。そのため、被告は有用性又は非公知性を否定するために、公知の情報等を証拠として提出することが困難であったと考えられます。

一方で、有用性が認められなかった事件では、原告が営業秘密と主張する情報が明確でない場合が多いと思えます。 営業秘密とする技術情報が明確でないために、原告もその有用性について十分に説明できず、裁判所はその有用性を否定せざる負えないのかもしれません。

2018年3月5日月曜日

技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その4

前回のブログ記事に引き続き「優れた作用効果」が無い等により営業秘密の有用性を否定した判例を紹介します。

過去のブログ記事
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その1
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その2
・技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3

4件目は発熱セメント体事件(大阪地裁平成20年11月4日判決)です。
この事件では、被告らの代表者であるYが平成15年10月ころに、原告が電気技師として雇用していたP2を石巻まで呼ぶなどして同人から本件各情報を聞き出し、Yは原告が同年12月15日にP2を技術指導として被告高橋屋根工業株式会社に出張させた際にも、P2から本件各情報を聞き出したというものです。 そして、P2は原告の従業員として本件各情報を外部に漏洩しない義務を負う立場であったにもかかわらず、被告らに対し本件各情報(発熱セメント体に係る本件情報1~7)を不正に開示したと原告は主張しています。

そして、本件情報1に対して裁判所は「本件情報1は,炭素を均一に混合するという点を除いて,乙23公報により平成15年10月当時において既に公知であったものであり,炭素を均一に混合するという点についても,有用な技術情報とはいい難いことからすれば,不正競争防止法2条6項にいう「事業活動に有用な技術上の情報であって,公然と知られていないもの」ということはできず,同項にいう「営業秘密」に該当するとは認められない」とのようにその有用性、非公知性を否定しています。
この乙23公報は、特開2000-110106号公報(公開日:平成12年4月18日)であり、出願人は原告とは異なる者です。 なお、乙23公報の発明の名称は融雪道路および融雪道路用構造材です。


上記のように裁判所は、「炭素を均一に混合するという点を除いて」とのように本件情報1と乙23公報との相違点を認めています。しかしながら、この相違点については下記のようにして有用性がないと判断しています。
「原告は,発熱部は炭素を所定割合均一に混合しているので,遠赤外線を放射し,その遠赤外線は表面層を通過して雪を溶かしやすくすると主張する。しかしながら,炭素を均一に混合していることと,遠赤外線を放射することを因果的に裏付ける証拠はない。また,仮にこのような効果があるとしても,乙23発明において,セメントに炭素を混合することが開示されている以上,炭素を混合するに当たり,偏りのないよう均一に混合するというのは,当業者であれば通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項にすぎない。また,上記相違点に係る情報には炭素を均一に混合するための特別な方法が具体的に開示されているわけでもない。したがって,単に均一に混合するという上記相違点に係る情報は,それだけでは到底技術的に有用な情報とは認め難い。」
上記判断は、特許でいうところの進歩性の判断に類するとも思われます。一方で、原告による本件情報1の作用効果の説明が裁判において不十分であったために、このような判断になったとも考えられます。
何れにせよ、本事件では、被告が特許公報を用いて原告が営業秘密とする技術情報の有用性、非公知性を否定しています。
すなわち、技術情報を営業秘密とする場合には、特許公報に記載の技術と対比して有用性、非公知性を主張できるものである必要があります。

また、他の本件情報2~7に対してもその有用性を裁判所は否定しています。全てをここで記載するのも煩雑ですので、これらのうち代表的と思われるものを記載します。
「(4)本件情報5の営業秘密該当性  
原告は,「融雪板が4個の端子を有するのがよいこと」(本件情報5)をもって「営業秘密」に該当すると主張し,その有用性として,実用的に複数の融雪板を並置することができると主張する。しかし,端子の数を4個にすることと融雪板を並置できることとの関連性は不明であり,他に端子の数を4個にすることによる特段の作用効果は主張されていない。そもそも,端子を何個にするかは,融雪板をどの程度の大きさにするのかとの関係において,当業者の通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択される設計的事項にすぎないというべきである。
・・・
(5)本件情報6の営業秘密該当性  
原告は,「融雪板の適切な具体的な寸法が,一辺が約30cmがよいこと」をもって「営業秘密」に該当すると主張し,その有用性として,ハンドリングしやすい実用的な融雪板とすることができると主張する。しかし,融雪板をどのような寸法にするかは,まさに当業者の通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択される設計的事項にすぎないというべきであり,一辺が30cmであることについて,特段の作用効果も認められない。
・・・
本件各情報を全体としてみても、上記のとおりそれぞれ公知か又は有用性を欠く情報を単に寄せ集めただけのものであり,これらの情報が組み合わせられることにより予測外の特別に優れた作用効果を奏するとも認められない(そのような主張立証もない。)。したがって,本件各情報が全体としてみた場合に独自の有用性があるものとして営業秘密性が肯定されるものでもないというべきである。 」

このように、本事件において裁判所は、原告が営業秘密として主張する技術情報に対して、特許公報を引例としてその有用性や非公知性を否定しています。当然とも思われますが、このことは重要な知見であるとも考えられます。
すなわち、裁判所における有用性や非公知性の判断に特許公報が影響を与えるということです。特許公報は、膨大な数存在し、そこから多種多様な技術情報が公知となっており、日々その数を増しています。したがって、技術情報を営業秘密とする場合には、一般的に知られている情報だけでなく、特許公報を検索して公知となっているか否か、また、有用性を主張できるほどの作用効果があるか否かを判断する必要があると考えられます。

また、裁判所は、特に引例を挙げることものなく、「当業者の通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択される設計的事項にすぎない」や「予測外の特別に優れた作用効果を奏するとも認められない」としてその有用性や非公知性を否定しています。これは果たして適切なのでしょうか?
一方で、原告も、当該技術情報の作用効果を十分に説明できなかったようであり、そのことが裁判所の判断に与えているようです。

2018年3月1日木曜日

特許の判定制度に対する法改正

ここのところ、技術情報を営業秘密とした場合における有用性判断に対する判例紹介ばかりなのでちょっと違う話題を。

昨日「不正競争防止法等の一部を改正する法律案」が閣議決定されました」との発表が経済産業省からありました。
この法改正の一番の目玉は、データの不正取得を不正競争と位置付けたことですね。

で、先日、特許庁から発表された「第四次産業革命等への対応のための知的財産制度の見直しについて」の中の「6. 判定における営業秘密の保護」という項目にある判定請求についても法改正がされるようです。

ここで、本項目には「他方で、特許発明の技術的範囲につき特許庁に見解を求めることができる判定制度(特許法第 71 条)については、営業秘密が記載された書類であっても、閲覧等は制限されていない。」とさらっと書いてあります。
そうだったんですね。私は判定に閲覧制限がないことを知りませんでした。
いままで一度の判定請求を行ったことが無く、このことにを気に留めたことがありませんでした。
そして、上記項目では「判定に関する書類に営業秘密が記載されている場合には、当事者の申出 により、当該の書類の閲覧等を制限するべきである。 」と今更ながら提言していました。

本改正案では、これに関して、(証明等の請求)第百八十六条が改正されます。 
第百八十六条は、「何人も、特許庁長官に対し、特許に関し、証明、書類の謄本若しくは抄本の交付、書類の閲覧若しくは謄写又は特許原簿のうち磁気テープをもつて調製した部分に記録されている事項を記載した書類の交付を請求することができる。ただし、次に掲げる書類については、特許庁長官が秘密を保持する必要があると認めるときは、この限りでない。」というもので、新たにこの二号に下記条文が新設されます。
判定に係る書類であつて、当事者から当該当事者の保有する営業秘密が記載された旨の申出があつたもの。


で、このような閲覧制限に対して営業秘密に関係する判例が既にあります。
それは、二重打刻鍵事件(東京地裁平成27年8月27日判決)であり、民事訴訟において閲覧制限の制度があるにもかかわらず、その制度を利用しなかったことが営業秘密の非公知性の判断に影響を与えたものです。

本判決では、裁判所は原告が主張する鍵情報の秘密管理性を認めない理由の一つとして「原告が,平成26年7月30日に本件訴訟を提起した後,口頭弁論の終結日(平成27年5月28日)に至るまで,本件鍵情報と同一内容が記載された訴状別紙「営業秘密目録」記載1につき,民事訴訟法92条1項2号に基づく閲覧等制限の申立てさえせず,その結果,約10か月間にわたって,本件鍵情報が何人も自由に閲覧できる状態に置かれていたこと(同法91条1項参照)も併せ考慮すれば,本件鍵情報に営業秘密性(非公知性,秘密管理性)があると認めることはできない。」と判断しています。
この判決は、原告は営業秘密の証拠については少なくとも閲覧制限を積極的に行う等しないと、秘密管理性と共に非公知性が認められなくなる可能性があることを示しています。

上記判決は、特許庁による判定制度にもそのまま当てはまるのではないでしょうか?
すなわち、特許庁の判定制度を利用し、判定に関する書類に営業秘密が記載されているにもかかわらず、閲覧制限の申し立てをしなかった場合には、当該営業秘密に関する非公知性及び秘密管理性があると認められなくなるということです。
このことは、判定請求を行うときに必ず意識しないといけないことですね。

しかしながら、特許庁ともあろう行政機関が、その利用者に対して多大なるリスクを負わせる可能性が有る制度をそのまま放置していたことにビックリです。
裏を返すと、今までいかに営業秘密がないがしろにされていたか、そして、今になって営業秘密の重要性について気が付いたかということかと思います。

2018年2月26日月曜日

技術情報を営業秘密とした場合に「優れた作用効果」が無い等により有用性を否定した判例その3

前回のブログ記事に引き続き「優れた作用効果」が無い等により営業秘密の有用性を否定した判例を紹介します。
3件目は錫合金組成事件(大阪地裁平成28年7月21日判決)です。

この事件では、被告らはかつて原告会社の従業員であり、被告らは原告に勤務していた平成22年10月頃から大阪市に工房を設置し、「P10」との名称を使用するなどして錫製品の製造販売等を行い、原告会社を退職した後も錫製品の製造販売等をしているというものです。
原告は、原告らが開発した錫合金(本件合金)の組成が営業秘密に該当すると主張しています。

なお、この事件は、有用性についてだけでなく、リバースエンジニアリングやどのような技術情報を営業秘密として管理するべきか、ということについて知見を与えてくれる事件であり、非常に参考になる事件であると私は考えています。

そして、本事件において原告は以下のように有用性を主張しています。
「従前,錫製品には鉛が含まれていたが,食品,添加物等の規格基準が改正され,容器等の鉛の含有量を●(省略)●未満にしなければならないと変更されたため,鉛レス合金を開発する必要が生じた。そこで,原告会社の昭和56年以降の基礎研究に基づき,原告組合は,平成19年以降,鉛レス合金の開発を行った。合金は,温度,成分の割合等によって液体,固体の状態が異なり,温度,割合,状態の関係を一つずつ実験する必要があり,・・・,●(省略)●から成る鉛レスの本件合金を開発した。
このようにして開発された本件合金を使用すると,鉛の含有率が●(省略)●以下であっても,錫の切削性が失われず,加工,鋳造が容易になり,従来と同じく伝統的な技術による加工が可能となるから,本件合金は,特殊な伝統技術を用いた錫器製造の根幹をなす。
したがって,本件合金は,錫器の製造に有用な技術上の情報に当たる。 」


一方、裁判所は、以下のようにして本件合金の有用性を否定しています。
「原告らは,本件合金を使用すると,鉛の含有率が●(省略)●以下であっても,錫の切削性が失われず,加工,鋳造が容易になる旨主張する。
しかし,本件合金がそのような効果を有することを認めるに足りる証拠はない。
原告らは,本件合金の開発経緯について,多くのテストと会議を重ねたとして鉛レス地金開発事業地金研究会議の議事録(甲8)及びそのテスト結果の一部(甲34)を提出し,また,多額の開発資金を投じた証拠(甲5,6,24)を提出する。しかし,証拠として提出された上記議事録では,テスト結果の部分は開示されておらず,また,上記テスト結果の一部(甲34)のみでは,地金テストの結果が持つ意味は明らかでなく,多額の投下資金を投じたからといって直ちに本件合金に上記の効果があると認めることもできない。原告製品が本件合金を用いて製造されているとしても,そのことから直ちに別紙記載の一定の成分組成と一定の配合範囲から成る本件合金が原告ら主張の効果を有すると認めることもできない。
また,原告ら代表者は,陳述書(甲20)において,本件合金の有用性を説明するが,本件合金がその説明に係る効果を有することは,客観的に確認されるべきものであり,関係者の陳述のみによって直ちにそれを認めることはできない。
結局,原告らは,本件合金の技術上の有用性について,これを認めるに足りる証拠を提出していないといわざるを得ず,本件合金について営業秘密としての有用性を認めることはできない。 」
すなわち、本判決では、原告が営業秘密であると主張する本件合金の効果は、原告の主観だけでは認められず、客観的に確認できなければならないとされています。

しかし、この判決で疑問に思うことは、客観的に確認できる効果とは何でしょうか?
例えば、顧客情報であっても、その顧客情報を他社が用いたとしても新たな顧客獲得ができない可能性もあるかと思います。そのような場合は、有用性が認められるような効果が無いとも判断され可能かとも思いますが、顧客情報に関しては秘密管理性、非公知性が認められれば、有用性も必然的に認められるようです。(本判決では、リバースエンジニアリングによって公知性が失われているとして、本件合金の非公知性も認められていません。)
そうすると、技術情報と営業情報とでその判断に差があるようにも思えてしまいます。
また、技術者が主観的に効果があると考えるものの、客観的にはその効果が未だ認められていない未完成の技術は、その有用性が認められず、営業秘密とされないのでしょうか?

このようなことを考えると、技術情報を営業秘密とした場合に、その有用性に客観的な効果を求めることに疑問を感じますが、本事件のように客観的な効果を求める判決が出ていることは留意すべきかと思います。
すなわち、技術情報を営業秘密として管理する場合には、その効果を客観的に説明可能なようにするべきかと思います。

特に、化学系の技術情報に関しては、その内容から当業者が当然に認識し得る作用効果が分からない技術も多いかと思います。そうであるならば、化学系の技術情報の管理において、裁判において作用効果を認めさせるためのデータ等も管理すべきかと思います。
しかしながら、そこまですると、技術情報の営業秘密管理が特許出願と同様の視点で行う必要が生じ、果たしてそれが法が求める「営業秘密」としての管理であるのか、少々疑問が生じてきます。